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-CAZH社 自社データセンター 喫煙室-
禍月はプレッツェルを銜えたまま、腕を組んで考え事をしているようだった。その仕種を見て、黒咲は紫煙を吐き出した後に首を傾げる。
「しかしメンテナンスって、例のあれだろ?運営側のミスではないと思うんだ。」
美馬津も紫煙を吐き出すと、疑問を口にする。
「例のあれ?」
黒咲は首を傾げたまま、言った美馬津の方に顔を向けた。
「クエスト内容が勝手に書き換わってたらしいんだ。」
「そうなの?」
「あぁ。本来であれば、クエストは誰でも行う事が可能なんだ。それが一人でも、パーティでも関係なくね。ところが、最近パーティじゃないと受けられないクエストが幾つも確認されている。」
「それを修正するためのメンテ?」
美馬津の話しを紫煙を吐きながら聞いていた黒咲は、内容を察して独り言のように疑問を漏らす。
「その通りだ。だがなー、問題はそこじゃない。」
黒咲の問いに禍月は答えるが、プレッツェルを銜えたままの顔は、浮かない表情だった。
「戻すだけじゃダメなの?」
「うむ。プログラムの修正自体は大した問題じゃない。問題は何時、誰が、どうやって書き換えたかが判らないと意味がない。」
「そっかぁ。」
禍月の話しを聞いていた黒咲は、他人事のように天井を見て言うと、紫煙を天井に向かって吹くように吐き出す。
「まぁ、やるのは本社の開発だから、頑張ってもらうしかないけどね。」
「あのなアッキー・・・」
禍月が呆れた顔で美馬津を見ると、美馬津は嫌そうな顔をして視線を逸らすと煙草を吸いこんだ。
「セキュリティホールはあたしらも巻き込まれるんだ。せめてアハトサーバーだけでも回避しなきゃならんだろー。」
「それじゃ、自分さえ良ければ後はどうなってもいいように聞こえるけど。」
禍月に言われ、揚げ足を取るように美馬津が反論する。
「当たり前だー。他のサーバーの事なんか知るか。」
「な・・・」
「それ、夢那らしい。」
禍月がそこまで言うとは思わなかった美馬津は、開いた口が塞がらない。その横で、黒咲は楽しそうに言った。
「だけど、かなり大変な作業になるんじゃないか?」
「やるしかないだろー。」
「はぁ、徹夜になりそうだな。」
「いっその事、しゅにんも巻き込むかー?」
肩を落として言う美馬津に、禍月はにやりとしながら言った。
「そうだね、巻き込もう。」
その提案には、美馬津も乗り気で応じる。
「メンテって、その間ゲームは出来ないのよね?」
話しの内容に関して関われない黒咲は、二人の会話が一段落着いたのを見計らって質問する。
「そうなるね。」
「まりあはやる事無いからなー。遊びに行くなり好きにしていいぞー。」
半ば投げやりに言った禍月の言葉に、黒咲は考える仕草をする。煙草を吸って、紫煙を吐き出すと、楽しそうに微笑んだ。
「じゃぁ、ちょっと出かけて来るね。」
「また行くつもりだなー?」
その反応を見た禍月は、黒咲が何処に行くのかを察して呆れ、プレッツェルを齧る。
「行くところがあるのかい?」
「ふふ、ひみつ。」
二人の会話が分からず、仲間外れのような気分になった美馬津が、黒咲に聞いたが答えを得る事は出来なかった。
『晶社くん
明日13時に私、カフェに居るね。
麻璃亜』
・・・
居るね、じゃねぇっ!!
何で毎回こうなんだよ。俺の都合は何処に行った!?
