紅湖に浮かぶ月

紅雪

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紅湖に浮かぶ月1 -這生-

4章 強欲と悔恨の螺旋

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1.「螺旋に壊される世界 螺旋を生み出すのは人の悪意」


油の臭いがする店内。服に臭いが付きそうな感じでなんか嫌だ。ただ、何故か
客は多い。油で黄金色まで上げた何かを食べている客が多い。
「美味しいかな、楽しみだね。」
ヒリルがわくわくしている。が、私は油の臭いから解放されたい気分になって
いた。
いつもランチする店「アレッタレット」(意味は不明)ではなく、ヒリルが人
気の店だから行ってみたいと、会社から少し足をのばし今の店にいる。小型端
末で、たまには違う店に行きたかったらしく、探していたらしい。店の名前は
確か「カラシ」だった気がする、意味不明な名前だ。
ここの料理は米と一緒に食べるらしいが、私は米をそれほど食べたことが無い。
日常的にパンやパスタが多いため、食べる時も自然にそっちに流れてしまう。
食べたことがないわけでなく、好みとしてパンやパスタの方がいいのだ。米よ
り美味しいと感じているし。
「私としては、油の臭いが付くのが不安。」
先程からの不安を口にする。
「あぁ、わかる。でも美味しかったらいいかな。」
ヒリルは良いことを言った。人間の価値観としての許容だ。こうなってしまう、
だけどそれを代償としても構わないと思えるかどうかだ。今の場合、油の臭い
付くけど、それでも食べたいと思わせられるならってことよね。
「とんかつ定お待ちっ」
恰幅の良いおばちゃんが、トレーを二つ運んで来て私とヒリルの前に置く。と
りあえず看板メニューであるとんかつ定食なるものを頼んでみた。
「やっときた。」
ヒリルが目を輝かせている。私より食に貪欲なのではないだろうかと、ふと思
った。
豚肉に衣というものを付け、油で揚げた料理らしいが。黄金色に揚がった楕円
に近いような形をした揚げ物が、等間隔に切り分けられている。断面には火の
通った厚切りの豚肉が白く見えている。これにソースをかけて食べるのだとか。
「うまっ!」
なに!
私が少し考慮している間に、もう食べてやがる。
「ミリア、これ美味しいよ。」
ヒリルが笑顔を向けてくる。私も一切れに、なんだかわからない黒いソースを
かけ口に入れる。サクっという衣の食感と弾力のある豚肉。なるほど、このソ
ースは揚げた衣と合うのだな。私は白米も口に放り込む。
「これは、確かにうまい。」
「だよね。」
白米が美味しいと感じたのは初めてかもしれない。私はセットになっている味
噌スープを飲んでみる。独特な味だが、落ち着く感じがする。いつもの食事に
は合わないだろうが、この組み合わせではこの味でないと、というような調和
感がある。
添えつけのキャベツ細切りがまたいい。口の中がさっぱりする。と、私は皿の
端に小さく盛ってある黄色い塊に気づいた。箸に少し付けて口に入れる。
「っ!」
なんだこの独特な辛み。鼻に抜けると、なんというか、つーんとした感じがす
る。唐辛子等とはまったく別の、変な感じだ。しかし、ここにあるということ
は、とんかつに付けるもののような気がするので、付けて食べてみる。
「んー、妙・・・そう妙に合うな。」
「どうしたの?」
怪訝な顔でヒリルが聞いてくる。
「皿の端に乗っかっている黄色いものが、とんかつに合うのよ。」
「え、あ、ほんとだ、乗ってる」
ヒリルは気づいてなかったらしい。そんなヒリルは、私と同じように箸の先に
付けて口に入れる。私より付けている量が多かったけど、何も言わずに様子を
見ることにした。
「ん~~~~っ!」
ヒリルが目を瞑って、鼻を押さえながら上を向く。
「あぁ、それ結構辛いわよ。」
おもしろい。
店内にあるテレビにふと目が行く。例の殺人事件の報道がされていた。
「食べた後に言わないでよ。」
ヒリルが目に涙を浮かべながら抗議してくる。が、私がヒリルを見ていないこ
に気づき、私の目線を追ってヒリルもテレビに辿りつく。
「あぁ、まだ犯人捕まってないよね。」
警察の見解としては、連続猟奇殺人と同一犯の可能性が高いと言っていた。ま
だ確証には至っていないため、並行して別事件としても捜査も進めていくと。
「そうね、早く終わってほしいわ。」
「自分だったらって思うと恐ろしい、早く捕まえて欲しいよ。」
ヒリルの表情が陰る。確かに、今自分には起きていないというだけで、起きな
いという保証はどこにもない。被害にあった女性たちもそうだろう。報道を見
たところで大概の人間はどこか違う世界の話のように感じているのだろう。自
分が当事者にならなければ、自分にもその危険はあるという認識に至らない。
普通に生活していたら、そんなものよね。

その後も雑談しながらとんかつ定食を食べ終え、私とヒリルは午後の業務へと
戻った。




パイプ椅子に浅く座り背中を背もたれに預け、天井を仰いでいる青年。足を組
みながら、右手に持った煙草を口に運び大きく吸い込む。そして、天井に向か
って紫煙を吐き出す。左手はだらんと垂れ下げ、通しているスーツは皺が深く
なっていた。
「ギーツェ警務。ここで吸うのやめてくださいよぉ。こっちまで怒られるんで
すから。」
ギーツェは頭を横に動かし、小言を投げてきたルルフェットを睨む。
「睨んでも何も出ませんよ。」
ルルフェットから視線を天井に戻し、ギーツェは再び煙草を口に運んで吸い込
むと天井向かって紫煙を吹いた。
「如何にザイランが無能か証明されてるよな。情報も出し惜しみしやがって。」
流石に他局の、しかも自分より上にあたる人物に対して、無能と言われても肯
定は出来かねるとルルフェットは思っていた。毎度のことであるが。ついでに
言えばアイキナ市警察局は、情報の出し惜しみもしていない。判明したことが
あればその都度情報共有をしてくれている。
ただ三件目の事件が起きた時に、直ぐに情報が来なかったのは事件の共通性を
確認するのに時間がかかったからだろうと思っている。内容を確認したが、確
かに戸惑うだろうと。何しろ、最初の事件、次の事件に比べて違っていたから。
それは仕様がないとして、犯人の情報はベイオスと特定され、写真や経歴は判
明した時点で送られてきていたのだ。しかも脱獄したノッフェスまで捕まえて
いた。
それを特定したのは、アイキナ市警察であるのだが。アイキナ市警察には「よ
く見つけたな。」など呟いた程度だったが、決してザイランが頑張っていると
は認めようとしない自分の上役はなんなのだろうと思うところはある。
「うちの警察員もアイキナ市に行って、合同で捜査してますがなかなか手がか
りが見つからないですね。」
「だよなぁ、ザイランが無能だから。」
肯定したように思われるから、その受け取り方はやめて欲しいとルルフェット
は嫌な顔をした。
「ブルナッカに居るって可能性はねぇのかな。」
ギーツェは再び紫煙を天井に吐きながら、疑問も吐き出した。だからここは禁
煙だって言ってるでしょう、という言葉はルルフェットには吐けなかった。し
つこく言ったら殴られた経緯があったため。勘弁して欲しい。
「無いとは言えないでしょうが、低いでしょうね、可能性。」
ハクリオル商会の幹部であるベイオスが、敢えてブルナッカに潜伏。という可
能性は確かに否定出来ないが、土地勘のあるアイキナに居る方が自然だろう。
目撃に関してもアイキナでの情報ばかりだ。と、ルルフェットは考えていた。
「ブルナッカの捜査はこのまま警察員に任して、俺らも行くか。」
「え?」
ギーツェが放った突然の言葉に一瞬戸惑うルルフェット。一応言葉の真意を確
認してみる。
「まさか、アイキナですか?」
「他に何処があるんだよ。」
今まで行こうともしなかったくせに、とルルフェットは思ったが口には出さな
いでおいた。ブルナッカに居ても進展は望めない可能性が高いので、その提案
に関しては賛成だった。
「現地滞在ですか?」
「ん?そうだな、その方が効率いいな。じゃぁホテル予約しとけ。」
「了解です。」
「今夜からな。」
ルルフェッとはギーツェに見えないように、「よしっ」と腰の横で掌を握って
拳を作った。正直、車や電車で通える距離だが移動時間が勿体ない。その時間
を利用して普段あまり行かないアイキナを満喫したいと思っていたところだっ
た。
「うちで捕まえて、ザイランの前で笑ってやる。」
あぁ、早く捕まえるに越したことはないが、ギーツェとザイランには関わりた
くないなと、ルルフェットにとってそれだけが酷く面倒だった。




ブラッガ・ドノーエル三十二際。小児性愛者で前科あり。十七歳の時から犯行
を繰り返し監獄を出たり入ったりしているようだ。犯行履歴の詳細については
未記載。
見たくはない。
三か月前、仮釈放中に十歳だった少女を拉致、監禁、暴行、レイプ、殺害、死
体遺棄。警察の捜索中、ゴミ捨て場にゴミを捨てに出ていた所を確保。そのゴ
ミの中に殺害された少女の部品(後の検死結果より)があったことにより、誘
拐容疑と死体遺棄容疑で現行犯として連行された。結果として前記述通りの犯
罪行為により起訴されたが、裁判待ちの拘留中に脱獄。
何故こんな阿呆が脱獄出来るんだ?
むしろ何故生きている、胸糞悪い。
潜伏場所はフォンラット住宅街の借家。昨夜も見たいつもの【危険人物特別措
置依頼】を見直す。ザイランから渡された日は疲れていたので、見る気にはな
れなかった。
日時指定は特にない。なるべく早くの遂行を望むとしか書かれていない。まぁ、
潜伏先がわかっていれば、そこに行けばいいだけだが、移動されても困るので
早めの遂行が必要なのだろう。
しかし、脱獄して家を借りるとかいい身分ね。
依頼書を再確認した私は、仕事に出かけるためベランダに出る。フォンラット
住宅街は私が住むアスカイル住宅街の、フラドメル駅を挟んで反対側に位置す
る。距離は大したことないが、駅前を通るのは避けたいので遠回りして目的地
を目指すことにする。

司法裁院からの依頼は、何を基準にしているのかは不明。ただ依頼内容は犯罪
者ばかりではある。今回のように明確な犯罪者の場合もあれば、行き過ぎた組
織の人間など様々である。違法な薬物の売買、組織を蓑に人身売買や未成年の
売買春を行っている者、市民相手に詐欺による搾取、会社内での横領などなど。
警察では介入できない、または証拠不十分、捜査に時間がかかりすぎて市民に
更なる影響が予期される場合等、秘密裏に処理したい場合が主な内容だ。

