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40.控えめに言って、邪魔

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こちらの状況を待つなんて事を、オルデラがする筈もない。プレイヤーは人間だが、オルデラはプログラムだ。
当然、脱力した俺たちに向かって突進してくる。

馬鹿の一つ覚えと言うと聞こえは悪いが、攻撃範囲、速度、威力、どれをとってもプレイヤーにとっては痛い攻撃だから質が悪い。つまり、単純だけにかなり厄介な攻撃だ。

アリシアの登場によって、隙を付かれる事になりはしたが、辛うじて衝撃波ごと俺は避ける。オルデラにとってアリシアの存在は居ても居なくても関係ないのだから、虚を突かれた俺らだけ不利な状況になったわけだ。
後で覚えてろよ。

「ユアキス、追撃!」
そんな事を考えていると、打ち下ろされた大剣は翻り、俺に向かって振り上げられていた。タッキーが叫ぶまで気付かなかった。
(しまった・・・)
着地が間に合わないので、回避行動は無理だ。が、大剣は届かない距離ではあるので、発生した衝撃波だけ受ければいい。直撃よりはダメージが少ない。
まぁ、吹っ飛ばされるけど。

だが、オルデラの攻撃は今までと違ってそんな甘くは無かった。真紅の闘気は大剣に集中し、刃から剣先まで大きく包み込んでいる。間合い外なんて関係ない、俺はその闘気の直撃を受けると、バトルフィードの境界に叩きつけられた。
ごっそり削られたHPは、警告のため赤く明滅している。前半のオルデラの攻撃であれば、2~3回は耐えられたが、これは2回目無いな・・・。
地面に落下している最中にそんな事を思った。

視界の端では、俺を吹っ飛ばした大剣が返す形でタッキーの方に向かっていく。その先には、アリシアとエメラも居た。タッキーはなんとかなるとして、あいつらは大丈夫なのか?

オルデラの攻撃は、真紅の闘気に変わった事で、衝撃波の範囲や威力も強化されていた。今までの調子で避けたタッキーは、衝撃波に弾かれて俺と同じく境界まで吹っ飛んでいった。HPも半分くらい減っているので、衝撃波でも場合によっては2発くらったら死にそうだ。

俺とタッキーのHPは、起き上がった時には既に回復している。マリアが攻撃をしながら回復アイテムを使ってくれたようだ。そのマリアのHPを、タッキーが回復弾で回復させる。
この辺の流れは、今まで戦闘してきた中で何度も繰り返し行われてきた事だ。
だが、そんな事よりおかしな事がある。
NPC特典か?
それとも、衝撃波が届かなかったのか?

いや、そんな筈はない。
タッキーが後ろに跳んで大剣を避けるために距離を取った場所は、ほぼほぼアリシアとエメラの位置と変わらない場所だ。にも拘わらず、二人は巻き込まれていない。
エメラは吹っ飛んだタッキーの方を心配してか、そっちを向いていたが、アリシアは不敵な笑みを浮かべてオルデラを見据えていた。

(どういう事だ?・・・)

「その様な狂剣、わたくしの美しさの前には無力なのですわ!」
アリシアはレイピアをオルデラにびしっと突き付けると、得意げな顔をして言い放った。
そうだったのか・・・なわけ無いだろうが!
本当に邪魔でしかないんだが、何の恨みがあって大事な時に邪魔をしにくるのか。
「お嬢様、それ関係ありませんから。」
普段ならエメラの突っ込みに同意するところだが、それどころじゃない。

タッキーが吹っ飛ばされた後、背後で回復をしていたマリアに対して、オルデラは打ち下ろした大剣を身体ごと回転させながら横凪に移行する。
マリアは地面にうつ伏せになってやり過ごすと同時に、足払いからの連撃に移行。オルデラは大剣を地面に突き刺し止めると、右足でマリアを蹴り飛ばす。
ちょうどそこへ姫の閃光矢が炸裂。
だが、防いでもいないオルデラに効果は無いようだった。

(マジか、状態異常が効かなくなってる・・・)
姫は俺の方を見るので、その視線に俺は頷いた。姑息な手はもう使えなさそうだと。

マリアを蹴った事でオルデラに出来た隙に、回り込んだアヤカが斬り込んでいく。同時に跳躍した月下が槍斧を振りかぶった。
既に起きかかっているタッキーが、月下に合わせて銃弾を撃つ。
俺も背後に回り込んで、背中から連撃を叩き込もうとした。

