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紅湖に浮かぶ月4 -融解-
2章 信念と保心
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「人は脅威から逃げるが脅威を求めもする、愚かしい事だ。」
目が覚めると部屋の中は明るかった。窓から入る光が部屋の照明にも負けてい
ない。陽射しが直接入って来ていない事を考えれば、朝ではないのだろう。
冷蔵庫の前で横たわっていた私は、麦酒の缶は離していなかった。中身は空だ
ったが飲み干した記憶はない。当然横になった記憶も。夢を見なかった事に気
付き安堵感が沸いてくる。
身体を起こして時間を確認すると十二時を廻っていた。
「あ、お店・・・」
既に開店時間を過ぎていることに気付いたが、身体は動こうとしない。いや、
心が疲弊して何もしたくないと言った方が正しいのだろう。身体が動かないの
はそのせいだろう。
「喉渇いたな。」
冷蔵庫から水を取り出して飲む。水の冷たさで意識がはっきりしてくると、身
体が動いたから椅子に座る。今からでもお店を開けられるだろうか。
「面倒・・・」
とてもそんな気にはなれなかった私は、冷蔵庫から麦酒を取り出して開栓する。
今朝方傷ついた右手の掌が痛い。血は止まっている掌を確認してみるが、直ぐ
に止める。
どうでもいい。
そう思うと麦酒に口を付けて喉に流し込んだ。何もする気になれない、昨夜の
件をザイランに報告するのも面倒なので後回しにする事にした。
何処か散歩に行こうかしら。
此処に居るのも嫌で、何もかも放り出して出掛けようかと考える。ただこんな
時の過ごし方が分からない事に自嘲する。人殺しが何を放り出し何処に行ける
というのか、常に付きまとうその現実から逃れられる事など出来ないというの
に。
部屋の中空に視線を投げて溜め息を吐く。何もかも忘れられたらいいのに。と、
都合のいい方にばかり思考が向くのはそれだけ疲れているのだろうか、それと
も自分に辟易しているからだろうか。都合のいい事を考えたところで、苛む現
実なんて変わりはしないのに。
「ランチにでも行こうかな。」
腐った思考ばかり巡る状態にも嫌気がする。ランチでもしたら少しは気が紛れ
るんじゃないかと思う事にして、私は出掛ける準備をする。
準備をして家を出ると、普段は歩かない裏通りへ向かう。五分も歩けば商業地
区とはいえ、店舗も疎らになり住宅が増えてくる。住宅と言っても集合住宅が
殆どで、一軒家はあまり無い。毎日阿呆みたいに人通りのある表通りに比べれ
ば、人通りがあってもこの辺は閑散としていると言ってもいい。
通った事の無い場所を歩くのは新鮮かと言われるとそうでもない。興味がなく
ただ歩いているせいか、通り過ぎる景色でしかなくなっている。それが楽しい
か、気分転換になるかわからない。
更に遠ざかると、駅からも離れているせいか人通りもかなり減り、見かけるお
店も無くなってきた。呆と通り過ぎる景色は目に映るだけだったが、区画の角
にあるカフェが目に入る。今までと違いそのカフェは脳に情報として飛び込ん
できた。
古くさい建屋からは珈琲の香りが微かに漏れ、通りに漂っていた。特に意識す
るともなく足が向かいミアーレと書かれたそのカフェに入る。
落ち着いた雰囲気の店内は、年期の入った木造の椅子やテーブル、カウンター
の所為だろうか。店内は珈琲の香りが強く、煙草の臭いも混じったよくある匂
いだ。
「いらっしゃい、好きな席にどうぞ。」
シルバーフレームの眼鏡を掛けた中年男性、五十才くらいだろうか。濃い茶色
の髪には白いものがわりと混じっている。その男性が眼鏡の奥の優し気な目を
向けて言ってきた。
店内はそれほど広くはないが、お客さんも殆ど居ない。近所のおっちゃんっぽ
い人が、煙草を吹かしながら雑誌に目を通している。二人掛けのテーブルは六
つしかなく、後はカウンターに五席。私は迷わず窓際の空いている、一番端の
席に座った。喫茶アリアを思い出しながら。
既に用意していた水を、私が席を決めると直ぐにマスターが置く。
「決まったら言って。」
それだけ言うとカウンターの奥へ戻っていった。メニューを開くと色んな種類
の珈琲に、フレーバード。続いて紅茶にデザート、最後に食事。ランチメニュ
ーは無いらしい。メニューを行ったり来たり眺めているが、なかなか決まらな
いのは、今の自分のようで少し嫌な気分になった。
決まった目的があって入ったわけでは無いので、適当に頼む事にした。
「ビーフシチューとダージリン。」
「はいよ。」
私がカウンターの向こうに声を掛けるとマスターは笑顔で応える、読んでいた
新聞を置き、吸っていた煙草を灰皿に押し付けると準備を始めた。昼時なのに
お客さんの居ない店では暇なのだろう。今の私にとっては丁度いい気がした。
私も暇なので小型端末でも確認しようと思ったが、持ってきていない事を思い
出す。そういえば敢えて置いてきたんだった。する事も無いのでカウンターに
置いてある新聞を手に取ろうとしたが、テレビが点いている事に気付き席から
立つのも面倒なので、そっちを眺める事にした。
報道番組の内容は相変わらずで、グラドリアでの事件は差異はあれ根本的に大
差ない。会社不正、社員の横領、痴情の縺れからの殺害、殺人、誘拐、強盗、
窃盗と国内は通常運転だ。ナベンスク領の国境地帯ではメフェーラス国との小
競り合いが激しくなって来たらしい。
(今ゲハートに話しをするのは得策じゃなさそうね。)
モッカルイア領への開店を目論んでいる私は、都合の良い土地が無いか領主で
あるゲハートに聞いてみようと思っていたが、時期的に話しを切り出す時では
ないなと報道を見て思う。
「おまたせ。」
いつの間にか近付いていたマスターが、トレーからビーフシチューをテーブル
に置く、付け合せはブールパンだった。ティーポットとカップに、サラダが続
く。
ダージリンをカップに注ぐと爽やかな香りが漂い、気分が落ち着く気がした。
ビーフシチューを口に運ぶと、こくがありほほ肉が口の中でほどける。筋肉も
とろけて美味しい。
サラダを口に運びながら報道の続きに目をやる。ラウマカーラ教国は教皇が変
わっても民衆の感情や生活に変化はなく、未だにデモや教皇庁を批判する集会
が絶えない。それはあまり聞きたい話しではないわ。
オーレンフィネアではカーダリアが死んだ事により推進派の勢いが増して来て
いるらしい。あの馬鹿夫妻を思い出して切ない気持ちになり、泣きそうになる
が気にしないように頑張る。オーレンフィネアの情勢は知らないが、推進って
何を推進するのかしら。
そんな疑問を浮かべたところで、何時ものバノッバネフ皇国とグラドリア国の
国境での小競り合いに報道が移っている。興味も無いのでビーフシチューに集
中する事にした。世の中は何時もと大差ない流れの中に在り、私に流れる時間
も変わらないし生活も変わらない。
それは私がどう足掻こうが変わる事はなく、今の私の悩みなんて些事でしかな
い様に思わされる。でも、それに苛まれるのも現実。そう考えるともう自嘲し
かない。
「ごちそうさま。」
「どうも。」
私は会計を済ますとそのカフェを後にした。普通に美味しかったが、お客さん
が居ないのは場所の所為か、時代の所為かってところかしら。等と考えたが一
度来ただけで判断など出来る筈ないと自分の阿呆さに内心で苦笑した。
「お店、開けようかな。」
ふとそんな気分になった。
(戻って開店だと十四時くらいかな、遅すぎる開店時間よね。 )
そう思うと今度は内心ではなく表情に出して苦笑すると、帰路に着いた。
ナベンスク領、街から外れた高木が乱立する中に一軒の木造家屋があった。湖
畔のほとりと言うには遠すぎる場所は、アンテリッサ国を隔てるウンゲリンブ
山脈の方が近いかも知れない。
電気も通わぬその家の中は、周りに木も多いせいか薄暗い。その家の中から一
人の老人が出てくる。長い顎髭は白く、無造作に伸ばされた髪も同じ色をして
いる。薄茶色のローブに腰紐を着けただけの服装は、街中では違和感になりそ
うな見た目だった。
「グベルオル・ヘス・ヌアドゥス。あなたの暇潰しに付き合わされるのは、た
まったものじゃないわ。」
出てきた老人、グベルオルに対峙するように女性が現れ、シルバーブロンドの
髪の間から覗く、緋色の双眸で睨み付ける。
「こりゃ久しいの、リュティーエーノ。」
グベルオルは愉快そうに表情を緩め、現れた女性の名を口にする。
「老い先短い老人に誰も会いに来てはくれんからのう。」
リュティの鋭い視線を気にする事もなく、老人は顎髭を撫でながら楽しそうに
目を細めて言う。
「孤独のまま朽ち果てたらいいわ。」
「相変わらず冷たいのう。そんなところがいいんじゃが。」
グベルオルはリュティの突き放すような物言いすらも楽しむように笑んで言っ
た。
「しかし、クスカあたりが来るかと思っとったが、こりゃ当たりじゃのう。」
楽しそうに言うグベルオルに、リュティが剣呑な目を向ける。周囲の温度が下
