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満ちる悪意
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「こ、この女ぁ!」
激昂したプリシラがアムネジアに飛び掛かった。
今まで動けなかったのが嘘のようににプリシラの身体は軽く、あっさりとアムネジアの体を押し倒す。
「今までわざとあたしに金を払っていたな! 後で罠にハメるために! この性悪女ぁ!」
馬乗りになったプリシラはアムネジアの首に両手を掛けて絞め殺そうとした。
だが所詮はろくに鍛えていない16歳の少女の力である。
衛兵に力づくで引きはがされたプリシラは、あっという間に取り押さえられた。
「離せ! 離せえ! お前さえ! お前さえいなければあっ!」
「この痴れ者が! 監獄に放り込んでおけ! 上級貴族への殺人未遂だ! 手荒くしても構わん!」
「はっ! おい、暴れるんじゃない! この犯罪者が!」
「うぎゃあっ!?」」
国王が命じると、プリシラは衛兵に槍の柄で叩き伏せられ、引きずられながら会場から姿を消す。
その姿を、フィレンツィオは呆然とした顔で見送っていた。
アムネジアが視線を外した時点で、フィレンツィオは自由を取り戻している。
だがフィレンツィオにプリシラのことを気にする余裕など微塵もなかった。
なぜなら――
「い、い、一体、一体なん、なんだ、なんなのだ、あ、あ、あれは……!」
彼は気付いてしまったのだ。
アムネジアの眼をずっと見ている内に。
その紫紺の瞳の奥に、どろりとした粘つく泥のような。
名付し難く得体の知れない、なにか別の生き物がうごめいていたのを。
あれは真実の瞳などという善良なものでは断じてない。
もっとおぞましく、悪意に満ちた何かだった。
そうしてフィレンツィオが身動きも取れずに震えている最中。
実の息子がそんな状態になっていることに気づいていない国王夫妻は、一件落着したとばかりに落ち着いた様子でアムネジアに言った。
「大丈夫だったか、アムネジア。まったくなんという野蛮で恥知らずな小娘だ。あんな教養も礼儀もない者が王族と婚約を交わそうなど片腹痛いわ!」
「安心してアムネジア。あの娘はもう二度と貴女の前に姿をあらわすことはないわ。さあ、すぐに医者を呼びましょう。あとドレスのお着替えもね」
心配そうに声をかける国王夫妻に、アムネジアは微笑んだ。
その眼は閉じられ、いつもどおりの穏やかな微笑を浮かべている。
アムネジアは国王夫妻に頭を下げると、落ち着いた声音で言った。
「お気づかい、ありがとうございます。国王陛下、ラドネイア様。でも心配はいりませんわ。フィレンツィオ様に我が家の馬車までお送りしてもらいますので」
「へ……は!?」
突然そんなことを言い出したアムネジアに、フィレンツィオは慌ててさけぶ。
「い、嫌だ! 冗談ではない! だ、誰がこんな化物などと――」
しかし、フィレンツィオはそれ以上の言葉を発することはできなかった。
正気を取り戻した拍子にアムネジアと、再び視線が合ってしまったからである。
そしてフィレンツィオは再び、自分の意志とは無関係に。
アムネジアにとって都合の良い言葉を語りだした。
「……分かった。俺が責任を持って馬車まで送って行こう。父上、母上、アムネジアのことはどうか俺にお任せを」
フィレンツィオの反応に、国王夫妻が露骨に顔をしかめる。
「待て。任せろだと? 確かにお前の本音は分かった。だが、二人きりになればまたお前はアムネジアに対して暴力を振るうのではないか? その……照れ隠しとやらで」
「ええ、そうよ。聞いたからこそ、二人きりにさせるのは心配だわ。馬車までは衛兵達に送ってもらった方がいいのではなくて?」
そんな二人の不安をよそに、アムネジアはためらいなくフィレンツィオの手を取った。
フィレンツィオはすぐさまその手を振り解こうと意識する。
だがフィレンツィオの手は彼の意思とは正反対に、アムネジアの小さな細い指を優しく握ってしまった。
まるで姫をエスコートする物語の王子のように。
「この通り、本心を理解しあえた私達二人はもう以前とは違って、とても仲睦まじいのですよ。ですから心配はいりませんわ――ねえ、フィレンツィオ様?」
「ああ。俺を信じてくれ、父上、母上。俺は真実の愛に気づいたんだ。もう二度と、アムネジアに酷い振る舞いはしない。フィレンツィオ・フォン・ベルスカードの名においてここに誓おう」
そう言って、フィレンツィオはアムネジアの足元にひざまずいた。
そして握っていたアムネジアの手の甲に口づけをする。
驚く国王夫妻の前でフィレンツィオは立ち上がって言った。