オルデラは足を地面に戻すと同時に踏ん張り、またも大剣を身体を旋回させながら横凪に振り始める。馬鹿の一つ覚えみたいだが、近接に取って威力も高く攻撃を止めざるを得ない厄介な攻撃に変わりはない。実に効果的だが、プレイしている方にとってはもう少し隙をくれって思う。

この回転攻撃はしゃがんで避けるか、高く跳躍して避けるしかない。攻撃していた場合、後ろに跳躍して逃げても衝撃波までは避けられない。
当然、俺とアヤカは地面にうつ伏せになる。

跳躍していた月下は、タッキーの銃弾に合わせて槍斧を打ち下ろした。撃たれた弾は氷結弾だったようで、槍斧の斧頭から刃先まで一瞬で氷の槌に変化した。
巨大な氷の塊は、オルデラの頭部を打ち付けると砕けて散っていく。オルデラは何事も無かった様に、空いている左手で、まだ空中に居る月下を殴り飛ばした。

(く・・・怯みすらしないのか・・・)
俺はその隙に、背後から跳躍。ちょうどそこへ姫の雷光矢が飛来してくる。
回復でまだ前線に戻ってきていないマリアの代わりに、アヤカがオルデラの気を引くように、正面へ回り攻撃を仕掛ける。
(よし、襲雷斬を叩き込んでやるっ・・・)
と、思った瞬間、月下を殴った左手は背後へと振られ、見事に俺の胴を打った。当然俺は吹き飛ばされ、姫の放った雷光矢は、空しくオルデラの頭上を通り過ぎて行った。

(やっぱつえぇ・・・)
そう思いながら地面に着地すると、オルデラへ向かった間合いを詰める二人が見えた。
おいおい、大丈夫かよ。

その二人は邪魔しに来ていたアリシアとエメラだが、何故か二人の突きはオルデラの背中に、見事に命中した。レイピアの剣先が漆黒の甲冑に当たり、甲高い音を立てる。
オルデラにとっては葉虫みたいものなんだろう。まったく相手にする気もないのか、存在自体を認識していないようだった。
故に、オルデラは二人の連続突きを気にすることもなく、間合いを詰めていたマリアに向き直る。
(本当に隙が無いな、誰だよこんなの作った奴は!)

オルデラは近付くマリアに向かって大剣の突きを繰り出す。紅い闘気を纏った突きは、衝撃波で地面を抉りながらマリアを貫いたかに見えた。
だがマリアはその突きを間一髪で避ける。いや、マリアの場合は間合いを見切って真横に跳躍した感じだ。その戦闘のセンスにはやはり驚きしかない。
その隙を付いてアヤカが真横から切り込み、同時にマリアが一気に間合いを詰める。オルデラはアヤカの攻撃は無視をして、マリアに向かって突き出した大剣を横凪に振り始める。
そこへ再び、復帰した月下が槍斧を振り被りながら間合いを詰め始めた。

いくら強くなったとは言え、オルデラは単体だ。その動きにも限りがある。俺らも戦っている間に慣れてきているんだ、それぞれが攻撃の間を図って攻撃を仕掛ける。

まず月下の焔を纏った打ち上げが、オルデラの右脇腹を打ち抜く・・・と、思ったが、大剣を手放し小回りの利く肘打ちに変更し月下の槍斧を弾いた。
(はぁっ!?)
一瞬、宙に浮いた大剣は、左手が既に掴んでおり、そのまま上方へと振り上げられる。大剣の軌跡は半円の弧を描いて、既に斬り込んでいた俺へと向かって振り下ろされる。
(速ぇよ!!)
攻撃のモーションをキャンセルして慌てて回避行動を取るが、着弾の衝撃波までは避けられない。
同時に、オルデラの周りで器用に立ち回っていたアヤカも、その衝撃波で吹っ飛ばされた。

当然、自分すら巻き込んでいる衝撃波で、オルデラ本人がダメージを受けることはない。

「もう、強すぎぃ・・・」
「だが確実に削れている、もう一回はやりたくねぇだろ。」
月下は脱力しながら言うが、俺はこの戦闘を何度もやりたくはない。そのため月下に言い聞かせるように言った言葉だが、どちらかと言えば自分を鼓舞するために言ったように感じた。

