女神ノ穢レ

紅雪

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序章 母ニ捧グ緋色ノ燧

0.墓標

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月灯りの中、村の中に佇む一人の少女。
虚ろな目を上空に向けている少女の手は、
まだ赤黒い体液が滴り落ちる切断された頭部の髪を掴んでいた。
「お母さんの墓前に、こんな塵は添えられないよね・・・」
少女はその頭部を放り投げる。
鈍い音を立てて地面に打ち付けられた頭部は、
少し転がると恐怖に見開いたままの目を上空に向けた状態で止まった。

「酷い臭い。」
幾重もの死体から溢れる血と汚物により、
村の中は瘴気が漂うが如く耐えがたい臭いになっていた。
「穢らわしい・・・」
少女は自分の衣服に付着した返り血を見ると、
苦虫を噛み潰した様な表情で服を脱ぎ始める。

すべてを脱ぎ捨て全裸になると、少女は森の方へ歩き出す。
木の根元に置いてあった荷物を左手で持ち上げた後、
右手の人差し指を村の方に向けた。
指先で空中に何かを描くように動かし、やがて止める。
「十重、焔」
少女が小さく呟くと、死体が折り重なる場所から
発破音と共に炎が吹き上がった。

既に背中を向け歩き出した少女の後ろでは、
家屋一軒大の大きさの炎が連続して吹き上がり、
天を衝く程の大きさになって燃え上がった。



(鼻の中にまだ臭いが残っている気がする・・・)
村から離れた少女は、沢で全身を流していた。
炎の灯りも、燃え盛る音も、微かに見聞き出来る程度に離れた場所で。
何度も身体を手で擦り、穢れを払うように。
(心の穢れは落ちはしないよね。)
そう思うと手を止め立ち上がる。
その時、茂みから微かに何かが動く音が聞こえた。
少女が音の聞こえた方を見ると、少年が尻餅をついた状態で
少女を凝視していた。
「何?」
「綺麗だ、女神・・・様?」
月灯りに照らされ、水滴が輝く四肢を見た少年は、
漏らすように言葉を出した。
少年の言葉に、少女は目を細める。

(尾けられた気配は無い。女性の裸を見たかったとも思えない。
あの子が此処にいるのは単なる偶然でしょうね。)

(しかし女神ね。女性の神ってだけで、善し悪しは判別できない。
だとすれば、私は後者ってところかな。)

(まぁ、あながち間違ってはいないか。)

「村が・・・燃えてる?」
暫くの沈黙が流れると、微かな灯りを目にした少年が呟いた。
少年の言葉を気にせず、少女は荷物からタオルを取り出すと、
髪を拭き始める。
「なん・・・で・・・」
状況が理解できずただ疑問を漏らすだけの少年を無視して、
少女は予め用意していた服を荷物から取り出すと着始めた。
「姉ちゃん・・・なのか?」
下着を着終わったところで発せられた少年の言葉に、
少女は服に伸ばしていた手を止める。

村が燃えているのに気にした風でもない。
こんな人気の無い山間部の沢で全裸でいるのが不自然。
可能性としては有り得ると思った少年は疑問を口にしていた。
少女の動きが止まった事から、少年の中でその可能性が高まる。
「そうね。」
少女はそれだけ言うと、止めていた動きを再開する。
「なんでだよ!?」
少女の言葉に勢いよく立ち上がった少年は、疑問を叫んだ。
だが、答えを聞かずに少年は走り始める。

「行っても無駄よ。」
少女を通り過ぎた少年の背中に、冷たい声が掛けられた。
「父さんと母さんが居るんだ・・・」
察してはいたが、突き付けられた現実に少年は足が進まなくなる。
ただ、力なく声を漏らす事しか出来なかった。
「生存者は居ない。」
「・・・」
燃える村、両親の死、それを行った目の前に居る当人。
激変した自身の環境に思考が追い付かず、
少年はただ立ち尽くした。
目から零れ落ちる涙で視界を霞めながら。

着衣が終わった少女は、荷物を肩に掛けると少年に背を向けて歩き始める。
「何処に行くんだよ!」
気付いた少年は声を荒げた。
怒気なのか怨嗟なのか、少年の声音は先程とは変わっていた。
「復讐する?」
それに気付いた少女は言うと、少年の方に顔だけ向ける。
少女の目に色は無く、吸い込まれそうな闇の色していた。
(俺も、殺される・・・)
目の当たりにした少年は、死が脳裏を過ると身構えた。
「私の様に。」
「え・・・」
だが、その言葉に身体の力が抜け思考が止まる。

暫く待ったが少年は立ち尽くしたまま反応が無い。
何時までも付き合う義理もないと思った少女は、
再び背を向けて歩き始める。
この後、少年が自分に復讐しようとするか、
何処かで野垂れ死ぬか、少女には興味が無かった。



