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ギルド本部殴り込み
29.何故か上がらないんだが
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(これは、夢では無かったの?)
(朝、2階の自室でベッドから起きて、1階のリビングに行くと父さんがテーブルに並ぶ朝食を前に新聞を読み、母さんが挨拶をしてくる。そんな平凡な日常。)
(また小言の様に、母さんが彼氏はまだかと苦笑しながら言って来る。)
(寡黙だが、お前が選んだのなら、余程の事でもない限り反対はしない。と、あたしにはなんだかんだで甘い父さん。)
(また、此処・・・)
(あたしの生活は、何処に行ったの?目が覚めれば何時もの日常だって思ったのに、何時もの日常ではなく夢の続き。昨日、お姫様扱いされて、調子に乗ってしまったけれど、それは夢だと思ったから。)
茜は紗幕を手で避けて寝台から降りると、朝陽の射し込む窓の方へと移動する。その眩しさに一瞬目が眩み、脳裏を何かが過ると目の奥に痛みが走った。その痛みでよろめいた茜は、壁に手をついて倒れるのを防ぐ。
(・・・何?)
痛みの原因は分からなかったが、茜は何か嫌な感じがしていた。
(そう言えばあたし、何処で何をしていたんだっけ?)
思い出そうとすると、拒絶するようにまた軽い痛みが走る。
(思い出せない・・・)
茜はその硬直から動けずに、暫し壁に凭れ掛かった。
(・・・)
(・・・)
(・・・)
やがて、ゆっくりと壁から手を離し、自分の足で立つと上方に目を向けた。
(ま、いっか。それより地位も、若さも、美貌も手に入れたのよ。これはあたしの時代が来たって事じゃない!)
そう思った瞬間、部屋の扉が叩かれる。
「姫様。」
吃驚した茜は慌てて、上に突き上げていた拳を引いて何事も無かったかの様に装う。
「はい。」
返事をすると、侍女が扉を開けて部屋に入って来た。
「朝食の準備が出来ております。」
「分かった、今行くっ!!」
茜は歩き出そうとした瞬間、服の裾を踏んで盛大に転んだ。
「ひ、姫様!大丈夫でございますか!?」
「だ、大丈夫よ。」
(まだ身体に慣れていないのね、吃驚したわ。)
痛いところが無い事を確認した茜は、恥ずかしながらも内心で思って安堵した。
だが実のところそうではなく、本人は認めようとしないが、生前の茜は周囲からおっちょこちょいでドジだと言われており、本人以外はその認識で一致していたのだ。
翌朝、エリサと食堂で朝食を済ませてから受付へと向かう。カウンターには既にユアナが座っていたので、俺は足早に近付いた。
「おはよ。」
「おはようございます。」
「今日のランチは何処にする?」
俺はカウンターに肩肘を付くと、早速今日の昼飯をどうしようか確認する。
「何時、私がリアちゃんとお昼に行く約束をしたのかしら?」
営業スマイルで返されるが、そんな事でこの俺は挫けない。
「良い店を知っているんだ。」
「食堂なら行かないわ。」
・・・
だって、初日に行った店なんて適当に入ったから覚えて無いし、そもそも俺はこの街の住人でも、地理を知っているわけでもない。
「俺はこの街、初めてだからな。ユアナが連れていってくれると助かる。」
「嫌。」
即答かよ!