「オルデラごときに、音を上げますの?」
そのごときに大分苦戦しているんだがな。アヤカは既に態勢を立て直して、オルデラとの距離を詰めながら声を上げた。
「そんなわけない!」
月下はそう言って鼻を鳴らすと、槍斧を構えて突進する。
おいおい、兄の言葉には奮起しなかったくせに、アホカの言葉には反応するのかよ。

まぁいい、戦う気があるならそれで。
「まだ回復も余裕あるから、残り頑張って削ろうよ。」
「そうですね。」
「だな。」
一人攻撃を回避して連撃を繰り出しているマリアに、タッキーが回復弾を打ちながら言う。その言葉に俺と姫も頷いてまた攻撃に移る。

「だらしないですわよユアキス。わたくしに続きなさい。」
黙れ。


せっかく気を取り直したところだったのに、アリシアに挫かれた。肝心なところで邪魔してくれるな、本当に。

しかし、今更だが不思議な光景だった。
オルデラが相手にしていないのは分かっていたが、そんな事は気にもせずレイピアで突き続けるアリシアとエメラ。いくらNPCだからといっても、それは流石におかしいだろう。
ただ、微々たるものだがレイピアの攻撃はオルデラのHPを削っている。

はっ!?

まったく糞の役にも立たないと思っていたアリシアが、オルデラのHPを削っている!?

そんな馬鹿な・・・
自分の思考を自分で疑う。
いやだってそうだろ?今までアリシアが何をしてきた。戦闘となればいつの間にか消えていたんだぞ。最初のころの雑魚ですらろくに相手にしていなかったんだ。

それがオルデラ相手に奮戦?そんな馬鹿な。

って思って当然だ。

だがそんな疑惑を余所に、確かにアリシアとエメラの攻撃はオルデラのHPを削っていた。
いや、本当に微々たるものではあるが。

戦闘に時間の掛かるオルデラ戦では、その微々たるものでも塵積だ。

「ユアキス、わたくしに見とれていないでさっさと攻撃しなさい。」
うるせぇ!
「誰が見とれるか!」

むしろお前の所為で動きが止まったんだろうが!
そう叫びたいのを堪えてオルデラとの間合いを詰める。ったく、何度も人の邪魔ばかりしやがって。
そう思ったが、今回ばかりはそれだけではないと思いたい。
もしかすると、このためのNPCかもしれない。そういう考えが浮かびはしたが、思惑を巡らせるほどの余裕は無いので、今は戦闘に集中する事にした。

ここまで来て、負けたくはないから。




-CAZH社 自社データセンター 隔離サーバールーム管理室-

禍月はプレッツェルを口に銜えたままディスプレイを眺めていた。ディスプレイの中では激しい戦闘が繰り広げられている。
当然、その戦闘とはユアキスのパーティとオルデラの戦闘だ。
最初はプレッツェルを齧りながら、頭の後ろに両手を回して適当に眺めていた禍月も、戦闘が佳境に入るとディスプレイに集中し始めた。
「勝ちそうだね。」
「勝ってもらわなきゃ困るだろー。こっちも遊びじゃないんだから、仕事が進まん。」
すぐ後ろで同じディスプレイを見ている美馬津が呑気に言うが、禍月はディスプレイから目を離さずに言い返した。
「まぁ、そうだけど。」
美馬津は溜息を吐くように禍月に同意してみせる。が、本来であれば環境適用が可能かどうかが、自分たちが確認するべき内容であって、ユアキスがオルデラに勝とうが勝つまいが問題ではない。
とは思っても、現在この管理室の主導権は禍月が握っているようなものだから、下手な事を言って機嫌を損ねても徳ではないと美馬津は思うだけにした。

「ところで、アリシア嬢はまったく相手にされていないようだけど。」
美馬津はふとした疑問を口にしただけだが、それを聞いた禍月の視線が冷たくなる。
「あっきー、本気で言ってんのかぁ?」
視線だけでなく、声にも呆れを含んで禍月は言った。
「あぁ・・・そうだね・・・」
美馬津もその態度に、愚問だったと頭を抱える。
「所詮オルデラはデータでしかない。生身の人間を認識などしないって事だね。」
「その通りだ。生身の人間を認識云々はAIの目的によるけどなぁ。あくまでDEWSはゲームでしかない、仮想世界内でのみ有効なわけだ。」

