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15.その扱いは酷すぎだろ、汚物
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「色々と与え過ぎましたかね。少年は恐らくNPCだけリアルに作るなんてないだろう、と思っているでしょうね。実際そうなんですけど。」
「コスト以前に、ゲームの趣旨が違うからな。」
「ええ、その通りです。DEWSは侵攻してくる魔獣を、プレイヤーが協力して倒すゲームです。魔獣にはそれなりのエフェクトがありますが、プレイヤーが目に見えてやられたと見えるのはHPの減り具合や、当たった時に身体が吹き飛ばされたりなどのアクション程度です。」
「そのため、プレイヤーが血を流す事は無い。当然、NPCも同じだ。」
サーバー室内の一角にある小部屋で、いつも通りディスプレイから目を離さない美馬津の説明を、八鍬が続けた。
制作に関わった二人にとっては当たり前の内容だが、再確認するように口から零していく。
「だが、現実のプレイヤーの前で有り得る筈のない流血が起こってしまったわけだ。」
「そういうNPCだって思い込めばそれまでだと思うのですが、指先を切っただけの少量とはいえ、今まで無かった光景は違和感を強くするでしょうね。」
人間誰しも、日常とかけ離れた事が起これば印象に残りやすい。それは仮想空間でも同じ事だろうと美馬津は思った。むしろ非日常の場だからこそ、余計に印象に残るかもしれないとも。
「しかも、データと違って消えてはくれぬ。」
「それが一番の問題ですね・・・」
「ああ。リアル過ぎるのは不自然の対象だ。NPCと思っていた人間が、血を流し、傷も回復しない。仮想空間に必要のない現実がそこにあるのだから。」
ディスプレイに映る眉間に皺を寄せて言った八鍬の顔を見て、美馬津は自分の眉間にも皺が寄っている事に気付く。
(あまり続けると頭痛になるんだよなぁ。)
人差し指と親指で、眼鏡を押し上げるようにして美馬津は目頭を揉む。
「少し休んできたらどうだ?」
美馬津の仕草を見た八鍬はそう言った。睡眠時間が不足しているのも当然だが、この部屋と休憩室の往復では精神の疲労の方が激しい。交代で休んではいるが、疲労は蓄積されていくばかりだ。
幸い、アリシアに関わっている者たちはゲームのログイン時間から考えるに学生だろうと当たりは付いている。徹夜でゲームをしている事もないため、その時間は睡眠に充てられるし、学校の時間は交代で休憩も出来る。懸念があるとすれば、空けている時間にアリシアに何かが起こってしまう事だが、現状二人では24時間の監視は無理だった。
美馬津が起きたのも4時間ほど前だが、眼の下の隈と目に浮かんだ疲労は寝る前と差は見られない。
「大丈夫ですよ、起きてそんなに時間も経っていませんし。それより主任こそ休んでください。顔、酷いですよ。」
「余計なお世話だ。」
美馬津の言葉に八鍬は目を細めて言うが、その態度は呆れを含んだように見え、察した美馬津は苦笑する。
「だが、悪態付く余裕があるならば、少し休ませてもらうとしよう。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
表情を緩め八鍬は言うと、美馬津の言葉を背に扉へと向かう。
「ん?・・・」
八鍬が生体認証装置に手を翳して扉を開けようとした瞬間、扉が先に開いた事で驚きの呻きが漏れる。
「ここかぁ。」
「何事です?・・・」
美馬津もその声に驚きと疑問を向ける。
扉から入って来たのは女性だった。女性というよりは、少女っぽさの方が勝っているようにも見える。大きな丸フレームの眼鏡、癖のある長い髪は左右に分け肩の上で結わえられている。
