紅湖に浮かぶ月

紅雪

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紅湖に浮かぶ月6 -変革- 第二部

1章 深まる溝

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「精神に巣食う表裏一体の感情。両方無ければ人は崩壊する。」

「もう逃げられないわよ。」
「しつけぇな・・・」
私の前で息を切らせながらそう言ったのは、ゴフオール・メダン三十八歳、男。
アーランマルバに存在する組織、ミルナエディという製薬会社の幹部になる。
「臓器売買は犯罪よ。」
「知っててやってるに決まってんだろ、馬鹿かっ!」
なんて言い種。
ミルナエディはアイキナ市にあった五葉会みたいなものだ。そういう組織はア
イキナ市に限った事ではなく、何処にでも存在する。表向きは製薬会社だけど、
裏では臓器売買を行っているらしい。司法裁院調べだから、私が調べたわけじ
ゃない。とは言え、今目の前で堂々と言っちゃってるけど。
「誰に頼まれた?こっちに付くなら、もっと払ってやるぞ。」
「ん?ああ、依頼主ね。」
誰に聞かれてるかも分からないのに、言うわけないでしょう。あんたこそ馬鹿
か。
今回の依頼はネルカが持ってきたものだった。顔を見るだけでも腹立たしいが、
仕事は仕事なので我慢はしておいた。つまり高査官経由の依頼だったので、危
険は承知で受けている。
「そうだ、殺しなんかやってるって事は金だろ?」
「まあ、有り体に言えばそうね。」
そこは否定出来ない。凶悪犯だろうと何だろうと、私がやっている事は人殺し
以外の何物でもない。続けているのは、お金のためだ。何が精神を保たせてい
るのか、少なくとも相手が凶悪犯だからだ。好き好んで殺しをしているんじゃ
ない、自分に言い聞かせる理由は必要なのよ。
「だったら、言ってこっちに付きな。」
「仕方ないな、依頼主は・・・」
私がそこまで言うと、ゴフオールは口の端を上げて笑った。私の口から依頼主
の名前が出ることを、待ち望んでいるように。
「神様。」
「はっ?・・・」
ゴフオールの顔が硬直した。何を言われたか判別が出来ないようで、目を見開
いて。だが直ぐに紅潮すると、怒りに顔を歪めていく。
私はもちろん、神なんて信じているわけがない。
「っざけんなこの糞女ぁっ!」
沸点が低すぎて困るわ。
ゴフオールはそう吠えて私との間合いを一気に詰めてくる。直線で突き出して
くる右手のナイフを、私は左手の<六華式拳闘術・華流閃>で斬り落とす。と
同時にゴフオールの胴に、右掌を添えるように触れた。
赤い糸を引いて宙を舞う自分の右手に、ゴフオールは驚きの表情をしていたが、
その顔が急激に遠退いていく。<六華式拳闘術・華衝門>により吹き飛んだ身
体は、口から血を撒き散らしながら地面を滑って停止した。
「・・・っふ・・・」
身体を跳ねさせ更に血を吐き出すと、顔が自分の体液で赤黒く染まっていく。
「身体、もう動かないでしょ。」
「・・・な、にを・・・」
呼吸するのも辛いのか、何を言っているか分からない。放置しても死は免れな
いだろうけれど、確実に止めを刺して確認しておく必要がある。
「さよなら。」
私は動けないゴフオールの首を、手刀で切り落とすとその場所を後にした。

司法裁院の高査官から来る依頼は、何時も雑な気がする。もう少し通常の依頼
のように色々調べて欲しいわ。それを含めての、依頼なのかも知れないが。
ミルナエディ製薬会社からの出入りと、動向を探って今に至るのだけど。頻繁
にこんな依頼が来るなら一人では辛い、お店もそうだが、睡眠時間も不足して
くる。
だからと言って情報を買うなんて事も出来ない。秘密裏に殺すのが目的なのだ
から。蛇の道は蛇だから、買おうと思えば買えるだろう。でも司法裁院の依頼
に関しては、私の素性が知られる事も司法裁院の事が漏れる事も避けたい。漏
れて自分の身を危うくしたくないもの。
場所が遠くなかったのと、ザスカインに比べれば強く無かったのは良かった。
遠隔地に行くと滞在費が嵩むのよね。司法裁院に交渉してみたが経費は出して
くれないらしい。それを含めての報酬だと言われた。
結局自分で利益を上げるように考える必要がある。特定の人物に掛けられる費
用を、算出して報酬にしているからそれ以上のお金はかけられないんだそうだ。
ネルカが言うには。

ヒリルが来てから半年が経ち、ロンカットのお店も三ヶ月前に再開出来た。あ
っちで雇っているのは一人なので、休憩時間はお店を閉めてもらっているいる。
薬莢も渡して料金を貰うだけの簡易なものにしている。
薬莢の依頼がある場合は、こっちに連絡をもらって直接話す事にしている。通
常のリストにある薬莢であれば受け付けるだけなので、連絡はないから多くは
ないけれど。
製薬会社へ納める薬莢は、結局ニセイドがロンカットで受け取る事になった。
アーランマルバ支店の担当が一時的に来ていたが、本人の希望としては自分で
受け取りたいらしい。記述についてはサラーナの記述でも問題ないと確認して
もらったので、納品数を三十から五十に引き上げている。
私が呼んでいる三点セットに関しては、依頼の頻度は多くないので常に予備を
ロンカットのお店に置いておく事にした。たまに来ては私は居ないのかと聞い
てくるらしい、私に対しての態度は悪いくせになんなんだ。
当面は今の状態を維持でいいかとも思うが、記述師が欲しい事に変わりはない。
サラーナも何時までいるのか分からないし。カマルハーが返せって言ったら返
すしかないもの。
それとは別に、一月程でヒリルが慣れたくらいからお店は三人に任せて、私は
お店を空ける事が多くなった。と言うよりは定期的に、週四くらいで昼間空け
るってだけなのだけど。
私が何処に行っているかというと、行きたくもないグラドリア城に通っている。
ハイリからの提案を受けたからだ。軍の仕事が入っている時は、事前に連絡が
有って無くなるけれど。小型端末の操作が面倒だと言って、連絡役は配下の者
に押し付けているが。
小型端末と言えば、ヒリルの面倒見が良すぎてリュティは一ヶ月程で慣れてし
まったのよね。
つまらない。
ヒリルが来るまでの一ヶ月は、あたふたしてたくせに。まあ、サラーナを止め
つつ私も極力教えなかったからなのだが。
それとハニミス弁護士から新しい弁護士の紹介があった。セアグレイ・ロディ
ンという名前の弁護士で、こちらもいい人だったのでお願いした。同じく警察
案件もよく引き受けているらしく、信頼度は高いとの事だった。

翌朝、何時も通りお店を開けて、作業場でだらけようと思っていた。ハイリは
会議があるらしく、今日の稽古は無くなったからだ。まあ、稽古なんて優しい
ものじゃないけれど。
始めた当初は身体が辛かった。逆に司法裁院の依頼に影響が出て、死ぬ危険が
上がったんじゃないかと思ったわ。暫くはそんな危険な依頼も無かったから良
かったものの。
そう言えば一回、お酒がが残った状態で行ったらぶっ飛ばされて吐いた事もあ
った。自分だって飲んでるくせにって言ったら、残さないのが当たり前だって
言われた。飲むなと言っているわけじゃないと。
それが出来るなら感情の抑制だって出来るわよ。
しっかし生前のジジイより歳がいってるくせに、うちのジジイより元気なのは
間違いない。現役なのもあってか、強さもかなり上だと思った。まあうちのジ
ジイに関しては、子供の頃の記憶だからなんとも言えないけれど。
以前相手をした時は、一瞬で背後をとられやられたけれど、あれでも手加減し
ていたっていうのはよく分かったわ。そう言えばあの時の仕返しをしていない
わ。
なんて考えていると小型端末に文書通信が届く。ザイランからだ。見たくない。
そうもいかないので、仕方がなく内容を確認すると呼び出しだった。
(えー、折角ゆっくり出来ると思ったのに。)
見計らったような呼び出しはもう、嫌がらせとしか思えないわ。監視している
んじゃないかと思うわ。

