女神ノ穢レ

紅雪

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四章 主ニ捧グ理明ノ焔

34.養女

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「とりあえず座れ。」
デダリオは屋敷内の部屋に私たちを連れてくると、長椅子を目線で示して促した。
本人は机の向こうにある椅子に座り、引き出しから葉巻を取り出す。
「食事は用意させている。」
確かに、この部屋に来る途中、使用人らしき女性に何かを話していたけれど、あれかな。
「いらない。」
「別に毒などは入ってない。まぁ、好きにすればいい。」

「あたしたちの素性を知っているなら、目的も知っているんだよね?なのに、なんで呼んだの?」
椅子に座るとリリエルが一番の疑問を口にする。
本来は私が聞く事だが、あまり会話は得意ではない。
それに、話す事自体が自分の精神を不安定にさせる気がするから。
「言った通りだ、話しがしたい。」
落ち着き払っているデダリオに、リリエルも苛立ちを見せていた。
「あたしたちには無いんだって。」
「俺を殺そうとしているんだろ?だったらそこに会話の余地はあるだろうが。」
無いけど。

いや、加担した理由だけは聞いておきたい。
「復讐にあるのは目的の達成のみ。会話は要らないわ。」
「別に逃げはしない。その前に話しくらいいいだろうが。」
やりにくい。
今までと違って、殺しに来た相手を自分の懐に入れ話しがしたいなんて。
どうしていいかわからない。
今問答無用で殺しては、無事この都市から出られるか怪しくなる。
そんな状況は現時点では本意じゃない。

「俺は商人だ。知ってるだろうが、表立って言えない様な商売もしている。」
人身売買の事でしょうね。
「だから何?」
「その俺がこうして生きるにあたり一番必要なものはなんだと思う?」
興味無い。
「お金でしょ。」
リリエルが答えると、デダリオは呆れた笑みを浮かべた。
「金でも力でもない、情報だ。」
そうなの?

「現に、いきなり殺される前にお前らとも会話が出来ている。お前らだって情報があったからこそ、この場所に辿り着いたんだろ?金や力だけじゃ無理だろうが。」
デダリオの言っている事は正しい。
私が塵で身体能力が高く、魔力が高いからといって復讐相手に辿り着く事はできない。
それはお金を持っていても同じ事。
情報を買う足しにはなるかもしれないけれど、私にその伝手が無ければ意味がない。
「殺されない理由にはなってないじゃん。」
「だからこそのこの場だって言ってんだろうが。」
そういう事。

「セアクトラの領主が殺害された件、それ自体は大した問題じゃない。その後に黒鷲が潰された時点で事象が絞られ、イギールに先回りした。」
情報を重視しているからこその判断。
つまり、その時点で私は既に目を付けられていたって事ね。
「アリアーラン、お前の目的は領主がお前を捨てた事、それに関わった人物に復讐をする。だろ?」
「その通りよ。」
察しが良すぎるけれど、話しが早くてそれはそれでいい。

「で、俺が何故関わったか、その理由は知りたい。だろ?」
何こいつ・・・
「何故、わかるの?」
「大抵の復讐者は復讐相手に『何故』を求めるからだ。それに、店で声を掛けた時、俺を殺さなかった理性は有している。この場にいるのはその何故と自分の保身を考えているからだ。違うか?」
・・・
デダリオが言っていた場数が違う。
こういう事なのね。
今までの奴等とは違いすぎる。
私にとってはある意味、化け物だわ。
「多分、その通りよ。自分でも正確にはわからないわ。」
殺すにしても、どうせ見透かされそうだから正直に答えた。
「結構。悪くない判断だ。」

デダリオは満足そうに笑みを浮かべると、持ったままの葉巻を銜え火を付けた。
「口の悪い小娘も見習ったらどうだ?」
「あ?喧嘩売ってんのか!」
右手を構え椅子から立ち上がろうとしたリリエルを抑える。
「私の復讐だから、我慢してほしい。」
「だよね。」
リリエルは笑みを浮かべ、座りなおすと背もたれに背をあずけた。
もしかするとわかっていてそういう態度をとっただけかもしれない。

「さて、状況を理解してもらったところで本題だ。」
相手はしたたかだ。
私もなるべく感情的にならない様に身構える。
「先ずは俺が何故加担したかについて話そう。」
話しが早くて助かる。
自分から先に話すのは、その先に何かあるからなのでしょうね。
それに、話したところで私がすぐに殺さないと思っている。
「端的に言えば金だ。当然だろう、俺は商人なのだからな。運搬も多く受けてきたが、孕んでいる危険が高いと思えるほど金額は吊り上がる。」
葉巻の先が赤い光を増す。
その後、紫煙を吐き出してデダリオは続けた。

「荷物に関しては問わない。それが物だろうと人だろうと。そこに他意は無く、依頼を遂行するのみだ。その後の荷物がどうなろうと俺が関与すべき問題じゃない。」
言っている事はわかる。
だけどそうじゃない。
「運ばれる方も本意じゃないわ。」
感情は別よ。
「それを考えたら商売にならん。俺が受けなければ別の誰かが同じ事する。それだけの話しだ。」
そんな事はわかっている。

「やられた方は、依頼が発端で関わった奴等すべてが一連なのよ。」
「わからんでもない。だからこそ此処に来たわけだろう。だが、はいそうですかと受け入れる阿呆は居ない。」
そうよ。
わかっているわよ。
私の一方的な感情だっていうのは。
それで納得できるならこんな事は初めからしていない。
「ただ、あんたにも感情はある。納得できない思いもわかる。そこで提案だ。」
でしょうね。
それが無ければ私たちを屋敷に連れて来た理由がわからないもの。
「そんなの聞くわけないでしょ。」
「部外者は黙ってろ。」
リリエルが口を挟むが、デダリオが間髪入れずに一喝した。

