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馬鹿者
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両手を広げたフィレンツィオが、感極まった声で高らかに宣言する。
しかし国王夫妻はそんなフィレンツィオを無視して横を通り過ぎると、うつむいていたアムネジアに駆け寄った。
「ああ、アムネジア! なんてことなの。こんなにもドレスを汚されて可哀想に」
「頬が腫れているぞ!? もしや誰かに殴られたのか!? 一体誰だ! そなたにこのような真似をした者は! 断じて許せん! 捕まえて刑に処してくれる!」
王妃が悲しげな顔をして、国王が声を荒げて憤る。
その様子を見て、今まで散々アムネジアをいじめてきた子息と令嬢達全員の顔が一気に青ざめた。
普段式典でもない限り国王夫妻を見ることがない彼らは知らなかったのだ。
アムネジアと国王夫妻の関係を――彼女がいかに彼らに愛されているのかを。
そしてそれは、フィレンツィオからアムネジアは国王夫妻に認められていないから、婚約破棄は簡単にできると嘘の話を知らされていたプリシラも同様だった。
「ふっ……ざけんじゃないわよ……!」
小声でつぶやきながらプリシラは拳を握りしめた。
プリシラからしてみればアムネジアから婚約者の座を奪い取ることは、十分に勝算の高い計画だった。
それなのに、フィレンツィオが嘘をついたり勝手なことばかりするからすべてが台無しである。
もし国王夫妻がどんなことよりもフィレンツィオを優先する馬鹿な親であったなら、どうとでも誤魔化せただろう。
だが、先程のフィレンツィオへの冷めた対応と、アムネジアを心配する反応を見る限り、彼らはどうやら真っ当な人間のようであった。
むしろ刑に処すとまで言い切るなんて、溺愛しているようにすら見える。
こんな状況でアムネジアをないがしろにして、プリシラが自分こそ新しい婚約者だ、などと言い出せばどうなるか?
まず確実に国王夫妻の逆鱗に触れるだろう。
最悪二人の仲を乱した張本人として、刑に処される可能性すらある。
となれば、ここはなんとか罰せられないように穏便にことを済ますしかない。
幸いなことにプリシラは外面が良く、いつも表面上はアムネジアをかばってきたという実績があった。
これをうまく利用して周囲を扇動しながら立ち回れば、この場を切り抜けることぐらいはできるだろう。
そんな風に、まだプリシラには自分の状況を楽観視する余裕があった。
だが――
「父上、母上。そんな女がどうなろうがどうでも良いでしょう。どうせ俺の婚約者であることをどこぞの女に妬まれて、いじめられでもしたのでしょうし」
「なんだと……?」
フィレンツィオの人を小馬鹿にした態度に、国王が声を震わせながら振り返る。
当のフィレンツィオは、ぞんな父親の様子が変わったことにも気づかずに、さらに言ってはならない言葉を口にした。
「それにアムネジアの頬が腫れているのは俺が殴ったからですよ。あまりに聞き分けがなかったのでね。その女の自業自得です」
「なっ……!?」
国王夫妻が絶句して言葉を無くす。
そんな二人の様子をどう自分の都合よく解釈したのか。
フィレンツィオは問題は解決したとばかりに自慢げな顔でうなずき、プリシラの肩に手をかけながら言った。
「そんなことよりも見て下さい、俺の新しい婚約者を。どうです、とても可愛らしいで――」
「この馬鹿者が!」
国王が拳を振り上げて全力でフィレンツィオを殴った。
油断していたフィレンツィオは頬を殴られて床に倒れ伏す。
「ち、父上!?」
「愚かな息子だとは思っていたが……まさかここまでの馬鹿者だとは思わなかったぞ!」
信じられないといった顔で頬を押さえるフィレンツィオを、国王は見下ろした。
その顔には隠しきれない怒りが浮かんでいる。
「前々から言っておったであろう! アムネジアをくれぐれも大切に扱えと! それをこのような目に合わせたばかりか、頬を殴り、あまつさえ婚約を破棄したいだと!? 貴様は王族の婚約を一体なんだと思っているのだ!」
