女神ノ穢レ

紅雪

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四章 主ニ捧グ理明ノ焔

35.死闘

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「かなり広いわね。」
「没落した貴族の屋敷があった。」

指定された場所に来ると、既にデダリオとウリカがその場所には居た。
低い壁の上に鉄柵が設えられ、敷地を囲って残っている。
だが、敷地内は土台はあるものの、建屋はなく更地状態になっていた。
街はずれというほど、デダリオの屋敷や私たちが泊っている宿からは離れていない。
住宅街の一角。
人通りは少ないが、居ないわけではない。

「縁起が悪いからと、屋敷は取り壊された。本人も好きで没落したわけじゃないだろうにな。」
デダリオが周囲を見ながら言う。
聞いてもいないのに。
私には不要な情報。
「ま、おかげで売地として手に入れられたわけだが・・・買い手もつかねぇ屑土地だ。」
知らないわよ。
私には関係無いじゃない。
「なんなら、俺の命と一緒に付けてやるぞ。これだけの広い土地は、この都市じゃなかなか手に入らん。」
・・・
「要らないわよ。」
急に何を言い出すのよ。
現状、私には帰る場所がある。
こんな遠い場所に土地なんか持っても面倒なだけ。
「そうか、そいつは残念だ。まぁ気が向いたら使えばいいさ。」
だから要らないってば。

「それより、外に兵士みたいなのがいたけどなに?」
この土地に入る時に、門のところに居た。
普通にどうぞと入ることを促され疑問に思ったけど。
「決闘がただの殺人にならないための保証だよ。」
リリエルの質問にデダリオは淡々と答えた。
確かに、私とデダリオだけの間でだけ決めた内容であれば、デダリオが死んだ後にそれを証明する術がない。
それをわざわざ用意したというの?
「何故、そこまでするの?」
言わなければ、私を殺人者として陥れる事も可能だったはず。

「商売ってのはよ、信用が第一だ。」
いや、商売じゃないし。
「決闘でしょ?」
「俺の在り方の話しだ。小娘にはわからんか。」
「むかつく・・・」
嗤いながら言うデダリオに、リリエルが頬を膨らませた。
在り方、信念や矜持といった類のものなんでしょうね。
この提案も、デダリオなりの在り方の結果なのだろうか。
これから死ぬというのに、律儀なことね。

いや、本人は死ぬつもりは無いか。


「さて、お互いさして話す事も無いだろう。そろそろ始めるか。」
もともと無いけど。
話したいのはあんたでしょうが。
「ウリカ、頼むぞ。」
「言われなくても。ワタシが負けるわけないでしょ。」
「あぁ、信頼してるさ。」
そんな会話をしながら、ウリカが前に出てくる。
デダリオ自身は巻き込まれない様、離れていく。
それに倣い、リリエルも私から距離をとった。

「お姉さんに恨みは無いよ。でも、ワタシの居場所を奪うのは許さない。」
酷く冷たい目で淡々とウリカが言う。
・・・
そうね。
彼女にとっては、デダリオが居場所なのよね。
感傷は無い。
そんなもの、初めから持ってないし、復讐の過程にも存在していない。
「私も引くことは出来ないわ。悪いけど。」
「いいんじゃない、別に。」

ウリカは言い終わると同時に、一直線に私に向かって駆け出す。
速い!
駆け出したかと思うと、常人とは思えない速度になり、一足飛びで私の前に着地。
同時に下から胴を目掛けて右拳が繰り出される。
避けれない速さじゃない。
が、爆発的に膨らむ殺気に警戒し、大きく右に跳んでしまった。
「!・・・」
この娘・・・
「どうしても攻撃時に殺気が出ちゃう。」

「アリアちゃん!」
「大丈夫、掠っただけよ。」
大きく跳んだ事で初動速度が落ちた。
拳が左腕を掠めただけなのに、多分折れた。
「なるほど、確かに塵相手には有効ね。」
私はデダリオを睨むが、当の本人は愉快そうに笑みを浮かべている。
「まさか滓だとは思わなかったわ。」
「油断したところを一撃で殺すのが醍醐味なのに、ざ~んねん。」
ウリカは笑みを浮かべながら言う。
殺すのに躊躇は無いって事ね。
「まぁでも、負けないけどね。」

あの身体能力は滓の力って事か。
だけど、身体が膨れ上がっている分、攻撃はわかりやすい。
右足を踏み込んでの、直線に打ち込む右拳。
足を入れ替え踏み込んでの、左回し打ち。
身体の回転を殺さず、屈みながら右足での足払い。
追うように左足での飛び回し蹴り。
巨体のわりに速い動きではあるけれど、それだけ。
左腕の痛みはあれど、避けるのはそれほど難しくはない。
「逃げてばっかだね。」
「まだ死ぬわけにはいかないもの。」
「え、死ぬ以外にないけど?」