なんでこいつは人の予定を確認するとかしねぇんだよ・・・
寝ようと思った時に来たメッセージで、一気に目が覚めた。確かに明日はメンテだから、DEWSは出来ないが、俺は他にもゲームしてるんだ。
特に携帯でのゲームは、最近DEWSばかりであまり出来ていないけど。だったら、メンテ中くらい、久しぶりにがっつりやろうと思っていた。
まぁ、そんなわけで、人の都合を聞かない奴の相手をしている暇はない。
誰が行くか。
そう思って、俺は眠りについた。
「あら晶社、休みの日に出かけるなんて珍しいわね。」
家を出ようとしたら、母さんに見つかった。
まぁ、休みの日はだいたいリビングに居るので、見つからない方が難しいが。
「あぁ、ちょっと散歩。」
「そう、楽しんきなさい。」
・・・
何か勘違いをしているようだ。
「DEWSがメンテナンス中で出来ないから、気分転換しに行くだけだっての。」
「はいはい。」
くそ、信用してねぇな。
やっぱ、見られたのが運の尽きというか、なんというか。
相手にしても俺が一方的にあしらわれる、これ以上は疲労するだけだからもう黙って行こう。そう決めると、それ以上会話をせずに家を出た。
実際のところ、気分転換というのは本当だ。家に居ても余計な事を考えるし、メッセージを貰っておいて無視している自分もどうなんだって思えてくる。
そんな事を堂々巡りで考えるくらいなら、いっそ行ってしまった方が早いなと思っただけだ。
いや、言い訳だな・・・
気を紛らわせるという部分では合っているかもしれないが、アリシアの事を何か知っているんじゃないか。そう思っているところが本音だ。
ただ、その内容を面と向かって聞けるのかは不明だが。
自転車を降りて歩道を歩く。このまま行けば、12時半にはカフェの前に着くだろう。
降り注ぐ陽射しが刺さるようだ。もう10月も半ば、来月になれば少しは涼しくなるだろう。その次の月で、今年も終わる。なんかあっという間だった気がするな。
思えばDEWSばっかりだ。休みの日にメンテナンスが入る事も無かったので、こんな事を考える余裕も無かったんだろう。時間があればログインしていたんだから。
もうすぐ12時半、目的のカフェはもう見えてきている。30分も早く来るなんて、楽しみにして来たみたいで嫌なんだが。それでも時間に遅れるよりはいいだろう。考えてみれば、待ち合わせってわけでもないんだよな。
そんな事を考えながら歩いていると、カフェの前の歩道、車道側にいた麻璃亜が手を振ってくる。
なんでもう居るんだよ・・・
あと、恥ずかしいからこっちに向かって手を振んな。
「早いね晶社くん。」
「家に居ても、特にやる事も無いしな。」
これは本当なんだ。家に居ても落ち着かなくなったから出てきただけで。早めに来ようと意識したわけでもない。
「お姉さんとのデートが楽しみだったのね。」
うわぁ・・・
マジで早く来たの失敗だったわ。
「ちげぇよ!」
話しを聞けっての。
俺が全力で否定するも、麻璃亜は楽しそうに微笑んだまま変わらない。何が楽しいのかさっぱり分からないが。
「じゃ、入ろ。」
ほんと、マイペースだよな。そう思いながら、カフェに入る麻璃亜に付いて行く。
「何飲むの?」
「コーラ。」
「今回は素直なのね。」
うるせぇよ。
「どうして来てくれたの?」
頼んだものが揃うと、麻璃亜は紅茶を一口飲んで聞いてきた。どうしても何も、俺をからかってんのか?