少しは考える素振りとかねぇのかよ。
内心でがっかりしながら突っ込みをしていると、ユアナが一枚の紙を出して渡してくる。俺はそれを受け取って確認した。
外食案内・・・
「リアちゃんと同じ様に、別の場所から来て外食したいって人が多いのよ。」
つまり勝手に行けって事ですね。
「いや、俺はユアナと行きたいんだよ。」
ここはむしろ、素直に言った方がいいんじゃないだろうか。そう思って言うと、ユアナはカウンターの下から何かを取り出した。
「それも多いのよ。だからお弁当。」
・・・
しっかりしてやがる。何てガードが堅いんだ。それもこれも、俺以外の奴らが既に同じ事をしていたという事が原因じゃないか。
つまり、そいつらの所為でユアナが鉄壁になったわけだ、どいつもこいつもしょうもない事をしやがって。
「最初に言ってくれればいいのに。」
それなら直ぐに諦めたっての。
「と、思うでしょう。」
・・・
「あぁ、何となく予想がついたわ。俺が食うからとかか?」
何かしら理由を付けて誘われていたんだろう。まったく、俺のハードルを上げやがって。
「そう。先に言っちゃうとそういう方向に続けようとするんだけど、冷たくあしらった後にお弁当を出す方が効果的って分かったのよ。」
なるほどな、止めに使うわけだ。つまり、俺も同様に扱われたわけだな。
「それは確かに、良い方法だな。」
最終的には短剣が出そうな気はするが。
「それで、ここからが内緒の話しなんだけど。」
え・・・いや、そういう面倒なのは勘弁してくれ。内緒の話しとか、聞きたくねぇし巻き込まれたくねぇ。
「実はこのお弁当、空なの。」
あぁ、どうでもいい。
「置く時に重そうな音がしたが?」
「石を入れているから。」
「何でそんな話しを俺にする。黙ってた方が良かっただろ。」
今までの流れは何だったんだ、単に俺に対する嫌がらせか。
「でね、結論から言うと、お昼に一緒に行くのは良いわ。」
今までの会話の流れから、何がどうなってその結論なんだ?まったく意味が分からねぇ。
「さっき断ったじゃねぇか。」
「聞いて欲しかったのよ。」
知るか。
「で、誘ったんだから一緒に行くよね?」
・・・
とても魅力的な笑顔でそんな事を言われたら、当然諸手を挙げて喜ぶところではあるのだが。
何故左手に短剣を握っているのでしょうか?
「あ、あぁ。勿論だ。」
「良かった。此処って、女子が極端に少ないから、こんな会話も出来なくてつまらないのよ。」
そう思うなら辞めちまえ。
と、言おうと思ったが短剣が視界にあるうちは大人しくしておこう。
しかし、ギルドの受付はこんなのばっかりかよ。普通の奴は居ないのか?
「楽しみだわ。」
おっさんと犬に何を期待しているんだか・・・
「そんな事より、俺は結果を聞きに来たんだが。」
「あぁ、そうよね。」
おい、雑談しに来たんじゃねぇぞ。
「まず、エリサちゃんの結果からね。」
「ご主人、忘れてないだろうな。」
「そっちこそ。」
ユアナが書類を出している間に、エリサが不敵な笑みを浮かべて俺の方を見て来る。だが、今までの流れからいって負ける気はしない、ざまぁみろ。
「筋力や瞬発力は申し分ないのだけど、戦闘技術に乏しいのよね。その辺が今後の課題といったところかしら。」
「うぅ、それは、何度も言われた。」
エリサは昨日の事を思い出したのか、嫌そうな顔をして目を逸らした。
「それでもランクとしての判定は58だから凄いわよ。ワーウルフの中でも群を抜いて身体能力が高いだろうし、伸びしろもあるから今後に期待出来るそうよ。ただ、戦闘技術以上に全然駄目なのが戦闘知識の方ね。」
まぁまぁの伸びだな。知識的なものをエリサに求めるのは酷な気はするが。そう思って見ると、エリサが得意げな顔で俺の方を見る。
「ふふん、ご主人を超えたぞ。賭け金を要求する。」
何かと思えばそれか。
「エリサが超えたのは前の俺であって、俺の結果はまだだからな。」
「ご主人はきっと変わらないぞ。」
何を根拠に言っているのか不明なんだが、測り切れないというから来たわけで、お前よりは上だろうよ。
「次にリアちゃんなんだけど・・・」
ユアナはそこで言葉を止め、俺に冷めた目を向けて来る。あれか・・・
「何か不正をしてない?」
やっぱりな。
面倒くせぇ。
「だったら面倒だからいいわ。結果にさして興味もねぇし、俺は帰る。」
「え、ちょっと・・・」
「ご主人!つまりあたしの勝ちって事だな!」
「あぁエリサの勝ちだ。帰ったら銀貨10枚払ってやる。」
何かを言いかけたユアナを遮り、エリサが歓喜の声を上げたので適当に答えておく。面倒な扱いされるくらいなら、銀貨10枚払う事になろうと、さっさと帰った方がましだ。
「リアちゃん、待ってよ!」
「そういう扱いなら用はねぇぞ。」
「念のため確認しただけよ、他意はないわ。」
「他意が無かったとしても、確認された方の気分はどうなんだよ。」
大人気ないと思われようが、そういう柵はもううんざりなんだよ。そんなもの、向こうの世界に置いて来たと俺は思っている。
「・・・ごめんなさい、軽率だったわ。」
今更だろ。
「もう、ダメ?せっかく仲良くなれるかなと思ったのだけど。」
・・・
はぁ、こういうのが面倒なんだよな。多分、生前ではそういう部分がダメだったのかもしれない、彼女が出来ても長続きしない理由のひとつなんだろう。だが、気付いたところで手遅れだ。
ユアナの切なそうな顔を見ると、悪いとは思うが、こっちも出した矛をそう簡単に収める事もしたくねぇ。
「お父さんに許可貰ったから、今夜はいっぱい話せるかと思ったのだけど。」
「で、俺の結果だったよな。早く教えてくれ。」
「おいご主人・・・」
エリサの呆れた顔と発言は無視して、ユアナの腕を掴むとカウンターの方に移動する。
やべぇ、今夜お泊りじゃねぇか!