国王が怒声をあげて指差すと、フィレンツィオはうろたえながらもその指を払いのけてさけんだ。
「勝手に決められた婚約だ! 俺は好きでもない女と結婚などしたくない! ましてやこんな愛想のかけらもない、無能で腹立たしい女などと――」
「無能はお前の方です! この馬鹿者!」
今度は王妃が手を振り上げて全力でフィレンツィオを叩く。
起き上がろうとしていたフィレンツィオは再び頬を叩かれて床に倒れ伏した。
「は、母上まで!?」
「国を守り、発展させるための婚約を……言うに事欠いて好きでもない女と結婚したくないですって!? お前は王族に生まれたのですよ! 愛だの恋だのと、いつまで子供のようなことを言っているのですか!」
「し、しかし母上! プリシラは賢い女です! 家の金しか取り柄のないそのバカ女と婚約するよりも、きっと将来王家を発展させてくれるはずで――ぐぁ!?」
さらに国王が持っていた杖でフィレンツィオの身体を激しく打ち据える。
叩かれまいと必死に床を逃げ回るフィレンツィオのその姿に、暴君の面影はどこにもなかった。
「だから貴様はバカだと言っているのだ! そのツェペル家を国内随一の資産を持つ家にまで発展させたのは、アムネジアだということが、六年も共にいてまだ気づかんか!」
「は? 父上、一体何を――ぎゃあ!?」
とどめとばかりに王妃が持っていた扇をフィレンツィオに投げつける。
国王が杖を振り回すのに疲れ、攻撃の手を休めていたことで油断していたフィレンツィオは、鼻の上にもろに扇を受けたことで悶絶した。
「そもそもこの婚約は王家からツェペル家に頼み込んで交わされたものです! それをお前は勝手に、しかも三回も破棄しようとして! どれだけ私達の顔に泥を塗れば気が済むのですか! 王族の面汚しめ!」
「い、痛い! や、やめて下さい! 父上、母上! 殴らないで!」
頭を両手で覆って縮こまるフィレンツィオを、国王と王妃が何度も素手で、杖で、扇で叩きのめした。
異様な光景に周囲の者達はどうしたらいいか分からず困惑するしかない。
そんな中、黙って事態を静観していたアムネジアが口を開いた。
「国王様、王妃様。少しよろしいでしょうか」
しかし国王夫妻はそんなフィレンツィオを無視して横を通り過ぎると、うつむいていたアムネジアに駆け寄った。
「ああ、アムネジア! なんてことなの。こんなにもドレスを汚されて可哀想に」
「頬が腫れているぞ!? もしや誰かに殴られたのか!? 一体誰だ! そなたにこのような真似をした者は! 断じて許せん! 捕まえて刑に処してくれる!」
王妃が悲しげな顔をして、国王が声を荒げて憤る。
その様子を見て、今まで散々アムネジアをいじめてきた子息と令嬢達全員の顔が一気に青ざめた。
普段式典でもない限り国王夫妻を見ることがない彼らは知らなかったのだ。
アムネジアと国王夫妻の関係を――彼女がいかに彼らに愛されているのかを。
そしてそれは、フィレンツィオからアムネジアは国王夫妻に認められていないから、婚約破棄は簡単にできると嘘の話を知らされていたプリシラも同様だった。
「ふっ……ざけんじゃないわよ……!」
小声でつぶやきながらプリシラは拳を握りしめた。
プリシラからしてみればアムネジアから婚約者の座を奪い取ることは、十分に勝算の高い計画だった。
それなのに、フィレンツィオが嘘をついたり勝手なことばかりするからすべてが台無しである。
もし国王夫妻がどんなことよりもフィレンツィオを優先する馬鹿な親であったなら、どうとでも誤魔化せただろう。
だが、先程のフィレンツィオへの冷めた対応と、アムネジアを心配する反応を見る限り、彼らはどうやら真っ当な人間のようであった。
むしろ刑に処すとまで言い切るなんて、溺愛しているようにすら見える。
こんな状況でアムネジアをないがしろにして、プリシラが自分こそ新しい婚約者だ、などと言い出せばどうなるか?