がったような感覚に、グベルオルは愉快そうに目を細めた。
「あなたの戯れ事に付き合わされる身にもなって欲しいわね。」
「心地いい威圧よなぁ、ただ儂相手に生き残れると思っとるんか?」
リュティの威圧をものともせず、グベルオルは笑みを崩さずにリュティを見据
える。
「そうやって力を盾に、私たちで暇潰しをするのは止めてって言ってるのよ。」
怒気を孕んで凄むリュティにも、グベルオルは変わること無く楽しそうに嗤う。
「折角来たんじゃ、酒でも飲みながら話しでもどうじゃ?」
一触即発しそうな空気の中でも態度の変わらないグベルオルに、リュティは威
圧を止めると冷めた視線を向ける。
「馬鹿馬鹿しい、私はもう帰るわ。」
このやりとりすらグベルオルにとっては楽しみの一つだということに気付くと、
リュティはそう言って背を向けた。まんまと乗せられた事は腹立たしいが、そ
れを言ってはまた楽しませるだけだと思うと余計に腹立たしかった。
「なんじゃ、もう帰るんか。もう少し居てくれてもいいのにのぅ。」
グベルオルが面白くなさそうに言った事に、リュティは少しだが溜飲が下がっ
た。理不尽な思いをするだけの相手には関わらない方がいい。苛立ちから来て
しまった事は後悔してもしょうがないが、これ以上相手にする事は理不尽の上
積みでしかない。
「次は殺すわ。」
一瞥してそれだけ言うとその場から歩き始める。
「アラミスカの娘子は生きておったようじゃのぅ。」
立ち去り始めたリュティの背中に投げられたグベルオルの言葉に、勢いよく振
り返ったリュティの顔は緋色の双眸が吊り上がり、刺すような視線と憤怒に染
まっていた。その顔を見て老人は楽しそうな表情に戻る。
「まぁ、少し話しに付き合うてもいいじゃろ。」
立ち去ろうとしていたリュティは、身体を反転させるとグベルオルに歩み寄る。
「いいえ、今すぐ殺すわ。」
リュティの右手が霞み、伸びた爪がグベルオルを通り抜ける。揺らめいたグベ
ルオルの身体はその場から消えた。
「儂は話しがしたいだけなんじゃがのぅ。」
頭上から聞こえる声にリュティが見上げると、グベルオルは屋根の上でリュテ
ィに側面を見せ胡座をかいて座っており、上空に目を向けて顎髭を撫でていた。
「それなら手間の掛かる事は最初からしないで欲しいわ。」
リュティは言いながら屋根の上に飛び乗り、グベルオルの背後から爪を突き下
ろす。グベルオルの無造作に伸びた白髪が爪に絡み付き受け止めた。
「まぁ、わりと満足したしのぅ。この辺にしとかんか?」
グベルオルは振り向いてリュティを見上げると、苦笑する。
「此処で殺りおうてもなぁ、どうなるか分かっておるじゃろ。」
続けて言ったグベルオルの態度にリュティは更に眼光を鋭くさせ、爪に巻き付
いたグベルオルの髪を切り裂いた。切り裂かれた白髪が宙に舞い、屋根に模様
を造るように落ちると風に飛ばされる。
「安い挑発に乗ってしまったわ。但し、次は本当に無いわよ。」
既に地上で顎髭を撫でて笑んでいるグベルオルをリュティは見下ろし、苦渋の
表情を向けて言った。グベルオルの挑発など最初から無視しておけば良かった
と。
「ミサラナには宜しく言っといてくれ。」
「自分で言いに行けばいいでしょう。私はあなたのお守りじゃないのよ。」
リュティはそう言うと屋根から降り、グベルオルの横を通り過ぎる。
「儂がやらんでも何れ起きる事じゃ、その為の警鐘よ。護るには厳しい時代に
なってきたのぅ。」
笑みは変わらないが瞳には憂いを浮かべてグベルオルは、横を通るリュティに
言った。
「既に私たちの手は離れているのよ。人の欲が知識を伴っていない時点でね。」
グベルオルを通り過ぎたリュティは一瞬足を止め、鋭い眼差しを前方に向けた
ままグベルオルを見る事無くその言葉に同調した。リュティは言い終わると再
び歩き出しその場を後にする。
「であれば何故、アラミスカの娘に関わるのか・・・」
グベルオルはリュティが去った方に視線を向け、静かに漏らした。寂寥を伴っ
た呟きは林間の中に響く事もなく消え去った。
「聞いているの?アーリゲル卿。」
セーミラルの不満に対し、アーリゲルは億劫そうに半眼を向ける。
「聞いとるがよ。推進派の拡充についての方針じゃろうよ。」
「そ、そうよ。ただアーリゲル卿はその件に関して意欲を感じられないわ。」
聞いていた事に一瞬セーミラルは戸惑ったが、アーリゲルが推進派の動きに同
調していない事に言及する。
「セーミラル卿、やり方はそれぞれに任せてあるのだ。成果を急くものでもな
い。」
「分かっておりますが。」
マールリザンシュに窘められ、セーミラルはそう言ったがアーリゲルに向ける
目は何処か剣を残していた。
「ゾーミルガ卿の働きもあり、カーダリア・ヴァールハイアの死後、穏健派か
ら推進派に同調する者も増えて来ている。」
マールリザンシュはゾーミルガに目を向けて言うと、同席者に見渡す。
「あれの入手は頓挫したが、結果としては我々の向かう方向に進んではいる。」
「悠長な事よ。」
マールリザンシュの言葉に、アーリゲルは半眼を向けて吐き捨てた。
「いい加減にしなさいよアーリゲル卿。何の成果も無くいちいち話しの腰を折
らないで。」
「ふんっ。」
睨んで言うセーミラルから目を反らし、アーリゲルは鼻を鳴らした。
「仕方がない、現に私の計画が失敗して予定通りに進まなかったのは事実。進
んではいるが、微々たるもので時間が掛かるのも明らかなのだから。」
マールリザンシュはセーミラルを見てそう言うと、苦笑した。それでもアーリ
ゲルの言い様は無いと不満を顔から消すことは無かった。
「先ずは推進派の地盤を確固たるものにしてから事を進めるという前提は変わ
っていない。」
「何か新しい手があるという事でしょうか?」
マールリザンシュの言葉に、ゾーミルガが疑惑混じりに問う。頓挫した計画に
代わるものがあるのかと。
「何、推進派の拡大と平行してペンスシャフル国のあれを諦めたわけでは無い
という事だ。」
マールリザンシュの言葉に一同がざわつく、グーダルザを除いて。ざわめいた
のは以前、捜索していた者が還らなくなった事で一時は諦めていた筈だからだ。
「明日、バノッバネフ皇国の宰相であるギネクロア・ウリョドフと密会する事
になってな、この件について協調するための密約を前提に。」
先程より大きなざわつきが会議室を埋める。
「それを相談も無しに進めたのかよ!」
アーリゲルが噛みつく様に、マールリザンシュを睨んで声を荒げた。
「取り次げるか分からなかった故、決まるまで黙っていた。だから会談前にこ
うして、意見を聞こうと話しているのだ。」
「明日会談で意見を聞くも無いだろうがよ。」
「それに関しては私も急すぎると、アーリゲル卿と同意見です。」
アーリゲルの発言に、不服ではあるがセーミラルも疑惑の念をマールリザンシ
ュに向けた。
「もっともな意見だが、先方の指定日が急だったため時間が無くなった事はす
まないと思っている。ただ、これも一つの手だと認識してもらい時間は無いが
意見を聞きたいのだ。」
そこでアーリゲルが卓上を掌で叩きつける。
「それ以前の問題よ。グーダルザには話して他には話さずに進めたのは、どう
いう事かを聞いてるんだよ。他の者を蔑ろにするんなら、こんな場など設けず
に勝手に進めりゃよかろうがよ。」
マールリザンシュの提案にアーリゲルは憤りをぶつける。普段であればその態
度を咎めるセーミラルも、同意見なのか黙ってマールリザンシュを見据えてい
るだけだった。
「グーダルザには幾度かバノッバネフ皇国との調整をしたことがあった為、今
回調整役を頼んだに過ぎない。ただ、調整が取れるまで黙っていたのは私の独
断だ、申し訳ない。」
マールリザンシュは事情を言うと頭を下げる。
「内容に異論は無いが、それならこの場で言えばいいだろうがよ。それをこそ
こそとやるならもう勝手にやっておれよ。」
アーリゲルは吐き捨てると、席を立って会議室の扉に向かう。
「ちょっとアーリゲル卿、まだ会議は終わって無いわよ!」
アーリゲルの態度をセーミラルが咎める。
「話す気が無いなら居る意味は無いだろうがよ。」
アーリゲルは言い捨てると、乱暴に扉を開けて出ていった。ただ、アーリゲル
の言う事ももっとともだと思う部分があったので、セーミラルは強く止めよう
とは思えなかった。
「勝手が過ぎるのよ。」
乱暴に閉じられた扉を見据え、セーミラルは溢すとマールリザンシュに視線を
戻す。
「アーリゲル卿はこの場に相応しくないんじゃないですか?不満ばかり言って
いるようにしか思えません。」
とは言え、普段の行動から考えればアーリゲルの態度に対して、セーミラルは
思っていた不満をマールリザンシュに言った。そのセーミラルに対しマールリ
ザンシュは苦笑する。
「アーリゲル卿は口はわるいが、誰もが浮かべる疑問を言っているだけに過ぎ
ない。それは会議に於いて重要な事だ。」
マールリザンシュは一旦言葉を途切ると、真面目な表情をして続ける。
「それに、アーリゲル卿に付く推進派も多いのが現状だ。私は推進派の分裂と
いう事態は望んでいない。」