「いや、呼んだんじゃないのかよ?」
何を言っているんだとばかりに言ったが、麻璃亜は悪戯っぽく笑った。
「居るねって送っただけだよ?」
「は?」
俺は携帯のメッセージをもう一度見直す。確かに13時に居るとしか書いてない。
・・・
思い込みってのは怖いな。また強制的に呼び出されたのかと思い込んでいたよ。というか、これは嵌められたと考えていいんだな。
そう思って俺は目を細めると、麻璃亜に冷めた視線を向ける。
「俺で、遊んでんのか?」
だけど、俺の言葉に麻璃亜は頭を左右に振る。
「居るだけなら、送る必要ないよね?」
そりゃそうだろうが、その言葉の意図が分からず、俺は黙って続きを待った。
「でもね、自分が此処に居ると相手に伝えるのは、来て欲しいを含んでいるんだよ。」
面倒くせぇ・・・
なんだそりゃ。
「だったらそう言えばいいじゃねぇか。」
「好きな子に、そういう事言っちゃダメだからね。」
いや、いねぇし。
それ以前に意味が分からん。
「女の子は、見て欲しい、構って欲しい、気付いて欲しいって常に思うのよ。今回の場合、文面だけで判断すると、悲しませちゃうよ。」
「なんか、面倒くさいな・・・」
それ以外に言葉が出ない。
「そういう事をね、口に出さずに思って、表情や態度に出さなくても、所作に滲んでくるから、疑われるんだよ。この人、私の事を面倒な女だって思ってるんじゃないかなってね。」
麻璃亜の言っている事が、分からなくはない。女心に関しては分からないが、言っている事自体は人に当てはまる気がする。
ただ、俺はそこまで考慮して行動するなんて出来ない。
「で、何故そんな話しをするんだ?」
「晶社くんがそんな風に成長したら、お姉さんが好きになっちゃうから。」
・・・
アホか、何を言い出してんだ。
「・・・」
俺は、面と向かって楽しそうに言う麻璃亜の顔を、直視出来なかった。からかわれているんだろうが、言われ慣れていない言葉に対して、どうしていいか分からない。
「困らせようと思ったわけじゃないのよ。」
「将来の事なんて、分からねぇよ。」
別に困ったわけじゃないが、単に漠然とそんな風になるのか、なれるのか、考えたって想像がつかない。
「なんで、こんな話しになってんだ・・・」
「お姉さんに、話したい事、あるんじゃない?」
「なんで、それを・・・」
恋愛関係の話しには興味がほとんど無いし、疲れる。そう思って単に疑問を口にしただけなんだが、突然そんな事を言われて動揺してしまった。
「経験の差。」
「は?」
「私は晶社くんよりずっと、人生経験長いの。いえ、人と関わる場数が違うと言った方が正解かな。多分、年齢差では埋めようがないほど。」
麻璃亜は、その時だけ切なそうな表情をした。
俺には、それしか分からないが。
きっと、その経験というのは、聞いて良い話しではない気がした。
「今まで話してきた内容、大切な事でもあるけどね、困っているならお姉さんが聞いてあげるよって事。ゲーム内でだって、少し前から態度が変わっていたもの。」
そういう事か。
麻璃亜は初めから、そう思うと肩の力が抜けていくのを感じた。
アリシアに告白された後、話しを聞いてくれるって言ってたよな。その時は、俺自身がどうしていいか分からなくて、誰かに話せるような状態じゃなかったが。
今はそれも変わっていない。
でも麻璃亜になら、と思っていたのを見透かされたような気がする。いや、きっと見透かされたんだろう。だから今日、麻璃亜は此処に来たんじゃないのか?