これは好機到来か?
夜這いからのあんな事やこんな事もありなんじゃないか!?
「リアちゃん?」
「ん?」
「顔がニヤついているけど、どうしたの?」
うっかり・・・顔でに出てしまったか。
「いや、どうもしない。ただ、人ん家にお呼ばれするのは初めてだったから、顔に出たかも知れない。」
うむ、我ながら良い言い訳だ。決して妄想していたわけじゃないぞ。
「あ、そうなんだ。だったら今日はおもてなしをしないといけないわね。」
!!
な、なんだと・・・
つまり、その身体を使っておもてなしをしてくれるって事でしょうか!?
「ありがとう!」
俺は言いながら親指を立ててみせた。
「え?いや、お客さんだから、当然、じゃない。」
何故かユアナは首を傾げながら言った。自分から言い出しておいて何故疑問を浮かべる・・・
「それより、今は結果を伝えるわ。」
結果とかどうでもいいから早く夜にならねぇかな。
「その前に判定者なんだけど、明日で都合がついたから。」
「あぁ、分かった。」
「総合的判断は明日の結果次第だけど、現状では87ね。私はこんなランク、見た事がないのだけど。」
87か・・・悪くは無い、のか?
そんな事よりもだ!
「俺の勝ちだな。」
勝ち誇った表情でエリサの方を見る。
「狡いぞ、さっき払うって言ったじゃないか!」
「知らんなぁ。」
「あたしは聞いたぞ!」
「仮にそうだとしよう。だがそれは結果を聞かずに帰った場合だ。今は続行中だから勝負は勝負だぞ、まさか持ち掛けておいて嫌だとか言い出すんじゃないだろうなぁ?」
「ぐぬぬ・・・」
そう言うと、エリサは悔しそうに唸った。
「それより、昼まで暇だな。」
「だったら、観光でもして来たらいいんじゃない?お昼には戻って来る事になるけれど。」
まぁ、そうだな。ギルド本部内も、立ち入れる場所が少ないし。
「どうするエリサ、街の中歩いてみるか?」
「行く!ついでにおやつも要求する!」
すんな。
昼飯が入らなくなるぞ、と言おうと思ったが、エリサに限っては無用な心配だと気付いてやめておく。
「分かった分かった。良さそうなのがあったらな。」
「やった。」
「それじゃ行って来る。」
ユアナから地図を受け取ると、俺とエリサはフェルブネスの街を散策するためにギルド本部を後にした。
「結構大きい家だな。」
「まぁ、私の家じゃないけれど。」
夕方、ユアナの仕事が終わる頃にギルドに戻ると、一緒に自宅前まで移動した。昼飯は一緒に食べたものの、特にやる事もないので午後も観光の続きだった。
まぁ、ギルドに居て何か依頼されても面倒だし。
ちなみに昼飯の時のユアナは只管話し続けていた。余程ギルド内で会話をする相手が居ないのだろう。やれこのギルマスはどうだ、この業者はどうだ、冒険者がどうのこうのと。
だけど、それを楽しそうに話していたのは、本人にとって良かったのかもしれない。まぁ、俺じゃなくてもいいじゃねぇかって思いはあったが。
