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二章 姉妹ニ捧グ静寂ノ黒
17.系譜
しおりを挟む「はい、どちら様ですか?」
「アリアーラン。あなたがユルナ?」
「あ、はい。エルメラデウス様から聞いております。中へどうぞ。」
街の外れも外れ。外壁の傍の集合住宅を訪れていた。
エルメラに聞いた、ユルナが住んでいるという場所。
時間も勿体ないので、宿に荷物を置いてすぐに訪れた。
ごみが至る所に散乱し、いつ洗ったかもわからない衣服を着た人間が路上に座り込んでいる。
街に入ってから宿に至るまでは綺麗な街だと思っていた。
セアクトラよりも大きく、人も多く賑わい、豊かさを感じた。
でも、この場所はお世辞にも綺麗と言えないし、廃れた村の様にすら感じる。
同じ街の中で、こんなにも差がある光景は初めて見た。
それは建物も同様で、外観にも大きな差が出ている。
宿屋付近は石畳で綺麗に舗装され、建物も石造りで外観も綺麗だった。
この付近の道は舗装もされてなく、木造家屋が多い。
石造りの建物が無いわけじゃないけど、外観は綺麗とは言えない。
街が大きくなると、こういう差が出るものなのかしら。
ユルナが住んでいる集合住宅は、石造りだった。
平屋でいくつも部屋が並んでいる。
「ゼラウスに復讐をすると聞いています。」
椅子に座るのを促され、私とリリエルが座るとユルナがすぐに口を開いた。
内容も単刀直入。
「そうよ。」
私もそれだけを答える。
ユルナ本人は少女と聞いていただけあり、私と同じくらいかな?
印象は暗い感じを受けるが、この場所には似つかわしくなく身だしなみは綺麗。
部屋の中も外と違い小奇麗だった。
「ちょうどお湯を沸かしていたところなので、お茶を淹れますね。」
「ありがとう。」
「ユルナが案内してくれるって、エルから聞いたんだけど本当?」
お茶を用意している背中に、リリエルが問いかける。
早く終わらせたいのか、こっちも必要な事を聞いたのか。
雑談をしに来たわけじゃないので、他に話すことが無いのも事実だけど。
「エル?」
「エルメラデウスよ。」
リリエルの呼び方が短すぎて通じなかったのね。
「はい。」
納得したのかユルナは振り向くと答え、手に持った容器を私とリリエルの前に運んで置いた。
「どういう伝手で盗賊団の団長まで案内できるの?」
私もそれは疑問だった。
少女がなぜ黒鷲の、しかも団長のところへ案内できるのか。
「少し、話しが長くなっても?」
自分の分の容器をテーブルに置いて座ると、ユルナは確認してきた。
「構わないわ。」
情報は多いほうが良い。
エルメラからの情報だからそこまで警戒心は無いけど、関係性など把握してある程度は自分で判断しないと。
「私は、ゼラウスの妹になります。」
私が促した事により、ユルナは暗い表情で話し始めた。
「え!?妹?なんで復讐の手助け?」
リリエルの疑問はもっともね。
事情はあるのでしょうけど、まさか妹だったとは。
え、もしかしてゼラウスって若い?
「端的に言うと盗賊団が嫌い。」
いや端的過ぎる。
そんな人はいくらでもいるでしょうに。
「でも兄なんでしょ?」
リリエルは聞くが、家族かどうかなんて関係ないのよ。
「兄と言っても、四十過ぎなので父子ほど歳は離れています。」
「そんなに!?」
「はい。父は同じですが、母親が違うので。」
その時、ユルナの表情に嫌悪感が滲み出ていた。
嫌悪感というよりは、拒絶と言った方がよさそう。
苦虫を嚙み潰したような顔で、口にするのも嫌そうに見えた。
おそらく、盗賊団が嫌いというのではなく、その辺に真意はありそうな気がした。
「私にとってあなた方は渡りに船なんです。」
「よほど嫌な理由がありそうね。」
ゼラウスを殺せるなら誰でもいい。
誰でもいいから、殺してほしい。
私の存在は、願ってもなかったと。
そんな感じね。
「私は今十五です。十七になると戻らなければなりません。」
それ自体に問題は無さそうだけど、嫌いな理由は何かってところね。
「戻りたくないって事?」
「オルゲント家の娘は、十七になると跡継ぎを生む道具にされるんです。そんなの嫌!あそこに生まれた時点で自由なんか無い!」
途中から声を荒げ、ユルナは涙を流し始めた。
「今時、王族でももっと自由だよ。」
聞いたリリエルも嫌そうな顔をした。
王族の事は知らないけど、それが理由か。
塵は生きる権利が無いように、普通の人間でもそんな環境があるのね。
「姉さんは十八ですが、既に身籠っています。あんなにはなりたくない。」
姉は既に家のしきたりに従ったという事、か・・・
「この場所も、姉が用意してくれました。」
何故、廃城ではなく街に住んでいるのか気にはなっていた。
話している最中に忘れてしまっていたけど。
「それまで自由にしろって感じ?」
たぶん、違う。
用意してくれたと言いつつ、両腕を交差させ、両肩を掴んで震えている。
明らかな嫌悪感、悍ましいものを見るような視線を虚空に投げている。