リンハイアにもう関わりたくないと言いつつも、私は国の暗部にしっかり浸か
りきっている。しかも、司法裁院という司法機関からの依頼で人殺しをしてい
るわけだ、金を貰って。よく自分が何をしているのか、わからなくなる時があ
る。やっていることに対して、葛藤を抱くのは我儘なだけなのだろう。
「やだやだ。」
私は走りながら小さくぼやく。結局いつもこういう思考をぐるぐる廻ってしま
うのは悪い癖だ。気が重くなっても、今の私には続けるしかない。自分の選ん
だ道だから、自分でケツを持つしかない。
あれね、精神衛生上よくないわね。もうちょっと建設的なことを考えよう。な
んて思っても直ぐに切り替えられたり出来ないのが人間よね。
そういえば、昼間食べたとんかつ、あれ美味しかったなぁ。正直、白米に関し
ては食べず嫌いだったというか、美味しい食べ合わせに出会えなかったという
かで、敬遠してる部分があったから。ちょっと見方が変わった。新しい食を開
発するのも楽しいかもしれない。ただやはり、とんかつを食べて店を出た後は、
油の臭いが付いてしまい、仕事中気になるはめになった。しかしながら、それ
を差し置いてもまた味わいたいと思わせる食べ物だった。

食べ物の事を考えているうちに、目的の家に着いた。時間は深夜一時を回った
ところ。周りの家やマンション等から、灯りの漏れている所は数える程度にし
かない。防犯用の街灯もそれほど多くはないので、街灯の明かりが届く範囲し
か景色が浮かび上がらない。まして、今日のような雲が多い時は、街灯間で明
かりが届いていない場所は、街灯の光の所為で作り出される闇を纏っているよ
うだった。
家の玄関付近では、その街灯の明かりが届いていないため出入りしても気づか
れにくそうだが、正面から見て玄関の左側にある庭へ、外壁を乗り越え侵入す
る。念のため家の門を通過した、という事実を作らないため。ただ、壁を越え
庭に侵入したことを考えれば変わらない気がするが。何処から入ろうが不法に
侵入していることには変わりないのだから。
気分の問題。
こちらは更に街灯が遠いため闇に近い。家の二階からは、おそらく黒であろう
カーテンの隙間から、微かに光が漏れている。
本人が居てくれれば、直ぐに片付きそう。
と、そうすれば楽に終わるのにと思ってそんなことを考えた。
私が入った場所は家の居間あたりか、大きな硝子戸が四枚並んでいた。電気は
ついていないし、鍵も掛かっていたので諦めて玄関に回る。あまり堂々と正面
から入りたくはないのだけど。
玄関の扉についているレバーを下げゆっくり引いて、静かに開ける。
鍵くらいかけとけよ。
紅月にセットしていた開錠用の薬莢は出番なく終わった。まぁ、一瞬とは言え
呪紋式の光が出るリスクが減ったので良しとしよう。結果は良いのだけど、な
んだか出鼻を挫かれた気分。それはさておき、玄関を開けた時から汚物の臭い
が微かにする。トイレでも壊れているんだろうか。私はゆっくり扉を閉め家の
中を見る。玄関からまっすぐに廊下が伸びており、左右に扉。おそらく左の扉
はさっきの居間のようなところだろう。正面右側、扉の先に階段。階段の上階、
左からはうっすら明かりが漏れている。こっちが庭から見た明かり元だろう。
その方向から何かが軋むような、ギシギシとした音が聞こえてくる。
良い予感はしない。
私は音を立てずに階段を登る。登り切って左に廊下、階段を登る方向から百八
十度回転した先に扉があり半分ほど開いている。玄関といい扉には無頓着なの
か?それよりも、入った時より臭いがきつくなって来たのが気持ち悪い。廊下
を静かに進み、部屋の中が見える位置まで来た。
ゆっくりと視線を部屋の中にいれると、太った男の背中が見える。男は寝台の
上で膝を立て、手は何かを抱えるようにして寝台に付き、上半身は起こし気味
で腰を振っている。最悪。
くっ・・・。
その瞬間、私は吐きそうになるのを堪える。
微かに男の下に見えるのは、痣だらけで変色した細く小さい四肢。手で抱えて
いたのはその細い脚だった。尻の周りや寝台の上には黒に近い赤色と茶色い染
みが混じって広がっている。臭いはこいつの所為だろう。一瞬見えた小さい四
肢が頂く、頭部に埋まる眼は生の色を宿してはいなかった。つまり、男は死姦
の最中だった。
雪華を抜く。
扉から男の横へ、一瞬で無音のまま距離を詰め男の横に立つ。と同時に男のこ
めかみに雪華の銃口を充てる。
「動くな喋るな見るな何しても殺す。」
酷く静かな声で言った。自分でもよくわからない感情になっている。男を見下
ろしている顔は多分、凄い形相をしているだろう。一瞬眼球が動いて、私を確
認した男の顔が恐怖で蒼白になり、眼の焦点が合っていない。顔から噴き出し
ている汗も尋常ではなかった。
「必要なことだけ答えろ、ブラッガ。」
依頼書の名前を思い出しながら言った。腹の中を黒い渦が荒れているような感
覚はあるが、頭は酷く冷静だった。
「何故脱獄した。」
男は微動だにしなかった。泳いでいる眼球、流れ出る汗、荒い呼吸のまま。
「次から同じ質問させたら、指を一本ずつ折る。次は関節。ショック死するま
で順番に折り続ける。何故脱獄した。」
汗の量が増えた気がするが知ったことではない。
「だ・・・出さ、れたんだ。」
そんな気はしていた。今のこいつ見ている限り、とても自分で脱獄を計画して
実行出来るようには見えない。
「誰に。」
男は黙っている。私は銃口は動かさないまま、余っている左手を男が寝台につ
いている左手の指に向ける。
「わ・・・・わからない、んだ。」
私の仕草を見たブラッガが、びくっとして質問に答える。声は震えている。一
応聞いてみたが、予想通りの答えだった。
「この家は。」
「出した人が、用意、していた。使って、いいと。」
今度はすぐに答えが返ってきた。拷問の趣味は無いしやったことも無いが、そ
れなりに今の脅しは効果があったようだ。
「それだけ?代わりに何か要求は?」
「何も・・・ただ、後は好きに、しろと。」
聞いた後、私は左手の人差し指の第二関節だけ出すように拳を作り、ブラッガ
の喉に突き入れる。反動で壁に飛び激突する。私はブラッガに近づき見下ろす。
「喉は潰したからもう声、出せないよ。」
ブラッガは恐怖のあまりか、失禁している。私は寝台の上に横たわる少女に目
を向けた。目を見開いて苦悶の表情のまま動かない。この少女はどんな苦痛や
恐怖を与えられたのだろうか。
叫びたい気分だった。
どれだけの苦痛と恐怖を与えたら、この男は悔恨するだろうか。

恐怖に固まったままの男を通り過ぎ私は部屋の出口へ向かう。
<六華式拳闘術・華流閃>
過ぎ去り際、真っ直ぐに指まで伸ばし硬化した左手を高速で振る。首筋に赤い
切れ目が浮かび、首が落ちるのと同時に血が噴出する。その前に私は階下へと
移動していた。
華流閃、ただの手刀だが下手な刃物よりよく切れる。荒れ狂った感情は押し殺
した。そもそも私に拷問の趣味などない。少女の仇を取るつもりもない。人殺
しにそんな高尚な感情はいらない。
庭に回り、侵入時と同じ場所から家を後にする。周囲に人がいないことを確認
しつつ。去り際に見た二階の窓から洩れる明かりは、赤い色が混じっていたよ
うだった。




鎮魂葬送の儀を大々的に行ったものの、同時に何万もの教隊が教国より出てい
く姿を目の当たりにした教徒は、故マハトカベスの死を悼むよりも、その物々
しさに不安を隠せないようだった。

豪奢な会議室、楕円の円卓には一つの空席を残し、十二の席が埋まっていた。
「ブーリンブリ平原への教隊の展開は完了しつつあります。」
主戦場となるブーリンブリ平原に展開する、教国本隊の情報通達はロッカルが
行っていた。ロッカルの言葉に、カンサガエは黙って頷いた。
「また、偵察からの報告ではグラドリア国の部隊もほぼ展開が完了している模
様。」
議席の面々も緊張した面持ちで成り行きを見守っているが、カンサガエは特に
言葉を発することなく頷いていた。
「数は如何ほどか?」
少し流れた沈黙を破り、フラノルがロッカルに視線を向ける。
「偵察の目測では八万程かと。」
「数であれば、我等の方が有利ではあるが。」
ロッカルの報告にフラノルは懸念を浮かべつつ、視線はカンサガエへと移動さ
せる。思慮深そうに円卓の中央に向けられた視線は、動かすことなく報告に頷
いているだけだった。それに痺れを切らしたようなロッカルが、意を決したよ
うに口を開く。
「カンサガエ教皇。」
呼ばれたことにより、カンサガエはロッカルに視線を移動した。
「なにかな、ロッカル司祭。」
「一つお教え頂きたいのですが、教皇直属である教吏従士隊が、兵の出立時に
は一緒だったのですが、途中から消えておりました。彼らは一体何の目的があ
って動いているのでしょうか?」
カンサガエが独断でいろいろと動いているのは皆知っていることだった。以前
の疑惑も何か進展があったわけではないが、トマハに何かあったわけでもなく
トマハ自身もあれ以降その話題に触れず議席に出席している。腑に落ちない点
は多いが、ロッカルは手近な所から疑問を口にしてみた。
「うむ、そろそろ話してもよい頃合いか。」
カンサガエは一度言葉を区切り、一同を見渡す。
「教吏従士隊はノルウェンダル山脈を進軍しておる。」
室内にざわめきが起きる。
「それは、教使である儂も知らぬ。何故かご説明頂けますかな?」
ホワトスがカンサガエに向ける眼を細める。そこには、不満とも疑惑ともとれ
るような光を宿していた。
「グラドリア国内での布石は、カナフィル市、オンズール市、リエカート市、
ヨルグフ市で大小あるが軍が出動するほどには成功してはいる。が、半分に満
たぬ状況なので決して芳しくはない。」
厳しい表情をする司祭もいるが、皆言葉を待つ。幾度かの議席により、カンサ
ガエは問いを投げてもそれとは別の話をし始めた時、質問の答えの前置きを用
意するということを、出席者はなんとなく理解し始めていた。そのため、誰も
口を開かず次の言葉を待つようになっていた。
「もう一つの布石として用意したのが今回の教吏従士隊による、ノルウェンダ
ル山脈の進軍だ。」
カンサガエは一呼吸置いて続ける。
「知っての通り、ブーリンブリ平原の北にあるヌバリグス街道は、ペンスシャ
フル国へと続いており、街道からブーリンブリ平原を横切ってグラドリア国へ
続いている。ペンスシャフル国境より手前には、我が教国への枝道がある。つ
まり、その枝道を利用し街道を越えて平原北部より奇襲を行うために、教吏従
士隊は別行動を取らせておる。」
一気に説明を終えたカンサガエに納得の表情を浮かべる者も居たが、それを知
らされぬことへ対し、疑念を浮かべている表情もあった。その疑問を、代表し
てかホワトスが口を開いた。
「何故、議題に上げて下さらなかったのか。」
カンサガエは頷き、眼光が鋭くなる。
「欺くにはまず味方からと言う。」
室内どよめきが広がる。抗議の表情を浮かべる者が殆どだが、カンサガエは手
を挙げて制する。
「誰彼を疑っているのではない。あくまで教国のため、盤石を期すための布石
である。非難があるのであれば、受けよう。教皇として、教国の栄華に向けて
礎になろうと思うた時より覚悟はしておる。」
カンサガエは語気を強めて言い放った。室内が静寂に包まれる中、カンサガエ
の鋭い眼光は一同を見渡す。
「これは、浅慮な疑でございました。」
ホワトスが静けさを破り、軽く頭を下げる。それに続くように他の者たちもホ
ワトスに続いた。通信技術が確立されているから情報伝達が早いとは言え、通
信の様に人はいかない。開戦間近のこの状況、言った所で支障はないだろうと
カンサガエは思っていた。
戦地で死ぬ可能性もない、平和呆けしたこの議席でろくな議題も出せず人の粗
ばかり探しているような奴らに、説明するのも億劫だ。まだ、教徒を憂いて意
見してきた最年少のグラダの方がいくらかましだ、とも思えた。
「他になければ、本日の議題は閉めるが。」
ハナノグが議席を終わらせようと言葉を発すると、ロッカルが軽く手を挙げた。
「何かな、ロッカル司祭。」
促され、ロッカルは質問を投げる。
「カンサガエ教皇が教皇と成られた際に、司祭に空席が出来ました。この空席
は如何するのでしょうか。」
「以前にも言ったが、我が戻るときのために空席のままでは不味いかな?」
ロッカルの言葉に、カンサガエが普段見せることのない少し温和な表情をして、
間髪入れずに答えた。その答えに教使二人、ハナノグとホワトスが頷いて見せ
る。
「いえ、とんでもありません。むしろ感銘を受けました。」
特に異論もなく、議席は終了した。カンサガエの野心としては、教皇に拘る必
要は無かった。もちろん、苦労して手に入れた教皇の座に未練が無いとは言わ
ない。それよりも、アルマイアに教皇を譲り心象を良くしつつ、司祭に居座り
裏から操った方がいいだろうという思惑があった。故マハトカベスより指名さ
れ、教皇としての実績を作ったのであれば、司祭だったとしても発言には力を
持つはずだと。