つまり、俺のために。
そう思わされた。自惚れかもしれないが。
「なんで、気にかけてくれてんだ?」
違うかもしれないが、聞いてみる。
「うーん、好きだから。」
「うっ・・・げほっ、げほっ・・・」
人がコーラを飲んでいる時に何を言い出してくれてんだ。
くそ、恥ずかしい事この上ない。またも店内の視線がこっちに集中しやがった。
「大丈夫?」
「大丈夫?じゃねぇよ、からかってんだろ?」
「んー、半分くらいは。」
半分ってなんだよ・・・
「晶社くんには、今のままでいて欲しいと思っているから。何があっても。」
「変わるとも思えないけどな。」
自分が将来どうなるかなんて、想像がつかない。だから、変わる事も想像出来ない。麻璃亜がなんでそんな事を言うのか、今の俺には分からない。
「晶社くんの都合でいいよ。」
「何がだよ?」
俺が変わるなら、どんな風に変わるんだろうと想像はしてみたが、今のまま大人になるくらいしか思い浮かばなかった。そんな妄想をしていると、麻璃亜は優しく言った。
「話したい事、あるんでしょ?」
「・・・」
俺は未だに迷っている。本当は、アリシアはAIで俺の妄想かもしれないと、今でも考える。妄言を話して、変な奴だって思われる恐怖も。
「好きなタイミングでいいし、話さなくてもいいよ。私はこのまま他愛ない話しでデートの続きでも楽しいから。」
「だからデートじゃないだろ。」
そっからいい加減離れろ。
「私はデートだと思ってるもん。」
なんだよそれ。
勝手に思ってろ。
「二人でこのお店入ったの何回目?」
「3回か?」
突然、そんな事を聞かれて、思い出して答える。その質問の意図もよく考えずに。
「そうよね。店員、客、毎回全員違う人だと思う?」
そんなわけは無いだろう。
「いや。こんな場所にあるカフェを使うのなんて、近くに住んでいる人の方が多いんじゃないか?」
「私もそう思う。それにこのお店、多分個人経営だから、店員も決まっている。」
「それがどうかしたか?」
何が言いたいんだよ。
「つまり私たち、二人でここに居るのを複数回見ている人が居ると思うの。」
「だろうな・・・」
って、そういう事か。まるで既成事実のようじゃないか。
「私は、構わないわ。」
「そりゃ俺だって、勝手に思い込んでいるやつは、思い込んでろくらいにしか思ってないけど。」
どう見られようと、俺自身が何か変わるわけじゃないしな。
「むぅ、もうちょっと動揺して欲しいなぁ。」
少し頬を膨らませながら麻璃亜は言った。つまりあれか、また俺で遊ぼうと思ったわけだな。油断も隙もない奴だ。
おそらく違うな。
家に居ると余計な事を考えてしまう。自分ではどう処理していいかも分からない事を。誰かに話したら楽になるだろうか、でも話せる人もいない。
そんな葛藤から、麻璃亜は遠ざけてくれているんじゃないだろうか?
「アリシアのこと・・・」
「うん。」
気持ちが楽になったからだろうか。麻璃亜の雰囲気に飲まれたからだろうか。溜まってどう処理していいか分からない現実を、俺は自然と口にしていた。
同時に、ついに言ってしまったと後悔も出て来る。
だけど、静かに、優しい笑みで頷いてくれた麻璃亜を見ると、その気持ちも楽になった。
「アリシアが言っていたんだ、自分は生身の人間だと。」
ついに、俺は頭がおかしいんじゃないかと思われるような事を言った。でも、麻璃亜の態度は何も変わらない。
「痛みを感じ、血も流れるんだ。」
相手の様子を伺いながら、話しを続ける。
「ゲーム内の事なら、麻璃亜に聞いたら、何か知っているんじゃないかって思って。だけど、ゲーム内にそんな人間が居るなんて、頭のおかしい妄想だって思われるのも怖くて・・・」
「おかしくなんか、ないよ。」
麻璃亜は俺が言葉に詰まると、そう言って微笑んだ。
「おかしいのは、アリシアが存在するという現実の方。」
「え?・・・」
アリシアが存在する現実?
つまり、アリシアの言っている事は本当なのか?
麻璃亜の言い方からすれば、麻璃亜はそれを初めから知っていた?
「知って、いたのか?」
俺は恐る恐る聞いた。だってそうだろ、こんなの普通は考えられない事なんだから。それを、なんで麻璃亜は知っているんだ。
「うん。」
今までと変わらない笑みで、麻璃亜はゆっくりと頷いた。でも、何故か切なそうな感じにも見えた気がする。
という事は・・・
麻璃亜はソロがきつくなったわけじゃない。初めから俺らのところに入るつもりでゲームをしていたんじゃないのか?
