紅湖に浮かぶ月

紅雪

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紅湖に浮かぶ月1 -這生-

6章 不変と心の在処

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1.「光射さぬ路と交わる混沌」


「やっと綺麗になった。」
三度目の洗髪で、泡を流して呟いた。何日風呂に入ってないのか憶えてないけ
ど、流石にべとべとで臭くて酷かった。身体を念入りに洗ってから浴室を出て
水気を拭く。タオルを首から下げて、パンツだけ履いて前室を後にする。前室
にある洗濯機は少し前まで来ていた服を綺麗にしようとフル回転している。
「臭い・・・」
取り敢えず私は綺麗になったが、部屋は何も変わっていない。異臭を発してい
る枝豆の袋は他のゴミと一緒に、大きな袋を二重にして封印。
カーテンと窓を開けて、台所の換気扇を強で回転させる。麦酒の空き缶を集め
て、やはり袋に厳重に封印。
臭いから。
床の拭き掃除を始める。麦酒やら体液やら零しまくったから汚い。一通り掃除
して最低限の生活環境保たなければ。それと壊れた家具。
知らない。
時間。
知らない。時計は時間を刻む役目を終えているから。
床を拭いていると足跡を見つけた。大き目のを二種類。
「あいつら・・・」
土足で乙女の部屋汚しやがって、二人とも次会ったらぶん殴る。ザイランが連
れてきた女性警務のものは見当たらなかったから、ちゃんと靴を脱いだのだろ
う。普通の人だ。

泣くのも、逃げるのも、凹むのも、昨夜で最後にした。
別に何か解決したわけじゃない。
葛藤も消えない。
後悔もしまくってる。
報道で見た光景は脳裏に焼き付いたまま。
殺した事実も消えない。
思い出すとまた泣きそうになる。
結局、何も変わってないけど、生きているうちは生きているしかない。泣いて
ぼーっとしているか、今掃除してるか、それだけの差でしかない。ベイオスの
言った通り私は死ぬまで人殺しのままだ。今更その事実は変えようもない。泣
きわめいて疲れて寝るか、お風呂入ってさっぱりするかの差でしかない。
何が違う?わからない。

床を一通り拭き終る頃に、部屋の臭いも大体取れた。まあ、この部屋にずっと
居たから臭いになれてそう感じているだけかもしれない。別の人が入ったらま
だ臭いと思うかもしれないが、利用者は私だけなので、知ったことじゃない。
床を拭いた雑巾は洗濯機の前に放り投げる。洗濯機は今、私の酷く汚れた服を
綺麗にするため、まだフル回転中。
「のど、乾いた。」
そう言えば、風呂上りに水分を取ってない。
冷蔵庫から水を取り出して飲む。蓋が開いて飲みかけの水は、流しに置く。後
で捨てよう、いつのかわからないし。他に麦酒が二缶残っていた。
結構入れてあった気がするんだけど。
床に転がっていた缶の数を考えればこんなものか。と思い、一つ取り出して蓋
を開けて飲む。
「おぉ~。」
喉に沁みる。炭酸が口の中で弾ける。すごく久しぶりの味がした。そう考える
と床に転がっていた缶は、ただただ飲んでいたんだろうなと思う。
「もったいないことしたな。」
冷凍庫を開ける。ボロネーゼのパスタが残っていた。レンジで温めるだけで食
べれる優れものだ。まぁ、味は普通だけど。記憶ではほぼ何も食べていなかっ
た筈。今現在お腹が空いているのか、空いていないのかよくわからない。だけ
ど食べないと体力戻らないなと思い食べてみることにする。
取り出してレンジに入れて、温めをセットする。麦酒を飲みながら窓の前まで
移動すると、射し込む朝日の中伸びをする。
「ん~。」
久しぶりに身体を伸ばした気がする。肩甲骨から腰に掛けてなんか痛い気がす
るが、身体が硬くなっちゃったのかな。
ガチャ
玄関の扉が開く音がした。
「なんで開いてんだ。」
男の声と同時に誰か入って来た。その男はこちらを見て硬直している。よくよ
く考えれば私、パンツ一枚なのよね。
あぁ・・・ベイオスが自分で鍵は掛けろって言ってたなぁ・・・。
ぼーっとそんなことを思い出した。
床を拭くときに避けて窓枠の所に置いておいた、ザイランが作ったであろう合
鍵を思いっきり投げつける。ザイランに。
「っ!」
おでこに当たった鍵に、声にならない苦鳴を上げてザイランが仰け反った。そ
のまま、首から掛けているタオルで胸元を左手でしっかり押さえ、ザイランに
早足で近寄る。
「す、すまん、わざとぐぅ・・・」
お腹に掌底を入れる。
お腹を押さえて、こちらに向けている避難の視線を無視して、そのお腹を押さ
えている手に右足の裏を当てる。
「出てけ!」
玄関の方へ押すように蹴り飛ばす。よろめきながら半開きの玄関扉を押す形で、
ザイランは廊下に尻餅をついた。
玄関扉の前まで行くと、ザイランを睨んでからさっさと閉めて鍵を掛ける。
いきなり乙女の部屋に入るとか、何考えてんのよ。

「眼福なだ、シルギー。」
「先輩、彼女が腐るといけないので、見ちゃダメですよ。」
「お前こそ、視線が強姦致死になるんだから見るなよ。」
「え、先輩がそれいいます?」

そんなやりとりが聞こえてきた。あの呆けコンビも後で絶対ぶん殴る。
その時部屋の呼び鈴が鳴った。出るとザイランだった。
「少し話を聞け。」
「その前に服くらい着させろ!」
応答機の切断釦を殴りつける。
よく人の裸を見ておいて、直ぐに呼び鈴押せるものね。こっちはすっごい恥ず
かしい思いさせられたのに、無神経。
私は部屋の奥へ移動する。片方の肘掛と足が一本無くなった不格好なソファー
を見る。
治るかな。知らない。
一瞬の戸惑いを気持ちの隅に追いやり、ソファーの横にあるクローゼットから
私服を取り出す。クローゼットの下段にある引出からブラを取り出すと身に付
け、その上から薄い黄色のTシャツを着る。薄い黒のデニムに足を通して履き
終えるとレンジの前に移動する。
温めていたボロネーゼパスタの事を思い出したのだ。既にレンジから臭いが漂
って来ており、胃を刺激する。きゅーって感じがした。
お腹、空いてんのかな。
取り出して包装を取ると右手に持ち、流しにある棚から左手でフォークを持ち
窓際に移動する。朝の陽射しを受けながら、床に座るとパスタの上に乗ってい
るミートソースをパスタに混ぜて、フォークに巻きつける。
口に入れたパスタは、一般的な味だけど、何故か美味しく感じた。胃の中に食
べたパスタの熱がやんわり広がる。
不思議な感じがした。なんだろう。
近くに置いてあった麦酒に手を伸ばし、一口飲む。またパスタを口に運ぶ。そ
こで呼び鈴が鳴った。
私は応答機まで行くと、呼応釦を押す。
「まだ・・・」
「ごはん食べてる邪魔しないで!」
ザイランの発言を無視してそう言うと、切断釦を押す。乙女の部屋に勝手に侵
入して裸を見る理不尽に比べれば、今の私の態度は可愛いものよね。そう思っ
て食事に戻ろうとしたところで、また呼び鈴が鳴る。
もぅ~~~っ!
煩いので玄関扉まで行き、開けながら言い放つ。
「迷惑だからやめてくれる?」
「お前なぁ、こっちは心配して来てるんだ。話くらいさせろ。」
ザイランがいつもの渋い顔で言ってくる。
「だからご飯の後にしてよ。」
「食いながらでもいいだろ。」
「いやよ、なんでしかめっ面のおっさん見ながらご飯食べなきゃいけないの
よ。」
「なっ・・・身も蓋もないこと言うなよ。」
さらに渋い顔になる。面倒くさい。久しぶりであろうご飯を食べるのに、な
んで陰気な顔のおっさん相手にしなければならないのか。
けど、呼び鈴で度々中断されるのは鬱陶しいので諦める。
「まぁ、しょうがない。」
「しょうがないとはなんだ。こっちは仕事してんだぞ。」
そう言いながらザイランが玄関に入る。
「すまんが、儂は用が無さそうなんで帰ってもよいか?」
気付かなかったが、白衣を着て黒い大きめの手提げ鞄を持った爺さんが居た。
その爺さんが迷惑そうな顔でザイランに問いかけた。
「ああ、先生すいません。大丈夫そうなので、帰って頂いて大丈夫です。ご
足労お掛けしました。お前ら、送ってやれ。」
爺さんに丁寧な対応すると、呆けコンビにそう命令した。
「了解です。」
二人同時に返答したのを確認すると、ザイランは玄関に入り扉を閉めた。私
は直ぐに拳を作ってザイランに笑顔を向ける。
「靴、ちゃんと脱いでよね。」
「あ、あぁ、わかった。」
バツが悪そうにして靴を脱いで部屋に上がるザイラン。昨日土足で上がった
認識はあったようだ。
「ところで、なんでお前が鍵持ってたんだ。うちの部下がいつの間にか失く
したと言ってたが。」
窓際に移動している私の後ろを付いて来ながら、ザイランが聞いていた。
「乙女の部屋の合鍵作って、失くしましたぁ?それでよく警務なんかやって
られるわね。」
あいつらクビにした方がいいんじゃないの。本気でそう思えた。
「いや、本当にすまん。」
私は窓際まで行くと、座って麦酒の缶を持ちながら、適当に座るようにザイ
ランに促して一口飲む。それを見たザイランが何か言おうとするが、遮るよ
うに先に言葉を出す。
「昨日の晩、ベイオスが持って来たのよ。」
「な!・・・それで大丈夫だったのか。それに、それならなんですぐこっち
に連絡しない。」
ザイランが抗議の視線を向けてくる。
「雑談しただけで別に何も。それに、通報出来ない事情が出来た。」
ヒリルの事。ベイオスの暴威はきっと警察局なんか無視する。言って状況が
悪化する可能性の方が高いので言いたくない。
「そうは言ってもな、あいつはアイキナとブルナッカの特別指定凶悪犯にな
ってんだぞ。」
私はパスタを咀嚼しながら聞いた。が、そんな警察局の都合などどうでもい
い。
「ベイオスの件は私が終わらせる。時間も限られているの。お願いだから邪
魔はしないで。」
「あのなぁ、そんな我儘が通ると思ってんのか。」
「通すわよ。」
間髪入れずにきっぱりと言い返す。ザイランは少しばかりの間、苦い顔をし
ていた。
「あぁ、くそっ!」
ザイランは勝手にしろとばかりにそっぽを向く。私が我儘言ってそれを無理
に止めたことなど、今までなかった。私の我儘には言っても無駄だろうと察
しいるんだろう。
「ちなみに勝手に作ってくれた合鍵だけど、失くしたんじゃなくベイオスが
頂戴して来たって言ってたわよ。」
「あぁ、ベイオスが持って来たってのですぐに判った。昨日帰りがけに部下
二人が路上で襲われて気絶したらしい。しかも気づかれずに。」
やはりあの二人、使えない。
「しかも、鍵の事はすっかり忘れて、局に帰ってきて何も取られてないとぬ
かしやがった。」
・・・
大丈夫か。そんな警務ばかりだったら、警察局なんていらないんじゃないか。
市民の安全は、便宜上にしか存在しないのでは。
「よく、それで仕事してるわね。」
「言うな。」
ザイランが頭を抱える。本人にとっても悩みの種なんだろう。他はまともだ
といいな。ま、ザイランの苦悩は知ったこっちゃないけど。
「ところでさっきの爺さん誰?」
さっき一緒に居た白衣を着た爺さんを思い出し確認する。なんとなく予想は
付くのだけど。
「心療内科の医者だ、本当は女性を探したんだが、生憎あの先生しか捕まら
なかった。」
「そう。」
まあ、予想通りではあった。心療カウンセラーだとか、心理カウンセラーだ
とか、精神カウンセラーだとか、そんな風には見えなかったし。
「そういえば、どうやって昨日の状態から戻ったんだ?そもそもなにが起こ
っていたんだ。」
ザイランが不思議そうに聞いてくる。
「起因については言えない、私の生死に関わるから。戻ったのは、そうだな
ぁ・・・」
少し考える。
「ベイオスに痛い現実を突き付けられたから・・・かな。」
「なんだそりゃ?」
まぁ、意味不明でしょうね。しかもベイオスに戻されるとか、訳わかんない
わよね。私もわからないし。けど、戻ったというよりは、現実に向き合わさ
れたの方が正しいかも。
起因についてはそれ以上は追及して来なかった。生死に関わると言ったこと
で汲み取ってくれたのだろう。司法裁院の依頼をやっているのもあって、そ
のへんは敏感に察してくれているのだろう。
私は食べ終わったパスタの容器を横に押しやって、麦酒を一口飲む。司法裁
院で思い出した。
「そういえば、依頼って来てた?」
司法裁院のこともすっかり忘れていた。忘れていたと言うよりは、考えられ
なかったのだけど。
「何件か来てたが、期限が切れてるのもあるんじゃないか。」
「わかった、後で郵便受け確認してみる。」
麦酒をまた一口飲む。窓から射し込んでいる光は、強くなってきていた。お
昼が近付いてきているのだろうか。
「しかし、昨日今日でどっと疲れた。」
ザイランがぼやく。私の前でそれを言うってことはあれか、当て付けか。
「私の所為みたいに言わないでくれる。」
「いやお前の所為だよ。」
きっぱり言われた、納得いかない。
「そりゃ私が原因かもしれないけど、疲れるような仕事したのはそっちでし
ょ。疲れないように立ち回ればいいのに、ここぞとばかりに押し付けないで
よ。」
ザイランは呆れ顔をする。
「酷い言い種だな。」
そんなこと言われてもな。実際その通りだと思うし。私の所為ばかりじゃな
いでしょ。だけど、迷惑掛けたのは申し訳ないと思うので、あまり強く言わ
ないようにする。
「その上殴られるしな。」
なんか追い打ちをかけてきた。それは流石に黙っていられない。
「人の部屋に土足で上がるからよ。女性の警務はちゃっと脱いで上がってい
たわよ。」
「それは、慌ててたんだ、すまん。」
まぁ、心配したんだろうってことで、一発入れたしこの件はもういいや。
「そんな些事はさておき、一番の問題があるわよ。」
私はザイランを睨みつける。
「な、なんだ。」
その視線にたじろぐように、ザイランは言葉を詰まらせる。それに対して私
はすっと左手の掌を差し出す。
「どういうことだ?」
その差し出した掌の意味がわからないようだ。察しが悪い。
「私の裸の観賞料。」
「なんでそんなもん払わなけれならないんだ。」
ザイランが渋い顔をして私の手を払う。
「ひっどーい。勝手に盗み見ておいて。」
見るだけ見て、なんで払わなければならないとか、傲慢過ぎ。なんで向こう
の方が態度偉そうなのよ。
「不可抗力だろうが。」
ほう、あくまで抵抗しますか。そうですか。
「しょうがない。勝手に合鍵作られて、勝手に不法に侵入されて、しかも裸
を視姦され辱めを受けましたって警察局に連絡する。っていうか、昨日の女
性警務に連絡する。」
私は悲しい顔して諦めたように言う。
「まてまてまて、お前は警察員を脅迫する気か。」
ザイランが慌てて言ってくる。いやだってしょうがないでしょ、現に恥ずか
しい思いをさせられたし、裸も見られたし。
「実際に見たし、こっちは恥ずかしい思いもさせられてるの。」
すまなそうな顔をしてザイランは困っている。少し間を置いてから、私を伺
うように言ってくる。
「その、なんだ、飯くらいで勘弁してくれないか。」
折れた。よし。せめてそのくらいはしてもらわないと、納得出来なかった。
何故なら、見られた云々よりも、見られ損なのが腹立つ。そんな横暴は許さ
ない。
「いいよ。」
私は軽く返事をする。
「そうか。」
ザイランがほっとしたように言った。が、甘い。
「三回ね。」
「なんでそうなるんだ。一回だ。」
足元を見て、付けこませないとばかりに応射してくる。
「そう。残念。廊下で『眼福だな』とか言っていた二人組が居たんだけどな
。そんな辱めを受けたのにな。あの二人見覚えあるんだけどな。しかも私の
部屋の合鍵盗まれた・・・」
「わかったわかった。」
私がそこまで言うと、遮るように諦めたザイランが言葉を割り入れる。そし
て頭を抱えながら「あいつら覚えてろよ。」とかブツブツ言っていた。まぁ
この辺で妥協しておくか。
「じゃぁ、行くわよ。」
私は、パスタの空き容器を持って立ち上がりながら言う。
「これからか?」
「そうよ。」
台所に向かい、ごみ箱に容器を捨てて、フォークは流しに置く。その動作を
しながら当たり前のように答える。
「今パスタ食ってただろうが。」
「足りないもん。」
どうやら食欲は問題なくあるらしい。食べて無かったから、急に食べて反動
があるかとも思ったが、特にそれもない。そして、食べ足りないと身体が訴
えているような感じがする。
「まぁ、丁度昼時も近いし、いいか。」
胡坐をかいていたザイランが、言いながら立ち上がる。そのまま「外出てる
ぞ」と言いながら玄関に向かい、扉を開けて外に出る。
「あ、小型端末の充電してたんだった。」
私は端末を充電器から外し、電源を入れつつ窓を閉めて鍵をかける。クロー
ゼットに行くと、ジャケットを取り出して上に羽織る。コバルトブルーの何
の色気もない普通のジャケットだけど。
ジャケットを羽織っていると、起動が終わった小型端末が文書通信の受信を
知らせる音を鳴らしていた。端末を開きながら部屋の電気を消す。
「げ、二百二十八件・・・」
面倒なので帰ってから見よう。
小型端末をデニムの後ろポケットに仕舞うと、ベージュのパンプスを履いて
玄関扉を開け、廊下に出る。廊下で待っていたザイランは私を一瞥するだけ
で特に何も言わなかった。私は扉の鍵を掛けると、ザイランとともランチへ
と向かった。