アーランマルバ警察局は幾つかに分かれている。首都という場所で人口も国内
では一番多いため、管轄を分けざるを得ないからだそうだ。その幾つかある局
の中でザイランは、オレンティア分局に勤務している。
オレンティア分局と名前は付いているが、場所は隣の駅でマフウスの側に存在
する。一度電車に乗らないとならないのが面倒。それでもアイキナに居た時に
比べれば、随分と楽なのだが。
お店は何時も通り三人に任せて、私は警察局の側まで来ていた。近くにある喫
茶店に呼ばれ、お店の中に入る。
何処の喫茶店に行っても概ね一緒だ、店内に香る珈琲の匂いと煙草の匂いが混
じり合って鼻の中に入ってくる。
店内を見渡すと、一番奥の薄暗いテーブル席にザイランを見付けて、私は移動
して向かいに座った。
「呼び出して悪いな。」
「局の外で会うならザイランが来なさいよ。」
てっきり局内で会うかと思ったからわざわざ来たのに、外がいいとか我が儘を
言いやがって。
「俺も忙しくてな。」
よくある言い訳だ。そう言えば皆が納得するとでも思っているのかしら。
「で、用はなに?」
「あちらさんからの依頼なんだが・・・」
そこでザイランの口が止まる。もうこれは面倒事だなと思って、私は来て早々
にうんざりしていた。
「嫌だ。」
「まだ話してないだろうが。」
だって聞きたくないもん。早速拒否した私に、ザイランは眉間の皺を深くして
言った。話さなくても予想は付くっての、呼び出してからの司法裁院の依頼な
んて。
「だって面倒事でしょ?」
「そうだが、内容くらい聞いてもいいだろう。」
うわ、最初から認めてやがる。だいたい聞いたら巻き込まれるに決まっている
じゃない、馬鹿。来なければ良かったわ。
私が頼んだ紅茶が来たところで話しが始まった。結局こうなるのよね。なんか
来て紅茶だけ飲んで帰るのも面白くない、誰が好き好んでザイランの顔を見な
がら紅茶を飲まなければならないのか。
「依頼書は既に送ったんだが、対象の人物と警察局が追っている容疑者が関係
があってな。」
小声で話し始めるザイランの内容に、私は既に面倒臭くなっていた。そりゃそ
うでしょう、単に依頼を遂行するだけじゃなく、余計な事まで考慮させられる
なんて。
「対象はボウトールという男なんだが、こいつが違法薬莢を使い何人もの女性
を廃人にしている。」
本当に世の中、ろくな奴がいない。減りもしないし、嫌気がさす。
「ボウトールには女がいてな、薬莢を仕入れているのはそいつなんだ。」
だったら何も問題ないじゃない。
「さっさと捕まえればいいでしょう?」
「出来たらしている。」
まあ、言われてみればそうよね。苦戦しているのは何らかの理由があるからで
しょうし、司法裁院も動かない。
「ボウトールが死ぬと、証拠の隠滅がされるようになっている。」
「は?」
「ボウトールはモリウス議員の息子でな、モリウス議員も見てみぬ振りをして
いるんだ。」
うわぁ、面倒臭さが急激に増したわ。そんな面倒なの別の人に回して欲しい、
何でよりによって私なのよ。
「女の方を捕まえても同じだ。独断でやった事にされ切られる。息子のボウト
ールも逃走確定だ。」
「同時に動く必要があるって事ね。」
「そうなんだが、モリウス議員も逃げられないようにする必要がある。つまり
証拠隠滅の手を断ってからじゃないと動けない。」
うん、止めよう。
「口振りからして準備が出来ていないって事でしょう。」
「そうだ。」
何時にも増してザイランは険しい顔をした。それはどうでもいいけれど、私を
巻き込むのは止めて欲しいわね。他の局員と頭を悩ませていればいいのよ。
「それじゃ、私は帰るね。」
「待て待て。議員の名前まで聞いたからには外れる事は出来ないぞ。」
席を立とうとした私に、ザイランはそう言ってきた。
「計ったわね・・・。」
終わったら一発殴るわ。私は椅子に座り直すとザイランを睨み付ける。
「私を怒らせて楽しい?」
「いや、そういうわけじゃ。すまん、人手が足りないんだ。」
最初からそう言えばいいのに。まあ言っても断ったけれど。ばつが悪そうにザ
イランはそう言ったが、今すぐ殴りたい事に変わりはない。
「捜査には協力しないわよ。」
「分かっている。ただ、こっちの準備が整うまでは動かないでくれ。」
私が冷たく言い放つと、勝手に動かなければいいと釘を刺してきた。予定日を
固定されるのは面倒だが、司法裁院の依頼だけであれば別にいいかと思った。
「でも依頼は期日があるんじゃないの。」
「それは問題ない。その日までに準備が出来なければこっちも終わりなんでな
。」
ザイランの顔はまた険しくなった。
「どういう事?」
「まあ、確定じゃ無いんだが、期日の明後日にボウトールの縁談がある。それ
を機に無かった事にされるって事だ。」
「何でそんな際どい日まで・・・」
危険な事なら早めに切り上げればいいのに。それとも捕まらない確信でもある
のだろうか。縁談の直前まで放置なんて。いや待てよ、何かその日にあるのだ
ろうか。そう考える方が自然な気がする。
「ボウトールの縁談相手はイネスト建設のイメーラ令嬢だ。モリウス議院も下
手を打てなくなるからじゃないか。」
「え、あの大会社の令嬢?」
きな臭い話しになってきたわね。イネスト建設としてもボウトールみたいな危
険人物を、抱えたくはないでしょうね。
「そうだ。社長はまだ四十八歳でイメーラ令嬢も二十歳だ。」
親から引き継いだってわけじゃないのよね。ここ数年で名前が有名になったの
だけど、広告では創立五十周年となっている会社だ。今じゃ街中では見かけて
当たり前の広告になっている。
「モリウス議員も職としては長い。例えばイネスト建設の節目として、今回の
発表があれば一大イベントだな。」
「そりゃ白くしたいわよね。でも政略結婚かぁ・・・」
結婚って好きな人としたいものじゃないの?いくら大会社の令嬢だと言っても
自分の中の人生なわけだし。本人が望んでいるならいいのだけど、本心なんて
分からない。だけどザイランは、私がそう言うと眉間の皺を深くする。
「そうとも言えん。ボウトールとイメーラ令嬢は学友だ、付き合いもあっての
話しだからな。」
うげ、なんて面倒な話しなの。つまりイメーラ令嬢と懇意にしつつ、犯罪を続
けているわけだ。モリウス議員も、イネスト建設が相手では揉み消す事は出来
ないだろう。その辺は息子に言い聞かせているのかも知れない。
「イメーラ令嬢が共犯って事はないの?」
「無い。」
言い切ったな。でも、有ったら止めさせる理由は無いか。
「じゃあ、今共犯の女性は・・・」
「ああ、期日以降見つからなくなるだろうな。諸々の証拠と共に。」
ああもう、何でこんな事に巻き込んでくれるかな。やっぱり止めよう。うん、
その方がいい。
「ここまで聞いて止めるなよ。」
糞警務め。そこは察しなくていいわ。本当に面倒な事になったわ、来たのは失
敗ね。依頼書だけ見て終わらせて、知らん顔すれば良かったわ。って、きっと
そうはならなかったわね。
「分かっているわよ。私は連絡を待っていればいいんでしょ。」
「ああ。だから先走るなよ。」
「しないわよ。私がそういう性格じゃないの知っているでしょ。」
「分かっているが、念を押してだ。」
考えてみれば、楽と言えば楽なのかも知れない。司法裁院の情報に警察局の捜
査情報も加わるのだから。私はその情報をもとに、指定の日に依頼を遂行する
だけだもの。
「それじゃ帰るね。」
「ああ。」
「あ、その前にケーキ食べていい?」
「好きにしろ。」
さっきから目に入って気になっていたのよね、ガトーショコラ。そう言えば、
ランチの時間じゃない。まあ、それは後でいいか。ザイランの渋い表情を見な
がら食べても面白くないし。
「やった、ご馳走さま。」
「おい、俺が払うのか?」
「何か文句あるの?」
「いや・・・」
自分から言い出すくらいして欲しいわ。こんな事に巻き込んだのだから、まっ
たく気が利かない奴ね。