「まだ居たのかマニグ。」
黒のフード付きローブ、フードは被っていない黒髪黒目の中年程の男性が、箪
笥の前に佇んでいる。議席が終わり、教皇室に戻ってきたカンサガエは、マニ
グを確認するとそう言った。
「車を使えば、すぐに追いつきます。私としても今期を逃したくはないので。」
以前の温和な表情とは違い、今は冷静と言うよりは冷徹な顔をしている。カン
サガエは特に気にもせず、マニグの前を通り過ぎて自分の椅子に腰を下ろして
言う。
「そうだろうな。」
「そのため、今後について意識合わせです。念のため。」
マニグはカンサガエに視線を向ける。
「わかっておる。我とてまだお主に離れられるのは困るのでな。」
カンサガエは椅子に深く座り直すと、背もたれに身体を預け深く息を吐いた。
「教吏従士隊のパナブリーには伝えてある。」
マニグにとっては教吏従士隊が出立する際にも聞いた名前である。パナブリー
は教吏従士隊の指揮を執っている隊長であり、今回の行軍に関してはマニグが
作戦を展開することになっている。
「はい、わかっております。」
マニグは視線をドアに向ける。
「では。」
と、一言呟いて歩き始める。
「抜かるなよ。」
「お互いに。」
カンサガエの言葉に、歩みは止めずにマニグは返した。扉を開けるとハナノグ
がちょうど扉を叩こうとしていたところだった。マニグは一礼だけすると通路
に出る。ハナノグは不審な視線を向けて来たがどうでもよかった。
「教皇、ちょっとよろしいでしょうか?」
扉が開いたついでなので、ハナノグは声を掛けた。椅子に背を預け目を瞑って
いたカンサガエは、面倒くさい奴が来たなと思いつつ、邪剣にも出来ないので
顔を向けると、頷いた。




「ハイリ老には遊撃を行って頂きます。」
「軍事顧問の儂を、主戦場から外すと?」
「はい。主戦場は私が行きます。」
「お主が戦の指揮を執れるのか?」
二人の応戦に、軍事会議に参加している面々に緊張の色が浮かんでいた。
長方形の長いウォールナットの卓に、卓の端が金糸銀糸の刺繍で優雅さを演出
しているクロスが掛けてある。卓上は白だが、刺繍から先の裾は蒼い生地にな
っており床付近まで降りている。椅子は同じくウォールナットで作られた重厚
感のある背もたれが高い椅子で、背もたれには卓と同じクロスが使われている。
内側が白で刺繍を越えて外側が蒼い生地で、卓と合わせ調和が取れていた。
王城内、貴賓用の接待にも利用されるこの応接室は、現在軍事会議の部屋とし
て使われ、卓の両側に並んだ十個ずつの椅子の中央には向かい合って、この国
の軍事顧問と執政統括が座っていた。
「別に私は戦の指揮などしませんよ。」
不満顔のハイリに対し、いつもと変わらない微笑みを浮かべながら、リンハイ
アは淡々と言った。
「なんだと?」
ハイリの眉間に皺が寄る。
「戦の総指揮は大将軍であるアストヒルト将軍、その配下でサータッカ将軍と
メヒャリク将軍が陣頭指揮を行って頂きます。」
リンハイアはハイリの右に座るアストヒルト、そのまた右に座るサータッカと
続いて右にいるメヒャリクに目線を動かしていった。続けて
「流石に現地の、というより戦の指揮は私には無理ですので。ただ一部、効果
的な方法があるのでそこだけ私に任せて欲しいのです。」
「ふむ、わかった。」
ハイリは躊躇もなくあっさり頷いた。将軍達にも動じた様子は無い。えらく頭
の回る執政統括の若造が、そう言うのであれば問題ないだろうとハイリは常々
思っているので、別段考える必要もないと即答したのだ。
相変わらずの態度に、リンハイアはいつも通り少しは考えて欲しいと思ったり
もするのだが、その決断で不利を被ったことは無いので、思うだけにしている。
「ありがとうございます。具体的な話は後程。それと、各市内の件ですがアリ
ータの援護もお礼を言います。」
「なに、かまわん。」
全く気にもしていない風に返す。
「しかし、援護頂いたにも関わらず、一部軍が出動せざるを得ない状況となっ
てしまったのは申し訳ありませんが。」
リンハイアは軽く目を閉じながら頭を下げる。扉の前に立ち、待機していたア
リータ一瞬躊躇った。自分の上役なのだら、当然の行動なのだが実際には、自
分の力不足だと言いたかった。が自分の不足等という言葉を投げるにはまだ未
熟だと思ったし、なによりリンハイアが望んでいないだろうと。
「なに、嬢ちゃんは良くやってくれた。十分過ぎるほどにな。」
おそらくハイリの気遣いだったのだろう、アリータがハイリに頭を下げる。気
にするなと言うようにハイリが左手を挙げた。
「で、話を戻すが、儂を遊撃にして何をさせたい?」
ハイリは真剣な眼差しをリンハイアに向けるが、リンハイアの表情は相変わら
ずのままだ。
「ペンスシャフル国が、国境を越えています。」
無論知っている、とばかりにハイリは頷く。
「そうだな。だがそれを叩けということではないな?」
リンハイアが右手を顎まで持って行き、軽く拳を作った手の人差し指、第二関
節を顎に当て考える素振りをする。
「いえ。」
と、もう少し考える。
「いや、そうですね、【そこにいる者を】叩けですね。」
「どういうことだ?」
その表現にハイリが不可解な顔をする。
「ヌバリグス街道から平原には、かならず進軍してくでしょう。だからそれを
叩いてもらえればいいんです。」
「ふむ。」
ハイリは怪訝な顔のまま、要領を得ないという態度をする。
「ノルウェンデル山脈の麓を行く、ソルアアラ枝道より少し南ですね。平原を
北上してそこで街道に合流。がいいかと。」
「とりあえずわかった。で、そこで会った兵を叩けばいいんだな。」
相変わらずハイリには理解しかねる内容だが、この若造がそうしろ言うのであ
れば、おそらく敵はそこに居るだろうし、叩くことになるだろうと思って、詳
細は聞かないことにしている。説明など面倒だ、というのと若造の癖で確定に
至ってない部分は言葉にしていないだけだろうと。
「はい、お願いします。それと、そこまではアリータも同行させて頂ければ。
途中から別行動を取りますが。」
「問題ない。」
ハイリはそれもあっさり受け入れた。そのやりとりにアリータは戸惑った表情
を浮かべた。自分はそんな話は聞いていないと。しかし、後で説明が来るのも
判り切っているので、ほんの一瞬だけの思考だった。が、ハイリには気づかれ
ていたようだ。
「当の本人は知らぬようだが?」
ハイリは微かに笑みを、口の端に浮かべリンハイアを見る。見た先の若造は表
情を変えることは無かった。
「その為に会議に参加させてもらってます。彼女は優秀ですから、ここで会議
の内容を聞いておけば、後に説明した時に自分のするべき事をすぐに理解して
くれます。」
単純にアリータは優秀と言われ嬉しかった。仕事をしていて認められれば当た
り前のことだと。しかしハイリは、この若造は、説明を一回で済ませたかった
だけなのだろうと理解したが、アリータの思いに水を差すのも無粋と思い、そ
のことは黙殺した。
「して、お主は本陣で何を企んでおる?」
「正面から不意打ちしようかと。」
リンハイアの言葉に将軍達が何を言っているか解らないという顔をしている。
ハイリは気にしていなかったが。
「それは、どういうことでしょう?」
アストヒルトが代表して疑問を、恐れながら口にした。
「戦は、銃撃等の牽制からやがて、最前線は白兵戦に移行する。後方からは狙
撃、砲撃の援護。旧式ではありますが弓や投石も十分有効な手段です。」
リンハイアが当たり前の事を口にする。
「ここで、普段起きないことが起きたら不意を突かれるでしょう。」
「つまり、お主がその不意を作るということか。」
リンハイアは軽く頷く。
「では、具体的な説明をします。」

執政統括と書かれたプレートが置いてある机で、椅子に腰を降ろしたリンハイ
アはグラスから水を口に含んだ。
「そのために、アイキナ市に行っていたのですね。」
リンハイアは肯定も否定もしなかったが、別のことを口にした。
「一応この国、つまり国民を預かっている身だからね。戦は無い方がいいと思
うのだけど。」
一旦言葉を切って続ける。
「起きるのならば、出来るだけ被害は抑えたい。それが非情で冷酷であろうと
も。」
リンハイアの顔から笑みが消えていた。自分とは背負っているものの大きさが
遥かに違うこの青年の重責は計れないことはわかっているが、少しでも自分が
軽減できればとアリータは思う。
「それで、私のするべき事はなんでしょうか?」
そういえば、とアリータは会議で出ていた話を思い出した。その問いに待って
いたかのように、リンハイアは一枚の写真を取り出す。
「この男の首を取ってきて欲しい。」
裏稼業で人殺しを依頼するみたいな場面をアリータは想像してしまった。想像
しただけで、いつもの事なのでふとそんな場面を思い浮かべてみただけだった
が。写真を受け取り確認するが知らない顔だ。
「わかりました。」
アリータはあっさりと頷く。
「ただし、その場に居た場合に限り。居なかったら何もしないでいい。」
「はい。それで、ハイリ様に付いて行くのですね?」
会議の話を思い出し、アリータは疑問を口にしてみる。
「察しがいいね。」
一度、グラスの水を口に含みリンハイアが続ける。
「ソルアアラ枝道で、戦闘が起こる。その中に居れば、ね。」
「わかりました。」
ソルアアラ枝道で戦闘?アリータは疑問を浮かべた。先程の会議では、ソルア
アラ枝道で戦闘の話は出ていない。いや、止そう。私が思考を巡らせたところ
で答えは出ないだろうし、リンハイア様が言うのであればその通りなのだろう
とアリータは一人納得した。





