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61.救いの言葉、決意

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「やっと来ましたわね。」
・・・

何故既に居る。ログインで現れる場所で待ち構えているとか、不吉な予感しかしねぇよ。

「暇で暇でユアキスに会いたかったのですわ。」
アリシアの後ろで、エメラは両手を組んで空を見上げながら言った。どうやらアリシアの真似をしているようだ。似てはいないが。
今度は何の茶番だ・・・

「エメラ、暇だと言っていたのは貴女でしょう。くだらない猿真似を続けるなら怒りますわよ。」
「これは失礼しました。」
何か、来た時に比べると主従関係というより、友達感覚になってないか、エメラの奴。まぁ、俺がどうこう言える問題でもないが。

「ユアキス。」
アリシアはエメラを睨み終わると、俺に向き直って真面目な表情をした。また何か聞かされるのかと思うと、どういう態度をとっていいか分からない。これ以上、俺にどうしろって言うんだ。
「なんだよ・・・」
その不安が、声に混じったように力なく聞き返す。
「わたくしは帰る事を諦めたわけじゃありませんわ。だから、この世界の隅々まで、わたくしを連れて行きなさい。」
後半は、不敵な笑みを作ってアリシアは言った。

アリシアからは強い意志を感じた気がした。それは、アリシアなりの決意なのだろう。ただその言葉は、以前聞かされた話しに対する俺の不安を和らげてくれた。
アリシア自身、そんな事は考えていないかもしれないが、俺はその決意に救われたような気分になる。
そもそも、俺は関係無い筈だし、どちらかと言えば巻き込まれた側だ。それでも、アリシアがそうしたいなら、付き合ってやるくらいはいいんじゃないかと思えていた。

「もとより行けるところまでは行くつもりなんだ。ただ、アリシアが着いて来れればな。」
「ユアキスのくせに言ってくれますわ。どうせわたくしに助けられるのですわ。」
言ってろ。
アリシアに合わせ、俺も挑発するように笑んで言ってやる。アリシアも、いつもの調子で言い返してくる。それは、俺にとってはありがたい事だった。

今まではそれが日常だった気がするが、今はそうじゃない。でも、それで良いと思えた。
その存在が何なのか、もう知ってしまったのだから。詳しい事は分からない。麻璃亜は教えてくれなかったが、何時か教えてくれるかも知れない。
それに、麻璃亜の状況も知ってしまった事を考えれば、もう普通のプレイヤーには戻れない。悲観するよりも、もう戻れないのだったら、このまま進むしかないよな。


「ユアキス、もしかしてアリシアの事が・・・」
・・・
黙れアホ。
「そんなわけあるか。」
「あはは、そうだよね。」
いつの間にかログインして来たタッキーが、俺の気分に水を差してくる。自分の花畑にでも撒いてろ。
「あ、久しぶり~。」
「そうね。」
そこでログインして来たマリアに、タッキーは直ぐに近付いて行った。現金な奴め。まぁ、いつも通りで平和な光景だよ。

そのマリアがタッキーをあしらいながら俺の方に微笑んでくる。
余計な事をすんなって。
「私というものがありながら、年増に鼻の下を伸ばすんですね。」
・・・
私もねぇし、年増もねぇよ。
いつから俺は私のものになったんだよ。
そう思って小さな声で呟いた姫の方を見ると、満面の笑みでマリアの方を見ていた。ただその笑みは乾いていたが。
「話しを作るな。」
「ふふっ。」
ふふっじゃねぇよ。怖いっての。
「そゆこと、月下の前で言うなよ。リアルで俺の生死に関わる。」
「分かっていますよ。」
先ほどまでの乾いた笑いとは変わって、いつもの優しい笑みを浮かべて俺の方を見ると、姫は言った。本当かよと思ったが、姫なら多分大丈夫な気もする。

「んで、今日は続き行くんだよね。暫くやってないから、早く動いて慣らさないと。」
暫くも何も、昨日一日やってないだけだろうが。
俺はそう思いながら合流してきた月下に呆れた目を向ける。その後ろから、続いてアヤカが現れた。

「そうですわ。リハビリも兼ねて、まずはオルデラ戦からですわ。」
死んどけ。
「リハビリも何も昨日やってないだけだろうが。」
「稽古というのは1日休むと、感覚を取り戻すのに3日は必要と言いますわ。」
稽古でもねぇし。
「感覚を取り戻すのに勝てない相手に行ってどうする。」
「勝てないからこそ、感覚の戻りが早いのですわ。」
「そうか、一人で行ってやられて来い。」
付き合ってらんねぇ。
と思って言った瞬間、アヤカの鋭い視線が俺を捉える。
「いい度胸ですわね。」
面倒くせぇ・・・

「魔竜は何処に行ったんだよ。」
「そうでしたわ!」
学校での会話を思い出し、アヤカが近付いて来るのをなんとか回避出来た。ついでに矛先も、これでタッキーに向いただろう。
そう考えながら、タッキーの方に向かって行くアヤカを見る。
「普通に、新しいクエスト順番でいいじゃん。」
「あぁ、俺もそう思う。」
「私もですね。おそらくアヤカ以外はそれで一致じゃないかと思います。」
「だな。」
月下と姫に同意しつつ、タッキーの行く末を見守る。アヤカに肩を掴まれ、振り向かされた瞬間、それまでのにやけていた表情は一瞬で凍り付いていた。

まぁ、魔竜なんてものは居ないんだが。今のところは。
そう思いながら次のクエストを確認するためにシステムデバイスを開く。横目にアヤカのグーを腹に貰ってくの字になっているタッキーが映ったが、気にするほどでもないだろう。



クエストLV14-5 双弦のワーオルンの討伐

ニベルレイス第6層。このクエストの対象は、蒼瀑布という場所に居るらしい。
その場所に近付くにつれ、何かの音が聞こえてくる。いつの間にか洞窟の道と並走するように流れる川は、暗さでどれくらいの深さかは不明だが、流れが速いのだけは分かった。
「これ、何の音?」
「場所の名前からして、滝だと思うわ。」
月下の疑問に答えたマリアの回答を聞いて、納得した。本物の滝は見た事が無いけど、確かにこんな感じの音だったと記憶している。

緩やかなカーブを曲がると、道の先から青白い光が漏れているのが見え始める。当然、水の落ちる音も大きくなってきているので、目的地は近いのだろう。

「綺麗・・・」
その場所を見た姫がそれだけを口にした。
その言葉が出るのも分かる気がする。
何故かこの場所だけは、光っている物質が青白く、その光を受けて滝壺の回りで咲く花も淡く発光していた。花の淡い白い光は、水が落ちる際に舞う水煙を反射して、幻想的な空間を創り出している。
「ほんと、綺麗な場所だね。」
「本当だわ、風景を楽しめるなんて、ゲーム内ではなかなかないもの。」
珍しく月下もその光景に見とれ、マリアも続いた。

「マリアの方が綺麗じゃないかな。」
・・・
滝壺に落としてやろうか。
そう思うが、誰もタッキーの発言など聞いていないようにその場所を眺めていた。無かった事になったな。

「そんな事より、敵が居ませんわ。」
台無しだよ。
もう一人いたよ、自分の欲望に忠実な奴が。
「お嬢様、今度此処にピクニックに来ませんか?」
「良いですわね。まさか地底に此の様な場所があるとは思っていませんでしたもの。暗い穴倉ばかりの中、これは癒される空間ですわね。」
「そうですよお嬢様。」

アホか。魔獣の巣窟のような場所でピクニックとか、何考えて・・・
まぁ、あの二人はいいや。敵にやられる事も無いだろう。

・・・
何故、やられないと思った?
突然、そんな疑問が湧いてきた。俺はその事を、当たり前のように思ったが、考えてみれば不自然すぎる。
生身ならゲーム設定なんか関係ない筈だ。
いや、そうか・・・

そこまで考えたとき、滝壺から大きな音と水飛沫を撒き散らして何かが飛び出した。その何かは空中で回転しながら落下し、着地すると両手を広げてポーズをとった。
だせぇ・・・
まだ、部屋で座って待ち構えているだけの敵の方がましだ。

「我が領域に足を踏み入れるとは、余程死にたいと見える。」

剣の柄の様な部分の両側から、半円を描いている刃。ワーオルンはその武器を両手に持っていて、片方をこちらに向けながら言った。濡れている所為か、刃は青白い光を幾重にも反射している。

「来ましたわね。」
待っていたとばかりに、アヤカは喜々として太刀の柄に手を掛けた。
考えは中断させられたが、そんなのは後でも出来る。今は目の前の敵に集中だな。
「まず、動きを確認しないといけないわね。」
走り出したアヤカに続き、マリアもワーオルンに向かって駆け出した。



ワーオルンの攻撃はかなり厄介だった。いや、ボス系はだいたい厄介な攻撃ばかりだが、毎回新しいボスに当たる度に思うだけだな。
武器が小型なため、攻撃速度が速く動きも早い。
「あ、また潜ったよ!。」
槍斧の振り下ろしを躱されながら月下が不満そうに言う。
ワーオルンの一番厄介なところは、多分これだろう。時々滝壺に潜っては、水を使った攻撃をしてくる。
回転しながら飛び上がり、水滴を散弾のように撒き散らしたり、水の刃を幾重にも飛ばしてきたり、レーザーの様に撃ち出してきたりと鬱陶しい。

飛び上がったところを攻撃しようにも、纏った水に阻まれほとんど攻撃が通らない。微々たるHPを削るだけなら、攻撃しない方がいい。

「でも、攻撃のチャンスですわ。」
そう、攻撃さえ回避出来れば、戻ってきた時に叩けるのがワーオルンの隙だ。ただ、攻撃を食らうと吹っ飛ばされるし、水を纏った事で一時的に行動速度が落ちるから、回避が前提になるが。

「そう言えば、この前の決着がついていませんわ。」
おい・・・
待ち構えるアヤカに対し、同じく近くでレイピアを構えたアリシアが挑発する。
「負けるのが怖くて逃げだしたのかと思いまわしたわ。」
「辺境娘こそ、わたくしに跪くのが恐ろしかったのでしょう?」
ここで始めるなよ・・・
「田舎娘に負ける道理などありませんわ。」
「あたしもやるー!」
月下もノリノリで槍斧を頭上に掲げる。あぁ、これはもうやる流れになるな、勘弁してほしい・・・

一応、確認のために後ろを向くと、タッキーはどうでもいいとして、姫が愉悦の表情を浮かべていた。
見なかった事にしよう。
くそ、だったら俺が止めを刺して、こんな茶番は終わらせてやる。

ワーオルンの攻撃が終わり、それぞれが攻撃の準備に移る。着地点の傍には前衛3人が待ち構え、俺は後衛との中間地点で様子を見る。いつもの事だが、サポート出来るように準備をしつつ、問題が無ければ攻撃に移行という基本的なパターンだ。

まぁ、流れから言って攻撃になるのは間違いないが、もう染み付いちまってるからな。

そんな事を考えている間に、ワーオルンは地面に着地した。同時に、見た目にノイズの様なものが走り、その姿が消える。
(ここで来るか!?)
マリアが俺の方を見るが、俺の見える範囲には現れていない。という事は背後?
俺は慌てて背後を振り返ると、更に後方、姫とタッキーの後ろにワーオルンは現れていた。
「姫!!」
俺は考えるよりも早く、叫んで姫の方に向かって駆け出していた。

本当なら、マリアが攻撃を受けたいところだろうが、中間地点に居た俺の方が近い。事情も聞かされているなら、俺でも問題ないだろう。

俺の行動を見た姫が戸惑いの表情になる。そりゃそうだろうが、説明をしている暇なんかない。姫の後ろで両手を開いたワーオルンの攻撃から、姫を守らなければ。
(間に合うのか!?)
全力で姫の下へ駆け寄った俺は、勢いのまま姫を突き飛ばした。間に合うのは間に合ったが、俺が避ける時間は無い。ワーオルンの両手に持った武器は、もう俺に触れる寸前だったからだ。

ワーオルンの武器は、俺の喉元と腹部を斬り裂いて、両手を交差させる形で止まった。俺は吹き飛ぶわけでもなく、裂かれた腹部に目をやる。

実は、ログアウトは精神異常を感知したHMDが起こしているだろうと考え、もう一度体験したらどうなるのか。影響が無い事は分かっているなら、HMDも感知しないんじゃないか。つまり、攻撃を受けても平常心を保てば問題ないと。

そんな打算はあった。

だから、強制ログアウトは回避できるんじゃないかと。

【emergency】

「ユアキス!」

真っ赤な文字が表示され、意識が遠のくなか、マリアの叫びだけが耳に残った。





-CAZH社 自社データセンター サーバールーム管理室-

「やはりお姫様だろうなー。」
ユアキスが強制ログアウトをするのを見た禍月は、呟くように言った。ログアウトを確認した美馬津も、禍月の傍に移動して来ると顎に指を当て考える仕種をする。
「そうなのか?」
「うむ。あっきーの背中に幽霊が乗っかっている。」
「え?・・・えぇ!!」
突然の禍月の言葉に、美馬津は慌てて背後を振り返るが何もいない。
「禍月、見えるのか?僕には見えないんだが。」
「居るわけないだろー。ってか見えないから知らん。」
「なんだよ、それ・・・」
ただ、美馬津の方に向けられた禍月の表情は、至って真面目だったため、美馬津は困惑した。

「例えばの話しだ。幽霊が居たとして、あっきーはそれが原因で身体が重い、肩が凝る、頭痛がするなどの症状が出たとしてなー。」
「あ、あぁ・・・」
いきなり話し始めた内容に、美馬津は意味が分からず戸惑うが、意図があっての事だろうと続きを待つ。
「当然、病院に行くだろー?」
「まぁ、そうだろうね。」
「でも医者には、至って健康体だよと言われる。一応、薬は貰うが症状はまったく改善しない。むしろ悪化するんだ。」
「嫌だな、それ・・・」
禍月に言われた事を想像して、美馬津は露骨に嫌そうな顔をする。だが直ぐに、何かを思いついたようにその表情を払った。

「そうか、つまり幽霊がアリシア嬢か。」
「うむ。プログラムも同様で認知している範囲の症状は、ログで吐き出す。だけど、認知出来ない存在があった場合、それが異常を起こしたとしても当然認知なんか出来ないから正常稼働を示す。」
「だから、今の様な事が起きても証左は存在し得ない。という事か。」
「その通りだー。」
禍月は頷くとプレッツェルを銜えて、まだ戦闘を繰り広げるユアキスパーティに目を向ける。
「可能性として、バグもなく正常なプログラムだったとしても、そこに異物が介入すると正常性に弊害が出るんじゃないかー?」
「人間と同じように、って事かい?」
「飽くまで、可能性の域でしかないけどなー。」
言い終わると禍月は、新しいプレッツェルを口へ運んだ。

「そうなると、プロジェクトの検証としては問題ありになるよね。」
「どうかなー。」
「他の検証はどうなんだい?」
美馬津の問いに、禍月は暫く考えを巡らせる。
「例の脳での検証とか。」
沈黙に耐えられないのか、美馬津は嫌な顔をしながらも、この前聞いた事を口にした。
「あれは脳を使っているだけで、HMD相当の機能を利用してフルアストラルダイブさせているだけだー。あたしが知っている限り、影響を与えそうな検証はやっぱ、此処だけだなー。」
禍月の回答に、美馬津もそれ以上は思い付くこともなく室内に沈黙が流れる。相変わらず流れるサーバーの稼働音と、禍月が齧るプレッツェルの音以外は。

「そもそも、生活環境としては問題あるまい。影響が出ているのはゲームなのだろう?」
「現状はなー。ただ、お姫様に影響はなくとも、居場所に影響が出ると困るじゃん?」
「言われてみればそうか・・・」
八鍬も気になった事を口にしてはみたが、禍月の説明に渋い顔をする。
「まぁ、今は様子見という事に変わりはないなー。」

「ところで、昨日言っていた面白い事ってのは?」
結論の出ない話しが落ち着いたところで、美馬津は禍月が言っていた事を思い出した。
「あぁ、あれか。」
今まで真面目な顔をしていた禍月は、そう言うと不敵な笑みを浮かべた。
「大事な事は痕跡を残すべきじゃないよなー。」
「だから、何の事だよ。」
「本社で流れているメールで知ったんだけどなー、例のELINEAプロジェクトが面白い事になってるぞー。」
愉快そうに言う禍月を見て、美馬津の顔が引き攣る。
「それ、犯罪だろ・・・」
「あたらしが言える立場かー?」
「それは・・・そうだな。」
自分がしている事を棚に上げた事に、美馬津は苦い思いをした。しかも、平常に戻ることを蹴ってまで飛び込んだのだ。その馬鹿さ加減に嫌気も差しつつ。

「まぁ、この戦闘が終わったら話してやる。」
禍月は口の端を上げて笑うと、また続いているワーオルン戦に身体ごと視線を戻した。
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