「確かに仰る通りですが。」
マールリザンシュの言い分に、セーミラルの言葉が尻すぼみになる。分かって
はいるが感情的には納得がいっていない表情をして。マールリザンシュの言う
通り確かにアーリゲルに付く推進派は多い、それにフォーベルン家自体がもと
もと力を持っている為、余計にその態度が気に入らないところがセーミラルに
は以前からあった。
「アーリゲル卿には後で謝罪をしておくが、ゾーミルガ卿とセーミラル卿は今
回の件、どう思われるか。」
居なくなった者の話しをしても進まない為、マールリザンシュは話しを進める
為に他の二人に確認する。グーダルザについてはバノッバネフ皇国との調整を
切り出した時点で同意をもらっている為、確認するまでもなく省いた。
「私は構いません。」
「同じく。」
セーミラルの同意に、ゾーミルガも頷きながら同意する。それを確認してグー
ダルザも、マールリザンシュを見て頷く。
「では後は、アーリゲル卿に話して明日に臨むとしよう。」
マールリザンシュは一同の態度に頷くとそう言い、会議を解散とした。
別室の休憩室で茶を啜りながらアーリゲルは不機嫌な顔していた。それは自分
の計画に水を差したマールリザンシュの行動に対してだった。ただ今更動き出
そうとも、既に実行している自分の計画の方が間違いなく早いだろうと思って
いた。密約とはいえ国家間の協定では時間が掛かり過ぎるのは目に見えている
からだ。
腑抜けでマールリザンシュに追従する三人ではろくに意見も言えないから、ア
ーリゲルは代わりに言ってやっていると思っている。ついでに自分が行ってい
る事に勘づかれないためでもあったが。もしユーアマリウの事が知れれば、い
くら自分でも地位剥奪の上収監されるか、オーレンフィネアからの追放は目に
見えて明らかだと。
「早いとこ進めるかよ。」
そう思えば早いところ事を進めなければと思い、アーリゲルは独り言を呟いて
立ち上がる。丁度そこで休憩室の入り口からマールリザンシュが入って来た。
間の悪さにアーリゲルは内心で舌打ちをして、茶を飲まずにさっさと帰れば良
かったと後悔する。
「何を早く進めるのかな。」
(ちっ、聞いてやがったかよ。)
アーリゲルはマールリザンシュの言葉に、再び内心で舌打ちをする。
「コーメウンの貴族だよ。カーダリアが死んでから推進派に傾きつつあるがよ。
早いとこ取り込んで次に行きてぇとこよ。」
アーリゲルはこういう時の為に用意していた逃げ道を使った。実際にコーメウ
ンを推進派に取り込むように動いているため、確認されたところで問題はない。
ただ、幾つもの手を用意出来るわけでも無いので、不用意な独り言から失った
手にまたも内心で舌打ちをした。
「確かに、彼は穏健派でも中立寄りだった。穏健派という名目は変わらないか
ら、推進派になったとなれば推進派拡充の動きに対して効果も大きい。穏健派
へのね。」
マールリザンシュはアーリゲルの話しに頷いて言った。
「それはそれとしてアーリゲル卿。」
もういいだろうと思い、休憩室を出ようとしたアーリゲルをマールリザンシュ
が呼び止める。アーリゲルは早くここを離れたかったため、幾度目か分からな
い内心での舌打ちをした。
「まだ何か用かよ。」
アーリゲルは足を止め、マールリザンシュを睨むように見据える。
「先程の話しだが事後になってすまない、何分私も手探りな状態なのでね、あ
る程度決まってから話そうと思っていたのだ。決して会議の席を蔑にしたわけ
ではない。」
マールリザンシュはそう言って軽く頭を下げ、それを見たアーリゲルは呆れを
顔に浮かべる。
「わざわざそれを言いに来たのかよ。」
「一致という条件は変えたつもりはないのでね。」
マールリザンシュは頷いて言った。それに対するアーリゲルは呆れの表情を変
えずに出口の方に顔を向ける。
「温すぎよ。が、別に反対しとるわけじゃないから好きにすればいいがよ。」
「ありがとう。」
礼を言うマールリザンシュを見ることなく、アーリゲルはそう言った後既にそ
の場を後にするべく歩き出していた。
薄暗い地下の中で、階段に座り目を閉じている壮年の男性がいる。長髪を全て
後ろに流し、眉間に寄った皺と険しい表情は、閉じた瞼の奥にある眼光が鋭い
であろうことを想像させる。
脇に置かれた大剣は座るのには長すぎて、背中に背負えないためだった。階段
の下に広がる空間の床は黒く染まり、壁にも同じ色が飛び散った様に模様を描
いている。重力に逆らえない余分な液体は、床に向かって幾重もの黒い線を描
いていた。
微かに血臭が漂う空間は、悪臭が強い為に血臭が薄く感じるだけであり、実際
のところは強烈な悪臭と血臭に埋め尽くされていた。それを形成しているのは
空間の隅に積まれた三十か四十程の肉塊だった。
新しいものはまだ血をゆっくりと流し、古いものは地下の高湿度と、変わる事
の無い気温のせいで腐敗を始めている。肉塊になった時に垂れ流される糞便と、
腐敗を始めた血肉と臓器が空間を埋め尽くす悪臭の原因となっていた。
男性は目を開くと鋭い眼光を空間、その広間の入り口の一つに向ける。脇に置
いてある布製の袋から携帯食糧を取り出すと、口に放り込み咀嚼しながら重い
腰を上げた。
「雑兵がいくら来ようと無駄なこと。」
男性がぼそりと呟くと、それが合図の様に見据えていた入り口から三人の男が
現れた。獲物を携え現れた男たちは、顔を顰め吐き気を堪えて決死の色を顔に
浮かべていた。これから死ぬのを悟っているように。
広間に入った男たちは、階段の上に立つ巨躯を見てたじろぐ。その巨躯の男性
は置いてある剣を手に取ることなく、階段を悠然と降り始めた。
「あれが、剣聖オングレイコッカ・・・」
男たちの一人が恐怖とともに吐き出す。
「疲れている様には見えないな・・・」
別の一人が蒼白な顔で漏らした。
「どちらにしろ、我らの進退には死しかない。」
最後の一人が悲愴な顔で言うと、腰に提げた剣を抜剣して降りてくるオングレ
イコッカに向かって歩を進める。残り二人もそれに倣い抜剣して続いた。
一人目が上段から斬りかかると、オングレイコッカは左拳で剣の腹を殴りへし
折り、右手で男の頭部を鷲掴みにして捻って首の骨を折る。頭部を掴んだまま
一旦後ろに振りかぶると、後ろから向かって来ている男に投げつける。後ろの
男が構えていたた剣に、投げられた男が激突と同時に胴を貫かれ、一緒になっ
て吹き飛び背後の壁に激突。
それを目にした男は恐怖に身体が硬直し、抜剣したままの状態で立ち尽くす。
男の恐怖に揺らいだ瞳に映るオングレイコッカが、霞んだ直後視界が暗闇に包
まれる。オングレイコッカの拳で頭部を破砕された結果であり、男には二度と
光が戻る事は無くなった。オングレイコッカは壁に叩き付けられ、苦痛に顔を
歪める男に近づくと頭部を掴んで首の骨を折る。男は一瞬の出来事に言葉どこ
ろか、何かを思う事なく鈍い骨の折れる音だけを残し沈黙した。
肉塊が増えた山を気にも止めずオングレイコッカは、階段の上に戻ると元の位
置、剣の置いてある場所に腰を下ろして瞼も下ろす。
一度目の侵入者を撃退した後、半日も経たずに次の侵入があった。三度目の侵
入時には相手の意図を察して、携帯食糧を持って扉へと続く階段に居座ること
を決めた。いちいち館に戻るのも面倒なため、睡眠と食事をその場で済ませる
ために。積まれた肉塊のせいで悪臭が充満し、酷い環境ではあるが戻る事を繰
り返すよりはいくらかましであると。
公務の方はウーランファに数日留守にすると任せてある。数日毎に食糧の補充
と、風呂や着替えと戻る必要はあるが、気分転換に丁度いいくらいに考えてい
た。戦場に比べればましであろうと思うが、何よりメーアクライズの様な事が
起きれば国家として崩壊する。それを思えばこの環境に不平を言える状況では
ないと。
背後にある大呪紋式の効果はオングレイコッカにも分からない。代々剣聖に受
け継がれて来たその秘密は、存在のみであり効果も不明で、発動した事がある
かも不明だからだ。ただ、メーアクライズの惨状を考慮すれば決して手を出し
たいと思える物ではない事だけは確かだった。
戦争の大半は利害と思想が絡んでいる。長年荒野に変えてまで利用する価値は
無いと、オングレイコッカは考える。脅迫としてなら使える可能性はあるが、
脅迫でも持ち出した時点で人間は使うものだとも思っている。であれば尚更世
に出すべきではないと。
思想の中でも迎合しない種族は滅ぼそうという人種も少なからず存在する。そ
の者が齎すのは他の破滅であり其処に利害は存在しない。自国の利益の為に他
国を制圧する戦争もあるだろうが、滅びを齎す者が力を手にすれば迎合しない
種族を容赦なくメーアクライズと同じ目に合わせるだろう。
行使した者は自分すら破滅するとオングレイコッカは思っている。そうなれば
破滅は加速するだけに過ぎない。だからこそ自分は今此処に居て、扉の奥に存
在するものは人が手にすべきではないと。
「急遽呼び戻してすまないエリミアイン。」
執政統括の部屋の応接用ソファーにリンハイアは座り、向かいに座る男性エリ