仕事が終わり、自宅に戻った私は小型端末と財布だけを持ち、直ぐに家を出て
現在散歩中。以前より気になっていたアリアのティータイムを楽しんでやろう
とお店に向かっている。今夜は予定もないので、ついに決行しようと英断した
わけである。
ベイオス?知ったことではない。
心に余裕が欲しい。
いや、安らぎか、栄養か、何でもいいけど。最近のいろいろから少し、解放さ
れた時間が欲しい。
駅とは反対方向に向かっているので人通りも疎らだ。十七時もとっくに回って
いるので帰宅する仕事人もちらほら見かけるし、買い物袋を下げた女性もいた
りする。私もその中の一人で、他の人からは見れば私も通行人の一人でしかな
い。その通行人の一人、居ようと居まいと気に留まることも無い。
とか、考えているうちに店の前についた。
何の感慨もないので店の佇まいを見るとかするわけもなく、普通に入る。
コーヒーの香り。
「いらっしゃい。好きなとこどうぞ。」
一緒にマスターの声。
窓際の一番端、その席が空いているのでそこに座った。長方形のテーブルに向
かい合わせに椅子が一つずつ置いてある。テーブルの幅は肩幅より少し広い。
席に着くとマスターがお冷と手拭きを置いていく。
「決まりましたら、お声掛けください。」
私は頷くと、テーブルに置いてあるメニューを広げて確認する。目に付いたケ
ーキ、チョコフロマージュ。気になるのでこれにしよう。紅茶は・・・
マスターに注文後、水を一口飲み思い出す。
ランチは話したい気分じゃなかったので一人で食べたが、テレビを見ている限
り昨夜のことはニュースになってはいなかった。他人の家に勝手に入る奴なん
てそうそう居ないだろうし、泥棒くらいか。泥棒であれば好機とばかりに警察
に通報など阿呆なこともせず盗っていくだろう。
脱獄犯であれば、違うな。あんな奴はきっと知り合いも居そうに無いし、結局
のところ発見までに時間がかかるのが順当だろう。
となってしまうと私の仕事の結果が何時までも出ないので、ザイランに報告は
している。それを警察局が報道関係者に発表すれば、私たちがその内容を報道
を通して知ることになる。
「お待たせしました。」
いつの間にか、トレーを持ったマスターが横に立っていた。
「チョコフロマージュと、ダージリン・オータムナルです。」
置くと静かに去っていく。
なるほど、フロマージュの上にチョコムースが乗っているのか。表面は薄いチ
ョコでコーティングされていて、チョコ掛けのオレンジピールが一番上に添え
てあった。
一口食べる。
チョコムースには、刻んだオレンジピールが混じっており相性抜群。フロマー
ジュとの味も馴染んで美味しい。チョコだけだと味が濃いめになってしまうが
これは風味が柔らかい。この幸福感、久々。
爽やかなダージリンを味わいつつ、考えを戻す。
ブラッガの件は報道されるだろうと思う。脱獄して同じ犯罪、誰もが嫌悪する
ようなことを繰り返したのだから。それに対し、人それぞれ思うところもある
だろうが。
で、ベイオスに会っていなければやらなかったであろう、昨日聞き出したこと
を思い出す。何もベイオス独りがやっている事ではないだろう。人手が多けれ
ばそれだけ混乱を呼び込めるだろうから。ベイオスか他の人間かは不明だが、
ラウマカーラ教徒だろうと思う、脱獄させたのは。
そう考えればブラッガが報道されるのは、ラウマカーラにとって都合のいい結
果になるだろう。つまり、今警察局の前で起きているデモの人数が増殖する。
例え、先導しているのがラウマカーラ教徒だろうと、報道の内容を利用したり
して続ければ同調する市民も出てくる。
都合の悪い警察が、それを恐れて封じる。ということも無いだろう、それをす
れば市民への裏切りになる。五葉会等の組織は別として、今回は被疑者も被害
者も一般人であるし、なにより既に脱獄はニュースになっているからだ。
先日、どこの市だったか。千人を超えるデモが暴動になり、警察局では対応し
きれないため、軍が出動していたと報道されていた。軍人に殴り掛かっていく
一般人、石や瓶を投げつけるならまだしも、角材や鉄棒を持っている一般人も
いた。それに対し軍も、麻酔銃や二メートル程の棒を持ち制していた。後方で
は呪紋式師が小銃を使い、おそらく麻酔ガスであろう呪紋式を放っていた。
小さな戦争。
と、私には見えた。
当然、怪我人や死人が出ている。
それが、他人事ではない現実が、迫っている。
そんな中で既に国同士の戦争が起ころうとしている。きっと国内はもっと混乱
するだろう。
なんてことを一市民である私が考えても。という人も多いだろうな。もうリン
ハイアが関わってきた所為でいらぬ事まで考えてしまう。私にとっての問題は
当面ベイオスだな。あいつは、まず間違いなく私を狙ってくるだろうと、勘が
訴えてる。
あぁー
気付けばケーキがあと一口。私はなんのために此処に来たのか。安らぎに来た
筈なのに、また悶々といらぬことを考えていた。
気付けば三十分も重いことを考えていて損した気分になった。残った一口分の
ケーキを、私は二つに分けた。
せこくない。
その半口を口に入れ、冷めた紅茶に口を付けた。




2.「遷り往く焦燥、崩れ逝く世界」


ブーリンブリ平原。東西に約二百キロメートル程も続くこの平原には、何もな
い。グラドリア国の所有地にはなっているが、中立地帯として往来は自由とな
っている。
グラドリア国の東側、市街地を抜けて平原に入ると、ただただ草を見る景色を
八十五キロ程進まなければならない。グラドリア国も整備に手を出していない
ため、電車も通っていないし乗合の車も走ってない。昔から利用している街道
ですら整備されないのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
八十五キロ程進むと十字路に当たる。北に向かえばペンスシャフル国。グラド
リア国の北側から整備された道路や、電車が走っているため街道が使われるこ
とは稀有である。
物好きや道楽くらいだろう。
南に行くと、サールアニス自治連国へと続く。こちらもグラドリア国の南方か
らの交通路があるため使われることはほぼない。
西に行けばラウマカーラ教国に辿り着くが、教国に行く人は少ない。これは、
敢えてこの道を利用するしない云々の話ではなく、単に教国へ好んでいく人間
が少ないということである。平均的な技術水準の中で生活している中、教国へ
行こうとする人間は稀有であり、行くとすれば観光が主なところだった。

発展している周辺国に比べれば、遥かに技術が遅れているためである。周辺国
が概ね同じ程度には発展しているのに比べ、ラウマカーラ教国がそれに追随し
ていないのは、教義によるところが大きいのだろうという見解が一般的だ。
宗教的にはありがちな話で、欲はどこでも戒められるものでる。徒には慈愛や
ら平等やらが説かれる。別に技術を享受したからと言って、その精神に変化を
来すものではないと、教徒でない人間ならば思うかもしれないが。生まれた頃
より「信仰と崇拝」を植え付けられればそんな考えに辿り着く教徒も少ないだ
ろう。考えたとしても「忠誠と畏怖」で、それを諌めることも出来ない。
という御印が抱く二本の剣が意味するところは、教徒に根深く浸透している。
当然、そうでない者もいる。何も技術が流入して来ないわけではない、享受し
利用する教徒もいるが少数である。例えば車、教国内での車を所有しているの
は教皇に近い者や、一部の富裕層が主だ。ただ、道路もろくに整備されていな
いため、走る道も限られる。
そして教国内では、それ以上に技術を享受しているものがある。銃火器を含む
武器類だ。教国本部に限定されている、というよりは一般教徒にとっては腹の
足しにもならないので、興味を持たない。また教法によって武器類の所持を禁
止されているので尚更だ。

