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真実の瞳
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「……は?」
「彼はそう、とても不器用なお方なのです。きっと本当に愛している者を前にすると、どう愛を伝えて良いか分からなくなり、照れ隠しでつい冷たく当たってしまうのでしょう。おそらく婚約破棄も、その一環なのではないかと。可愛らしいですわね、ふふ」
「はあ!?」
フィレンツィオが今日何度目になるか分からない困惑の声をあげる。
彼がそう思うのも無理はない。
誰がどう控えめに見たところで、フィレンツィオがアムネジアに対して言っていることは本心であり、愛情など抱いているはずもないのだから。
そうでなければ三度も婚約破棄騒動を起こさないし、ましてや暴力を振るうはずがない。
そんなことは、誰よりも被害者であるアムネジアが一番良く分かっているはずだった。
「ば、馬鹿か貴様は!? 照れ隠しだと!? そんなはずがあるか! 貴様のことを鬱陶しく思うことすらあれ、愛したことなど生まれてこのかた一度もないわ!」
「フィレンツィオはこう言っておるが……正直余もこの愚息がそなたを愛しているとは到底思えん」
「そうね……貴女がこんな馬鹿な息子の顔を立ててくれる気持ちは嬉しいけれど、愛があるなんてとても……」
フィレンツィオと国王夫妻の言葉にアムネジアはうなずくと――
「では今からフィレンツィオ様がいかに私を愛しているか証明いたしましょう」
糸目と揶揄されるほどにずっと細められていた両目を、大きく見開いた。
「――この真実を暴き出す両の目で」
そこには二つの美しい紫紺の瞳があった。
その中心には猫の目のように縦に尖った瞳孔が開いている。
その瞳は覗き込めば底が見えない程に深く。
見る物の心を惑わす魔石のように暗く美しく輝いていた。
「し、真実の瞳……!? 今、それを使うというのか……!」
アムネジアの目を見た国王が狼狽する。
それを聞いた周囲の者達は、皆一斉にざわめいた。
「おい、今陛下、真実の瞳って言ったよな……?」
「アーケイド教の教典に出てくるあの?」
「え、あれってただのおとぎ話じゃなかったの?」
真実の瞳――それはこの地に古くから根付く国教であるアーケイド教の教典に登場する、神に愛された聖女だけが持つと言われている神秘の魔眼である。
かつて咎人の罪を暴くために使われていた審判の瞳とも言われるその両眼は、伝承では見たものに偽らざる真実を語らせると書かれていた。
だが、そんな物は教典に語られるのみで実際に目にした者は誰もいない。
ゆえに歴史学を学校で学んでいる貴族学校の生徒達は、その存在こそ知っているものの、誰もが眉唾ものだと思っていた。
そう、国王夫妻以外の、この場にいる誰もが知らなかったのだ。
アムネジアがこの真実の瞳の実在を、国王の眼の前で証明し。
幼少の頃から、国家を崩壊させようと企むスパイや裏切り者を暴き出してきたことを。
その功績を国王から認められ、男爵家だった家を伯爵家にまで押し上げたことを。
ツェペル家が国内有数の資産家になれたのも、アムネジアが真実の瞳を持っていることを知った多くの上級貴族が、彼女の力を使って自分達が知りたい真実を暴き出し、その礼として莫大な報酬を与えていたからだということを。
王家がどうしてもアムネジアと婚約を結びたかったのは、彼女の家が金持ちだったからではない。
アムネジアの真実の瞳を、できることであれば独占し、自分達の目の届く範囲で管理したかったからである。
「いや、私は父上に聞いたことがある……ツェペル家の娘には決して近づくなと。いじめをやめろと言われているのかと思って聞き流していたが、あれはまさかアムネジアが真実の瞳を持っているから手を出すなということだったのか……?」
「じ、実は私もお父様に言われたことがあったの……なんでって思ったけど、まさかそんな」
「お、俺も……」
一部の子息や令嬢達が青ざめた顔でささやき出した。
以前から貴族学校ではいじめが横行していて、この年だけで何人かの自殺者が出ている。