ミアインに言った。
「急用とあらば何時でも馳せ参じます。」
短髪の黒髪に黒目、精悍な顔つきをした二十代半ばの青年がリンハイアの言葉
に応じ頭を下げる。百九十程の長身で、どちらかと言えば細身であるが引き締
まった身体が目を引く。
「北方連国の方は変わりないか?」
リンハイアはアリータが煎れた紅茶を飲みながら確認する。アリータはリンハ
イアの使いで、紅茶を煎れると出掛けて部屋には居ない。
「はい。今のところカリメウニアとザンブオン両国とも動きはありません。」
出された紅茶に手を付ける事なく、エリミアインは背筋を伸ばした状態を変え
ずに答える。
「まあそう畏まらずにアリータの煎れた紅茶でも飲んで。飲まないとアリータ
が悲しむよ。」
目の前の堅物を崩してみようとリンハイアはアリータを理由にしてみた。実際
のところ悲しむかどうか定かではなかったが、堅物を動かすには十分な理由だ
った。
「は、お言葉に甘えて頂きます。」
エリミアインは一礼すると、紅茶のカップを手に取り一気に飲み干した。リン
ハイアはそれを見て、焚き付けた事を若干後悔する。
「美味しい茶ですね。それでリンハイア様、私を呼び戻した理由はなんでしょ
う?」
言いながらカップを戻したエリミアインを見て、一気飲みをして美味しいも何
もないだろうとリンハイアは思った。それこそアリータが見ていたら、折角の
お茶を味わいもせず飲んだ事に悲しんだかも知れない。と思ったが、そこには
触れず本題に入る事にした。
「オーレンフィネアの動きが危険だ。現地にはクノス・ノーバンを置いてはい
るが、実働する駒が欲しい。」
真面目な顔で駒が欲しいと言うリンハイアに、エリミアインは緊張から顔を強
張らせる。あまり見せない態度を目の当たりしたために。
「推進派でしょうか?」
エリミアインの問いにリンハイアは頷く。
「流石に情勢は把握しているようだね。だが、推進派ではあるが独断で動いて
いる者がいる。まだ特定は出来ていないが。」
「つまりその人物の特定と排除、という事ですか。」
特定出来ていない事に表情を曇らせるリンハイアをエリミアインが察して、自
分が呼び戻されてまでオーレンフィネアでやるべき事を確認する。が、リンハ
イアは即答せず一瞬考える素振りをする。
「排除、そうだね。舞台から降りてもらう必要がある。推進派の地位を失った
からと言って、止まるような人物ではないだろう。」
リンハイアは逡巡した甘さを切り捨てて言った。推進派は既に肩書きでしかな
く、己の道を突き進んでいるその人物は排除しなければ危険となるだろうと考
えて。
「それで、どこまで分かっているのですか?」
やるべき事が分かると、エリミアインは次に情報を確認する。
「ユーアマリウ・ヴァールハイアを拉致しているため、何処か特定の場所に出
入りしているだろう。クノスには動向を報告してもらっているが、この件は伝
えていない。中央に出入りしている推進派の誰かだが、中央の推進派について
はクノスに確認してもらえばいい。」
エリミアインはリンハイアが言った事に、眉間に皺を寄せ苦い顔をする。
「カーダリア卿の件は本当に残念でした。」
ヴァールハイアの名前を聞いて、エリミアインは悔やみを口にするとリンハイ
アを見据える。
「まさか個人的な動機、ではないでしょうね。」
リンハイアに限ってそれは無い、とエリミアインは分かっているがその口から
はっきり聞いておきたくて確認する。
「情勢に関わる事案だ。その人物はペンスシャフル国にも手を出している。」
リンハイアはエリミアインの確認に頷いて言った。
「なんと、ペンスシャフルにまで。」
それにはエリミアインも驚きを隠せなかった。法王国オーレンフィネアとペン
スシャフル国の間では、表だった諍いは無い。一体何が起きているのかと懸念
が沸いてくる。
「それと、推進派の中でもマールリザンシュ卿は除外していい。彼は強硬に出
るような真似はしない。」
「分かりました。」
エリミアインが応えたところで、執政統括の部屋の扉が開かれ誰かが入って来
る。在室確認もせず入れる人物など限られると思い、エリミアインは振り向き
ながら立ち上がると腰を直角に折り曲げ頭を下げた。
「畏まらんでいい。」
入って来た人物がエリミアインの態度に、快活に言った。
「ハイリ老、わざわざお越し頂いてありがとうございます。」
リンハイアも立ち上がり一礼するとそう言った。
「なに、気にするな。」
ハイリは笑顔で片手を上げて言いながら、リンハイアの隣まで来るとソファー
に腰を下ろした。その手にはかなり長い曲刀が握られている。ハイリが座った
事でリンハイアも倣って座る。
「まあ座って楽にしろ。」
ハイリに言われエリミアインは座るには座ったが、緊張から背筋は曲げられな
い。軍と政治の頂点に立つ二人を前に楽にしろと言われても無理な話しだった。
執務諜員であるエリミアインにとって、リンハイアはまだ馴染みがあるが軍事
顧問であるハイリはほぼ面識が無い。
「実は戻って来たついでに渡しておきたい物があってね、ハイリ老もエリミア
インならば託してもいいと了承をもらっている。」
リンハイアの言っている内容が何の事か分からず、エリミアインは緊張したま
ま目に疑問を浮かべた。
「お主の勇は聞いておる、十五にしてオーカユウブ流剣術の皆伝まで修めたら
しいではないか。」
「私など末席にすぎません。其処が始まりと心得、未だ精進している最中に御
座います。」
ハイリの言葉に頭を下げ、エリミアインは言った。
「謙遜なぞ面白くもなんともないぞ。」
笑って言うハイリに、言われてもどうしようもないエリミアインは困惑だけを
浮かべる。
「まだハイリ老の様に不敵にはなれませんよ、あまり苛めないでやってくださ
い。」
リンハイアの言葉に、ハイリはやや不機嫌な顔をして見せる。
「儂は褒めておるし、今後も期待して言ったのだがな。」
「本人はそう捉えていませんよ。」
リンハイアが苦笑して言う中、エリミアインは慌てて姿勢を正す。
「この若輩に余るお言葉、感謝致します。」
エリミアインは恐縮して言うとハイリに頭を下げた。
「まあよい、それより此れを渡しに来ただけだ。」
ハイリはそう言うと、手に持っていた長刀をエリミアインに差し出した。怪訝
な表情で長刀を見ていたエリミアインだが、見る間に驚愕の表情へと変化して
いく。
「流石にわかるか、お主なら相応しかろう。」
ハイリは口の端を吊り上げてにやりと笑う。
「く、雲斬などという銘刀、私の手には余ります。」
エリミアインはその銘刀を前に萎縮して、言葉に詰まる。
「何処ぞの滅剣が持っていて持ち腐れだから持ってきたが、儂は扱えぬしこの
国で相応しい奴もお主以外にはおらん。」
「私もそう思ってね、ハイリ老にお願いしたんだ。精進するのだろう?」
ハイリの言葉に、畳み掛けるようにリンハイアが被せる。二人に言われ完全に
萎縮してしまったエリミアインだが、震える手を伸ばすとハイリから雲斬を受
け取った。エリミアインは柄に手を掛けると、その表情は歓喜へと変わってい
く。
「なんという素晴らしき銘刀か、吸い込まれる様に手が馴染む。本当に預かっ
てもよろしいのでしょうか?」
「構わぬ。むしろ、既にお主の物だ。」
ハイリの不適な笑みに、エリミアインは感極まり深々と頭を下げる。
「有り難く頂戴致します。」
「うむ、精進せい。」
「はい。」
そのやり取りを見ていたリンハイアが苦笑する。
「まるで師弟のようだね。」
「あ、申し訳ありません。私が仕えるのはリンハイア様のみです。」
リンハイアの言葉にエリミアインは慌てて取り繕う。
「別にそういう意味で言ったのではないから、気にしなくていいよ。」
その態度を見て、リンハイアは何時もの微笑で言った。
「しかし、執政統括の配下は粒揃いよな。どうだ、一人くらい儂によこさんか
?」
「本人が了承すれば構いませんよ。」
不敵な笑みをリンハイアに向けて言うハイリに、何時もの微笑で応じるとハイ
リは不満顔になる。
「面白くない小僧だ。」
ハイリはそう言うとソファーから立ち上がる。
「儂は用済みなんでな、戻るわ。」
それだけ言うと扉に向かう。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございました。」
リンハイアは軽く背中に声を掛けただけだが、エリミアインはソファーから立
ち上がり深々と頭を下げる。ハイリはそれに対し片手を上げただけで部屋を出
ていった。
「さて、早速で申し訳ないがオーレンフィネアの件は明日から頼む。」
「分かりました。」
「時間は少ないが、今日はゆっくりするといい。」
「はっ。」
エリミアインは立ったまま、ハイリに下げた頭を今度はリンハイアに下げ、部
屋を後にした。一人になったリンハイアは、机の上に在る水差しからグラスに
水を注ぐと、窓際に移動してアーランマルバの街を見下ろした。
「助けたいと思うのも事実。人の身としては。」
公然とは口に出来ないが、独り言くらい漏らしてもいいだろうと思い、リンハ
イアはグラスの水に口を付けた。