「どんだけ食べる気だ・・・」
ザイランはテーブルの上に並んだ料理を見て、うんざりした様な表情をこち
らに向けている。
私とザイランは駅前まで来ると、家族向けのレストランに入っていた。昼時
もあってか、家族向けとはいえ近くの会社で仕事をしている会社員が店内で
は半数くらいを占めていた。
テーブルの上、私の前にはおろしソースのかかった和風ハンバーグ、ビーフ
シチュー、海老フライ&カニクリームコロッケ、ローストビーフのサラダ、
カボチャの冷製スープが並べられた。ザイランは普通にデミグラスソースの
ハンバーグランチセットを頼んでいる。
「俺の財布に気を使うということはしないのか。」
「ひない。」
海老フライを咀嚼しながら、ザイランの冷めた視線には顔を向けず答える。
おいし。
やっぱり、美味しいものを食べる時間は幸せ。この時間を失ってしまうと考
えるとぞっとする。
あの人たちは永遠に奪われたのに?
脳裏に過ぎったその問いかけは、私の咀嚼を止めた。幾度となく渦巻いたそ
の問いは、私の脳内を深く抉ったのだろう。抉られた傷跡が疼くように、そ
の問いは襲ってくる。
昨夜、前に進むと決めたんだ。そう思って目を瞑ると、報道で見た光景が網
膜に焼きついた映像の様に脳内を駆け巡る。慌てて目を開くと、窓の外には
陽射しが降り注いでいる。視線をテーブルの料理へと落とし、逸らす。
「おい、どうした?」
それを見ていたザイランが心配そうに声を掛けてくる。口の中に残っていた
海老フライを強引に飲み込む。
「なんでもない。」
無理矢理平静を装って答える。
「大丈夫か?」
「うん。」
怪訝な顔をしているザイランは放っておいて、フォークに刺さったままの海
老フライの続きを楽しむため口に入れる。咀嚼する。
味、しない。
え?
「ごめん、トイレ。」
フォークに刺さっていた残りの海老フライを皿に置くと、私は慌ててトイレ
に向かった。

幸い女性用トイレは誰も利用してなく、直ぐに飛び込むと鍵を掛けて、扉に
背を預けもたれ掛かる。この個室の空間にも、店内に流れている音楽は流れ
ているが、店内の喧騒から隔離されるため聞こえやすかった。筈だが殆ど聞
こえない。
自分の咀嚼する音と鼓動が酷く耳障りだ。海老フライを飲み込む音が酷く大
きく響く。
わたし、そんなに強くない。
備え付けの洗面台の上に目線を向ける。疲れて、何かに怯えて、頼りない表
情を浮かべた私がこちらを見ている。とても人殺しには見えない。でも、人
殺しだ。
「ふぅー・・・」
私はゆっくり息を吐き出す。解っている、昨夜でもうやめたんだ。後ろ向き
に死んで逝こうと、前を見て進もうと私の傲慢さは変わらない。現実は何も
変わらない。だったら。
備え付けの洗面台で顔を洗って、ペーパータオルを何枚か利用して顔を拭く。
ノーメイクで出てきてよかった。
ふとそんな事を思えた事にほっとした。
「よし。」
自分に言い聞かせるように軽く呟くと、両手で頬をペチペチと叩く。
化粧水が欲しい。
そんな事をぼんやり思いながらトイレの扉を開けると、席に戻った。

「ほんとに大丈夫か?」
席に戻った私にザイランが心配していたらしく聞いてくる。
「ん、大丈夫。」
私は中途半端に海老フライが刺さったままのフォークを持ちあげる。
「食うぞ。」
続きを食べ始める。うん、おいし。
カニクリームコロッケを。
カボチャの冷製スープを。
おろし和風ハンバーグを。
ローストビーフサラダを。
ビーフシチューを。
あ、牛肉かぶった。三つも。
料理が少しずつ片付けられていく毎に、ザイランの表情に浮かんだ呆れた色
が濃くなっていく。お腹空いてたようだから、しょうがないでしょ。付け合
せのパンはパス。
「お腹いっぱい。デザートどうしよっかな。」
「まだ食うのか!?」
今日一番の呆れ顔に、嫌気が混じっているザイラン。食べることよりも財布
の中身が心配なのだろう。私は少し考える素振りをしてから。
「次にしとく。」
「後二回もこれが続くのか・・・」
ザイランが溜息のように、軽く頭を振りながらその言葉を漏らした。そんな
安く済ませてやるつもりは毛頭ない。
気持ちを切り替えるように、ザイランは立ち上がって伝票を掴む。
「じゃ、俺は局に戻るからな。なんかあったら連絡しろよ。」
「わかった。」
ザイランが会計で、財布からお金を嫌そうに出すのを横目に見ながら、私は
店を出て家に向かった。

マンションに着いた私は、郵便受けを確認する。いつも通りつまらん広告が
大半を占めていたので、傍に備え付けのゴミ箱に広告を捨てる。余ったのは
二通。いつもの【危険人物特別措置依頼】だ。ザイランが送ってくる味気な
い封筒には何も書いてないが、いつも通りなのですぐに判る。
部屋に入るとまだ臭いが残っている気がした。換気扇は回しっぱなしだった
が部屋に付いた臭いはなかなか取れないのだろう。部屋に上がると、電気を
消している薄暗い部屋は、窓からの陽光が内部を浮かび上がらせている。高
く昇った太陽の光は、もう直接射し込んではいない。
壊れた家具と、光って見える窓。その四角い枠の中の光は、テレビの中であ
の日見た光景を思い出させる。
「うっ・・・」
封筒を放り捨てると急いでトイレに駆け込む。トイレに入ると便座の蓋を開
け、顔を中に向ける。
「ぅぉぇっ・・・」
直後にビチャや水に落下したボチャという連続した粗末な音とともに、食べ
た物が食道を逆流して吐き出される。
「はぁ・・・はぁ・・・」
備え付けの紙で口元を拭いて一緒に流す。すぐに流しに行って口の中を洗い
流して、冷蔵庫にある水を取り出した。
単なる食べすぎか、慣れていない身体に急に詰め込んだ所為なのか、無理矢
理気持ちを切り替えた事に精神が追いついていない所為なのかわからない。
単なる風邪かもしれないけど。
水を飲む。
どんな理由であれ、どうしようもない。罪悪感から逃げて怠惰に過ごそうと
も、気張って過ごそうとも、私は私でしかないし、生きている事には変わり
ないし、人殺しのままでしかない。
「あ、依頼。」
ただぼーっとしていると、暗い思考の本流に飲み込まれそうになるので、司
法裁院からの依頼を思い出しそれを確認することにする。
一通目、休日の初日に届いた奴だが期限は翌日だった。期限切れ。相変わら
ず馬鹿。無茶振り過ぎ。ハイリ死ね。
国の軍事顧問であるが、司法裁院の最高諮問高査官を秘密裏に兼ねているあ
のクソジジイにとりあえず悪態をついておく。依頼とは無関係だろうけど、
最高責任者であるから。
二通目、その翌日に届いている。どんだけこき使う気だ。期限は七日程ある。
こちらは猶予のある日程だったけど、後三日で期限を迎える。まあ、私が悪
いのだけど。
ベイオスの指定は明後日だから、今日明日には終わらせないといけない。家
で悶々としているよりはいいのかもしれない。人殺しの罪を考えるのが嫌で
人を殺しに行くとか意味わからない。
自嘲する。
とりあえず、明日の夜にでも依頼をこなそう。
「あ!」
思わず声を上げて、デニムの後ろポケットから小型端末を取り出す。すっか
り忘れていたが文書通信が大量に溜まっていたんだった。端末を開いて文書
を確認していく。
大半が音声通信に対する不在連絡だ。主にザイラン、ヒリル、ズーキス・・
・あぁ、会社はクビだろうな。
ん?
一件、一昨日の日付で差出人不明の文書がある。内容を確認すると、「例の
喫茶店で待つ。」とだけ書かれていた。おそらくベイオスだが、日程が記載
されてないので今すぐ来いということだったのだろう。相変わらず勝手な。
他はやはりザイランやヒリルの、こちらの安否を気にしている文書ばかりだ
ったが、一昨日のヒリルの文書に「ズーキスが連絡取れるなら、もう来なく
ていいって伝えておけと言われた。」って内容があった。
あぁ、やっぱりか。
無職になった。
私の馬鹿。
特にやる事もないし、文書を一つずつのんびり読んでから、明日の準備でも
しようっと。




「合同捜査と言ってもだ、やるならやるで報告してもらわなきゃ困るだろう。
現場で鉢合わせた時、経験上良い方には転ばん。」
アイキナ市警察局長と書かれたプレートが乗っている机に、両肘を付いた手
を組み、そこに顎を乗せた恰幅のいい男が渋い顔で言う。局長から机を挟ん
で向かい側には、ギーツェとルルフェットが立っていた。
ギーツェはいつも通りズボンのポケットに手を入れているが、ルルフェット
は直立のまま緊張していた。
「うちの局員もハクリオル商会はマークしてるんだ。可能性が無いとは言え
んだろう。」
「はい、申し訳ありません。」
話を続ける局長に、ルルフェットはただ只管謝る。

昨日、ハクリオル商会を追ってベイオスが潜伏していたであろう場所に待機
したり、家に近づいたりしたのを、アイキナ市警察局員が見ていたのだった。
その局員の誰かが、ブルナッカ市警察の局員と気づいて、呼び出しを受けて
現状に至っていた。