案内されて来た家は、お屋敷と言ってもいいだろう。普通に門があり、庭があり、奥に二階建ての建屋がある。部屋が幾つあるか分からないほどに大きい。
ユアナの両親は気さくな感じで、変り者の部類であろう俺に対しても快く接してくれた。料理からデザートまで、十分過ぎるもてなしもされたし。
ユアナ曰く、普段はあんな贅沢な料理は出ないらしい。客が来るから、用意してくれたのだとか。
思えば、この世界に来てから初めて人の家に来たし、料理をご馳走になった。直ぐに短剣を抜くところを除けば、ユアナを含め家の人も良い人だ。普段の日常から考えると、此処は俺にとって非日常に感じてしまうな。
騒がしいというか、変なのが多いというか・・・
「此処が二人の部屋よ。」
正直言って面倒臭い食後の歓談も終わり、俺とエリサは2階の一室に案内された。エリサが早速扉を開ける。
「おぉ、広いぞご主人。あたしの部屋とは大違いだ!」
「気に入ったか?」
「うん!」
「良かったな、ずっと此処に居ていいぞ。」
「え、私は要らないわよ。」
笑顔でさらっと冷たい事を言ったな。
「お前ら、酷いぞ・・・」
目を細め、不信を抱いたようにエリサが言ってくる。
「それより、あたしはお腹もいっぱいになったしもう眠いぞ。」
「確かに、今日は歩き回ったしな。」
「満足してくれたなら良かったわ。それじゃ、二人ともまた明日ね。」
ユアナは言うと、背中を向けて歩き出した。当然、俺もそれに着いて行く。部屋の場所だけでも確認しておかねば。
「ご主人・・・」
背後から呆れたような声が聞こえる。
「少し話しがあるんだ、先に寝てていいぞ。」
「そうか、分かったよ。」
本当に眠そうに部屋に入っていくエリサを最後まで見ずに、俺はユアナを早歩きで追いかける。
「何か忘れ物?」
「聞きながら短剣抜いてんじゃねぇよ・・・」
振り向いて首を傾げたまではいいが、流れるような仕種で短剣を抜きやがる。
「癖で・・・」
随分と物騒な癖だな、おい。それで恥ずかしそうに言うなよ。
「なるほど、男居ないだろ。」
「あはは。リアちゃんたら、永遠に口を閉ざしたいのかしら。」
笑顔で言っているが、目が笑ってねぇよ!次に口を滑らしたら本当に塞がれそうで怖ぇよ。
「もう少し、話しをしたいと思ってな。」
「そう、いいわよ。」
そこから間もなく、ユアナの部屋に案内されて入る。整頓された綺麗な部屋だった。
「好きにしていいわよ。」
え!?
マジで?
私を好きにしていい?
「あ、楽にしてって意味ね。」
・・・
危ねぇ、早まって三途の川を渡るところだったぜ。この世界にそんなものが在るのか不明だが。
「そうか、じゃぁ遠慮なく。」
「ちょっと、何でいきなり脱ぎだしてるの?」
「いや、寝巻に着替えようかと。楽だからな。」
その方が楽でいいしな。楽にしていいと言われたのだから、いいじゃねぇか。
「荷物、持ってきていたのね。」
「部屋に置きに行くのも面倒だったから。」
置いている間に見失う可能性があったからな。
「そうねぇ、私も着替えようかしら。」
何!?
生着替え、だと?