姉とやらが自由を与えるためにここを用意したのなら、そんな反応はしない。
と、思う。
「自由?はは・・・それならどんなに良かったか。」
「違うの・・・?」
流石にリリエルも察したようだけど、気になるのか恐る恐る聞いた。
「姉さんと私は仲が良かった。姉さんが十七になるまでは。」
十七。
つまり、きっかけはオルゲント家の風習、か。
「ある日突然姉さんは、私を汚らわしいものを見るような眼を向けるようになった。私がゼラウスの目に入るのが嫌だったのよ。だから街に追い出した。」
なんとなく話しが見えてきた。
想像していたより遥かに根は深そうで、悪習ね。
「それって、どゆこと?」
私はユルナにゼラウスまで案内してもらえればそれでいい。
ユルナの心までどうにかしようなんて思わない。
だから、リリエルが聞くことを止めはしなかった。
例え、相手が話すことすら苦痛だったとしても。
「あいつは、私がゼラウスを盗ると思ってんのよ!だから街に追い出して監視をつけた。ここから逃げることもできない!そして、十七になったら何か理由を付けて殺すつもりなのよ!」
それが理由ね。
「・・・」
ユルナの話しに、リリエルも嫌そうな顔をして無言になった。
「ゼラウスの父と私たちの父は同じだけど、私たちの母はゼラウスの妹なのよ!」
なんて歪んだ家系。
堰が切れたのか、ユルナの話しが止まらない。
「今度は、あいつがゼラウスの子を孕んで私を排除しようとしている。気持ち悪い!狂気としか思えない!こんな悍ましい家、壊したいって思って当然でしょ!!」
殺意を宿し涙で濡れた眼で、私を睨んでくる。
いや、私に向けられても。
ただ、余程溜め込んでいたのは想像できる。
塵とは違った意味で、ろくでもない悪習なのはわかったわ。
「私にはゼラウスや姉を殺せるほどの力がない。あなたたちなら、殺せるんでしょ?」
吐き出して落ち着いたのか、今度は縋るような眼を向けてきた。
力を持って生まれ、物心ついた時から復讐のために生きてきた私とは違う。
一少女が、組織を相手にどうこう出来ないのは確かよね。
「えぇ。そのために来たのだから。」
「お願い。」
頼まれなくても殺すわ。
でもその前に。
私も聞いておきたい事がある。
「黒鷲は人攫いもやっているのよね?」
エルメラの情報を疑っているわけじゃない。
でも、関わった奴等から直接聞きたい。
もっとも、ユルナが生まれる前の話しだから知らなくても当然とは思っている。
「そうよ。黒鷲の主な収入源は人身売買。表の顔は義賊だけど、本当はろくでもない悪党。」
なるほどね。
その金で団を維持し、歪んだ系譜を繋いでいるのね。
「人身売買の収入が主になったのはゼラウスの代になってから。」
だと思った。
きっかけは私でしょうね。
「どっかの領主の子を攫う事で大金を手に入れた。大きくなった今の黒鷲が在るのは俺の力だって何度も聞いたわ。」
それが聞ければ十分。
リリエルが私の顔を見たので、私は頷く。
「その攫われた領主の子供が私。」
「えっ!?・・・」
言うつもりはなかったのに。
ユルナも目を見開いて驚いている。
「そいつらが結託して私の存在を無かった事にしようとした。おかげでこの身体よ。」
顔のあて布を取り、火傷と傷だらけの身体を一部見せる。
「私が復讐する理由。既に領主の方は終わっているわ。」
たぶん、思いの強さを伝えたかったのかもしれない。
絶対に殺すという。
「話してくれてありがとうございます。」
ユルナはそう言うと、手に持っていたあて布を顔の方に持ち上げた。
もう晒さなくていいと。
それはどちらの意図かまでは判断できないけど。
「明日決行でいいですか?早い方がいいと思います。」
「さっき言ってた監視?」
「はい。私を訪ねる人はほとんど居ません。おそらくあななたちが来たことは報告されると思います。」
面倒ね。
でも、早いに越したことはない。
私は少しでも早く、私とお母さんをこんな目に遭わせた奴らをこの世から消したいのだから。
「わかったわ。リリエルも良いよね?」
「あたしはいつでも大丈夫だよ。」
確認した後、私はユルナを見て頷く。
「では早朝、夜明け前にもう一度ここに来てください。」
ユルナも頷いて言った。
ユルナの部屋を出ると、私は視線だけを巡らし確認する。
(たぶん、二人かな。)
歩きながら目線は前に向けたままリリエルに言う。
(あたしもそう思う。他に怪しいのは居ないと思う。)
邪魔くさいな。
いっその事殺してしまおうか。
いや、今殺しても良いのだけど、それだと警戒される可能性がかなり高いわね。
(警戒されても面倒。明日にしようか。)
(あたしもそれが良いと思う。)
何事も無かったように歩き、私とリリエルは夕食を摂って宿に戻った。
あまりゆっくりはできないけれど、部屋に戻って夜明け間近を待つ。
寝ないのは慣れているから問題ない。
やっと、また一人。
私とお母さんを殺した奴らに復讐できる。
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