「別にこちらから、あれしろこれしろとは言わん。が、現場の混乱を招くよ
うな事は避けてくれ。そこは、協力しろ。」
有無を言わせない迫力で命令してくる局長に、ルルフェットは委縮する。
「はい、以後気を付けます。」
隣でずっと明後日のを方を向いているギーツェが横目に映っている所為で、
しなくてもいい緊張をルルフェットはさせられていた。面倒くさそうな顔を
しているギーツェは、ザイランの居る局内には居たくないと思って不機嫌だ
ったのだが、幸い現在は外に出ているのでほっとしていた。
「聞いているのか、ギーツェ。」
局長がギーツェに向かって凄む。
「へいへい。」
やる気無さそうに、適当に返事をするギーツェに対し「またこの人は!」と、
ルルフェットは内心で叫んで焦る。が、局長は特に怒った風でもなく話を打
ち切る言葉を続けた。
「わかったなら、防犯課に今後の動きを伝えて捜査に戻れ。」
「はい。では失礼致します。」
ルルフェットがそう応え一礼しているうちに、ギーツェは既に局長室から出
るために扉に向かっていた。

防犯課の女性警務とルルフェットが話しているのを見ながら、ギーツェは暇
だなと思っていた。面倒事はルルフェットに押し付けているが、なかなか終
わらないので暇になってきた。
それよりも一番の問題があったので、ルルフェットの傍に移動する。
「先、外いるわ。」
「え、ちょっと。もう少しなんで待っててくださいよ。」
ルルフェットが慌てて制止するが、無視してギーツェはロビーを横切り出口
へと向かう。自動扉の前にさしかかると、扉が開きだす。ギーツェより先に
近づいた誰かが入って来たようだった。
「ちっ!」
「なっ!」
ギーツェと入って来た人物がお互い顔があった途端、お互い嫌悪の声と共に
同時に右手で殴りにかかる。お互い左の頬に相手の拳を受けて、よろめいた。
局内の職員は仕事の手が止まり、唖然としていた。当然、窓口に来ている市
民も何事かと行く末を見守る。事情を知っていそうな局員であろう数人は、
頭に手を添えたり、軽く首を振ったり、やれやれといった態度である。
『ふんっ。』
暫し睨みあっていたが、お互い吐き捨てるように鼻を鳴らすと顔を反対方向
に向けながらすれ違う。それを合図に止まっていた観客は、時間が動き出し
たようにそれぞれの役割に戻っていった。
ギーツェが出て行った事を確認することもなく、その男はルルフェットに近
づいて行った。
ルルフェットは緊張して、その男を観察したがベテラン風のよく居る警察員
を思わせた。典型的な。そして、あの態度からしてこの男がザイランなんだ
ろうと推察出来た。
「とりみだして、すまん。あいつの相棒か?」
近づいて来たザイランにルルフェットはを掛けられ、ふと考え事をしていた
ためは吃驚した。
「は、はい。あ、いえ、相棒でなく、部下なんですが。」
「そうか、あいつの下じゃ苦労するな。アイキナに来たいならいつでも口添
えするぞ。」
ザイランは軽くルルフェットの肩を叩くと、そのまま奥へと行ってしまった。
ルルフェットはぽかんと、少しの時間その後ろ姿を眺めていたが、手続き中
だったことを思い出し慌てて続ける。あまり待たせると、どやされるのが容
易に想像出来たからだ。
ルルフェットにとってザイランは気真面目そうな警務に見えた。故にギーツ
ェとの不仲の理由が尚更意味がわからなくなっていた。

ギーツェは警察局の外で不機嫌な表情で煙草を吸っていた。普通に真ん前の
歩道で吸っていたのだが、警察員に注意され、局の横に設けてある簡易喫煙
所で渋々。
「お待たせしました。」
そこへ手続きが終わったルルフェットが現れる。ギーツェは一瞥しただけで
煙草を吸う作業に戻る。視線は吐き出した紫煙を追うように、斜め上の上空
へと向けられた。
「さっきの、ザイラン警務ですか?」
左頬がうっすら赤みを帯びているギーツェに、ルルフェットは恐る恐る聞い
てみた。
「あいつの話はするな!」
藪蛇だった。
ギーツェは中程までしか吸っていない煙草を、水の入ったバケツに叩きつけ
るように捨てると足早に歩き始める。ザイランの事は、今後も聞けそうに無
いなと諦めつつ、ルルフェットはその背中を追い、アイキナ市警察局を後に
した。



★会社に謝りに、とランチ
髪を後ろで束ね、出来た尻尾を上に向けて固定するいつものスタイル。ただ、
司法裁院の仕事に行くわけではないので軽く化粧をする。カラーコンタクト
はパス。
仕事用である合成皮のショートパンツに、薄いブルーグレーのカットソーを
着て、その上にチャコールグレーの膝まで長さのある薄手のカーディガンを
羽織る。小銃は流石に物騒なので付けていない。
小型端末を確認。特に昨日から連絡らしい連絡も無い。ベイオスからの場所
の指定もまだ来てない。ヒリルには、後ろめたさからか文書通信に対する返
信は出来ていない。
準備が出来ると玄関に行き、靴底に鉄鋼を仕込んであるパンプスに足を入れ
ると、足の甲をバンドで固定する。そしてショートパンツとは対照の、白い
ショルダーバックを左肩に掛けると、玄関の扉を開き廊下に出て鍵を掛ける。
駅に向かって出発。

その事務室の扉を開けて中に入ると、仕事をしていた机にいる人や、コピー
機の前に居る人、移動している人、等がこちらに視線を向ける。打ち合わせ
をしている人はそっちに集中している所為か気づいていない。それでも目を
向けて来る人は、その打ち合わせに飽きたのか興味ないのか不明。
私がその事務室内を歩いて進みだすと、入り口付近に居た男の会社員が行く
手を阻む。
「どちら様ですか?関係者以外立ち入り禁止なんですが。」
それぐらい常識だろうとばかりに、不機嫌な表情と態度。
「お詫びしたらすぐに帰ります。」
私はその男をさっと躱して奥へ進む。
「あ、ちょっと!」
制止を無視する。昼少し前の十一時、気が立っている人もいるかもしれない
が知らない。
私は元上司である、ズーキスの前に立つと、ズーキスは机を挟んで立った私
に多少たじろいでいる。
「ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした!」
肩に掛けていた鞄は足の前で両手に持ち、そのまま深々と頭を下げる。もう
来なくていいとは言われたが、迷惑をかけた事に対してはどうしても謝りた
かった私なりのけじめ。
「あの、どちらさん?」
ズーキスは気づいていないようだった。眼鏡も掛けてないし、髪も結わえて
る。瞳の色は紅いし服装も想像したこともないだろう。事務室内の誰も気付
いていないようだった。
「ミリア、です。」
この姿で会社に来たことに、少し気恥ずかしくなり言葉に詰まりながら自分
の名前を言った。
「は・・・え?」
ズーキスは見たことの無い顔をしていた。形容し難いのでパス。事務室内が
騒つく事に、あまりいい気分ではなかった。何か変わったものを見るような
視線、ひそひそ声。
「いや、気が付かなかった。」
ズーキスは落ち着いたようで、出てきた言葉はそれだった。既にいつもの表
情、態度に戻っている。
「いろいろあって連絡が出来ない状態でした。顔を出せる立場ではないと判
っているのですが、今回掛けたご迷惑について、どうしても謝罪したく伺い
ました。」
「そうか。」
ズーキスは少し思案すると。
「事情はどうあれ、今後また起きない可能性も否定できない。よって我が社
としては契約は続けられない。この決定は覆らない。」
淡々と説明する。
「はい、私も同意見です。」
ズーキスは特になんの反応も見せず、机の袖にある引出から封筒を取り出し
た。なんの変哲もない、何も記載されていないただの茶封筒。
「これを、どうしようか迷ってて、丁度良かった。」
ズーキスは封筒を差し出してくる。
「これは?」
「先週までの勤務分の給料だ。」
「いえ、ご迷惑を掛けましたので。」
と、私は慌てて右手を胸の前で振る。
「私もそこまで非常識ではない。これは正当な支払だ。」
「はい、有難う御座います。」
素直に受け取る。これ以上は迷惑になるだけなので。
「本当に申し訳ありませんでした。」
もう一度謝る。
「もう気にしなくてもいい。君はまともで、仕事も問題なく熟していたので
残念だが。」
ズーキスの評価は悪くなかったらいし。今となっては、だけど。とりあえず
ひとつのけじめはついたと思う。
「有難う御座います。お仕事中、お邪魔しました。」
「いや、いい。渡すものも渡せたし丁度良かった。」
「では、失礼します。」
私は頭を下げると、事務室内を歩いて出入り口の扉に向かう。途中、ヒリル
が何か言いたそうにこちらを見ていたが、私は敢えて見ずに事務室を後にし
た。
この会社に居たミリアには、心の中でさよならして。

「ん~。」
会社があるビルを出ると、私は両手を上げて伸びをする。一つ肩の荷が下り
た感じで少し気持ちが楽になった。
「さて、次来れるかわからないし、アレッタレットでのランチしに行こ。」
ここの短時間勤務をしている時、いつもランチしていたお店。私は死んでい
て来れないかもしれない。生きてても、来る機会や理由が無く来ないかもし
れない。だから、今日はゆっくり楽しんで帰ろう。
もちろん、そのつもりでこの時間に会社に寄った。歩いて五分程のアレッタ
レットに私は足を向けて歩き出す。

昼少し前、店内はそこまで混んでいなかった。ということは、この後、昼食
時の喧騒がやってくわけだ。
昼食時間後に合わせればよかった。
とも思ったが、気分転換には丁度いいのかもしれない。店員のいつもの「空
いてる席へどうぞ。」の案内で適当な席に着いてそんな事を思っていた私に、
店員が運んで来た水を置きながら確認してくる。
「お決まりでしたらお伺い致しますが。」
「はい。」
メニューは既に決まっていた。普段のランチが千前後の金額なので、あまり
高いのは食べないようにしていたのだが、気になっていたパスタがある。今
食べずして何時食べるのか。
「カルボナーラ フェットチーネをオールセットで。」
「畏まりました。」
カルボナーラ、普通に考えるとあまり高級な感じはしないが。説明書きには
こう書いてある。

ベーコン。サールアニス自治連国領メフェーラス国の広大な草原で放牧され
ているブランド豚、アーリマを同じくサールアニス自治連国領の沿岸国、モ
ッカルイア産の塩を使った生ベーコン。
卵。サールアニス自治連国領の山間国アンテリッサ。その高原で放牧されて
いるブランド鶏、ホルマーラの卵を使用。
チーズ。同じくアンテリッサにあるホルコス高原で醸成された濃厚なパルミ
ジャーノレッジャーノを使用。
最後に香りとして黒トリュフのスライスを添えています。