白いブラウスとタイトスカートで、黒いカーディガンは仕事をしている女性に見えるが、手が隠れ袖が余っているカーディガンと、少女のような見た目のせいか、服装が似合っていない。
「お前は誰だ。ここは関係者どころか一部の人間しか入れない場所だぞ。」
八鍬が上げた誰何の声に、少女は首を傾げるとくすっと笑う。
「その通りじゃん。」
「言っている意味が分からんな。」
「それこっちのセリフー。一部の人間しか入れないんでしょ、あたし一部の人間だから、おっさんの言ってる通りじゃんって話し。」
少女の言葉に苛立ちを隠さず八鍬は言うが、少女はどうでもよさそうに続けた。
「まさか君が・・・関係者?」
「ここに入れる時点でそうなのだろうな。」
驚きに目を開いて言う美馬津に、八鍬は諦めたように頭に手を当てて答える。
「おっさんはもう察してくれたみたいだけど、メガネは頭固いんじゃない?」
「メガネ・・・だと。」
額に青筋が浮かびそうに顔が引き攣る美馬津。
「落ち着け。」
八鍬は美馬津にそれだけ言うと、少女に鋭い視線を向ける。
「で、一体何の用で此処に来た?」
「えぇ。あんたらがきつくて死んじゃうって西園寺のじーさんに言ったんでしょ?だからあのじーさん、あたしに手伝ってこいって言ったんだよ。」
唇の先を尖らせて言う少女の言葉を聞くと、再び頭に手を当てて振る。
「やはりか・・・」
「あぁ!もう少し人選なんとかならなかったのかとか、思ってんでしょ?」
「察しがよくて助かるよ。」
八鍬は皮肉を込めて言ったが、少女はくすっと笑っただけだった。どちらにしろ、上が決めた事なのだから覆りはしないし、何より一番必要な部分に手が入ったのだから下手を打たない限りは目の前の少女でも救いと思えた。
「じゃぁ、君が補填要員って事か、良かったですね主任。」
「そうだそうだ、感謝しろよー。」
八鍬は社交性に難があるとは思ったが、この場所に社会性などというものは存在しないに等しい。それどころかむしろ背徳の部屋ですらある。と、考え始めたところで考えることをやめた。
(今更だな。)
「私は休憩してくるので美馬津、基本的な事は教えてやってくれ。」
(逃げたな・・・)
そそくさと出ていく八鍬に、美馬津は恨めしい視線を向けて思った。もともと休憩に行くところだったのだから文句は無いが、多少付き合うくらいしてくれてもいいんじゃないかと。
「なぁメガネ。」
「なんだ眼鏡。」
美馬津は再度メガネと呼ばれたことに苛立ちながら、お前も眼鏡だろうがという大人げない態度で言い返した。
「先にあたしが言ったんだから真似するな。それに眼鏡って名前じゃねーし、ちゃんと禍月 夢那(まがつき ゆめな)って名前があるの!」
「初めに名乗るのが礼儀だろう。僕は美馬津 明久だ。もうメガネって呼ぶなよ。」
「分かったよ、アッキー。」
「あ・・・あっきーっ!?」
美馬津は顔を引き攣らせて声を大きくしたが、禍月は気にした風もなくディスプレイに視線を集中させる。
「で、基本的な事、教えてくれるんでしょ?」
「はぁ・・・そうだな。」
美馬津は我道で進む禍月は何を言っても変わらないだろうと溜息を吐くと、自分の机の資料に手を掛けた。
「これが例のお嬢様ねぇ。」
ものの数分、微々たる説明と、さっと資料に目を通しただけで禍月は理解したように機器に触れながらディスプレイを観察する。
美馬津は呆気に取られて硬直しているが、そんなのはお構いなしに禍月はディスプレイに集中していた。
「あっきーも休憩してきていいよ。大体把握したからね。」
「いや、そういうわけにもいかないだろう。来たばかりの人間を独りにするなんて・・・」
「あのさぁ、監視なら意味ないよ?だってあたし、西園寺のじーさんに言われて来たんだから。意味、わかるよね?」
「あ・・・そういう事か・・・」
美馬津の言葉を遮って言った禍月の言葉に、美馬津は納得して脱力した。
「ほらぁ、頭が回らないのは疲れてるからだよ。」