その武器を持って教徒が整列している、空が白み始めたブーリンブリ平原。グ
ラドリア国軍約八万と既に相対していた。




ヌバリグス街道、ソルアアラ枝道より少し南下した街道の横に、百騎程の騎馬
隊が待機していた。ペンスシャフル国、五聖騎の<穿砲槍>ウーランファが擁
する斥候部隊である。戦における騎馬兵は、馬も頭、首から胴まで金属製の装
備にて身を固める。銃撃戦による馬の負傷率を下げるためだ。狙撃兵でもない
限り乱戦状態でわざわざ足や目といった露出部を正確に打ち抜くことは出来な
いため、生存率上げる目的としては理にかなってると言える。
当然、それだけの装備を身に付ければ重量が増し馬の走行速度にも支障が出る。
斥候の場合は足の速さに重きをおいているため、ウーランファの騎馬隊の馬は
その装甲を付けていない。
待機している騎馬隊に一人の男が近付いていた。前衛を務める騎馬隊や歩兵と
は違い軽鎧で、腰に片刃の反りのある刀剣と、背中にはそれより一回り大きい
同じく片刃で反りのある刀剣を背負っていた。その男、短髪で薄茶色の髪の下
に愉快そうな瞳と、不敵な笑みを口元に浮かべて独り近づいてくる。騎馬隊の
兵は緊張こそすれ、特に身構えることも無くその様子を見ていた。
「ああ、ご苦労さんっと。」
近づいて来た男は、不敵な笑みのまま右手を上げて騎馬隊に向かって口を開い
た。騎馬隊の中で隊長らしき兵が馬を下り、その男に近づいて軽く頭を下げる。
「これはリャフドーラ様、お疲れ様です。」
「ああ、気遣いはいらねぇよ。」
隊長らしき兵の挨拶に、リャフドーラは気にするなとばかりに軽く右手を振る。
「しかし、戦は始まったばかり。リャフドーラ様の部隊の出番にはまだ早いか
と思われますが、何か問題でもありましたか?」
まだ斥候すら出番がない。遠く雄叫びや、騎馬の走る地鳴り、銃撃戦の音が耳
に届いてくる。そんな中、戦況変化後に対応すべき<滅剣>リャフドーラの部
隊にまだ出番はないのではないか、と隊長らしき兵は考えた。
「問題ね、特に無いが、出番はこっからだ。」
隊長らしき男が疑問を浮かべたが、浮かべただけだった。疑問に、自分の甲冑
姿が胸から腹部、足へと視界が埋まっていった。果たしてそれが本当に疑問に
思ったのか、または本当に視界にそれが映ったのか、落ちた頭部は既に答えを
見つけることは出来なかった。
リャフドーラは抜刀と同時に隊長らしき兵の首を落としていた。自分が抜刀か
ら斬首されたことを気づく前に、リャフドーラの剣は抜刀から上段に移行して
そのまま唐竹に振り下ろされる。隊長らしき兵が乗っていた馬の横に居た兵を
頭から股間を通り抜け、馬の胴までも両断する。貫通した剣閃は、背後の兵に
も届き同じく両断した。
「そらもういっちょ。」
リャフドーラは振り下ろした腕を、右足を踏み込みつつ逆凪に振るいつつ、踏
み込んだ右足で地面を蹴って前方に跳躍する。その時、隊長らしき兵の首が鮮
血を吹き出しつつ落下を始めていた。唐竹により斬られた馬は、乗っている兵
の重みに耐えられず真っ二つに折れるように崩れ、兵も落ちた衝撃で二つに分
かれて金属音と共に、地面に叩きつけられる。先に落ちて地面を赤く染めてい
た血のせいか金属の奏でる音は鈍い。開いた体からは続けて、血と共に内臓が
零れて広がっていく。
逆凪を放ちつつ跳躍したリャフドーラの剣閃は更に二体の兵と馬を巻き込んだ。
跳躍したリャフドーラは落下軌道に入った時点で、剣を大上段に構えて着地と
同時に振り下ろし、その剣閃に三体の人馬を巻き込んでいた。
一瞬の出来後ことに兵たちが硬直したまま眼前の光景に目を奪われていた。人
も馬を血煙を上げながら崩れていくのを、何が起こったかわからない表情のま
ま眺めていた。
リャフドーラは着地後、左足をやや左前方に踏み込みながら左切り上げを放つ。
リャフドーラの左前方に放たれた剣閃は、馬の首から馬上に乗っている人体の
胴まで薙ぎ払う。伸びた剣閃はその後ろにいた兵の首から上を跳ねた。
間髪入れずに返す刃は、右への薙ぎ払いに移行する。やや上方向に振られた剣
の剣閃は、リャフドーラの右側にいた兵の鼻下から上を、顎から上を、首その
ものを分断していった。
「ただ突っ立ってるだけじゃ、木偶相手と変わんねぇぞ。」
右薙ぎ払いから流れるように剣を右肩に担いだリャフドーラは、鋭い眼光を生
存している兵達に向ける。ここに来て兵達が恐怖の色を眼や表情に浮かべ、浮
足立ち始める。
「う、うわぁぁぁ!」
一人の兵が突如絶叫し、リャフドーラに向けて銃を撃った。片手で扱える銃は
呪紋式小銃よりも大きく重量もあり、殺傷目的としては有効だが、戦場には向
いていない。通常兵が着る甲冑を、打ち出される鉛の弾は貫通できない。だが、
軽装のリャフドーラに当たれば大なり小なり傷を与えられる。
撃たれた弾は、リャフドーラを大きく外れて後方の地面へ着弾する。
「おいおい、ちゃんと狙わないと当たるわけないだろぅ。」
リャフドーラは言いながら、銃を撃った兵へ踏み込んで、肩に担いでいた剣を
片手で振り下ろし、頭から胴にかけて両断する。
「う、撃て撃てぇ!」
兵の誰かが叫んだ。それ合図に多方向から銃声が上がり、リャフドーラに向か
って弾が飛んだ。直後、リャフドーラの姿は一瞬霞んだように見えた。
「まぁ、結局当たるわけねぇんだが。」
リャフドーラは手近な兵士に向かって走る。
「心配しなくても、一人も生きて帰すつもり無いから安心しとけ!」
袈裟斬りに振られた剣の先で、また人馬が複数重力に逆らえず崩れ落ちていく。
「あ、それと国に逃げようとしても俺の部隊塞いでるから。」
言いながらも剣を振るのは止まらない。逃げようとしていた兵もその言葉に一
瞬止まったが、目の前の暴威から逃れようと走り出す。が、その胸には背中か
ら貫通した剣先が覗いていた。兵はそれを見ながら馬上から転落する。
「あ、わりぃ。手が滑った。」
リャフドーラは動かなくなった兵の剣を拾い、投げつけていた。
まだ半分以上残っている兵も、迫りくる恐怖と荒れ狂う暴威に抗う、というよ
りは死にたくない一心で抵抗、若しくは逃走をするしかなかった。朝方のヌバ
リグス街道では血霧が漂い、一方的な殺戮が幕を上げていた。




ノルウェンダル山脈、ホルマティック山の麓をヌバリグス街道から南東へ流れ
るソルアアラ枝道。南東へ抜けるとラウマカーラ教国北西部へと辿り着く。道
はそれほど広くはなく、車や馬車がすれ違うくらいには問題ない幅である。も
っともこの枝道を利用するのは物好きな観光客か、行商人程度ある。
整備もされておらず足場もお世辞にもいいとは言えない道中を、ペンスシャフ
ル国の兵が行軍していた。<疾咬剣>ギジフと、<崩砕槍斧>ドゥッカリッジィ
フの部隊がそれぞれ約二千、合計約四千の兵が行軍しているが、道幅が無いた
めに縦に伸びきっての行軍となっていた。
ヌバリグス街道で野営をした軍は、夜明け前には枝道に入り進軍する。教国へ
は夜に辿り着き、深夜に夜襲を仕掛ける計画を立てていた。
枝道のヌバリグス街道側、南方向には林が広がり鬱蒼とした下草が生えている。
またホルマティック山側は急斜面となっており、雑草や低木が生い茂っていて
疎らに木が飛び出して見える。夜が明け陽射しが降ってきてはいるが、周囲が
その様な状態のため、枝道自体は薄暗い。
隊列の先頭は歩兵が周囲を警戒しながら行軍している。奇襲を警戒しているわ
けではなく、形式として行っているだけではあるが。ラウマカーラ教国側から
の旅人や商人には現在遭遇していない。もっとも、利用する者自体が珍しいた
め先頭の兵達は特に気に留めてはいなかった。
ペンスシャフル国の遠征部隊は、市街戦になれば道の狭く畝っているようなラ
ウマカーラの街中では、騎馬は役に立たないため歩兵が大半を占めている。騎
馬は本陣の五聖騎に百騎ずつと、最後列に位置する食糧や救護を主とする部隊
の殿を務める二百騎のみで構成されいた。
道路の状態があまり良くない中、ペンスシャフル国の進軍は隊列を乱すことも
なく続いていた。




「濃いな、血の臭いが。」
ハイリが顔を顰める。
すっかり陽が昇った頃、林道とも言えない獣道からヌバリグス街道へ数十の騎
影がぞろぞろと現れる。その先頭を行くハイリが街道に出ると同時に言葉を漏
らしたのだった。
付近、出た所より街道を少し南下したあたりは、大地が流れだした血で黒く染
まり、その流れの元である赤黒い肉の塊が地面が見えないほど累々と折り重な
って散らばっている。人のものか馬のものか判別出来ない内蔵が地面に広がり、
流れた血にいたっては混じりあい大きな流れとなっていた。まだ流れている血
を見るに、この光景は作り出されたばかりだと容易に想像がついただろう。
街道に現れたグラドリア国の騎馬兵は、その漂う血の臭いと地獄のような光景
に明らかな嫌悪感を浮かべる兵や、驚愕して固まっている兵、咽せ吐き出す兵
もいた。
「おんや、こんなところにグラドリアの雑魚が現れるとは。」
短髪で薄茶色をした髪の男が、不敵な笑みを浮かべて立っている。肩に片刃の
剣を担ぎ、鋭い眼光を向けてグラドリア兵の方へ歩き出す。薄茶色の髪は返り
血で斑な色になって固まっており、顔を含め全身が同じく返り血に染まってい
る。明らかにこの異様な世界を作り出したであろう人物が、近づき始めたこと
に対して、恐怖する兵が出だした。
「ハイリ様ありがとうございました。私はこれより別行動致します。」
ハイリの横にいたアリータが、その状況を気にする風もなく馬上から、ハイリ
に向かって頭を下げる。
「うむ、気を付けてな。」
「おいおい、こっちを無視して話してんじゃねぇよ。」
男は不敵な笑みのまま近づいてきている。アリータは気にもせず、馬から降り
ると出てきた方とは反対側の林へ、街道を横切るように一気に駆け出した。
「逃がすかよっ!」
男は剣を振り下ろす動作に入ったが、振り下ろさずその場から後ろに飛び退い
た。先程居た場所を、拳が空を打った瞬間が見える。その場所にハイリが割っ
て入ったのを、アリータは一瞥すると軽く頭を下げ、そのまま林の中へ消えて
行った。ハイリは男の方に視線を向けると、睨んだ眼と向き合う。
「女子に手を出すのは感心せんな。」
ハイリを見ていた男の片方の眉が上がり、眼には若干驚きの色が見えた。
「何故、灼帝がこんなところにいやがる。」
「他国の人間に知られているとは、儂も有名になったかの。」
顎に左手を当て撫でて見せる。そこへ無言のまま男が剣を振り下ろす。剣の間
合いよりも刀身の三倍くらいは離れていたが、剣閃がハイリの居る場所まで切
り裂く。ハイリは造作もなく身を逸らす。地面は擦れるような音を立て、切れ
目が入っていた。
「ふざけんてんじゃねぇぞ、じじい。」
初見の癖に余裕こいて躱しやがった、と男は内心で舌打ちした。
「お主こそ、五聖騎でありながら自国の兵を皆殺しにするとは、ふざけておる
どころではない気がするのう。<滅剣>リャフドーラよ。」
「灼帝に知られてるなんざ、俺の方が有名だな。」
先程の返しとばかりに、リャフドーラの口元は不敵に吊り上る。
「お主らはここから距離を取っておれ。」
ハイリは後方に向け、右手で合図を送る。リャフドーラからは視線を離さずに。
馬の蹄が地面を踏む音が聞こえ、ハイリは命令が伝わったことを確認する。リ
ャフドーラも雑兵に興味が無いようにハイリから視線を逸らさない。
国内では軍を統括する軍神、そして実力では掛心華陽拳の最奥皆伝者だったか、
それがどれほどのもんか知らないが、面白そうだとリャフドーラは内心思い、
それが笑みとなって口に現れているのがわかった。
「しかし、軍神が戦ほっぽらかしてこんな所で何してやがる!」
リャフドーラは言い終わると同時に、肩に担いでいた剣を振り下ろす。遠く離
れた場所から見ていたグラドリア兵には、いつ振り下ろしたかわからない程の
速度だった。そして、ハイリが動いたことすら気づかなかった。
唐竹の斬撃が振り終る前に、リャフドーラの左眼前にハイリが現れて、顎を目
掛けて左拳を突き出してくる。リャフドーラは背を逸らせつつ拳を躱し、振り
下ろした剣をハイリ目掛けて逆袈裟に振り上げる。
「ぬぐっ!?」
振り切る前、と言うより振り上げ始めた直後だが、左脇腹にハイリの右掌底を
食らってリャフドーラが数メートル吹っ飛ぶ。苦鳴を上げたが、直ぐに体制を
立て直しハイリに向かって剣を構える。
「速すぎだろっ。」
リャフドーラは吐き捨てるように言ったが、笑みは消えない。むしろその表情
は楽しんでいる様でもあった。
「一本じゃ追いつかねぇか。」
左手を背中に背負った剣の柄に触れる、カチャッという何かが外れるような音
がすると鞘だけが地面にガチャンと落下した。左手には抜き身、こちらも片刃
で刀身が沿っている剣が握られている。その大剣は右手に持っている刀身より
五割増し程長いが、刃幅は少し狭い細身の大長剣といった印象を与えた。
「雲斬か、久しく見た。」
ハイリが右手で顎を撫でなから、懐かしそうな目でリャフドーラの左手が握る
剣を見た。
「へぇ、知ってんのか。」
言いながら、リャフドーラが袈裟斬りに左手の剣を振る。ハイリは左に身を逸
らした直後、更に左に軽く飛ぶ。袈裟斬り後の、右手の突きで飛んで来た剣閃
を躱した。
(雲斬の間合いは十メートルも無いか。)
ハイリが考えてる間に、雲斬の横凪が飛んで来ていた。這いつくばるように屈
んで避けたところに突きの剣閃が来る。屈んだまま横に避けるが、更に低空で
横凪の一閃が飛んで来てた。それを右方向の斜めに跳躍して躱す。先程居た場
所の真上を突きの剣閃が通り過ぎた。
「曲芸師か。先読みもすげぇが、避けるので精一杯なら大したことねぇな。」
そう言って笑みを浮かべるリャフドーラは、ハイリの冷たい視線に気づいた。
冷たいというより、既に興味も失せ自分など映っていないようだった。
「なんだ、その目は。」
リャフドーラから笑みは消え、不愉快な表情に変わる。
「もう飽きたわ。雲斬をまともに扱えぬ戯けの相手は。」
言いながらハイリは、リャフドーラに向かって歩き始めた。
「なんだとジジイ!」
またも雲斬を横に一閃。ハイリはその斬撃を避けることなく、右拳を打ち下ろ
す。ビチィッ!といったような音を立て、地面に斬撃が叩きつけられる。同時
に放っていた突きの剣閃も左拳で振り払われていた。
「はぁっ!?」
と、リャフドーラが思った瞬間ハイリは右横に居た。気づいた瞬間、右手の剣
を横凪に動かしたが、振ることは出来ず鳩尾に右拳をくらい吹き飛ぶ。鳩尾に
右拳が当たる前には剣を握る指も、左拳で殴られ小指を除く三本が逆方向に折
れ曲がり、親指の爪は爆ぜ飛んていた。
剣を置き去りに飛ばされたリャフドーラは、地面に叩き付けられる前に、ハイ
リが目の前に迫って来ているのが目に入った。
(あれは、やべぇ気がする。)
鳩尾への打撃で意識が薄らいでいるが、危機は感じた気がした。
<掛心華陽拳技・朔破門>
咄嗟に左手に持っている剣を地面に突き刺し、反動で右方向に身体の進行方向
を強引に変える。刹那、ハイリの右拳の打ち下ろしが軌道を変えたリャフドー
ラを追うように軌道を修正したが、リャフドーラの左足捉えそうな距離で空を
凪ぎ、地面手前で停止する。
直後、ズゥンッと大地が震動する。
「ぐあぁぁぁっ!」
泳ぐ悲鳴。遠ざかる。
悲鳴の主であるリャフドーラの左足が、足首からあらぬ方向に曲がり、指先は
爆ぜて血を吹き出していた。
ハイリの右拳の先では、地面が直径五メートル、深さ一メートル程に陥没して
いる。リャフドーラの左足はその余波に巻き込まれることを逃れられなかった
結果だった。
ハイリは近くに刺さった剣を掴んで、引き抜く。鞘の所まで歩き、拾って鞘に
納めるとリャフドーラに目を向ける。
「雲斬はもらってゆく。」
それだけ言うとハイリは待っている兵の方へ歩き出す。
「こ、ころせがはっ・・・」
リャフドーラが恨みの視線を投げつけながら、言葉をハイリに投げつけると同
時に吐血する。ハイリはリャフドーラを見ることも無く、兵達の元への歩みは
止めない。
「儂がお主に止めを刺してやる義理はない。死にたいのなら勝手に逝け。」
既に通り過ぎ去った後方から、地面を殴るような音が聞こえてきた。ハイリは
気にすることも無く、自分の馬の前に来るとそのまま跨った。
「おそらく奴の部隊が居る筈だ。そちらを処理するぞ。」
「はっ。」
ハイリは言いながら、街道を北へ向かって進みだす。兵達も答え、それに従い
続いて移動を始めた。