いい素材使っているから高いんだよ、ということらしい。一度食べてみたか
ったがこれ一食で四日分の通常ランチが食べられる。そりゃ食べてみたくて
も避けるよね、普通。
そしてオールセット、通常のランチセットはサラダとドリンクが付き金額が
変わらないが、オールセットはプラス五百程かかる。薄切りのトマトとモッ
ツァレラチーズが二切れずつにスイートバジルが添えてある、前菜のカプレ
ーゼ生ハム添え。生ハムは一枚だけど。カリッと焼いた薄切りのブールパン
とオリーブオイル。コンソメスープに日替わりデザートとドリンクが付いた
豪勢なセットとなっている。
「お待たせしました、セットの前菜とパンになります。」
早速オールセットの一部が運ばれてきた。この組み合わせはもう葡萄酒コー
スな気がするけど、麦酒好きの私としては麦酒が欲しい。
カプレーゼのトマトとモッツァレラチーズをパンに乗せ、既に味はついてい
るけど、更にオリーブオイルを掛けて頬張る。
おいしい。
と、至福の瞬間、私のテーブルの向かいに、椅子をがたんと引いて座った人
物がいる。
「どうして何も言ってくれないの!」
昼時に突入し、喧騒も大きくなってきた店内で、喧騒にも負けずにその人物、
ヒリルは私に言ってきた。顔は怒っているようだったが、悲しさも含んだよ
うな瞳をしていた。
そんな空気など関係なく、店員が水を運んでくる。
「いらっしゃませ、ご注文は・・・。」
「同じの!」
店員の言葉を遮り、私の料理を指さしてヒリルは注文する。
「は、はい。カルボナーラ フェットチーネのオールセットですね。」
「そう。」
店員の確認にヒリルが同意する。こちらを睨んだままで。居ずらい雰囲気だ
ったのだろう、店員がそそくさと去っていく。
「ごめん、なんと言っていいか。」
私は困惑する。結局のところそれだった。これ以上危険が及ばないようにと
か、だから関わらない方がいいとか、そんなことではなく。ただ、なんと言
っていいか判らなかった。
「友達だと思ってた。」
声は小さくなり、表情が悲しげになる。相変わらず感情豊かだなと思った。
「私、友達居たことないからわからないけど、ヒリルの事は大切な存在にな
っていた。だから、巻き込みたくないって思って。」
ただ、そう思っているのも本心だった。巻き込んでしまってはいるのだけど、
せめてそれに気づかれないうちに終わらせれば、本人に害は及ばないだろう
と。
自分勝手な話だけど。
「大切なら、相談とかしてくれてもいいじゃない。」
「大げさな話ではなく、命に関わるの。私だけならともかく、大切な人に危
害が及ぶ事は避けたいの。」
私は真面目な顔と声で、伝えた。仲良くなっていなければ、とも思うが結果
論でしかない。なっていなければ、ベイオスは他の手を考えたかも知れない
けど、私がそんな状態になっていたかも別の話だ。
「大切に思ってるなら、尚更話して欲しかったよ。というか、見た目すら全
然違うから、大切と言われたことすらも信用できないよ。」
そう言って、ヒリルは悲しそうな顔をする。
「本業が、仕事の内容は言えないけど命に関わる事なの。出来れば、通常生
活は目立たないようにしたかった。」
そこへ、店員がヒリルの分の前菜を運んでくる。無言のまま、それを口に運
んで食べ始める。
「偽っていたのではなく、いつものように私は私で生活していたの。本業の
ことは誰にも口に出来ないだけで。ヒリルと行こうって言ってた、買い物も
行きたかったの行けてないままだし、なんか心がどうにかなってしまって、
会社もクビになってしまったし、嫌われたくも無くて、言ってないこと多す
ぎて信用なんかされないのわかってるけど、でもどうしていいのかもわから
ないし、こんな考え自分勝手ってわかってるけど・・・ごめん。」
そこまで一気に言うと、一方的過ぎることに謝る。我儘撒き散らして、卑し
い。相手の気を引こうとして、許しが欲しくて、嫌われたくなくて。みっと
もない。
目が潤んでくる。
「美味しい、ね。」
そう言ったヒリルの顔は、寂しさのような表情に無理に微笑を浮かべたよう
だった。どう言っていいのかわからずに、私は前菜の残りを無言のまま口に
運ぶ。
「友達、いたことないの?」
「え?」
突然、違う方向からの質問に私は間抜けな問いを零す。
「さっき、いたことないって。」
「あ、うん。物心ついた時には、私を預かった爺さんと二人きり。人が住ん
でいた村とはかけ離れた山中で。稀に爺さん訪ねてくる人がいる程度の人付
き合い。」
懐かしいなと思いながら話す。良くもなんともない過去だし、どちらかと言
えば嫌な。
「お待たせしました、セットのコンソメスープです。」
店員の声が割り込んできて、スープを置いていく。二人分。ヒリルは直ぐ様
スープをスプーンで掬って口に入れる。
「じゃぁ、私が初めてなんだねぇ。」
そう言って二口目を口に運ぶ。誤解を招きかねない言い回しをして。
「そう、なるね。」
もう、二度と、こんな思いしないためには、今まで通りの生活に戻るしかな
い。必要最低限の付き合いで。こんな思いするくらいなら、その方が楽に生
活出来る。いつも通り。
「次は、楽しい気分でこのセット味わおうね。」
「へ?」
間抜けな声を出す。ヒリルは何を言っているの?
「他に居ないんじゃしょうがない、私が友達でいてあげるって言ってるの。」
言葉は上からだが、その表情はまったくそんな雰囲気もなく、優しく微笑ん
でいた。
「あぁ、でも、とか危ないから、とかこんな私でいいの、とかそういうの無
しね。そんなん承知して言ってるんだから。いつもマイペースで淡々として
るから、少しミリアの他の部分が見れたのは、私に心の一部を見せたって思
ってるし。とまぁ自分勝手な話だけど、人間みんなそんなものよ。」
未だに呆けている私に、更にヒリルは続けた。
「ミリアに勝っている点を見つけた、私の方が人付き合い多分上手いよ。っ
ていつまでぼーっとしてるの?スープ冷めるよ。」
そこまで言われて、スプーンを持ったまま止まっている右手を見る。右手を
動かし、スープを掬って口に入れる。
「あったかくて、美味しいね。」
なんとも言えない気分だった。ヒリルが言ってくれる言葉は、嬉しいしあり
がたい。だけど、人殺しの私にそんな資格などないだろう。本当の事を知れ
ば軽蔑するだろう。でも、今はその優しさに縋りたい気分だった。
「こちらメインのカルボナーラです。お待たせ致しましたぁ。」
さっきとは別の店員がカルボナーラを置いて行った。トリュフの香りがパス
タの熱気で膨らみ一気に鼻の中に入って来る。
「なんか凄いいい匂いだけど、この黒いのって?」
ヒリルがパスタの上にかかっている、トリュフを指さす。
「トリュフだけど?」
「えぇぇぇっ!」
店内の喧騒を上書きしたその声は、他の客から一斉に注目を浴びた。
恥ずかしい。
「と、トリュフって、高いやつだよね?」
フォークを掴もうとした手を挙動不審に動かしながら、動揺を隠せない声で
聞いてくる。
「そうね。」
「そうねって、なんでそんな高いもの食べてるの。」
「次来る機会があるかわからなかったから、食べてみたかったのを注文した
のよ。」
怒っていたのも忘れ、すっかり普段の調子に戻ったヒリルの顔は、今や動揺
に染まっていた。
「このセット、いくら?」
恐る恐る聞いてくるヒリルに、私は左手の五指を全部広げて見せる。
「うっ・・・。」
額に嫌な汗が浮かびそうな表情で固まるヒリル。感情的に振る舞った自業自
得の結果なのだろうけど、私の責任だよね。
「暫くランチは控えめにするとして、頼んだものはしょうがない。楽しむし
かないね。」
観念したらしい。フォークを持って太めの平打ちパスタ、フェットチーネを
絡めて口に運ぶ。私も同様に巻きつけて口に入れる。
!!
なんと濃厚な黄身か。チーズのコクがその濃厚さを際立てている。それに負
けないようベーコンの味もしっかりして、トリュフの香りが鼻から抜ける。
これは確かに美味しい。
「凄い!こんな美味しいカルボナーラ食べたことない!」
ヒリルが目を丸くして感動している。同感だ。

デザートと紅茶まで堪能した後、私とヒリルは店を出た。ヒリルが来た時点
で私が払おうと思ってたので、遠慮するヒリルを諭して支払った。なかなか
贅沢な時間を過ごした。今まで無かった時間、いろんな意味で。
「今度時間が取れたら、服見に行くよ。今の方が絶対いいもん、選ぶの楽し
み。」
店の外に出るなりヒリルが言ってくる。いや、私の服なのになんであんたが
楽しみなのよ。
「だから、これでバイバイはやめてよ。」
これで終わりなんて認めない。連絡が取れなくなるとか許さない。そんな思
いを秘めたような視線でこちらに言ってくる。
「わかった。」
私は静かに頷く。きっと、私が関わったことで迷惑をかけたの間違いないけ
ど、今の私がいるのはヒリルのお蔭だ。思えば、現実に引き戻される結果に
なったことも、今こうして過ごしている時間も、今後自分との葛藤に苛まれ
る時も。彼女の存在は、小さくないと実感させられた。
「ごちそうさま。今度、一緒に出掛けた時は私がご馳走するね。」
いつもの笑顔を向けて言ってくる。
「いいわよ、気にしなくて。お詫びだもの。」
「だめ。」
速答される。なんか、そんなことは許さないという雰囲気だ。
「わかったわ。」
諦めて従うしかないなと思って折れる。
「よし、じゃぁ私は仕事に戻るね。また連絡する。」
「うん。ただ、これから数日は時間が取れないから。その後だったら。」
「わかった。」
手を振りながらヒリルは仕事に戻って行った。その行為は、裏切るという意
味ではなく、次に会うことは無いかもしれないと思った。つまり、私がこの
数日を生きて乗り切れるかわからない、という事だけなのだが。
そうしたら、裏切り者と罵られるだろうか。
やだな。
そんな事を思いながら駅に向かって歩き出す。死ぬつもりなど無いけど、結
果そうなってしまったら、どう思われるんだろう。その時、私の身体はただ
の肉の塊でしかないから、知りようがないけど。
後ろめたさもありつつ、事務所に行ったときヒリルと目を合わせもしなかっ
た。それに憤慨し、更に私を突き離さなかった彼女には、今まで感じた事の
無い安らぎみたいな気持ちを貰った気がした。




メクルキ商業地区に複数ある通りの一つ、ミヌコス通り。数ある飲み屋街の
一つである。立ち呑み屋、普通の居酒屋、お姉さんがいる飲み屋、はたまた
風俗まで至る所に存在し、数区画続く大きな商業地区。
周辺はオフィス街でもあるため、夜は会社員が至る所に闊歩している。休日
前ともなると、電車が無くなった時間でも人通りは多い。比例して、路上に
嘔吐している人や、そのまま寝てしまう人、殴られたのか顔から流血して倒
れてる人など休日前の風物詩としか捉えられていない。
お姉さんがいる飲み屋や風俗は、女性の呼び込みが酔っぱらった会社員から
少しでも巻き上げようと声をかけ、女性にはチャラついたスーツ男が営業ス
マイルで呼び込みを掛ける。

モーカスビル、の隣にあるビルの屋上で、私は時間を確認していた。ミヌコ
ス通りにあるこのモーカスビルは、一階は煙草屋であるが、趣味なのか店内
の空間の一部に卓を設け、角打ち出来るようにしてある。
喫煙しつつ、店内のお酒や食べ物を購入してその場で飲食可能なようだ。少
し覗いたが利用者は多かった。
二階から上は居住区画で、賃貸経営している。その不動産会社はホルクとい
う名前だったが、グラッダル製作所の子飼いとなっている。グラッダル製作
所は電子機器類の部品製造会社だが、裏の顔は五葉会の一角となっている。
今回、司法裁院からの【危険人物特別措置依頼】の標的はこのビルの居住区
にいる。
グラッダル製作所はこのマンションを、売春の為に利用している。ここで働
いている、ではなく働かされている少女たちは皆未成年、つまり一六歳未満
ということになる。
アイキナ市では、買売春による犯罪が後を絶たないため、かなり前から市警
法で禁止されている。つまり、売るのも買うのも法によって罰せられる。そ
れを理由に一度行った者は辞める事も出来ず、使われ続ける。
誘い文句、脅し文句はいくらでもあるだろう。主に狙われるのは家出少女だ
が、その一線を生業としている者の狡猾な言葉を、掻い潜る知識もなく軽い
気持ちで始めるのだと言う。
ここで搾取される側は、売上の殆どを貰えずに、体調が悪かろうが関係なし、
薬を使ってこき使うのも当たり前、使い物にならなくなったら捨てるなり殺
すなり処分する。生きているにも関わらず、肉の塊としてしか扱わない。
自分のために殺す?
私も同じだ。
以前、出ることも無かった葛藤が湧き上がってくる。でも、私はここに居る
と決めた。この葛藤と生きていくと。

マイリア・フィネンド十六歳女性。ここで使われている女性ではない、この
マンションで行われている売春の元締めだ。今回の標的でもある。
世の中には色んな人が色んな仕事をしている。マイリアが特殊だとは思わな
い。それは、自分も似たような立ち位置にいるから出て来る考えかとも思う
が。
今夜は月例の定例会で、運営管理に携わっているグラッダル製作所の人員が
集まる日になっている。といっても、このマンションで動いている人間は全
部で六人。半分の三人は女性となっていた。見ず知らずのおっさんが声掛け
るより、女性の方が効率がいいからなのか解らないが。
同じ女性で、自分より若い娘を物として扱うってどういうことだ、等とは思
わない。私の生きた世界は、私をそうしたから。
定例会開始まで後二十分程。深夜零時という遅い時間に開始される定例会。
肌に悪いのでもう少し早めの時間にして欲しい。
八階建てのモーカスビルの最上階に存在する会議室でその会議が行われる。
一時間ほど前に、標的であるマイリアが少女を連れて入って以来、まだ誰も
訪れてはいない。それまで、会議室の電気は点いてなかったのでおそらくマ
イリア一人だろう。

「誰が喚けっつった。喘げっつってんだよ。」
床に顔を押し付け、口をテープで塞がれた女性が涙を流しながら呻く。吊り
目のショートボブの女性が、後ろ手に縄で縛られ尻を突き出させた少女の股
の間に、血に塗れたシリコン製の棒を出し入れしていた。
「ったく使えねぇ。」
ショートボブの女性は、黒のパンツスーツ姿で煙草を咥えながらそう言うと
少女の尻に蹴りを入れる。少女の股からシリコン製の棒が、少女が横倒しに
なると同時に抜けた。
「マイリア、あんまり商品傷つけないでくださいな。」
「今まで通りだろうが。」
会議室に入って来たショートカットの女性、こちらも黒のパンツスーツ姿で
入って来るなりもともと居た女性、マイリアに言った。その言葉にマイリア
は「ふんっ」と鼻を鳴らすように言い返す。
「世の中にゃ、処女好みも沢山いるけどな。初回限定で高値で売れたってそ
の後は同じだ。むしろ限定客探す方がめんどくせー。だったら数熟した方が
利益率は上がる。だよなぁ?」
「だけど、傷ものになったら商品としての価値がなくなります。そっちの心
配をしろと言ってるんですが。」
「わーかってるよ。」
マイリアは面倒くさそうに片手を振ってみせた後、倒れた少女に近寄る。少
女は涙と鼻水に塗れた恐怖の顔で、目線をマイリアに向ける。開放を懇願す
るように。
マイリアはそんなことに興味は示さず、少女の口に貼ってあるテープを剥す。
少女がここぞとばかりに叫んだ。
「助けて!お願い!」
マイリアは手に持った棒で少女の顔を殴りつける。シリコン製の棒に付着し
た血液と体液はまだ乾いておらず、少女の顔を汚した。
「三日やる。この棒やるからてめぇで穴の調整しとけ。」
「やだ、こんなつもりじゃ無かったの!帰して!」
マイリアは少女の言葉に怒るでもなく、おもむろに会議室に備え付けの掃除
用具入れロッカーへと行き開ける。その中からサーベルを取り出すと、少女
の元に戻り、鞘からサーベルを抜き放つ。僅かに反り返り尖った刀身の剣先
が室内灯の光で反射した。
「言いかえよう、棒使っててめぇでやるか、あたしがこのサーベルで今から
穴の調教するか選べ。」
その刀身を見ながらマイリアは言った。少女はサーベルに目を向けた後マイ
リアに視線を写し恐怖で固まる。あんなもの入れられたら死んでしまうなど
想像するどころか、ただただ恐怖で目を見開いていた。底冷えするような暗
く鋭いマイリアの瞳を見て。少女にとってその目こそが、サーベルより恐怖
を感じさせた。
「無言ならあたしがやるでいいな。」
マイリアは少女に向き直ると、硬直して無言のまま横倒しになった少女を蹴
って仰向けにすると、サーベルの剣先を少女の恥部に近づける。
「じ、じぶんで、やります。」
少女は絞り出すように言った。マイリアはサーベルを鞘に戻すと床に放り出
し、少女の左足首を掴む。ビクッとした少女を気にすることも無く、そのま
ま片足を持ちあげる。
「やれっつった時点で最初から自分でやるって言えよ。手間掛けさせんじゃ
ねぇ糞女!」
そう言いながら、足を持ちあげたことにより身体が横倒しに近い状態になり、
露わになった股間、その穴に先端が尖っているパンプスを蹴り入れる。
「あぎゃぁぁぁっ!」
部屋中に反響するほどの絶叫を上げて少女が身体を跳ねあげる。
「マイリア、やり過ぎよ!」
ショートカットの女性が声を大きくする。
「あなたそれで何人駄目にしたと思ってるの!」
「あ?だったらボレス、てめぇが代わりに仕切れよ。」
「いや、あの、それは・・・。」
マイリアの言葉に、ボレスは口籠る。マイリアはふんっと言いながら少女に
向き直ると足を引き抜き、まだ呻いている少女の顔を血で汚れたパンプスで
踏みつける。
「黙れ。」
顔の至る所から体液を零していた少女が、荒い息のまま呻くの堪える。
「てめぇの汚ねぇ汁で汚れた、舐めろ。」
「少しは静かに出来ないのか、毎度毎度。」
部屋の扉が開き、短髪長身で大柄の男が入って来て言う。黒いスーツの上か
らでも胸筋、上腕や太腿の各種筋肉がしっかりついているのが判る程のがっ
しりした体型である。
「てめぇもかよ。」
マイリアがその男に向かって悪態を付く。男は股間から血を流して呻き泣い
ている少女を見てうんざりした顔をする。
「ほどほどにしろよ。」
マイリアが興醒めだと言いながらそっぽを向いた所で、また部屋の扉が開き、
ポニーテールの小柄な女が入って来る。童顔の為か幼く見えるその女も黒の
パンツスーツを着ている。
「うげっ、マイリアまたぁ?」
「どいつもこいつも、うるせぇなぁ。」
そっぽを向いたまま、マイリアは足で踏んでいた少女の頭を蹴り飛ばすと、
面倒くさそうに呟いた。