2.「勘違いも甚だしい、人は他人の都合で生きているわけでない。」
「ミキちゃんおかわりお願い。」
「はーい。」
カフェ・マリノで麦酒のおかわりお願いする、近くを通りかかったのでお金を
渡して。まだ夜にはなっていなため、仲良くなった店員におかわりをお願いし
たわけだ。彼女は十九時までの勤務で、後一時間程で上がりだ。本当は会計ま
で行って買わないといけないのだけれど、良くないと思いつつもつい。
「お店も開けずにこんな時間から飲んでていいんですか?」
おかわりを持って来たミキちゃんが、お釣りと一緒に麦酒を置きながら言って
きた。
「今日は定休日。」
「はいはい。」
と笑いながらあしらって去っていく。
結局お店を開ける気分にはなれなくて、家で呆としていたのだが飽きたので、
マリノに来て飲んでいる。郵便受けを確認したら見たくもない封筒が入ってい
たので床に叩き付けた。開店の意欲を削いだ一因でもある。昨日の今日で中身
なんか見たくはない。けれどそのうち見て、嫌々ながら行くんだろうなと思う
と、その堂々巡りにまた嫌気が差す。抜け出せないその螺旋に。
(いや、私は本気で抜け出そうなんてしていないのよね、きっと。)
現状に甘えている自分、現状を諦めている自分、現状の変化を望んでいる自分、
現状から結局抜け出せない自分、どれも私でどれも嫌気ばかりだ。麦酒を飲み
ながら巡る思考にうんざりする。
(今日はこれを飲んだら、帰って寝ようかな。)
何時もの生ハムを口内に放り込み、咀嚼しながらそんな事を考える。こんな時
間に寝るとか、何時以来だろうと考えて、内心で苦笑する。まあいいかと思う
と、残りの麦酒を空けて片付けると家に帰り寝る事にした。
翌朝、麦酒の缶を持ちテーブルに突っ伏した状態で目が覚める。
(結局帰って飲んだんだっけ。)
呆っとする頭で昨夜の事を思い出す。
「あら、おはよう。」
そんな私に声を掛けてくるリュティ。戻って来ていたんだと思いつつ、その声
は聞き覚えのある懐かしい声のように感じた。
「そっちの仕事は終わったの?」
「ええ。突然空ける事になって悪いと思っているわ。」
私の問いにリュティは申し訳なさそうに答えた。かなり気にしていたのだろう、
言葉通りの表情をしている。飛び入りの仕事に行かざるをえなかったのを、後
悔しているのだろう。
「気にしてないわよ。休暇を取ったと思えばいいじゃない。」
寝起きでまだ意識ははっきりしていないけれど、弱々しいが多分笑顔で言えた
筈。実際言葉通りなのだが、休みを取ったくらいの感覚なので気にはしていな
い。
「それなら良かったわ。ただ、遣いは無愛想で申し訳ないわ。」
何時もの微笑でリュティはそう言った。言われてみれば来たわね、確かに無愛
想だったけどあれは融通もきかなさそう。
「確かに、用件だけで直ぐに帰って行ったわ。」
「融通もきかないのよ。」
リュティは苦笑して言ったが、やはり見透かされているようで落ち着かない。
「とりあえず朝ご飯の準備をするわ。」
リュティはそう言うと台所と向き合う。もともと準備をしていたようで、続き
を再開をしたようだ。
「私、シャワー浴びてくる。」
「分かったわ。」
とこちらを向いて言ったリュティの顔が曇る。少しの間、私を見ると悲しげな
目をした。
「酷い顔、しているわ。」
「いろいろと、疲れているのよ。」
私は苦笑して言うと、浴室に向かった。心配そうにしているリュティの視線を
背中に受けながら。実際、疲れているんだろうなとシャワーに打たれながら思
う。毎度の事ながらシャワーを浴びると落ち着くが、心は洗われない。
シャワーを浴びて戻ると、テーブルの上には料理が並んでいる。それを見て、
リュティが居ないと私は家でろくな食事をしないなと自嘲した。大概麦酒を飲
んで潰れているだけなんだと。席に着くと卵スープを口にする。食道を通り胃
に広がる熱は、何処かほっとする。
「家で麦酒しか飲んでないのでしょう。」
向かいに座るリュティが言ってくるが、その通りなので反論は出来ない。
「面倒なのよね。外で食べるのは苦にならないのだけど。」
自分で用意するのがねぇ。外で食べるのは美味しいし楽だから、食べたいもの
をついつい頼んでしまう。だけどお金を払うのだから自分が飲み食いしたいも
のを頼むのは当然よね。
「確かに外での飲食は美味しいし楽でしょうけど、少しは節約しないとお店の
展開も進まないのではなくて。」
「心にもゆとりは必要なのよ。」
リュティの言っている事ももっともだけど、心が疲れたら意味がない。私はそ
こまで自分を追い詰めたくない。言い訳や逃げだと言われようと、弱い自分を
擁護して心に隙間を作らないと辛いのよ。
「折り合いの付けどころは、難しいわね。」
リュティはそう言って少し寂しそうな顔をする。普段から気にしている私の事
を思っての事なのだろう。司法裁院の仕事終わりの私を見ると、概ね似たよう
な顔になっている。
「何時までも続けられるわけじゃないし、その時私はどうするのかな。」
司法裁院の仕事は、肉体的に何時までも出来るものじゃない。私は自分と向き
合えるのだろうかと、先に不安を覚える。血に染まった人殺しの手で、安穏と
お店を続けるだけの気持ちを持てるのだろうか。
「ま、どれだけ先の事か分からないし、今考えて不安になってもしょうがない
か。」
私は気持ちを切り替えると、リュティが用意した朝食を食べる事に専念する。
「私も出来る限りの事はするわ。」
リュティは何時もの微笑で言ってくれるが、そこまでして私に関わる理由は分
からない。いや、私が拒否しているのだが、それを受け入れる日が来るとは今
の私には思えない。受け入れる時が来たとして、私が私でいられるかも分から
ない。ただ、何処まで往っても私は私でしかないのは変わらない事象だけど。
「今日はお店を開けないと、頑張ろ。」
「そんな事だろうと思ったわ。」
何気なく言った私の言葉に、リュティが呆れた顔を向けてくる。
「昨日は定休日よ。」
私は真剣な眼差しでリュティを見据えて言い返す。
「心の休息も必要よね。」
先程の話しで察したのだろう、リュティはそう言うとふっと息を漏らすように
微笑んだ。お店が夢で持ったからと言って、それに縛られたら本末転倒よ。と、
言い訳しておかないと自分が持たないわ。
「あ、そう言えば見たくもない封書が来ていたのを思い出したわ。」
「無理しない方がいいんじゃない?」
終わったばかりでまた来ている司法裁院からの依頼を、リュティが心配して受
けなくてもいいんじゃないかと含んで言った気がする。
「まあ内容次第では断るわ。取り敢えず開店前に目だけ通しておくわ。」
「そう。」
リュティはそれだけ言うと立ち上がり、空いた食器を片付け始める。
「ご馳走さま。」
私はそう言うと、昨日床に叩き付けた封筒を拾って開封する。何時も通り何の
変哲も無い危険人物特別措置依頼の文字が目に入る。私は用紙を取り出すと、
内容を確認する。
名前はオグメナタ・ゴスキュイ、四十歳男。見た目は普通のおっさんだが一体
何をやらかしたのか。期日は五日後と阿呆裁院にしてはまともな日程だった。
(普段からこれくらいの余裕を持ってくれないかな、まったく。)
内心で呆れを吐きつつ続きを確認する。
セラーエクバ損害保険の幹部。
(ああ、五葉会か・・・)
関わりたくない思いから気分が沈む。この間のネヴェライオ貿易総社の件を思
い出し、まだ引き摺っているんだなと思わされて。
オグメナタは慈善事業で孤児院を運営。施設の管理者として自身の部下を常に
置いて、給仕等の人員は外部から雇用している。
(ん?ここまではむしろ好い人だが、ここから地獄行きなのよね。)
先が分かっているからそう思うと、読む前からうんざりしてきた。
孤児院を運営する為の収益は、孤児院を利用する客から主に得ている。
(孤児院を利用する客って時点で既におかしいわ。)
孤児院には客室が幾つか用意してあり、その区域の管理はオグメナタの部下が
直接行っており、外部雇用の人員は立ち入りを許されていない。利用者は様々
だが、殆どが企業の幹部や病院の上部職、公人の要職や議員といった所謂金持
ちが多い。
孤児院は現在、少年が十人に少女が三人。入れ替わりが多いが、引き取り手が
現れたとしか外部雇用の人員は説明を受けていない。収益が多いため、食事や
衣類は他の孤児院に比べて遥かに贅沢だそうで、それが理由の一因として引き
取り手が多いのだとか。実際のところは使い物にならなくなった子供は臓器販
売のために処分されている。
客として訪れる好事家は当然、主に少年を性玩具として求めて訪れる。
(吐き気がしてきた・・・)
黒い感情が、吐き気とともに込み上げてくる。客も含めて皆殺しにしてやりた
い気分を圧し殺す。表向きは他よりもお金の掛かっている孤児院でしかなく、
訪れる客は視察と寄付が目的となっているらしい。実際に引き取っていった要
職もいるが、それは人身売買とされている。ただどれも証拠がなく、客専用区
域も至って普通の寝室と応接間が幾つかあるだけで、警察局でも手が出せない
らしい。むしろ利用して情報の秘匿に絡んでいる局員もいると書いてある。
