いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
19 / 42

ツェペル家

しおりを挟む
 夜会から三日後の朝。

 アムネジアは王都内の高級街区にあるツェペル家の別邸にいた。
 二階建てのその洋館は、数多くの貴族達が暮らしている別名“貴族街”とも呼ばれる、高級街区の一番隅にひっそりと立っている。

 それは国内屈指の資産家と言われているダラキュール・バラド・ツェペル伯爵が所有する館にしては、ずいぶんと小さく質素なたたずまいだった。
 それもそのはず、ここにはツェペル家の一族は誰も住んでいない。
 貴族学校が短期の休みの時に、時折アムネジアが泊まることこそあるものの、普段は数人の使用人が管理しているだけで、ツェペル家の人間はほとんど使わない場所だった。

 そんな薄暗い館の書斎で、臙脂色の制服に身を包んだアムネジアは一人、机の前に立ったまま手紙を読んでいる。
 それは父であるダラキュール伯爵から先日届いたばかりのものだった。


「……はぁ」


 手紙を机に置いたアムネジアは、深くため息をつく。
 アムネジアは憂鬱だった。
 今日からまた学校が始まるからではない。
 原因は父から送られてきた手紙の内容にあった。


「……この期に及んで、まだそんな腑抜けたことを」


 書斎から出たアムネジアは、人気のない廊下を見渡す。
 そして手に持っていた呼び鈴を鳴らした。
 するとどこからともなく、まるで影から湧き上がったように。
 アムネジアの眼の前に、短い銀髪をした目つきの悪い執事姿の美青年が現れた。

 執事は首の後ろを押さえながら気だるそうにあくびをすると、不機嫌な顔で口を開く。


「こんな朝っぱらから呼び出すんじゃねーよ。面倒くせえ」


 およそ自分の雇い主に使うとは思えない乱暴な口調でしゃべる執事に、アムネジアは特に気にした風もなく、一枚の手紙を差し出して言った。


「今すぐ出立して、至急この手紙をお父様の元へ届けて下さい」

「は? おい、冗談だろ?」


 ただでも不機嫌そうだった執事の顔がさらに強張った。
 彼がそんな反応を示すのも無理はない。
 なにしろこの執事は、ダラキュール伯爵から手紙を受け取ってアムネジアに届けるために、王都から馬車で片道2日近くかかるツェペル家までの道のりをわずか1日で踏破した挙げ句、不眠不休で走り続けて、先日ここに戻ってきたばかりである。

 しかしそんなことは知ったことではないと言わんばかりに、アムネジアは無情にも命令を下した。


「火急の要件です。任せましたよ、スターク」

「嫌だね。俺は疲れてるんだ。今すぐ行けってんならウーかメアリに頼んでくれ」


 執事姿の青年、スタークは虫でも追い払うかのようにシッシッと手を振る。
 それを見たアムネジアは、真顔でボソリとつぶやいた。


「――お手」


 スタークが条件反射のように、自分の手をアムネジアの手に乗せてしまう。
 その隙にアムネジアは、スタークの手の中にすばやく手紙を握らせた


「あ! こら! お前っ!」


 慌てて手紙を突き返そうとするスタークだったが、時すでに遅し。
 アムネジアは悠々とスタークの横を通り過ぎて廊下の先を歩いていく。


「行かねえからな! 少なくともあと三日休むまではこの家を出ないぞ俺は!」


 スタークがギャーギャー騒ぎ立てながらアムネジアの周りをぐるぐると回った。
 アムネジアはそれを無視しながら、そのまま一階への階段を降りる。
 そして居間に入り、不意に立ち止まると、ドアの傍に控えていた誰かに向かって言った。


「……ウー、このやかましい子をなんとかしなさい」


 すると、庭師の服を着た巨漢の男が、ドアの影からのそりと顔を出す。
 無表情で焦げ茶色の短髪をしたその男、ウーは、口をすぼめて唸り声をあげた。


「ウー」


 ウーはアムネジアを追うように居間に入ってきたスタークの首根っこを大きな手で鷲掴みすると、軽々と持ち上げてみせる。


「うお!? おいこら、ウー! 離しやがれこの木偶の坊が! 離さねえと噛み殺すぞ!」


 犬歯を剥き出しにして威嚇するスタークにもウーはまるで反応を見せなかった。
 ただアムネジアの方をじっと見て、命令を待っている。
 アムネジアはため息をつくと、暴れているスタークに向かって言った。


「……昨日、スタークが届けてくれたお父様からの手紙にはこう書かれていました。吸血鬼の国など我らの一族は望んでいない。二度と出過ぎた真似はするな、と」
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...