程なく進むと、街道を扇状に塞いでいるペンスシャフル国の騎馬の一団が見え
てきた。その前には同じくペンスシャフル国の兵が十数体の肉片と化している。
おそらく、先ほど全滅させられていた部隊の逃亡した兵士だろうとハイリは推
察した。ハイリがその一団に近づくと一斉に銃口を向けられる。グラドリア兵
は身構えたが、ハイリはそれを手で制して一人前に出た。
「儂はグラドリア国軍事顧問、バラント・フォーグ・ハイリだ。通称、軍神と
言った方が判り易いか。」
それを聞いたペンスシャフル国の騎馬兵達にどよめきが起きる。ハイリは相手
に向けて両手を上げると一言付け加える。
「別に戦いに来たわけではない。少し話をしたい。」
とは言え、この状況でペンスシャフル国の兵は油断せずに銃口を向けたままだ
った。だが、前衛を押し分けるように一人の兵が馬を進めてくる。その兵が左
手を水平にあげると、銃を構えていた兵達が銃を下ろしていく。
「隊長を務めるマフエラートと申します。私が代表して話を伺います。グラド
リアの軍最高権力者が一体何用でしょうか。」
マフエラートと名乗った兵は、緊張と怪訝が混じった表情で問いかけてきた。
ハイリは馬の脇に括り付けていた剣を取ると、鞘を持って掲げる。
「お主らの頭であろうリャフドーラは今し方片付けた。この雲斬が証拠として
くれるかわからぬが、持って来た。」
ハイリが名乗りを上げた時よりも大きいどよめきが起きる。と、同時に数多の
殺気がハイリに向けられる。それも再度、マフエラートの静止で収まった。た
だ殺気だけは変わらなかったが。マフエラートは続きを促すように、ハイリの
方を無言で見ている。
「出来れば命のやり取りはしたくないのでな。ここで帰投してはくれんか。」
向けられていた殺気に、迷いのようなものが混じり始める。
「何を計画していたかは知らぬが、おそらく頓挫するぞ。儂以外の別働隊も動
いておるからな。」
アリータのことを思い出したハイリは、執政統括の若造が他にも何かを読んで
手を打っているのだろうと考えた。であればここで利用するのが最良だろうと
判断する。現状、機先を制する一手として。
「それとも、命が要らぬなら儂が相手をすることになるが。」
と、ついでに脅しも加えておく。
「その提案、素直に受け入れましょう。」
暫く考え込んだマフエラートは苦い顔をして答えた。その決定に対して、兵達
からは不満の声も複数飛んでくる。<滅剣>リャフドーラを相手に無傷でいる。
配下五百騎でも不足だろう、この手の相手には五百騎程度では数の暴力にも足
りえない。無駄死にさせるわけにはいかないと考えた、マフエラートの決断だ
った。
「お前たちが無駄死にする必要は無い。撤収準備だ。」
マフエラートは背後の兵達に向かって号令を掛ける。扇状の隊列を崩し、準備
を始める兵達を確認するとハイリに向き直る。
「リャフドーラ様は?」
「別に殺してはいない。だが、あの気性では行っても殺されかねんぞ。」
相手の意図を察し、ハイリは答えた。
「お心遣い、感謝いたします。では。」
どうするとも答えず、マフエラートはハイリに複雑な笑みを浮かべると、撤収
準備している兵達の方へと向かった。




厚切りのローストポークに右手のフォークを刺し、左手のナイフで一口サイズ
に切り取る。それを口に入れ咀嚼する。いつものアレッタレットで昼休みを過
ごしていた。
柔らかくてジューシー。
微塵切りされた玉ねぎの形が少し残っている香味ソースは、ほんのりと甘み、
フルーツだろうか、があり濃くなくさっぱりしている。それが噛むたびにロー
ストポークの味と馴染んでいく。私は一度フォークを置くと、セットで付いて
いる拳程の大きさがあるブールパンを掴んで口に運ぶ。千切って食べるとか面
倒なので、そのまま齧る。素朴で少し塩味がするそのパンは、噛むほどに香り
と味が膨らんでくる。
あーうまい。
私はパンを持ったまま、ローストポークに添えてあるマッシュポテトを、ソー
スを少し付けつつ掬ってパンに乗せる。齧る。
うむ。
「美味しそうだなぁ。」
ヒリルが鱸を突きながら言ってくる。皮面をこんがりと焼いた鱸は、薄ら黄色
みを帯びたスープに浸かっている。その皮面をフォークで突いていた。
「心配しなくても少し上げるわよ。」
しょうがないとばかりに私はヒリルの方に皿を差し出す。
「やった。」
短く歓声を上げると、ヒリルは早速自分のフォークとナイフを構えて、ロース
トポークを切り取りにかかる。私はその間暇なのでいつもの様にテレビに目を
向けると、今朝から始まった戦の報道が行われていた。が、一瞬視界に切り取
られて持ちあげられるローストポークが目に入る。
「おいコラ。」
あろうことか、私のローストポークがかなり大きめに、二口大くらいに切り取
られている。
「あ、ごめん。もう取っちゃったし。」
と満面の笑顔でほざいた。確信犯だ。仕事中唯一の楽しみであるランチタイム
で、私に対して喧嘩を売っているとしか思えない。というのは、冗談だけど、
でもやっぱり取り過ぎとは思った。
「私の鱸半分上げるから。」
と言っている間にセットで付いて来たサラダが入っていた皿、今は空になって
いるが、そこの切り取ったローストポークを乗せ、一口サイズに切り分けてい
る。
「いや、一口味見程度でいいよ。」
実際、量が食べたいわけではなく、味を楽しみたいので、分けてくれるのであ
れば嬉しいし一口で十分だった。ヒリルは既にローストポークを咀嚼しており
満足そうな顔をしている。
「いやいや、遠慮せずに。」
と、鱸の入った皿をこちらに差し出す。
・・・
察するに、あまり減ってなく皮面をフォークで突いていたのは、あんまり好み
の味ではなかったんだな。で、あわよくば私に半分押し付けようと。取り敢え
ず推察が合っているか確認したくなる。
「ねぇヒリル。」
「何?」
笑顔で首を傾げて、視線をこちらに向ける。
「鱸、好みじゃなかったんでしょ。」
笑顔も傾げた首も変わらず、暫し沈黙。
「そんなわけ、ないでしょ。」
当たりね。一瞬引き攣ったのは見逃さなかったわよ。私はそのままヒリルの方
へ視線を向け続ける。ヒリルは諦めて、溜息をついた。
「もう、そうですよ。なので多めに取ってくれた方が嬉しいな。」
白状したのだから手伝ってくれるよねと言わんばかりに、既に笑顔を向けてき
ている。人の楽しみを先に多めに奪っておきながら、ここまでが計算なら恐る
べし。と思うが失礼な話、仕事ぶりを見ている感じでは、そんな計算高さはあ
るとは思えない。というのは内心に仕舞っておく。
「しょうがないな。じゃぁ、スプーン貸して。」
取り分けようと思いヒリルにスプーンを催促、と、店員に取り皿もお願いする。
私もサラダの皿は空いているが、ドレッシングが底に残っているため使いたく
ない。明らかにスープの味が変わるだろうから。
店員にお礼を言いながら受け取った取り皿に、鱸を半分ほど頂く。早速、フォ
ークを刺し、一口大に身を崩すとスープに絡ませて頬張る。
魚の粗と香味野菜を使っているのだろうか、そんな風味だ。グルメではないの
で詳細はわからない。味は塩ベースだと思うがしっかりした味である。微かに
ライムの香りがし、淡白な鱸の白身を引き立てる。
うん、美味しい。
何が嫌なんだろ?
と思ったが、好みは人それぞれなので疑問は忘れることにした。
「美味しい?」
鱸の感想が気になったのだろう、ヒリルが聞いてくる。
「うん、普通に美味しいよ。」
どうと言うこともない、普通に美味しい食べ物なのでそう返す。そう、という
仕草というか表情をしてヒリルは自分の食事に戻った。半分ほど残った鱸を食
べ終わると、最後に私から巻き上げたローストポークの残りに手を付ける。最
後に美味しい方を残したんだな。
私も好みとしてはローストポークだったので、同じように鱸を片付けてから自
分の頼んだものを食べた。