(・・・)
暫く山を登っていた少女は、無言で着いて来る少年に呆れた。
刃を向けられれば反す。
言葉を向けられれば返す。
それくらいはするが、無言のためどうしようもない。
そのうち諦めるだろうと思ったが、擦り傷等気にもせず
しっかりと着いて来ていた。
(寝込みでも襲うつもりなのかな?)
とも思ったが、その程度でどうにかされるような
生き方はしてきていない。
夜明けまで山を登った後は、そのまま次は下る。
飲まず食わず眠らずで着いては来られないだろう。
そこまでの付き合いだと思うと、気にせず歩を進める事にした。

「全員、殺す必要は、あったのかよ。」
息が上がっているのか、途切れ途切れにか細い声が聞こえた。
「そうよ。村ぐるみだったから。」
「だ・・・」
少年は何かを言おうとしたが、それ以上は口を開かなかった。



やがて、小高い丘に着くと少女は荷物を下ろす。
白み始めた空ではなく、少女は丘の下を見下ろす。
まだ赤く光を放つ火種と、白い煙を上げる村が見えた。
村のほぼ全体が黒い煤と化している。


(良い眺めになったよ、お母さん。)
村だった場所が見渡せる丘に、少女は拾ってきた石を置く。

母の亡骸は村人が処分したため何処にあるか不明。
おそらくもう見つける事は出来ないだろう。
母の死と共に、生活していた家を含めすべてが処分された。
遺品すらない。

だから、置いた石はただの石でしかないが、
少女にとっては気持ちの整理のため必要な物だった。


(まっててねお母さん、すべて終わったら報告に戻って来るから。)
少女は目を瞑り天を仰ぐと、再び荷物を肩に担いだ。
「なぜ、俺は殺さない。」
歩き出そうとした時、俯いた少年が声を発する。
こちらを見るわけではなく、視線は地面に落としたまま。
面倒だと思ったが少女は答える事にした。
「理由は3つ。」
少女も少年を見る事は無く、帰る道程を向いたまま口を開く。
「1つ、その場に居なかった。2つ、あなたは関与していない。
3つ、あなたが私に殺意を向けてない。」
「独り残っても生きてなんかいけねぇ、だったら殺してくれよ!・・・」
淡々と答える少女に、少年は激情をぶつけた。
だが、光に照らされた少女の顔を見た瞬間、硬直する。
これまで自分の境遇に精一杯で気付きもしなかった。

少年の目に映ったのは、ほぼ左半面が焼けただれた少女の顔だった。
普通に目にすれば、恐怖や嫌悪の対象となっていても不思議ではない。
だが、少年はそれがこの惨劇の一部だと悟ると、言葉を詰まらせた。
「その顔・・・」
「心配しなくても山を下りる前には隠すわよ。」
少年の態度を気にするでもなく、少女は淡々と応える。
「まさか、身体の傷も・・・」
そこで少年は、昨夜見た傷だらけの少女の身体を思い出す。
少年が綺麗だと思ったのは事実だ。
ただ、月光が照らし光る水滴を纏った四肢は、神秘的であったが
傷だらけだった。その所為か、余計に少年の脳裏に焼き付いていたのだ。


「そうよ。」
少年の考える通りだと肯定した少女の目は、
また飲み込む様な闇の色へと変わっていた。
「私は女神の浄化の塵。」
その言葉が何を示すのかわからず、少年は無言のまま少女を見つめた。
「それを確かめるために来る日も焼かれ、切られ、刺され、犯され続けた。
お母さんが庇ってくれたけど、気絶させられる繰り返し。」
「それをあいつらは笑みを浮かべながら行うのよ。」
想像を超えていたのか、少年は涙を流しながら恐怖を露わにしていた。
それは村で行われいた行為になのか、淡々と語る自分になのか、
少女には判断はつかなかったが。

「女神の浄化の塵で間違いないと判断した奴等は、私を殺しにかかった。
先に死んだのは私を庇ったお母さんだった。」
(冷たくなってもお母さんは私を抱えたままでいてくれた。)
「だけど、私は死ななかった。」
(焼かれる前に、必ず戻るからとお母さんの手から抜け出した。)

話しの内容に慄いたのか、少女の存在に恐怖したのか、
少年は口を開いたまま硬直して尿を漏らしていた。

「誰にも、私の復讐の是非は問わせない・・・」
その言葉を最後に、少女は少年に背を向けて歩き始める。
話してしまったのはある意味、復讐に巻き込んでしまったと思いつつも、
突いてきたのだから自業自得でもあると思いながら。

どちらにしろ、少女にとっては誰が何処で野垂れ死のうが興味は無かった。


だが、暫く経っても後ろから聞こえ続ける足音にうんざりして少女は振り向く。
そこには擦過傷と泥と涙に塗れながらも、少女から目を離さない少年が居た。
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