私はケーキを食べた後、ザイランと分かれてお店に戻った。入る前に郵便受け
を確認すると、飾り気も無い封筒を見付ける。ザイランが送ってくる封筒は、
アーランマルバに来ても変わっていない。まあ何処にでも売っている封筒だと
思うけど。
作業場に戻った私は封筒の中身を確認する。何時も通り司法裁院の、特定危険
人物措置依頼の文字が目に入る。見る度に気の重くなる文字だ。
ボウトール・ソネウグ、二十一歳男。写真は笑顔の爽やかな好青年に見える。
なるほど、表向きは見た目通りなのかも知れない。議員の息子としての立場も
あるのだろう。
違法薬莢の所持及び使用により依頼。だが犯罪歴は無し。有ったらイネスト建
設が相手にしているわけがないか。でもそれだけじゃ、殺す理由に乏しい。ザ
イランが言った使い道が問題なのだろう。
学内の女性を含め十二人、薬物中毒により病院へ搬送。
(分かっているならさっさと始末しとけよ。)
胸糞の悪い内容に内心で悪態を付く。そのうち二人は死亡、四人は意識不明。
議員の息子という立場と、その見た目を利用したのだろう。今すぐ消し去りた
い気持ちを抑えて続きを確認する。
何れも使用済みであろう薬莢と小銃が、女性が倒れた場所で発見されている。
だが、ボウトールが居た形跡も、使用した証拠も無し。同学内での数人の男子
学生は、違法薬莢の所持及び使用と強姦で逮捕されているが、ボウトールの関
与については一切情報が出ていない。
(どうやって司法裁院は特定したのよ。)
まあ司法裁院のやっている事に関しては謎だから、私が考えてもしょうがない。
「ねえミリア。」
そこで作業場に入って来たヒリルの呼び掛けに、心臓が跳ね慌てて書類を封筒
に入れる。
「なに?」
私の仕事を知っているのは、変わらずリュティのみだ。ヒリルやサラーナをこ
っちの世界に引き込むのだけは絶対にしたくない。闇の世界を、見せてはなら
ない。
「ランチは?私はこれからなんだけど。」
時計を見ると十四時を廻っていた。そう言えば、特に何も食べずに戻って来た
から食べていない。行くとすれば遅めのランチね。
「いいわよ、私もまだだったし。」
私は返事をすると、司法裁院からの依頼書は鍵付きの引き出しに仕舞った。見
られても困るし。

時間も時間だし、傍のカフェ・ノエアで済ます事にした。夜も来るのだからす
っかり常連になっている、ヒリルも含めて。当然仕事上がりで行くと、店主の
ロアネールは注文も聞かずヒリルの分も出すほどだ。
「さっきのは、危険な仕事の方?」
ジェノベーゼパスタをフォークに巻きながらヒリルが聞いてくる。あまり気に
されたくないのだけど。
「そうよ。」
「私には手伝えないよね。」
何を言い出すんだ。私が嫌なのよ。
「お店を手伝ってくれているじゃない、それが助けになっているのよ。」
今までは私が潰れたり、気分次第で休店にしていたのだから。それがなくなっ
ただけでも、十分助かっている。時間も出来たから、アクセサリー造りと薬莢
の記述も捗っているし。何より、司法裁院の仕事があっても精神的な支えとし
ても、私にとっては凄く感謝している。だから、尚更巻き込みたくない。
「関わらせたくないの。」
「分かってるよ。」
笑顔で言うヒリルの表情に、少し寂しさが混じっていたように感じた。そんな
顔をされても、駄目なものは駄目なのよ。
「でも、死ぬ危険はあるんでしょ。」
「死なないわよ、お店を止めたくないもの。」
可能性はあるけれど、死ぬつもりは無い。言った通り夢は続けたい、そのため
に行きたくもないグラドリア城に通っているのだから。
「そっか。」
いくら言われても、そこを譲る事は出来ない。
「また何処か、旅行に行きたいね。」
「いいわね。」
突然話しが変わった事を気にする事も無く相槌を打つ。むしろ、変わってくれ
て良かったわ。しかし、モッカルイア領に行ったのが、随分と昔のように感じ
るわね。
「ただ今度は、ゆっくり楽しみたいけどね。」
「本当よね、後半は酷い目に遇ったものね。」
まあ、後半どころじゃなかったけれど。そう言えば、サールニアス自治連国の
内戦は、あれがきっかけだったのよね。嫌なものに関わってしまったものだわ。
「ところで、サラーナとはどうなっているの?」
「え?あはは・・・」
何故目を逸らす。聞いたのは失敗したか・・・。
お店に来てからサラーナの事を意識していたヒリルだったが、いつの間にか付
き合い出したらしい。何時からかは知らないけれど、好きにすればいいと思っ
ていた。
知った後は、優しいけれどちょっと頼りないとか、二人でどこどこに行ったと
か、たまに話してきていたのだけれど。最近は聞かないなと思って、何も考え
ずに聞いただけなのだけど。
「ちょっとねぇ、お互い忙しいというか・・・」
嘘付け。
忙しい奴が閉店後に、毎日ノエアで一緒に飲んでいるわけないでしょう。そう
だ、そうなのよ。最初の頃は、何時もと変わらずリュティと二人が多かった。
ヒリルとサラーナが一緒に帰って行くこともあったし。
何時からだっけな、当たり前のように三人で飲むようになったのは。興味が無
いから定かではない。
「どうでもいいけれど、私を巻き込まないでよね。」
「どうでもいいとか酷くない?」
私の言葉にヒリルが頬を膨らませて反論してきた。いや、だって私には関係な
いじゃん。
「ヒリルの問題でしょう。」
「ちょっと話しを聞いてあげようかなぁ、とかないの?」
「うん、無い。」
「ひどっ!しかも即答?」
って言われてもなぁ。私にどうしろって言うのよ。あ、話しを聞けばいいのか、
でも嫌だ。ヒリルが話したいなら、仕事終わりにでも話せばいい。私から敢え
て聞こうとは思わない。
「前みたいに飲みながら話せばいいじゃない。」
「なんかそう言われるとなぁ。」
我が儘な。
「さて、仕事に戻ろうか。」
「うん、じゃあ仕事が終わったら覚悟しといてね。」
笑顔でヒリルはそう言った。うわぁ、話す気満々だ・・・。



「ペンスシャフル国から、会談の要請が来ておりますが。」
「来るだろうね。」
アリータの報告にリンハイアが苦笑する。モーメルリーエンでの会談内容が気
になるのだろう。だからリンハイアは、早速来た要請に苦笑したのだとアリー
タは思った。参加に応じたにも関わらず、参加出来なかったのだから当然と言
えば当然だろう。
極力参加者を絞った会談は、その人数を二人に限定していた。参加者以外への
伝達も禁止されている。ペンスシャフル国で参加出来なかった参加者二人は、
情報を知る権利が消えたわけではない。
「どうしますか?」
「受けて問題ない。」
「では早速調整に入ります。」
アリータの言葉にリンハイアは頷くと、グラスから水を口に含む。
「カリメウニア領の方は、変わりはないか?」
「はい。エリミアインの定期報告では、今のところ動きに変化はありません。
ホーグス議長は相変わらず追及の手を弛めておりませんが、市民についてはそ
こまで同調していないようです。」
「どちらかと言えば、領境での小競り合いや牽制が発展する方が嫌だろうね。
そうなれば追及や否定どころの話しではなくなってしまう。そうなればダレン
キスも日和見ではいられなくなる。」
アリータの報告を引き継ぐように、リンハイアは北方連国の状況を口にした。
「はい。それを恐れたダレンキス政府のフメルッツァ議長は、両国に呼び掛け
ております。まずは市民の生活を優先せよと。」
「ダレンキスが恐れているのは市場の混乱だ。既に弊害が出ているのだろう、
自給で生活を賄える国ではないのだから。」
そこまでの報告を受けていたわけではないが、アリータはリンハイアの話しを
聞いて納得した。
北方連国より北には国が無い。人が住んでいないわけではないが、在っても小
さな村や集落程度という話しだ。北方連国自体がモフェグォート山脈で隔絶さ
れた地であるため、輸入に頼らざるを得ない。
開拓時代は可能だったのかも知れないが、人口が増えすぎた今は自給で賄うの
は無理なのだろう。そのため、ターレデファンとを結ぶ間道が潰れた今、自給
を余儀無くされている状態だが。
「ダレンキスとカリメウニアとしては、早いところ橋の建設に着手したいでし
ょうね。」
そう考えると今言った言葉にアリータは行き着いた。だが未だにターレデファ
ンは姿勢を変えていない、問題がはっきりするまでは協力は出来ないと。
「あまり頑なだと、今度は自分が叩かれるんだがね。」
「ターレデファンが北方連国の人を閉じ込めている、という事でしょうか?」
「自国もそうだが、北方連国との繋がりが無い国は無い。それは国にしろ企業
にしろ個人にしろだ。」
「各所から不満が上がるわけですね。」
「いや、既に出ているだろう。表だって既知の情報になっていないだけだ。」
思えば道が断たれてから半年以上経っている、不満が出ないわけがない。一番
不安を抱えるのは個人だろう。家族が行っているなら、自分でも不安になって
しまうだろうとアリータは思った。
大呪紋式を発動させた真偽を追及している場合ではない、そこに暮らす者の安
定を確保する方が先なのだ。そうでなければ今度は、ターレデファンと北方連
国の政府に矛先が向けられるだろう。それは外だけでなく、中からも。
「そういう事だ、グラドリアもそろそろ動く必要がある。」
「ターレデファンへの進言ですか?」
「ああ。ただグラドリアだけが声を上げても弱い。丁度いいだろう、ペンスシ
ャフルは隣の国なのだから。」
「あ、そういう事ですか。」
モーメルリーエンでの会談内容を話すついでに、ターレデファンへの同調を請
願しようとしているのだとアリータは理解した。
「それとバノッバネフの宰相殿、オーレンフィネアの枢機卿、アン・トゥルブ
のミサラナ殿にも承諾の必要がある。それは剣聖殿が行うのが筋なのだが。」
大呪紋式に対する協調をしている以上、勝手に会談をするわけにはいかない。
それは不信の種になるとアリータも理解していた。
「ミサラナ殿へはこちらから、後は剣聖殿に任せよう。それと会談にはグラド
リアとペンスシャフル以外の立ち会いも要請する必要がある。」
「分かりました、調整します。」
「頼んだ。」
第三者が同席しなければ、それも不信を生む。ついでに参加者にもターレデフ
ァンの事を話すつもりだろうとアリータは思った。
また戦争が起きるのではないかとの不安も抱えながら。


「早速グラドリア国より回答が来ております。」
「そうか。で、なんと?」
ペンスシャフル国では新たな五聖騎が決まって以降、特に問題なく運営は回っ
ている。変わった事と言えば、<穿砲槍>ウーランファ・ブドが引退して息子
のヘーリオンが新たな五聖騎<穿砲槍>として就いている事くらいだった。
「法皇国オーレンフィネアのユーアマリウ枢機卿と、バノッバネフ皇国のギネ
クロア宰相への承諾と立ち会い要請はよろしくだそうです。」
引退したウーランファは、顧問としてオングレイコッカに付いている。そのウ
ーランファからの報告にオングレイコッカは頷いた。
「頼んだ。」
「はっ。アン・トゥルブへはグラドリア国の方で行うようです。」
「それは感謝せねばな。」
「そうですな。」
ペンスシャフル国での賛同者は、この二人が努めていた。内密に動く必要があ
るため、場所もオングレイコッカの私室で行っている。ウーランファが五聖騎
を引退した理由もここにあった。



2.「法律は法律でしかない。ただ、大概の人間は自分の都合で解釈し、法を犯
していく。」

私は昨日ヒリルに中断された、ボウトールの情報を確認していた。
女性の人数は判明している分なので、現在何人の女性が進行形で犠牲になって
いるかは不明だ。それと行方不明になっている女子生徒が三名、関わった形跡
はあるようなので、ボウトール絡みだろうと思われる。
(その女性達は見つからないでしょうね。生きてもいないだろうし。)
そう思わされた。でも間違いないだろう、人を人とも思っていない奴が気にす
るのは自分の事だけなのだから。
グラドリア王城から少し離れたところにある、ヒューリアヌ住宅街にモリウス
議員の邸宅がある。ヒューリアヌ住宅街は所謂、高級住宅地なのだが。ボウト
ールはそこから大学である、王立アーランマルバ学院に通っているらしい。た
だ、家に帰らない事も多いようだが。
一週間後、学友との飲み会があるらしく、依頼の決行日はその日になっている。
飲み会の後は、一人で女の家に行くらしい。
(つまりそこを狙えって事か。)
ん、待てよ。その女ってあれか、警察局で捕まえようとしている奴か?だとし
たら、ボウトールがその家に行く理由は証拠隠滅と考えられる。警察局の捜査
がどうであれ、その前に始末する必要が出てくる。
今あれこれ予想しても仕方ない、後でザイランに確認するか。そうじゃなくて
も情報として、教えてくる可能性もあるけど。
それにしても一週間後か、警察局の捜査は間に合うのだろうか。昨日会った時
点では、まだ確証は取れていないようだったが。
(ああ、やっぱり面倒になってきた。)
まあ今は考えてもしょうがないか、作業でもしよう。私はそう思うと、アクセ
サリー製作の準備を始める。
そういえばサールニアス自治連国の内戦は終わったのよね。そろそろモッカル
イアへの出店を考慮しようかしら。お店の数が増えると、アクセサリーが追い
付かないかも知れない。
そこはモッカルイア領の特性を活かそうと考えている。外海から入ってくるア
クセサリーを仕入れて、自作と並行して販売しようかと。
特にアーランマルバやロンカットでは、需要がありそうな気がするのよね。問
題は私に商才が無い事だけだ。単に自分で創ったアクセサリーでお店を開きた
い、というのが原点だからだ。それに商才があるなら、司法裁院の仕事なんか
辞めている。
でも、ゲハートもまだロググリス領の復興で、忙しいんだろな。そう思うと急
いでもいないので、追々考える事にして作業に集中しようと思った。



「もう始めてやがんのか、好きだねぇお前らも。」
酒の匂いと、煙草の煙が蔓延する部屋に入ってきた青年が、呆れた表情でそう
言った。部屋の中には複数のソファーと椅子、テーブルが用意され、それぞれ
に四人の青年が居た。テーブルには数種の酒、幾つかの食べ物が置かれ、吸い
かけの煙草が紫煙を昇らせている。
「ボウトールさんがそれ、言っちゃいますか?」
部屋にいた一人の青年がそう言って笑うと、他に居た三人の青年も同意して笑
う。その青年はソファーに凭れ掛かり、その前には女性が膝を付いている。青
年に向けられた顔は、その男根を咥えていた。
「でも、もうすぐそれも終わりですね。」
「まあな、俺も大人にならねーとよ。」
椅子に座り煙草を吸っていた青年が煙を吐き出しながら言うと、ボウトールは
口の端を上げ応える。
「よく言いますね、この場を作っているのはボウトールさんでしょ。」
もう一人の青年が言う。床に膝立ちになり、その前で四つん這いになった女性
の臀部に、自分の腰を打ち付けながら。
「ま、此処も、余りの薬莢もお前らにやるよ。」
「マジっすか!?流石、イネスト建設の令嬢を捕まえた人は違いますね。」
煙草を吸っていた青年はそう言うと、気分が良くなったのかグラスから酒を煽
る。
「捕まえたとは人聞きが悪いな、お互い惹かれあったと言えよ。ただ、まだ決
まったわけじゃねぇがな。」
(ま、その前にお前らも此処も全部消してからなんだがな。)
ボウトールは内心でそう付け加えた。
「あぁ・・・」
腰を打ち付けていた青年が動きを止めて声を漏らすと、女性から男根を引き抜
く。抜かられ直後に足の間からは白濁した体液が床に零れ、その後はゆっくり
と溢れ滴っていく。青年は立ち上がると、女性の臀部を蹴り付けた。
女性はうつ伏せに這いつくばり、口角に白い泡を付け涎を垂れ流している。何
処か虚ろな目は焦点が合わず、動く気配は無い。
「こいつ、もう駄目っすね。」
女性を蹴った青年は、動かなくなった女性を見下ろして言った。
「おいおい、女性はもっと丁重に扱うもんだって。」
「ボウトールさん、それ説得力ねぇっす。」
別の席で酒を飲んでいる青年がそう言うと、他の三人はまた声を上げて笑った。
(此処も惜しくはあるが、こいつら馬鹿と縁を切れると思えば悪くねぇか。)
盛り上がる四人の青年を見てボウトールはそう思っていた。何れイネスト建設
を継ぐと考えれば、事実を知っている者は弊害でしかない。その為には関わっ
た人間、場所などは処分して身を白くする必要があると。
「何を言ってやがる、俺は紳士だぞ。」
ボウトールの言葉に四人はまた笑う。
「イネスト建設の令嬢と結婚しても、悪い癖は出ちゃうんじゃないんですか。」
行為を終えた青年が、テーブルに移動すると煙草を箱から出しながら言う。火
を点けて吸い込み、煙を天井に向かって吐くのを見ながら、ボウトールは口を
開いた。
「その時はその時だな。」
「俺らもまた誘って下さいよ、そん時は。」
入れ替わるように椅子から立った青年は、煙草の火を消して動かなくなった女
性に近付きながら言った。女性の身体を仰向けにすると両足の太腿を掴んで広
げ、露になりまだ体液を出す穴に男根を突き入れる。
「どうすっかな、気が向いたら考えてやるよ。」
ソファーで咥えさせていた青年が、口から引き抜くと立ち上がって女性の髪を
掴んでソファーに乗せる。
「じゃ、楽しみに待ってますよ。」
青年はその後、後ろ向きに乗せるとそう言って女性の腰を掴み臀部を突き出さ
せ、股に埋めるように男根を入れると腰を打ち付け始めた。
「そういや外で待たせてるんだった。」
それを冷めた目で見ていたボウトールが、思い出したように口を開く。
「誰っすか?」
別のテーブルに居た青年が、チーズを齧りながら興味を向ける。
「ちょっとしたパーティーをやってるって言ったら、参加してみたいって子が
さ。」
「悪い人ですね。」
煙草を吸い始めた青年が瓶から直接酒を飲み、下卑た笑みを浮かべて言うと、
ボウトールは肩を竦めて見せる。
「嘘は言ってねぇ。」
そこで四人がまた笑った。
「今連れてくる。」
本当に低俗な奴らだなと、ボウトールは思うとそう言って部屋から出ていった。

「大変待たせて申し訳ありません。」
ボウトールは家の玄関を開けると、外で待たせていた女性にそう言った。
「いえ、大丈夫です。笑い声が聞こえましたが、盛り上がっているのですか?」
「ええ。つい話し込んでしまいまして、遅くなりました。」
中の様子を気にした女性にボウトールは優しく微笑み言うと、女性は気にして
いないという風に軽く頭を振った。
「貴女の話しをしたら、みんな楽しみと言っていましたので、更に盛り上がる
と思いますよ。」
「本当ですか。それは私も楽しみです。」
「それは来てもらえて良かったです、では中へどうぞ。」
笑顔で応えた女性をボウトールは招き入れ、静かに鍵を掛けると見えないよう
に小銃を手にした。
「こちらへ。」
「はい。」

笑顔でボウトールに付いて来た女性は、部屋に入るなり表情が氷付いた。
「こ・・・れは・・・」
「だからパーティーですよ。」
ボウトールは笑顔のまま小銃を女性に向け、引き金を引く。白光の呪紋式が女
性に浮かび上がり、直ぐに消えていく。突然の出来事に驚いた女性だが、逃げ
ようと扉に手を伸ばした。
「か、えり、ます・・・」
「参加したいと言ったのは、貴女ですよ。」
呂律が回らなくなってきた女性に、ボウトールは笑顔で言うと倒れそうになっ
た女性を支える。部屋から出ようと扉に掛けた女性の手が、力なく垂れ下がっ
た。
「大丈夫、軽い麻酔ですよ。」
ボウトールはそう言って女性をソファーに座らせる。
「でも、身体は思うように動きませんよね。ただ効果は一時間か二時間程度で
切れますので安心してください。」
女性は虚ろな目をボウトールの笑顔に向ける。呆とする意識の中に生まれた恐
怖が、女性の中で急激に膨らみ始めた。ボウトールの後ろに立つ三人の青年の
顔が、狂喜の笑みを浮かべているように見えて。
「大丈夫です、麻酔が切れる頃には気にならなくなりますよ。」
ボウトールは優しい笑みを浮かべ、女性の目尻から伝った涙を指でそっと拭い
ながら言う。拭った後、小銃に薬莢を籠めて女性に向け引き金を引いた。女性
の上に白光の呪紋式が浮かんで消えていく。
「お前の言うとおり、こいつ駄目だな。」
そこで、ボウトールの後ろで女性に覆い被さっていた青年が、行為を止め起き
上がって言った。
「だろ。」
その前に行為に及んでいた青年が、言った通りだろとばかりに相槌をうつ。
「お前ら薬を使いすぎなんだよ。」
「いやぁ、腰を振りながらもっともっとって言われると、つい調子に乗って使
ってしまって。」
ボウトールが呆れた顔で青年達を見渡して言うと、一人が頭を掻きながら言っ
た。
「今後はお前らが連れて来るんだぞ、少しは考えて行動しろよ。」
「ああ、気を付けるよ。」
別の青年が、ばつが悪そうにボウトールの注意に返事をする。
(ほんと馬鹿だなこいつら。ま、死ぬからどうでもいいか。)
ボウトールはそう思うとソファーに座らせた女性の顎に、左手を添えると引い
て顔を近付け口付けをする。右手は女性の太腿に置くと、滑るように足の間に
入れスカートの中へ潜らせていく。
股間にゆっくりと指を這わせ、口の中に舌を入れていくと、また女性の目尻か
らまた涙が伝った。ボウトールは口を離すと、その涙を舌で舐めていく。
「や・・・め、て・・・」
辛うじて漏らした女性の声に、ボウトールは口の端を上げて嗤うと、股間に這
わせていた指を下着の横から入れ込んだ。
「い、や・・・」
拒絶を口にした女性の股間から指を引き抜くと、体液の絡み付いた指を女性の
口の中に入れる。
「言ったろ、直ぐに気にならなくなるってな。」
ボウトールは左手でズボンのベルトを外し下げながら、右手で女性の左足を持
ち上げる。
「や・・・い、や・・・」
女性を引き寄せると左手で右足を掴んで広げ、恥部を露にすると下着の横から
男根をゆっくりと入れ動かし始める。
「や・・・だ・・・や、め・・・」
涙を流し続ける女性を笑みを浮かべてボウトールは見下ろすと、腰の動きを加
速させていった。ボウトールは右手で足を抑え腰を動かしつつ、左手は女性の
首元に伸ばす。着ている服を掴むと、下に勢いよく引っ張り破く。服の下に付
けている下着が現れると押し上げ、露わになって揺れる乳房を鷲掴みにした。
それを見ていた二人の青年が、お互いの顔を見る。
「ボウトールさんが終わるまで、こいつバラしとく?」
「ん、ああ、そうだな。時間掛かるだろうし。」
「しょうがない。おもちゃを持ってくるのはボウトールさんだ、最初に遊ぶ事
に不満は言えない。」
「だな。」
青年二人が動かなくなった女性を見て、そう言った。
「そっちの足よろしく。」
「ああ。」
二人は足を片方ずつ持つと、床を引き摺って女性を移動させ始める。
「じゃ、俺らちょっと隣に行ってくるわ。」
残りの二人は頷くと、椅子に座り煙草を取り出す。女性を引き摺って隣の部屋
に消えた二人を見送ると、煙草に火を点けて酒の入ったグラスを持つ。それを
口に運びながら、ボウトールの行為に目を向けた。