青ざめた者の中にはそのいじめの主犯格が何人か混じっていた。
平民が被害者ならいざ知らず、自殺した相手は貴族の子供である。
真実が明るみに出れば、確実に刑に処されるだろう。
つまり、後ろめたい罪科を背負っているすべての者達にとって。
アムネジアの存在は自分達の人生を脅かす脅威となり得るのだ。
これはこの場にいるほとんどの子息や令嬢達にとって、たかが伝説の中の話だからと看過できるものではない。
だから彼らは息を飲んでアムネジアの一挙一動に注視した。
真実の瞳の真偽を確かめるために。
そんな衆人環視の中、国王は顔をしかめてうなりながら言った。
「ううむ。確かにその目であれば、フィレンツィオの本心をさらけ出すことができよう。だがもし、それでそなたが望んでいなかった真実が明るみになれば――」
「大丈夫です。私は信じておりますから。フィレンツィオ様の愛を」
確信を持った声で語るアムネジアに、最早国王もかける言葉を失った。
アムネジアはうなずくと、フィレンツィオに向き直る。
紫紺の目を見開いたまま。
「さあフィレンツィオ様。私の目をご覧下さい。そして教えてくださいませ。貴方の偽らざる真実を」
「はっ! 真実の瞳だと? 上等だ! そんな物が本当にあるのなら使ってみるがいい! そうすれば貴様の馬鹿な頭にも理解できるだろうよ。この俺がいかに貴様のことを――!?」
その瞬間、フィレンツィオは口を開いたまま固まった。
アムネジアの紫紺の瞳を見た途端、フィレンツィオの背筋に凍えるような悪寒が突き抜ける。
「貴方は私、アムネジア・バラド・ツェペルのことを愛しておりますか?」
「ば、バカめ……お、俺は、貴様のことなど……少しも愛してなんか――」
フィレンツィオは魅入られていた。
その美しくも暗い二つの輝きに。
フィレンツィオは今、生まれて初めて。
世界で一番尊いものを見たような、そんな得難い幸福な気持ちに襲われていた。
そして、自分を取り巻くすべてのしがらみを忘れて。
その瞳をもっと見ていたいと、そう思った時。
フィレンツィオの口は自分の意志とは無関係に。
無意識の内にその言葉を紡いでいた。
「――俺はアムネジアのことを愛している。世界中の誰よりも」
「彼はそう、とても不器用なお方なのです。きっと本当に愛している者を前にすると、どう愛を伝えて良いか分からなくなり、照れ隠しでつい冷たく当たってしまうのでしょう。おそらく婚約破棄も、その一環なのではないかと。可愛らしいですわね、ふふ」
「はあ!?」
フィレンツィオが今日何度目になるか分からない困惑の声をあげる。
彼がそう思うのも無理はない。
誰がどう控えめに見たところで、フィレンツィオがアムネジアに対して言っていることは本心であり、愛情など抱いているはずもないのだから。
そうでなければ三度も婚約破棄騒動を起こさないし、ましてや暴力を振るうはずがない。
そんなことは、誰よりも被害者であるアムネジアが一番良く分かっているはずだった。
「ば、馬鹿か貴様は!? 照れ隠しだと!? そんなはずがあるか! 貴様のことを鬱陶しく思うことすらあれ、愛したことなど生まれてこのかた一度もないわ!」
「フィレンツィオはこう言っておるが……正直余もこの愚息がそなたを愛しているとは到底思えん」
「そうね……貴女がこんな馬鹿な息子の顔を立ててくれる気持ちは嬉しいけれど、愛があるなんてとても……」
フィレンツィオと国王夫妻の言葉にアムネジアはうなずくと――
「では今からフィレンツィオ様がいかに私を愛しているか証明いたしましょう」
糸目と揶揄されるほどにずっと細められていた両目を、大きく見開いた。
「――この真実を暴き出す両の目で」
そこには二つの美しい紫紺の瞳があった。
その中心には猫の目のように縦に尖った瞳孔が開いている。
その瞳は覗き込めば底が見えない程に深く。
見る物の心を惑わす魔石のように暗く美しく輝いていた。
「し、真実の瞳……!? 今、それを使うというのか……!」
アムネジアの目を見た国王が狼狽する。
それを聞いた周囲の者達は、皆一斉にざわめいた。
「おい、今陛下、真実の瞳って言ったよな……?」
「アーケイド教の教典に出てくるあの?」
「え、あれってただのおとぎ話じゃなかったの?」
