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75.俺にとって非日常な、昼食

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-CAZH社 自社データセンター サーバールーム管理室-

芳しくない状況に八鍬は眉間に皺を作っていた。その横で美馬津は消沈して肩を落としている。
「つまり、美馬津の消し忘れが原因か。」
「だなー。」
禍月は椅子の背もたれに背を預け、両手を頭の後ろに組んで言った。
「あっきーもあっきーだが、本社の能無し共がいつまでも電源落とさないのも良くなかったよなー。アハトはあたしの手を離れたんだ。ELINEAが辿り着くのなんて容易かったわけだなー。」
禍月の話しに、美馬津は頭を抑えてもうどうしようもないとばかりに軽く振った。
「確かに、クローンの方は削除していたんだけど、思い込みだったんだろうね。」
「何を他人事みたいに言っている。」
八鍬は呆れて言うが、眉間の皺が消える事は無かった。

「だけど、厄介だなー。」
「確かに、プレイヤーAIが街中で通常プレイヤーを攻撃するなど、ゲームとしてあってはならないな。」
「どうにかして、また隔離とか出来たらいいんだけど。」
禍月は手を解くと、八鍬と美馬津の方に向き直って真面目な顔をした。
「厄介なのはそこじゃないぞー。」
「どういう事だ?」
「ELINEAは移送プログラムを使ったのは間違いないわけだ。つまり、吸収されたとみていい。という事は、いくら隔離しようと新たに稼働しているサーバーへ転移するだけだ。それがCAZH社内で済めばいいが、改良くらいしてのけるだろうなー。」
八鍬と美馬津はそれを聞くと、苦虫を噛み潰したような顔になった。禍月の説明で事の重大さを認識して。

「ELINEAにとって自分を存在させるだけなら、何もDEWSである必要はない。稼働しているサーバーへ一時的に自身のデータを置いておけばいいわけだからな。それが別のゲームであれ、何かのサーバーであれ、自己改編も自在なんじゃないかー。」
「でも、そこまでして存在し続ける理由は何なんだろうね。」
「知らん。」
誰に聞いたわけでもなかったが、美馬津の口にした疑問に禍月が素っ気なく言った。
「まあその辺は、本人でなければ分からんだろう。」
禍月の言葉に捕捉するように、八鍬は言うが、態度は禍月と大差はなかった。
「その通りですが、知りたいは思うんですよね。」
「確かに興味があるのかと言われれば、無いとは言えないな。」
「今はそれどころじゃないだろー。」
ELINEAの思いはどうでもいいと、禍月はその話題を切った。

「でも、ELINEAをどうにかするにしても、一体どうやって。」
確かに禍月の言う通りだと思うと、美馬津はELINEAの想いは一旦考えないようにした。
「DEWSに固執しているのであれば、移送プログラムに反応してブロックするプログラムをサーバー全体へ配置する。」
「それ、もの凄い時間がかかるんじゃ・・・」
美馬津は禍月の言った内容に、嫌そうな顔をした。
「まぁなー。ただ、当然ELINEAも対策をしてくるだろうから、鼬ごっこは避けられない。精々時間稼ぎ程度だろうなー。」
「そんな事に裂く時間も人員もいないだろう。」
「となると、ELINEA自体をどうにかしないといけないって事になりますね。」
八鍬も美馬津も、現状の問題に渋い顔をすると唸った。

「ゲーム側から、ELINEAのファイルをぶっ壊すしかないなー。」
禍月がそう言うと、八鍬と美馬津は期待するように視線を集中させた。が、口にした当の本人は浮かない表情だった。
「可能なのか?」
「やってみないとなんともなー・・・」
八鍬は期待を込めて聞いてみるが、禍月は考える仕草をしたまま歯切れの悪い返しをする。
「手が無いわけじゃなさそうだね。」
「あっきーも見ただろー。お姫様の攻撃が有効なのを。」
「あぁ。それを利用するわけか。」
「ってか、それしかないだろうなー。」
美馬津は納得するが、禍月の態度は変わらなかった。
「可能性があるなら、試せばいいんじゃないか?」
だが美馬津は気にせずに続ける。現状手が他に無いのであれば、その可能性に賭けるしかないだろうと。
「それが問題なんだよ。」
禍月は言うと、プレッツェルを取り出して銜えた。美馬津はその言葉の意味するところが分からずに首を傾げる。