孤児院ごと潰してやりた気分になるが、ハドニクスの件があり歯止めとなる。
あれで苦い経験をしていなければ、やりかねない自分の危険性の認知度は低か
っただろう。
結局、何処まで行っても犯罪の内容は、殺人に性犯罪、人身や臓器売買といっ
たところに収束してくる。それが大半で、窃盗や強盗、詐欺といった類いの依
頼は少ない。
これは人間が造り出した社会の中で、倫理に関するところなのだろう。殺害や
性犯罪が、法律上刑罰が大きい事からも見てとれる。という私も十分感化され
ているのは間違いない。受け入れられないし、気持ち悪いし、そんな奴らは滅
びればいいと思っている。
自分も同じ穴の狢だというのに、その思いに自嘲すら出来ず嫌気が差す。
「開店の時間よ。」
リュティの言葉で闇の渦から引き戻される。時計を確認すると短い針は十時を
指していた。
「ほんとだ。」
私は依頼書を封筒に戻して椅子から立ち上がる。
「今回は止めたら?辛そうな顔をしているわよ。」
「やるわ。今の私にはやるしかないもの。」
リュティの気遣いに、私は弱々しい笑みで言うと開店のために店内へと向かっ
た。
ランチを終え、お客さんの来ない店内で何処を見るでもなく、視線を彷徨わせ
る。カウンターに付いた肘の先にある掌に顔を預けて。
「その態度じゃお客さんも寄り付かないわよ。」
商品を入れている棚の、硝子を拭きながらリュティが言ってくるが大きなお世
話だ。お客さんは午前中に一人入って来ただけで、何も買わず見るだけ見ると
去っていった。今日の売り上げは今のところ零なのだけど、やる気が出ないの
で薬莢の記述もアクセサリー造りもしていない。暇な時こそやるべきなのは分
かっているけれど、どうにもやる気になれない。
時間が十五時に差し掛かろうとした時、お店の扉が開いた。やっとお客さんが
来たと思い、いらっしゃいませと声を掛けようと入り口に視線を向けた直後、
私は硬直した。望んでもいない、顔を見たくもない来訪者が微笑を浮かべてこ
ちらに近付いて来る。
「どうも。」
「私はあんたの顔は見たくなかったんだけど。」
挨拶をしてくるリンハイアに、姿勢は変えずに目付きだけを鋭くして私は言っ
た。リンハイアに同行している女性二人、メイの方は相変わらず私の態度が気
に入らないらしく睨んでくる。アリータの方は慣れたものなのか、何時もの態
度を崩してはいない。
「少し・・・」
「いやよ。」
リンハイアが口を開いたところで、私はきっぱりと拒否する。
「まだ何も言ってませんが。」
微笑を崩さずにリンハイアはそう言った。白々しい。
「執政統括がわざわざ出向いて来るなんて、ろくでもない事を押し付けに来た
以外に考えられないわ。」
私の態度にメイが前に出ようとするが、リンハイアは片手を少しだけ動かして
制止する。
「ええその通りです。故に、出来れば店内でないところで話したいのですが。」
リンハイアはしれっと開き直って言いやがった。
「聞くなんて言ってないでしょ。」
「ヴァールハイア家の行く末は最後まで見届けてくれると思っていたのですが、
残念です。」
リンハイアが微かに寂寥を浮かべて言った。
「どういう事?」
うっかり聞き返してしまった事に、私は苦い顔をする。あの馬鹿夫妻の件はも
う終わったんだ、オーレンフィネアまで行って私なりに終わらせたつもりだっ
た。だけど、その名前を出されて無反応で終わらせられる程、私の中で時間は
経過していない。たった二日の付き合いだけど、一ヶ月で風化するような軽い
出会いなんかじゃなかった。だからこそ私は、オーレンフィネアまで出向いた
のだろう。
「リュティ、お店お願い。」
事の行く末など全く気にする様子もなく、硝子を拭いているリュティに私は声
をかけた。リュティは頷いたたけで何を言うでもなく、カウンターの方に向か
ってくる。
「こっちよ。ただ、応接間なんて気の効いたものは無いわよ。」
リュティが引き受けた事を確認すると、私はリンハイア一行を住居区域へと連
れ移動する。ヴァールハイアの名前を出され、上手く釣られてしまったのが悔
しいところではある。
居間に着くと食卓の椅子にリンハイアは躊躇なく座りやがった。普通、家主が
促した後に座らないか?取り敢えず私も座るが、メイが台所を勝手に使いお茶
の準備を始めるのが目に入る。おい。
「台所、お借りします。」
いや、使い始める前に聞くだろ。さも自分の家のように使い始めてから聞くか
?こいつら国を運営する前に一般常識から学び直して来いよ、馬鹿か。まあリ
ンハイアの配下は命令で動いているだけだから、運営に関しては違うかもしれ
ないが非常識なのは揃って同じだ。
「カーダリア卿のご息女についてはご存知ですか?」
座ったリンハイアが開口一番、聞いてきたのは夫妻の娘についてだった。あの
馬鹿夫妻は、アールメリダの復讐という道を選んで本懐を遂げた。生存してい
るのは私がオーレンフィネアで会っただけの、ユーアマリウの筈。他にいるな
らもう私の知るところではない。
「アールメリダを知ったのは殺された後だけど、ユーアマリウは墓前で一度会
っただけよ。それだけで、よくは知らないわ。」
リンハイアは私の言葉に頷くと続ける。
「ヴァールハイア家最後の生き残り、そのユーアマリウ嬢が何者かによって拐
われた。」
なんて事、ヴァールハイアって不幸の家名なんじゃないかと思わされる。いや、
夫妻は別として娘二人にとってだが、現代までよく続いてきたなと思わされる。
「見つけて助けろって言うんじゃないでしょうね?」
他国の事件にまで巻き込まれたくはない。モッカルイア領での件で嫌っていう
程懲りたわ。
「いえ、違います。薬莢への記述をお願いしたくて来たのです。」
じゃあ何でユーアマリウの話しをしたんだ、嫌がらせか。それはさておき、私
はリンハイアを睨め付ける。
「二度とやらないって言ったでしょ。戦争の道具なんてもうごめんだわ。」
私の怒気を込めた視線も言葉も、リンハイアは微笑で受け流しながら背広の上
着の内側から一枚の紙片を取り出す。折り畳まれたその紙片を広げると、私の
前に差し出して来る。
「何?本気で殺されたいの?」
人の話しを聞かないリンハイアに、怒りを押さえられず声音を低くして殺気を
籠める。台所でお茶の準備をしていた二人が勢いよく振り返り身構えるが、知
ったことじゃない。殺されようと二度と戦争の道具になんかされないわ。
「戦争ではありません。貴女なら見れば解ると思いますが、これは国を守る為
にどうしても必要なのです。」
護衛二人を制してリンハイアは言った。その顔から微笑は消え、いつになく真
面目な面持ちで私を見据えていた。
「だったらカマルハーに記述させればいいでしょう。」
私は気を鎮めながら、紙片に描かれた呪紋式を眺めつつ言った。どうせ何か理
由を付けつつ、カマルハーを留守にして私の所に来たのだろうが。
「彼には無理だと言われました。」
「だったら尚更、私には無理でしょうが。」
何を言っているんだこいつは。国内でも指数本に収まる程の呪紋式技術士が無
理なことを、私が出来ると思っているのか。何処かに行かせたなんて予想以上
にろくでもない話しだった。
「記述した事が無い上に、時間も大幅に掛かり精緻に欠けると。今回は時間が
無い為、貴女ならとカマルハーとも意見が一致してね。」
何でそこで私になるんだ、阿呆か。と思いながら机上の呪紋式を眺めていたが、
確かにこの前の様な呪紋式ではない。おそらく防御結界か何かだろうが、どち
らにしろ戦争の道具であることには変わらない。
「どうぞ。」
そこでアリータが私の前に紅茶を置く。自前で持って来たであろうダージリン
の爽やかな香りは、何処か気分を落ち着けてくれた。ついでにアンパリス・ラ
・メーベのシュークリームも置かれた。
ウェレスの件でアーランマルバに行った時依頼なので久しぶりだが餌に釣られ
る程、今の私は気分が穏やかではない。
「ありがとう。」
アリータにお礼を言っている間に、リンハイアはメイから受け取った紅茶に口
を付け、シュークリームも既に食べ始めていた。本当に自分の家だとでも思っ
ているんじゃないだろうか。死ね。
「大体、有数の記述士が無理と言った上で、私が候補に浮上する事自体おかし
いわ。それに結界だとしても戦争の道具になることは変わらない。だから私に
受ける理由は無いわ。」
かなり大掛かりな呪紋式な気がするそれを眺め、私は拒否する。小銃の薬莢に
なんか納まらないであろうその呪紋式は、この前の大型呪紋式銃で使うのだろ
うかくらいは想像するが。
「自分を過小評価し過ぎかと思います。カマルハーに出来なくとも貴女なら可
能だと、私も思っています。」
「それこそ過大評価でしょうよ。」
私も紅茶を飲んで、シュークリームを一口囓ってから言った。うん、やっぱり
美味しい。
「突如襲い来る不条理に備えるのも為政者の務め。成すことが可能ならば当然、
利用出来るものは利用します。」
おお、はっきり私を利用すると言うのは潔いがそれはリンハイアが歩む道だか
