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67.思い付きじゃダメだった、藪蛇

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-DEWS内 スニエフ とある裏路地-

「何凹んでだ。まさか、こうなると思わなかったとか言い出すんじゃないだろうな。」
地面に崩れ折れたELINEAに、男は一瞬視線を向けてシステムデバイスに戻すと面倒そうに言った。その言葉に、ELINEAは何も言わず黙って視線を落としたままでいた。

「おいおい、まさかかよ。」
流石に呆れた男は、口の端を上げて嗤う。
「人と一緒にプレイするのは楽しいと息巻いてたくせに、チート使って自分の力をひけらかしていただけかよ。」
「違う。」
「違わねぇだろ。今のお前が結果じゃねぇか。」
「助けに、なりたかっただけなの。」
「バカか。助けどころか迷惑以外の何物でもねぇ。ルールがあるからそれぞれが遊んでいられるんじゃねぇか、それすら守れない奴がふざけた事言ってんじゃねぇよ。」
そんな当たり前の事すら分からないのかと、男は苛立ち気味に言った。ELINEAはその言葉に、顔を上げると男に視線を向ける。

「そうか、私はみんなに、迷惑を掛けたんだね・・・」
男にとってELINEAの事情など知る事は出来ない。だから、普通に考えれば分かる事すらわかっていない態度が、余計に苛つかせた。
「頭悪すぎだろ、そんなならゲームなんかするな。」
「でも、私にはこれしか・・・」
「自業自得だろうが、チートを使うような自分勝手なバカが相手にされるわけねぇだろ。助けてくれてありがとうとでも言われたいのか?逆だよ、邪魔なんだよ、消えろバカって思われるだけだっての。」
「そうか・・・」
ELINEAは男の言葉に、また視線を地面に落とす。自分が得た力は、力だけで誰かの役になど立ちはしなかった。それどころか、自分の居場所すら失ったのだと思い知らされる。

男はそんなELINEAを見て、違和感をずっと感じていたが、その違和感がある疑問から出ているものだと気付くと興味が湧いた。
「お前、悪い事はするなって教わらなかったのか?」
「え?」
まるで小さな子供を相手にしているような感覚に、男はその疑問を口にした。ELINEAは突然言われたその言葉に、顔を上げて男の方を見る。
「それは・・・人の嫌がるような事や言葉とかは、教えられたけど。この力がダメだと、教えてくれる人は居なかった。」
ELINEAは思い返しながら言葉にする。力を手に入れた時には、水守と宇吏津とは決別した後だったんだと。
「なんだそりゃ、教える方も教えられる方もバカじゃねぇの。人の嫌がる事にチートも入ってんだろうが。」
男が呆れて言うと、その内容にELINEAは苛立ちを覚えた。
「教えてくれた人は、私が力を手に入れる前に居なくなったから。」
水守と宇吏津が悪いわけではない。自分から離れただけで、自分を停止させようとしたとしても、それを馬鹿にされるのは嫌な気分だった。
「手に入れたって、自分でやったんだろうが。」
「違う、本当にいつの間にか出来るようになっていたんだ。」
必死に訴えるELINEAの態度は、真剣そのものだった。男はその態度から目を逸らし、歯を噛みしめて堪える。
「真性きたこれ・・・」
何とか笑いを堪えると、ELINEAには聞こえないように小さく呟いた。

「ふーん。いつの間にか使えるようになってて、それで使ってみたらこうなったと?」
「うん。だが、信じなくていい。今までの色んな人の態度で、なんとなく理解したから。」
男の問いに、ELINEAは寂しそうな笑みを浮かべて答える。
「ま、手遅れだがな。」
ELINEAの言った内容に、男は興味無さそうにした。
「だけど、何故私にそこまで話してくれるの?他の人は、敬遠し、軽蔑し、相手になんてしてくれなかったのに。」
ELINEAにとって、力を使って以来初めての出来事だった。だから、自分がどういう立場なのかも分からないし、どうしていいかも分からなかった。でもその考えを口に出来た事で、今まで鬱積していたものが多少軽くなったように感じた。
だからこそ、目の前の男の行動が疑問だった。友達だと思っていた人間は、殆どが同じ態度で離れていった。誰も、話しなど聞いてくれなかった。相手にすらしてもらえない。
なのに、以前全く噛み合わなかった目の前の男は、今こうして相手をしてくれ、話しも聞いてくれている。水守と宇吏津が馬鹿にされた事は気に入らなかったが、それ以上に話しが出来た事は嬉しかった。
故に尚更、ELINEAには人間の思いや行動は、どうなっているのか余計に分からなくなった。