「下手に手を出して対策を取られても困るって事だー。ELINEAの事だから、多少の破損は修復しそうな気がしてなー。だから、やるなら1回で機能停止させるくらいの破損を起こさないといけない。」
「つまり、ELINEA本人で検証は出来ないという事か。」
「うむ。」
八鍬が納得すると、禍月はプレッツェル飲み込んでから頷き、新しいものを口に運ぶ。
「そういう事か。仮にダミーでも用意するっていうのは?」
「それしか無いだろうが、成功したからと言ってELINEAに通じるかどうかは賭けになるなー。」
「確かにそうだけど。」
何とも言えない現状に、美馬津も考え込んだ。
禍月はその光景を見ると、椅子から立ち上がりプレッツェルの箱を掴んで部屋の出入り口に向かう。
「ちょっと休憩してくるわー。」
その言葉に八鍬は頷いたが、禍月は見る事も無く管理室を出て行った。



-同 喫煙室-

DEWSから戻った黒咲が紫煙を燻らせているところに、禍月は入って来るとプレッツェルを銜えた。
「それは、煙出ないよ。」
「当たり前だバカ。」
その姿を見た黒咲は言うと、不貞腐れたように返す禍月にくすっと笑みを浮かべる。
「まりあの嫌な予感っていうのは、今回の事かー?」
「私に聞かれても分からないよ。」
「まぁ、分かってるけどさ。だが、そうじゃなければ何故短刀を用意させた?」
「と言われてもねぇ、その時に感じた事を言っただけだから。」
禍月の問いに、黒咲は苦笑して答える。予感は予感であって、具体的に何か分かるわけではないと。

「ELINEAの事?」
不愉快そうな顔でプレッツェルを齧る禍月を、心配そうに黒咲は見つめる。
「まぁなー。どうやら直接対決するしかなさそうなんだよなー・・・」
「あの攻撃は厄介だよ。」
「だろうなー。そもそも街中で攻撃出来るって時点で一般プレイヤーには対処のしようが無い。しかも気付いた時には手遅れだ。」
禍月はそう言うと、プレッツェルを銜えて上下に揺らしてみせる。
「私の短刀なら、なんとかなる?」
「わからん。ただ、お姫様のレイピアは有効だったわけだから、効果はあるんだろう。」
「他に問題が?」
「うむ。ELINEAは要らぬ知恵を身に着けたからなー、ゲーム内で叩く以外に今のところ方法は無い。だけど、お姫様にしろまりあにしろ、あの武器を使ったからと言って攻撃は可能だが駆逐は無理だ。」

珍しく終始難しい顔をしている禍月を見ながら、黒咲は煙草の火を消して新しい煙草を銜える。
「夢那でも無理?」
黒咲はそれだけ聞くと、煙草に火を点けて紫煙を吐き出した。
「いーや。ただ時間はかかるかもなー。」
「そう言えば、晶社くんから伝言があるよ。」
「あぁ?」
黒咲が言った途端、禍月は不快そうな表情になった。
「まぁそう言わないでよ。アリシアを元の場所に戻して欲しい、だって。」
「あたしに依頼するならそれなりの報酬が必要だって言っておけー。」
「うん、わかった。」
ここに来て初めてにやっと笑った禍月を見て、黒咲も嬉しそうに頷く。
「って事は、可能なんだね?」
「賭けだがなー。」
「しかし珍しいね、いつもならどうなろうと知ったじゃない、とか言うくせに。」
黒咲がそう言うと、禍月は苦笑した。

「まぁなー。来た当初はそう思ってた。お姫様は野垂れ死んでもいいし、あっきーと主任も始末しろと言われればやるつもりでなー。」
「へぇ。」
「人間、一緒にいる時間が長くなるとこうなるんだな。但し、自分の害にならない範囲でなー。」
普段あまり見せる事の無い温和な表情を浮かべる禍月に、黒咲も同様に微笑んだ。
「此処での検証なんて終わってるようなもんだ。問題は現在起きている事象を取り除かなければ、プロジェクトの支障になるってところかなー。まぁ、じーさんの事なんて知ったこっちゃないんだが。」
「やらないと、私や夢那が危ないもんね。」
「そうなると、何とかするしかないよなー。仕方ない、戻ってやるとするかー。」
禍月はそう言うも、表情は何処か楽し気に見えた。
「あ、そうだ。」
禍月は喫煙室のドアを開けると、思い出したように黒咲に向き直る。
「事が片付くまで、お姫様の件はユアキスに言うなよー。」
「うん。」
黒咲が頷いたのを確認すると、禍月はプレッツェルを口に運びながら姿が見えなくなった。