私は六人目が会議室に向かうのを確認すると、モーカスビルへ向かう。全員
依頼書の写真と一致していたので全員揃ったわけだ。モーカスビルに着くと
昇降機を確認する。表示は八階のためその後利用されていないだろう。
私は昇降機から少し離れた非常階段を一気に八階まで駆け上がると、周囲を
確認して昇降機の表示を見る。変化はない。
資料によると八階の利用は依頼書にあった六人のみと付記があったから、定
例会が終わるまでこのフロアは誰も来ないと予想する。が、何があるか判ら
ないので用心だけはしておく。
一瞬、フロア内を探して分電盤から電気を落とそうと思ったが、部屋だけ消
すと使用者が警戒し、フロア全体落とすと周りに不信を与える。ま、電気系
は困る結果になりそうだからやめとく。
正面から堂々といくか?
出てきた所を狙うでもいいが、ここは外から見えるからな、論外。やはり会
議室に乗り込んで短時間で終わらせるしかないか。
部屋に入って電気を消したら閃光呪式で目晦ましを、いや閃光が周囲に漏れ
るからだめだ。
むぅ。
正面から行くか、やっぱ。強そうなの一人だけだったしな。

ガチャ。
結局普通にドアを開けて中に入る。当然中に居る人間はこちらに一斉に振り
向くが、振り向き終る前に入って一番左にいたポニーテールの女を、首より
下の毛先と一緒に左手で放った<六華式拳闘術・華流閃>で首を落とす。
同時にその隣に居た、髪の長い残念な感じの男に、逆袈裟の様に右足で蹴り
を放つ。蹴りの間合いでは無いが、<六華式拳闘術・華巖閃>が振り向いて
いた身体ごと頭部を縦に両断する。
その時、最初の女から首が落ち遅れて断面から鮮血が舞い上がる。私は既に
一足飛びで長髪残念男の先に居た、ショートカットの女性の前に踏み込む形
で移動していた。
既に席を立っており、銃でも抜くつもりだったのか、上着の内側に手を伸ば
していたが遅い。私の足がダンッと床に着くと同時に、相手の腹部に触れた
左拳からは<六華式拳闘術・華徹閃>の衝撃が突き抜ける。
後ろでは長髪残念男が断面から血を吹き出している。
左拳から穿たれた衝撃は、ショートカット女の腸を背中から噴出させ、破れ
た腸はさらに汚物を撒き散らして、赤黒い血、黒い汚物、黄色い脂肪、桃色
の腸の断片等が散らかっていく。
穿たれた衝撃は、その背後に居た小太りのおっさんの腹まで貫通し同じよう
な物を腹の穴から零している。二人とも驚愕の顔圧したまま崩れ落ちていく。
残り二人。
一番奥に居たショートボブの女、主目的であるマイリアがサーベルを抜いて
こちらに向かってくる。
む、一人居ない。
私は右方向に踏み出し、左足を動かす勢いで左半身を後方に回す。今まで居
た場所の後方から、突き出されていたナイフが空を突いた。
こいつ、巨躯の割に速い。
私は直ぐ様身を低くして、跳ねて首筋を狙ってきたナイフを躱しざま、左手
でその手を跳ねあげるように添え、踏み込みながら右拳を突き出して<六華
式拳闘術・華徹閃>を入れる。
そのまま踏み込んだ右足を軸にして、左後ろ回し蹴りでマイリアのサーベル
を受けつつ、パンプスの底に入っている金属が刃の侵入を妨ぎ弾く。回し蹴
りの遠心力で、右足で床を蹴りマイリアの側頭部に旋風脚を叩き込む。骨が
砕ける感触がして、マイリアの左眼球が飛び出す。切れなかった視神経が頬
に眼球を垂れ下げつつ、マイリアは机を薙ぎ倒しながら転倒する。
着地と同時に視界の片隅に映っていたナイフを、床を転がって回避。胸に穴
を開け、盛大に鮮血を零しながら大柄な男がナイフで突いてきていた。
しぶとい。
私は起き上がると間髪入れずに後方へ跳躍。同時に抜いていた雪華を発動。
白い呪紋式が空中に放出された直後、高電圧の電流が迸る。追い打ちをかけ
ようと迫っていた男に直撃すると、その場で硬直して痙攣する。沸騰した血
液から湯気があがり、白濁とした眼球は何を映すことも無くその場にどさり
と倒れた。
私はその場から横に軽く跳躍。今まで居た私の場所をサーベルが通り過ぎ壁
に突き刺さる。
顔半分を真っ赤に染めたマイリアが投擲してきたサーベルを避けると、私は
懐に右手を伸ばしているマイリアと一気に距離を詰め、その手首を手刀で折
る。
「っく。」
短い苦鳴を上げたが、それを最後に頭が傾き床に落ちる。遅れて胴体が血を
吹き出しながら崩れ落ちた。

会議室の中は飛び散った血と、撒き散らされた臓物と、汚物で酷い匂いが漂
い混沌と化した。部屋の隅に仰向けに転がっている少女は、生きてはいるが
目に生気はない。
裸体であることや、血や臓物が降り注いで汚れていることも、知らないよう
に色の無い瞳を天井に向けている。
私は近づいてみたが、無反応だった。試に、壁からサーベルを抜いて太腿に
軽く刺してみても反応は無かった。
もう、死んでるようなものね。
そう思うと、少女に止めは刺さずにそのビルを後にした。




2.「変えられない刻と思いの流転」


いやぁ、完全にぷぅーだね。昼近くに起床して、お風呂に入ってさっぱり。そ
こからランチに出かける。なんて贅沢な過ごし方。ベイオスの指定日は今日だ
が、未だに連絡も来ない。だったらのんびり好きなことして過ごすしかないな
ぁと思っていた。
とりあえずお腹も空いていたし、何処かでランチしようと思い、ランチタイム
の真っ只中を過ぎ去った十三時近く、私は近所のアリアに出向いて来ていた。
そういえば私、アリアでランチというかご飯的なものは何一つまだ食べていな
いじゃん。と思って今日のランチはアリアにしたのだ。デザートや紅茶も美味
しいのでランチも期待している。
ランチタイムを避けてきたが、この店が混んでいるのを想像出来ない、という
事に来てから気づいた。
客は私含めて近所の人かな?っていう人が数人と、会社員であろう二人一組が
珈琲を飲みながら煙草を吸っているだけだ。カウンターに座りマスターと会話
しているおっちゃんは常連か友達だろうと推察する。そして住宅街なので会社
員が少ない、若しくは居ないというのも納得できる。
それでも店自体はあまり広くないので、三分の一くらい埋まっている感じだ。
そんなわけで、オフィス街のお店みたいにランチサービスなどやってないだろ
うなと思っていたのだが、なんとあった。
しかも十五時までランチタイムです。ちょっと遅めのランチにしようと思う人
にとってもありがたい設定時間ですね。セット内容はミニサラダと珈琲または
紅茶となっております。ただし、ランチセットの珈琲紅茶は銘柄を選べないの
でご注意下さい。
途中からお店の宣伝をするように脳内展開してみたが、阿呆くさなって来たの
でやめる。
「お待ちどうさま。」
自分の阿呆さ加減に呆れていたところへ、マスターが注文していた料理を置い
て戻って行った。私の前に置かれたのはビーフシチューオムライス。米は殆ど
食べないが、ビーフシチューと合うのかどうか。
ただ、ビーフシチューの香りが空腹を刺激する。早く寄越せとばかりに胃がき
ゅーっとなるのを感じる。
よくよく考えると、私オムライス食べるの初めてだ。
早速スプーンでビーフシチューを口に運ぶ。
うぉっ。
この間家族向けレストランで食べたのよりはるかに美味しい。よく煮込まれた
牛肉が口の中でほどけていく。色はほぼ黒に近い色だったが、見た目と違って
濃い味でもなく丁度いい。
さて、オムライスを。
ライスの上に乗っかっている卵は、少し半熟気味でふわとろしている。ライス
と合わせてビーフシチューと食べる。
ん!
成程、確かにこれは合う。美味しい。ライスは塩胡椒とほのかに大蒜の香り。
そしてパセリが色を添えている。味はあっさりしているが、ビーフシチューの
味を殺さないのと、ふわとろ卵がまろやかにしてくれ美味しい。
あぁ、予想通り美味しかった。暇を見つけたらまた来よう。
[新教皇は、故マハトカベス教皇のご子息となられるわけですが、教国内の混
乱が治まるまでは戴教式は行わないとの声明がありました。]
ランチを堪能していると、店内のテレビから報道員の喋った内容が耳に飛び込
んでくる。
あれ、新教皇?なんか少し前にも変わってなかったっけ。そんな他国の情勢よ
りも、名残惜しいが最後の一口となったビーフシチューオムライスを口に入れ
る。
いやぁ、しあわせ。
後は食後の紅茶を飲んで帰るだけだ。
[しかし、前教皇は僅か半月程で退位してしまいましたからね。]
先程の男性とは違い、女性の声で聞こえてくる報道。
あ、やっぱ変わってたんだな。私の記憶は合っていたと思いながら、来店時に
出された水を一口飲む。
[大敗でしたからね、退く以外には無かったのでしょう。]
え?
そうか。そう言えば、そうだった。私だ。戦争で、教徒沢山殺したから。
聞きたくないな。
テレビ、見ないようにしてたのに。家のは壊れてるから、見れないけど。外に
出るとどうしても情報は入って来るんだよね。
いやだな。
また泣きそうになる。まだ感情が追い付いていないのだろうけど、決めたから
には前を向かないと。そんな事を考え始めた頃。
「はい、紅茶。」
ちょっと涙目になった私に気を使って見て見ぬ振りをしたか、見てないかわか
らないが、マスターはそれだけ言うと空いたお皿と引き換えに紅茶をさっと置
いて戻って行った。
いい香り。
普通のセイロンか何かだろう。普通に美味しい。
[しかし残念な事に、カンサガエ前教皇は、遺族である教徒数十人に囲まれて
暴行を受け還らぬ人となってしまいました。]
[痛ましい結果となってしまいましたね。]
報道員が重々しい声で語るのが聞こえてくる。
は?殺された?
殺した。
私が?
教徒が。
狂徒?
狂ってる。
教徒が?
わたしが。
いや。
うっ。
気持ち悪い。感情が歪む。
びくっ!
「え・・・」
吃驚した。文書通信の着信を知らせる一瞬の振動が、小型端末から伝わってき
て驚いたようだ。嫌な思考の連鎖に堕ちていくところだった。私は深呼吸して
落ち着くと、まだ温かい紅茶を口に運ぶ。紅茶の温かさが私を少し落ち着けた
気がした。
ほっとする。おいし。
あ、文書通信ね。お蔭で気分を切り替えられた。気が利いた事してくれたと微
塵くらいは感謝しておこう。私は小型端末をデニムの後ろポケットから出して
確認する。件名は無し。内容は
 今夜二十二時、ナッドベリウ港湾街区、ネスカール川沿いにある第二コンテ
 ナ置き場
だけ。ベイオスか。
微塵の感謝も無かった事にしよう。というか何処からか私を監視してるんじゃ
ないのかって気さえする。こんなタイミングなんて。
しかし、ネスカール川沿いとは大胆な。警察局の監視が厳しい場所を選ぶ理由
はわからないが。当然、警務の巡回だけでなく哨戒艇も出ている筈だ。まぁ最
近の情報はザイランから聞いてないので、どの程度の頻度かは判らないけど。
事件が起きた当時に比べれば、ノッフェスが捕まった後猟奇殺人は起きていな
い。その後に起きた殺人もおそらくベイオスだろうが、それ以来無いし戦争が
終わった事によってベイオスが事件を起こす意味もなくなっている。
であれば、哨戒艇や警務の巡回頻度が減っていても不思議ではない。まぁ戦争
に関しては警察局の知らない所ではあるので、事件は事件として処理しなけれ
ばないない点は変わらないだろうけど。
というか、嫌なことだけどベイオスは私に目を向けているようで、戦争前でも
混乱を起こそうって気を感じられなかった。単に自分が楽しめればいいって感
じで。
でなければ、ノッフェスを戦争が起きる前、あんなに早く捕まえさせることの
方が不自然だ。ん?
ちょっと待て。
いや、これは考え過ぎか。
というか自意識過剰っぽい考えなので嫌なのだけど。
私に興味があって接触して来た?その時点でラウマカーラ教国の計画なんてど
うでもよかったんじゃなかろうか?でも、そう考える方が行動の辻褄が合う気
がする。
いやだなぁ。
あんな偏執狂に付きまとわれるとか。
もし仮にそうだった場合、どの段階で私は目を付けられたのだろうか。そこは
想像がつかないので、本人のみぞ知るというところだろう。気にはなるけど、
考えても結論は出ない話だなぁ。
紅茶を一口飲む。冷めてきた。
テレビから聞こえてくる話は、明日の天気予報に移行していた。報道は終った
らしいことに安堵した。よし。
「マスター。」
私はカウンターの向こうにいるマスターに片手を上げながら呼びかける。店内
に数人の客がこちらを見るが知ったことではない。
「なんでしょう?」
厨房でなにやらしていたマスターが微笑みながら聞いてくる。
「ザッハトルテとダージリン。」
「畏まりました。」
私の追加注文にマスターは、表情は一切変えずに瞳を閉じて軽く頷く。かなり
の玄人だな、あれは。
特にやる事も無いので、せっかくだからお茶も堪能していこうと思った。とい
うか、ケーキが何種類かあるのだが、全部マスターが作っているのだろうか?
夜遅くまで開いているようだけど、もし作っているのなら睡眠時間ろくに取れ
ていないと思うのだけど。料理の仕込みもあるだろうし、仕入れていると考え
る方が普通かな。