「私なら大丈夫。」
不満を全力で顔に出していたが、大人しくはしてくれるらしい。
「命以外なら、概ねの要求は応えよう。それでどうだ?」
「命以外要らないわ。」
私が即答すると、デダリオは何故か笑みを浮かべた。
「交渉の余地は無いと?」
「そうよ。」
「この話しは平行線で交わる可能性も無いか。」
「そんな可能性があったなら、今ここで話しなんかしていない。」
「だよなぁ。」
想定通りの話しね。
助けてくれなんて言われて揺らぐくらいなら、追いかけてなんかいない。

「それじゃ、もう一つの提案だ。」
他にも助かる方法が?
私には思いつかないけど。
「決闘。負けたら俺は死ぬ、それでどうだ?」
・・・
口だけなら勝てるなんて思わない。
でも、この肥え太った中年が、塵と渡り合えるの?
「おいウリカ!」
そんな事を考えていると、入ってきた扉とは別の扉にデダリオは声を大にして言った。

少しの間をおいて、デダリオが座っている机の横にある扉から一人の少女が現れる。
ゆったりした服を着て、眠そうな目を袖で擦りながら。
「呼んだ?」
一体何?
少女は私たちを見ると、眠そうな眼が一瞬で鋭くなる。
「こいつら何?父さんの新しい女?だったら殺すけど?」
!?
とても少女が放つとは思えないほどの殺気が叩きつけらる。
その殺気に背もたれに背をあずけていたリリエルも起き上がって表情が強張った。
「違うからやめろ。いま交渉中だから邪魔すんな。」
「そう。ならいいけど、呼んだ理由は?」

しかし、娘がいるとは想像もしていなかった。
(今の顔は恐いけど、父親に似なくてよかったじゃん。)
リリエルが小声で言う。
確かに、普通にしていると可愛らしい少女に見えるわね。
「聞こえてんぞ小娘。」
・・・

「まぁ、似てないのは実の娘じゃないからな。」
そう。
そんな事は聞いてないけど。
「今は存在しない村の生き残りを引き取った。両親は餓死寸前で止む無く娘を売ったわけだが。」
・・・
餓死したところで娘が助かる保証はない。
だとすれば、生きる可能性にかけたのだろうか。
もしそうだったとしても、私なら売り飛ばした親はたぶん許さない。
「ワタシを捨てたんだ、当然の報い。」
ちょっと待って。
「生活のために売ったのに村が全滅!?」
デダリオの言った内容が不自然だと思って疑問を口にしていた。
「まぁ、そういう事もある。」
なんの不思議もないとばかりにデダリオは言った。
その表情からはなんの感慨も読み取れないので、本当に興味が無いのだろう。

「ところで決闘の話しは?身の上話しとかどうでもいんだけど。」
デダリオは言ったリリエルを一瞥しただけで、すぐに私に視線を戻した。
「ウリカと決闘しろ。それで勝ったら好きにすればいい。」
私に娘まで殺せと?
「え、このお姉さん千切っていいの?」
「後でな。」
千切るって・・・
だけど、ウリカの表情はリリエルが潰す状態になった時を彷彿とさせる。
「決闘なら、目的を達成出来るし追われることも無い。悪い話しじゃないだろう?」
確かにそうだけど、デダリオに何の得が?

「生き残れる可能性があるならそれを利用するだけだ。」
見透かされていたようで、デダリオが答えるように言う。
だけど、この娘は強いのかしら?
いや、私が塵とわかっていて闘わせようとしているのだから、それなりよね。

「なーんか話しは見えないけど、あんたが勝っちゃうとワタシの居場所が無くなる事はわかった。」
すごく冷たい目をしながら、ウリカは私を睨んで言う。
私だって、譲る気は無い。
デダリオが出してきた手なら、全力で掃うのみ。
「いいわ。」
今一つ釈然としないけれど、今後の手間が省けたと思えば。
結果、殺せるなら問題無い。
「小娘、お前は立会人だ。手は出すな。」
「言われなくても。卑怯な真似したら潰すけどね。」
「決闘と口にした以上、そんな汚す真似はしねぇよ。」

私とリリエルは顔を合わせると、お互いに頷いた。
デダリオは、今まで殺してきた奴等とは全然違う。
正面から私の復讐心に向き合って、ぶつかってきた。
生きるために。
きっと、ウリカは強いんでしょうね。

「それじゃ、明日の昼にこの場所に来い。」
デダリオは一枚の紙に何かを書くと、折りたたんで私のところに持ってくる。
「わかったわ。」
私は立ち上がって受け取ると、入ってきた扉に向かう。

「おいおい、飯はどうすんだ?最後の晩餐かもしれないぜ?」
「遠慮するわ。」
「うん、いらない。」
なんで復讐相手とご飯を食べなきゃならないのよ。
馬鹿?
「だいじょぶ、ワタシが全部喰う。」
「好きにしろ。」
そんな親子の会話を聞きながら、私とリリエルは部屋を出た。

「あの殺気、かなり異常だよ。」
屋敷を出ると、リリエルが真面目な表情で言った。
「わかってる。」
「だよね。だったらいいや。」
一応、警告のつもりだったのでしょうね。
どんな事をしてくるかわからないけど、明日やっと決着がつきそう。

「それにしても疲れた。どっかでご飯食べて帰ろ?」
「うん。」
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