またも突き出される拳から距離を取り、右人差し指を向ける。
「知ってるよ。」
「なっ!?」
瞬時に追い付いて来たウリカは、笑みを浮かべながら胴を狙って左の回し打ち。
「くっ・・・」
避けたつもりが、開いた手の指に右わき腹を抉られる。
「その指、魔法を使う仕草でしょ。それにね、様子見しているの、お姉さんだけじゃないから。あははっ。」
ウリカは指先に着いた血と皮膚片を舐め取ると凶悪な笑みを浮かべた。
「緋雨。」
左手で腹部を抑えつつ、魔法を放つ。
幾本もの炎の槍が、ウリカ目掛けて飛来するがすべて右腕で掃われた。
(この程度の魔法は効果が薄いわね。)
多少焦げた皮膚を気にする事も無く、ウリカが私に近付いてくる。

「思ったよりたいしたことないね、塵って。」
そりゃ身体能力が高いとはいえ、身体の構造は普通の人間と変わらない。
肉弾戦なら顕現した滓に及ぶわけもない。
「この分だと、そんな持たないよね。お姉さんもあの村の住人の様にぐちゃぐちゃに潰してあげるよ!」
本人の言う通り、さっきまでは様子見だったらしい。
手負いで避け続けるのは無理。

何度目かの拳を避けると、ウリカは土台部分を殴り飛ばした。
砕けた石の礫が飛来し左頬を掠め、胴を打ち、右太腿に突き刺さった。
「終わりかなぁ?」
「村の住人って、貴女の両親が居たところ?」
愉悦の笑みを浮かべ近付くウリカに聞くと、顔を歪め怒りを顕わにした。
「親なんかじゃない!ワタシを捨てた屑だ!」
やっぱり。
「そんな村、要らないよねぇ。だって屑しかないし。」
そう言った笑みは優しさすら感じさせる様に変化していた。
「お姉さんもすぐ同じになるよ。」

そうか。
同じ穴の貉か。
ウリカは、私と同じね。
「その綺麗な顔も、身体も、ぐちゃぐちゃにねぇ。」
私はデダリオに目を向ける。
笑みを浮かべていたデダリオは、私の顔を見ると恐怖の表情に変わった。
「刃煉・纏」
またも繰り出してくるウリカの右拳を避けつつ、白い光が包む短刀で手首を斬り飛ばす。
「いったぁぁぁい!」
短刀だけなら斬れないけど、これなら。
高熱に爛れる切断面を抑えながら、ウリカは膝を付いて絶叫する。
身体が膨張しているせいか、その声も鼓膜を震わせるほどに大きい。

物量には物量を。
「二十重・緋雨。」
右人差し指を身体の前に出し呟くと、百を超える小さな炎の槍が壁となってウリカと私を隔てる。
魔法も無尽蔵に使えるわけじゃない。
一瞬意識が飛びかける。

「え・・・」
その光景にウリカの小さな声が聞こえた。
緋雨に遮られ表情は見えない。
一瞬、ウリカの悲鳴が聞こえた気はするが、飛来する炎の槍の轟音で掻き消された。

「アリアちゃん!」
リリエルの声に振り向くと、右手を向けていたので、私は首を振って拒否する。
髪が焦げ、皮膚は熱で赤くなり激痛が走る。
熱を遮ろうとしてくれたのだろうけど、これも闘いの範囲内。
ここまではデダリオも約束を守っているのだから、私が反故にするわけにはいかない。



槍が消えると、元の姿に戻ったウリカから鼻を衝く臭いが漂ってくる。
髪も服も燃え尽き、爛れた裸の姿のまま動かない。
私は抉られたお腹を抑え、右足を引き摺りながらデダリオに近付いた。
「勝負ありね。」
「あぁ。二言は無い。」
デダリオは地面に胡坐をかいた。
潔すぎて戸惑う。
「あの娘を巻き込む必要はあったの?」
「依存関係ってのは、どちらかが欠けると破綻すんだよ。」
その意味は、わからない。
私はそれだけの経験が無いからだろう。
「俺だけ死んだら、あいつは形振り構わずお前を殺しに行くだろうよ。周りにどんな被害が出ようともな。」
だから、闘わせたって事?
お金のためなら依頼を引き受け、その後の事は知ったことではないと言いながら、そこは気にするの?
意味がわからない。
「そのうちわかる時が来るかもな。」
デダリオは言って私を見上げると、嘲笑う様に笑みを浮かべた。

「そう。」
それを知る事が良いのかわからないけれど。
これでお母さんに報告ができる。
そう思って短刀を握って構える。

「待って・・・殺さ・・・ないで・・・」
後ろから這いずる音と共に、微かな声が聞こえてくる。
「あぁ、生きてんじゃねぇか。ウリカの事、よろしくな。」
「ふざけないで!」
私は後ろから短刀を振り下ろすと、デダリオの首を飛ばした。
胡坐をかいた本人の前に転がり落ちると、断面からは赤い体液が噴き出す。

「あぁ・・・あぁっ・・・ぁぁぁぁあああああ!!」

その光景を見たウリカの掠れた絶叫が敷地内を埋め尽くした。
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