禍月の言う通りだと思うと、美馬津は苦笑した。自分と主任は一蓮托生、この場所から解放されるイコール、死を意味する事を思い出して。その中に禍月も加わったのだと。
それを理解していながらこの態度、この少女は一体何者なのかという疑問は解消されなかったが。
「分かった。じゃぁお言葉に甘えて休んでくるよ。」
「おぅ、ゆっくり休め。」
美馬津は部屋から出るとき一度振り返ってみたが、禍月は周囲の事に興味など無いようにディスプレイに集中したままだった。
(主任、起きてるかな。)
美馬津はそんな事を思いながら休憩室に向かう。
「おにぃ、家から出る気ない?」
「ぶっ!・・・俺はまだ高校1年だぞ、何を言い出すんだ。」
「汚いっ!相変わらずきもっ!」
晩飯時、ヒナの言う事に夕食を食べていた俺は驚いて吹き出しそうになった。いや、一部飛び出したけどさ。一応飲み込んで、理不尽な発言の理由を聞く。
あと扱いは何時もと変わらない。
「言い方が悪かった。今度さ、ユミが遊びに来ることになったんだよ。」
「あら、ユミちゃん来るの久しぶりね。」
ユミとは、父さんと同級生だった森高祐二の娘の森高 悠美(もりたか ゆみ)だ。仲が良かったのか今でもよく、父さんは森高さんと遊びに行ったり、飲みに行ったりしている。
その所為か同い年であるヒナが仲良くなるのは必然だったのだろう。
「それと俺の独り暮らしと何の関係があるんだよ?」
「そうじゃなくて、その日は家から出て欲しいなって。」
「だから何でだよ?俺が居て何かまずい事でもあるのか?自分の家なんだから居てもいいだろうが。」
「え・・・ユミが穢れるから。」
「穢れねーよっ!」
こいつは俺をいったい何だと思ってやがんだ。居るだけで穢れるとか何者だよ。お前の兄は汚物か?それとも、この前倒した屍竜みたいな存在か。
「えぇ、たった一日じゃん。」
「俺が言ったらヒナは出ていくのかよ。」
「行くわけないじゃん、何でおにぃのために時間割いてやんなきゃなんないのよ!」
酷くね?
我が妹は鬼か何かの末裔か。
そう思いながら母さんを見て、一瞬で目を反らす。
(あぶなっ!既に視線が鋭かった、なんて勘がいいんだ・・・)
「だったら俺が出る必要もないじゃないか。部屋でずっとゲームしてるから会いもしないだろう?」
「はぁ?トイレ行くでしょ、食料調達に来るでしょ、その時に鉢合わせたらどうしてくれるのよ。ユミ穢れちゃうじゃん。」
「だから穢れねーっつーの。そんな理由なら出る必要ないな。」
俺はヒナの言う事は無視して、食べ終わった容器を片付けると部屋に向かおうとする。
「おにぃのけちっ!ほんときもっ!」
一回、どうにかして黙らせてやりたいな・・・。
まぁ、無理だけど。
俺だって普通の人間だ、妹にあそこまで言われると流石に傷つくよ?なんて言ったらさらにきもいとか言われるんだろうな。なんでこうなったか知らないけど、聞き流すのが一番いい。
(ま、DEWSやって忘れるのが一番だな。)
部屋に入るとDEWSを始めようと思い、昨日の出来事を思い出す。アリシアの流血事件、いや指からちょっと血が出ただけだが、話してもアリシアの言う事と俺の言う事は平行線のまま交わりはしなかった。
そもそも、平行線とは言えNPCとそんな会話が成立している事自体、おかしな事だと思える。明らかにプレイヤーの反応にしか見えない。
だがプレイヤーが血を流す事はないし、そもそも装備がプレイヤーと違う。その辺をアリシアと話してみたが、意味不明の一点張りだった。
俺にとってもアリシアの存在が意味不明だ。
そのままログアウトしてしまったから、多少の気まずさが残っている事に、ログインする気分に若干の陰りがある気がした。
(いやいやいや、何でNPCに気を使わなきゃいけないんだよ。俺は俺としてゲーム楽しみたいだけなんだ。)
あほくさ。