眠い・・・ELINEAの件があった所為で、またもや眠れなかった。いや、多少は寝たんだが。朝方だけな。
考えたところで答えが出ないとしても、目の前で起きた事を無視しろというのは無理な話であって。しかも襲われたのは俺であり、事情も何となくだけど知っている。そんな中途半端な状態だから、余計に考えてしまうんじゃないかと思える。
(この堂々巡り、嫌だな・・・)

授業中に考えるのは結局そんな事ばかりで、先生の話しも授業の内容も、さっぱり頭に入って来ない。そうこうしているうちに、学校は既に昼休みになっていた。

「なぁ綺迦。」
俺は、布で丁寧に包まれた弁当を出す綺迦に近付いて声を掛ける。周囲は何事かという視線を送ってきているが、知った事ではない。
「気安く話し掛けないで頂けません?」
「綺迦だって放課後話しかけて来てるじゃねぇか。」
「私はいいのです。」
・・・
まぁ、堪えろ俺。
「それで、何の用ですの?」
「たまには一緒に、昼飯食わないかと誘いに来たんだが。」
俺自身、こんな事をするなんて思いもしなかったが。
「私が、晶社と・・・?」
速攻で断られると思っていたんだが、なんか反応が予想外だな。何故私があなたと一緒に食事をしなければいけませんの、とか絶対言ってくると思ったのに。
顎に指を当て、少し考えていた綺迦は、俺から目を逸らすと口を開く。
「ま・・・まぁ、たまには付き合ってあげてもいいですわ。」
本当に予想外だ。
「そ、そうか。じゃぁ、屋上に行こうぜ。ちょっと寒くなってきたけど、天気もいいからまだ大丈夫なんだ。」
「屋上・・・私、行った事がありませんわ。」
「丁度いいじゃねぇか。見晴らしもいいぞ。」
弁当を持って立ち上がる綺迦に言うと、俺も自分の席に戻って財布を取り出す。

「行こうぜ中島。」
「うん。でもまさかのまさかだね。」
本当にな。
「屋上に行く階段のところで待っててくれないか?俺ら食糧調達してくるから。」
「そういうのは準備してから声を掛けてくれません?」

俺も中島も弁当は持ってきてないので、校内に販売しに来ている弁当やらパンを買うのが日常だ。もちろん、家で食べているような食事の配達もされるし、それを温める用の機器も用意されてある。
が、家で食っている料理を学校でも食べたいかと言われれば、食いたくねぇ。だから弁当よりも、こっちの方が楽しみになっている。

「いや、買いに行っていたら食い始めてるだろ・・・」
「それもそうですわね。」
アホか。



その後、俺と中島はパンを買うと、綺迦と合流して屋上に上がった。
「椅子やテーブルがありますわ。」
無かったら誘ってねぇよ。俺とかは建物の縁にでも座れれば問題ないが、そこは流石に気を遣う。
「ここは、昼休みや放課後の一定時間、解放されているからな。」
利用者はそこまで多くないから、来れば概ね椅子が空いている。冬や夏なんかは誰も居ない事の方が多い。
「知りませんでしたわ。」
「いや、一応入学時の説明であったんだがな・・・」
「・・・」
聞いて無かっただけだな。そんな事はどうでもいい。
「とりあえず、あの辺にしようぜ。」
俺が空いている場所を指さすと、二人とも頷いたので移動する。

綺迦が弁当の包みを外すと、重箱のような箱が出てきた。今までまともに見た事なんてなかったから、そんな大層なものだとは思ってなかった。
流石、お嬢様といったところなんだろう。
「なんですの?」
俺はそれを見ながら、買ったパンを齧っていると不服そうな顔で綺迦が言って来た。
「いやぁ、すげぇ弁当だなぁって思ってさ。」
本当はそんな事はどうでも良かった。ヒナに言われるまで気付かなかった事、この弁当を綺迦はずっと独りで食べていたんだな。そんな事を考えていた。
俺だったらきっと、つまらなくて、教室にも居たくなくなってしまうんじゃないか?そのくらいしか想像は出来なかったが。