未だに終わらない戦闘からは目を離さずに、禍月はそう言うと続ける。
「DEWS内で動いている魔獣にしろNPCにしろ、程度の差はあれAIが動かしているわけだろー。」
「まぁね。雑魚魔獣ですらプレイヤーの認識から行動まで、ある程度把握して自分で行動する。学習範囲や行動のフローに関しては、そこまでの幅は持たせていないけどね。」
美馬津は思い出すようにしながら、禍月の言葉に答えると続ける。
「認識の取捨選択はこちら側の自由なわけだ。でなければプロジェクト自体が成り立たない。オルデラはあくまで、強敵としての立ち位置だけど、その性能はかなりものにしてあるんだよ。」
「その辺は見ればわかるって。ぶっちゃけると、プレイヤーにはかなり厳しい作りにしてあるよなー。あたしが見ても鬼だと思うぞ。」
淡々と続けた美馬津に、禍月はまたも呆れ顔をするが、先程とは別の意味で呆れていた。

あまりに難しいとユーザー離れを引き起こすのではないか?そんな疑問だったが、そういうプレイヤーはそもそもオルデラと戦う前に辞めているだろうと思い直す。
それに、強いとは言うが、システムの理解と装備をある程度揃えればクリア出来るように制作されているのも知っていた。単に、力によるゴリ押しは難易度が上がるだけという事も。

「そんな事より、禍月はアリシア嬢の装備に何かしたよね?」
美馬津がそれを聞くと、禍月はディスプレイから視線は外さずにニヤリと笑った。
「干渉に関しては検証の一環だけどなぁ、それだけじゃつまらんだろぉ。」
「おい・・・」
禍月が優秀なのは分かっているが、勝手が過ぎるのではないかと、美馬津は思わず突っ込んでいた。
「ユアキスくんのためにぃー・・・」
「嘘つけ!」
猫撫で声の様に言い出した禍月に、間髪入れずに美馬津は声を大にした。
「ノリが悪いなぁ。」
「そういう問題じゃないだろう・・・」
冷めた目で言う禍月に、呆れながら言う美馬津だったが、ふとある事を思うと禍月に対しての言葉を止める。

「アリシア嬢のモチベーションか。」
「あぁ、それを言ったら真面目な話しになっちゃうじゃないかぁ。」
「あのなぁ、僕らは一応仕事をしているんだよ。」
面白くなさそうに禍月は頭の後ろに両手をまわし、背もたれに背を預けた。無駄だとわかっていても、美馬津は禍月の態度に小言を言っておく。
「とは言え、今まで戦いなんてしなかったから、宝の持ち腐れだったけどなぁ。やっと役に立った感じだ。」
「むしろ戦う方がおかしいだろ。」
「ま、そなんだけどね。ただなあっきー・・・」
「なんだよ。」

検証の内容からすれば、アリシア嬢が戦う意味は、このプロジェクトにとって重要ではない。むしろ必要ない行動と言っても差し支えはない。
が、禍月は真面目な顔になって声音が重くなる。その態度に美馬津は不穏な空気を感じながら聞き返した。

「歴史から鑑みても人が創るものに、楽園なんてものは成立しないと思わないか?」
「それは・・・僕らが考えても仕方がないだろ。」
美馬津にも禍月の言いたい事はわかっていた。人間が介入する時点で、現実だろうと仮想だろうと結果は見えているに等しい。現実でそんなものが存在しないという事は、仮想でも存在し得ないという事だ。
ただ、それが行き着く結果だとしても、今はプロジェクトに現実性を持たせる事が自分の仕事だと、美馬津は割り切るしかないと思っている。
「そりゃそうだなー。あっきーの言う通り、そこまであたしらが面倒見る必要ないわなぁ。」

無造作にプレッツェルを齧り始めた禍月を見て、美馬津はなんと言えない気分になった。

そんな禍月から、美馬津はディスプレイに視線を移すと、佳境に入っていたオルデラ戦も、終わりを迎えそうになっていた。




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