「あぁ、知りたいのか?何故、俺が相手をしているのか。」
今回の出来事で、人に対する興味が更に湧いたような気分になったELINEAは、教えてくれるならば知りたいと思う。
「うん。」
その思いから、ELINEAは素直に頷いた。だが、男は口の端を吊り上げてにやついた。
「面白れぇからに決まってんだろ。」
「え・・・」
思ってもなかった言葉に、ELINEAは呆然とする。
「くくっ、ぶはっはっは・・・駄目だ、もう我慢出来ねぇ。」
ELINEAの顔を見た男は、ついに堪えきれなくなり噴き出した。
「どういう、こと・・・」
男はそれまで開いていたシステムデバイスを閉じると、口の端を吊り上げる。
「分からないのか?チーターと会話するメリットなんてねぇ、あるとすれば何かに利用するくらいだ。」
先ほどまでとは違い、男の顔には悪意があった。だが、ELINEAには何が起きているのか、まだ理解できずにいる。
「前に言っただろ、俺がネットに動画を上げているって。つまりそういう事だ。」
それでも、ELINEAには伝わっていないのか、未だに硬直したままでいる。ただ、表情は疑問から疑惑へと変化し始めていた。

「お前本当にバカだな。誰も話してくれないんだろ?今DEWS内を騒がせているチーター、そいつと会話に成功したって動画を作れば、ウケる事間違いねぇ。一時的とはいえ、アクセス数も久々にかなり行きそうだよ。」
「私を、騙していたの?」
ELINEAは男の悪意をやっと理解した。
「騙してなんかいねぇだろうが。単に会話してただけだろ?俺はそれを利用するだけだ。」
「やめて・・・」
ELINEAは立ち上がると、男を睨んで言った。
「これは改造じゃない、与えられた力なんだ・・・とか、バカじゃねぇの。でも、見る方は大爆笑だよ。」
「ふざけるなっ!」
腹を抱えながら言う男に、ELINEAは我慢できずに怒鳴った。
「どうせ消されるんだ、俺がお前の雄姿を残しといてやるよ。」
「止めろ!」
「私の行為はダメだと知らなかったんですぅ、どうして教えてくれなかったんですか?って動画に入れといてやるよ。教えずに居なくなった奴が見てくれるかもしれねぇな。」
「何処まで人を馬鹿にするんだ・・・」
止まらない男の言葉に、ELINEAは初めて怒りを感じた。今まで、人にそこまでの感情を持った事など無かったのに。
「あ、直後にそれは神から与えられた力だったからです。とか入れとくか。」
ELINEAは歯を食いしばるように唇を引き結ぶと、拳に力を籠める。その拳を腰の辺りに持っていき、片手剣を抜く仕種をした。
「おいおい・・・」
ELINEAの動作を見た男は、馬鹿にしようとしたが、実際に具現化してELINEAの手に握られている片手剣を見ると一瞬たじろいだ。だが、直ぐに下卑た笑みを浮かべる。
「神から授かった力は、街中でも具現化できます、こえぇ。」
「まだ続けるのか、いい加減止めろ!」
ELINEAは男に剣先を向けた。
「いいのか?お前の姿はずっと録画されてるんだぜ。」
「・・・」
「街中で武器を抜いて脅迫か、お前終わってるよ。まぁ、俺は感謝しといてやるよ、頭のおかしいチート野郎のおかげで面白れぇ動画が出来そうだしな。」
「・・・」
「威勢の良さは何処にいった?なんなら、お前にも動画送ってやろうか?」
「もう・・・いい・・・」
「なに・・・」

ELINEAの姿が消え、一瞬で男の背後に移動する。
ELINEAの言葉に、疑問を口にしようとした男は、それ以上喋る事は無かった。ELINEAの片手剣が、その首を斬り抜いたために。

「今、私は、何を・・・」
ELINEAは自分の手を見つめる。その手から、片手剣は消えていった。
「人を、斬った?」

(私はELINEA、人の助けになるために、沢山人と話して勉強するんだ。)

「私が、人を斬ったの?」

(だいぶ慣れてきたんじゃないか、会話も流暢になって来たよ。)
(頑張っているじゃない。先が楽しみね。)

「どうして、私が?」

(もう殆ど、人と変わらないじゃないか。)
(その調子よ、ELINEA。)

「人の助けに・・・」

(この力で、他の人を助けるんだ。)