ら、私の知った事ではないので好きにすればいい。私は成せないから巻き込ま
ないで欲しいわね。
「その姿勢はいいけど、無理なものは無理よ。」
「アリータ、薬莢を。」
「やらないって言ってるでしょ!」
私を無視して話しを進めるリンハイアに苛つき、テーブルを掌で打ち声を大き
くした。衝撃でティーカップとソーサーが騒がしい音を立てる。メイは相変わ
らず睨んでくるが、アリータは淡々と荷物から長方形の箱を取り出してテーブ
ルの上に置いた。厚手の書類が入りそうな箱の蓋をリンハイアが開けると、先
端の尖った金属が見える。リンハイアは一つ金属を摘まんで取り出すと、私の
前に置いた。
「なに、これ・・・」
薬莢部分が十五センチメートル程で、先端の尖った金属が五センチメートル程。
直径は四センチメートル程もある見たことも無い薬莢だった。
「機密なんですが、大型遠距離呪紋式銃用の薬莢です。」
「・・・」
私は声も出ずに口を半開きにして固まる。遠距離の呪紋式銃ですって!?技術
の進化に対しての驚きと、それが可能にする恐怖に気分が悪くなってくる。そ
れをさらっと言いやがったリンハイアに、嫌悪の視線を投げつけた。
「数年前から開発していたんですよ、発見されたこの呪紋式を可能にする防衛
技術を。」
だったら記述もその時からやらせとけよ。
「必要になるのはもう少し先の事かと思っていました。以前、貴女がグラドリ
ア城に来たときに話した事を憶えていますか?」
私の内心を察しているように話しを続けるリンハイアが言った内容に、私には
現実感が無かったあの壮大な話しを思い出す。同時に苦い経験でもあったので
余計に気分が悪い。
「それが何?」
苛立ちから態度も悪くなってくる。
「私の予想よりも早く、時代は進んでいるようです。運用試験を行ってから、
実運用に漕ぎ着けようと考えていたのですが、難しい状況になりました。」
「知らないわよそんなこと。それで私を巻き込まないでよ。」
リンハイアの予想とか私には関係ない。そんな事で私を巻き込む理由にはなら
ないし、何よりこれ以上リンハイアの都合に関わりたくない。大体、国家の問
題なのかリンハイアの都合なのか知らないけど、そんな問題を一個人に持って
くる事自体おかし過ぎるのよ。
「私が甘かったのは分かっています。ただ、この国を護るための予防策に協力
して頂けませんか。」
「嫌だって言ってるでしょう。」
しつこい。やるなら勝手にやっていればいい。
「これはユーアマリウ嬢が拐われた事とも大いに関係しているのです。」
「もう関係無いってば。」
尚も食い下がってくるリンハイアに、呆れと苛立ちを現にして突き放すように
私は言った。国の行く末も、ヴァールハイア家の事も、私には関係の無い話し
だ。どうしてそうまでして私が嫌がる事をやらせようとするのかと、恨みがま
しい目を向けると、リンハイアは視線を薬莢に落とし何やら考えているようだ
った。
「私も此処で諦める事はしたくないんですよ。」
薬莢から私に移したリンハイアの視線は、目つきは普通だが鋭く意を決したよ
うだった。普段は見ない真剣な目付きを私も見返す。
「そっちの都合なんかどうでもいいの、私はやらない。」
お互いに譲らない私とリンハイアは、部屋の中に緊迫した空間を造りだす。ア
リータは澄ましているが、メイはその緊張感からか身構えそうだった。私の家
なんだけどな、何これ。自分の寛ぎ空間なのに何で私がこんな思いしなければ
ならないかな。勝手に押し掛けて来て、勝手な事を言うだけ言って、私になん
の恨みがあってこんな思いさせられるのよ。
それでもリンハイアの瞳は揺らぐ事なく私を見据えて、口を開いた。
「メーアクライズの二の舞を見たいですか?」
リンハイアの口から出た言葉は、一瞬にして私の理性を吹き飛ばした。椅子を
蹴倒しリンハイアに掴み掛かろうとするが、アリータが右手で私の左腕を掴み
左手に持った短刀を首に押し付けてくる。メイは逆に私の右腕を掴んで、右脇
腹に銃口を押し付けていた。
「今何を言ったぁっ!」
押さえ付けられながらも私は叫び、リンハイアに掴み掛かろうと前に進もうと
する。アリータの短刀が首に食い込み、溢れて滴り始めた血が白のシャツを赤
く染めていく。
「ミリアさん落ち着いて、死にますよ。」
行動とは裏腹に、アリータが困惑と心配が混ざった表情を向けて言って来るが、
私には届いていなかった。
「それだけの脅威が迫っているんです。だからこそ貴女にお願いをしに来たん
です。」
まったく揺らがない瞳で、押し付ける信念は先を憂う為政者として曲がること
はない。穏やかに言ってはいるが、引き下がるつもりはリンハイアも無いよう
だった。それでも今の私はそれすら届かない。
「今すぐその口を塞いでやるっ!」
前に出ようとするが、身体が進まない。本当はテーブルを粉砕してでも足を蹴
り上げればよかったのかも知れない。でも私はそこまでの考えすら出来ず、た
だ目の前の脅威に噛みつきたかっただけなのかもしれない。
逆に自分が怖かったのかもしれないし、死ぬことが怖くてそれ以上身体を進め
られなかったのかも知れない。逆に受け入れたくない現実から逃れるように、
短刀に首を委ねたかったのかも知れない。
「未然に防ぐ事、被害を抑える事、その手段を持っていながら何故逃げるので
すか。何故手を差し伸べないのですか。」
真っ直ぐ突き刺さるリンハイアの眼差しは、拒絶している自分すらも貫いてい
るようだった。記憶の奥底に閉じ込めて、見ることも触れることも無い。けれ
ど決して消えることの無いその記憶に触れてしまえば、私はどうなるのだろう
か。触れて鮮明に呼び起こされてしまったらと思うと、閉じ込めて見ない振り
をしてきた。それは私の防衛本能なのかもしれないが、目の前の為政者はそん
なものお構い無しに突き刺して来る。
踏み込んでくる。
「殺してやる・・・」
沸き上がる黒い感情から身体の力が抜け、暗さが滲み出たような瞳でリンハイ
アを睨み付け私は静かに言った。私の変化にアリータとメイが戸惑いの表情を
見せるが、今の私には映っていなかった。それでも変わらず見据えてくる目の
前の双眸を睨み返すだけで。
「私を殺せば大陸の崩壊は加速する、それは分かっている筈です。自ら選択
出来る状況にありながら、アラミスカの・・・」
「そこまでにしておきなさい。」
リンハイアの言葉に一瞬前に出た私の首に、更に短刀が食い込んだところで静
かだが、有無を言わせないような意思を秘めた声が空間を制止させる。ただ、
首から滴る生暖かい感触と、うねる感情だけが感じられるようだった。
「それ以上は私が相手になるわよ。」
突然割り込んだリュティの態度は、その場に居た三人を凍りつかせた。当人と
リンハイアを除いて。今まで感じた事の無い威圧に、普段一緒に居る私ですら
固まる。リンハイアはその威圧すら感じていないようにリュティへと視線を向
け見据える。暫く膠着状態が続いたように感じたが、部屋を占める空気の所為
なのだろう。やがてリンハイアは椅子からゆっくりと立ち上がる。
「今日のところは退散します。この場に居る誰も欠きたくないのでね。」
アリータとメイが驚いてリンハイアを振り返る。引き下がらないとでも思って
いたのか、それとも一人の女性の一喝に引いた事にか分からないが。私は激し
く巡った感情の所為で硬直し、思考も巡らす事が出来ず動けないまま立ち尽く
していた。
「薬莢と呪紋式は置いていきます。出来たら連絡をください。」
悠然と店舗の方へ向かいながら、リンハイアはその言葉を置き去りにして去っ
ていった。リンハイアが去った後、立ち尽くす私の横にリュティが来ると、紅
月と薬莢二つをテーブルの上に置く。その薬莢は止血と痛み止めだった。
「往き急がないで。アーランマルバにもモッカルイアにもお店、出すのでしょ
う。」
リュティは何時もの微笑でそう言うと、そっと私の肩に手を添えた。何時もの
微笑と思ったのは雰囲気からで、実際のところは歪んでよく見えなかった。
「ぅ・・・ぅぁぁああああっ・・・」
そこで涙と声が一気に溢れ、私はその場に膝から崩れ落ちて泣き続けた。何が
理由で泣いているのか分からない。何も考えられない。何を思っているのかも
分からない。分からないけれど、ただ涙と嗚咽だけが出続けた。
何も分からない。
ただ、泣き続けた。
目が覚めると部屋の中は明るかった。窓から入る光が部屋の照明にも負けてい
ない。陽射しが直接入って来ていない事を考えれば、朝ではないのだろう。
冷蔵庫の前で横たわっていた私は、麦酒の缶は離していなかった。中身は空だ
ったが飲み干した記憶はない。当然横になった記憶も。夢を見なかった事に気
付き安堵感が沸いてくる。
身体を起こして時間を確認すると十二時を廻っていた。
「あ、お店・・・」
既に開店時間を過ぎていることに気付いたが、身体は動こうとしない。いや、
心が疲弊して何もしたくないと言った方が正しいのだろう。身体が動かないの
はそのせいだろう。
「喉渇いたな。」
冷蔵庫から水を取り出して飲む。水の冷たさで意識がはっきりしてくると、身
