いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
17 / 42

日記

しおりを挟む
 アムネジアがフィレンツィオの背中にしなだれかかる。
 まるで恋人に甘えるかのように。


「貴方達は言っていましたね。アムネジアはなにをされても糸のように目を細めてヘラヘラと笑っている馬鹿だと。あれはね、嘲笑だったんですよ。私を無害で無抵抗な人形だと思って、思うがままに暴力や暴言を振るう貴方達の馬鹿面があんまりにもおかしかったから、嘲笑っていたんです」


 そう言って、アムネジアは車内の陰から一冊の使い込まれた本を取り出した。
 アムネジアはフィレンツィオの背中から手を回して、目の前でその本を開く。
 なにが書かれているか想像もしたくないフィレンツィオだったが、有無を言わせないアムネジアの様子に、恐る恐るその内容を目で追った。


(シャルティエの月、13日。ベスタド伯爵家の令嬢クドラ・ディダ・ベスタドに登校中、私より前を歩くなと背中を蹴られる。キュクレスタの月、26日。ジュマ侯爵家の子息オレガノ・サン・ジュマに魔術の授業中、誤射を装って火弾をぶつけられる。カストーラの月、4日。バスティン家の令嬢ティアナ・フィル・バスティンに寮の部屋の入り口に板を打ち付けられて閉じ込められる……な、なんだこれは?)


 延々と日々の記録が綴られたその本を見て、フィレンツィオは寒気を覚える。
 そこにはアムネジアが今まで受けてきた虐待やいじめの数々が余すことなく記述されていた。


「私、こう見えても忘れっぽいので、ちゃんと誰になにをされたかいつでも確認できるように、こうして日記をつけているんです。いつか復讐する時のために」


 そう言うと、アムネジアの指が日記帳の一部を指差した。


「この日は私の誕生日だったんですけどね、ご学友の方々に誕生日会をすると言われて行ってみたら、頭上から大量のスライムを降らされたんですよ。お気に入りのドレスも、丁寧に整えた髪もベッタベタ。それを見てみなさんは私を指差してゲラゲラと下品に笑っていましたっけ。そうそう、この日もとっても大変で――」


 まるで楽しい思い出を話すかのような口調でアムネジアが語り続ける。
 狂気染みたその様子に、フィレンツィオは完全に引きながらも、恐る恐る口を開いた。


「な、なぜそんな回りくどいことをする……? 貴様の力があればその場ですぐにやり返すことなど容易にできるではないか」


 その言葉を聞いて、アムネジアは大仰にため息をつく。
 本を座席に放り投げたアムネジアは、できの悪い生徒に根気よく教える教師のように指を立て「いいですか」と前置きをしてから言った。


「すぐにやり返したらつまらないじゃないですか。こういうのはストレスをためてためて、それが限界に達した時に一気に開放するのが一番気持ちいいのです。その時に得られるカタルシスを思えば、この身に受けるどんな痛みや苦しみも、より美味しく獲物を食べるために必要なスパイスのようなもの。いくらでも甘んじて受けようではありませんか」


 そう言ってアムネジアは、フィレンツィオの顎を背後から鷲掴みにする。
 殺さないと言われたことで、直接痛めつけるような真似はしないのではないかと楽観視していたフィレンツィオは、突然乱暴に扱われたことでパニックになった。


「や、やめっ、やめてくれ! なにをする気だ!? 先程は殺さないと言っていたではないかぁ! ひぃっ!」

「ふふ、その声……とても良いですわ。きっと貴方は今、人の誇りも尊厳もなくしたこの世で一番惨めな顔をしているのでしょうね」


 頭以外の身体が麻痺して抵抗できないフィレンツィオの耳元で、アムネジアはうっとりとした声でささやき続ける。


「フィレンツィオ様、私はね、調子に乗ったクズが絶望に打ちひしがれ、許しを請うその顔を、素足でグリグリと足蹴にして地獄に叩き落とすその瞬間が、何よりも大好きなのですよ。ああ、楽しみだわ。今まで耐えてきた分、これからはたっぷり復讐させていただきましょう。日記帳一冊分のクズの悲鳴はさぞ聴き応えがあるでしょうね。あはっ」


(こ、この女狂ってる……!)


 フィレンツィオは知っていた。
 アムネジアの日記帳に書かれている名前は、そのほとんどがこの国の上位層を締める上級貴族の子息や令嬢達である。
 将来国を支えるであろう彼らが全員殺されれば、この国の未来はない。
 普段は暴君のように振る舞っているフィレンツィオだったが、さすがにこの時ばかりは自国が滅ぶかもしれないという危機感が上回った。

 なんとかしてアムネジアを諌めなければと。


「こ、心穏やかに暮らしたいと貴様は言っていたではないか! 復讐は何も産まぬぞ! 憎しみが憎しみを呼び合うだけだ! それは貴様が望む穏やかな日常とは真逆のものではないのか!?」

「はい。ですからひとしきり復讐を終えた後は、この国を吸血鬼の国にしようと思っています。私達の一族が滅ぼされることなく、心穏やかに暮らすために。貴方と婚約をしたのはそのためですよ、フィレンツィオ様」
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...