「市民からの不満が日に日に高まっています。このままでは抑えきれなくなり
ます、ここは素直に公表してはどうでしょう?」
ザンブオン領、領主館でフラガニアが、会議室の中で声を上げる。向かい合う
初老の男性は黙したまま視線を落とし、考えて込んでいた。
「ゲズニーク議長。」
その声にゲズニークは顔を上げて困った顔をした。
「そう急かすな、わかっておる。」
だがそう言うとまた、視線を落として考え込み始めた。眉間に寄った皺が深く
なっていく。それを見たフラガニアが、苛立ちから呼吸が荒くなり始めた。
「いや、公表するとなると許可を出した我の責任になるな。先にその回避策を
だな・・・」
ゲズニークがそこまで言うと、机が叩かれた音で言葉が途切れた。驚きに目を
見開いて硬直する。だが直ぐに険しい表情をすると、目を細め鋭い眼光でフラ
ガニアを睨み付けた。
「貴様、議長に対してその態度は何を意味するかわかっておるのだろうな。」
声音を低くして脅すゲズニークの目を、フラガニアは正面から睨み返した。
「悠長な話しですね。食糧難により既に餓死者も出ているんですよ。爆発寸前
の不満を抱えた市民が、毎日領主館を取り囲んでいるんです。明日にでも暴徒
と化して此処に雪崩れ込んで来ても不思議ではないんです。それでも貴方はそ
こで、同じ態度を取りますか?」
フラガニア一気にが捲し立て、何度か呼吸して落ち着くと続ける。
「私の首を切りたいのでしょうが、その前に今の時点をもって辞めさせて頂き
ます。私が加わりたいのは外を囲んでいる市民の方ですから。議長はずっと此
処で、自分の身だけ心配していると宜しいでしょう。」
言い終えるとフラガニアは踵を返した。
「待て!分かった・・・」
慌てて止めるゲズニークに、フラガニアは首だけを廻らして冷めた目を向ける。
「分かった?」
「ああ、事実を公表する。お前の処遇を変えるつもりもない。」
「貴方は何も分かっていない、何も変わっていない。公表したいのなら勝手に
どうぞ、私は現時点で辞めると言ったのです。もう此処の人間ではなく無職の
一市民、今更言われたところで知った事ではありません。」
「待て、待ってくれ・・・」
ゲズニークの声は、フラガニアが閉めた扉が遮り聞き取れなくなった。
フラガニアは領主館を出ると、目を強く瞑って唇を噛む。何故もっと早く、自
分はこうしなかったのかと。
ゲズニークに言った言葉は自分にも当てはまる、何とかしようと思っていた。
実際そう思う事で、ゲズニークとは違うと自分を誤魔化していたのではないか。
追及されるのを恐れ、我が身可愛さに逃げていたのではないか。少しでも現状
を変えようと、ゲズニークに付けるようにしてもらったが、いつの間にか自分
も現状に流されいたのかも知れない。
だがそれが事実だったとしても、後悔している場合ではないとフラガニアは思
うと足を動かし始める。抗議の声で騒がしい領主館から、報道局へと。

その日の内に、モフェグォート山脈で起きた事が報道された。山脈に近い市街
地が激震により被害がでた原因は、山脈が陥没した事が起因だと。
モフェグォート山脈を陥没させたのは、ザンブオン軍が調査していた呪紋式で
あり、発動はおそらく誤発動だろうと思われる。当時の調査隊はインブレッカ
将軍を含め、呪紋式により全滅したため真相は不明だとされた。
ゲズニーク議長の許可のもと行われた調査は、決して混乱を招くために行われ
たわけではないとされた。だが政府には公表と謝罪を求め、現状からの脱却を
早々に行うよう領民が一丸となって求めていく必要があると。
山脈間道が崩壊し、陸の孤島となっている現状で一番懸念されるのは食料不足
だ。早期の流通確保が一番の問題で、それは北方連国が揃って取り組む必要が
ある。領内への対応と、連国内での協力を迅速に取り組む必要が、今後の政府
の課題だろうと繰返し報道され続けた。
同日、カリメウニア領とダレンキス領もこれに同調した。ザンブオン政府への
言及に、退陣をを含め強い姿勢で望むと同時に、間道の復旧には全力で取り組
むと。これに対し迅速な行動と早期の会談も調整する事で、今後の北方連国を
今の状態から脱却させる事を伝えた。
だが翌日、ターレデファン国はこれに協調しなかった。ザンブオン政府が真実
を伝え、謝罪の後に一新するまでは協力は出来ないと。現段階の政府は信用す
る事が出来ず、再発の防止策も同時に求めた。
これに異を唱えたのは当然、カリメウニア領とダレンキス領である。ザンブオ
ン政府を批判するのは当然だが、北方連国に暮らす民には関係が無いと。既に
餓死者が出ている段階に来ても、協力しないのはターレデファンの傲慢だと。
北方連国の民をこの地に閉じ込め、殺すつもりかと憤った。
そして、橋の建設はターレデファンの協力なく、強硬するとカリメウニア政府
は公表した。

同日、ザンブオンの領主館は敷地内までも人で埋め尽くされていた。前日の報
道から市民が押し寄せ、夜を通して抗議が続いている。石や空き瓶等が投げ付
けられ、館の窓硝子が割られ、壁は傷だらけになっていた。
既に暴動となっている状況に、館の扉はいつ破られても不思議では状況にまで
なっている。その館の議長室では、ゲズニークが首を吊りぶら下がっていた。