「お待たせしました。」
マスターは私が頼んだザッハトルテとダージリンを置き、既に飲み終わったラ
ンチの紅茶が入っていた空き容器を下げてカウンターの奥へ戻って行った。魅
惑のチョコレートケーキ、美味しそう。
私は食べようと一口サイズにザッハトルテにフォークを近づけたところで、小
型端末がまた文書通信を受け取ったらしい。いいタイミングで邪魔をしてくれ
る、どっかで誰か見てるんじゃないの?まったく。
今度は誰よ。
端末を確認すると、送ってきたのはザイランだった。後で殴る。内容は事件に
ついて今から話したいから会えないかという内容だったが、ケーキ頼んで食べ
る直前に送ってくるところが憎たらしい。
却下。
一言文書を返信しておく。まぁ、どうせどっかの警務が見てはいるのだろうけ
ど。知らない。それはさておきザッハトルテ。私は続きを再開して一口頬張る。
ん~、おいし。
アプリコットジャムの微かな酸味と香りが、チョコの味を引き立てる。そして
ダージリンを飲む。爽やかな香りが鼻から抜けていく。ああ、美味しいな。い
い組み合わせだ。
その幸福感を邪魔する文書通信がまた来た。確認するとザイラン・・・一瞬湧
き上がりそうになった殺意を抑え込む。
まだ二回ご飯奢ってもらってない。その後にしよう。
文書を確認すると、却下一言はやめろと最初に、余計なお世話ね。事件に関し
ての大事な話だから、なんとかならないのか、ということだった。
今日は忙しいから無理。明日にして。
と、返事をしておいて私はザッハトルテの二口目を頬張った。

ランチタイムとティータイムを同時に堪能した私は、部屋に戻って来ていた。
既に十六時を廻っていたため、夜の準備を開始する。
ザイランからの連絡はあれ以降無かった。明日にしてと言ってあるので、どん
な話かは知らないが明日で大丈夫だろう。生きていたらだけど。
いや、まだやり残したことがあるので、死にたくはないのだけど。どちらにせ
よ今夜乗り切らなきゃ。
指定のあったナッドベリウ港湾街区は、港湾街区という固有名称の地名なので、
別に海や港があるわけではない。ただ、ネスカール川を行き交う交易船や運搬
船等の主要停泊地、物流地となっているため、そういう名前になっているんで
はないかと思う。
調べてないので詳しくは知らない。
そのため、川沿いには広大なコンテナ置き場が複数あるし、川幅を湾のように
一部拡張して船が停泊できるようになっている。そのため、客船や漁船といっ
た類いのものは停泊していない。
広大な敷地には荷物運搬用の大型車両や特殊車両が多く走っているらしい。ち
なみに線路が通ってないので、電車は走っていない。私が行こうと思ったら、
ブルナッカ市方面の電車に乗り、市境のリャスリエ橋東駅で降りた後、直通バ
スに乗るか、車を捕まえるしかない。
今夜は駅から走って行くつもりだが、それでも二十分か三十分はかかるだろう。
アスカイル住宅街からでは二時間くらいかかりそうなので、体力温存のために
は電車を使う方が無難だ。
第二コンテナ置き場を地図で確認すると、川沿いにある第一と違って内陸の方
に位置している。なるほど、と一瞬思わないでもなかったが、こんな隠れやす
そうな場所、警察局が巡回しないわけはないなと思った。それを気にして場所
を指定したわけでもなさそうだ。
さて、早めに行って現地でも見るか。
流石に小銃ぶら下げて電車内を乗るのは気が引ける。というか通報されても嫌
なので、少し大きめのポシェットバッグに入れる。ベルトは巻いていても問題
ないと思うので身に付けておく。裾長で前開きの薄手のフード付きパーカーを
羽織って、ポシェットバックを袈裟掛けする。
薬莢もバックに入れたし、仕事用の皮手袋も入れたし、お金も持ったしと準備
が終わった時には十八時を廻っていた。とはいえ、目的地までは二時間ほどな
ので、問題ない。のんびり向かって、早めに現地について、現地の状況を確認
するには余裕がある。
さて、行くか。
と、ベランダに向かってやめる。外は薄暗くなり始めたが、帰宅時間帯である
今は住宅街と言っても人通りはそれなりにある。
おとなしく玄関から行くか。
監視にアイキナ市警察の警務がいるかどうかはわからないが、気にしても仕様
がないか。と、気楽に考え私はマンションを出た。

駅前まで来て、大通りを駅舎入口目指して歩いていると、ふと気になる店があ
り二度見してしまう。行列だ。
なんと!
王都にあるアンパリス・ラ・メーベの支点が出来ている。いつのまに。これは
是非食べなければ。とは思うが、行列が・・・。いや、ここで諦めては後で絶
対食べなかったことを後悔する。ましてや、この後死ぬ可能性も無くは無い。
そう考えれば、これは戦意にすら影響する事態だ。
並ぼ。

「有難う御座いました、またのご利用をお待ちしております。」
うん、また来る。
店員のマニュアル挨拶に心で答えておく。二十分とそんなに時間がかからなく
買えたシュークリームを早速頬張る。
おぉっ!
美味しい。以前リンハイアに出された時よりも美味しく感じる。あの時は寝不
足と緊張で感覚が少し違ったからかもしれない。か、今食べてるのが出来たて
だからなのか買いたてだからなのか、わからないが。
私は駅舎の入口に向かいながら、シュークリームをもふもふ頬張る。ほんとお
いし。満足感に浸りながら歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。
「そこの綺麗なお姉さん。お姉さん、時間があるなら少し飲みに行かない?」
後ろから聞こえてくる不快な声。軟派するなら私の知らないところでして欲し
い、お蔭でシュークリームが齎した幸福感が半減だ。
「お姉さん聞いてる?一緒に飲み行こうよ。」
五月蠅いな。そう思いながら私は最後の一口を口の中に放り込んだ。いやぁ、
美味しかった。駅近だし、ちょくちょく買いに来ようっと。
「シュークリーム食べてたお姉さん、シカトしないでさぁ。」
なに。私以外にも。というか私の可能性が高いよな。声の大きさも一定で聞こ
えてきているし。どっちにしろ興味は無い。どころか、シュークリーム食べる
邪魔してくれて苛つく。
「無視すんなよ。」
後ろから聞こえていた声の主が、私の右腕を掴んできた。私は五指を広げて相
手から腕を抜き取ると、掴んできた相手の右手を掴み、背中の後ろの方に捻り
ながら回り込む。右手で相手の手を抑えたまま左手の爪を、相手の首の静脈に
押し付ける。
「死ぬ?」
私は静かに聞いた。
「え、ちょ、ちょっと待て。」
一瞬の出来事に、何をされたか判らずに混乱しているようだった。
「質問してるのは私。」
静脈に押し付けた爪をさらに食い込ませる。
「し、死にたくない、です。」
男は絞り出すようにそう答えた。
「これ以上絡むなら、次は無い。わかった?」
「はい・・・」
怯えたように返事をする。私はその返事を聞くと、男を離して駅舎へ向かった。
せっかくのシュークリームでほくほくの気分が台無しだ。また並ぶ時間も無い
し、並ぶのも恥ずかしいし。
「クソッ、なんなんだあのアマッ!」
先程の男だろう、何か硬いもの、地面か壁かわからないが蹴りつける音ととも
に、悪態が聞こえてきた。自業自得なので知ったことではない。
駅舎に辿り着いた私は、切符を買って電車に乗り込んだ。いつも仕事していた
方向とは別方向に一時間ほどかかる、リャスリエ橋東駅に向かって。

電車を降り、リャスリエ橋東駅の駅舎を出て現地に向かうための準備をしよう
とした矢先、香ばしい匂いが鼻をついた。周囲を見渡すとすぐにわかった。川
沿いのためか、殆どお店も見当たらない景色の中その店は窓から煌々と光を漏
らしていた。
ガラス窓の中で、おっちゃんが一人鉄板で何かを焼いている。近づいてみると
鉄板は平らではなく、規則正しく半円の穴が開いていた。窓の横にはたこやき
と書かれた布切れがぶら下げられている。
「いらっしゃい。」
近づいてみた私に、半開きの窓からおっちゃんが声を掛けてくる。いや、匂い
に釣られて来ただけなのだが。しかし、どんな食べ物かは気になる。ただ、た
こやきと書いてあるが、焼いているのは丸い球体だ。蛸ではないと言う事か?
「蛸焼き?」
思った疑問が口から出たらしい、私は怪訝な顔で声を零していた。それが聞こ
えたのかおっちゃんが話しかけてくる。
「なんでぇ嬢ちゃん、たこやき知らないのか?」
「えぇ。」
威勢のいい声に一瞬たじろぐ。
「しゃぁねぇ、一個サービスしてやるから食ってみ。うめぇぞ。」
そう言いながらおっちゃんは、出来上がって既定個数を盛り付けてある容器、
複数あったが、その中の一個に細い木製の棒を刺して持ちあげると、それを
私に差し出した。
一瞬戸惑ったが、流石に商売だろうから危険な食べ物ではないと思う。それ
よりも味が好みかどうかが問題だな。サービスは相手の勝手だが、好みじゃ
ないと言えば不機嫌になるだろう。かといって差し出されたものを拒否して
も同じか。
私は受け取った球体を、恐る恐る頬張る。噛む。!!!
「あっ、は、はふっ、あつ、はふっふっ、あ、はっふっ・・・ふぅ。」
あっつい!おっちゃんが爆笑している。こいつ、この反応見るために、中身
熱いから気をつけろとかの注意を、敢えて言わなかったな。こんにゃろ。
「・・・どう、だい?」
まだ笑い堪えてやがる。成程、ひとつわかった事がある。
「常習犯だな、知らないことに付けこみ反応を見て笑う。」
「ぷっ。」
また笑い出した。このクソオヤジ。
「いや、味聞いたのに、俺のやってることの推理を言うとは思わなくてな。」
私は味よりもあんたの態度の方が気に入らなかったのよ。それはそれとして、
なかなか美味しい。こんな食べ物もあるんだね。薄味だが、魚介系の出汁だ
ろうか、微かに香る。
「たこって、中に入ってるんだね。おいしかった。」
「ひと箱どうだ?」
おっちゃんが、美味しいなら買うんだろ?とばかりに聞いてくる。そう言え
ば、晩御飯食べてないな。八個入り五百という文字が、窓の中からこちらに
見えるように表示してあるのに気づく。八個も食べたら、一食くらいの量に
なりそうなので、価格としては悪くない。しかも出来立てだし。
「うん、じゃぁひと箱。」
「あいよ。」
おっちゃんは出来上がっている箱を持ちあげると、陶器製の壺に刺さってい
た刷毛を取り出す。そこには黒いドロドロした液体が付いていた。それをた
こやきの上に塗りたくっていく。
「えっ!?」
まて、なんだあれは?
「あぁ、こうやって食べるもんなんだよ。このソースがあると絶品の味に仕
上がる。」
そうか、ソースか。そう言えば、昼に食ったビーフシチューもほぼ黒くてと
ろみがあるもんね。おっちゃんはソースを塗ったあと、茶色い薄い何かを塗
し、更に緑色の何かを振りかける。
「お待ちっ。」
「ありがと。」
私はお金を渡して受け取る。箱を開き、早速細い木の棒でたこ焼きを持ちあ
げると、慎重に食べた。熱いから。
おぉ。うまい!麦酒欲しい!
確かにこのソースが塗られることで、たこ焼きの味がしっかりする。後から
振り掛けた魚粉と、緑色の方は判らないがソースの付いたたこ焼きと合って
いる。
店から少し離れたところで、食べ歩きを始めたが足を止めて、店の方を振り
向く。それに気づいたおっちゃんは、右手の親指をぐっと立てて見せた。愛
想のいいおっちゃんだったが、親指立てた後に片目を瞑ったのは減点。

