女神ノ穢レ

紅雪

文字の大きさ
上 下
10 / 40
一章 友ニ捧ぐ塵灰ノ光

9.出立

しおりを挟む
オーゼリス教の司祭イギールは、私が生まれた後半年足らずでセアクトラを去っていた。
現在はセアクトラから北東にあるリュオンカ領にある小さな町、シシルの教会で司祭を続けているらしい。
私とお母さんを運び出したのは、奴隷商人のデダリオと、盗賊集団黒鷲。
それを手配したのがイギール。
教会の司祭、奴隷商人、人をも攫う盗賊集団。
これらはすべて繋がっていて、それぞれ自分に都合の良い利益を得ているのだとか。
私には関係無いけど。
当時、私は黒鷲に攫われた事にされたらしい。
領主の子供を攫う罪を被ってまで請け負うとは、それだけの見返りがあったと想像できる。
つまり、そこまでして追い出したかったわけだ。
攫われて悲劇の領主を演じつつ、烙印を持った子供が生まれた事実を揉み消せたのだから、高いお金を払ったとしても生活は安泰よね。
私は普通の生活すら認められなかった。

楽には殺さない。
最初は漠然としていた復讐も、その時が近付くといろいろと考えてしまう。
殺せばいい。
それだけじゃ、気持ちが収まりそうにない。
私とお母さんが受けた苦痛や恐怖を、少しでも多く植え付けて殺してやる。



帰りの馬車で話しの続きを聞いた。
セアクトラの領主以外に、司祭、黒鷲、奴隷商人と対象は少なくない。
先ずはセアクトラの領主から確実に殺す。
イギールの所在は聞いたが、他についてはそれが終わってからね。
情報はエルメラ頼みとなってしまうけど。

城に戻ったのは昼頃。
時間を考え、セアクトラへの出発は明日にした。
「馬は乗れるか?」
「乗った事ない。」
エルメラに聞かれ答える。
そもそも私にそんな選択肢は無かったら、乗ろうと思った事も無い。
「では昼食後に指導してやろう。」
「え、なんで?」
別に乗れなくても良いし。
「セアクトラまで送ると言った手前すまないが、馬車より馬の方がお主にとって都合が良いじゃろうと考えてな。」
いや、徒歩でいいのだけど。
「徒歩は時間の無駄じゃ。」
・・・
私の思いはきっぱりと否定された。
「面倒見れないわよ。」
「心配無用じゃ。」
もう確定なの!?

エルメラの話しでは、特定の場所で代え馬に乗り換えれば良い。
夜は街等に宿泊すれば、面倒を見る必要は無い。
野宿が必要な場合は、馬屋を同伴させる。
という話しだった。
私はただ、馬に乗って移動するだけ。
エルメラが書簡を用意するので、それを見せれば私でも対応してくれるらしい。
どれだけ対応良いのよ。
私の勝手な復讐にそこまでしてくれるなんて。

「馬の数も限られておる。すまぬが、ガリウも同乗させるのじゃ。」
「うん、わかった。」
それは構わない。
むしろ好都合。
何かあった時、ガリウが離れた場合等対応出来ない可能性もあるし。
「お。つまり俺は乗っているだけで良いんだな。」
「だめじゃ。どちらが手綱を持っても良いようにガリウも覚えるのじゃ。」
楽しようなんて甘いわね。
「まぁいいか。馬に乗れたらかっこ良さそうだし。」
そんな理由で良いんだ。
それから夕方まで、私とガリウは乗馬の仕方を教わった。
エウスに。
エルメラは優雅に紅茶を飲みながら見物しているだけだった。
指導してやろうって言ったじゃない。
あ、でも余がとは言ってないか。
エウスは丁寧に教えてくれるから、乗り易かった。
きっとエルメラだったら厳しそうな気がする。



「なかなか良い筋じゃ。」
翌朝、城門まで送りに来たエルメラが言った。
馬の乗り方も覚えた。
「ありがと。それじゃ、行って来る。」
「復讐自体はお主の問題じゃ、余は手を貸さぬ。」
わかってる。
むしろ他人が入り込んでくると邪魔。
「だが、無事に戻って来るのじゃ。」
「うん。」
そう言ったエルメラの表情は、普段と違って優しく見えた。
そんな顔、他人から向けられた事なんて無い。
『私が守ってあげるからね。』
傷だらけで苦痛に顔を歪めながらも、そう言って微笑んでくれたお母さんを思い出してしまった。
優しい笑みだった。
抱えてくれた温もりも忘れてない。
だから、絶対に許さない。