「何の真似?」
ヒューリアヌ住宅街の外れにある一軒の屋敷の中で、女が男に銃を突き付けら
れている。無表情な男の顔を、女が睨み付けてそう言った。銃を向けられてい
る事など、気にも止めていないように。
「潮時だろ。」
「そっちが勝手に止めればいい事だ。あたしを巻き込むんじゃないよ。」
男の言葉に女は腕を組んで、迷惑そうな顔をした。だが男は無表情を変えずに
口を開く。男と女の後ろには、それぞれ護衛の男が二人ずつ付いていたが、手
を後ろに組んで動く気配は無い。女が銃口を向けられても動じないのは、信頼
なのかどうかは分からないが。
「分かっていないようだな。」
「分かってないのはそっちじゃないのかい?此処に誰の息が掛かっているのか、
知らないわけじゃないだろ。」
女は組んだ腕を外に開き、肩を竦めて言う。馬鹿な事を言っているのお前の方
だとばかりに、呆れを含んで。
「当然だ。だが此処が知られれば、こちらも危ない。」
「知られる可能性はまず無い。だからこそ、利用したんじゃないのかい。議員
様が黙認しているんだ。だから止めるのにあたしを巻き込むな。」
態度の変わらない男に、女はもう帰れと手を振る。
「本当に状況が理解出来ないのか?」
「何が言いたいんだ、馬鹿にしに来たのか?理解出来てないのはそっち方だっ
て言っているだろう。」
女が男の言葉に苛立ち、下から睨め付ける。
「その議員の息子が、イネスト建設の令嬢と縁談をするんだぞ。」
「だからどうした。ボウトールは関われなくなるが、擁護は続けてくれるって
言ってんだ。勿論、議員様の方も同意してんだよ。」
男はその言葉に銃を下げた。
「理解したかよ、分かって無いのは自分の方だって事をさ。」
銃を下ろした男は、無言で女を見つめる。その目には明らかな憐れみを含んで。
「なんだよ、その目は!?」
女はその目に苛立ち、声を荒げて男を睨み付ける。
「今のうちに止めて、逃げるなら黙って見過ごそう。」
「だからその必要はねーって言ってんだろうが!」
淡々と言う男に女はついに、男の胸ぐらを右手で掴んで怒鳴った。だが男が向
ける憐れみの目は、変わらずに女に向けられている。
「本当にそう思っているのか?」
「そうだよ!てめぇが尻尾巻いて逃げるのは勝手だが、あたしには関係ねぇ。」
男は静かに溜め息を付く、ここまで言っても分からないのかと。
「イネスト建設は大企業だ、社会への貢献度も高く信頼も厚い。議員も当然、
潔白の印象で長いこと務め上げている。モリウス議員に此処が容認されている
のは自身の保身のためだ。息子を思っての事じゃない。」
仕方がないとばかりに始めた男の説明に、女は手を離して顔に不安を過らせる。
「そんな事は分かっている。それがどうしたよ。」
それでも強がりのように女は男を睨んだまま言った。
「議員にとってイネスト建設とのパイプは踏み台になるだろう。息子と令嬢の
縁談が纏まればその道が出きるんだ。」
男が一旦言葉を途切るが、女の方は特に言葉を発せず視線を逸らして、何かを
考えているようだった。
「モリウス議員にとって息子のボウトールは道具でしかない。不肖の息子など
どうでもいい、令嬢との縁談にとって大事なのは、ボウトールが潔白であるこ
とだ。」
「あいつは、もう此処には関わらないんだ。問題ないだろ。」
声に覇気が無くなった女の言葉に、男は目を閉じて首を横に振った。
「叩けば出る埃を、掃除しないわけが無いだろう。」
何故男が憐れみの目を向けていたのか、何故逃げる事を促したのか、女はやっ
と理解した。それから動揺した顔を、男に向ける。
「あたしは、消されるって事か・・・」
「かなりの確度でそうなるだろう。」
男がそう言うと、女は唇を噛んで俯いた。家の中が沈黙に支配され、時間の流
が緩やかになっていく。女が顔を上げると、潤んだ瞳を男に向けた。
「確認、してみる・・・」
戻った時間の流れの中、女は諦め切れずにそう言った。男から見ても、その顔
に未練がしっかりと見てとれる。
「無駄だ、死ぬだけだ。」
「かもな。だけど、このままじゃ終われない。」
男は諦めたように、溜め息を吐いた。
「悪いな、あたしのために気を遣ってもらって。」
「別にいい。最後の機会をどう選択するのか、気になっただけだ。」
「え・・・」
女が疑問の声を上げた時には、額に穴が空いていた。同時に後ろに立っていた
護衛二人も、額に穴が穿たれている。頭部を貫通した銃弾は、三人の血と脳漿
を床に散らして、室内の壁にめり込んでいた。
女は意味が分からず、目を見開いて何かを言おうとしたが声が出ず、零れる涙
と一緒に床に崩れ落ちた。
「結果は動かなかったか。」
疑問の目を開いたまま事切れた女を見下ろして、男は独り呟くと銃を仕舞った。
二人の護衛も倣って銃を仕舞う。
「もうすぐ清掃業者が来る、それまでは浸っているといい。」
頭部の周りに広がっていく、赤黒い血溜まりから男は目を背けるように背後に
顔を向ける。
「行くぞ。」
男がそう言って踵を返すと、家の裏口へと向かった。



「やっとかと思えば、ターレデファンは何を考えているのでしょうか。」
午前の陽光が降り注ぐ街を眺めているリンハイアに、アリータは背後から不満
の声を上げた。
「事態は思った以上に深刻だ。」
リンハイアは街から目を離さずに言う。
「ペンスシャフルとの会談では遅いね。同調者を募って早急に対応する必要が
あるだろう。」
「分かりました、調整してみます。一先ず、ペンスシャフルとオーレンフィネ
アでいいでしょうか。」
「オーレンフィネアは立場的に難しいが、ペンスシャフルやグラドリアからの
同調を促せば角は立たないだろう。」
一年程経つが、まだたったの一年なのだ。法皇国オーレンフィネアが、あれを
発動してから。北方連国がさして自国に影響が無いとはいえ、他国を非難すれ
ばどの口がと言われかねない。グラドリア国民、特に直接影響を受けた人達は
尚更だろう。
法皇国オーレンフィネアが、献身的に救助復旧をしたからといって心までは癒
せない。一度受けた事は無かった事になど出来ないから、気持ちの修復なんて
あり得ないのだから。
「あくまでもこちらが求めた、という事にすれば大丈夫だろう。北方連国で起
きている事は、ザンブオンが大呪紋式を発動させた事に起因している。」
「同じく大呪紋式で被害を受けたグラドリアが、言う事に意味があるという事
ですね。」
「そうだ。グラドリアが大呪紋式による被害拡大の阻止を訴えれば、隣国もオ
ーレンフィネアを責める事はしないだろう。」
むしろこの状態で、ターレデファンを非難しない事の方こそ非難されそうな気
がするとアリータは思った。ターレデファンは北方連国に住む人を、閉じ込め
ているも同様なのだから。
「それで、ターレデファンの状況はどうなっている?」
「政府の強硬姿勢は関係なく、国民の方は通常と変わらないようです。ただ、
反感感情はあるようで、一部の国民が政府非難のデモを行っているようです。
今のところ小規模ではありますが、北方連国に家族が居る者達が中心となって
いるようです。」
「我々がターレデファンの非難をする事によって、流れは加速するね。対して
内部不信を抱えたまま、どこまで政府が強硬を貫くかだ。」
流石に国民感情は無視出来ないだろうと、アリータは思った。が、リンハイア
の言い回しが気になり、そうなるとは思い切れなかった。
「そろそろユリファラを入れ替えた方がいいかな。」
「はい。彼女はあまり、政治的な状況には向いていないと思います。」
一度戻してはいるが、再度ターレデファンに滞在している同僚の事をアリータ
はそう言った。態度が気に入らないとはいえ、状況から気を遣ったのだ。彼女
は執務諜員であると同時に、まだ十五歳の少女なのだから。
「誰を向かわせますか?」
「クスカが暇をしているだろう。」
「分かりました、手配します。」
実際のところ、暇はしていないのだが。国内でも問題は多い、その上執政統括
付きの事務処理も多い。人数が少ない執務諜員は何時でも業務に追われている
のが現状なのだから。
と思いつつ、彼は国外に行っている方が生き生きとするので、その方が良いだ
ろうとアリータも思った。事務処理で苦い顔をしているクスカの顔を見る度、
アリータもうんざりしていたので丁度良いと。
クスカと入れ替わりでオーレンフィネアに行っている、コンリトーの方が遥か
に良かったのだが、だからと言ってリンハイアの采配に文句があるわけでは無
い。イリガートのようにペンスシャフル国に住み着いてしまう方が、どちらか
と言えば問題な気がしていた。
「厄介事というのは、何時になっても折り重なって無くならないものだね。」
そう言うリンハイアの目は、何処か遠くを見ているようだった。それは窓から
見える景色ではなく、今より先の時間だろうとアリータは思わされた。
「そう、ですね・・・」
同じものが見えるわけでもなく、現時点でも重なる問題だらけだと思い、アリ
ータは不安から重い相槌を打った。



