2 / 42
夜会の女王
しおりを挟む
威圧的なその声音に、アムネジアは微笑みながら答えた。
「今宵は婚約者であるフィレンツィオ様に呼び出されていまして。他のお方の言葉ならいざ知らず、我が国の第二王子であるフィレンツィオ様の言葉に逆らうことなどこの私にはできません。エルメス様には申し訳ありませんがそういった理由で――」
その瞬間、硬い物が人をたたく鈍い音が鳴り響く。
アムネジアが言葉を言い終える前に、その頬をエルメスの閉じた扇が打ち据えていた。
「誰が口答えをしていいと言いましたか?」
頬を張られたアムネジアの口元からは、一滴の赤い血がポタリと零れ落ちる。
その白く美しい頬は、扇の打撲痕によって赤く腫れあがっていた。
「貴女がしていいのはただひたすらこの私に頭を垂れて己の過ちを謝罪することだけです。分かりましたか?」
「……はい、エルメス様。申し訳ございません」
それでもなお微笑みを崩さず淡々と答えるアムネジアの頬に、エルメスはぐりぐりと扇の先を押し付ける。
先ほど打ち据えた部分と寸分たがわぬ場所をえぐり込むように。
鉄を仕込んだ扇の先で、一切の容赦なく。
「ねえ、貴女に今の私の気持ちがわかるかしら。自分のお気に入りの庭に、気持ちが悪い真っ白の害虫が我が物顔で飛び回っているのを見た今の私の気持ちが」
エルメスがアムネジアを嫌う理由、それはこの発言にすべて集約されていた。
エルメスにとって夜会とは、自分の華やかさをひけらかす舞台そのものである。
自分以外のすべての人間は観客であり、ただ一人の女優であるエルメスを称え、賛美するためだけに存在しているのだ。
そんな観客の中にアムネジアのように、自分より美しくきらびやかな存在がいることは、エルメスにとって到底許容できることではない。
だから排除するのだ。
自分よりも目立とうとする存在を、徹底的に。容赦なく。
体をいたぶり、心を折って、死んでくれればなお良い。
そうしてエルメスは君臨していた。
“夜会の女王”として。
「ああ、気持ち悪い。この場で無礼討ちにしてしまおうかしら。罪状はこの私を不快にさせたことよ。そんな理由で処刑できないと思う? 簡単よ。なぜなら私の家は我が国で最も権力を持つネーロ公爵家だから。私にかかれば伯爵家ごときの令嬢である貴女の生き死になんて、それこそ気分一つでどうとでもなるわ。試してみる?」
本来ならそんなことは一令嬢の思い付きで決められることではない。
いくら家格が下とはいえ、伯爵家の令嬢であるアムネジアを不当な理由で処刑するなど、当主でもないエルメスにはできないだろう。
だが、彼女の言葉にはそれを本気と思わせる説得力があった。
それは彼女が他の誰でもなくネーロ家の娘だったからである。
ネーロ家の人間は突出した才能を持った家柄ではない。
武芸に長けているわけでも、才知に優れているわけでもなかった。
彼の家が優れているのはただ一点のみ。
宮廷内での謀略を張り巡らせることである。
この能力だけをもって、ネーロ家は役職の最高位である宰相の座についていた。
ゆえにこの国の貴族ならば誰しもが知っている。
ネーロ家に敵対した者は、この国では生きてはいけないことを。
それはそっくりそのままネーロ家の娘であるエルメスへの畏怖にもつながっていた。
子息や令嬢達は陰で口々に噂する。
エルメスを怒らせれば、一人娘を溺愛するネーロ公爵に潰されるぞ、と。
「ご愁傷様ねえ、アムネジア。貴女処刑ですって。良かったわね、これでもう二度と私達にいじめられなくてすむわよ」
「ねえエルメス様、殺す前にこの女の髪を全部そっていい? 前々から気に入らなかったのよね、この目障りな銀髪」
「死ぬんだったらもう身に着けてる物は全部いらないわよね? この女のネックレスとか指輪とか、みんなで分け合いましょうよ。あの成り上がりの伯爵が与えた物だったら、きっと高く売れるわ」
エルメスの取り巻きが嘲笑を浮かべながら好き放題に罵倒の言葉を吐き捨てる。
物騒なことを口走ってはいるが、取り巻きの者達とてエルメスが本気で家の力を使って、アムネジアを処刑するとは思っていない。
彼女達取り巻きはこう解釈している。
エルメスが言う処刑とは、いわゆる私刑のことであると。
ゆえに、追い詰める口調をより厳しく、より口汚くしたのである。
精神的に叩きのめして、アムネジアが自ら死を選びたくなるように。
「ヘラヘラ笑ってないでなんとか言ってみなさいよ、この不感症女!」