ナッドベリウ港湾街区に向かって歩きながらたこ焼きを食べていたら、丁度
公園があったので、残りは備え付けの椅子に座り味わって食べた。お腹もい
い感じにふくれて満足である。
容器は備え付けのゴミ箱に捨てて、準備をはじめる。ポシェットバックから
雪華を取り出しベルトに装着。紅月と薬莢を取り出すと、装填して自分に撃
つ。肉体のポテンシャルを一時的に上げる呪紋式が発動する。紅月もベルト
に収めると、残りの薬莢はジャケットの内ポケットに入れておく。
皮手袋を取り出して嵌めると、邪魔くさい薄手のパーカーは強引にバックに
押し込んだ。
「決着、付けないとね。」
そう呟いて、ナッドベリウ港湾街区に向かって私は走り出した。




たこ焼きを堪能したことにより、幸福感の高い私が第二コンテナ置き場に着
いたのは二十一時を廻った頃だった。予定よりも一時間ほど早い。
第二コンテナ置き場は既に終業後のようで、周辺は暗く作業者等の人通りも
ない。車や人が通る通路に街灯があるにはあるが、間隔も広く申し訳程度に
暗闇に佇む程度だ。
敷地内のあちこち、というよりは通路以外はほぼコンテナの山だった。一階
建てくらいの平置きもあれば、ビル三階建て並みに積まれたコンテナが様々
な丘陵を造り出している。
通路には所々に今は停止している、コンテナを吊り上げる車両や、荷物運搬
用の車両が置き去りにされている。
と、かなり広い敷地内を見ながらのんびり歩いていたが、あることに気づく。
こんだけ広いならわかりやすい場所指定してよ。
「二十時が終業時間なんだと。」
突然、コンテナの陰から聞こえた声と共に、その声の主が姿を見せる。私を
呼びつけた当の本人だ。
「随分と早い到着だな。」
ベイオスが言う。
「あんたもね。」
ベイオスは以前の様に爽やかな笑みを浮かべている。黙っていればそれなり
の美青年には見えるのだが。
「河川沿いのコンテナ置き場は深夜まで操業しているが、内陸側は終わるの
が早い。というのが指定した理由。」
そんなことは聞いてないが、成程と思う。
「雑談しに呼んだわけじゃないでしょう。」
私の皮肉に、ベイオスは空へと視線を向ける。照明が少ないせいか、空に散
りばめられた微かな明かりが幾多も見える。
「予定の時間までまだあるし、少し雑談でもしようかと。」
人を脅して呼びつけておいて、何を今更。
「あ、そう言えば。」
ベイオスの態度に苛っとしたが、一つ明確にしておきたい事があった。ベイ
オスが私を狙い始めた時期についてとその動機だ。
「何か?」
ベイオスが私に視線を戻す。
「いつ、なんで私を標的にしたの?」
顎に右手を当てて考える素振りをする。
「コルオキルセは知っているか?」
初耳の単語だ、人名か地名だろうか?私が怪訝な顔をすると、ベイオスは直
ぐに後を続けた。
「教国に属する裏の活動部隊、死葬教使のことだ。」
あぁ、前にリンハイアが言っていたあの御印を持った連中なのかも。コルオ
キルセも死葬教使も初耳ではあるけど。
「それと私に何の関係が。」
「関係は無い。」
「おいっ。」
むかつく奴。思わず声を出して突っ込んでしまった。
「まあ、聞け。」
何を偉そうに。と、思うがまるっきり別方向の話でも無いだろうと思うので
続きを待つ。
「ハクリオル商会に入っているのは、各国の情報収集のためでもある。死葬
教使は教国、と言っても人に属するのだが、利益になることを探す目的でい
ろんな所に所在する。本国に居る死葬教使は殆どいない。」
成程、確か人の欲の為に存在するんだっけ。
「割と好き勝手出来て、情報集めも出来る五葉会に在籍するのが手っ取り早
かったから、ハクリオル商会に在席していたんだが。」
そこで一旦言葉を途切って私を凝視する。
「当然、在席する以上は商会の不利益になるような事にも対処しなければな
らない。不信を買って自分の立場を危うくするのも困るのでな。」
なんの事かわからないが、私がいつ商会に不利益を与えたのだろうか。記憶
に無いがベイオスの視線は明らかにそうだと言っているような気がする。
「司法裁院の事は前から判ってはいた。が、直接被害を被ると黙ってはいら
れない世界だ。業界として落とし前を付けたがる。」
「それは判るけど、私の仕事が何かしら触れたってこと?」
そうなんだろう。ベイオスが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そう、決定的だったのがフルクナ会のゼルインだ。」
は?誰だそれ。と、思ったが少し前に司法裁院からの仕事で、フルクナ会の
幹部を暗殺したことを思い出す。それと何の関係がと問おうとしたが、ベイ
オスの方が先に口を開く。
「ゼルインは商会の子飼いでな、フルクナ会に潜入していたことになる。才
能があったんだろうな、フルクナ会に売り上げを納めつつ、商会にもちゃん
と入れていたし、上手い具合に商売出来る島を商会が取れるようにも情報操
作したりしていた。その上で、フルクナ会ではそれなりの地位に居たのだか
ら。」
それでか、私は商会に目を付けられたわけだ。
「当時、俺はゼルインと打ち合わせがあってな、ビルの前に居たんだが遅い
から奴の元に出向いたんだ。ところがあの様だったわけだ。」
私が仕事を終えた後の事か。
「それで、防犯用の監視装置で確認したらあんたが映っていたわけだ。」
成程。そんなもの付けていたのか。防犯のためとはいえ、普及率は少ない。
最近の出来た建物は付くのが当たり前になってきたが、それ以前の建物には
投資的に二の足を踏む企業や管理者が多い。
「監視装置はゼルインが独自で廊下と部屋に付けていたものだから、フルク
ナ会は知らない。」
「それで私に一目惚れしたと?」
マジか。だったらかなり変人だなこいつ。
「言い方はむかつくが、そうだな。こいつ正面からバラしてやりたいと思っ
た。」
平然となんてこと言うんだ。こんな変人、いや変態に目を付けられるとは。
「丁度、本国からの指令もあったし、ノッフェスを押し付けられたのもあっ
たんで利用しない手は無かった。」
「やっぱり、ノッフェスの脱走はラウマカーラ絡みか。」
「察しがいいな。何処まで知っているかどうでもいいが、一応混乱という目
的のためには動いてやった。」
「あんたの場合ついでにってとこでしょう。」
今の話からすれば、私を貶めるついでに事件を起こしたんだろう。
「結果としてそうだけどな。」
いや、結果としてじゃなく最初からそう動いてるじゃん。あぁ、こんな奴の
我儘でこんな振り回されるなんて、なんて不運。
「じゃなけりゃ、無理矢理こんな状況作ってねぇよ。」
だよねぇ。
「死葬教使同士が合うことはまずないから、実力の程は知らん。商会じゃ相
手になるやつもいなかった。五葉会には居そうだったが、商会の面子を考え
れば揉め事起こすわけにもいかない。」
つまり、自分の実力を試したいがために、無関係の人間殺してたのか、ふざ
けてる。
「結局商会に迷惑掛けるんなら、私じゃなくても良かったじゃん。」
在席している間は、一応義理は考えたんだろうけど、猟奇殺人の犯人として
手配されているのであれば、商会としても庇わないだろう。自分の欲望に進
んだのであれば判り切ったことだから、私に来ないで欲しい。
「それもそうだが、見てぞくっとしたのは初めてだったんでな。」
ああそうですか。
「じゃぁ、無関係な人巻き込まないで私に直接仕掛けてくればいいじゃん。」
私の言葉に、ベイオスの顔から笑みが消え、冷たい視線をこちらに向ける。
「温いこと言ってんなよ。その温さが今の現状だろ。俺はそれを利用してあ
んたの逃げ道塞いだだけだ。」
・・・
そうだ。
この事件も、結局起因は私か。
彼女らは、私が。
「ほら、それだ。人殺しは人殺しでしかないって言ってんだろ。その温さが
結局周りを巻き込むんだ。なんなら、今から同僚血祭りに向かってもいいん
だぞ。」
誰が誰を血祭りだって?私はベイオスに静かで冷たい視線を向ける。いい加
減吐き気がしてきた。
私は私の考えを変えようとは思わない。確かに、人殺しでしかないけど、そ
れでも、矛盾していようとも、それが私自身だから。だから、今この場所に
居る。何時までそう思っていられるか判らないけど。今の様に苛まれること
が多々あるかもしれないけど。
「行けると思ってんの?」
起きたことがしょうがないとは思はない。けど、結果として存在している以
上どうしようもないことも判ってる。この先良い結果になるようになんて考
えも、未来を変えるなんて傲慢さも無い。ただ、今こいつは許さない。
「そろそろ時間か。」
ベイオスがゆっくり腰からナイフを抜く。
「目的さえ達成すれば、別に行く気もない。」
私を見るベイオスの表情が、口の端を吊り上げて下卑た笑みを浮かべる。
「バラして犯してやるよ!」
言うと同時にベイオスが右手に持ったナイフで、踏込と同時に私の首筋を狙
って突いてくる。私は軽く右足で踏み込みながら、左手の甲でナイフの軌道
を逸らしつつ、ベイオスの腹部に右足で地面を踏みつけると同時に右掌底を
叩き込む。
ベイオスは後ろに吹き飛んで、というより自分で跳んだようだが、腹部を軽
く擦っている。
「やっぱり、強化系の呪紋式ね。」
以前、廃工場の時に打撃を与えたのに動いていたから想像はしてた。牽制で
攻撃したわけでもないから、通常の人間であればそれで動けなくなっていた
筈なのに。
「まぁ、そりゃそうだ。あんたも使ってんだろ。」
当然、私は見えるところに小銃を下げているから、気付かれるのは当然だと
思っている。だから気にもしてないし、相手もそうだろうなと想像もつく。
そんな事を思っている間に、ベイオスは上着の内ポケットから小銃を取り出
して、自分に向けて撃っていた。
「ただ、内蔵には流石に響くなぁ。」
そう言っている間に、呪紋式が現れ消えていく。治癒効果を高めるものじゃ
ない。あの呪紋式は強化系。
「多重掛けは、後で反動来ても知らないわよ。」
「何度か試してるから大丈夫。」
ベイオスは小銃ほ道の脇に放り投げると、上着も脱いで放り投げた。
「律儀に待ってないで、今の間に攻撃して来ればいいのに。」
そんな真似はしない。無粋とかそんな理由じゃなく、正面から精神叩き潰し
てやらないと気が済まない。
私はベイオスに向かってゆっくりと歩き始める。
「いい感じだ。」
言った直後、ベイオスが前のめりに身体を倒す。次の瞬間、私の目の前にナ
イフの切っ先が向かっていた。
速い。
私は右に身体をずらして避けると、続く横凪を身体を屈めてやり過ごす。と
同時にベイオスの左膝が目の前に来ていた。その膝を左手で押しやりながら
その反動で、左に身体を回転させてその場から離れる。
当然の様に、起き上がりに顔面にナイフが突き出される。右手でその持ち手
の手首を狙うが、肘を曲げて上に逃げられる。私は右手をそのままに、後方
に身体をずらすが、二の腕に痛みを感じた。ベイオスが逆手に持った、左手
のナイフでジャケットを切り裂かれ、皮膚も斬られたようだ。
以前戦闘した時、二本使っていたから警戒はしていたが、使うタイミングが
上手い。体勢を変えずにそのまま身体をずらして正解だろう。下手に身体を
動かしたり、右手を戻したりしていたらもっと深手になっていたかもしれな
い。
腕の状態を確認することも出来ず、右わき腹目掛けてさらにベイオスの右手
ナイフが突きを放ってくる。その手に向かい、先程空を切った右手で手刀を
打ち下ろす。それを読んだようにナイフが跳ね上がり、私の手刀を狙って来
た。
私はそのまま手刀を振り下ろすと、<六華式拳闘術・華流閃>でベイオスの
ナイフを、刀身の中程で切り落とす。そのまま上に空振って行くナイフを見
てベイオスが一瞬驚きの表情を見せたが、その時には私の左手にあった雪華
から薬莢が飛び出し、ベイオスの前に白い呪紋式が浮かび上がる。
気付いたベイオスが避けようとしたが間に合わず、即座に変換された突風が
数メートル離れたコンテナに向かって吹き飛ばす。間髪入れずに私は身体の
流れに合わせ、左足を斜めに蹴り上げる。右手を振った後なので、左足の方
が出しやすいだけなのだけど。
飛ばされたベイオスを追って、私の足から放たれた<六華式拳闘術・華巖閃
>は、ベイオスがコンテナに激突する直前、コンテナを蹴って右方向、私か
らは左だが。に飛んだことで、コンテナだけを切り裂いた。
「危ねぇ、けどその足から出る鎌鼬かなんかは、ゼルインの時に記録映像で
見たからな。ただ、手刀でナイフ斬るとか反則だろ。」
飛び退いて立ち上がりながらベイオスが言った。それで<六華式拳闘術・華
巖閃>は避けられたのか、勘のいい奴。
立ち上がったベイオスの左脹脛から出血している。避けきれなかったのだろ
うが、深手ではなさそうだった。そのベイオスに対し、私は詰めるようにゆ
っくりと歩いて行く。
「小銃もそんな使い方されるのは予想外だったよっ!」
言うと同時に、刀身が半分になったナイフを私目掛けて投げる。顔に向かっ
て飛んで来たナイフを、私は右に頭を傾けて避ける。が、そこに間合いを詰
めていたベイオスが、左手に持っていたナイフを順手に持ちかえて突いて来
た。
私は右に踏み込み軽く屈んでそのナイフを躱しつつ、左手を掴むような形に
してベイオスの左腕目掛けて振り抜く。ベイオスは咄嗟に左腕を引いたが間
に合わず、私の<六華式拳闘術・朔破閃>によって腕の中程から、手首まで
の間をぐしゃりと破壊される。
「なっ!?」
ベイオスは右足を蹴りの体制に移行していたが、驚いた顔をして一瞬動きが
止まった。掴まれるとでも思ったのだろうか、掴んだところに蹴りを放とう
としていたのだろうか、判らないが。
一瞬躊躇があったものの、中断していた右足の動作を、上段回し蹴りにして
牽制気味に放ってくる。私は軽く身を逸らして躱すと、ベイオスの空いた右
脇腹に右手で突きを繰り出す。
ベイオスは蹴りの反動に逆らわず、利用してそれを避けながら落ちた左手を
回収した。それを私の顔目掛けて振り抜くと、手首から垂れていた血が礫と
なって飛んでくる。
目潰しか。
咄嗟に突きで出していた右手を戻し、肘を曲げて顔の前に持ってきてその血
を防いだ所で右脇腹に激痛。ベイオスの左前蹴りが当たっているのが見えた。
その蹴りで身体が浮いて後ろに軽く飛ばされる。
痛い、肋骨が一本か二本いったかも。
バランスを取って着地したが、目の前には左手首ごと持ってナイフを振り下
ろしてくるベイオスが居た。狂気と言っていいほどベイオスの顔は喜悦に歪
んでいた、もう冷静さもないかもしれない。その振り下ろしも雑だった。
私はは左腕で受け止めると同時に、右足でベイオスの右膝に蹴りを入れる。
靴底に鉄鋼が入っているパンプスは容赦なく膝の骨を砕いた。嫌な音ととも
に。
「あがっ!」
そう呻いてベイオスは仰向けに倒れ、右手に持っていた左手を私に向かって
投げ捨てた。が、それは適当だったのか私の横を通り過ぎ、後ろで地面に落
ちた音が聞こえてくる。
「はは、化け物じゃねぇか。」
荒い息をしながらベイオスが言ってくる。もう動く気は無いらしい。
「乙女に向かって失礼ね。」
油断しないようにしながら、相手の発言に対して不満は言っておく。
「もう気力も無ぇ、満足出来たしな。」
笑みを浮かべようとしているのだろうけど、苦痛で顔が歪んでいるので変な
顔しながらベイオスは言う。
「いちおう、あんたの我儘に付き合ってあげたんだから、これ以上付き纏わ
ないでよね。」
「何言ってんだ、さっさと殺せ。」
「嫌よ、聞いてなかった?もう付き纏うなって。」
「なんだそりゃ!?」
ベイオスは大きな声で聞き返してきた。当然殺されるもんだと思っていたの
だろう。お互い人殺しだし。
私は紅月を抜いて、止血用の薬莢を入れてベイオスの左腕に撃つ。緩やかに
血液が凝固し、黒い塊になっていく。
「牢屋で苦しめ。」
そう言って次に増血用の呪紋式を。
「ふざけんなっ!」
「ふざけてんのはあんたよ!殺すのも殺されるのも覚悟出来てる?自分がそ
の中には含まれない、だから殺す事、殺される事が出来ても自分で自分を殺
す事は出来ない。良い戦いが出来て、届かなくて殺されて満足?満たされた
死?自殺は格好悪いから出来ない?夢でも見てんじゃないの、馬鹿馬鹿しい。
死にたいなら勝手に死ね。」
私は一気に捲し立てると、人間の治癒能力高める呪紋式をベイオスに撃って、
次に自分に撃った。
右肋が痛い。
「生き恥をさらせってか?」
「今更?今までのあんたの存在自体が恥でしょ。」
「てめぇ。」
何かを言おうとしていたが無視して、私は小型端末を取り出し警察局に連絡
した。