その目的も理由も分からないが、一つ分かったのはアリシアの事を知っていたという事。それだけで、ゲーム目的ではないと考えられる。
つまり俺は最初から踊らされていたって事か・・・
そう思ったら、嫌な気分が込み上げてきた。
好きで、パーティに参加してわけじゃないのか。
単に、仕事で参加していただけなんだな。
此処に来るのも、俺の様子を確認しているだけかもしれない。
なんか色々、どうでもよくなってきた。
「なぁ・・・」
俺は投げやりに麻璃亜に声を掛ける。でも、麻璃亜は真面目な顔で俺を真っすぐ見ていた。その態度がなんなのか、意味が分からない。
「俺の事、ただ利用してただけだって事だよな?」
今までの話しの流れからすれば、そうなんだろう。麻璃亜は仕事だから仕方がない、そう思う部分はあっても、気持ちの上では納得がいかない。
嫌な気分だ。
麻璃亜は俺がそう言った後、何も答えずに俺から目を逸らして視線を床に落とした。
苦しそうな顔をしながら。
苦しいのは俺の方なのに・・・
禍月はプレッツェルを銜えたまま、腕を組んで考え事をしているようだった。その仕種を見て、黒咲は紫煙を吐き出した後に首を傾げる。
「しかしメンテナンスって、例のあれだろ?運営側のミスではないと思うんだ。」
美馬津も紫煙を吐き出すと、疑問を口にする。
「例のあれ?」
黒咲は首を傾げたまま、言った美馬津の方に顔を向けた。
「クエスト内容が勝手に書き換わってたらしいんだ。」
「そうなの?」
「あぁ。本来であれば、クエストは誰でも行う事が可能なんだ。それが一人でも、パーティでも関係なくね。ところが、最近パーティじゃないと受けられないクエストが幾つも確認されている。」
「それを修正するためのメンテ?」
美馬津の話しを紫煙を吐きながら聞いていた黒咲は、内容を察して独り言のように疑問を漏らす。
「その通りだ。だがなー、問題はそこじゃない。」
黒咲の問いに禍月は答えるが、プレッツェルを銜えたままの顔は、浮かない表情だった。
「戻すだけじゃダメなの?」
「うむ。プログラムの修正自体は大した問題じゃない。問題は何時、誰が、どうやって書き換えたかが判らないと意味がない。」
「そっかぁ。」
禍月の話しを聞いていた黒咲は、他人事のように天井を見て言うと、紫煙を天井に向かって吹くように吐き出す。
「まぁ、やるのは本社の開発だから、頑張ってもらうしかないけどね。」
「あのなアッキー・・・」
禍月が呆れた顔で美馬津を見ると、美馬津は嫌そうな顔をして視線を逸らすと煙草を吸いこんだ。
「セキュリティホールはあたしらも巻き込まれるんだ。せめてアハトサーバーだけでも回避しなきゃならんだろー。」
「それじゃ、自分さえ良ければ後はどうなってもいいように聞こえるけど。」
禍月に言われ、揚げ足を取るように美馬津が反論する。
「当たり前だー。他のサーバーの事なんか知るか。」
「な・・・」
「それ、夢那らしい。」
禍月がそこまで言うとは思わなかった美馬津は、開いた口が塞がらない。その横で、黒咲は楽しそうに言った。
「だけど、かなり大変な作業になるんじゃないか?」
「やるしかないだろー。」
「はぁ、徹夜になりそうだな。」
「いっその事、しゅにんも巻き込むかー?」
肩を落として言う美馬津に、禍月はにやりとしながら言った。
「そうだね、巻き込もう。」
その提案には、美馬津も乗り気で応じる。
「メンテって、その間ゲームは出来ないのよね?」
話しの内容に関して関われない黒咲は、二人の会話が一段落着いたのを見計らって質問する。
「そうなるね。」
「まりあはやる事無いからなー。遊びに行くなり好きにしていいぞー。」
半ば投げやりに言った禍月の言葉に、黒咲は考える仕草をする。煙草を吸って、紫煙を吐き出すと、楽しそうに微笑んだ。
「じゃぁ、ちょっと出かけて来るね。」
「また行くつもりだなー?」
その反応を見た禍月は、黒咲が何処に行くのかを察して呆れ、プレッツェルを齧る。
「行くところがあるのかい?」
「ふふ、ひみつ。」
二人の会話が分からず、仲間外れのような気分になった美馬津が、黒咲に聞いたが答えを得る事は出来なかった。
『晶社くん
明日13時に私、カフェに居るね。
麻璃亜』
・・・
居るね、じゃねぇっ!!
何で毎回こうなんだよ。俺の都合は何処に行った!?
なんでこいつは人の予定を確認するとかしねぇんだよ・・・
寝ようと思った時に来たメッセージで、一気に目が覚めた。確かに明日はメンテだから、DEWSは出来ないが、俺は他にもゲームしてるんだ。
特に携帯でのゲームは、最近DEWSばかりであまり出来ていないけど。だったら、メンテ中くらい、久しぶりにがっつりやろうと思っていた。
まぁ、そんなわけで、人の都合を聞かない奴の相手をしている暇はない。
誰が行くか。
そう思って、俺は眠りについた。
「あら晶社、休みの日に出かけるなんて珍しいわね。」
家を出ようとしたら、母さんに見つかった。
まぁ、休みの日はだいたいリビングに居るので、見つからない方が難しいが。
「あぁ、ちょっと散歩。」
「そう、楽しんきなさい。」
・・・
何か勘違いをしているようだ。
「DEWSがメンテナンス中で出来ないから、気分転換しに行くだけだっての。」
「はいはい。」
くそ、信用してねぇな。
やっぱ、見られたのが運の尽きというか、なんというか。
相手にしても俺が一方的にあしらわれる、これ以上は疲労するだけだからもう黙って行こう。そう決めると、それ以上会話をせずに家を出た。
実際のところ、気分転換というのは本当だ。家に居ても余計な事を考えるし、メッセージを貰っておいて無視している自分もどうなんだって思えてくる。
そんな事を堂々巡りで考えるくらいなら、いっそ行ってしまった方が早いなと思っただけだ。
いや、言い訳だな・・・
気を紛らわせるという部分では合っているかもしれないが、アリシアの事を何か知っているんじゃないか。そう思っているところが本音だ。
ただ、その内容を面と向かって聞けるのかは不明だが。
自転車を降りて歩道を歩く。このまま行けば、12時半にはカフェの前に着くだろう。
降り注ぐ陽射しが刺さるようだ。もう10月も半ば、来月になれば少しは涼しくなるだろう。その次の月で、今年も終わる。なんかあっという間だった気がするな。
思えばDEWSばっかりだ。休みの日にメンテナンスが入る事も無かったので、こんな事を考える余裕も無かったんだろう。時間があればログインしていたんだから。
もうすぐ12時半、目的のカフェはもう見えてきている。30分も早く来るなんて、楽しみにして来たみたいで嫌なんだが。それでも時間に遅れるよりはいいだろう。考えてみれば、待ち合わせってわけでもないんだよな。
そんな事を考えながら歩いていると、カフェの前の歩道、車道側にいた麻璃亜が手を振ってくる。
なんでもう居るんだよ・・・
あと、恥ずかしいからこっちに向かって手を振んな。
「早いね晶社くん。」
「家に居ても、特にやる事も無いしな。」
これは本当なんだ。家に居ても落ち着かなくなったから出てきただけで。早めに来ようと意識したわけでもない。
「お姉さんとのデートが楽しみだったのね。」
うわぁ・・・
マジで早く来たの失敗だったわ。
「ちげぇよ!」
話しを聞けっての。
俺が全力で否定するも、麻璃亜は楽しそうに微笑んだまま変わらない。何が楽しいのかさっぱり分からないが。
「じゃ、入ろ。」
ほんと、マイペースだよな。そう思いながら、カフェに入る麻璃亜に付いて行く。
「何飲むの?」
「コーラ。」
「今回は素直なのね。」
うるせぇよ。
「どうして来てくれたの?」
頼んだものが揃うと、麻璃亜は紅茶を一口飲んで聞いてきた。どうしても何も、俺をからかってんのか?
「いや、呼んだんじゃないのかよ?」
何を言っているんだとばかりに言ったが、麻璃亜は悪戯っぽく笑った。
「居るねって送っただけだよ?」
「は?」
俺は携帯のメッセージをもう一度見直す。確かに13時に居るとしか書いてない。
・・・
思い込みってのは怖いな。また強制的に呼び出されたのかと思い込んでいたよ。というか、これは嵌められたと考えていいんだな。
そう思って俺は目を細めると、麻璃亜に冷めた視線を向ける。
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だけど、俺の言葉に麻璃亜は頭を左右に振る。
「居るだけなら、送る必要ないよね?」
そりゃそうだろうが、その言葉の意図が分からず、俺は黙って続きを待った。
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「・・・」
俺は、面と向かって楽しそうに言う麻璃亜の顔を、直視出来なかった。からかわれているんだろうが、言われ慣れていない言葉に対して、どうしていいか分からない。
「困らせようと思ったわけじゃないのよ。」
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「なんで、こんな話しになってんだ・・・」
「お姉さんに、話したい事、あるんじゃない?」
「なんで、それを・・・」
恋愛関係の話しには興味がほとんど無いし、疲れる。そう思って単に疑問を口にしただけなんだが、突然そんな事を言われて動揺してしまった。
「経験の差。」
「は?」
「私は晶社くんよりずっと、人生経験長いの。いえ、人と関わる場数が違うと言った方が正解かな。多分、年齢差では埋めようがないほど。」
麻璃亜は、その時だけ切なそうな表情をした。
俺には、それしか分からないが。
きっと、その経験というのは、聞いて良い話しではない気がした。
「今まで話してきた内容、大切な事でもあるけどね、困っているならお姉さんが聞いてあげるよって事。ゲーム内でだって、少し前から態度が変わっていたもの。」
そういう事か。
麻璃亜は初めから、そう思うと肩の力が抜けていくのを感じた。
アリシアに告白された後、話しを聞いてくれるって言ってたよな。その時は、俺自身がどうしていいか分からなくて、誰かに話せるような状態じゃなかったが。
今はそれも変わっていない。
でも麻璃亜になら、と思っていたのを見透かされたような気がする。いや、きっと見透かされたんだろう。だから今日、麻璃亜は此処に来たんじゃないのか?
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そう思わされた。自惚れかもしれないが。
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違うかもしれないが、聞いてみる。
「うーん、好きだから。」
「うっ・・・げほっ、げほっ・・・」
人がコーラを飲んでいる時に何を言い出してくれてんだ。
くそ、恥ずかしい事この上ない。またも店内の視線がこっちに集中しやがった。
「大丈夫?」
「大丈夫?じゃねぇよ、からかってんだろ?」
「んー、半分くらいは。」
半分ってなんだよ・・・
「晶社くんには、今のままでいて欲しいと思っているから。何があっても。」
「変わるとも思えないけどな。」
自分が将来どうなるかなんて、想像がつかない。だから、変わる事も想像出来ない。麻璃亜がなんでそんな事を言うのか、今の俺には分からない。
「晶社くんの都合でいいよ。」
「何がだよ?」
俺が変わるなら、どんな風に変わるんだろうと想像はしてみたが、今のまま大人になるくらいしか思い浮かばなかった。そんな妄想をしていると、麻璃亜は優しく言った。
「話したい事、あるんでしょ?」
「・・・」
俺は未だに迷っている。本当は、アリシアはAIで俺の妄想かもしれないと、今でも考える。妄言を話して、変な奴だって思われる恐怖も。
「好きなタイミングでいいし、話さなくてもいいよ。私はこのまま他愛ない話しでデートの続きでも楽しいから。」
「だからデートじゃないだろ。」
そっからいい加減離れろ。
「私はデートだと思ってるもん。」
なんだよそれ。
勝手に思ってろ。
「二人でこのお店入ったの何回目?」
「3回か?」
突然、そんな事を聞かれて、思い出して答える。その質問の意図もよく考えずに。
「そうよね。店員、客、毎回全員違う人だと思う?」
そんなわけは無いだろう。
「いや。こんな場所にあるカフェを使うのなんて、近くに住んでいる人の方が多いんじゃないか?」
「私もそう思う。それにこのお店、多分個人経営だから、店員も決まっている。」
「それがどうかしたか?」
何が言いたいんだよ。
「つまり私たち、二人でここに居るのを複数回見ている人が居ると思うの。」
「だろうな・・・」
って、そういう事か。まるで既成事実のようじゃないか。
「私は、構わないわ。」
「そりゃ俺だって、勝手に思い込んでいるやつは、思い込んでろくらいにしか思ってないけど。」
どう見られようと、俺自身が何か変わるわけじゃないしな。
「むぅ、もうちょっと動揺して欲しいなぁ。」
少し頬を膨らませながら麻璃亜は言った。つまりあれか、また俺で遊ぼうと思ったわけだな。油断も隙もない奴だ。
おそらく違うな。
家に居ると余計な事を考えてしまう。自分ではどう処理していいかも分からない事を。誰かに話したら楽になるだろうか、でも話せる人もいない。
そんな葛藤から、麻璃亜は遠ざけてくれているんじゃないだろうか?
「アリシアのこと・・・」
「うん。」
気持ちが楽になったからだろうか。麻璃亜の雰囲気に飲まれたからだろうか。溜まってどう処理していいか分からない現実を、俺は自然と口にしていた。
同時に、ついに言ってしまったと後悔も出て来る。
だけど、静かに、優しい笑みで頷いてくれた麻璃亜を見ると、その気持ちも楽になった。
「アリシアが言っていたんだ、自分は生身の人間だと。」
ついに、俺は頭がおかしいんじゃないかと思われるような事を言った。でも、麻璃亜の態度は何も変わらない。
「痛みを感じ、血も流れるんだ。」
相手の様子を伺いながら、話しを続ける。
「ゲーム内の事なら、麻璃亜に聞いたら、何か知っているんじゃないかって思って。だけど、ゲーム内にそんな人間が居るなんて、頭のおかしい妄想だって思われるのも怖くて・・・」
「おかしくなんか、ないよ。」
麻璃亜は俺が言葉に詰まると、そう言って微笑んだ。
「おかしいのは、アリシアが存在するという現実の方。」
「え?・・・」
アリシアが存在する現実?
つまり、アリシアの言っている事は本当なのか?
麻璃亜の言い方からすれば、麻璃亜はそれを初めから知っていた?
「知って、いたのか?」
俺は恐る恐る聞いた。だってそうだろ、こんなの普通は考えられない事なんだから。それを、なんで麻璃亜は知っているんだ。
「うん。」
今までと変わらない笑みで、麻璃亜はゆっくりと頷いた。でも、何故か切なそうな感じにも見えた気がする。
という事は・・・
麻璃亜はソロがきつくなったわけじゃない。初めから俺らのところに入るつもりでゲームをしていたんじゃないのか?
その目的も理由も分からないが、一つ分かったのはアリシアの事を知っていたという事。それだけで、ゲーム目的ではないと考えられる。
つまり俺は最初から踊らされていたって事か・・・
そう思ったら、嫌な気分が込み上げてきた。
好きで、パーティに参加してわけじゃないのか。
単に、仕事で参加していただけなんだな。
此処に来るのも、俺の様子を確認しているだけかもしれない。
なんか色々、どうでもよくなってきた。
「なぁ・・・」
俺は投げやりに麻璃亜に声を掛ける。でも、麻璃亜は真面目な顔で俺を真っすぐ見ていた。その態度がなんなのか、意味が分からない。
「俺の事、ただ利用してただけだって事だよな?」
今までの話しの流れからすれば、そうなんだろう。麻璃亜は仕事だから仕方がない、そう思う部分はあっても、気持ちの上では納得がいかない。
嫌な気分だ。
麻璃亜は俺がそう言った後、何も答えずに俺から目を逸らして視線を床に落とした。
苦しそうな顔をしながら。
苦しいのは俺の方なのに・・・
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