「今宵は婚約者であるフィレンツィオ様に呼び出されていまして。他のお方の言葉ならいざ知らず、我が国の第二王子であるフィレンツィオ様の言葉に逆らうことなどこの私にはできません。エルメス様には申し訳ありませんがそういった理由で――」
その瞬間、硬い物が人をたたく鈍い音が鳴り響く。
アムネジアが言葉を言い終える前に、その頬をエルメスの閉じた扇が打ち据えていた。
「誰が口答えをしていいと言いましたか?」
頬を張られたアムネジアの口元からは、一滴の赤い血がポタリと零れ落ちる。
その白く美しい頬は、扇の打撲痕によって赤く腫れあがっていた。
「貴女がしていいのはただひたすらこの私に頭を垂れて己の過ちを謝罪することだけです。分かりましたか?」
「……はい、エルメス様。申し訳ございません」
それでもなお微笑みを崩さず淡々と答えるアムネジアの頬に、エルメスはぐりぐりと扇の先を押し付ける。
先ほど打ち据えた部分と寸分たがわぬ場所をえぐり込むように。
鉄を仕込んだ扇の先で、一切の容赦なく。
「ねえ、貴女に今の私の気持ちがわかるかしら。自分のお気に入りの庭に、気持ちが悪い真っ白の害虫が我が物顔で飛び回っているのを見た今の私の気持ちが」
エルメスがアムネジアを嫌う理由、それはこの発言にすべて集約されていた。
エルメスにとって夜会とは、自分の華やかさをひけらかす舞台そのものである。
自分以外のすべての人間は観客であり、ただ一人の女優であるエルメスを称え、賛美するためだけに存在しているのだ。
そんな観客の中にアムネジアのように、自分より美しくきらびやかな存在がいることは、エルメスにとって到底許容できることではない。
だから排除するのだ。
自分よりも目立とうとする存在を、徹底的に。容赦なく。
体をいたぶり、心を折って、死んでくれればなお良い。
そうしてエルメスは君臨していた。
“夜会の女王”として。
「ああ、気持ち悪い。この場で無礼討ちにしてしまおうかしら。罪状はこの私を不快にさせたことよ。そんな理由で処刑できないと思う? 簡単よ。なぜなら私の家は我が国で最も権力を持つネーロ公爵家だから。私にかかれば伯爵家ごときの令嬢である貴女の生き死になんて、それこそ気分一つでどうとでもなるわ。試してみる?」
本来ならそんなことは一令嬢の思い付きで決められることではない。
いくら家格が下とはいえ、伯爵家の令嬢であるアムネジアを不当な理由で処刑するなど、当主でもないエルメスにはできないだろう。
だが、彼女の言葉にはそれを本気と思わせる説得力があった。
それは彼女が他の誰でもなくネーロ家の娘だったからである。
ネーロ家の人間は突出した才能を持った家柄ではない。
武芸に長けているわけでも、才知に優れているわけでもなかった。
彼の家が優れているのはただ一点のみ。
宮廷内での謀略を張り巡らせることである。
この能力だけをもって、ネーロ家は役職の最高位である宰相の座についていた。
ゆえにこの国の貴族ならば誰しもが知っている。
ネーロ家に敵対した者は、この国では生きてはいけないことを。
それはそっくりそのままネーロ家の娘であるエルメスへの畏怖にもつながっていた。
子息や令嬢達は陰で口々に噂する。
エルメスを怒らせれば、一人娘を溺愛するネーロ公爵に潰されるぞ、と。
「ご愁傷様ねえ、アムネジア。貴女処刑ですって。良かったわね、これでもう二度と私達にいじめられなくてすむわよ」
「ねえエルメス様、殺す前にこの女の髪を全部そっていい? 前々から気に入らなかったのよね、この目障りな銀髪」
「死ぬんだったらもう身に着けてる物は全部いらないわよね? この女のネックレスとか指輪とか、みんなで分け合いましょうよ。あの成り上がりの伯爵が与えた物だったら、きっと高く売れるわ」
エルメスの取り巻きが嘲笑を浮かべながら好き放題に罵倒の言葉を吐き捨てる。
物騒なことを口走ってはいるが、取り巻きの者達とてエルメスが本気で家の力を使って、アムネジアを処刑するとは思っていない。
彼女達取り巻きはこう解釈している。
エルメスが言う処刑とは、いわゆる私刑のことであると。
ゆえに、追い詰める口調をより厳しく、より口汚くしたのである。
精神的に叩きのめして、アムネジアが自ら死を選びたくなるように。
「ヘラヘラ笑ってないでなんとか言ってみなさいよ、この不感症女!」
144
お気に入りに追加
3,248
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる