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紅湖に浮かぶ月6 -変革- 第二部
2章 見出す光明
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その公表は連名で行われた。何処かの国が公表した事に対しての同調ではない。
グラドリア国、法皇国オーレンフィネア、ペンスシャフル国、この三国の連名
だった。追随するようにバノッバネフ皇国も同日中に、支持を表明した。
その内容はモフェグォート山脈間道に橋を建設したい、北方連国に協力を拒否
しているターレデファン国に対する非難だ。北方連国は陸の孤島に等しい状態
に陥っている、ターレデファンのやっている事は餓死者を生む人殺しだと、強
く非難した。
これに対しターレデファン国も直ぐに反論した。直接の脅威に晒されていない
からそんな事が言えるのだと。この非難は不当であり、我が国を貶める謀略で
しかない。北方連国のザンブオン領が認めたからと言って、なんの脅威からも
解放されていないのが現実なんだと。
北方連国の人々は現在窮地に陥っている。危険だからといって餓死という脅威
に向き合わせる行為は、ターレデファン政府の傲慢でしかない。多くの無関係
な人を救えるのなら、急遽建設への派遣も厭わないとした。ただ、それにはあ
くまでターレデファン国の許可が必要になるとも。
当然の如くターレデファン政府は、その案を受け入れるつもりなど無いと、拒
否の姿勢を示した。
同日中にそんな応酬が繰り返され、北方連国を巡る話しは平行線のまま動きを
見せなかった。
「頑なになってしまったね。」
そう言ったリンハイアの顔は、特に困った様子も無く何時もの微笑を浮かべて
いた。まるでそれが分かっていたように。だとすれば、今の言い回しは矛盾し
ているようにアリータは感じた。
「こうなってしまうと、膠着しそうですね。」
今のターレデファンの態度を見る限り、早期の解決は見込めない。ザンブオン
領ではゲズニーク議長の自殺が報じられた、それによってザンブオン側の対応
も遅れが生じる。頑なになったターレデファンは、態度を変えようとはしない
のでないかと、アリータは不安を感じる。
「ソグノーウ首相がどこまで国民感情を無視出来るか、今はまだ大規模な動き
が無いから強気なのか。」
「確かに、現状の変化はありません。ですが、今日の公表により加速するので
はないでしょうか?」
小さいとはいえ既に、北方連国に家族が居る者が中心となって抗議を行ってい
る。隣国の公表によって、その者達を支持する者も増えるだろう。そうでなく
ても、政府への反感は高まるはずだとアリータは思っていた。
「身に降らない火の粉に、人間は感情より自分の都合を優先する。」
「それでは・・・」
今回の行動に意味はあったのかと、アリータは言いそうになるが、自分の安易
な感情でしかないと抑えた。
「今回の話しは所詮、為政者の応酬でしかない。人は自分の生活が優先なのだ
よ。だからこそ、為政者が必要だとも言える。」
アリータにはリンハイアの言葉が、重く圧し掛かってきたように感じた。何処
まで行っても、自分は無力なのではないかと。
「それで、剣聖との話しは?」
話しが転換された事で、アリータは重圧から解放され我に戻る。
「はい、急な決定ではありますが、明後日に決まりました。リンハイア様の予
定も問題なかったので。」
「それは良い。」
何を考えての事か、アリータには不明だったが報告を続ける。
「出席者は全員になります。」
意欲的なユーアマリウ・ヴァールハイアは参加するだろうと、アリータは考え
ていた。だが、全員の参加はあり得ないだろうと思っていたため、今の報告で
すら驚きは消えていない。
「やはり、あれの存在を皆意識しての事でしょうか。」
そうであれば良い兆候だと思ってアリータは言う。ギネクロア宰相に至っては、
不信と協力的ではない態度に感じたために。次回は何かあるまで開催される予
定では無かった会談だ。それがこんなにも早く揃う事になるとは。
「いや、もっと単純な話しだ。疑惑と監視で集まったのだよ。」
「それは・・・」
無いのではないか。とはアリータも否定できなかった。情報の隠蔽を疑うバノ
ッバネフ皇国と法皇国オーレンフィネア。主催者として、また情報を識る者と
して監視したいアン・トゥルブ。参加出来ずに早期の会談を求めたペンスシャ
フル国。考えてみればリンハイアの言うとおりだと思わされた。
信頼と憂いで集まったのではない、それぞれが疑いを持ち監視をするために、
それぞれの思惑で集まっただけなのだと。
「クスカの方は?」
「今日、既に発っております。明日には引き継ぎを行う予定です。」
「ユリファラには悪いが、戻ったらペンスシャフルに行ってもらう。」
ユリファラに対してリンハイアは甘いと思っていた。現に今まで、出張から戻
った時は一週間程は自由にさせていたのだから。故にアリータは、リンハイア
の指示に驚いた。
「イリガートでは駄目なのでしょうか?」
ペンスシャフルに長年滞在している執務諜員がいるではないかと、アリータは
疑問を口にする。
「ああ。彼は現地に馴染んでいる。その立場は貴重なのでね、目立った動きは
させたくない。」
一体ユリファラに何をさせようというのか。危険な事ではないのかと懸念する。
「ただの調査だ。自然の脅威という危険はあるかもしれないがね。」
疑問ばかりが浮かぶが、執政統括に対する不信は無かった。何れ目的も話すだ
ろうし、自分が頭を使ったところで解決はしないと。
「分かりました、戻ったら早速手配します。」
「一日は休ませてくれ。それとエリミアインにも動いてもらう。心構えだけは
させておいてくれ。」
「はい。」
ザイランと会った後、あれから特に連絡は無い。別に怠慢だと思っているわけ
ではない。警察局も混乱しているだろうし、ボウトールの行方も簡単に分かり
はしないだろう。
イネスト建設との縁談を望んでいたモリウス議員が、そんな下手な手を打つと
は思えない。だからボウトールの行方も、判らないままの可能性が高い。
そう思うと苛立ちが増すばかりだ。
(なんか仕事が手に付かないな・・・)
作業場の中で椅子の背凭れに、背中を預けて思っていた。明後日には実行する
予定だった司法裁院の依頼も、出来なくなってしまったから。気が抜けたのか、
やる気が起きない。
それは昨夜飲み過ぎたせいもあるかも知れないけれど。だって飲まなきゃやっ
てられない、やけ酒と言われようがボウトールが逃げた事が許せなかった。
「あの、ミリアさん。」
呆としていた私に、作業場に顔を見せたサラーナが話し掛けて来た。
「どうしたの?」
「お客さんです。」
通常の薬莢であればサラーナで十分だ。敢えて呼びに来たという事は、リスト
に無い物を求めてか私個人に用があるかのどちらかだろう。
「分かった。」
重い腰を上げて店内に行くと、ダークグレーの背広を来たおっさんが会釈をし
てきた。釣られて私もするが、誰だ?
おっさんと言っても三十代半ばくらいだろうか。亜麻色の整えられた髪に、同
じいろの優しいそうな瞳。顔の印象が柔らかいのは、目尻が下がっているから
だろう。穏和な笑みが出す雰囲気は、年齢以上に感じた。
ザイランも見習って欲しいわね。
「お会いできて良かったです、ミリアさん。」
おっさんはそう言って右手を出して来た。
「初めまして、私はキュディーグ・カッツァと申します。」
私は差し出された手を無視して、キュディーグを睨む。
「薬莢の依頼じゃないわね。」
「お察しの通りです。出来れば、話しをしたいのですが。内密にね。」
キュディーグは笑顔で言うと、最後の言葉は他に聞こえないよう静かに呟いた。
(何者だ、こいつ・・・)
考えてみるが、やっぱり分からない。雰囲気も穏やかで物腰も柔らかい、嫌な
雰囲気はないのだが。外観じゃ分からないか。
「せめて何についてなのかは、知りたいわね。」
「そうですね、失礼しました。ボウトール・・・」
私はその名前に鼓動が早くなったような気がした。小さく言ったその名前を知
っているという事は、少なくとも見た目通りの人間じゃ無い。
「分かったわ。お店を出ましょう。」
「助かります。」
私は三人にお店をお願いすると、傍のカフェ・ノエアに移動した。最近これば
っかりな気がする。それに関しては店主のロアネールにも言われた、お客さん
が多いですねと。余計なお世話だ。
私だって望んでの事じゃない、お店の売り上げに貢献してくれる来客の方が来
て欲しいわ。
「で、何者?」
「ネルカより上の、と言えば察して頂けますか?」
!!
まさか、司法裁院高査官の上層部!?
何故そんな大物、大物って言っていいか分からないけれど、私の所に出向いて
来たんだ。穏和な表情で言ったキュディーグに、私は驚きの目を向ける。
「良かった、通じたようですね。」
ただ、高査官が来たという事は。
「ボウトールの扱いがそっちに移ったって事?」
「お察しの通りです。」
話しが大きくなってきた。どう考えても厄介事に昇格じゃないか、ボウトール
の件は。しかし何故、ネルカじゃないんだ?
「ご存知の通り我々の依頼は直接です。」
うん知っている。お陰で見たくも無いネルカの顔をたまに見るはめになってい
る。担当を変えて欲しい。
「今回私が来た理由はボウトールの父親が大物だから、という建前で我々の最
高責任者が気に掛けている方が気になったからです。」
あの糞ジジイか・・・。余計な事を言いやがって。今日グラドリア王城に行っ
た時にぶっ飛ばしてやるわ。それよりこのキュディーグ、私の考えを見透かし
ているようで嫌だな。
「まさか、私の名前が知れ渡っているんじゃないでしょうね。」
「知っているのは私だけですよ。」
ならいいのだけど。
「ネルカ、代えたいですか。」
「そりゃそうよ。あんな態度の悪い奴なんて嫌に決まっているでしょう。毎回
人の事を見下した物言いされて、嫌な気持ちになるに決まっている。」
「それは失礼しました。」
で、それより何故ネルカの話しになった?私の考えを見透かしている?いや、
そんなものじゃない、リュティも察しがいいが、こいつの場合直接頭の中を覗
いているような感じで気持ち悪い。
「すみません。仕事上どうしても読んでしまうのです。」
やっぱり。どうやって察しているのか分からないが。
「嫌な感じね。」
「まあ、それが彼処で次席を務める者の資質です。」
は?次席?次席って、あのジジイの次に偉いって事か?大物が来たと思ったが、
まさかここまでとは。だったら私の事を、キュディーグしか知らないというの
も納得いく。が、同時に嫌な奴に覚えられたものだとうんざりした。
「で、そのお偉いさんが一体何の用?まさか雑談をしに来たわけじゃないでし
ょう。」
ボウトールの名前は私を連れ出す餌という可能性も捨てきれない。高査官管轄
に移動したってだけでは土産にもならない。
「高査官側へ移動した理由ですが、ボウトールが国境を越えたためです。」
成る程、既にグラドリア国内には居ないって事か。実はそう見せ掛けたって可
能性もあるけど。
「いえ、今はペンスシャフル国内を逃亡中です。」
「そこまで分かっているなら、早く手を打った方がいいじゃないの?」
「それは私共の仕事じゃありません。我々の業務はあくまで調査までで、組織
として手は下す事はしません。」
まあ、今までもずっとそうだったからね。ただやってない、という証拠は無い
ので私は信用していない。
「で、私のところに来た理由が見えないのだけど。」
「依頼、続ける気はありませんか?」
続ける、か。私のところに最初の依頼が来ていた事を知っているわけね。言っ
たとすればザイランだな、あの阿呆警務め。まあそうじゃなくても、下手をす
れば警察局より優れた調査をしそうな組織だから、突き止めても不思議じゃな
いけれど。
「どうして私に?」
「貴女の感情に聞いてみたかったのです。」
終始穏やかな笑みだったキュディーグが、私を見透かすように目を細めて笑み
を消した。絡み付くような視線が酷く気持ち悪い。
「それが、あんたの資質?」
「そうです。日常的な事ならば呼吸をする感覚で分かります。でも今はそれ以
上、嘘が通ると思わないで下さい。」
本当に嫌な感じだ。どうやったらこんな目を、視線を出来るんだ。ハイリとは
別の意味で危険だ、隙が見出だせる気がまったくしない。
「最悪の気分、いいえ。気分が悪いなんてものじゃない。嫌悪で潰れそうよ。
黒い感情が沸き上がって、胸糞が悪くてたまらないわよっ。もし目の前に居た
ら八つ裂きにしてしているわよ!」
私は声を殺して可能な限り吐き出した。吐き出させられたのかも知れない。睨
み返していると、キュディーグが口の端を上げて笑った。だが直ぐに先程まで
の穏和な表情に戻っている。
なに?
「人の感情には許容量があります。何処かで吐き出さないと、後で後悔するん
ですよ。少しは楽になりましたか?」
「知らない。」
お節介な事だ。感情に任せて吐いた言葉は、自分でも驚いた。そんなに思って
いたのだろうかと。
「感情は馬鹿に出来ませんよ。その気になれば、楽にする事も潰す事も出来る
のです。」
「嫌な話しね。」
キュディーグなら、感情的な人間を視線だけで殺せるんじゃないかと思えた。
恐ろしいおっさんだわ。
「ありがとうございます。」
「褒めてないわよ・・・」
やっぱり腹立つわ。
「では改めて聞きます。ボウトールを追ってみますか?」
本当に気持ちが軽くなったかは定かじゃない。それが分かるくらいなら、もっ
と自分で調整出来ているだろう。でも、質問に対する答えはとっくに出ていた。
「いいわよ。」
受けた依頼だから最後まで遂行したいとか、自分の信念を貫きたいとか、そん
なものじゃない。もちろん、世間一般の正義ってやつがあるわけでもない。単
純に胸糞悪いから殺したいだけだ。
「きっと受けてくれると思っていました。」
「来る前から想定内だったって事?」
それは無理があるだろう。会った事など無いのだから。
「そうですね。最高責任者から話しを聞いた時にそう思いました。感情は行動
に表れます。そのため、ある程度の予想は可能なのです。」
まあ、文句を言ってもしょうがないか。キュディーグじゃなく、ネルカが来た
としても受けていただろう。中途半端で終わると、気持ちまで中途半端になる
し。
「現在の行動からすると、行き先はおそらくターレデファン国でしょう。」
またあの国に行くのか。
別にそこまで拘っているわけじゃない、ただ名前を聞いてそう思っただけ。し
かし、ターレデファンは面倒そう。
「何故、ターレデファンだと?今は面倒じゃない。」
「だからでしょうね。ターレデファンは隣接する国と揉めています、その中に
含まれるグラドリア国の影響が及び難いからではないでしょうか。」
戦争になるような話しじゃ無いけれど成る程、対立国ね。政府を含めた機関が、
口を出しにくいって事か。一般人にも影響は出ていそうだけど。
(それで、詳しい事が分かったら教えてくれるのね。)
「私で遊ぶのは止めて下さい。そうですね、私も毎回来ることは出来ませんの
で、誰かに情報は持って来させましょう。」
やっぱり気にするのね。だけど本当に思っただけで通じるとは・・・。でもき
っと、分かってしまう本人も嫌な時もあるんだろうな。私だったら知りたくも
無い事まで、分かりたくない。
「気遣い頂いてありがとうございます。」
そう言ったキュディーグの顔は、穏和なまま変化は無かった。そういうのも、
乗り越えて来たのだろうか。
ちょっと待て、さっき毎回来ることが出来ないって言ったか?まさかまた来る
つもりなんじゃないでしょうね。
「この件に関しては依頼をした手前、後は勝手にというわけにもいかないでし
ょう。」
律儀な事だ。私は会いたく無いけれど。リンハイアの次に厄介な気がする。
「まあ執政統括殿は、私と見ているものが違いますからね。」
言われてみればそうか。仕事の内容も、機関の目的も違う。それより、キュデ
ィーグが来れない時は誰かと言っていたな。ネルカを外してくれるのだろうか。
「代えてくれるの?」
「希望としては受け取りますが、業務上彼しか居ない場合は諦めてください。」
末端の一構成員だ、文句は言えないか。でも、聞いてくれただけでも良かった。
「そう言えば、最高責任者のところへ通われているんですよね。」
「そうよ、それが何か?」
面倒な事を言うんじゃないでしょうね。
「そっち経由で情報を渡すのも有りかと思いまして。」
成る程、確かにそういう経路もあるけれど。
「却下。」
「分かりました。」
私の答えにキュディーグは苦笑して頷いた。そんな顔もするのね。
「だってあのジジイの場合、無言で資料渡すだけになりそうだもの。必要な事
すら口にしないんだから。」
「確かに寡黙な方ですからね。」
便利な言葉よね。それで察しろって言う方が我が儘なのよ。必要な事はちゃん
と口にして欲しいわ。
「少し長居し過ぎましたね、私はこれで戻ります。情報が纏まりましたら、ま
た来ます。」
言われて時間を確認すると、一時間以上経っていた。そんなに話していたのか。
「分かったわ。」
「なかなか、楽しい時間でしたよ。」
私は楽しく無いのだけど。精神磨り減らされた気分よ。
キュディーグはテーブルにお金を置いて去っていった。なんで珈琲一杯で一万
も置いていく、馬鹿か。まあ貰うけど。
疲れたのは疲れたけど、嫌な感じはしなかった。ザイランみたいにいい加減じ
ゃないし、ネルカみたいにむかつきもしない。ジジイと違ってちゃんと話して
くれるし。お偉いさんなんて、自分勝手な奴ばかりかと思っていたけれど、そ
んな印象は無かった。
ただ一つ、人の思考を視るのだけは嫌な気分だけど。
「さて、仕事・・・」
でもしようかと思ったが、もうお昼じゃないか。この後はグラドリア王城に行
く事になっているし。今のところ薬莢の依頼も無いし、アクセサリーも店頭に
並べていない物もある。
(ま、仕事はいいか。)
そう思うと私は、お店に戻った。
「此度は我々の都合で集まってもらい感謝する。」
グラドリア王城の側に在る迎賓館に集まった十人、その中でオングレイコッカ
が感謝の意で会談の口火を切った。
大呪紋式に対する二回目の会談が、早くも開かれたのだった。非公式のため王
城を使うことは出来ず、迎賓館を利用しているが、それでも要人が集まるとあ
って物々しい雰囲気にはなっていた。最低限の警備として、リンハイアが気を
遣った結果だが。
「なに、意識を合わせるためには必要な事だろう。」
ギネクロアが気にする事ではないと口にした。
「前回と内容は変わらないと思いますが、早速始めたいと思います。」
ミサラナが言うと、一同が頷く。
「まあ、何処ぞの執政統括殿はそれ以外の思惑がありそうだがな。」
ギネクロアの言葉で、視線がリンハイアに集中する。それを何事も無いように、
何時もの微笑のまま受け流す。
「有るにしろ無いにしろ、先ずは前回の話しが終わった後にして下さい。」
「これは失礼。」
ミサラナが話しの腰を折った事を指摘すると、ギネクロアは苦笑いした。
「では、わたくしの方から前回の内容を、要約してご説明致します。」
アン・トゥルブのオーメイラが、立ち上がって言うと、参席者が座るよう促し
たので、説明は座ったまま行われた。
「以上が前回の会談内容になります。何か相違は御座いませんか?」
一同が特に無いと示唆すると、オングレイコッカが口を開いた。
「まさか、破壊が可能とはな。」
「剣聖殿は何か心当たりはないかな?」
唸るように言ったオングレイコッカに、前回参加していないので情報はないか
とギネクロアが尋ねる。
「すまぬ。心当たりも無ければ、伝えられてもおらぬ。」
「やはり、今は手詰まりですね。」
ユーアマリウはそう口にしたが、オングレイコッカの言葉に落胆などは見せな
かった。他の参加者も同様な事から、各々が何かあると不信を抱きつつ。
「まあ急く話しでもない、こればかりは時間が必要な事だ。それより、グラド
リアの執政統括殿が何か言いたそうにしている。それが気になるのだが。」
ギネクロアがリンハイアに、不敵な笑みを向けて言った。
「宰相殿には敵いませんね。アン・トゥルブの方には関係のない話しとなりま
すが、この場を借りてターレデファン国の件について提案があります。」
「成る程。」
「ほう、提案か。」
「うむ、隣国故、我も気になっているところだ。」
「構いません。行く末は私達も気にするところではありますので。」
各々がリンハイアの話しを、聞く事を了承する。
「ありがとうございます。」
リンハイアは一度頭を下げ謝意を示すと続ける。
「現在、北方連国と繋がる間道は彼の国にしかありません。」
「そうきたか。」
リンハイアが話し始めると、ギネクロアが笑みを強くして言う。他の参加者は
現状の説明だけなので、続きを待っていた。
「宰相殿は察しが良すぎますね。これはペンスシャフル国とカリメウニア領の
協力は必須となるのですが。」
「そういう事か。」
そこでオングレイコッカが気付き、頷きながら言った。
「はい。新たな山道を建設してしまおうかと。モフェグォート山脈はペンスシ
ャフル国と、カリメウニア領を隔てています。先の事を考慮すれば、何処かで
冗長性が必要になってくると考えています。それ故、丁度いい機会かと思いま
して。」
「しかし、猶予が無いだろう。どれだけの時間が掛かるか。」
「いや、流石狸というところか。」
「はい、そこまでは考えませんでした。」
オングレイコッカは懸念を口にしたが、ギネクロアとユーアマリウは納得した
ようだった。
「更に煽るか。」
「それは穏やかではいられないでしょうね。」
「ああ、そういう事か。」
ギネクロアとユーアマリウの言葉で、オングレイコッカも納得したようだった。
「先程も言ったように、今回のような事があると同じ問題に当たります。その
ため、山道自体は実際に建設したいと思っています。」
策だけでなく、実際の建設となれば時間だけではない。人と費用も莫大に必要
になる。それは直ぐに返事が出来る事ではないためか、一同はそこで沈黙をし
た。
「グラドリアが主体になり、費用も人も捻出します。オングレイコッカ陛下に
は、ペンスシャフル国での作業許可を頂きたい。」
今まで微笑を浮かべていたリンハイアが、真面目な表情をしてオングレイコッ
カに視線を向ける。
「本気かよ。」
ギネクロアは呆れた顔でリンハイアに言った。腕を組んで考え込んでいたオン
グレイコッカは、リンハイアの目を見返して口を開く。
「我の一存で決められる事ではない。検討させてくれ。」
「勿論そのつもりです。」
「まあ出資くらいは可能かもしれん。」
続いてギネクロアもそう口にした。言葉とは違って、顔には不敵な笑みを浮か
べて、やれるものならやってみるがいいとばかりに。
「こちらも確認してみます。グラドリア国が主体であれば、多少でも人、費用
の提供が可能かもしれません。」
ユーアマリウも続く。その言葉にはオーレンフィネアが抱える問題を内包して。
「カリメウニアとの調整はこちらで行います。これは、北方連国に恩を売り、
引き込む機会だとは思いませんか?」
「そうか、同調者を増やそうというわけですね。」
リンハイアの言葉に、それまで黙って聞いていたミサラナが納得の声を上げた。
「先のサールニアス自治連国の内戦も落ち着けば、ナベンスク領も対象に入り
ます。もちろん、この場の一致は必須ですが。」
「随分と風呂敷を広げたものだ。だがそう簡単に行くと思うか?」
「急激に膨らんでしまうと、綻びが生まれます。この場の情報が漏れる事だけ
は、避けねばなりません。」
リンハイアの話しに、ギネクロアは疑問を言い、ミサラナが懸念を口にした。
リンハイアは一同を見回すと、表情を険しくする。
「時間は有限であり、世の変化は速い。故に我々が歩む道は荊の道です。それ
を承知でこの場に居るのではないのですか?」
リンハイアの言葉に、一同は黙したまま誰も口を開かなかった。
「大陸の未来を憂いて集まった、その覚悟は無かったのですか?」
続けるリンハイアの言葉にも、沈黙が流れる。と思ったが、一同が囲む円卓を
一人が叩くと、その音に注目が集まった。
「若造が言いおる。様子見のつもりだったがいいだろう、その言葉が口先だけ
ではないところ、見せてもらおうか。」
口の端を上げて不敵な笑みを浮かべ、リンハイアを見据えながらギネクロアは
言い放った。
「もとよりそのつもりです。」
「最初に言い出したというのに、私の覚悟も足りないようでした。」
ユーアマリウも瞳に強い意思を見せた。
「今回は良い機会となりました。まだ先は見出だせず、先行きも暗くあります。
ですが、各々の見せた覚悟を得られたのは、私としても嬉しく思います。」
ミサラナはこの会談で初めて笑みを見せると、そう語った。
「なに、執政統括殿が一番大変よな。精々見せてみせるがいい。」
ギネクロアの言葉に、リンハイアは何時もの微笑で返す。
会談が終わり、各国の要人を見送ると緊張の糸が切れたように、アリータは肩
の力を抜いた。
「やはり、緊張します。」
「特に宰相殿はやり難い。」
「あの刺すような視線と威圧は疲れます。」
「伊達に一国を動かしていない、ということだろうね。」
ギネクロアの話しはアリータにとっては然程興味がなく、会談で出ていた話し
の方が気になりリンハイアに目を向ける。
「ユリファラに行かせた調査は、このためだったのですね。」
「なるべく障害は少ない方がいい。エリミアインにも反対のカリメウニア領を
確認してもらっているのもその為だ。」
まさか山道を建設するなど予想もしていなかったアリータは、今でも半信半疑
でいた。他の出席者も思ったように、ターレデファンへの牽制だと最初は思っ
たからだ。
「ですが、急斜面を切り崩すだけでも尋常ではない労力と費用が必要となりま
すね。ターレデファンを説得して、橋を建設した方が現実的な気がするのです
が。」
「確かに、その通りだろうね。」
では一体何故あそこまで言い切ったのか、その自信は何処から来ているのか。
下手をすれば他国の信用を失くす結果となる。
「心当たりはある。それが可能なら開通時間自体は殆ど必要ない。ただ、舗装
には時間が必要になるが、救援としては上出来だろう。」
「そんな事が・・・」
可能なのか。いや、予想が正しければ危険な賭けじゃないだろうか、アリータ
はそう思って不安を目に宿す。
「オーレンフィネアの大呪紋式・・・」
可能性があるとすれば、地形すら変えてしまうそれしかないと思い口に出して
いた。
「その通りだ。あれならば山肌を削る事も可能だろう。」
「他国が納得するでしょうか。」
一番の問題はそこだ。だからアリータは賭けだと思っていた。下手をすれば今
日の参加国全てを敵に回す可能性がある。それどころか、ここぞとばかりにタ
ーレデファンも同調しかねない。
「だから気付かれる前にやるのだよ。」
黙ってあれを発動させる?そんな事をすれば間違いなくグラドリアは孤立する。
秘密裏に発動させる事など無理に決まっているのだから。必ず誰かが目にする
事になるだろう。
それに今回の会談が行われた後だ、一番被害を被るのはオーレンフィネアだろ
う。真っ先に離別を宣言しておきながら、発動させるのかと。北方連国の救援
が急務だったと言ったところで、納得などする筈がない。
「あまり考え過ぎると、心が疲れるよ。」
流石のアリータも、誰のせいだと思っているんですか、と思ったが口にはしな
かった。
「別にオーレンフィネアのあれを発動させようってわけではない。」
ではどうやって?あれを発動させると言うのか。代替の呪紋式も聞いた事が無
い。だがその疑問を察したようにリンハイアは続ける。
「覚えているかな?大型や遠距離の大薬莢に記述するような呪紋式を、小銃の
小型薬莢に記述してしまう存在を。」
アリータはそこではっとした。確かに彼女であれば可能かもしれない。
「また、ミリアさんを政治に巻き込むんですか・・・」
「必要とあれば利用する。それが我々為政者の立場だ。そこに感情を挟むべき
では無い。」
リンハイアの言う事も尤もだが、ミリアが受けるかどうかは別だ。それに。
「元の呪紋式が無くては、記述は出来ないのではないですか?」
「彼女は呪紋式を観ている。それがアラミスカの特異性なのだよ。」
観ただけで覚えてしまう?そんな事が可能だというのかと、アリータは驚きを
隠せなかった。同時に会談で彼女の名前を出さない理由が 何となく分かった気
がした。
残された遺産を破壊出来ると同時に、破壊しても存在が消えるわけじゃない。
ミリアの中にその呪紋式が残ってしまうのだと。
それを防ぐ手立てはあるが、その為にはミリアを会談に参加させなければなら
ない。だが彼女の事だから、確実に拒否するだろう。
「何時ものように、依頼に行かれるのですか?」
「いや、彼女は城に通っているだろう。ついでに寄ってもらえればいい。」
「分かりました、連絡しておきます。来るかどうかは、分かりませんよ。」
「その時はその時だ。」
ミリアのリンハイア嫌いはよく知っている。多分リンハイア本人以外であれば、
その態度を見てきたのは自分なのだから。そう思ってアリータは言ったのだが、
リンハイア苦笑してそれだけを言った。
2.「止まない雨は人の心に在る。それはやがて、心を溺死させる。」
何をしているんだ私は。覗きの趣味なんてまったく無いのに。警察局にやらせ
ろよ、こんな事。逮捕して罪状積み上げて死刑にすればいいじゃない。
少女が男の上で身体を上下に動かしている姿を確認して、辟易しながらそんな
事を思った。別に終わるま待つ必要もないのだけれど、手を汚さなくて済むな
らそれでいいと思った。
アラーネ・ビンキース十三歳、今観ている少女が司法裁院からの依頼対象だ。
強盗殺人だけで三十七件、ろくでもない件数だ。
ザイランはあれから情報は連絡してこないくせに、司法裁院の依頼だけはしっ
かり郵送してきている。もう少し気を遣って欲しいわね。一番腹立たしいのが、
実行日が翌日だった事だ。絶対送るの忘れていたとしか思えないわ。今度会っ
た時に問い詰めてやる。必要なら拳も追加ね。
アラーネは孤児で、十二歳で孤児院を出た後、定住の場所はない。その歳では
仕事に就く事も出来ない。働けるとすれば違法と分かっていて、雇う側も雇う
事になるだろう。
だからだろう、お金を持っていそうな男に自分を買わせ、殺して全部奪う事を
繰り返している。今目の前で起きているのがそれだ。三十八人目の被害者なの
か、それ以上なのかは分からない。司法裁院が全て調べられているとも思えな
い事を考えれば、もっと多いだろう。
私が観ている理由は見たいからではない、どのみち二人とも殺す必要があるか
ら。アラーネが殺すのなら、私が手を汚さなくてもいいからだ。男の方も未成
年を相手にしたのだから、犯罪に変わりは無い。もともと人殺しが仕事だから
と言っても、好きで殺しているわけでもない。自分の手を汚さなくて済むのな
ら汚したくないと思うのは当然だ。
何故警察局が動かず司法裁院の依頼なのか。更正が無理だと判断したのだろう。
だから、未成年の死刑が認められていないこの国の法律で、裁く事をせずに裏
に回した。事実は明らかにならないだろうけど、私はそう思っている。
司法裁院の判断基準は分からない、所詮末端の人間なのだから。ただ、殆どが
こんな奴、世の中にのさばらせておくなよ。って奴が多かった。私がまだ自分
を保って続けていられる一因だろう。
アラーネの動きが止まった。男の上に抱きつくように倒れると、身体が痙攣す
るように動く。男の方が恍惚とした目をしているので終わったのだろう。アラ
ーネが両手を付いて上体を起こし、続いて腰を上げていくと股間から体液の絡
み付いた男根が現れる。アラーネの股から溢れる白濁の体液を、男が満足そう
に眺めていたところでアラーネの手が翻った。
(速いっ!)
男の上に覆い被さった時に、ナイフを手にしたのは分かったが、振り抜く手が
霞んでいた。余程慣れているのか、生きるために身に付けた術なのかは分から
ないけれど。
私は直ぐに窓を開けて部屋に入る。喉から間欠泉のように噴出している男の鮮
血を浴びて、妖しく笑んでいたアラーネが寝台から飛び退いて私を睨んだ。
(この状況で私に気付いたのか。)
大抵の人間は自分のした事に意識を捕られ気付かない事が多い。アラーネは少
なくとも自分の行為を認識して警戒をしている。
「これはあたしの獲物だ。横取りは許さない。」
今の言葉が裏付けかも知れない。過去に奪われた事でもあるのだろうか。であ
れば警戒していても不思議ではないか。それより、私に男を騙して殺して奪う
趣味は無い。アラーネにとっては生活なのかもしれないが、さっきの顔を見る
限りそれだけとは言えなさそうだ。
「変態ばっかでさ、その変態どもは自分のしたいことが出来るとなると、大枚
を平然と出すんだ。」
聞きたくもない事を言い、アラーネは口の端を上げて嗤う。血塗れの笑い顔は
まるで狂喜に囚われているようにさえ見えた。
「その辺で身体を売って稼いでいる売女に比べて、数倍から多いときは十倍以
上手に入るんだ。」
聞くほど街に巣食う闇に辟易する。人を殺す術を持ちながら、私が目の前のア
ラーネのようにならなかったのは、何処が境界なのだろうか。
「客が取れないからって、人のものを横取りは勘弁してくれよおばさん。」
「あんたにも、その男にも、男のお金にも興味は無い。」
「だったら何しに来たんだよっ!」
アラーネは近付き始めた私に、手近に在った硝子製の灰皿を左手で掴むと投げ
付けて来る。同時に踏み込みながら右手のナイフを振りかぶった。悪くは無い
のだろうけど、それで怯むくらいなら私はこの場に居ない。
灰皿を拳で殴り砕く。
「っぎゃああああああぁぁぁぁっ!」
散った破片は散弾となって少女の身体を打った。左目を押さえて絶叫を上げる
少女の身体の、胸に、腹に、上腕に、太腿と厚手の硝子で出来た灰皿の破片が
穴を穿ち、男の血を上塗りしていく。
(しまった、静かに殺すつもりだったのに。)
私は急いで間合いを詰めるアラーネの首を落とそうと左手で手刀を放つ。だが
アラーネは仰け反ってかわすと同時に、ナイフで私の左手を切りつけて来た。
私は咄嗟に手を引いて、更に追撃で来ていたアラーネの左前蹴りを、右手で足
首を掴んで止める。
「んがぁっ・・・」
掴んだ足首を外側に曲げて骨を折ると、アラーネは苦鳴を上げて倒れた。
「一体あたしが何をしたんだよっ!?あたしが生きる為に周りは何をしてくれ
たってんだ!?」
アラーネの悲痛な叫びはそこで終わった。胴と切り離された頭部は、それ以上
声を出す事が出来ずに。怨みに見開かれた右目からは、血に塗れた顔を洗うよ
うに涙を流しながらアラーネは事切れた。私は直ぐに窓から脱出してそのホテ
ルを離れた。アラーネの最後の言葉が頭に残ったまま。
アラーネは何もしなかった周りが生んだ化け物なのだろうか?
アラーネは周りに助けを求めたのだろうか?
誰かが手を差し伸べていたら、彼女は普通の少女として生きられたのだろうか?
分からない。
私がした事は死という結末を与えただけだ。その前に誰かが別の何かを与えて
いたら、私は手を出さなく済んだのだろうか。答えの出ない疑問が、帰る間ず
っと頭の中を廻っていた。
私は何故そうならなかったのか。ジジイが死んで独りになった私は、どうして
今に至っているのか。アラーネとの差にも答えは見えない。環境が違って生き
る術も違うのだから。ジジイが残したお金が無かったら、私もアラーネのよう
になっていたかもしれない。
そう考えると、危うい場所に立っていたのだと思わされる。どちらに傾いてい
ても不思議ではない天秤は、子供には傾く先を選ぶのは酷なのではないかと。
私は人殺しでしかないけれど、アラーネに比べれば恵まれていたのだろう。そ
れだけ思うと、終わらない堂々巡りから逃げ出した。私の心は、それに決着を
付けられる程、強くは無い。
翌朝、アリータから小型端末に文書通信が届いていた。グラドリア王城に来た
ついでに、後でも前でもいいので執政統括の所に寄って欲しいという内容だっ
た。
行きたくない。
間違いなくろくでもない話しだろう。今の私が穏やかに話せるとも思えない。
昨夜の司法裁院の依頼から、直ぐに気持ちを切り替えられるわけもない。また
噛み付く可能性は高いと自分でも思える。
(ハイリに会った後でいいか、疲れている方が話しを聞き流せそう。)
そう思ってアリータには文書通信を返しておいた。リンハイアから話しがある
なんて言ってくる時は、概ね現在の情勢が絡んでいる時が多い。若しくはあれ
か。
とすれば、現在騒がれている北方連国とターレデファンの問題か、危険な呪紋
式についてだろう。どっちも聞きたくは無いけれど、何処かで気になっている
自分が居るのだろう。行かないという選択は出てこなかった。
個人の私にどうこう出来る問題でも無いのに、強引に利用してくるリンハイア
は変態の域だろう。ただの人殺しだと知っていて、嫌われているのも知ってい
る。それでも私に関わろうとするのは、何かしら利用価値があるのだろう。為
政者としては、優先するべき事に私情は関係ないって事なんでしょうね。
御立派な事だ。
私は嫌いだけど。だって態度がむかつくもの。
夕方、ハイリの所から執政統括の部屋へ移動した。城内を一人で彷徨かせるわ
けにはいかん、と言われ配下の軍人に案内される。むしろ一人だと迷子になり
そうなので助かった。
最近は軍の人からよく挨拶されるようになった。顔を順調に覚えられているよ
うで、腹立たしい。誰が好き好んで軍の人間に、顔を覚えられたいと思うのか。
以前、ナベンスク領で会った奴は馴れ馴れしく話し掛けてきた上に、食事まで
誘ってくる始末だ。勘弁して欲しい。
軍じゃなくても、守衛などにもしっかり覚えられている。最近は入城の記帳も
勝手にやってくれるので、門で止まる事なく城内に入れる。それでいいのか?
笊じゃないか。
私が城内で呪紋式を発動なんかさせたら、首じゃ済まないでしょうに。まあ、
私は楽でいいけれど。
執政統括の部屋に行くと、話しは別の部屋で行いたいと言うので、アリータの
先導で場所を移動した。着いた部屋には貴賓室と書かれている。何故わざわざ
こんな部屋に?と思うと嫌な予感しかしない。
部屋に入ると、四人掛け程度のテーブル、と言っても家庭用に比べればかなり
大きいが、その上にはグラスやカトラリーが並んでいた。
「時間的にも丁度いいかと思い、良ければ晩餐などしながらどうでしょうか?」
そういうのは連れて来る前に聞けよ、嫌に決まってるでしょうが。何故むかつ
く執政統括の顔を見ながら食事をしなければならないのか。
「最初に言ってよ、そういうのは。」
「失礼しました。ですが、言ったら断られてしまうので。」
よく分かっているじゃない。本当に腹が立つわ。でも用意した人には申し訳な
いし、私の財布に影響は無いから仕方がない。
「私じゃなく、違う人に気を遣いなさいよ。」
「私にとって、ミリアさんは十分貴賓ですよ。」
「嘘つけ。」
そう言いながら私は椅子に座る。
「麦酒は当然あるんでしょうね。」
「はい、用意しております。」
私の事を監視しているのかどうか分からないけれど、よく知っている。
「で、アリータも参加するんでしょう?」
「いえ、私は・・・」
「勿論です。この場は公式なものではありません。私としては、友人を招いた
食事会くらいのつもりです。」
アリータの否定を遮ってリンハイアは言った。確かに私は要人でも何でもない、
ただの一国民でしかない。それに初対面でもないけれど、この扱いは気持ち悪
い。それに友人は絶対に無い。
「私も、ですか?」
「そうだ、料理長には三人分でお願いしてあるからね。」
テーブルには四人分の食器が用意してあるが、見た目の問題だろうか。三人分
という事は、この面子での話しになるんだろう。面倒が増えないだけまだいい
か。知らない人が増えるだけ、嫌な気分と面倒さが増すもの。
「では、失礼します。」
「そう言えば、面と向かっては言えていませんね。アーランマルバへの開店、
おめでとうございます。」
アリータが椅子に座ると、リンハイアは私にそう言った。会うこともないのだ
から、当然だけど今更感はあるわね。
「土地を用意してもらって、こちらこそ感謝しているわ。」
これに関しては本音だ。自分では今の立地も無理だと思うし、もっと時間が掛
かっていただろう。それはよく分かっている。
「今日はご足労頂いて感謝します。」
飲み物が揃ったところで、リンハイアがそう言ってグラスを掲げる。私も倣っ
て掲げると早速麦酒を喉に流し込んだ。うん、身体を動かした後の麦酒は美味
しいわ。リンハイアとアリータは葡萄酒を口に付けた。アリータは水でいいと
言ったが、リンハイアも私も折角だからと勧めたのだ。こいつとの意見の一致
はむかつくが。
「ついでに来ただけよ。で、要件は?」
本当なら聞くだけ聞いて帰りたいところだけど、料理長とやらに申し訳ないの
で食べるだけは食べて帰ろう。そう思って、丁度目の前に置かれた前菜、ロー
スト鴨のサラダにフォークを刺す。
「あ、待って。」
微笑で口を開こうとしたリンハイアを、私は左掌を向けて止める。怪訝な顔を
したリンハイアを横目に麦酒を飲むと続ける。
「北方連国とターレデファンの件でしょう?」
私がそう言うとリンハイアは表情を変えなかったが、アリータは明らかに驚い
ていた。自分でも何故そうしたのか分からない、聞くだけ聞くつもりが、呼ば
れた理由を自分で解いていこうなどと。
「結論から言えばその通りです。何故、そう思ったのですか?」
話しは単純だ。私が考えられる事なんてたかが知れている。
「二つしか思い付かないからよ。一つは話題になっている今言った事、もう一
つは呪紋式の危険ね。ただ後者に関して言えば、こちらにはリュティが居るた
め可能性は薄い。」
私の説明にリンハイアは頷くが、少し偉そうでむかつく。
「成る程、確かにそうですね。それで、事情はどの程度ご存知ですか?」
「報道されている以上の事を、私が知っているとでも?」
一般人がそれ以上の事を知っているわけが無いだろう。それくらいは察するで
しょう、阿呆か。
「これは失礼しました。しかし、それが殆どです。ソグノーウ首相は頑なに協
力に舵を切ろうとしません。それどころか他国が非難した事により、更に態度
を強固にしています。」
私としては他人事なのだけど、どっちもどっちな気がするな。言われたら余計
に意固地になってしまう人間もいるのは確かだ。ただそれは為政者であっては
ならない、とは思うけれど。
「既に餓死者が出始めている以上、猶予はありません。為政者同士の牽制では
埒が明かないのですよ。」
「でしょうね。」
下手をすれば北方連国の人々は、つまらない為政者の意地の張り合いで死んで
いく事になるわけだから。
「そこで、です。」
リンハイアは言葉を切って葡萄酒を口にする。何時もの微笑に何処か不敵さが
混じったような気がした。気のせいかも知れない。
「新たな山道を建設しようと考えています。」
はっ?
無理だろう。あの山肌を削るのなんてそれこそ何ヵ月、いや年単位でも不思議
じゃない。
「何処か良い場所でもあったわけ?」
ただ私が見たのはターレデファン側だけでしかない、しかも一部の箇所のみだ。
モフェグォート山脈が接するのはターレデファンだけではないのだから。
「ペンスシャフル国の何処か?」
ターレデファン国内は情勢から無理だろう。そう考えると、グラドリア国が手
を出せるのはそこが一番可能性が高い。
「お察しの通りですが、モフェグォート山脈の地形は何処に行っても大差があ
りません。」
予想通りではあったけど、解決に至る内容では無かった。どうするかまで考え
なければ、話しにならないって事か。南瓜の冷静スープは美味しいけれど、私
の脳までは冷やしてくれない。
次に来た牛ほほ肉の葡萄酒煮は、柔らかくてナイフが不要だった。私が余計な
頭を使っているせいか、リンハイアは続きを口にしない。私が解いていこうと
しなければ、こんなに悩まなくてすんだのに、自業自得だわ。阿呆か私。
だけど山肌ねぇ、このほほ肉のように柔らかくなればね。
「山を煮込む。」
「ぷっ・・・失礼しました。」
真面目な顔で言ってみたが、反応したのはアリータだけだった。本当に嫌な奴
よね、こいつは。何故私の口から言わせようとするのか。言ってくれてもいい
じゃない。
「はいはい、薬莢を記述すればいいんでしょ。」
「引き受けて下さる、と?」
やっと動いたか。ってか呼ばれたのって私よね。何故こんな茶番に付き合わせ
られるのよ、なんか腑に落ちないわ。
「内容次第。」
「そうですか。もう少し会話を楽しみたいのですが。」
いや、意味が分からないわ。私も楽しみたいとでも思っているのか?それは無
いだろう、リンハイアに限って。
「ハイリ老の所には通っているのに、こちらには顔を出してくれませんよね。」
・・・
「それ、気持ち悪いわよ。」
何を言い出したのかと思えば、阿呆か。笑っているアリータにもっと笑ってや
れと内心で煽っておく。
「酷いですね。」
酷くない。私は好きでハイリの所に通っているわけでは無い、行かなくていい
のなら行ってない。自分の為に、夢を護る為に行ってるのよ。
「それで、何を記述すればいいのよ。物を見せてくれる?」
「それには及びません。」
見せる必要が無い、という事は私が知っている呪紋式という事か。爆発するや
つ?違うわね、あれは焼けるだけで山肌を削る事なんて殆ど出来ない。
「私が知っている、で合ってるわよね?」
「ええ。」
リンハイアは私がアラミスカの人間だと知っている。当然、式伝継承の事も知
っているのだから、家の人間が持つ特徴も知っている可能性が高い。今までの
依頼とは別に、私の中に在る何かを引き出そうという事か。
それは難しいな。いくら引き継いだとはいえ、意志がないと浮かんでこない。
自分の中にどれだけの呪紋式が在るかも分からないし。いや前提が違う、リン
ハイアも知っているんだ。とはいえ私の知らない呪紋式を、知っている可能性
もあるが。
それを考え出したらきりがない、共通の認識で山肌を削れそうなものに絞ろう。
そう思った時、おそらくそれだろうというのが分かった。でもそれは薬莢に記
述という規模の呪紋式じゃない。
「いくら私でも、あんな巨大なものを描けるわけないでしょ。」
「無理ですか。」
「無理ね。」
「でもやはり、記憶はしていましたか。」
こいつ、それの確認も目的か。上手く乗せられた感があるのは腹立たしい。だ
が今更なので気にしてもしょうがないか。
「確かにあれなら削る事も出来そうだけど、普通の薬莢では面積が足りない。
ただ大きいってわけじゃないのよ。」
「では以前記述頂いた遠距離用、若しくは大型銃の薬莢はどうでしょう?」
実際に描き起こしてみないと分からないわね、大きすぎて出来上がりの想像が
つかない。なんとなく、程度の想像は出来るが、やっぱり描いてみないと分か
らないわ。
「やってみないと分からない、それしか言えないわ。」
「確かにそうかもしれません。」
「帰りに薬莢貰える?」
「はい、構いません。用意させておきましょう。」
しかしこいつ、よく考えるわ。あんな危険な呪紋式でも使い道はあるのね。モ
フェグォート山脈に在ったのも何かに・・・いや、あれは発動者が巻き込まれ
る可能性が高いから難しいか。でも遠距離から山頂を均す事は出来るんじゃな
いか?これは黙っておこう、オーレンフィネアのだけで十分だろうし。
それよりさっきからアリータの態度がおかしい。私を不思議なものでも見るよ
うな目で見ている。確かに普通の人とは違う生活を送っているけれど、目立っ
て変な事をしているつもりはないのだけど。
「さっきから何?」
「えっ?」
何故そう聞かれたのか分からないようで、アリータは困惑する。その反応はこ
っちが困るのだけど。
「妙なものを見ているようにミリアさんを見ていますよ。」
「人を奇妙な生き物みたいに言わないでくれる。死にたいの?」
リンハイアの説明は正しいが、言われるとむかつく。睨んでそう言ってみるが、
何時もの微笑で肩を竦めただけだった。死ね。
「あ、いえ・・・そんなつもりは。」
未だに戸惑っているようでアリータの言動がはっきりしない。一体なんなのよ。
「あ。違和感です。」
「違和感?」
リンハイアは分かっているのか、こちらの会話には興味無さそうにカルボナー
ラをフォークに巻いている。
「はい。何時もならリンハイア様からの依頼は真っ向から拒否していたのに、
今日はそれが無いんです。」
ああ、言われてみればそうね。
「何にでも噛み付く犬みたいな言い様ね。」
「ごめんなさい、そんなつもりでは・・・」
私が言うとアリータは慌てて両手を振って言った。それは分かっているけれど、
言われっぱなしは納得出来ないから言ってみただけよ。微笑から苦笑に変わっ
ているリンハイアもむかつく。
「はっきり言って執政統括は嫌いだし、関わりたくもない。話したくもないし、
顔も見たくはないのよ。」
「酷い言われようだ。」
何が酷いだ、それだけの事を私にしてきたんでしょうが。
「ではどうしてですか?」
「今回は事象が既に顕現していて、目的が明確だからよ。」
私の言葉にリンハイアは頷いたが、アリータは怪訝な顔で首を傾げた。悟った
ようなリンハイアの態度は本当に腹立たしい。悟ったというよりは、見透かし
ているような、と言った方がいいか。キュディーグのようにぞっとはしないが
気に食わない。
「どういう事、ですか?」
「北方連国は陸の孤島状態で既に餓死者も出ている。それを救済するのが目的
でしょう。為政者のくだらない意地の張り合いで、関係の無い人が死んでいく
のが気に入らないだけよ。本来護るべき立場である為政者が、その態度なら一
泡吹かせてやりたいってのもあるけれどね。」
「ミリアさん。」
アリータの疑問に答えると、何故か微笑んでまた私を変わった生き物を見るよ
うな目で見てくる。なんなのよ。
「その先にどんな思惑があるのかは、知った事じゃ無いけれど。」
素知らぬ顔で葡萄酒を口に運ぶリンハイアを、私は見据えて言う。
「その先、つまり北方連国の人を救えた先は、政の世界です。加わりたいです
か?ミリアさんなら歓迎しますよ。」
「絶対嫌だ。」
やっぱりむかつくわこいつ。
私が言った後、アリータが微笑ましい光景でも見ているような顔をしていた。
やめろ。そんな目で見るな。その見方、間違っているからね。
「もし記述が可能だった場合、条件が有るわ。」
デザートのティラミスを一口食べて私は切り出した。
「良いですよ。」
まだ条件を言って無いのだけど。
「内容は?」
一応聞いておくみたいな言い方が腹立たしい、言いたい事の予想は付いている
のだろう。
「使用時は私を立ち会わせる事。二発か三発で事足りるでしょう、だからそれ
以上は記述しない。三発記述したとして二発で足りた場合、余りは私が回収す
る。」
「はい。」
「それと、出所は口外しない事ね。記述出来る人間が居る事を悟られたくない
わ。私がお店を出来なくなるような状況にしたら、どうなるか分かっているで
しょう。」
「勿論です。」
リンハイアは頷くと紅茶を口に運んだ。私の条件は想定内だったのだろう。
「本来であれば呪紋式になど頼らずに解決したいのです。ですがそれを言える
状況では無くなっています、時間がありません。」
「そうでしょうね。でも、使わざるを得ない状況まで放置した、この事実も変
わらないわよ。」
「その通りです。」
真面目な顔で頷いたリンハイアも、痛感はしているのかもしれない。頼る頼ら
ない以前の問題で、本来この状況になる前に何とかするのが為政者の務めだ。
他国の問題とはいえ、事が起きてから批判だけするのもどうかと思う。リンハ
イアを責めるのも違う気はするが、私を巻き込むのだからそれくらいはいいで
しょ。
「分かっているならいいわ。後は上手くやってくれるのでしょう?」
「勿論です。」
それを聞いた私は紅茶を飲み干して帰ろうと思った。
「今薬莢をこちらに持って来るよう伝えています。届くまで、紅茶をもう一杯
どうですか?」
あ、そうだった。
「そうね、頂くわ。」
新しい紅茶を淹れてもらい、口を付ける。
「そうだ、今ペンスシャフルにはユリファラが行っていますよ。」
だからどうした。とまでは思わないけれど、それが私になんの関係が?くらい
には思う。執政統括直属の執務諜員は、顔見知りの程度はあれ友人では無い。
ユリファラは単に付き合いが多いだけ、なんて言ったら怒るかな。
「今回の件で?」
アリータが言った事に私は思った事を聞く。わざわざ話題に出したという事は
そうなのだろうと思って。
「はい。もともとペンスシャフル担当は長年同じ者が就いています。ユリファ
ラには山道を建設する場所を確認してもらっているのです。」
成る程。となれば、実行する時は会いそうな気がするわ。
「事情はどうあれまだ子供なのは間違い無いです。ミリアさんと一緒に行動す
るのは、楽しいようですよ。」
「言われてみればそうだね、確かに何時もより楽しそうに話しをする。」
お前もかよ、揃って止めて欲しいな、そういう話しは。まさか余計な事を盛っ
て話していたりしないでしょうね。
「私は別に、何もしてないわよ。」
「それでいいんじゃないでしょうか。」
若干不貞気味に言ったが、アリータは笑顔でそう言った。なんか居心地が悪く
なって来たわ。自分が良い人みたいな流れは嫌だ。
その時、貴賓室の扉が外から叩かれる。よく来た救世主、これで帰れる。
「お待たせしました。」
お前かよ・・・。
アリータが扉を開けて入って来たのは、カマルハーだった。
「お久しぶりですな。」
カマルハーは部屋に入ってくると、私にそう言いながらリンハイア促され空い
ていた席に座る。座るな。それって話す気よね?私はもう帰りたいのだけど。
「サラーナはどうですか?真面目にやっているでしょうか?」
早速話しかけるな。そう言えば、あれ以来カマルハーとは話してないか。サラ
ーナ本人は報告しているのだろうけど、使っている側の話しを聞けるわけがな
いものね。
「かなり精度は高いわよ。慣れると速いし、あんたより上なんじゃない?」
私がそう言うとアリータが呆気に取られ、リンハイアは苦笑した。
「それは良い事ですな。預けている甲斐があるというもの。出来ればこれから
も勉強させてもらえると有難い。」
嫌味に笑顔で返されると、私が馬鹿みたいじゃない。
「リンハイア様から話しは聞いております。出来そうですかな?」
「やってみなきゃ分からないわよ。」
こいつも話しを知っているのか。
「そうですか。記述の際は是非見たいところですが。」
「嫌よ。」
もし可能だったとしても見られたくはない。それはサラーナも一緒だ。もちろ
ん、記述した薬莢を残すつもりもない、絶対に戦争の道具になんかさせないよ
うに。
「カマルハーの事は気にしないでいいですよ。好きなように進めて下さい。」
薬莢の入った箱を私の方に寄せながら、リンハイアはそう言った。言われるま
でもなく、当然そのつもりだけど。
「それじゃ私は帰るわ。ご馳走さま。」
「ではよろしくお願いします。」
「もう帰られるのですか、もう少し話しを聞きたかったのですが。」
私に話す事は無い。後から来て延ばそうとするな、私はもう疲れたのよ。
「では、出口まで案内しますね。」
「お願い。」
迷子になる自信があるので、アリータの言葉には素直に従った。
お店に戻ったらもう閉店時間だった。
「今日は遅かったのね。」
「阿呆統括に捕まっていたからね。それで、後で話しがあるんだけどいい?」
リュティの言葉に、私は小声で返した。他の人に聞かれるのは避けたいからだ。
私が真面目に言ったのが伝わったようで、リュティは何時もの微笑を消して頷
いた。
閉店後は何時も通りカフェ・ノエアで晩酌。やはり当然の如くヒリルが居る。
サラーナとの関係について、私から何かを言うつもりは無いので本人が言うま
では放置。
この前の話しだと、王城も忙しいらしく、お店を終わった後に王城に行ったり、
お店が休みの時も出向いているらしい。二人の時間も少なくなり自然消滅?と
か言っていた。
それはどうでもいいが、サラーナはまったく休んでいないんじゃないだろうか。
そう思って探ってみたが、本人はそんな事は無いし、身体も大丈夫と言ってい
た。ヒリルは自分以外に好きな人が出来たのかなって、管を巻いていたが、私
が思うにそんな奴ではないと感じる。やっぱりヒリルのその辺は興味無いけれ
ど、サラーナは休ませた方がいいかも知れない。
「じゃあお疲れ。って、リュティは帰らないの?」
ほろ酔いのヒリルが、私とリュティがお店に行こうとするのを見て疑問を口に
した。気付かずにそのまま帰ってくれればいいのに。
「ちょっと打ち合わせするだけよ。」
「あ、だったら私も?」
来るな。
「呪紋式の話しなのよ。細かい話しだから、帰ってゆっくりしていいわよ。」
「う・・・確かに、私じゃ寝ちゃう。じゃぁ遠慮なく、お疲れ。」
「うん、お疲れ。」
ヒリルを帰した後、私はリュティを連れて作業場に移動する。手近にある大き
めの紙を作業台に広げて筆記具を持つ。
「待って、何なのか教えて欲しいわ。」
「今から呪紋式を描くから少し待って、詳しい話しはそれからよ。」
「それはいいけど、この大きさってまさか。」
「そのまさか。」
リュティは気付いたようだったが、止める事なく描くのを待っていてくれた。
と言っても十分か十五分くらいだと思うけど。紙に描いていくだけなので、時
間はそれほど掛からない。思い出しながら描くわけでもない。記憶してしまっ
ているから、はっきりと頭の中に浮かんでくる感じだ。
「この形状、オーレンフィネアの?」
「そう。これを薬莢に記述出来るかってのが、悩みなのよ。」
「ちょっと待って、これを使う気なの!?」
私が悩みを言うと、リュティは表情を険しくして声を大きくした。ああ、そこ
から説明の必要があるわね。
「使えたらいいなって段階なんだけど。」
「これを使うって言うの?貴女は絶対それをしないと思っていたのに。」
「まずは私に説明させてよっ!話しが進まないじゃない!」
噛み付いてくるリュティに苛っとして、私は作業台を掌で打って声を大きくし
た。
「ご、ごめんなさい・・・」
睨み付ける私から、視線を下に外すとリュティはそれだけ言って黙った。聞く
前に否定するとか、少し熱くなり過ぎなのよ。
「どれだけいっしょにいると思っているのよ、私が利己で使うならモフェグォ
ート山脈の石柱を破壊してないわ。」
まあいい。今はそんな事を話している場合じゃない。
「結局は人の傲慢という結果にしかならない。それでも、死んでいく人が少し
でも減ればと思ったからよ。」
また謝ろうとしたリュティを遮り、私は説明を始めた。その内容にリュティは
怪訝な顔をする。
「これは、ペンスシャフルとカリメウニアを繋ぐ新たな山道建設のため、山を
削る目的で描くのよ。」
そう言うとリュティは目を丸くした。やっぱり驚くよね、私も驚いたもん。
「よく考えるわよね。」
「本当ね。」
私が苦笑して言うと、リュティも釣られて苦笑した。
「でも、悪用される危険は無いの?」
「それでリュティにも手伝って欲しいのよ。数は三発の予定、それ以上は要ら
ない筈。余ったら私が回収する事になっている。当然、現地では私が立ち会う
わ。」
私の説明に納得したのか、リュティが頷く。
「問題は発動した呪紋式の記録を残されること。」
「確かにそうね。浮かんでいるのが一瞬とはいえ、動画なら問題ないわね。」
「そう。それで周囲を警戒して欲しいのよ。現地では私だけじゃない、多人数
で行動すれば目につくだろうし。」
「それは構わないわ。」
「それと範囲は、そんなに遠くまで監視しなくても大丈夫だと思う。」
私の話しにまたリュティは怪訝な顔をする。ここから先は仮説だらけだ、内容
も聞かせるべきものじゃない。
「どうしたの?」
でも、これを話さないと説明が難しいか。
「リュティは自分の組織より私を優先している節がある。」
「そうだけど、急になにかしら。」
「だから話すけど、今から話す事は外には漏らさないで欲しいの。」
「分かったわ。」
真面目に目を見て言った私に、リュティも真剣な顔で応じる。
「ただこの話しは私の経験上にしかない。呪紋式の効果範囲は大きさに比例す
る。そして呪紋式の記述は簡略化出来ない、これはリュティも知っての通り効
果が変わるか発動しないためなのよ。」
私の説明にリュティが頷く。
「でもどうして大きさに比例すると?」
「リンハイアの依頼。私は自分の小銃でも使えるようにしているでしょう?」
「言われてみればそうね。」
あまり薬莢の大きさに合わせて記述を分ける、なんて事をする人はいないのだ
ろう。
「発動した呪紋式も記述のまま展開される。つまり、この呪紋式を銃で発動さ
せるまで縮小すると、ただの白光する円にしか見えないと思うのよね。」
「それで遠くまでは監視しなくていいと。」
「望遠まで考えていたら出来ないしね。」
「そう考えると、オーレンフィネアもモフェグォート山脈も、発動した呪紋式
は大きすぎじゃない?」
そこなのよね、重要なのは。
「仮説、でしかないけれど。おそらく石柱に描かれた呪紋式を周りの装置で、
効果と範囲を拡大増幅しているのよ。」
私の話しにリュティが驚きの表情になる。
「誰がなんの為に残した技術かは分からないけれど、地下設備で任意の方向に
向けて発動させるなんて今の技術では無理ね。」
「そうなるとモフェグォート山脈の呪紋式も、別の場所に発動させられたのか
しら・・・」
「どうかな。ただの嫌がらせかも知れないわよ。いや、規模を変えれば設備は
残しての発動も出来たのかも知れない。ただもう、知ることは叶わないけどね
。」