「もし約束を違えれば、その時は婚約破棄でも廃嫡でもなんでもしてくれて構わない。これで安心してもらえるか、父上、母上」
激昂したプリシラがアムネジアに飛び掛かった。
今まで動けなかったのが嘘のようににプリシラの身体は軽く、あっさりとアムネジアの体を押し倒す。
「今までわざとあたしに金を払っていたな! 後で罠にハメるために! この性悪女ぁ!」
馬乗りになったプリシラはアムネジアの首に両手を掛けて絞め殺そうとした。
だが所詮はろくに鍛えていない16歳の少女の力である。
衛兵に力づくで引きはがされたプリシラは、あっという間に取り押さえられた。
「離せ! 離せえ! お前さえ! お前さえいなければあっ!」
「この痴れ者が! 監獄に放り込んでおけ! 上級貴族への殺人未遂だ! 手荒くしても構わん!」
「はっ! おい、暴れるんじゃない! この犯罪者が!」
「うぎゃあっ!?」」
国王が命じると、プリシラは衛兵に槍の柄で叩き伏せられ、引きずられながら会場から姿を消す。
その姿を、フィレンツィオは呆然とした顔で見送っていた。
アムネジアが視線を外した時点で、フィレンツィオは自由を取り戻している。
だがフィレンツィオにプリシラのことを気にする余裕など微塵もなかった。
なぜなら――
「い、い、一体、一体なん、なんだ、なんなのだ、あ、あ、あれは……!」
彼は気付いてしまったのだ。
アムネジアの眼をずっと見ている内に。
その紫紺の瞳の奥に、どろりとした粘つく泥のような。
名付し難く得体の知れない、なにか別の生き物がうごめいていたのを。
あれは真実の瞳などという善良なものでは断じてない。
もっとおぞましく、悪意に満ちた何かだった。
そうしてフィレンツィオが身動きも取れずに震えている最中。
実の息子がそんな状態になっていることに気づいていない国王夫妻は、一件落着したとばかりに落ち着いた様子でアムネジアに言った。
「大丈夫だったか、アムネジア。まったくなんという野蛮で恥知らずな小娘だ。あんな教養も礼儀もない者が王族と婚約を交わそうなど片腹痛いわ!」
「安心してアムネジア。あの娘はもう二度と貴女の前に姿をあらわすことはないわ。さあ、すぐに医者を呼びましょう。あとドレスのお着替えもね」
心配そうに声をかける国王夫妻に、アムネジアは微笑んだ。
その眼は閉じられ、いつもどおりの穏やかな微笑を浮かべている。
アムネジアは国王夫妻に頭を下げると、落ち着いた声音で言った。
「お気づかい、ありがとうございます。国王陛下、ラドネイア様。でも心配はいりませんわ。フィレンツィオ様に我が家の馬車までお送りしてもらいますので」
「へ……は!?」
突然そんなことを言い出したアムネジアに、フィレンツィオは慌ててさけぶ。
「い、嫌だ! 冗談ではない! だ、誰がこんな化物などと――」
しかし、フィレンツィオはそれ以上の言葉を発することはできなかった。
正気を取り戻した拍子にアムネジアと、再び視線が合ってしまったからである。
そしてフィレンツィオは再び、自分の意志とは無関係に。
アムネジアにとって都合の良い言葉を語りだした。
「……分かった。俺が責任を持って馬車まで送って行こう。父上、母上、アムネジアのことはどうか俺にお任せを」
フィレンツィオの反応に、国王夫妻が露骨に顔をしかめる。
「待て。任せろだと? 確かにお前の本音は分かった。だが、二人きりになればまたお前はアムネジアに対して暴力を振るうのではないか? その……照れ隠しとやらで」
「ええ、そうよ。聞いたからこそ、二人きりにさせるのは心配だわ。馬車までは衛兵達に送ってもらった方がいいのではなくて?」
そんな二人の不安をよそに、アムネジアはためらいなくフィレンツィオの手を取った。
フィレンツィオはすぐさまその手を振り解こうと意識する。
だがフィレンツィオの手は彼の意思とは正反対に、アムネジアの小さな細い指を優しく握ってしまった。
まるで姫をエスコートする物語の王子のように。
「この通り、本心を理解しあえた私達二人はもう以前とは違って、とても仲睦まじいのですよ。ですから心配はいりませんわ――ねえ、フィレンツィオ様?」
「ああ。俺を信じてくれ、父上、母上。俺は真実の愛に気づいたんだ。もう二度と、アムネジアに酷い振る舞いはしない。フィレンツィオ・フォン・ベルスカードの名においてここに誓おう」
そう言って、フィレンツィオはアムネジアの足元にひざまずいた。
そして握っていたアムネジアの手の甲に口づけをする。
驚く国王夫妻の前でフィレンツィオは立ち上がって言った。
「もし約束を違えれば、その時は婚約破棄でも廃嫡でもなんでもしてくれて構わない。これで安心してもらえるか、父上、母上」
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