平穏だった。私の仕事が捗り過ぎたくらいだ。ザイランからの連絡は今のとこ
ろ無い、少しは情報くらい寄越せと思う。捜査情報を言えない事くらい分かる
が、何も無いと不安になる。
(ああでも、この前は堂々と話していたわね。だったら尚更教えてくれてもい
いのに。)
そう言えば報道で、ザンブオンがついに折れていたわね。折れたというか、あ
れは内部告発と言った方が正解よね。呪紋式の発動は誤動作じゃない、知らず
に発動させ全滅したんだろう。まあ、あれはもう使えないと思うし。私が破壊
した上に、破片は散らして来たから。
その辺の事実はどうでもいいが、問題は間道よね。今から取り掛かったって、
何ヵ月も掛かるんじゃないかしら。既に餓死者が出ていると言っていたし、確
実に今後も増えていくだろう。私が考えてもしょうがないけれど。
今は自分の事だけで一杯なのだから。
(モッカルイアに行ってみようかしら。)
北方連国の事はさておき、今後の展開を考えてふと思った。もともとモッカル
イア領にはお店を出そうと考えていたのだから。そうなると現状を確認するに
は、現地に行くのが一番手っ取り早いと思う。あれから一年半くらい経ってい
る、状況も大分変わっているだろうと思った。キャヘスによって派手に破壊さ
れた領主館も、復旧しているんじゃないかと。
ロググリス領の復旧でゲハートは忙しいだろうから、見に行くだけになると思
うけれど。
もし行くなら日帰りは無理なので、一泊になってしまう事を考えれば今は無理
かな。抱えている司法裁院の依頼を終わらせる方が優先だ。女の方が警察局の
対象になっているせいで、思うように動けないのが面倒だけど。
そんな事を考えたところで、小型端末が音声呼び出しを知らせてくる。誰かと
思えばザイランだった。なんて都合のいい連絡をして来やがる。
「少しは情報を話す気になったの?何も無しは困るのだけど。」
私は呼出に応じるなり冷たく言った。本当にこいつは事が起きてからでないと、
連絡してこないのよ。状況報告なんてしてきた事がない。あ、って事は何か起
きたか?
「それどころじゃ無いんだ、今すぐ出て来れないか。」
慌ただしい様子で言うザイラン。ほらこれだ。
でも、やっぱり何か起きたのだろう。
「何でいつも面倒が起きてから巻き込もうとするのよ。もう少し事前に情報と
か・・・」
「そういう問題じゃ無くなった、そっちの仕事にも影響が出るぞ。」
私の文句を遮って言ったザイランの言葉は、私の思考を一瞬硬直させた。つま
り司法裁院の依頼に影響があるって事?警察局は一体何をしているんだ。
「あのね、急にそんな事を言われても分からないわよ。」
「ああもういい、俺がそっちに行く。」
・・・
ザイランは苛立たしげに言うと、一方的に通信を切断した。そんなに急いでい
るなら、通信中に言えよ。馬鹿か。
何があったか分からないけれど、そういう態度は私の方も苛々するわ。
とは思うが、司法裁院の依頼に影響がある事を考えると、既に気が重くなって
きた。この後、ザイランから何を聞かされるんだろうか。そう思うと不安が込
み上げてくる。

三十分程してザイランがお店に来たので、傍のカフェ・ノエアに移動して話し
をする事にした。店主のロアネールに紅茶と、一番安い珈琲を頼んで席に着く。
「で、何をそんなに慌てているわけ?」
「女が始末された。」
こいつ、話しの流れってものが無いわね。一般人にそれだけで何をどう理解し
ろっていうのよ。阿呆か。
と思って苛ついたが、司法裁院の依頼に関係していて女?そう考えると思い当
たる節がある。ってことはまさか。
「はっ?それってボウトールの・・・」
「そうだ。もう少しで証拠が揃うところだったちというのに。」
ザイランが普段の苦い顔に悔しさを滲ませていた。眉間の皺も一層深い。
「いつ?」
「おそらく昨夜だ。夜のうちに掃除もされてしまっている。拠点となっている
家は、既に何も残されていなかった。」
「何で早まったのよ。」
予定ではまだ三日ある。それを繰り上げたのは一体何が有ったのか。
「それが分かれば苦労はしない。今局内は混乱の坩堝だ。」
そうか、言われてみればそうよね。事前に判れば対処のしようもある。大物へ
の手掛かりが潰された事で、警察局も大変ね。
「ついでに、ボウトールも昨日から行方が分からなくなった。」
「はぁっ!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「馬鹿、声がでかいぞ。」
ザイランに馬鹿って言われると、もの凄い納得出来ない。いや、かなり腹が立
つ。でもそれどころじゃない、対象が行方不明じゃ依頼も遂行出来ないじゃな
い。
思い出してみればそういう話しだった。ボウトールも女も同時に対処をしなけ
ればならないと。どっちか片方が潰れた時点で、もう片方も消滅するのだと。
「これでモリウス議員への道が途絶えた。もう尻尾は掴ませないだろうな。」
どうでもよくは無いけれど、私にとって今はどうでもいい。今の私にとってボ
ウトールの行方の方が重要だ。状況が変わって依頼が破棄になったとしても、
ボウトールような奴は放置したくない。
「それよりも、あっちの依頼はどうなるのよ?」
「わからん。再依頼の可能性もあるが、現状では何とも言えん。」
私の問いに、ザイランは頭を力無く振って言った。
「ボウトールが使っている家に踏み込んでみたが、酷い有り様だった。」
それは聞きたくないな。
「利用していた青年四人に聞いたが、誰も知らないと言っている。ただ、捕ま
えたのは少し前だからまだ情報が出てないだけかも知れんが。」
以前にも捕まった奴等と一緒だろう。情報が漏れるくらいなら最初からつるま
ない。そう考えれば、情報については期待出来ないわね。
「女性は無事?」
それよりも踏み込んだのなら、少しは助けられたんじゃないかと気になった。
「ああ・・・」
だがザイランの反応は、怒りを堪えているようだった。
「一人は捕まったばかりなのか、症状は軽い。だがもう一人は、ほぼ廃人だ。」
予想はしていたが、実際に聞くと本当に胸糞が悪い。
「他の女性については、奥の部屋でバラされて、部屋の真下に掘られた穴に捨
てられていた。まるで地獄のようだった・・・」
依頼が無くても見かけたら殺してやる。噴き上がる自分の黒い感情が抑えられ
ない。
「おい、落ち着け。」
「何をどう落ち着かせろって言うのよ。」
私がどんな顔をしているのか、分からない。けれど、ザイランが驚いているく
らいだから、ろくな顔じゃないでしょうね。
「お前が今憤って、何が変わるんだ。」
「煩いわね。」
分かっているわよ。今のだってただの八つ当たりでしかない事も。でも、どう
しようもないのよ。
「警察局の捜査か、あっちの情報が出るまで待て。勝手な事はするなよ。」
「私にそこまでの能力なんて無いわ。」
私は力を抜いて深呼吸する。みっともない。憤ったところで、言った通り私に
は何も出来ない。司法裁院みたいな調査も、警察局みたいな操作も、情報が得
られるわけでもない。駄々を捏ねている子供と変わらないじゃない。
「ごめん・・・」
「いやいい、気にするな。」
でも、ボウトールを目にしたらきっと殺す。理性の前に、きっと感情が身体を
動かしてしまう、そんな気がした。でもそれは口に出来ない。
「取り敢えず待っていろ。何かあったら連絡する。」
「何時も遅いくせに。」
「しょうがないだろ、局内での仕事が優先なんだから。」
分かっている、我が儘ばかり言っているのは私の方だと。やっぱり、成長しな
いわね私は。情けない。
「ゆっくりもしてられん、俺はもう戻るからな。」
「ええ。」
「くれぐれも勝手に動くなよ。」
私は分かったと片手を上げて、去っていくザイランに合図をした。
ボウトールに対する怒りが収まったわけではないが、またも面倒な事になった
と辟易した。ザイランに言ったように、私には探し出す事なんて出来ないだろ
う。今は、大人しく待つしかない。
そう思い紅茶を飲み干してノエアを後にすると、私はお店に戻った。
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