モフェグォート山脈の設備は、完全に崩壊したのだから調べようが無い。石柱
も壊してしまったし。
「嫌がらせだとしたら、きっと造った何者かは性格が歪んでいたのね。」
「嫌な奴ね。」
呆れたように言うリュティに、私も苦笑する。
「でもこの仮説は検証のしようがない。誤発動させるわけにもいかないし、何
より発動させると大陸諸国の問題に発展してしまう。」
唯一動作確認出来ていたのは、オーレンフィネアのアーリゲルだろうけど、既
にこの世には居ない。
「それは今の情勢がはっきりと物語っているわね。」
私はリュティの言葉に頷く。その通りなのだ。国家間の問題に発展している現
状を考えれば、結果は火を見るより明らかだ。オーレンフィネアだって身をも
って知る結果になっているし、北方連国は死者が増え始めている。下手をすれ
ば引き金となるに違いない、戦争というろくでもない殺し合いの。
「その話しの信憑性は分からないにしても、アン・トゥルブでもそこまでは知
らないわよ。」
アン・トゥルブ?リュティの居る組織の事だろうか。まあ興味は無いのでどう
でもいい。
「各地にある設備に関してはこれ以上話しても結論は出ない。今は薬莢にこれ
を記述出来るかってところが問題。」
「かなり大きいわよ。」
そうなのよね。でも描いてみて分かった、少なくとも遠距離型の薬莢には記述
可能だ。私は貰ってきた薬莢を取り出して作業台に置く。
「こっちは可能。」
遠距離用の薬莢を指差して私は言う。
「少なくともこれで、北方連国の餓死者は減らせるかも知れない。それは私じ
ゃなくリンハイアが頑張るのだけど。」
「ターレデファンのソグノーウ首相は黙っていないでしょうね。」
「確かにね。」
今は北方連国へはターレデファンからしか道は無い。独占しているから強気な
姿勢でいるように思える。新しい道が出来るとなれば、穏やかではいられない
だろう。
「そんなわけで、これの記述が終わったら付き合ってね。」
「勿論。」
そう頷いたリュティはまだ真剣な顔に、浮かない色が加わったような表情をし
ている。
「話しは終わったから、帰っても大丈夫よ。」
「ねえミリア。」
私の言葉を無視して、リュティは真剣な眼差しを私に向ける。ああ、嫌な予感、
出来れば面倒な話しは聞きたくないな。
「私は私よ、聞いても何も変わらないわよ?」
「それでいいの。ただ、良い機会だから話しておくわ。知識として頭の片隅に
でも置いてくれればいいわ。」
しょうがない、聞くか。何時かは話されると分かっていた事だ。
「分かったわ。」
グラドリア国、法皇国オーレンフィネア、ペンスシャフル国、この三国の連名
だった。追随するようにバノッバネフ皇国も同日中に、支持を表明した。
その内容はモフェグォート山脈間道に橋を建設したい、北方連国に協力を拒否
しているターレデファン国に対する非難だ。北方連国は陸の孤島に等しい状態
に陥っている、ターレデファンのやっている事は餓死者を生む人殺しだと、強
く非難した。
これに対しターレデファン国も直ぐに反論した。直接の脅威に晒されていない
からそんな事が言えるのだと。この非難は不当であり、我が国を貶める謀略で
しかない。北方連国のザンブオン領が認めたからと言って、なんの脅威からも
解放されていないのが現実なんだと。
北方連国の人々は現在窮地に陥っている。危険だからといって餓死という脅威
に向き合わせる行為は、ターレデファン政府の傲慢でしかない。多くの無関係
な人を救えるのなら、急遽建設への派遣も厭わないとした。ただ、それにはあ
くまでターレデファン国の許可が必要になるとも。
当然の如くターレデファン政府は、その案を受け入れるつもりなど無いと、拒
否の姿勢を示した。
同日中にそんな応酬が繰り返され、北方連国を巡る話しは平行線のまま動きを
見せなかった。
「頑なになってしまったね。」
そう言ったリンハイアの顔は、特に困った様子も無く何時もの微笑を浮かべて
いた。まるでそれが分かっていたように。だとすれば、今の言い回しは矛盾し
ているようにアリータは感じた。
「こうなってしまうと、膠着しそうですね。」
今のターレデファンの態度を見る限り、早期の解決は見込めない。ザンブオン
領ではゲズニーク議長の自殺が報じられた、それによってザンブオン側の対応
も遅れが生じる。頑なになったターレデファンは、態度を変えようとはしない
のでないかと、アリータは不安を感じる。
「ソグノーウ首相がどこまで国民感情を無視出来るか、今はまだ大規模な動き
が無いから強気なのか。」
「確かに、現状の変化はありません。ですが、今日の公表により加速するので
はないでしょうか?」
小さいとはいえ既に、北方連国に家族が居る者が中心となって抗議を行ってい
る。隣国の公表によって、その者達を支持する者も増えるだろう。そうでなく
ても、政府への反感は高まるはずだとアリータは思っていた。
「身に降らない火の粉に、人間は感情より自分の都合を優先する。」
「それでは・・・」
今回の行動に意味はあったのかと、アリータは言いそうになるが、自分の安易
な感情でしかないと抑えた。
「今回の話しは所詮、為政者の応酬でしかない。人は自分の生活が優先なのだ
よ。だからこそ、為政者が必要だとも言える。」
アリータにはリンハイアの言葉が、重く圧し掛かってきたように感じた。何処
まで行っても、自分は無力なのではないかと。
「それで、剣聖との話しは?」
話しが転換された事で、アリータは重圧から解放され我に戻る。
「はい、急な決定ではありますが、明後日に決まりました。リンハイア様の予
定も問題なかったので。」
「それは良い。」
何を考えての事か、アリータには不明だったが報告を続ける。
「出席者は全員になります。」
意欲的なユーアマリウ・ヴァールハイアは参加するだろうと、アリータは考え
ていた。だが、全員の参加はあり得ないだろうと思っていたため、今の報告で
すら驚きは消えていない。
「やはり、あれの存在を皆意識しての事でしょうか。」
そうであれば良い兆候だと思ってアリータは言う。ギネクロア宰相に至っては、
不信と協力的ではない態度に感じたために。次回は何かあるまで開催される予
定では無かった会談だ。それがこんなにも早く揃う事になるとは。
「いや、もっと単純な話しだ。疑惑と監視で集まったのだよ。」
「それは・・・」
無いのではないか。とはアリータも否定できなかった。情報の隠蔽を疑うバノ
ッバネフ皇国と法皇国オーレンフィネア。主催者として、また情報を識る者と
して監視したいアン・トゥルブ。参加出来ずに早期の会談を求めたペンスシャ
フル国。考えてみればリンハイアの言うとおりだと思わされた。
信頼と憂いで集まったのではない、それぞれが疑いを持ち監視をするために、
それぞれの思惑で集まっただけなのだと。
「クスカの方は?」
「今日、既に発っております。明日には引き継ぎを行う予定です。」
「ユリファラには悪いが、戻ったらペンスシャフルに行ってもらう。」
ユリファラに対してリンハイアは甘いと思っていた。現に今まで、出張から戻
った時は一週間程は自由にさせていたのだから。故にアリータは、リンハイア
の指示に驚いた。
「イリガートでは駄目なのでしょうか?」
ペンスシャフルに長年滞在している執務諜員がいるではないかと、アリータは
疑問を口にする。
「ああ。彼は現地に馴染んでいる。その立場は貴重なのでね、目立った動きは
させたくない。」
一体ユリファラに何をさせようというのか。危険な事ではないのかと懸念する。
「ただの調査だ。自然の脅威という危険はあるかもしれないがね。」
疑問ばかりが浮かぶが、執政統括に対する不信は無かった。何れ目的も話すだ
ろうし、自分が頭を使ったところで解決はしないと。
「分かりました、戻ったら早速手配します。」
「一日は休ませてくれ。それとエリミアインにも動いてもらう。心構えだけは
させておいてくれ。」
「はい。」
ザイランと会った後、あれから特に連絡は無い。別に怠慢だと思っているわけ
ではない。警察局も混乱しているだろうし、ボウトールの行方も簡単に分かり
はしないだろう。
イネスト建設との縁談を望んでいたモリウス議員が、そんな下手な手を打つと
は思えない。だからボウトールの行方も、判らないままの可能性が高い。
そう思うと苛立ちが増すばかりだ。
(なんか仕事が手に付かないな・・・)
作業場の中で椅子の背凭れに、背中を預けて思っていた。明後日には実行する
予定だった司法裁院の依頼も、出来なくなってしまったから。気が抜けたのか、
やる気が起きない。
それは昨夜飲み過ぎたせいもあるかも知れないけれど。だって飲まなきゃやっ
てられない、やけ酒と言われようがボウトールが逃げた事が許せなかった。
「あの、ミリアさん。」
呆としていた私に、作業場に顔を見せたサラーナが話し掛けて来た。
「どうしたの?」
「お客さんです。」
通常の薬莢であればサラーナで十分だ。敢えて呼びに来たという事は、リスト
に無い物を求めてか私個人に用があるかのどちらかだろう。
「分かった。」
重い腰を上げて店内に行くと、ダークグレーの背広を来たおっさんが会釈をし
てきた。釣られて私もするが、誰だ?
おっさんと言っても三十代半ばくらいだろうか。亜麻色の整えられた髪に、同
じいろの優しいそうな瞳。顔の印象が柔らかいのは、目尻が下がっているから
だろう。穏和な笑みが出す雰囲気は、年齢以上に感じた。
ザイランも見習って欲しいわね。
「お会いできて良かったです、ミリアさん。」
おっさんはそう言って右手を出して来た。
「初めまして、私はキュディーグ・カッツァと申します。」
私は差し出された手を無視して、キュディーグを睨む。
「薬莢の依頼じゃないわね。」
「お察しの通りです。出来れば、話しをしたいのですが。内密にね。」
キュディーグは笑顔で言うと、最後の言葉は他に聞こえないよう静かに呟いた。
(何者だ、こいつ・・・)
考えてみるが、やっぱり分からない。雰囲気も穏やかで物腰も柔らかい、嫌な
雰囲気はないのだが。外観じゃ分からないか。
「せめて何についてなのかは、知りたいわね。」
「そうですね、失礼しました。ボウトール・・・」
私はその名前に鼓動が早くなったような気がした。小さく言ったその名前を知
っているという事は、少なくとも見た目通りの人間じゃ無い。
「分かったわ。お店を出ましょう。」
「助かります。」
私は三人にお店をお願いすると、傍のカフェ・ノエアに移動した。最近これば
っかりな気がする。それに関しては店主のロアネールにも言われた、お客さん
が多いですねと。余計なお世話だ。
私だって望んでの事じゃない、お店の売り上げに貢献してくれる来客の方が来
て欲しいわ。
「で、何者?」
「ネルカより上の、と言えば察して頂けますか?」
!!
まさか、司法裁院高査官の上層部!?
何故そんな大物、大物って言っていいか分からないけれど、私の所に出向いて
来たんだ。穏和な表情で言ったキュディーグに、私は驚きの目を向ける。
「良かった、通じたようですね。」
ただ、高査官が来たという事は。
「ボウトールの扱いがそっちに移ったって事?」
「お察しの通りです。」
話しが大きくなってきた。どう考えても厄介事に昇格じゃないか、ボウトール
の件は。しかし何故、ネルカじゃないんだ?
「ご存知の通り我々の依頼は直接です。」
うん知っている。お陰で見たくも無いネルカの顔をたまに見るはめになってい
る。担当を変えて欲しい。
「今回私が来た理由はボウトールの父親が大物だから、という建前で我々の最
高責任者が気に掛けている方が気になったからです。」
あの糞ジジイか・・・。余計な事を言いやがって。今日グラドリア王城に行っ
た時にぶっ飛ばしてやるわ。それよりこのキュディーグ、私の考えを見透かし
ているようで嫌だな。
「まさか、私の名前が知れ渡っているんじゃないでしょうね。」
「知っているのは私だけですよ。」
ならいいのだけど。
「ネルカ、代えたいですか。」
「そりゃそうよ。あんな態度の悪い奴なんて嫌に決まっているでしょう。毎回
人の事を見下した物言いされて、嫌な気持ちになるに決まっている。」
「それは失礼しました。」
で、それより何故ネルカの話しになった?私の考えを見透かしている?いや、
そんなものじゃない、リュティも察しがいいが、こいつの場合直接頭の中を覗
いているような感じで気持ち悪い。
「すみません。仕事上どうしても読んでしまうのです。」
やっぱり。どうやって察しているのか分からないが。
「嫌な感じね。」
「まあ、それが彼処で次席を務める者の資質です。」
は?次席?次席って、あのジジイの次に偉いって事か?大物が来たと思ったが、
まさかここまでとは。だったら私の事を、キュディーグしか知らないというの
も納得いく。が、同時に嫌な奴に覚えられたものだとうんざりした。
「で、そのお偉いさんが一体何の用?まさか雑談をしに来たわけじゃないでし
ょう。」
ボウトールの名前は私を連れ出す餌という可能性も捨てきれない。高査官管轄
に移動したってだけでは土産にもならない。
「高査官側へ移動した理由ですが、ボウトールが国境を越えたためです。」
成る程、既にグラドリア国内には居ないって事か。実はそう見せ掛けたって可
能性もあるけど。
「いえ、今はペンスシャフル国内を逃亡中です。」
「そこまで分かっているなら、早く手を打った方がいいじゃないの?」
「それは私共の仕事じゃありません。我々の業務はあくまで調査までで、組織
として手は下す事はしません。」
まあ、今までもずっとそうだったからね。ただやってない、という証拠は無い
ので私は信用していない。
「で、私のところに来た理由が見えないのだけど。」
「依頼、続ける気はありませんか?」
続ける、か。私のところに最初の依頼が来ていた事を知っているわけね。言っ
たとすればザイランだな、あの阿呆警務め。まあそうじゃなくても、下手をす
れば警察局より優れた調査をしそうな組織だから、突き止めても不思議じゃな
いけれど。
「どうして私に?」
「貴女の感情に聞いてみたかったのです。」
終始穏やかな笑みだったキュディーグが、私を見透かすように目を細めて笑み
を消した。絡み付くような視線が酷く気持ち悪い。
「それが、あんたの資質?」
「そうです。日常的な事ならば呼吸をする感覚で分かります。でも今はそれ以
上、嘘が通ると思わないで下さい。」
本当に嫌な感じだ。どうやったらこんな目を、視線を出来るんだ。ハイリとは
別の意味で危険だ、隙が見出だせる気がまったくしない。
「最悪の気分、いいえ。気分が悪いなんてものじゃない。嫌悪で潰れそうよ。
黒い感情が沸き上がって、胸糞が悪くてたまらないわよっ。もし目の前に居た
ら八つ裂きにしてしているわよ!」
私は声を殺して可能な限り吐き出した。吐き出させられたのかも知れない。睨
み返していると、キュディーグが口の端を上げて笑った。だが直ぐに先程まで
の穏和な表情に戻っている。
なに?