「じゃ、行くよ。」
後ろに乗ったガリウに言う。
「おう。」
「吐かないでよ。」
「吐くわけねぇだろ!早く行けよ!」
後ろで大きい声出さないでよ。
もう。
エルメラの笑みを背に、私は馬の腹を蹴って走らせた。

セアクトラまで約七日の道程。
ご丁寧に中継箇所や宿泊地、宿泊場所はエルメラがしたためてくれた。
その通りに行けば、食事も寝床も困らない。
必要経費も渡されている。
(計画性って、こういう事を言うのね。)
その日暮らしの旅をしていた自分とは大きな違い。
でも、私はそうするしかなかった。
エルメラに頼るのが良いか悪いか、今は未だわからない。
でも、利用されてでも復讐が果たせるなら、私も利用してやる。
今は、それでいい。




道中何事も無く、セアクトラに到着した。
途中で以前遭遇した、馬に乗った二人組とすれ違ったが逃げる様に去って行ったくらい。

しかし、こんな何日も馬に乗るなんて想像もしてなかった。
思った以上に疲れる。
確かに早いけど、徒歩の方が気楽だと思えた。
あとやっぱりお尻痛い・・・
馬車の荷台よりははるかにましだけど。

「今夜、行くんだよな。」
厩に馬を預け、宿に向かっている時にガリウが聞いてくる。
「そうね。」
当然。
それ以外に、この街に滞在したくない。
「ガリウは宿で待っててね。」
「・・・わかった。」
悪いけど、そこまで連れて行く事はできない。
納得はしていないようだけど。
それとは別に前から何かに苦悩しているような表情を見せる。
エルメラと出会った頃くらいから。
やはりその頃から、夜に何度か泣いているのを聞いている。
時間と共に、自分の中でいろいろ整理が出来てきたのか、わからないけど。
「勝手に死ぬなよ。」
「わかってる。未だ終わりじゃないもの。」

話しながら宿に着いた私とガリウは、夜まで待機する事にした。





**二日前 エルメラデウス領 領主館**

「エル~、帰ったよ。」
髪を二つくくりにした少女が、テラスで紅茶を飲んでいるエルメラデウスに声を掛けた。
「うむ。ご苦労じゃった。」
「リリエル様、遠征お疲れ様でございました。」
エルメラデウスに続き、エウスも労いの言葉を発する。
エウスの態度に少女、リリエルは頬を膨らませた。
「もう、あたしにはそういう態度必要無いって言ってるでしょ~。」
「申し訳ありません。何分、性分なものでして、ご容赦いただけると。」
「まぁいいわ。いつか慣れてね。」
「善処いたします。」
少女はエウスに笑顔で言うと、エルメラデウスに向き直る。
「報告って夜でいい?」
「構わぬ。」
「でぇ、あたしアレに乗りたい!その辺をびゅーっと。」
「はぁ・・・」
言われたエルメラデウスは溜息を吐いた。
「無理じゃ。」
「なんでよ?」
「申し訳ありませんリリエル様。天馬は現在整備中でございます。」
「えぇ・・・」
リリエルは残念そうに肩を落とした。

「何に使ったの?」
リリエルは空いている椅子に座ると、テーブルに置いてあった焼き菓子に手を伸ばし口に放り込んだ。
「急遽、’ハ’と合流するためセアクトラに向かう必要があっての。」
「え?で、合流できたの!?」
リリエルの興味は既に移り、椅子から立ち上がると身を乗り出して声を上げた。
「うむ。」
「どこ?どこに居るの?」
リリエルは言いながら、周囲を見まわした。
「今はセアクトラへ向かっておる。帰るまで待つのじゃな。」
「えぇ、残念。」
エルメラデウスの言葉に、またも肩を落としてリリエルは椅子に凭れ掛かった。
「どんな奴?」
「面白い娘じゃ。帰って来たら直接話してみるとよかろう。」
「うん!そうする。」
リリエルは笑顔で応え、焼き菓子に手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!? 夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。 しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。 うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。 次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。 そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。 遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。 別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。 Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって! すごいよね。 ――――――――― 以前公開していた小説のセルフリメイクです。 アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。 基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。 1話2000~3000文字で毎日更新してます。

処理中です...