言っている傍から、ユアナはスカートを脱いで、シャツのボタンを外し始めた。
これは、じっくり観賞するべきか。まさか着替えを見せつけられるとは。服を着ていても分かった綺麗な曲線は、想像以上に美しかった。これで短剣さえ抜かなければ放っておかれないだろう。
まぁ、世の中物好きは大いに要るだろうが。
「リアちゃん、細すぎじゃない・・・」
つい見とれていたら、俺の方を見たユアナがそう言った。
「食ってはいるんだがな、体質じゃねぇか。」
出る所が出てないどころか手足が細く、生前言われていたガリガリって奴だな。もう慣れたが。
俺はそれから着替えると、ユアナの着替えを終わるのを黙って見ていた。本来ならテンション爆上がりしても良さそうなものなんだが、この世界で見た初の生着替えは、そんな気分にはなれなかった。
(朝、2階の自室でベッドから起きて、1階のリビングに行くと父さんがテーブルに並ぶ朝食を前に新聞を読み、母さんが挨拶をしてくる。そんな平凡な日常。)
(また小言の様に、母さんが彼氏はまだかと苦笑しながら言って来る。)
(寡黙だが、お前が選んだのなら、余程の事でもない限り反対はしない。と、あたしにはなんだかんだで甘い父さん。)
(また、此処・・・)
(あたしの生活は、何処に行ったの?目が覚めれば何時もの日常だって思ったのに、何時もの日常ではなく夢の続き。昨日、お姫様扱いされて、調子に乗ってしまったけれど、それは夢だと思ったから。)
茜は紗幕を手で避けて寝台から降りると、朝陽の射し込む窓の方へと移動する。その眩しさに一瞬目が眩み、脳裏を何かが過ると目の奥に痛みが走った。その痛みでよろめいた茜は、壁に手をついて倒れるのを防ぐ。
(・・・何?)
痛みの原因は分からなかったが、茜は何か嫌な感じがしていた。
(そう言えばあたし、何処で何をしていたんだっけ?)
思い出そうとすると、拒絶するようにまた軽い痛みが走る。
(思い出せない・・・)
茜はその硬直から動けずに、暫し壁に凭れ掛かった。
(・・・)
(・・・)
(・・・)
やがて、ゆっくりと壁から手を離し、自分の足で立つと上方に目を向けた。
(ま、いっか。それより地位も、若さも、美貌も手に入れたのよ。これはあたしの時代が来たって事じゃない!)
そう思った瞬間、部屋の扉が叩かれる。
「姫様。」
吃驚した茜は慌てて、上に突き上げていた拳を引いて何事も無かったかの様に装う。
「はい。」
返事をすると、侍女が扉を開けて部屋に入って来た。
「朝食の準備が出来ております。」
「分かった、今行くっ!!」
茜は歩き出そうとした瞬間、服の裾を踏んで盛大に転んだ。
「ひ、姫様!大丈夫でございますか!?」
「だ、大丈夫よ。」
(まだ身体に慣れていないのね、吃驚したわ。)
痛いところが無い事を確認した茜は、恥ずかしながらも内心で思って安堵した。
だが実のところそうではなく、本人は認めようとしないが、生前の茜は周囲からおっちょこちょいでドジだと言われており、本人以外はその認識で一致していたのだ。
翌朝、エリサと食堂で朝食を済ませてから受付へと向かう。カウンターには既にユアナが座っていたので、俺は足早に近付いた。
「おはよ。」
「おはようございます。」
「今日のランチは何処にする?」
俺はカウンターに肩肘を付くと、早速今日の昼飯をどうしようか確認する。
「何時、私がリアちゃんとお昼に行く約束をしたのかしら?」
営業スマイルで返されるが、そんな事でこの俺は挫けない。
「良い店を知っているんだ。」
「食堂なら行かないわ。」
・・・
だって、初日に行った店なんて適当に入ったから覚えて無いし、そもそも俺はこの街の住人でも、地理を知っているわけでもない。
「俺はこの街、初めてだからな。ユアナが連れていってくれると助かる。」
「嫌。」
即答かよ!