「人の感情には許容量があります。何処かで吐き出さないと、後で後悔するん
ですよ。少しは楽になりましたか?」
「知らない。」
お節介な事だ。感情に任せて吐いた言葉は、自分でも驚いた。そんなに思って
いたのだろうかと。
「感情は馬鹿に出来ませんよ。その気になれば、楽にする事も潰す事も出来る
のです。」
「嫌な話しね。」
キュディーグなら、感情的な人間を視線だけで殺せるんじゃないかと思えた。
恐ろしいおっさんだわ。
「ありがとうございます。」
「褒めてないわよ・・・」
やっぱり腹立つわ。
「では改めて聞きます。ボウトールを追ってみますか?」
本当に気持ちが軽くなったかは定かじゃない。それが分かるくらいなら、もっ
と自分で調整出来ているだろう。でも、質問に対する答えはとっくに出ていた。
「いいわよ。」
受けた依頼だから最後まで遂行したいとか、自分の信念を貫きたいとか、そん
なものじゃない。もちろん、世間一般の正義ってやつがあるわけでもない。単
純に胸糞悪いから殺したいだけだ。
「きっと受けてくれると思っていました。」
「来る前から想定内だったって事?」
それは無理があるだろう。会った事など無いのだから。
「そうですね。最高責任者から話しを聞いた時にそう思いました。感情は行動
に表れます。そのため、ある程度の予想は可能なのです。」
まあ、文句を言ってもしょうがないか。キュディーグじゃなく、ネルカが来た
としても受けていただろう。中途半端で終わると、気持ちまで中途半端になる
し。
「現在の行動からすると、行き先はおそらくターレデファン国でしょう。」
またあの国に行くのか。
別にそこまで拘っているわけじゃない、ただ名前を聞いてそう思っただけ。し
かし、ターレデファンは面倒そう。
「何故、ターレデファンだと?今は面倒じゃない。」
「だからでしょうね。ターレデファンは隣接する国と揉めています、その中に
含まれるグラドリア国の影響が及び難いからではないでしょうか。」
戦争になるような話しじゃ無いけれど成る程、対立国ね。政府を含めた機関が、
口を出しにくいって事か。一般人にも影響は出ていそうだけど。
(それで、詳しい事が分かったら教えてくれるのね。)
「私で遊ぶのは止めて下さい。そうですね、私も毎回来ることは出来ませんの
で、誰かに情報は持って来させましょう。」
やっぱり気にするのね。だけど本当に思っただけで通じるとは・・・。でもき
っと、分かってしまう本人も嫌な時もあるんだろうな。私だったら知りたくも
無い事まで、分かりたくない。
「気遣い頂いてありがとうございます。」
そう言ったキュディーグの顔は、穏和なまま変化は無かった。そういうのも、
乗り越えて来たのだろうか。
ちょっと待て、さっき毎回来ることが出来ないって言ったか?まさかまた来る
つもりなんじゃないでしょうね。
「この件に関しては依頼をした手前、後は勝手にというわけにもいかないでし
ょう。」
律儀な事だ。私は会いたく無いけれど。リンハイアの次に厄介な気がする。
「まあ執政統括殿は、私と見ているものが違いますからね。」
言われてみればそうか。仕事の内容も、機関の目的も違う。それより、キュデ
ィーグが来れない時は誰かと言っていたな。ネルカを外してくれるのだろうか。
「代えてくれるの?」
「希望としては受け取りますが、業務上彼しか居ない場合は諦めてください。」
末端の一構成員だ、文句は言えないか。でも、聞いてくれただけでも良かった。
「そう言えば、最高責任者のところへ通われているんですよね。」
「そうよ、それが何か?」
面倒な事を言うんじゃないでしょうね。
「そっち経由で情報を渡すのも有りかと思いまして。」
成る程、確かにそういう経路もあるけれど。
「却下。」
「分かりました。」
私の答えにキュディーグは苦笑して頷いた。そんな顔もするのね。
「だってあのジジイの場合、無言で資料渡すだけになりそうだもの。必要な事
すら口にしないんだから。」
「確かに寡黙な方ですからね。」
便利な言葉よね。それで察しろって言う方が我が儘なのよ。必要な事はちゃん
と口にして欲しいわ。
「少し長居し過ぎましたね、私はこれで戻ります。情報が纏まりましたら、ま
た来ます。」
言われて時間を確認すると、一時間以上経っていた。そんなに話していたのか。
「分かったわ。」
「なかなか、楽しい時間でしたよ。」
私は楽しく無いのだけど。精神磨り減らされた気分よ。
キュディーグはテーブルにお金を置いて去っていった。なんで珈琲一杯で一万
も置いていく、馬鹿か。まあ貰うけど。
疲れたのは疲れたけど、嫌な感じはしなかった。ザイランみたいにいい加減じ
ゃないし、ネルカみたいにむかつきもしない。ジジイと違ってちゃんと話して
くれるし。お偉いさんなんて、自分勝手な奴ばかりかと思っていたけれど、そ
んな印象は無かった。
ただ一つ、人の思考を視るのだけは嫌な気分だけど。
「さて、仕事・・・」
でもしようかと思ったが、もうお昼じゃないか。この後はグラドリア王城に行
く事になっているし。今のところ薬莢の依頼も無いし、アクセサリーも店頭に
並べていない物もある。
(ま、仕事はいいか。)
そう思うと私は、お店に戻った。
「此度は我々の都合で集まってもらい感謝する。」
グラドリア王城の側に在る迎賓館に集まった十人、その中でオングレイコッカ
が感謝の意で会談の口火を切った。
大呪紋式に対する二回目の会談が、早くも開かれたのだった。非公式のため王
城を使うことは出来ず、迎賓館を利用しているが、それでも要人が集まるとあ
って物々しい雰囲気にはなっていた。最低限の警備として、リンハイアが気を
遣った結果だが。
「なに、意識を合わせるためには必要な事だろう。」
ギネクロアが気にする事ではないと口にした。
「前回と内容は変わらないと思いますが、早速始めたいと思います。」
ミサラナが言うと、一同が頷く。
「まあ、何処ぞの執政統括殿はそれ以外の思惑がありそうだがな。」
ギネクロアの言葉で、視線がリンハイアに集中する。それを何事も無いように、
何時もの微笑のまま受け流す。
「有るにしろ無いにしろ、先ずは前回の話しが終わった後にして下さい。」
「これは失礼。」
ミサラナが話しの腰を折った事を指摘すると、ギネクロアは苦笑いした。
「では、わたくしの方から前回の内容を、要約してご説明致します。」
アン・トゥルブのオーメイラが、立ち上がって言うと、参席者が座るよう促し
たので、説明は座ったまま行われた。
「以上が前回の会談内容になります。何か相違は御座いませんか?」
一同が特に無いと示唆すると、オングレイコッカが口を開いた。
「まさか、破壊が可能とはな。」
「剣聖殿は何か心当たりはないかな?」
唸るように言ったオングレイコッカに、前回参加していないので情報はないか
とギネクロアが尋ねる。
「すまぬ。心当たりも無ければ、伝えられてもおらぬ。」
「やはり、今は手詰まりですね。」
ユーアマリウはそう口にしたが、オングレイコッカの言葉に落胆などは見せな
かった。他の参加者も同様な事から、各々が何かあると不信を抱きつつ。
「まあ急く話しでもない、こればかりは時間が必要な事だ。それより、グラド
リアの執政統括殿が何か言いたそうにしている。それが気になるのだが。」
ギネクロアがリンハイアに、不敵な笑みを向けて言った。
「宰相殿には敵いませんね。アン・トゥルブの方には関係のない話しとなりま
すが、この場を借りてターレデファン国の件について提案があります。」
「成る程。」
「ほう、提案か。」
「うむ、隣国故、我も気になっているところだ。」
「構いません。行く末は私達も気にするところではありますので。」
各々がリンハイアの話しを、聞く事を了承する。
「ありがとうございます。」
リンハイアは一度頭を下げ謝意を示すと続ける。
「現在、北方連国と繋がる間道は彼の国にしかありません。」
「そうきたか。」
リンハイアが話し始めると、ギネクロアが笑みを強くして言う。他の参加者は
現状の説明だけなので、続きを待っていた。
「宰相殿は察しが良すぎますね。これはペンスシャフル国とカリメウニア領の
協力は必須となるのですが。」
「そういう事か。」
そこでオングレイコッカが気付き、頷きながら言った。
「はい。新たな山道を建設してしまおうかと。モフェグォート山脈はペンスシ
ャフル国と、カリメウニア領を隔てています。先の事を考慮すれば、何処かで
冗長性が必要になってくると考えています。それ故、丁度いい機会かと思いま
して。」
「しかし、猶予が無いだろう。どれだけの時間が掛かるか。」
「いや、流石狸というところか。」
「はい、そこまでは考えませんでした。」
オングレイコッカは懸念を口にしたが、ギネクロアとユーアマリウは納得した
ようだった。
「更に煽るか。」
「それは穏やかではいられないでしょうね。」
「ああ、そういう事か。」
ギネクロアとユーアマリウの言葉で、オングレイコッカも納得したようだった。
「先程も言ったように、今回のような事があると同じ問題に当たります。その
ため、山道自体は実際に建設したいと思っています。」
策だけでなく、実際の建設となれば時間だけではない。人と費用も莫大に必要
になる。それは直ぐに返事が出来る事ではないためか、一同はそこで沈黙をし
た。
「グラドリアが主体になり、費用も人も捻出します。オングレイコッカ陛下に
は、ペンスシャフル国での作業許可を頂きたい。」
今まで微笑を浮かべていたリンハイアが、真面目な表情をしてオングレイコッ
カに視線を向ける。
「本気かよ。」
ギネクロアは呆れた顔でリンハイアに言った。腕を組んで考え込んでいたオン
グレイコッカは、リンハイアの目を見返して口を開く。
「我の一存で決められる事ではない。検討させてくれ。」
「勿論そのつもりです。」
「まあ出資くらいは可能かもしれん。」
続いてギネクロアもそう口にした。言葉とは違って、顔には不敵な笑みを浮か
べて、やれるものならやってみるがいいとばかりに。
「こちらも確認してみます。グラドリア国が主体であれば、多少でも人、費用
の提供が可能かもしれません。」
ユーアマリウも続く。その言葉にはオーレンフィネアが抱える問題を内包して。
「カリメウニアとの調整はこちらで行います。これは、北方連国に恩を売り、
引き込む機会だとは思いませんか?」
「そうか、同調者を増やそうというわけですね。」
リンハイアの言葉に、それまで黙って聞いていたミサラナが納得の声を上げた。
「先のサールニアス自治連国の内戦も落ち着けば、ナベンスク領も対象に入り
ます。もちろん、この場の一致は必須ですが。」
「随分と風呂敷を広げたものだ。だがそう簡単に行くと思うか?」
「急激に膨らんでしまうと、綻びが生まれます。この場の情報が漏れる事だけ
は、避けねばなりません。」
リンハイアの話しに、ギネクロアは疑問を言い、ミサラナが懸念を口にした。
リンハイアは一同を見回すと、表情を険しくする。
「時間は有限であり、世の変化は速い。故に我々が歩む道は荊の道です。それ
を承知でこの場に居るのではないのですか?」
リンハイアの言葉に、一同は黙したまま誰も口を開かなかった。
「大陸の未来を憂いて集まった、その覚悟は無かったのですか?」
続けるリンハイアの言葉にも、沈黙が流れる。と思ったが、一同が囲む円卓を
一人が叩くと、その音に注目が集まった。
「若造が言いおる。様子見のつもりだったがいいだろう、その言葉が口先だけ
ではないところ、見せてもらおうか。」
口の端を上げて不敵な笑みを浮かべ、リンハイアを見据えながらギネクロアは
言い放った。
「もとよりそのつもりです。」
「最初に言い出したというのに、私の覚悟も足りないようでした。」
ユーアマリウも瞳に強い意思を見せた。
「今回は良い機会となりました。まだ先は見出だせず、先行きも暗くあります。
ですが、各々の見せた覚悟を得られたのは、私としても嬉しく思います。」
ミサラナはこの会談で初めて笑みを見せると、そう語った。
「なに、執政統括殿が一番大変よな。精々見せてみせるがいい。」
ギネクロアの言葉に、リンハイアは何時もの微笑で返す。
会談が終わり、各国の要人を見送ると緊張の糸が切れたように、アリータは肩
の力を抜いた。
「やはり、緊張します。」
「特に宰相殿はやり難い。」
「あの刺すような視線と威圧は疲れます。」
「伊達に一国を動かしていない、ということだろうね。」
ギネクロアの話しはアリータにとっては然程興味がなく、会談で出ていた話し
の方が気になりリンハイアに目を向ける。
「ユリファラに行かせた調査は、このためだったのですね。」
「なるべく障害は少ない方がいい。エリミアインにも反対のカリメウニア領を
確認してもらっているのもその為だ。」
まさか山道を建設するなど予想もしていなかったアリータは、今でも半信半疑
でいた。他の出席者も思ったように、ターレデファンへの牽制だと最初は思っ
たからだ。
「ですが、急斜面を切り崩すだけでも尋常ではない労力と費用が必要となりま
すね。ターレデファンを説得して、橋を建設した方が現実的な気がするのです
が。」
「確かに、その通りだろうね。」
では一体何故あそこまで言い切ったのか、その自信は何処から来ているのか。
下手をすれば他国の信用を失くす結果となる。
「心当たりはある。それが可能なら開通時間自体は殆ど必要ない。ただ、舗装
には時間が必要になるが、救援としては上出来だろう。」
「そんな事が・・・」
可能なのか。いや、予想が正しければ危険な賭けじゃないだろうか、アリータ
はそう思って不安を目に宿す。
「オーレンフィネアの大呪紋式・・・」
可能性があるとすれば、地形すら変えてしまうそれしかないと思い口に出して
いた。
「その通りだ。あれならば山肌を削る事も可能だろう。」
「他国が納得するでしょうか。」
一番の問題はそこだ。だからアリータは賭けだと思っていた。下手をすれば今
日の参加国全てを敵に回す可能性がある。それどころか、ここぞとばかりにタ
ーレデファンも同調しかねない。
「だから気付かれる前にやるのだよ。」
黙ってあれを発動させる?そんな事をすれば間違いなくグラドリアは孤立する。
秘密裏に発動させる事など無理に決まっているのだから。必ず誰かが目にする
事になるだろう。
それに今回の会談が行われた後だ、一番被害を被るのはオーレンフィネアだろ
う。真っ先に離別を宣言しておきながら、発動させるのかと。北方連国の救援
が急務だったと言ったところで、納得などする筈がない。
「あまり考え過ぎると、心が疲れるよ。」
流石のアリータも、誰のせいだと思っているんですか、と思ったが口にはしな
かった。
「別にオーレンフィネアのあれを発動させようってわけではない。」
ではどうやって?あれを発動させると言うのか。代替の呪紋式も聞いた事が無
い。だがその疑問を察したようにリンハイアは続ける。
「覚えているかな?大型や遠距離の大薬莢に記述するような呪紋式を、小銃の
小型薬莢に記述してしまう存在を。」
アリータはそこではっとした。確かに彼女であれば可能かもしれない。
「また、ミリアさんを政治に巻き込むんですか・・・」
「必要とあれば利用する。それが我々為政者の立場だ。そこに感情を挟むべき
では無い。」
リンハイアの言う事も尤もだが、ミリアが受けるかどうかは別だ。それに。
「元の呪紋式が無くては、記述は出来ないのではないですか?」
「彼女は呪紋式を観ている。それがアラミスカの特異性なのだよ。」
観ただけで覚えてしまう?そんな事が可能だというのかと、アリータは驚きを
隠せなかった。同時に会談で彼女の名前を出さない理由が 何となく分かった気
がした。
残された遺産を破壊出来ると同時に、破壊しても存在が消えるわけじゃない。
ミリアの中にその呪紋式が残ってしまうのだと。
それを防ぐ手立てはあるが、その為にはミリアを会談に参加させなければなら
ない。だが彼女の事だから、確実に拒否するだろう。
「何時ものように、依頼に行かれるのですか?」
「いや、彼女は城に通っているだろう。ついでに寄ってもらえればいい。」
「分かりました、連絡しておきます。来るかどうかは、分かりませんよ。」
「その時はその時だ。」
ミリアのリンハイア嫌いはよく知っている。多分リンハイア本人以外であれば、
その態度を見てきたのは自分なのだから。そう思ってアリータは言ったのだが、
リンハイア苦笑してそれだけを言った。
2.「止まない雨は人の心に在る。それはやがて、心を溺死させる。」
何をしているんだ私は。覗きの趣味なんてまったく無いのに。警察局にやらせ
ろよ、こんな事。逮捕して罪状積み上げて死刑にすればいいじゃない。
少女が男の上で身体を上下に動かしている姿を確認して、辟易しながらそんな
事を思った。別に終わるま待つ必要もないのだけれど、手を汚さなくて済むな
らそれでいいと思った。
アラーネ・ビンキース十三歳、今観ている少女が司法裁院からの依頼対象だ。
強盗殺人だけで三十七件、ろくでもない件数だ。
ザイランはあれから情報は連絡してこないくせに、司法裁院の依頼だけはしっ
かり郵送してきている。もう少し気を遣って欲しいわね。一番腹立たしいのが、
実行日が翌日だった事だ。絶対送るの忘れていたとしか思えないわ。今度会っ
た時に問い詰めてやる。必要なら拳も追加ね。
アラーネは孤児で、十二歳で孤児院を出た後、定住の場所はない。その歳では
仕事に就く事も出来ない。働けるとすれば違法と分かっていて、雇う側も雇う
事になるだろう。
だからだろう、お金を持っていそうな男に自分を買わせ、殺して全部奪う事を
繰り返している。今目の前で起きているのがそれだ。三十八人目の被害者なの
か、それ以上なのかは分からない。司法裁院が全て調べられているとも思えな
い事を考えれば、もっと多いだろう。
私が観ている理由は見たいからではない、どのみち二人とも殺す必要があるか
ら。アラーネが殺すのなら、私が手を汚さなくてもいいからだ。男の方も未成
年を相手にしたのだから、犯罪に変わりは無い。もともと人殺しが仕事だから
と言っても、好きで殺しているわけでもない。自分の手を汚さなくて済むのな
ら汚したくないと思うのは当然だ。
何故警察局が動かず司法裁院の依頼なのか。更正が無理だと判断したのだろう。
だから、未成年の死刑が認められていないこの国の法律で、裁く事をせずに裏
に回した。事実は明らかにならないだろうけど、私はそう思っている。
司法裁院の判断基準は分からない、所詮末端の人間なのだから。ただ、殆どが
こんな奴、世の中にのさばらせておくなよ。って奴が多かった。私がまだ自分
を保って続けていられる一因だろう。
アラーネの動きが止まった。男の上に抱きつくように倒れると、身体が痙攣す
るように動く。男の方が恍惚とした目をしているので終わったのだろう。アラ
ーネが両手を付いて上体を起こし、続いて腰を上げていくと股間から体液の絡
み付いた男根が現れる。アラーネの股から溢れる白濁の体液を、男が満足そう
に眺めていたところでアラーネの手が翻った。
(速いっ!)
