いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

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微笑のアムネジア

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「あーらごめんなさぁい。手が滑ってしまったわぁ」


 華やかなドレスやタキシードで着飾った貴族の子息や令嬢達。
 彼らが一同に集って踊る貴族学校主催の夜会の最中。
 金髪の令嬢がグラスに入ったワインを、銀髪の令嬢のドレスに振りかけた。


「あらあらどうしましょう。素敵な白いドレスが赤いワインの染みで台無し」


 美しい顔に笑みを張り付けながら話す金髪の令嬢は、名をエルメス・ヴィラ・ネーロといった。
 この国で最も権力を持つ家である、宰相ネーロ公爵の一人娘である彼女に逆らえるものは、この夜会には誰一人として存在しない。

 よって、たとえエルメスがわざとワインを罪なき誰かにかけたのだとしても、咎めようというものなど誰もいなかった。


「でもわざとじゃないのよ。そんなところに立ってる貴女が悪いんだから。ねえ、アムネジア?」


 ワインをかけられた銀髪の令嬢、アムネジアは伏せていた顔を上げて微笑んだ


「はい。申し訳ございません、エルメス様」


 銀髪の令嬢の名は、伯爵令嬢アムネジア・バラド・ツェペル。
 その長く美しい銀髪は腰まで伸び。
 肌は白鳥のように真白。
 人形のように精巧に整った顔には、たおやかな微笑みが浮かんでいた。

 そんな美しい容姿を持つアムネジアであっても、エルメスに目をつけられたとあっては誰もが目を背ける。
 自分がその標的になってはたまらないと言わんばかりに。
 いや、それどころか――


「どうせ悪どいことをして儲けたお金で買ったドレスでしょう? いい気味だわ」

「あら、私もワインを持つ手が滑ってしまったわぁ」

「私も私も。きゃはははっ!」


 エルメスの取り巻きの令嬢達がワインを次々にアムネジアのドレスにかける。
 純白のドレスには赤色のワインが、彼女達の悪意を表すかのように染み渡っていった。

 その様子を、周囲の者達は明らかに気づいているにも関わらず見て見ぬフリをしている。
 またある子息達はドレスを汚されたアムネジアの姿を指差して言った。


「おい見ろよあれ。また糸目女が夜会の女王にいじめられてるぞ」

「うわ、ワインぶっ掛けられてる。相当高いだろうに、あのドレス」

「成り上がりの下賎な一族にはお似合いの衣装になったな。ははっ!」


 ドッと、アムネジアをあざ笑う声が会場に響き渡る。
 この場にはアムネジアの味方どころか、見渡す限りの敵しかいなかった。
 彼らがアムネジアを積極的に害する理由は実に単純である。
 アムネジアをいじめることでエルメスに覚えを良くしてもらい、ネーロ家に取り入るためだ。

 そんな周囲の様子を当のエルメスは冷めた目で見ていた。

(ブンブンブンブンと。まるで蜜に群がる虫ですわね。なんて浅ましいのかしら)

 聡いエルメスは周囲の思惑には当然気づいている。
 だが自分の手を汚さずにアムネジアが勝手にいたぶられる分には、彼女にとっても都合が良かったので、好きなようにさせていた。

 こうしてエルメスは周囲をうまく利用することで、自分は高みの見物をしながら今まで何人もの気に入らない令嬢や子息をいじめて、自殺に追い込んできた。
 そしてついたあだ名は“夜会の女王”。
 そう、エルメスはこの夜会と呼ばれる日常から隔離された閉鎖空間においては、まさしく国を統べる女王に等しい権力を持っているのであった。


「静まりなさい」


 エルメスの一言で、罵倒を浴びせていた取り巻きや周囲の者達が静まり返る。
 扇を取り出し口元を隠したエルメスは、家畜でもみるかのような冷ややかな目でアムネジアを見下して言った。


「ねえ、前に私言わなかったかしら。貴女のそのヘラヘラした気持ち悪い笑顔を見ていると吐き気がするから、二度と夜会ここには顔を出すなと」

「はい。お聞きしました」

「ならばなぜ貴女はここに、今、この私エルメス・ヴィラ・ネーロの目の前に立っているの? 答えなさい。返答次第では二度と人前に出れない顔にするわよ」
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