少しは考える素振りとかねぇのかよ。
内心でがっかりしながら突っ込みをしていると、ユアナが一枚の紙を出して渡してくる。俺はそれを受け取って確認した。
外食案内・・・
「リアちゃんと同じ様に、別の場所から来て外食したいって人が多いのよ。」
つまり勝手に行けって事ですね。
「いや、俺はユアナと行きたいんだよ。」
ここはむしろ、素直に言った方がいいんじゃないだろうか。そう思って言うと、ユアナはカウンターの下から何かを取り出した。
「それも多いのよ。だからお弁当。」
・・・
しっかりしてやがる。何てガードが堅いんだ。それもこれも、俺以外の奴らが既に同じ事をしていたという事が原因じゃないか。
つまり、そいつらの所為でユアナが鉄壁になったわけだ、どいつもこいつもしょうもない事をしやがって。
「最初に言ってくれればいいのに。」
それなら直ぐに諦めたっての。
「と、思うでしょう。」
・・・
「あぁ、何となく予想がついたわ。俺が食うからとかか?」
何かしら理由を付けて誘われていたんだろう。まったく、俺のハードルを上げやがって。
「そう。先に言っちゃうとそういう方向に続けようとするんだけど、冷たくあしらった後にお弁当を出す方が効果的って分かったのよ。」
なるほどな、止めに使うわけだ。つまり、俺も同様に扱われたわけだな。
「それは確かに、良い方法だな。」
最終的には短剣が出そうな気はするが。
「それで、ここからが内緒の話しなんだけど。」
え・・・いや、そういう面倒なのは勘弁してくれ。内緒の話しとか、聞きたくねぇし巻き込まれたくねぇ。
「実はこのお弁当、空なの。」
あぁ、どうでもいい。
「置く時に重そうな音がしたが?」
「石を入れているから。」
「何でそんな話しを俺にする。黙ってた方が良かっただろ。」
今までの流れは何だったんだ、単に俺に対する嫌がらせか。
「でね、結論から言うと、お昼に一緒に行くのは良いわ。」
今までの会話の流れから、何がどうなってその結論なんだ?まったく意味が分からねぇ。
「さっき断ったじゃねぇか。」
「聞いて欲しかったのよ。」
知るか。
「で、誘ったんだから一緒に行くよね?」
・・・
とても魅力的な笑顔でそんな事を言われたら、当然諸手を挙げて喜ぶところではあるのだが。
何故左手に短剣を握っているのでしょうか?
「あ、あぁ。勿論だ。」
「良かった。此処って、女子が極端に少ないから、こんな会話も出来なくてつまらないのよ。」
そう思うなら辞めちまえ。
と、言おうと思ったが短剣が視界にあるうちは大人しくしておこう。
しかし、ギルドの受付はこんなのばっかりかよ。普通の奴は居ないのか?
「楽しみだわ。」
おっさんと犬に何を期待しているんだか・・・
「そんな事より、俺は結果を聞きに来たんだが。」
「あぁ、そうよね。」
おい、雑談しに来たんじゃねぇぞ。
「まず、エリサちゃんの結果からね。」
「ご主人、忘れてないだろうな。」
「そっちこそ。」
ユアナが書類を出している間に、エリサが不敵な笑みを浮かべて俺の方を見て来る。だが、今までの流れからいって負ける気はしない、ざまぁみろ。
「筋力や瞬発力は申し分ないのだけど、戦闘技術に乏しいのよね。その辺が今後の課題といったところかしら。」
「うぅ、それは、何度も言われた。」
エリサは昨日の事を思い出したのか、嫌そうな顔をして目を逸らした。
「それでもランクとしての判定は58だから凄いわよ。ワーウルフの中でも群を抜いて身体能力が高いだろうし、伸びしろもあるから今後に期待出来るそうよ。ただ、戦闘技術以上に全然駄目なのが戦闘知識の方ね。」
まぁまぁの伸びだな。知識的なものをエリサに求めるのは酷な気はするが。そう思って見ると、エリサが得意げな顔で俺の方を見る。
「ふふん、ご主人を超えたぞ。賭け金を要求する。」
何かと思えばそれか。
「エリサが超えたのは前の俺であって、俺の結果はまだだからな。」
「ご主人はきっと変わらないぞ。」
何を根拠に言っているのか不明なんだが、測り切れないというから来たわけで、お前よりは上だろうよ。
「次にリアちゃんなんだけど・・・」
ユアナはそこで言葉を止め、俺に冷めた目を向けて来る。あれか・・・
「何か不正をしてない?」
やっぱりな。
面倒くせぇ。
「だったら面倒だからいいわ。結果にさして興味もねぇし、俺は帰る。」
「え、ちょっと・・・」
「ご主人!つまりあたしの勝ちって事だな!」
「あぁエリサの勝ちだ。帰ったら銀貨10枚払ってやる。」
何かを言いかけたユアナを遮り、エリサが歓喜の声を上げたので適当に答えておく。面倒な扱いされるくらいなら、銀貨10枚払う事になろうと、さっさと帰った方がましだ。
「リアちゃん、待ってよ!」
「そういう扱いなら用はねぇぞ。」
「念のため確認しただけよ、他意はないわ。」
「他意が無かったとしても、確認された方の気分はどうなんだよ。」
大人気ないと思われようが、そういう柵はもううんざりなんだよ。そんなもの、向こうの世界に置いて来たと俺は思っている。
「・・・ごめんなさい、軽率だったわ。」
今更だろ。
「もう、ダメ?せっかく仲良くなれるかなと思ったのだけど。」
・・・
はぁ、こういうのが面倒なんだよな。多分、生前ではそういう部分がダメだったのかもしれない、彼女が出来ても長続きしない理由のひとつなんだろう。だが、気付いたところで手遅れだ。
ユアナの切なそうな顔を見ると、悪いとは思うが、こっちも出した矛をそう簡単に収める事もしたくねぇ。
「お父さんに許可貰ったから、今夜はいっぱい話せるかと思ったのだけど。」
「で、俺の結果だったよな。早く教えてくれ。」
「おいご主人・・・」
エリサの呆れた顔と発言は無視して、ユアナの腕を掴むとカウンターの方に移動する。
やべぇ、今夜お泊りじゃねぇか!