男の上に覆い被さった時に、ナイフを手にしたのは分かったが、振り抜く手が
霞んでいた。余程慣れているのか、生きるために身に付けた術なのかは分から
ないけれど。
私は直ぐに窓を開けて部屋に入る。喉から間欠泉のように噴出している男の鮮
血を浴びて、妖しく笑んでいたアラーネが寝台から飛び退いて私を睨んだ。
(この状況で私に気付いたのか。)
大抵の人間は自分のした事に意識を捕られ気付かない事が多い。アラーネは少
なくとも自分の行為を認識して警戒をしている。
「これはあたしの獲物だ。横取りは許さない。」
今の言葉が裏付けかも知れない。過去に奪われた事でもあるのだろうか。であ
れば警戒していても不思議ではないか。それより、私に男を騙して殺して奪う
趣味は無い。アラーネにとっては生活なのかもしれないが、さっきの顔を見る
限りそれだけとは言えなさそうだ。
「変態ばっかでさ、その変態どもは自分のしたいことが出来るとなると、大枚
を平然と出すんだ。」
聞きたくもない事を言い、アラーネは口の端を上げて嗤う。血塗れの笑い顔は
まるで狂喜に囚われているようにさえ見えた。
「その辺で身体を売って稼いでいる売女に比べて、数倍から多いときは十倍以
上手に入るんだ。」
聞くほど街に巣食う闇に辟易する。人を殺す術を持ちながら、私が目の前のア
ラーネのようにならなかったのは、何処が境界なのだろうか。
「客が取れないからって、人のものを横取りは勘弁してくれよおばさん。」
「あんたにも、その男にも、男のお金にも興味は無い。」
「だったら何しに来たんだよっ!」
アラーネは近付き始めた私に、手近に在った硝子製の灰皿を左手で掴むと投げ
付けて来る。同時に踏み込みながら右手のナイフを振りかぶった。悪くは無い
のだろうけど、それで怯むくらいなら私はこの場に居ない。
灰皿を拳で殴り砕く。
「っぎゃああああああぁぁぁぁっ!」
散った破片は散弾となって少女の身体を打った。左目を押さえて絶叫を上げる
少女の身体の、胸に、腹に、上腕に、太腿と厚手の硝子で出来た灰皿の破片が
穴を穿ち、男の血を上塗りしていく。
(しまった、静かに殺すつもりだったのに。)
私は急いで間合いを詰めるアラーネの首を落とそうと左手で手刀を放つ。だが
アラーネは仰け反ってかわすと同時に、ナイフで私の左手を切りつけて来た。
私は咄嗟に手を引いて、更に追撃で来ていたアラーネの左前蹴りを、右手で足
首を掴んで止める。
「んがぁっ・・・」
掴んだ足首を外側に曲げて骨を折ると、アラーネは苦鳴を上げて倒れた。
「一体あたしが何をしたんだよっ!?あたしが生きる為に周りは何をしてくれ
たってんだ!?」
アラーネの悲痛な叫びはそこで終わった。胴と切り離された頭部は、それ以上
声を出す事が出来ずに。怨みに見開かれた右目からは、血に塗れた顔を洗うよ
うに涙を流しながらアラーネは事切れた。私は直ぐに窓から脱出してそのホテ
ルを離れた。アラーネの最後の言葉が頭に残ったまま。
アラーネは何もしなかった周りが生んだ化け物なのだろうか?
アラーネは周りに助けを求めたのだろうか?
誰かが手を差し伸べていたら、彼女は普通の少女として生きられたのだろうか?
分からない。
私がした事は死という結末を与えただけだ。その前に誰かが別の何かを与えて
いたら、私は手を出さなく済んだのだろうか。答えの出ない疑問が、帰る間ず
っと頭の中を廻っていた。
私は何故そうならなかったのか。ジジイが死んで独りになった私は、どうして
今に至っているのか。アラーネとの差にも答えは見えない。環境が違って生き
る術も違うのだから。ジジイが残したお金が無かったら、私もアラーネのよう
になっていたかもしれない。
そう考えると、危うい場所に立っていたのだと思わされる。どちらに傾いてい
ても不思議ではない天秤は、子供には傾く先を選ぶのは酷なのではないかと。
私は人殺しでしかないけれど、アラーネに比べれば恵まれていたのだろう。そ
れだけ思うと、終わらない堂々巡りから逃げ出した。私の心は、それに決着を
付けられる程、強くは無い。
翌朝、アリータから小型端末に文書通信が届いていた。グラドリア王城に来た
ついでに、後でも前でもいいので執政統括の所に寄って欲しいという内容だっ
た。
行きたくない。
間違いなくろくでもない話しだろう。今の私が穏やかに話せるとも思えない。
昨夜の司法裁院の依頼から、直ぐに気持ちを切り替えられるわけもない。また
噛み付く可能性は高いと自分でも思える。
(ハイリに会った後でいいか、疲れている方が話しを聞き流せそう。)
そう思ってアリータには文書通信を返しておいた。リンハイアから話しがある
なんて言ってくる時は、概ね現在の情勢が絡んでいる時が多い。若しくはあれ
か。
とすれば、現在騒がれている北方連国とターレデファンの問題か、危険な呪紋
式についてだろう。どっちも聞きたくは無いけれど、何処かで気になっている
自分が居るのだろう。行かないという選択は出てこなかった。
個人の私にどうこう出来る問題でも無いのに、強引に利用してくるリンハイア
は変態の域だろう。ただの人殺しだと知っていて、嫌われているのも知ってい
る。それでも私に関わろうとするのは、何かしら利用価値があるのだろう。為
政者としては、優先するべき事に私情は関係ないって事なんでしょうね。
御立派な事だ。
私は嫌いだけど。だって態度がむかつくもの。
夕方、ハイリの所から執政統括の部屋へ移動した。城内を一人で彷徨かせるわ
けにはいかん、と言われ配下の軍人に案内される。むしろ一人だと迷子になり
そうなので助かった。
最近は軍の人からよく挨拶されるようになった。顔を順調に覚えられているよ
うで、腹立たしい。誰が好き好んで軍の人間に、顔を覚えられたいと思うのか。
以前、ナベンスク領で会った奴は馴れ馴れしく話し掛けてきた上に、食事まで
誘ってくる始末だ。勘弁して欲しい。
軍じゃなくても、守衛などにもしっかり覚えられている。最近は入城の記帳も
勝手にやってくれるので、門で止まる事なく城内に入れる。それでいいのか?
笊じゃないか。
私が城内で呪紋式を発動なんかさせたら、首じゃ済まないでしょうに。まあ、
私は楽でいいけれど。
執政統括の部屋に行くと、話しは別の部屋で行いたいと言うので、アリータの
先導で場所を移動した。着いた部屋には貴賓室と書かれている。何故わざわざ
こんな部屋に?と思うと嫌な予感しかしない。
部屋に入ると、四人掛け程度のテーブル、と言っても家庭用に比べればかなり
大きいが、その上にはグラスやカトラリーが並んでいた。
「時間的にも丁度いいかと思い、良ければ晩餐などしながらどうでしょうか?」
そういうのは連れて来る前に聞けよ、嫌に決まってるでしょうが。何故むかつ
く執政統括の顔を見ながら食事をしなければならないのか。
「最初に言ってよ、そういうのは。」
「失礼しました。ですが、言ったら断られてしまうので。」
よく分かっているじゃない。本当に腹が立つわ。でも用意した人には申し訳な
いし、私の財布に影響は無いから仕方がない。
「私じゃなく、違う人に気を遣いなさいよ。」
「私にとって、ミリアさんは十分貴賓ですよ。」
「嘘つけ。」
そう言いながら私は椅子に座る。
「麦酒は当然あるんでしょうね。」
「はい、用意しております。」
私の事を監視しているのかどうか分からないけれど、よく知っている。
「で、アリータも参加するんでしょう?」
「いえ、私は・・・」
「勿論です。この場は公式なものではありません。私としては、友人を招いた
食事会くらいのつもりです。」
アリータの否定を遮ってリンハイアは言った。確かに私は要人でも何でもない、
ただの一国民でしかない。それに初対面でもないけれど、この扱いは気持ち悪
い。それに友人は絶対に無い。
「私も、ですか?」
「そうだ、料理長には三人分でお願いしてあるからね。」
テーブルには四人分の食器が用意してあるが、見た目の問題だろうか。三人分
という事は、この面子での話しになるんだろう。面倒が増えないだけまだいい
か。知らない人が増えるだけ、嫌な気分と面倒さが増すもの。
「では、失礼します。」
「そう言えば、面と向かっては言えていませんね。アーランマルバへの開店、
おめでとうございます。」
アリータが椅子に座ると、リンハイアは私にそう言った。会うこともないのだ
から、当然だけど今更感はあるわね。
「土地を用意してもらって、こちらこそ感謝しているわ。」
これに関しては本音だ。自分では今の立地も無理だと思うし、もっと時間が掛
かっていただろう。それはよく分かっている。
「今日はご足労頂いて感謝します。」
飲み物が揃ったところで、リンハイアがそう言ってグラスを掲げる。私も倣っ
て掲げると早速麦酒を喉に流し込んだ。うん、身体を動かした後の麦酒は美味
しいわ。リンハイアとアリータは葡萄酒を口に付けた。アリータは水でいいと
言ったが、リンハイアも私も折角だからと勧めたのだ。こいつとの意見の一致
はむかつくが。
「ついでに来ただけよ。で、要件は?」
本当なら聞くだけ聞いて帰りたいところだけど、料理長とやらに申し訳ないの
で食べるだけは食べて帰ろう。そう思って、丁度目の前に置かれた前菜、ロー
スト鴨のサラダにフォークを刺す。
「あ、待って。」
微笑で口を開こうとしたリンハイアを、私は左掌を向けて止める。怪訝な顔を
したリンハイアを横目に麦酒を飲むと続ける。
「北方連国とターレデファンの件でしょう?」
私がそう言うとリンハイアは表情を変えなかったが、アリータは明らかに驚い
ていた。自分でも何故そうしたのか分からない、聞くだけ聞くつもりが、呼ば
れた理由を自分で解いていこうなどと。
「結論から言えばその通りです。何故、そう思ったのですか?」
話しは単純だ。私が考えられる事なんてたかが知れている。
「二つしか思い付かないからよ。一つは話題になっている今言った事、もう一
つは呪紋式の危険ね。ただ後者に関して言えば、こちらにはリュティが居るた
め可能性は薄い。」
私の説明にリンハイアは頷くが、少し偉そうでむかつく。
「成る程、確かにそうですね。それで、事情はどの程度ご存知ですか?」
「報道されている以上の事を、私が知っているとでも?」
一般人がそれ以上の事を知っているわけが無いだろう。それくらいは察するで
しょう、阿呆か。
「これは失礼しました。しかし、それが殆どです。ソグノーウ首相は頑なに協
力に舵を切ろうとしません。それどころか他国が非難した事により、更に態度
を強固にしています。」
私としては他人事なのだけど、どっちもどっちな気がするな。言われたら余計
に意固地になってしまう人間もいるのは確かだ。ただそれは為政者であっては
ならない、とは思うけれど。
「既に餓死者が出始めている以上、猶予はありません。為政者同士の牽制では
埒が明かないのですよ。」
「でしょうね。」
下手をすれば北方連国の人々は、つまらない為政者の意地の張り合いで死んで
いく事になるわけだから。
「そこで、です。」
リンハイアは言葉を切って葡萄酒を口にする。何時もの微笑に何処か不敵さが
混じったような気がした。気のせいかも知れない。
「新たな山道を建設しようと考えています。」
はっ?
無理だろう。あの山肌を削るのなんてそれこそ何ヵ月、いや年単位でも不思議
じゃない。
「何処か良い場所でもあったわけ?」
ただ私が見たのはターレデファン側だけでしかない、しかも一部の箇所のみだ。
モフェグォート山脈が接するのはターレデファンだけではないのだから。
「ペンスシャフル国の何処か?」
ターレデファン国内は情勢から無理だろう。そう考えると、グラドリア国が手
を出せるのはそこが一番可能性が高い。
「お察しの通りですが、モフェグォート山脈の地形は何処に行っても大差があ
りません。」
予想通りではあったけど、解決に至る内容では無かった。どうするかまで考え
なければ、話しにならないって事か。南瓜の冷静スープは美味しいけれど、私
の脳までは冷やしてくれない。
次に来た牛ほほ肉の葡萄酒煮は、柔らかくてナイフが不要だった。私が余計な
頭を使っているせいか、リンハイアは続きを口にしない。私が解いていこうと
しなければ、こんなに悩まなくてすんだのに、自業自得だわ。阿呆か私。
だけど山肌ねぇ、このほほ肉のように柔らかくなればね。
「山を煮込む。」
「ぷっ・・・失礼しました。」
真面目な顔で言ってみたが、反応したのはアリータだけだった。本当に嫌な奴
よね、こいつは。何故私の口から言わせようとするのか。言ってくれてもいい
じゃない。
「はいはい、薬莢を記述すればいいんでしょ。」
「引き受けて下さる、と?」
やっと動いたか。ってか呼ばれたのって私よね。何故こんな茶番に付き合わせ
られるのよ、なんか腑に落ちないわ。
「内容次第。」
「そうですか。もう少し会話を楽しみたいのですが。」
いや、意味が分からないわ。私も楽しみたいとでも思っているのか?それは無
いだろう、リンハイアに限って。
「ハイリ老の所には通っているのに、こちらには顔を出してくれませんよね。」
・・・
「それ、気持ち悪いわよ。」
何を言い出したのかと思えば、阿呆か。笑っているアリータにもっと笑ってや
れと内心で煽っておく。
「酷いですね。」
酷くない。私は好きでハイリの所に通っているわけでは無い、行かなくていい
のなら行ってない。自分の為に、夢を護る為に行ってるのよ。
「それで、何を記述すればいいのよ。物を見せてくれる?」
「それには及びません。」
見せる必要が無い、という事は私が知っている呪紋式という事か。爆発するや
つ?違うわね、あれは焼けるだけで山肌を削る事なんて殆ど出来ない。
「私が知っている、で合ってるわよね?」
「ええ。」
リンハイアは私がアラミスカの人間だと知っている。当然、式伝継承の事も知
っているのだから、家の人間が持つ特徴も知っている可能性が高い。今までの
依頼とは別に、私の中に在る何かを引き出そうという事か。
それは難しいな。いくら引き継いだとはいえ、意志がないと浮かんでこない。
自分の中にどれだけの呪紋式が在るかも分からないし。いや前提が違う、リン
ハイアも知っているんだ。とはいえ私の知らない呪紋式を、知っている可能性
もあるが。
それを考え出したらきりがない、共通の認識で山肌を削れそうなものに絞ろう。
そう思った時、おそらくそれだろうというのが分かった。でもそれは薬莢に記
述という規模の呪紋式じゃない。
「いくら私でも、あんな巨大なものを描けるわけないでしょ。」
「無理ですか。」
「無理ね。」
「でもやはり、記憶はしていましたか。」
こいつ、それの確認も目的か。上手く乗せられた感があるのは腹立たしい。だ
が今更なので気にしてもしょうがないか。
「確かにあれなら削る事も出来そうだけど、普通の薬莢では面積が足りない。
ただ大きいってわけじゃないのよ。」
「では以前記述頂いた遠距離用、若しくは大型銃の薬莢はどうでしょう?」
実際に描き起こしてみないと分からないわね、大きすぎて出来上がりの想像が
つかない。なんとなく、程度の想像は出来るが、やっぱり描いてみないと分か
らないわ。
「やってみないと分からない、それしか言えないわ。」
「確かにそうかもしれません。」
「帰りに薬莢貰える?」
「はい、構いません。用意させておきましょう。」
しかしこいつ、よく考えるわ。あんな危険な呪紋式でも使い道はあるのね。モ
フェグォート山脈に在ったのも何かに・・・いや、あれは発動者が巻き込まれ
る可能性が高いから難しいか。でも遠距離から山頂を均す事は出来るんじゃな
いか?これは黙っておこう、オーレンフィネアのだけで十分だろうし。
それよりさっきからアリータの態度がおかしい。私を不思議なものでも見るよ
うな目で見ている。確かに普通の人とは違う生活を送っているけれど、目立っ
て変な事をしているつもりはないのだけど。
「さっきから何?」
「えっ?」
何故そう聞かれたのか分からないようで、アリータは困惑する。その反応はこ
っちが困るのだけど。
「妙なものを見ているようにミリアさんを見ていますよ。」
「人を奇妙な生き物みたいに言わないでくれる。死にたいの?」
リンハイアの説明は正しいが、言われるとむかつく。睨んでそう言ってみるが、
何時もの微笑で肩を竦めただけだった。死ね。