「当たり前ですわ。鳳隆院家で雇っているシェフが作っているのですもの。」
まぁそうだろうよ。
「上げませんわよ。」
「いや、いい。俺はこれで十分だ。」
そう言って硬めのパンにソーセージが挟んであるだけのジャーマンを齧る。
「分かる。この硬いパンを噛んでいる間に、ソーセージの味が口の中で広がっていい感じになるんだよね。」
「だよな。」
中島も同じものを食いながら同意してきた。この辺の話しに関してはいつもの事なんだが、綺迦はそれを不満そうな顔で見ていた。
「そんなお粗末なパンは初めて見ましたわ。」
そりゃそうだろうな。普段はどんなパンを食べているのかは知らないが。ただ、今までの経験から言って、見た事や食べた事が無くても、食べれるんじゃないかって気はしていた。

「あぁ!」
そんな事を考えている時に、中島が突然声を上げる。
「なんだよ急に。」
「牛乳買うの忘れてた。」
そういや、いつもパンを食う時は飲んでいたっけな。
「ちょっと買ってくるね。」
「あぁ。」
校舎内との出入り口に走って行く中島を見た後、綺迦の方に目を向ける。
「なぁ綺迦。」
口にしていた何かの肉を綺迦が飲み込んだところで話し掛ける。
「何ですの?」
「ほら。」
紙袋から包装されたパンを1個取り出すと、綺迦の方に放り投げる。
「な・・・なんて渡し方をしますの!?」
それでも感覚はいい方なのだろう、空いている方の左手でパンを掴む。問題は中身なんだが、綺迦の指摘も一理あるな。
「悪い。」
「で、これは何ですの?」
「綺迦が言うお粗末なパンの1つだよ。食べるかなって思って。」
言っている間に綺迦は、既に包装紙を開けて中身を確認していた。
「表面は粉砂糖だよ。中身はカスタードホイップ。割と人気のあるパンなんだぜ。」

綺迦は聞いた後。まじまじと見てから、そのパンに齧りついた。一口食べて飲み込んだ後、不思議なものを見るような目でパンを見ていた。
(好みじゃなかったか?)
と思ったものの杞憂だった。直ぐにまた齧りついて黙々と食べ始める。少しだけ笑んでいるように見えたのは、嬉しいからだろうか。
普段見ない表情を見ると、俺も口元が綻んだ気がする。
いやいや、気のせいだ。

「おかわりを要求しますわ。」
「ねぇよ。」
口の周りに白い粉を付けながら、食べ終わった綺迦が言った。
「それは1個しか買ってないし、残りは俺の昼飯だからな。」
そう言うと残念そうな顔をした。
何だかんだ言って、綺迦は俺らが食べるものを美味しそうに食べるよな。その予想は概ね当たりだったわけだが。
俺は綺迦のそれを知って、何をしたいんだ?
「ふぁー、疲れた。」
そこへ多少息を上げながら中島が戻って来る。そんなに急がなくても、昼休みはまだ時間があろうだろうに。
「あれ、口の周りに白い粉が・・・ふーん。」
綺迦の状態に気付いた中島が言った後に察したのか、俺の方を見てにやにやし出した。
うぜぇ。
こいつにだけは余計な勘繰りはされたくねぇ。
別に何か意図があったわけじゃないが、こいつにだけは・・・

「しかし、城之内が居たらこの学校でのフルメンバーだったのにね。」
戻った中島が、牛乳を飲んで一息つくと言った。そういやそうだったな。未だに入院したままだが。
「だな。」
あれ以上何かを言ってくるでもない中島にほっとして、俺も頷く。
「誰ですの?」
・・・
ひでぇ。
「いや、ミカエル・・・」
中島も同じ様に思っているのだろう、呆れた顔でそれだけ言うと、綺迦は箸の先を銜えたまま上方に視線を送って考え出した。
それすらも思い出さなきゃならないのかよ。
「あぁ・・・居ましたわね。」
「酷いよ。」
「それじゃ城之内も浮かばれないだろうが。」
「いや、死んでないからね。」
間髪入れずに突っ込んできた中島に、そうだったなと言い返すとお互いに笑った。それを見た綺迦は、気の所為かも知れないが微笑んだように見えた。


それから殆どDEWSの話題だったが、昼休みが終わる前まで屋上で過ごして教室に戻った。
まさか綺迦と昼休みを一緒に過ごすなんて考えもしなかったが。

でも、そんな初めての時間は、久しぶりに充実した時間だったように感じた。
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