そう思ってアリシアの事は振り払うように軽く頭を振ると、俺はVR-HMDを頭に装着した。
「色々と与え過ぎましたかね。少年は恐らくNPCだけリアルに作るなんてないだろう、と思っているでしょうね。実際そうなんですけど。」
「コスト以前に、ゲームの趣旨が違うからな。」
「ええ、その通りです。DEWSは侵攻してくる魔獣を、プレイヤーが協力して倒すゲームです。魔獣にはそれなりのエフェクトがありますが、プレイヤーが目に見えてやられたと見えるのはHPの減り具合や、当たった時に身体が吹き飛ばされたりなどのアクション程度です。」
「そのため、プレイヤーが血を流す事は無い。当然、NPCも同じだ。」
サーバー室内の一角にある小部屋で、いつも通りディスプレイから目を離さない美馬津の説明を、八鍬が続けた。
制作に関わった二人にとっては当たり前の内容だが、再確認するように口から零していく。
「だが、現実のプレイヤーの前で有り得る筈のない流血が起こってしまったわけだ。」
「そういうNPCだって思い込めばそれまでだと思うのですが、指先を切っただけの少量とはいえ、今まで無かった光景は違和感を強くするでしょうね。」
人間誰しも、日常とかけ離れた事が起これば印象に残りやすい。それは仮想空間でも同じ事だろうと美馬津は思った。むしろ非日常の場だからこそ、余計に印象に残るかもしれないとも。
「しかも、データと違って消えてはくれぬ。」
「それが一番の問題ですね・・・」
「ああ。リアル過ぎるのは不自然の対象だ。NPCと思っていた人間が、血を流し、傷も回復しない。仮想空間に必要のない現実がそこにあるのだから。」
ディスプレイに映る眉間に皺を寄せて言った八鍬の顔を見て、美馬津は自分の眉間にも皺が寄っている事に気付く。
(あまり続けると頭痛になるんだよなぁ。)
人差し指と親指で、眼鏡を押し上げるようにして美馬津は目頭を揉む。
「少し休んできたらどうだ?」
美馬津の仕草を見た八鍬はそう言った。睡眠時間が不足しているのも当然だが、この部屋と休憩室の往復では精神の疲労の方が激しい。交代で休んではいるが、疲労は蓄積されていくばかりだ。
幸い、アリシアに関わっている者たちはゲームのログイン時間から考えるに学生だろうと当たりは付いている。徹夜でゲームをしている事もないため、その時間は睡眠に充てられるし、学校の時間は交代で休憩も出来る。懸念があるとすれば、空けている時間にアリシアに何かが起こってしまう事だが、現状二人では24時間の監視は無理だった。
美馬津が起きたのも4時間ほど前だが、眼の下の隈と目に浮かんだ疲労は寝る前と差は見られない。
「大丈夫ですよ、起きてそんなに時間も経っていませんし。それより主任こそ休んでください。顔、酷いですよ。」
「余計なお世話だ。」
美馬津の言葉に八鍬は目を細めて言うが、その態度は呆れを含んだように見え、察した美馬津は苦笑する。
「だが、悪態付く余裕があるならば、少し休ませてもらうとしよう。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
表情を緩め八鍬は言うと、美馬津の言葉を背に扉へと向かう。
「ん?・・・」
八鍬が生体認証装置に手を翳して扉を開けようとした瞬間、扉が先に開いた事で驚きの呻きが漏れる。
「ここかぁ。」
「何事です?・・・」
美馬津もその声に驚きと疑問を向ける。
扉から入って来たのは女性だった。女性というよりは、少女っぽさの方が勝っているようにも見える。大きな丸フレームの眼鏡、癖のある長い髪は左右に分け肩の上で結わえられている。
白いブラウスとタイトスカートで、黒いカーディガンは仕事をしている女性に見えるが、手が隠れ袖が余っているカーディガンと、少女のような見た目のせいか、服装が似合っていない。
「お前は誰だ。ここは関係者どころか一部の人間しか入れない場所だぞ。」