「あ、いえ・・・そんなつもりは。」
未だに戸惑っているようでアリータの言動がはっきりしない。一体なんなのよ。
「あ。違和感です。」
「違和感?」
リンハイアは分かっているのか、こちらの会話には興味無さそうにカルボナー
ラをフォークに巻いている。
「はい。何時もならリンハイア様からの依頼は真っ向から拒否していたのに、
今日はそれが無いんです。」
ああ、言われてみればそうね。
「何にでも噛み付く犬みたいな言い様ね。」
「ごめんなさい、そんなつもりでは・・・」
私が言うとアリータは慌てて両手を振って言った。それは分かっているけれど、
言われっぱなしは納得出来ないから言ってみただけよ。微笑から苦笑に変わっ
ているリンハイアもむかつく。
「はっきり言って執政統括は嫌いだし、関わりたくもない。話したくもないし、
顔も見たくはないのよ。」
「酷い言われようだ。」
何が酷いだ、それだけの事を私にしてきたんでしょうが。
「ではどうしてですか?」
「今回は事象が既に顕現していて、目的が明確だからよ。」
私の言葉にリンハイアは頷いたが、アリータは怪訝な顔で首を傾げた。悟った
ようなリンハイアの態度は本当に腹立たしい。悟ったというよりは、見透かし
ているような、と言った方がいいか。キュディーグのようにぞっとはしないが
気に食わない。
「どういう事、ですか?」
「北方連国は陸の孤島状態で既に餓死者も出ている。それを救済するのが目的
でしょう。為政者のくだらない意地の張り合いで、関係の無い人が死んでいく
のが気に入らないだけよ。本来護るべき立場である為政者が、その態度なら一
泡吹かせてやりたいってのもあるけれどね。」
「ミリアさん。」
アリータの疑問に答えると、何故か微笑んでまた私を変わった生き物を見るよ
うな目で見てくる。なんなのよ。
「その先にどんな思惑があるのかは、知った事じゃ無いけれど。」
素知らぬ顔で葡萄酒を口に運ぶリンハイアを、私は見据えて言う。
「その先、つまり北方連国の人を救えた先は、政の世界です。加わりたいです
か?ミリアさんなら歓迎しますよ。」
「絶対嫌だ。」
やっぱりむかつくわこいつ。
私が言った後、アリータが微笑ましい光景でも見ているような顔をしていた。
やめろ。そんな目で見るな。その見方、間違っているからね。
「もし記述が可能だった場合、条件が有るわ。」
デザートのティラミスを一口食べて私は切り出した。
「良いですよ。」
まだ条件を言って無いのだけど。
「内容は?」
一応聞いておくみたいな言い方が腹立たしい、言いたい事の予想は付いている
のだろう。
「使用時は私を立ち会わせる事。二発か三発で事足りるでしょう、だからそれ
以上は記述しない。三発記述したとして二発で足りた場合、余りは私が回収す
る。」
「はい。」
「それと、出所は口外しない事ね。記述出来る人間が居る事を悟られたくない
わ。私がお店を出来なくなるような状況にしたら、どうなるか分かっているで
しょう。」
「勿論です。」
リンハイアは頷くと紅茶を口に運んだ。私の条件は想定内だったのだろう。
「本来であれば呪紋式になど頼らずに解決したいのです。ですがそれを言える
状況では無くなっています、時間がありません。」
「そうでしょうね。でも、使わざるを得ない状況まで放置した、この事実も変
わらないわよ。」
「その通りです。」
真面目な顔で頷いたリンハイアも、痛感はしているのかもしれない。頼る頼ら
ない以前の問題で、本来この状況になる前に何とかするのが為政者の務めだ。
他国の問題とはいえ、事が起きてから批判だけするのもどうかと思う。リンハ
イアを責めるのも違う気はするが、私を巻き込むのだからそれくらいはいいで
しょ。
「分かっているならいいわ。後は上手くやってくれるのでしょう?」
「勿論です。」
それを聞いた私は紅茶を飲み干して帰ろうと思った。
「今薬莢をこちらに持って来るよう伝えています。届くまで、紅茶をもう一杯
どうですか?」
あ、そうだった。
「そうね、頂くわ。」
新しい紅茶を淹れてもらい、口を付ける。
「そうだ、今ペンスシャフルにはユリファラが行っていますよ。」
だからどうした。とまでは思わないけれど、それが私になんの関係が?くらい
には思う。執政統括直属の執務諜員は、顔見知りの程度はあれ友人では無い。
ユリファラは単に付き合いが多いだけ、なんて言ったら怒るかな。
「今回の件で?」
アリータが言った事に私は思った事を聞く。わざわざ話題に出したという事は
そうなのだろうと思って。
「はい。もともとペンスシャフル担当は長年同じ者が就いています。ユリファ
ラには山道を建設する場所を確認してもらっているのです。」
成る程。となれば、実行する時は会いそうな気がするわ。
「事情はどうあれまだ子供なのは間違い無いです。ミリアさんと一緒に行動す
るのは、楽しいようですよ。」
「言われてみればそうだね、確かに何時もより楽しそうに話しをする。」
お前もかよ、揃って止めて欲しいな、そういう話しは。まさか余計な事を盛っ
て話していたりしないでしょうね。
「私は別に、何もしてないわよ。」
「それでいいんじゃないでしょうか。」
若干不貞気味に言ったが、アリータは笑顔でそう言った。なんか居心地が悪く
なって来たわ。自分が良い人みたいな流れは嫌だ。
その時、貴賓室の扉が外から叩かれる。よく来た救世主、これで帰れる。
「お待たせしました。」
お前かよ・・・。
アリータが扉を開けて入って来たのは、カマルハーだった。
「お久しぶりですな。」
カマルハーは部屋に入ってくると、私にそう言いながらリンハイア促され空い
ていた席に座る。座るな。それって話す気よね?私はもう帰りたいのだけど。
「サラーナはどうですか?真面目にやっているでしょうか?」
早速話しかけるな。そう言えば、あれ以来カマルハーとは話してないか。サラ
ーナ本人は報告しているのだろうけど、使っている側の話しを聞けるわけがな
いものね。
「かなり精度は高いわよ。慣れると速いし、あんたより上なんじゃない?」
私がそう言うとアリータが呆気に取られ、リンハイアは苦笑した。
「それは良い事ですな。預けている甲斐があるというもの。出来ればこれから
も勉強させてもらえると有難い。」
嫌味に笑顔で返されると、私が馬鹿みたいじゃない。
「リンハイア様から話しは聞いております。出来そうですかな?」
「やってみなきゃ分からないわよ。」
こいつも話しを知っているのか。
「そうですか。記述の際は是非見たいところですが。」
「嫌よ。」
もし可能だったとしても見られたくはない。それはサラーナも一緒だ。もちろ
ん、記述した薬莢を残すつもりもない、絶対に戦争の道具になんかさせないよ
うに。
「カマルハーの事は気にしないでいいですよ。好きなように進めて下さい。」
薬莢の入った箱を私の方に寄せながら、リンハイアはそう言った。言われるま
でもなく、当然そのつもりだけど。
「それじゃ私は帰るわ。ご馳走さま。」
「ではよろしくお願いします。」
「もう帰られるのですか、もう少し話しを聞きたかったのですが。」
私に話す事は無い。後から来て延ばそうとするな、私はもう疲れたのよ。
「では、出口まで案内しますね。」
「お願い。」
迷子になる自信があるので、アリータの言葉には素直に従った。
お店に戻ったらもう閉店時間だった。
「今日は遅かったのね。」
「阿呆統括に捕まっていたからね。それで、後で話しがあるんだけどいい?」
リュティの言葉に、私は小声で返した。他の人に聞かれるのは避けたいからだ。
私が真面目に言ったのが伝わったようで、リュティは何時もの微笑を消して頷
いた。
閉店後は何時も通りカフェ・ノエアで晩酌。やはり当然の如くヒリルが居る。
サラーナとの関係について、私から何かを言うつもりは無いので本人が言うま
では放置。
この前の話しだと、王城も忙しいらしく、お店を終わった後に王城に行ったり、
お店が休みの時も出向いているらしい。二人の時間も少なくなり自然消滅?と
か言っていた。
それはどうでもいいが、サラーナはまったく休んでいないんじゃないだろうか。
そう思って探ってみたが、本人はそんな事は無いし、身体も大丈夫と言ってい
た。ヒリルは自分以外に好きな人が出来たのかなって、管を巻いていたが、私
が思うにそんな奴ではないと感じる。やっぱりヒリルのその辺は興味無いけれ
ど、サラーナは休ませた方がいいかも知れない。
「じゃあお疲れ。って、リュティは帰らないの?」
ほろ酔いのヒリルが、私とリュティがお店に行こうとするのを見て疑問を口に
した。気付かずにそのまま帰ってくれればいいのに。
「ちょっと打ち合わせするだけよ。」
「あ、だったら私も?」
来るな。
「呪紋式の話しなのよ。細かい話しだから、帰ってゆっくりしていいわよ。」
「う・・・確かに、私じゃ寝ちゃう。じゃぁ遠慮なく、お疲れ。」
「うん、お疲れ。」
ヒリルを帰した後、私はリュティを連れて作業場に移動する。手近にある大き
めの紙を作業台に広げて筆記具を持つ。
「待って、何なのか教えて欲しいわ。」
「今から呪紋式を描くから少し待って、詳しい話しはそれからよ。」
「それはいいけど、この大きさってまさか。」
「そのまさか。」
リュティは気付いたようだったが、止める事なく描くのを待っていてくれた。
と言っても十分か十五分くらいだと思うけど。紙に描いていくだけなので、時
間はそれほど掛からない。思い出しながら描くわけでもない。記憶してしまっ
ているから、はっきりと頭の中に浮かんでくる感じだ。
「この形状、オーレンフィネアの?」
「そう。これを薬莢に記述出来るかってのが、悩みなのよ。」
「ちょっと待って、これを使う気なの!?」
私が悩みを言うと、リュティは表情を険しくして声を大きくした。ああ、そこ
から説明の必要があるわね。
「使えたらいいなって段階なんだけど。」
「これを使うって言うの?貴女は絶対それをしないと思っていたのに。」
「まずは私に説明させてよっ!話しが進まないじゃない!」
噛み付いてくるリュティに苛っとして、私は作業台を掌で打って声を大きくし
た。
「ご、ごめんなさい・・・」
睨み付ける私から、視線を下に外すとリュティはそれだけ言って黙った。聞く
前に否定するとか、少し熱くなり過ぎなのよ。
「どれだけいっしょにいると思っているのよ、私が利己で使うならモフェグォ
ート山脈の石柱を破壊してないわ。」
まあいい。今はそんな事を話している場合じゃない。
「結局は人の傲慢という結果にしかならない。それでも、死んでいく人が少し
でも減ればと思ったからよ。」
また謝ろうとしたリュティを遮り、私は説明を始めた。その内容にリュティは
怪訝な顔をする。
「これは、ペンスシャフルとカリメウニアを繋ぐ新たな山道建設のため、山を
削る目的で描くのよ。」
そう言うとリュティは目を丸くした。やっぱり驚くよね、私も驚いたもん。
「よく考えるわよね。」
「本当ね。」
私が苦笑して言うと、リュティも釣られて苦笑した。
「でも、悪用される危険は無いの?」
「それでリュティにも手伝って欲しいのよ。数は三発の予定、それ以上は要ら
ない筈。余ったら私が回収する事になっている。当然、現地では私が立ち会う
わ。」
私の説明に納得したのか、リュティが頷く。
「問題は発動した呪紋式の記録を残されること。」
「確かにそうね。浮かんでいるのが一瞬とはいえ、動画なら問題ないわね。」
「そう。それで周囲を警戒して欲しいのよ。現地では私だけじゃない、多人数
で行動すれば目につくだろうし。」
「それは構わないわ。」
「それと範囲は、そんなに遠くまで監視しなくても大丈夫だと思う。」
私の話しにまたリュティは怪訝な顔をする。ここから先は仮説だらけだ、内容
も聞かせるべきものじゃない。
「どうしたの?」
でも、これを話さないと説明が難しいか。
「リュティは自分の組織より私を優先している節がある。」
「そうだけど、急になにかしら。」
「だから話すけど、今から話す事は外には漏らさないで欲しいの。」
「分かったわ。」
真面目に目を見て言った私に、リュティも真剣な顔で応じる。
「ただこの話しは私の経験上にしかない。呪紋式の効果範囲は大きさに比例す
る。そして呪紋式の記述は簡略化出来ない、これはリュティも知っての通り効
果が変わるか発動しないためなのよ。」
私の説明にリュティが頷く。
「でもどうして大きさに比例すると?」
「リンハイアの依頼。私は自分の小銃でも使えるようにしているでしょう?」
「言われてみればそうね。」
あまり薬莢の大きさに合わせて記述を分ける、なんて事をする人はいないのだ
ろう。
「発動した呪紋式も記述のまま展開される。つまり、この呪紋式を銃で発動さ
せるまで縮小すると、ただの白光する円にしか見えないと思うのよね。」
「それで遠くまでは監視しなくていいと。」
「望遠まで考えていたら出来ないしね。」
「そう考えると、オーレンフィネアもモフェグォート山脈も、発動した呪紋式
は大きすぎじゃない?」
そこなのよね、重要なのは。
「仮説、でしかないけれど。おそらく石柱に描かれた呪紋式を周りの装置で、
効果と範囲を拡大増幅しているのよ。」
私の話しにリュティが驚きの表情になる。
「誰がなんの為に残した技術かは分からないけれど、地下設備で任意の方向に
向けて発動させるなんて今の技術では無理ね。」
「そうなるとモフェグォート山脈の呪紋式も、別の場所に発動させられたのか
しら・・・」
「どうかな。ただの嫌がらせかも知れないわよ。いや、規模を変えれば設備は
残しての発動も出来たのかも知れない。ただもう、知ることは叶わないけどね
。」
モフェグォート山脈の設備は、完全に崩壊したのだから調べようが無い。石柱
も壊してしまったし。
「嫌がらせだとしたら、きっと造った何者かは性格が歪んでいたのね。」
「嫌な奴ね。」
呆れたように言うリュティに、私も苦笑する。
「でもこの仮説は検証のしようがない。誤発動させるわけにもいかないし、何
より発動させると大陸諸国の問題に発展してしまう。」
唯一動作確認出来ていたのは、オーレンフィネアのアーリゲルだろうけど、既
にこの世には居ない。
「それは今の情勢がはっきりと物語っているわね。」
私はリュティの言葉に頷く。その通りなのだ。国家間の問題に発展している現
状を考えれば、結果は火を見るより明らかだ。オーレンフィネアだって身をも
って知る結果になっているし、北方連国は死者が増え始めている。下手をすれ
ば引き金となるに違いない、戦争というろくでもない殺し合いの。
「その話しの信憑性は分からないにしても、アン・トゥルブでもそこまでは知
らないわよ。」
アン・トゥルブ?リュティの居る組織の事だろうか。まあ興味は無いのでどう
でもいい。
「各地にある設備に関してはこれ以上話しても結論は出ない。今は薬莢にこれ
を記述出来るかってところが問題。」
「かなり大きいわよ。」
そうなのよね。でも描いてみて分かった、少なくとも遠距離型の薬莢には記述
可能だ。私は貰ってきた薬莢を取り出して作業台に置く。
「こっちは可能。」
遠距離用の薬莢を指差して私は言う。
「少なくともこれで、北方連国の餓死者は減らせるかも知れない。それは私じ
ゃなくリンハイアが頑張るのだけど。」
「ターレデファンのソグノーウ首相は黙っていないでしょうね。」
「確かにね。」
今は北方連国へはターレデファンからしか道は無い。独占しているから強気な
姿勢でいるように思える。新しい道が出来るとなれば、穏やかではいられない
だろう。
「そんなわけで、これの記述が終わったら付き合ってね。」
「勿論。」
そう頷いたリュティはまだ真剣な顔に、浮かない色が加わったような表情をし
ている。
「話しは終わったから、帰っても大丈夫よ。」
「ねえミリア。」
私の言葉を無視して、リュティは真剣な眼差しを私に向ける。ああ、嫌な予感、
出来れば面倒な話しは聞きたくないな。
「私は私よ、聞いても何も変わらないわよ?」
「それでいいの。ただ、良い機会だから話しておくわ。知識として頭の片隅に
でも置いてくれればいいわ。」
しょうがない、聞くか。何時かは話されると分かっていた事だ。
「分かったわ。」
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