これは好機到来か?
夜這いからのあんな事やこんな事もありなんじゃないか!?
「リアちゃん?」
「ん?」
「顔がニヤついているけど、どうしたの?」
うっかり・・・顔でに出てしまったか。
「いや、どうもしない。ただ、人ん家にお呼ばれするのは初めてだったから、顔に出たかも知れない。」
うむ、我ながら良い言い訳だ。決して妄想していたわけじゃないぞ。
「あ、そうなんだ。だったら今日はおもてなしをしないといけないわね。」
!!
な、なんだと・・・
つまり、その身体を使っておもてなしをしてくれるって事でしょうか!?
「ありがとう!」
俺は言いながら親指を立ててみせた。
「え?いや、お客さんだから、当然、じゃない。」
何故かユアナは首を傾げながら言った。自分から言い出しておいて何故疑問を浮かべる・・・
「それより、今は結果を伝えるわ。」
結果とかどうでもいいから早く夜にならねぇかな。
「その前に判定者なんだけど、明日で都合がついたから。」
「あぁ、分かった。」
「総合的判断は明日の結果次第だけど、現状では87ね。私はこんなランク、見た事がないのだけど。」
87か・・・悪くは無い、のか?
そんな事よりもだ!
「俺の勝ちだな。」
勝ち誇った表情でエリサの方を見る。
「狡いぞ、さっき払うって言ったじゃないか!」
「知らんなぁ。」
「あたしは聞いたぞ!」
「仮にそうだとしよう。だがそれは結果を聞かずに帰った場合だ。今は続行中だから勝負は勝負だぞ、まさか持ち掛けておいて嫌だとか言い出すんじゃないだろうなぁ?」
「ぐぬぬ・・・」
そう言うと、エリサは悔しそうに唸った。
「それより、昼まで暇だな。」
「だったら、観光でもして来たらいいんじゃない?お昼には戻って来る事になるけれど。」
まぁ、そうだな。ギルド本部内も、立ち入れる場所が少ないし。
「どうするエリサ、街の中歩いてみるか?」
「行く!ついでにおやつも要求する!」
すんな。
昼飯が入らなくなるぞ、と言おうと思ったが、エリサに限っては無用な心配だと気付いてやめておく。
「分かった分かった。良さそうなのがあったらな。」
「やった。」
「それじゃ行って来る。」
ユアナから地図を受け取ると、俺とエリサはフェルブネスの街を散策するためにギルド本部を後にした。
「結構大きい家だな。」
「まぁ、私の家じゃないけれど。」
夕方、ユアナの仕事が終わる頃にギルドに戻ると、一緒に自宅前まで移動した。昼飯は一緒に食べたものの、特にやる事もないので午後も観光の続きだった。
まぁ、ギルドに居て何か依頼されても面倒だし。
ちなみに昼飯の時のユアナは只管話し続けていた。余程ギルド内で会話をする相手が居ないのだろう。やれこのギルマスはどうだ、この業者はどうだ、冒険者がどうのこうのと。
だけど、それを楽しそうに話していたのは、本人にとって良かったのかもしれない。まぁ、俺じゃなくてもいいじゃねぇかって思いはあったが。
案内されて来た家は、お屋敷と言ってもいいだろう。普通に門があり、庭があり、奥に二階建ての建屋がある。部屋が幾つあるか分からないほどに大きい。
ユアナの両親は気さくな感じで、変り者の部類であろう俺に対しても快く接してくれた。料理からデザートまで、十分過ぎるもてなしもされたし。
ユアナ曰く、普段はあんな贅沢な料理は出ないらしい。客が来るから、用意してくれたのだとか。