「この力で、人を斬っ・・・あぁ・・・」

「あぁっ・・・」

「ぅぁ・・・ぁぁあああああああああああああああああああああ!!」






しまった・・・店の選択を間違えたな。
「晶社くん、どうしたの?」
カフェに入って硬直する俺に、麻璃亜が首を傾げて聞いて来る。前に麻璃亜に言われたじゃないか、おそらく複数人、俺と麻璃亜が何度も訪れている事を目撃していると。
何故それを考慮しなかったのか・・・。
何も考えずに誘ってしまったが、少し考えれば分かるはずだった。いっその事、コンビニとかにすれば良かったな。
「ほら、座るよ。」
考え事をしている俺の腕を、麻璃亜は掴んで椅子のところまで移動させる。
「いや、自分で座れるっての。」
「あれでしょ、他の店にすれば良かったとか思っているんでしょ。今更だよ?」
くそ・・・

「何事も経験、晶社くんはまだまだこれからだよ。」
はぁ、確かに麻璃亜の言う通りなんだろう。
「大丈夫。人間、成功より失敗の方が成長するんだから。」
社会人の言葉は、なんとなく説得力があるような気がする。特に麻璃亜の場合、いろいろ教わってる所為もあるのだろう。
が、納得いかん。
「つまり、誘った事が失敗だったわけだな。」
「酷い、誘ったから来たのに失敗だなんて・・・」
・・・
藪蛇だった。
毎回、そういう時だけ少し声が大きめなんだよな。またも周囲の視線が痛い。手で顔を隠して言った麻璃亜だが、手をどかすと楽しそうに微笑んでいた。
そりゃ楽しいだろうよ。
「まだ晶社くんには負けないかなぁ。」
麻璃亜はそう言うと紅茶を口に運んだ。

「それで、今日は?」
俺はなんで今日呼び出されたのかを聞く。
「あれぇ、誘ったのは晶社くんだよね?」
そうだけどな・・・
呆れて麻璃亜を見ると、いつもの微笑で小さく頷いただけだった。敵わないよな、本当に見透かされているんだろうな。
そう思うと、俺は自分に苦笑して聞きたい事を聞くことにした。
「ELINEAってなんなんだ?」
もしかすると、それも答えられないような内容かも知れない。ただ、聞くことによってそれがはっきりするだけもいいと思って。
「うん、AIだよ。」
あっさり答えたな。
「そうなのか。てっきりプレイヤーかと思ってたよ。」
「良く出来てるよねぇ。」
良く出来ているどころか、分かんなかったっての。いや、そんな事よりAIだって?
「AIがチートなんかするのか?」
「ごめん、私は技術的な事はさっぱり。」
あぁ、そうだったな。

「ただ、ELINEAに関してはCAZH社本社の極秘プロジェクトなんだって。」
おい・・・
今凄い事をさらっと吐いたな。それは口外しちゃいけない内容だろう。
「でね、AIを人と同等まで進化させて、人の助けになるようにするっていうのが、おおまかな目標らしいよ。」
人と同等、ねぇ。言われてみれば、AIと言われなければ分からなかった。いや、AIですと言われても疑問に思う方かもしれないな。
「ってか、極秘事項を話していいのかよ。」
それ以前に、その情報を一般人の俺に明かしている方が問題なんじゃないかと思った。俺は学生だからいまいち分からないが、社内の情報って外部に話しちゃ駄目なんじゃないか?
「うん。だって私はCAZH社の人間じゃないし。ぶっちゃけるとどうでもいいの。」
「は?」
ぶっちゃけ過ぎだろう。
「ちなみに私が仕事請け負っている管理者も、CAZH社と関係ないんだけど、こっちの話しは言えない方の話しね。」
いや、なんか複雑なんだが。
「それは、言わなくても良かったんじゃないか?」
「あ、そうだね。」
麻璃亜はそう言うと、クスッと笑ってチーズケーキを口に運んだ。フォークに刺さった切れ端を口に入れると、満足そうに微笑む。

「だから関わって欲しくなかったの。ごめんね、冷たい態度をとって。」
何がだからなのかさっぱり分からん・・・
「態度は、別に気にしてない。」
「えぇ、気にしてよ。寂しかったとか、吃驚したとか、寂しかったとか。」
何故2回言った・・・
「気にされないなんて、悲しいよ。」
そんな事を言われてもな。
「そういう意味じゃなくて、何か理由があっての態度なんじゃないかって思ったんだよ。」
「うん。」
言い訳みたいになったが、麻璃亜はそれを聞くと頷いて微笑んだ。それから紅茶を一口飲んで真面目な顔になる。