真実の瞳――それはこの地に古くから根付く国教であるアーケイド教の教典に登場する、神に愛された聖女だけが持つと言われている神秘の魔眼である。
かつて咎人の罪を暴くために使われていた審判の瞳とも言われるその両眼は、伝承では見たものに偽らざる真実を語らせると書かれていた。
だが、そんな物は教典に語られるのみで実際に目にした者は誰もいない。
ゆえに歴史学を学校で学んでいる貴族学校の生徒達は、その存在こそ知っているものの、誰もが眉唾ものだと思っていた。
そう、国王夫妻以外の、この場にいる誰もが知らなかったのだ。
アムネジアがこの真実の瞳の実在を、国王の眼の前で証明し。
幼少の頃から、国家を崩壊させようと企むスパイや裏切り者を暴き出してきたことを。
その功績を国王から認められ、男爵家だった家を伯爵家にまで押し上げたことを。
ツェペル家が国内有数の資産家になれたのも、アムネジアが真実の瞳を持っていることを知った多くの上級貴族が、彼女の力を使って自分達が知りたい真実を暴き出し、その礼として莫大な報酬を与えていたからだということを。
王家がどうしてもアムネジアと婚約を結びたかったのは、彼女の家が金持ちだったからではない。
アムネジアの真実の瞳を、できることであれば独占し、自分達の目の届く範囲で管理したかったからである。
「いや、私は父上に聞いたことがある……ツェペル家の娘には決して近づくなと。いじめをやめろと言われているのかと思って聞き流していたが、あれはまさかアムネジアが真実の瞳を持っているから手を出すなということだったのか……?」
「じ、実は私もお父様に言われたことがあったの……なんでって思ったけど、まさかそんな」
「お、俺も……」
一部の子息や令嬢達が青ざめた顔でささやき出した。
以前から貴族学校ではいじめが横行していて、この年だけで何人かの自殺者が出ている。
青ざめた者の中にはそのいじめの主犯格が何人か混じっていた。
平民が被害者ならいざ知らず、自殺した相手は貴族の子供である。
真実が明るみに出れば、確実に刑に処されるだろう。
つまり、後ろめたい罪科を背負っているすべての者達にとって。
アムネジアの存在は自分達の人生を脅かす脅威となり得るのだ。
これはこの場にいるほとんどの子息や令嬢達にとって、たかが伝説の中の話だからと看過できるものではない。
だから彼らは息を飲んでアムネジアの一挙一動に注視した。
真実の瞳の真偽を確かめるために。
そんな衆人環視の中、国王は顔をしかめてうなりながら言った。
「ううむ。確かにその目であれば、フィレンツィオの本心をさらけ出すことができよう。だがもし、それでそなたが望んでいなかった真実が明るみになれば――」
「大丈夫です。私は信じておりますから。フィレンツィオ様の愛を」
確信を持った声で語るアムネジアに、最早国王もかける言葉を失った。
アムネジアはうなずくと、フィレンツィオに向き直る。
紫紺の目を見開いたまま。
「さあフィレンツィオ様。私の目をご覧下さい。そして教えてくださいませ。貴方の偽らざる真実を」
「はっ! 真実の瞳だと? 上等だ! そんな物が本当にあるのなら使ってみるがいい! そうすれば貴様の馬鹿な頭にも理解できるだろうよ。この俺がいかに貴様のことを――!?」
その瞬間、フィレンツィオは口を開いたまま固まった。
アムネジアの紫紺の瞳を見た途端、フィレンツィオの背筋に凍えるような悪寒が突き抜ける。
「貴方は私、アムネジア・バラド・ツェペルのことを愛しておりますか?」
「ば、バカめ……お、俺は、貴様のことなど……少しも愛してなんか――」
フィレンツィオは魅入られていた。
その美しくも暗い二つの輝きに。
フィレンツィオは今、生まれて初めて。
世界で一番尊いものを見たような、そんな得難い幸福な気持ちに襲われていた。
そして、自分を取り巻くすべてのしがらみを忘れて。
その瞳をもっと見ていたいと、そう思った時。
フィレンツィオの口は自分の意志とは無関係に。
無意識の内にその言葉を紡いでいた。
「――俺はアムネジアのことを愛している。世界中の誰よりも」
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