八鍬が上げた誰何の声に、少女は首を傾げるとくすっと笑う。
「その通りじゃん。」
「言っている意味が分からんな。」
「それこっちのセリフー。一部の人間しか入れないんでしょ、あたし一部の人間だから、おっさんの言ってる通りじゃんって話し。」
少女の言葉に苛立ちを隠さず八鍬は言うが、少女はどうでもよさそうに続けた。
「まさか君が・・・関係者?」
「ここに入れる時点でそうなのだろうな。」
驚きに目を開いて言う美馬津に、八鍬は諦めたように頭に手を当てて答える。
「おっさんはもう察してくれたみたいだけど、メガネは頭固いんじゃない?」
「メガネ・・・だと。」
額に青筋が浮かびそうに顔が引き攣る美馬津。
「落ち着け。」
八鍬は美馬津にそれだけ言うと、少女に鋭い視線を向ける。
「で、一体何の用で此処に来た?」
「えぇ。あんたらがきつくて死んじゃうって西園寺のじーさんに言ったんでしょ?だからあのじーさん、あたしに手伝ってこいって言ったんだよ。」
唇の先を尖らせて言う少女の言葉を聞くと、再び頭に手を当てて振る。
「やはりか・・・」
「あぁ!もう少し人選なんとかならなかったのかとか、思ってんでしょ?」
「察しがよくて助かるよ。」
八鍬は皮肉を込めて言ったが、少女はくすっと笑っただけだった。どちらにしろ、上が決めた事なのだから覆りはしないし、何より一番必要な部分に手が入ったのだから下手を打たない限りは目の前の少女でも救いと思えた。
「じゃぁ、君が補填要員って事か、良かったですね主任。」
「そうだそうだ、感謝しろよー。」
八鍬は社交性に難があるとは思ったが、この場所に社会性などというものは存在しないに等しい。それどころかむしろ背徳の部屋ですらある。と、考え始めたところで考えることをやめた。
(今更だな。)
「私は休憩してくるので美馬津、基本的な事は教えてやってくれ。」
(逃げたな・・・)
そそくさと出ていく八鍬に、美馬津は恨めしい視線を向けて思った。もともと休憩に行くところだったのだから文句は無いが、多少付き合うくらいしてくれてもいいんじゃないかと。
「なぁメガネ。」
「なんだ眼鏡。」
美馬津は再度メガネと呼ばれたことに苛立ちながら、お前も眼鏡だろうがという大人げない態度で言い返した。
「先にあたしが言ったんだから真似するな。それに眼鏡って名前じゃねーし、ちゃんと禍月 夢那(まがつき ゆめな)って名前があるの!」
「初めに名乗るのが礼儀だろう。僕は美馬津 明久だ。もうメガネって呼ぶなよ。」
「分かったよ、アッキー。」
「あ・・・あっきーっ!?」
美馬津は顔を引き攣らせて声を大きくしたが、禍月は気にした風もなくディスプレイに視線を集中させる。
「で、基本的な事、教えてくれるんでしょ?」
「はぁ・・・そうだな。」
美馬津は我道で進む禍月は何を言っても変わらないだろうと溜息を吐くと、自分の机の資料に手を掛けた。
「これが例のお嬢様ねぇ。」
ものの数分、微々たる説明と、さっと資料に目を通しただけで禍月は理解したように機器に触れながらディスプレイを観察する。
美馬津は呆気に取られて硬直しているが、そんなのはお構いなしに禍月はディスプレイに集中していた。
「あっきーも休憩してきていいよ。大体把握したからね。」
「いや、そういうわけにもいかないだろう。来たばかりの人間を独りにするなんて・・・」
「あのさぁ、監視なら意味ないよ?だってあたし、西園寺のじーさんに言われて来たんだから。意味、わかるよね?」
「あ・・・そういう事か・・・」
美馬津の言葉を遮って言った禍月の言葉に、美馬津は納得して脱力した。
「ほらぁ、頭が回らないのは疲れてるからだよ。」
禍月の言う通りだと思うと、美馬津は苦笑した。自分と主任は一蓮托生、この場所から解放されるイコール、死を意味する事を思い出して。その中に禍月も加わったのだと。