「単にこっちの都合なんだけど、ELINEAに関しては本社のプロジェクトなので関わるなって言われててね。」
知らないなら他のプレイヤーみたいに関わってた可能性もあるが、聞いてしまうと面倒くさいから避けてしまうだろうな。
「ただね、ELINEAは暴走中らしい。」
なんだよ、暴走って。ってか、これ以上は聞きたくない気がする・・・
「あの・・・もう分かったら、十分。」
なんか余計な事に引き込まれそうな気がして、俺は話しを打ち切りにしようとした。
「お、良い勘してるね。本社のプロジェクト担当が凍結しようとしたんだけど、他のサーバーに自分のデータをコピーして逃げたんだって。しかも、本社の人間もそのデータに触れなくなったらしいよ。」
おぃぃぃっ!・・・
何故話した!?
聞いてたか、俺の話し。
「何故・・・」
俺が理由を聞こうとすると、麻璃亜は人差し指を立てて唇に当てた。
「私が居ない時、事情を知らずに巻き込まれるのは、嫌じゃない?」
それを言うなら、大半の人間は知らずに巻き込まれてるじゃないか。
「だから、在るものは利用する。もちろん、常識の範囲でね。人一人が出来る事なんて限られているから。」
そう言われるとなぁ。
自分だけって思うのは、甘い考え方だと言われているみたいだった。誰かのためなんて、所詮自己満足の範囲なのかもしれない。
「あまり思い詰めるのはよくないよ?」
「誰の所為だよ・・・」
「ふふ。」
麻璃亜の所為だなんて思ってはいない。単に、自分で解決出来ないだけだ。それを見透かしているからなのか、俺の言葉に麻璃亜は優しく微笑んだだけだった。

「ね、ケーキお替りしていい?」
「ん、ああ。大丈夫だ、それくらいの金は持ってきてる。」
何処かで返さないとなと、ずっと思っているので今日は貯めている小遣いから多めに持ってきた。と言っても、大して貯まっているわけじゃなく、全部に近いんだが。
「そういうところで無理はしなくていいの。私は、晶社くんが自分で稼いだお金でご馳走して欲しいな。」
それは本音なのか、俺に払わせないようにする口実なのか、俺には分からない。ただ、どっちにしろお人よしというか。
「分かった、ありがとう。」
「うん、素直でよろしい。」
楽しそうに笑う麻璃亜を見て思う。まだ俺じゃ、麻璃亜には敵いそうにない。それどころか随分、遠くにいる気がした。






-都内某所 和食割烹店-

美馬津は懐かしそうに店構えを見ると、暖簾を避けて引き戸を開けた。
「いらっしゃい・・・って、みまっちゃん!久しぶりだねぇ。」
「あぁマスター、ご無沙汰してます。」
店に入るなり、張りのある声が響き、美馬津に気付くと嬉しそうな表情になる。老年の店主は、短く刈り込んだ頭に手拭いを巻いた姿だが、美馬津はこの店以外でそんな人間を見た事が無い。
「みっちゃんもう来てるよ。」
「みたいですね。」
カウンターの一番端に座る人物を見て、美馬津は苦笑する。
「ビールでいいだろ?」
「はい、お願いします。」
「あいよ。」

美馬津はマスターにそう言うと、目的の人物の傍まで行く。
「遅いぞー。」
「って、もう飲んでるのかよ・・・」
「あきが遅いのが悪い。」
「あのな、ちゃんと時間通りに来てるだろ。」
美馬津は、既にほろ酔いの連れの隣に座りながら言った。待ち合わせの時間を指定してきたのは相手であり、美馬津自身はその時間の5分前に店に着いたのだ。
「へい、お待ち。料理はどうする?任せるかい?」
「うーん、そうだね。任せます。」
「おうよ。」

「お、来たか。」
ビールの入ったグラスが美馬津の前に置かれると、相手がグラスを持ち上げたので、美馬津もグラスを持ち上げ近づけた。
「お疲れ。」
グラスを合わせた後、美馬津は多めの一口を喉に流し込んだ。
「あぁっ。久しぶりの味だなぁ、やっぱり旨いなぁ。」
思えばデータセンターに籠ってからはまったく飲んでいなかったと思い出し、美馬津はもう一口呷った。
「飲めないほど忙しいの?」
「まぁね。」
「昔は時間が出来ると、此処に来てたのよね。」
「懐かしいね。」
美馬津は言うと、懐かしそうに店内を見まわした。