食後の紅茶を飲みながら、店内のテレビを眺めている。同様にヒリル。今朝か
ら始まったらしい戦争の報道が特別枠で繰返し報道されている。リンハイアと
会わなければ、起こるであろうことも想像つかなかった戦争だ。
だが会ってしまったので想像の範囲となってしまった。やっぱり起きたんだな
程度に思ってしまっている。
「数日前から可能性は言われていたけど、本当に始まったんだよね。」
ヒリルがなんとなしに零した。それは独り言なのか、私に何かを求めているの
か判断のつかない喋り方だった。自国がその渦中にいるにも関わらず、どこか
遠い国の事の様に零したその言葉、私も戦地に直接いるわけではないので、同
じような気分だった。
「こうして仕事して、ランチして、いつもと変わらない生活していると、自国
のこととは思えない気分になるね。」
考えていたことを口にしていた。雰囲気に流されたのだろうか。
「そうだね。」
ヒリルは報道から目は逸らさず同意してきた。私もだけど。
現地から中継してきている映像は遠いためよくわからない。遠く聞こえる怒号、
金属のぶつかり合う音、銃撃の音。大砲の音は大きいせいかそこそこ聞こえる。
前線は圧されているようなことを言っていた。
「負けたら、生活変わっちゃうのかな。」
漠然としたこと吐き出した。
「変わるでしょうね。」
適当に相槌を打つ。別の国だもの、別の生活を余儀なくされるだろうことは明
白だろう。ましてや宗教国家だし、一変するのは間違いない。もしかすると属
国とか植民地等である程度の生活と文化は変化しないかもしれない。一国をま
るっと変える途方もない時間と労力を考えれば、その方が現実的かもしれない。
「そうなると、やだね。」
ヒリルがこちらに視線を向けてくる。
「うん、同じく。」
私も同意する。
「それと、宗教に興味ない。」
と付け加えておく。
「あ、私も」
と少し微笑んだ。
暗くなりがちだった雰囲気が少し緩和したとこで、落としどころかな。と思い
時間も時間なので切り上げることにした。
「もうそろそろ時間だし、会社戻ろうか。」
「そだね。」
さて、午後の仕事をこなしますか。

店を出ながら思う。リンハイアに、軍事顧問である灼帝がいる。ラウマカーラ
教国のことは知らないが、多分負け戦にはならないだろうと。




昼下がりのホルマティック山、ソルアアラ枝道では少し遅めの昼食兼休憩を取
っていた。ペンスシャフル国軍。卓や椅子があるわけではないので、道の両側
の茂みや草むらにそれぞれ好きなように寛いでいる。空いた道の中央では、縦
に伸びきった軍へ配給係の兵だけが忙しなく往来している。
進軍中に料理をするわけにもいかないので、配られるのは携帯食だが、休憩を
取ることが歩き詰めの兵には嬉しかったのか、食べる顔はどこか綻んでいる。
「どこまで配った?」
「先頭まで配っているので、もういき渡ったかと。」
「わかった。」
「やっと俺らも休めるな。」
「もうお腹すいたよ。」
「前線がないとは言え、これだけは損だな。」
などと会話をしながら、配給係の兵は後方へ戻っていく。行軍は同時だが、休
憩中に動き回り、再度出発する際には足並みを揃えなければならず、休憩時間
は明らかに短い。だが、前線で戦うのは今休憩している兵であり、どちらがい
かは本人次第だろう。

「戦なんて初めてだよ。」
後方よりの兵が、同じ格好をした隣の兵に言った。
「そりゃ、この行軍に加わってる人間、みんなじゃん。」
隣の兵が、何を当たり前のことを、という態度をする。
「だよな、建国以来小競り合いはあっても戦争したって歴史は聞いてないもん
な。」
「そう習ったな。」
お互い記憶の中から思いだし、同意する。
「しかし、訓練の中で食った時は、うまくもなんともないこいつが、うまいと
感じたのも初めてだ。」
配給された硬いパンを齧りながら、戦が初めてと言った方の兵が言う。
「確かに。ただ、一緒についているこのバターはやっぱりまずい。」
塩気とやたら油っぽい味しかしない固形物を見ながら、隣の兵士が微妙な顔を
する。
「でもないよりましだな。」
そう言って、戦は初めてと切り出した兵がバターを塗って口に運ぶ。
「だな。」
隣の兵も同じように塗って、口に運んだ時顔に生暖かい何かが付いたのを感じ
た。よく見れば、食べようとしたパンは、バターだけでなく赤黒いものも付い
ていた。一瞬なんだかわからず、戦が初めてと言っていた兵の方を見ると、口
の中に入れたパンを縫い付けるように、頭から喉を貫通して槍が刺さっている。
思考が止まったような感覚。
意味が解らない。
そこでやっと、周囲が騒然としている音が聞こえるようになった。怒声、地面
を踏み散らす地鳴り、金属がぶつかり合う音、悲鳴。槍が刺さった兵は、血に
塗れたパンを口にしたまま横倒れになった。
視界が一瞬真っ白になる。
激痛。
どこかわからない。直後、視界が今度は赤く染まり、世界が揺らぐ。暗転。
隣の兵も背中に槍が刺さった後、頭に銃弾を受けて、初めてと言った兵の上に
重なるように倒れた。

「混乱している間に、叩き込めるだけ叩き込め!」
黒のローブを来た男、マニグが叫ぶ。
ソルアアラ枝道の斜面より、休憩中のペンスシャフル軍へ一斉の投槍が雨のよ
うに降り注いだ。重量のある槍は、重力も手伝って鎧をも貫通した。続けて銃
弾と矢が降り続ける。食事をするため兜を外していた頭部は、防御することも
出来ずに投擲、射撃武器を容易に受け入れた。
反対側の林からも銃撃と長槍の突きが容赦なく繰り出される。休憩中だったこ
ともあり、成す術もなく血や脳漿を撒き散らして大地に崩れ落ちていく。その
騒乱に無事だった馬は逃げ出すが、射撃武器が降り注ぐ中地面に倒れのた打ち
回っている。逃走する馬に蹴散らされる兵、苦痛にのた打ち回る馬に蹴られる
兵は馬の巨体から繰り出される重撃に沈んでいく。
林に向かい、既に逃げ出している兵もいるが槍や銃撃がそれを許さない。浮き
足立ち逃走している兵も含めれば、現状残っている兵は半分の二千にも満たな
い状況になっていた。
「隊列を組んで反撃せよ!」
額から血を流しながら<疾咬剣>ギジフが叫ぶ。
「林の敵を駆逐して、木を盾にするんだ!」
言いながらギジフも林の方へ向かう。兵もそれに倣い、一斉に茂みへ銃撃した
あと切り込んでいく。
「鬱陶しいわ!」
近くでは<崩砕槍斧>ドゥッカリッジィフが怒鳴りながら、降ってきた投槍を
掴んで投げ返していた。投げ返された投槍は重力が及ばないように、斜面に沿
って登って行き、茂みに居た兵を打ち抜いた。槍を受けたラウマカーラ教吏従
士隊が斜面を転がり落ちる。
「切り込むぞ。」
マニグが静かに伝える。教吏従士隊がマニグの近くから波紋が広がるように、
長槍を正面に構えて斜面を滑り降りていく。マニグはそれに隠れながら静かに
斜面を下った。
「ちぃっ。ドゥッカリッジィフ、そっちは任せたぞ!」
ギジフは突き出された長槍を左手で掴み、右手に持った細剣で教吏従士隊の兵
を突きながら声を荒げる。雷光のように閃いた細剣は、敵兵の首から上を風船
のように爆ぜさせる。
「言われんでも。」
ドゥッカリッジィフの得物は巨大な両刃の槍斧だった。柄が長く斧の部分が通
常の数倍はある大きさなのが、巨大に感じさせている。それを振るう二メート
ルの巨躯は巨人の一撃を思わせる。
「ふんっ!」
槍斧を右後方に振りかぶると、右足で踏み込みながら滑り降りてくる敵兵へ斜
めに振り抜く。教吏従士隊の四、五人がまとめて長槍ごと身体を分断される。
分断されても勢いは変わらず、赤い液体を撒き散らしながら肉片が枝道まで滑
り落ちた。
「ぬおりゃぁぁぁ!」
振り抜いた槍斧を勢いを殺さず大上段に構えると、既に降りてきていた敵兵へ
斧を水平にして叩きつける。二人の敵兵は、鎧の隙間から身体を構成するいろ
んな物を飛沫させながら圧殺される。
「相変わらず馬鹿みたいな戦い方だな。」
不意に背後から聞こえた声に、ドゥッカリッジィフが振り返る。直後、視界に
人の頭ほどの塊が飛んで来ていたのが映ったので咄嗟に避けた。通り過ぎる時
視界に入ったそれは、頭ほどの塊というか人の頭だった。そして、ドゥッカリ
ッジィフにとっては、よく見知った人間の。
「ギジフ!!」
放物線を描いて地面に落ちて転がるその頭を、ドゥッカリッジィフは目で追っ
て叫んでいた。
「貴様っ!」
ドゥッカリッジィフが憤怒の形相で、ギジフの頭部投げた男の方に振り返る。
が、そこに立っていた黒のローブを来た男を見て表情が変わる。
「おまえ、は。マニグ。」
驚きと苦さの混じった表情をして呻くように声をだす。
「ああ、ギジフも俺を見た時似たような顔をしてた。」
マニグの言葉にまた怒りの表情に戻るドゥッカリッジィフ。
「何故お前がここに。何のためにこんなことをしている!?」
「何処で何をしようと関係のないことだろう。」
「くっ。確かに永久追放になったのだから、何処で何をしてようと知ったこと
ではないが、何故ギジフを殺した。」
苦い表情の混じっているドゥッカリッジィフに対し、マニグは暗い瞳を向ける。
「復讐。」
ドゥッカリッジィフはかっと目を見開いて、槍斧を上段に構えマニグ目掛けて
振り下ろしてくる。
「お前の現状は自業自得だろうがっ!」
言い終わるのと同時に斧が地面を割いた。割いたのは地面だけで、そこにマニ
グの姿は無い。
「ごぷっ」
空気の入った筒から液体が出るように、ドゥッカリッジィフの口から血が零れ
る。視界には銀光。喉へ深々と埋め込まれている、赤色に染まっていく剣が最
後の光景だった。
「お前らと会話する気などない。」
マニグは剣に付いた血を振り払うと、さして興味もない視線を倒れたドゥッカ
リッジィフに一瞬だけ向けてその場を離れた。