それを理解していながらこの態度、この少女は一体何者なのかという疑問は解消されなかったが。
「分かった。じゃぁお言葉に甘えて休んでくるよ。」
「おぅ、ゆっくり休め。」
美馬津は部屋から出るとき一度振り返ってみたが、禍月は周囲の事に興味など無いようにディスプレイに集中したままだった。
(主任、起きてるかな。)
美馬津はそんな事を思いながら休憩室に向かう。
「おにぃ、家から出る気ない?」
「ぶっ!・・・俺はまだ高校1年だぞ、何を言い出すんだ。」
「汚いっ!相変わらずきもっ!」
晩飯時、ヒナの言う事に夕食を食べていた俺は驚いて吹き出しそうになった。いや、一部飛び出したけどさ。一応飲み込んで、理不尽な発言の理由を聞く。
あと扱いは何時もと変わらない。
「言い方が悪かった。今度さ、ユミが遊びに来ることになったんだよ。」
「あら、ユミちゃん来るの久しぶりね。」
ユミとは、父さんと同級生だった森高祐二の娘の森高 悠美(もりたか ゆみ)だ。仲が良かったのか今でもよく、父さんは森高さんと遊びに行ったり、飲みに行ったりしている。
その所為か同い年であるヒナが仲良くなるのは必然だったのだろう。
「それと俺の独り暮らしと何の関係があるんだよ?」
「そうじゃなくて、その日は家から出て欲しいなって。」
「だから何でだよ?俺が居て何かまずい事でもあるのか?自分の家なんだから居てもいいだろうが。」
「え・・・ユミが穢れるから。」
「穢れねーよっ!」
こいつは俺をいったい何だと思ってやがんだ。居るだけで穢れるとか何者だよ。お前の兄は汚物か?それとも、この前倒した屍竜みたいな存在か。
「えぇ、たった一日じゃん。」
「俺が言ったらヒナは出ていくのかよ。」
「行くわけないじゃん、何でおにぃのために時間割いてやんなきゃなんないのよ!」
酷くね?
我が妹は鬼か何かの末裔か。
そう思いながら母さんを見て、一瞬で目を反らす。
(あぶなっ!既に視線が鋭かった、なんて勘がいいんだ・・・)
「だったら俺が出る必要もないじゃないか。部屋でずっとゲームしてるから会いもしないだろう?」
「はぁ?トイレ行くでしょ、食料調達に来るでしょ、その時に鉢合わせたらどうしてくれるのよ。ユミ穢れちゃうじゃん。」
「だから穢れねーっつーの。そんな理由なら出る必要ないな。」
俺はヒナの言う事は無視して、食べ終わった容器を片付けると部屋に向かおうとする。
「おにぃのけちっ!ほんときもっ!」
一回、どうにかして黙らせてやりたいな・・・。
まぁ、無理だけど。
俺だって普通の人間だ、妹にあそこまで言われると流石に傷つくよ?なんて言ったらさらにきもいとか言われるんだろうな。なんでこうなったか知らないけど、聞き流すのが一番いい。
(ま、DEWSやって忘れるのが一番だな。)
部屋に入るとDEWSを始めようと思い、昨日の出来事を思い出す。アリシアの流血事件、いや指からちょっと血が出ただけだが、話してもアリシアの言う事と俺の言う事は平行線のまま交わりはしなかった。
そもそも、平行線とは言えNPCとそんな会話が成立している事自体、おかしな事だと思える。明らかにプレイヤーの反応にしか見えない。
だがプレイヤーが血を流す事はないし、そもそも装備がプレイヤーと違う。その辺をアリシアと話してみたが、意味不明の一点張りだった。
俺にとってもアリシアの存在が意味不明だ。
そのままログアウトしてしまったから、多少の気まずさが残っている事に、ログインする気分に若干の陰りがある気がした。
(いやいやいや、何でNPCに気を使わなきゃいけないんだよ。俺は俺としてゲーム楽しみたいだけなんだ。)
あほくさ。
そう思ってアリシアの事は振り払うように軽く頭を振ると、俺はVR-HMDを頭に装着した。
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