まず確実に国王夫妻の逆鱗に触れるだろう。
最悪二人の仲を乱した張本人として、刑に処される可能性すらある。
となれば、ここはなんとか罰せられないように穏便にことを済ますしかない。
幸いなことにプリシラは外面が良く、いつも表面上はアムネジアをかばってきたという実績があった。
これをうまく利用して周囲を扇動しながら立ち回れば、この場を切り抜けることぐらいはできるだろう。
そんな風に、まだプリシラには自分の状況を楽観視する余裕があった。
だが――
「父上、母上。そんな女がどうなろうがどうでも良いでしょう。どうせ俺の婚約者であることをどこぞの女に妬まれて、いじめられでもしたのでしょうし」
「なんだと……?」
フィレンツィオの人を小馬鹿にした態度に、国王が声を震わせながら振り返る。
当のフィレンツィオは、ぞんな父親の様子が変わったことにも気づかずに、さらに言ってはならない言葉を口にした。
「それにアムネジアの頬が腫れているのは俺が殴ったからですよ。あまりに聞き分けがなかったのでね。その女の自業自得です」
「なっ……!?」
国王夫妻が絶句して言葉を無くす。
そんな二人の様子をどう自分の都合よく解釈したのか。
フィレンツィオは問題は解決したとばかりに自慢げな顔でうなずき、プリシラの肩に手をかけながら言った。
「そんなことよりも見て下さい、俺の新しい婚約者を。どうです、とても可愛らしいで――」
「この馬鹿者が!」
国王が拳を振り上げて全力でフィレンツィオを殴った。
油断していたフィレンツィオは頬を殴られて床に倒れ伏す。
「ち、父上!?」
「愚かな息子だとは思っていたが……まさかここまでの馬鹿者だとは思わなかったぞ!」
信じられないといった顔で頬を押さえるフィレンツィオを、国王は見下ろした。
その顔には隠しきれない怒りが浮かんでいる。
「前々から言っておったであろう! アムネジアをくれぐれも大切に扱えと! それをこのような目に合わせたばかりか、頬を殴り、あまつさえ婚約を破棄したいだと!? 貴様は王族の婚約を一体なんだと思っているのだ!」
国王が怒声をあげて指差すと、フィレンツィオはうろたえながらもその指を払いのけてさけんだ。
「勝手に決められた婚約だ! 俺は好きでもない女と結婚などしたくない! ましてやこんな愛想のかけらもない、無能で腹立たしい女などと――」
「無能はお前の方です! この馬鹿者!」
今度は王妃が手を振り上げて全力でフィレンツィオを叩く。
起き上がろうとしていたフィレンツィオは再び頬を叩かれて床に倒れ伏した。
「は、母上まで!?」
「国を守り、発展させるための婚約を……言うに事欠いて好きでもない女と結婚したくないですって!? お前は王族に生まれたのですよ! 愛だの恋だのと、いつまで子供のようなことを言っているのですか!」
「し、しかし母上! プリシラは賢い女です! 家の金しか取り柄のないそのバカ女と婚約するよりも、きっと将来王家を発展させてくれるはずで――ぐぁ!?」
さらに国王が持っていた杖でフィレンツィオの身体を激しく打ち据える。
叩かれまいと必死に床を逃げ回るフィレンツィオのその姿に、暴君の面影はどこにもなかった。
「だから貴様はバカだと言っているのだ! そのツェペル家を国内随一の資産を持つ家にまで発展させたのは、アムネジアだということが、六年も共にいてまだ気づかんか!」
「は? 父上、一体何を――ぎゃあ!?」
とどめとばかりに王妃が持っていた扇をフィレンツィオに投げつける。
国王が杖を振り回すのに疲れ、攻撃の手を休めていたことで油断していたフィレンツィオは、鼻の上にもろに扇を受けたことで悶絶した。
「そもそもこの婚約は王家からツェペル家に頼み込んで交わされたものです! それをお前は勝手に、しかも三回も破棄しようとして! どれだけ私達の顔に泥を塗れば気が済むのですか! 王族の面汚しめ!」
「い、痛い! や、やめて下さい! 父上、母上! 殴らないで!」
頭を両手で覆って縮こまるフィレンツィオを、国王と王妃が何度も素手で、杖で、扇で叩きのめした。
異様な光景に周囲の者達はどうしたらいいか分からず困惑するしかない。
そんな中、黙って事態を静観していたアムネジアが口を開いた。
「国王様、王妃様。少しよろしいでしょうか」
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