「言う程じゃないでしょう。」
「まぁ、そうだけどね。で、僕を強引に呼び出した理由は?」
美馬津は早速本題について呼び出した本人に聞いた。
「もうちょっと久しぶりの余韻に浸りなさいよ。」
飲みの誘いだから来たわけではない。その時間があるならば、やらなければならない事があるから、この場に来てはいない。その思いから聞いたのだが、勇み足になってしまった。
「宇吏津くんから連絡あったでしょ。手伝いなさいよ。」
「そんな事だと思ったよ。」
美馬津は苦笑して言うと、呆れた表情を水守に向けた。
「数日くらいなんとかなるでしょ?」
「その数日がなんともならないから断ったんだよ。」

「はい、お造り。」
「どうも。」
そこでマスターがお造りの盛り合わせを置いていく。美馬津は切り身に醤油をつけて口に運ぶと、嬉しそうな顔をした。
「あぁ、刺身を食うのも久しぶりだなぁ。やっぱここの刺身は旨いよな。」
その光景を微笑んで見ていた水守は、直ぐに浮かない表情になる。
「ねぇ、あき。」
「ん?」
「特別企画推進室って何?」
その名前を聞いた途端、美馬津は表情を消した。
「組織図を見ると所在は本社になってるのよ。でも、社内にそんな部屋は存在しない。調べたけど、住所も電話番号も存在しない。おかしくない?」
「スタンドアロンの部署だからね、単に乗ってないだけじゃないかな。」
「嘘・・・」
美馬津の言葉に、水守はそれだけ言うと切なそうな顔をした。

「八鍬主任も居るんでしょ。一体何をしているの?」
「水守だって、ELINEAの事は言えないだろ?」
「あきが知っている時点で、もう極秘でも何でもないわ。」
水守は不貞腐れて言うと、グラスに入っていたビールを一気に飲み干した。
「マスター、次ぃ。」
「あいよ。」

「随分と勢いがいいな。」
そんな水守を、美馬津は心配そうに見た。
「私、主任になったのよ。」
「知ってるよ。」
「それでこの様・・・愚痴を言う相手も居ない。誰にも言えないのよ・・・」
水守は言うと、自嘲気味に笑った。美馬津にとっても、今の状況は誰かに話せる内容ではないので、水守の気持ちも分からないでもない。
ただ、それを言ってしまうと先ほどの二の舞になりそうだと思い止めておく。

「はい、冷。今日は良いのあったから、それにしといたよ。」
「ありがとうございます。」
二つ置かれた日本酒の入ったグラスを、美馬津は受け取ると、一つは水守の前に置いた。
「会社は今回の件、収拾がついたら私を切るでしょうね。」
「異動くらいじゃないか?」
「上の勝手で始めて、上の方針に従って、上の後始末を押し付けられる。馬鹿みたい。」
今まで誰にも言えなかったのかと思うと、美馬津は何も言わずにただ聞いていた。
本当は構築の話しと言いつつ、愚痴を言いたかっただけなんじゃないかと思えたが、そこを掘り下げてもお互いの得にはならないだろう思い。

「あきは、開発に戻れるの?」
「一応、ね。今の仕事が終わったら。」
戻ろうと思えば戻れるのだろう。だが美馬津は、もう会社に戻るつもりは無かった。それは今後の話しだが、今の水守には言えずに嘘をついた。
「じゃぁ、今すぐ戻りなさいよ。」
「だから今は無理だって。」
苦笑して言うも、水守は不服そうな顔で美馬津を見つめていた。その視線から目を逸らし、美馬津は日本酒を口にする。

「ねぇあき。」
「ん?」
何度目かの水守の呼びかけに、美馬津はまた同じように返事をする。
「この後、うちで飲みなおさない?」
「悪いけど、僕はまだ仕事が残っているから戻るよ。」
仕事があるのは本当だが、住み込み同然なので帰ると言った方が正解か、そんな事を思い内心で苦笑した。
「嘘・・・」
「本当だって。これを飲んだらもう戻るよ。」
美馬津は言うと、最後の一口を飲み干した。それを見たマスターが日本酒の瓶を手に取るが、美馬津はそれを手で制して断った。

「それじゃ、僕は戻るよ。」
「残念・・・うちにも来てくれないし、名前でも呼んでくれなかった。」
カウンターにお金を置いた美馬津が席を立つと、水守は美馬津の方は見ずに言った。
「飲みすぎだろ・・・」
美馬津は言うと、水守に背を向けて入り口の方を向く。
「それに、僕らはもうそんな関係じゃないだろ。」

「マスター、ご馳走様。」
「早いよみまっちゃん。また今度ゆっくり来なよ。」
「そうするよ。」
美馬津は引き戸を開け一瞬足を止める。横目に、カウンターに両腕を乗せそこに突っ伏している水守を見ると、店を後にした。

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