思えば、この世界に来てから初めて人の家に来たし、料理をご馳走になった。直ぐに短剣を抜くところを除けば、ユアナを含め家の人も良い人だ。普段の日常から考えると、此処は俺にとって非日常に感じてしまうな。
騒がしいというか、変なのが多いというか・・・
「此処が二人の部屋よ。」
正直言って面倒臭い食後の歓談も終わり、俺とエリサは2階の一室に案内された。エリサが早速扉を開ける。
「おぉ、広いぞご主人。あたしの部屋とは大違いだ!」
「気に入ったか?」
「うん!」
「良かったな、ずっと此処に居ていいぞ。」
「え、私は要らないわよ。」
笑顔でさらっと冷たい事を言ったな。
「お前ら、酷いぞ・・・」
目を細め、不信を抱いたようにエリサが言ってくる。
「それより、あたしはお腹もいっぱいになったしもう眠いぞ。」
「確かに、今日は歩き回ったしな。」
「満足してくれたなら良かったわ。それじゃ、二人ともまた明日ね。」
ユアナは言うと、背中を向けて歩き出した。当然、俺もそれに着いて行く。部屋の場所だけでも確認しておかねば。
「ご主人・・・」
背後から呆れたような声が聞こえる。
「少し話しがあるんだ、先に寝てていいぞ。」
「そうか、分かったよ。」
本当に眠そうに部屋に入っていくエリサを最後まで見ずに、俺はユアナを早歩きで追いかける。
「何か忘れ物?」
「聞きながら短剣抜いてんじゃねぇよ・・・」
振り向いて首を傾げたまではいいが、流れるような仕種で短剣を抜きやがる。
「癖で・・・」
随分と物騒な癖だな、おい。それで恥ずかしそうに言うなよ。
「なるほど、男居ないだろ。」
「あはは。リアちゃんたら、永遠に口を閉ざしたいのかしら。」
笑顔で言っているが、目が笑ってねぇよ!次に口を滑らしたら本当に塞がれそうで怖ぇよ。
「もう少し、話しをしたいと思ってな。」
「そう、いいわよ。」
そこから間もなく、ユアナの部屋に案内されて入る。整頓された綺麗な部屋だった。
「好きにしていいわよ。」
え!?
マジで?
私を好きにしていい?
「あ、楽にしてって意味ね。」
・・・
危ねぇ、早まって三途の川を渡るところだったぜ。この世界にそんなものが在るのか不明だが。
「そうか、じゃぁ遠慮なく。」
「ちょっと、何でいきなり脱ぎだしてるの?」
「いや、寝巻に着替えようかと。楽だからな。」
その方が楽でいいしな。楽にしていいと言われたのだから、いいじゃねぇか。
「荷物、持ってきていたのね。」
「部屋に置きに行くのも面倒だったから。」
置いている間に見失う可能性があったからな。
「そうねぇ、私も着替えようかしら。」
何!?
生着替え、だと?
言っている傍から、ユアナはスカートを脱いで、シャツのボタンを外し始めた。
これは、じっくり観賞するべきか。まさか着替えを見せつけられるとは。服を着ていても分かった綺麗な曲線は、想像以上に美しかった。これで短剣さえ抜かなければ放っておかれないだろう。
まぁ、世の中物好きは大いに要るだろうが。
「リアちゃん、細すぎじゃない・・・」
つい見とれていたら、俺の方を見たユアナがそう言った。
「食ってはいるんだがな、体質じゃねぇか。」
出る所が出てないどころか手足が細く、生前言われていたガリガリって奴だな。もう慣れたが。
俺はそれから着替えると、ユアナの着替えを終わるのを黙って見ていた。本来ならテンション爆上がりしても良さそうなものなんだが、この世界で見た初の生着替えは、そんな気分にはなれなかった。
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