「仕返しか・・・」
警察局に連絡が終わった私に聞こえるようにか、独り言か判らないがベイオ
スが呟いた。何の事かわからないが。連絡が終わってから呟いたって事は、
私への言葉なんだろうと思うけど。
「何?」
「いや・・・」
それでベイオスは黙った。
「あんたの脅しに仕方なく付き合った。これ以上は義理も義務も無い。私に
はまったくもって得が無い。」
ベイオスは下手な笑みを作ってみせる。痛みの所為だろう。けど、痛み止め
は撃ってやらない。
「はは、そりゃ・・・ざまぁみぅぐっ。」
最後まで言う前に脇腹を蹴ってやる。
「ひでぇ、扱いだ。」
「あんたが言える立場じゃない。」
その言葉に苦笑したのだろうか、またも変な表情を作る。苦笑するのか痛み
に歪めるのかはっきりして欲しい。
「ほんとは殺したいんだけどね。あんたの存在、胸糞悪いし。というか殺す
つもりでいたんだけど。」
倒れてから、初めてベイオスがこちらに目を向けた。
「で?」
言葉を切ったままの私に痺れを切らしたのか、ベイオスが続きを促す。別に
続きなど、特に無く思ったことを口にしただけなんだけど。
「あぁ、つまり結論としてはさっき言った苦しめかな。」
「嫌な奴だな。」
「だから、あんたに言われたくないってば。」
私の説明に言ってきたベイオスの言葉はやはり心外だった。
「世間様に知られて恥ずかしい思いをすればいい。左手は使えない、右足も
元通りには動かない。牢獄にいてもハクリオル商会から狙われるかもしれな
い。牢獄で他の囚人や看守に、にあれやこれやされるかもしれない。なんて
いろんな不安抱えて苦しめ。」
今後ありそうな展開で思いついた事を一通り言ってやる。
「何言ってんだ。立ち場、場所が違えどあんたも似たような生活だろ。」
だよね。普通の人と同じに、陽の下歩ける立場じゃないからなぁ。世間の目
を気にして、行動に制限がかかって、身の危険を抱えて司法裁院の仕事を続
ける。
「そう、だね。私ら、そんな変わんないね。」
「馬鹿じゃねぇの。」
その言葉が終わる前に蹴り入れようと思ったけど、その前に涙が零れて来た
のでベイオスに背を向ける。
変わらない。
戦争で焼死、爆死、窒息死していったあの人たちも。それを殺した私も。私
が生きている限り苛まれる。この呵責も続くのだろう。その中、前に進むと
決めた、私は私でいようと思ったけど、どちらも変わずに私の中に存在し、
時間を流れていくのだろう。
それが、結果の上に存在する今だから。

その後、ベイオスも気を使ったのか話しかけてくる事はなく、私も何も話さ
なかった。沈黙の時間は長く続かず、警察員が来てベイオスを連行していっ
た。
私も連行されそうになったが、ザイランを利用して現場に来ていた警察員と
話してもらい、私が警察局に行くのは明日と話を付けてもらった。ちなみに
家までは警察局の車で届けてもらうというおまけ付きで。

家に着いた私は直ぐにシャワーを浴びたが、どれくらいの時間シャワーに打
たれて佇んでいたのかはわからない。流れ落ちるお湯と、涙。気持ちと、今
までの過程は留まったまま。
浴室は、水の音だけを立てたまま。




スーツを来た青年が、呆けたように天井に向かって紫煙を吐き出す。ロンカ
ット商業地区にあるとある安アパートの一室。昇ったばかりの朝日が、窓か
ら射し込んで煙の白さを際立たせる。
「ギーツェ警務、禁煙ですってば。」
「あー。」
気力無さそうに返事をする。聞いてないなとルルフェットは思った。昨夜、
ベイオス確保の連絡がアイキナ市警察局から来てからこの調子だ。
「俺ら、何しに来たんだろうな。」
確かにそうだろう。合同捜査を利用して勝手に捜査で動き回って、なんの結
果も出ずにいつの間にか終わっていた。滑稽なこの状況でその疑問が出て来
る脱力感をルルフェットも感じていた。
「観光じゃないですか。」
「そうだなー。」
やはりやる気が無い状態だが、紫煙は変わらず吐き続ける。
「一週間くらい休暇申請して、このまま観光するか。」
「あ、いいですね。局戻ったら席無いかもしれませんが。」
観光、したい。それはいいが、職を失いそうな不安もルルフェットは感じた
ので付け加えてみる。あ、でももし失ったとしても、アイキナ市警察のザイ
ラン警務に言ったら雇ってもらえるかも。
と、思ったがその前にギーツェに殺されそうだなと逡巡した。
「だよなー。」
「でも、ゆっくり観光はしたいですね。」
「だろ、じゃー二人分休暇申請してみるわ。」
ルルフェットの言葉にギーツェが同意した。
「あ、お願いします。」
「ああ。」
当初の目的を失ったため、脱力した二人がそんな他愛ない会話をしていた。




「決闘するから、私がって言い張ってたのか。」
呆れたザイランの顔。ついでに渋さも浮かべている。鬱陶しい。朝からこん
なおっさんと顔を付き合わせるとかないわ。しかも警察局の聴取室。事件の
渦中にいたからしょうがないけど。
「そうよ。時間も指定されていたし、確実じゃない。ただ、決闘なんて綺麗
なものじゃなく、ただの子供の喧嘩みたいなものよ。」
嫌な気分になる。嫌な後味だったあの戦闘。人殺し同士の殺し合い。馬鹿馬
鹿しい戦い。
「それを知られたら、犯人隠蔽やら共犯やら疑いをかけられるだろう。」
そんなことは判ってるけど。
「詳細は明かせないけど、脅されてたんだからしょうがないでしょ。」
ヒリルの件は伏せておく。私が聴取される分には構わないけど、あの娘は巻
き込みたくない。と言っても通らないのが当たり前だけど、ここはザイラン
に頑張ってもらうしかない。
「脅されてたならしょうがないとして、内容がわからないんじゃでっちあげ
って思われるだろう。結局疑われるわけだ。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
私は困った顔をする。
「報告書を書くのはこっちなんだぞ。もう少し協力してくれ。」
私以上に困った顔をしやがった。うざい。
「むしろ殺さずに確保したんだから褒めて欲しいわね。」
そう、警察局にとっては良い事だろう。
「半死じゃないか、過剰防衛にも程がある。」
う。
「しかも強化呪紋式の後遺症らしいが、身体がまともに動かない上に意識が
朦朧とした状態が続いている。このままの状態続けばろくに話も出来ない。
それで殺さずに確保したとかどの口が言ってんだ。」
ザイランが鋭い視線を向けてくる。
「強化呪紋式は私の所為じゃないでしょう。」
あの馬鹿、何が何度も試したよ。嘘じゃない。いや、嘘か?後遺症が出ると
判っていて使ったとすれば、今後回復するんじゃないか?
「お前が私闘をしなければ済んだ話だろう。」
「だから、するしかなかったのよ。それに、呪紋式に関しては何度も試した
って言ってたからそのうち回復するんじゃない。」
この辺は平行線な気がするが、ザイランも仕事上仕方なく言っているのだろ
う。司法裁院の仕事であれば、こんな責め苦も来ないのに。
「呪紋式に関しては初耳だが。」
「今言ってたの思い出したんだもん。」
「他にも何かあるんじゃないのか?」
と、言われてもなぁ。特に思い当たることも無い。
「無い。そもそもあの変態の目的は私だったんだから、昨夜の事が無ければ
また別の事件起こしただろうし、捕まるかどうかもわからかったわけでしょ
う。」
「それは可能性の話であって、今は起きた事に対しての話だろう。」
また正論を。確かにその通りだけど、これ以上聞かれても話せることはない
し、早く帰りたい。
「まぁ、そうだけど、これ以上は無いものは無いのよ。」
「はぁ。」
ザイランは溜息をつくと、目を閉じて頭を軽く振る。目を開くと、その瞳に
は諦めたような色が宿っていた。
「わかったわかった。報告書はなんとかするから、何か思い出したら直ぐに
知らせろ。」
やっと折れてくれた。本当に言えることがもう無いから続けても不毛なだけ
だ。
「わかってるわよ。」
私は部屋を出ようと席を立とうとする。
「それとな。」
「何?」
もう一度座るのは嫌だし、中腰は辛いので立ってから聞き返す。
「報告書をなんとかするのは貸しだからな。」
「何がいいたいの?」
なんか押し付けがましい。
「つまり、飯奢るのチャラでいいだろ。」
「はぁー!人の裸見といて何言ってんの!」
私は大きな声を出していた。机を掌でばんっと叩きながら。
「ちょ、声・・・」
「報告書なんとかするのは仕事でしょう?仕事する代わりに裸見たの無しに
しろっていうの?」
「落ち着け。」
「いや。」
ザイランが額に手を当てて項垂れる。
「すまん、最後のは無かったことにしてくれ。」
自分でもやってはいけない事をしてしまったと思っているのだろう。確かに
軽率ではあると思う。だが、藪を突いた分の後悔はしてもらわねければ。
「今のをネタに、更に要求してもいいのよ。」
「悪かった、勘弁してくれ。」
まぁ、困らせるのもこの辺にしておこうか。
「そうね。裁院の仕事している以上、一蓮托生みたいなもんだし。お互い揉
め事は避けたいところね。」
私は小声で言った。
「そうだな。」
ザイランがいつもの渋い表情に戻っている。なんで直ぐしかめっ面というか
あんな表情になるのか不明だが。
「とりあえず、ベイオスの件に関しては何かあれば直ぐ連絡くれ。それだけ
は頼んだぞ。」
「判ってるわよ。」
そう言って、机の上に置いていたショルダーバッグを私は肩に掛ける。
「それじゃぁね。」
「ああ。」
ドアに向かう私を見るわけでもなく、ザイランはそれだけ言うと片手を上げ
ただけだった。
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