「被害状況は?」
「負傷を含めても百に満たない状況です。」
マニグに問われた教吏従士隊の兵は、確認した状況を報告する。隊列を組んで
ヌバリグス街道へ向かう途中だった。
「ペンスシャフルの兵は、ほぼ戦うことなく死んだか逃走したので、軽微な被
害ですみました。」
戦などしたことない兵ばかりだ。休憩中の急襲と、仲間の兵士が次々に倒れて
いく光景を見れば戦意が無くなるのも当然だろうとマニグは考えていた。それ
故、敢えて奇襲したのだから。
「そろそろ陽も暮れてきた、もう少し移動したら野営だな。」
「明日はそのままグラドリアを襲撃の予定で問題ないでしょうか?」
「あぁ。だがその前に滅剣と合流する必要がある。騎馬五百が加わればかなり
の戦力増になる。」
「滅剣?騎馬五百?」
隣にいた兵士は怪訝な顔をして疑問を口に出す。
「あぁすまぬ。説明していなかったな。滅剣はペンスシャフルの五聖騎でリャ
フドーラのことだ。」
「!?」
声もでず驚きの表情をしている。
「今回の奇襲も、滅剣からの情報で敵を殲滅出来たのだ。」
「まさか、ペンスシャフル国と繋がっているとは思いもしませんでした。」
「その滅剣と五百騎を加え、グラドリアの横っ腹を明日は叩く。そうなればラ
ウマカーラとペンスシャフルが手を組んでいるように見える。つまり、動揺も
与えられる。」
それを聞いて兵は感心の色を表情に浮かべる。
「なるほど、数だけでなく状況も優位に運べるわけですね。」
「ああ。」
後は、リャフドーラがウーランファの斥候を潰しておいてくれれば。が、それ
は懸念だなと思うとマニグはふっと笑みを浮かべた。滅剣の異名通り、たかだ
か百騎程度ではその剣は止められない。
その時、隣を歩いていた兵は林の方から一瞬風を感じた気がした。視線をそち
らに送ったが特に何もなかった。
気のせいか。
空が茜色になり始めていた中、兵はそう感じた。日が沈むより早くこの枝道は
暗くなる、そうなる前に野営の準備をしなければと思い、兵はマニグに声を掛
ける。
「そろそろ野営のじ・・・え。」
理解出来なかった。
何故かマニグの首が黒い噴水となっていた。
やがて、黒い奇跡を描きながら支える意思が欠如した身体は地面に激突する。
頭の無いそれは、倒れてもまだ黒い液体を流している。
周囲から聞こえる悲鳴。
とっくに血が噴き出すのは終わっていたが、絶え間なくまだ流れ出す血を兵は
眺めていた。どうすることも出来ずに。思考が停止されたかのように。
そしてやはり、理解は出来なかった。




ぶしゅ。
その音を聞くと落ち着く。仕事が終わり、お風呂に入ってさっぱりした後の麦
酒は心躍るものがある。栓を開けると早速喉に流し込む。
ふぅぅ、うまし。
「あぁ、疲れた。」
開けた麦酒の缶を一度テーブルに置き、冷蔵庫の中を漁る。晩御飯もまだなの
で何かつまみが欲しいところだ。
まぁ、一人暮らしなので食料を常備することはあまりない。冷凍の食品は気が
向いたらある程度買って入れてはいるが。
「無いよねぇ。」
当然ながら冷蔵庫には飲料用の水、麦酒、調味料程度しかなかった。つまみ買
うためだけに外に出るのは億劫だな。
ん?
冷蔵庫の奥に何かある。青かびが生えたパンだ。
ゴミ箱に捨てる。
袋で厳重に包んでから。
その後ろに、未開封の燻製生ハムパックがあった。こちらは問題なさそうだ。
「おぅ、いいのがあった。」
パックを開けて一枚抓むと口に入れる。あぁこの塩気が良い感じにお酒が進む。
それと、燻製の香りがなかなかしていて、結構美味しい。となるとチーズも欲
しいと思うが高望みは思考の外に投げた。
燻製生ハムをテーブルまで持ってきて置く。テーブルに来たついでに麦酒を一
口。
今度は冷凍庫を確認しにまた移動する。
エビグラタンと枝豆を発見。
「これだけあれば、楽しむには十分ね。」
私はエビグラタンのパックを加熱器に放り込んで、枝豆を流水に晒す。既に茹
であがっている冷凍商品は、すぐ食べれて便利だ。お皿に開けた枝豆をテーブ
ルに運ぶ。一つ食べる。
じゃり。
まだ中は凍っていた。ま、少し待てば解凍されるでしょ。麦酒をまた一口飲ん
だところでエビグラタンが出来上がった。
よし。
熱々のうちにテーブルに運んで食べる。美味しい。
明日、明後日は休みだし、司法裁院からの【危険人物特別措置依頼】も無かっ
たから、今日はのんびり飲もうっと。晩餐の準備が整った所で、残りの郵便物
を確認する。いつも通り広告が多い。
以前、通信販売で服を買ったが、新しいカタログが届いていたので眺める。あ
んまり目立ちたくはないので、通信販売は便利だ。そういえば、ヒリルと服を
買いに行くとか、話したことがあったな。実現はされていないが。
されなくても問題ない。
エビグラタンを頬張りながらページを捲る。自然に地味目な服装に目が行って
しまうのはもう癖なのだろうと思う。いつの間にかエビグラタンが無くなった
ので枝豆を齧る。空はエビグラタンの空き容器に放り込んでいく。
カタログを眺め終わると、特に何もすることも無いので、いつも通りテレビを
点ける。戦争の報道が最初に目に入った。
重い。
そういえば、今朝から始まってたんだなと思いだす。麦酒を流して、燻製生ハ
ムを食べながら別の情報局に変える。何かの広告が流れている。
お腹いっぱい。
量はそんなに食べていないが、満たされた気分だ。
一通り食べ終わったので片付ける。やはり袋に包んでからゴミ箱にぽいっ。空
き缶は流しに置いて、冷蔵庫から新しい麦酒を出して栓を開ける。飲みながら
戻ると流れていた広告が終わっており、戦争の報道をしている。
ここもか。
国の今後を左右しかねないことなので、一番流したい情報なんだろうな。きっ
と不安を抱えながら見ている人も多いのだろう。局を変えても無駄な気がした
のでそのまま報道を流す。
麦酒を飲みながらぼーっと眺めていると、昼には劣性だった戦況がかなり好転
しているらしい。一日でそこまでひっくり返るものなのだろうか?と、疑問に
思ったが戦術家ではないのでわからない。
「なんかやったとすれば、リンハイアあたりかなぁ。」
と呟いたら、あの三日間の苦行が思い出された。うげ。
それに比べたら今日は平和でいいわ。
報道では、逆転したであろう昼間の光景を再度流そうとしてた。それを伝えて
いる報道員も少し上気しているようだった。

ランチ時に見たように遠くから映している光景が流れる。前線の兵が引いてく
るように見える。それに合わせて、装甲車が十台程進みだしていた。その上に
箱型の台のようなのが据え付けられ、割と高い造りだったがそこに人が立って
いた。
怖そう。
「!?」
あるものが目に入った。大型の呪紋式銃。遠くからでもなんとなくわかった。
装甲車の上にいるのは呪紋式師だろう。であれば、大型銃で撃ちだすのは私が
記述したやつ。あまり見たいものではないが、自分用に記述したのもあるので
効果は確認したかった。
いや、効果範囲かな。
自軍を引かせているということは、それだけの効果があるのだろうか。
映像の中の呪紋式師達が一斉に大型銃を構える。その後撃ったのであろう、呪
紋式師の前に直径五メートル程の文字が浮かび上がり球体を象っている。それ
がやがて炎に変換され大火球が生成された。
「そ、そんな。」
大きいとは思っていなかった。生成時の熱で、呪紋式師の服が焦げている。そ
の熱波から逃げるように慌てて台を下りていた。
火球は生成されると、かなりの速度でラウマカーラ軍へと飛翔していく。先陣
を越えて中ほどに着弾した火球が爆発。爆光で一瞬映像が白む。半径五十メー
トルはあるだろうか、遠くてよくわからないが火球の十倍程の爆発だった。爆
発の直後には火炎の舌が全方位に押し寄せ、そのまま火柱となる。数百、数千
の人間が一瞬で爆発と炎に飲み込まれていく。
甘く見ていた。
火の玉が炎を撒き散らす?そんなものじゃない。
あれは、大量殺戮兵器だ。
リンハイア、なんてものを使ったんだ。使った?頭の中によくわからないもの
がちらつく。なんだろう。
リンハイアは戦局変えるためにやったんだろう。自国のために。だから使った。
戦争が起こるとわかっていたから、準備したんだ。準備。記述して。
なんだこれ?よく解らない思考?感情?
記述。記述した?・・・のは・・・私。
嫌だ。
あの人たちを劫火に埋めたのは私?焔に縛り付けたのは私?爆死させたのはわ
たし?
「私が・・・殺した?」
違う。リンハイアに頼まれたから。
いやだ。
頼まれたから殺した?記述は私の意志で描いたから、私が殺した?
ちがう!
使ったのは私じゃない。描くことを拒んでいたら使われることもなかった?
でも描いたから殺した?
だれが。
「わたしが・・・ころした。」
自分の右手を見る。
ころした?
自分の保身のためにこの手で描いたんだ。私が。だから。
何千、何万の人をころして、私が。
わたしが!
ソファーの肘掛を殴っていた。外れた肘掛は壁にあたり、片前足を失ったソフ
ァーがバランスを崩す。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
私は叫びながら立ち上がるとテーブルを蹴った。正面にあった箪笥に激突して
盛大な音を立てて引出を破壊する。テーブルの上にあった麦酒は床に落ちて中
身を垂れ流す。手近にあった目覚まし時計を未だに燃え盛る炎を映しているテ
レビに投げつける。派手な音を立てて画面が飛び散った。ソファーを後ろに蹴
ると、寝台に当たり押された寝台が壁にぶつかって激しい音を響かせ、振動が
広がる。寝台に近づくと上から殴りつける。変な音を立てて手前のフレームが
歪み変形した。
「ひっ!?」
突然激しく鳴るドアにびくっとした。叩かれている。
「うるさい!静かにして!」
「迷惑よ!いいかげにして!」
「今すぐやめないなら警察局に連絡するからな!」
ドアの外から複数の怒声が聞こえた。
ごめんなさい。
何もできなかった。ただ茫然と立ち尽くして天井を見上げたまま。誰に何も出
来なかった?
ごめんなさい。
わたし、誰にあやまっている?
隣人?兵士?生き残っているわたし?
わからない。
「ぅ、あ・・・あぁぁぁぁぁ・・・・」
嗚咽と共に涙が溢れだした。
ごめんなさい。
わからない。
わたしは嗚咽と涙と、なんのために浮かんでいるのかわからない言葉に埋もれ
ていった。
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