体が動いたから椅子に座る。今からでもお店を開けられるだろうか。
「面倒・・・」
とてもそんな気にはなれなかった私は、冷蔵庫から麦酒を取り出して開栓する。
今朝方傷ついた右手の掌が痛い。血は止まっている掌を確認してみるが、直ぐ
に止める。
どうでもいい。
そう思うと麦酒に口を付けて喉に流し込んだ。何もする気になれない、昨夜の
件をザイランに報告するのも面倒なので後回しにする事にした。
何処か散歩に行こうかしら。
此処に居るのも嫌で、何もかも放り出して出掛けようかと考える。ただこんな
時の過ごし方が分からない事に自嘲する。人殺しが何を放り出し何処に行ける
というのか、常に付きまとうその現実から逃れられる事など出来ないというの
に。
部屋の中空に視線を投げて溜め息を吐く。何もかも忘れられたらいいのに。と、
都合のいい方にばかり思考が向くのはそれだけ疲れているのだろうか、それと
も自分に辟易しているからだろうか。都合のいい事を考えたところで、苛む現
実なんて変わりはしないのに。
「ランチにでも行こうかな。」
腐った思考ばかり巡る状態にも嫌気がする。ランチでもしたら少しは気が紛れ
るんじゃないかと思う事にして、私は出掛ける準備をする。
準備をして家を出ると、普段は歩かない裏通りへ向かう。五分も歩けば商業地
区とはいえ、店舗も疎らになり住宅が増えてくる。住宅と言っても集合住宅が
殆どで、一軒家はあまり無い。毎日阿呆みたいに人通りのある表通りに比べれ
ば、人通りがあってもこの辺は閑散としていると言ってもいい。
通った事の無い場所を歩くのは新鮮かと言われるとそうでもない。興味がなく
ただ歩いているせいか、通り過ぎる景色でしかなくなっている。それが楽しい
か、気分転換になるかわからない。
更に遠ざかると、駅からも離れているせいか人通りもかなり減り、見かけるお
店も無くなってきた。呆と通り過ぎる景色は目に映るだけだったが、区画の角
にあるカフェが目に入る。今までと違いそのカフェは脳に情報として飛び込ん
できた。
古くさい建屋からは珈琲の香りが微かに漏れ、通りに漂っていた。特に意識す
るともなく足が向かいミアーレと書かれたそのカフェに入る。
落ち着いた雰囲気の店内は、年期の入った木造の椅子やテーブル、カウンター
の所為だろうか。店内は珈琲の香りが強く、煙草の臭いも混じったよくある匂
いだ。
「いらっしゃい、好きな席にどうぞ。」
シルバーフレームの眼鏡を掛けた中年男性、五十才くらいだろうか。濃い茶色
の髪には白いものがわりと混じっている。その男性が眼鏡の奥の優し気な目を
向けて言ってきた。
店内はそれほど広くはないが、お客さんも殆ど居ない。近所のおっちゃんっぽ
い人が、煙草を吹かしながら雑誌に目を通している。二人掛けのテーブルは六
つしかなく、後はカウンターに五席。私は迷わず窓際の空いている、一番端の
席に座った。喫茶アリアを思い出しながら。
既に用意していた水を、私が席を決めると直ぐにマスターが置く。
「決まったら言って。」
それだけ言うとカウンターの奥へ戻っていった。メニューを開くと色んな種類
の珈琲に、フレーバード。続いて紅茶にデザート、最後に食事。ランチメニュ
ーは無いらしい。メニューを行ったり来たり眺めているが、なかなか決まらな
いのは、今の自分のようで少し嫌な気分になった。
決まった目的があって入ったわけでは無いので、適当に頼む事にした。
「ビーフシチューとダージリン。」
「はいよ。」
私がカウンターの向こうに声を掛けるとマスターは笑顔で応える、読んでいた
新聞を置き、吸っていた煙草を灰皿に押し付けると準備を始めた。昼時なのに
お客さんの居ない店では暇なのだろう。今の私にとっては丁度いい気がした。
私も暇なので小型端末でも確認しようと思ったが、持ってきていない事を思い
出す。そういえば敢えて置いてきたんだった。する事も無いのでカウンターに
置いてある新聞を手に取ろうとしたが、テレビが点いている事に気付き席から
立つのも面倒なので、そっちを眺める事にした。
報道番組の内容は相変わらずで、グラドリアでの事件は差異はあれ根本的に大
差ない。会社不正、社員の横領、痴情の縺れからの殺害、殺人、誘拐、強盗、
窃盗と国内は通常運転だ。ナベンスク領の国境地帯ではメフェーラス国との小
競り合いが激しくなって来たらしい。
(今ゲハートに話しをするのは得策じゃなさそうね。)
モッカルイア領への開店を目論んでいる私は、都合の良い土地が無いか領主で
あるゲハートに聞いてみようと思っていたが、時期的に話しを切り出す時では
ないなと報道を見て思う。
「おまたせ。」
いつの間にか近付いていたマスターが、トレーからビーフシチューをテーブル
に置く、付け合せはブールパンだった。ティーポットとカップに、サラダが続
く。
ダージリンをカップに注ぐと爽やかな香りが漂い、気分が落ち着く気がした。
ビーフシチューを口に運ぶと、こくがありほほ肉が口の中でほどける。筋肉も
とろけて美味しい。
サラダを口に運びながら報道の続きに目をやる。ラウマカーラ教国は教皇が変
わっても民衆の感情や生活に変化はなく、未だにデモや教皇庁を批判する集会
が絶えない。それはあまり聞きたい話しではないわ。
オーレンフィネアではカーダリアが死んだ事により推進派の勢いが増して来て
いるらしい。あの馬鹿夫妻を思い出して切ない気持ちになり、泣きそうになる
が気にしないように頑張る。オーレンフィネアの情勢は知らないが、推進って
何を推進するのかしら。
そんな疑問を浮かべたところで、何時ものバノッバネフ皇国とグラドリア国の
国境での小競り合いに報道が移っている。興味も無いのでビーフシチューに集
中する事にした。世の中は何時もと大差ない流れの中に在り、私に流れる時間
も変わらないし生活も変わらない。
それは私がどう足掻こうが変わる事はなく、今の私の悩みなんて些事でしかな
い様に思わされる。でも、それに苛まれるのも現実。そう考えるともう自嘲し
かない。
「ごちそうさま。」
「どうも。」
私は会計を済ますとそのカフェを後にした。普通に美味しかったが、お客さん
が居ないのは場所の所為か、時代の所為かってところかしら。等と考えたが一
度来ただけで判断など出来る筈ないと自分の阿呆さに内心で苦笑した。
「お店、開けようかな。」
ふとそんな気分になった。
(戻って開店だと十四時くらいかな、遅すぎる開店時間よね。 )
そう思うと今度は内心ではなく表情に出して苦笑すると、帰路に着いた。
ナベンスク領、街から外れた高木が乱立する中に一軒の木造家屋があった。湖
畔のほとりと言うには遠すぎる場所は、アンテリッサ国を隔てるウンゲリンブ
山脈の方が近いかも知れない。
電気も通わぬその家の中は、周りに木も多いせいか薄暗い。その家の中から一
人の老人が出てくる。長い顎髭は白く、無造作に伸ばされた髪も同じ色をして
いる。薄茶色のローブに腰紐を着けただけの服装は、街中では違和感になりそ
うな見た目だった。
「グベルオル・ヘス・ヌアドゥス。あなたの暇潰しに付き合わされるのは、た
まったものじゃないわ。」
出てきた老人、グベルオルに対峙するように女性が現れ、シルバーブロンドの
髪の間から覗く、緋色の双眸で睨み付ける。
「こりゃ久しいの、リュティーエーノ。」
グベルオルは愉快そうに表情を緩め、現れた女性の名を口にする。
「老い先短い老人に誰も会いに来てはくれんからのう。」
リュティの鋭い視線を気にする事もなく、老人は顎髭を撫でながら楽しそうに
目を細めて言う。
「孤独のまま朽ち果てたらいいわ。」
「相変わらず冷たいのう。そんなところがいいんじゃが。」
グベルオルはリュティの突き放すような物言いすらも楽しむように笑んで言っ
た。
「しかし、クスカあたりが来るかと思っとったが、こりゃ当たりじゃのう。」
楽しそうに言うグベルオルに、リュティが剣呑な目を向ける。周囲の温度が下
がったような感覚に、グベルオルは愉快そうに目を細めた。
「あなたの戯れ事に付き合わされる身にもなって欲しいわね。」
「心地いい威圧よなぁ、ただ儂相手に生き残れると思っとるんか?」
リュティの威圧をものともせず、グベルオルは笑みを崩さずにリュティを見据
える。
「そうやって力を盾に、私たちで暇潰しをするのは止めてって言ってるのよ。」
怒気を孕んで凄むリュティにも、グベルオルは変わること無く楽しそうに嗤う。
「折角来たんじゃ、酒でも飲みながら話しでもどうじゃ?」
一触即発しそうな空気の中でも態度の変わらないグベルオルに、リュティは威
圧を止めると冷めた視線を向ける。
「馬鹿馬鹿しい、私はもう帰るわ。」
このやりとりすらグベルオルにとっては楽しみの一つだということに気付くと、
リュティはそう言って背を向けた。まんまと乗せられた事は腹立たしいが、そ
れを言ってはまた楽しませるだけだと思うと余計に腹立たしかった。
「なんじゃ、もう帰るんか。もう少し居てくれてもいいのにのぅ。」
グベルオルが面白くなさそうに言った事に、リュティは少しだが溜飲が下がっ
た。理不尽な思いをするだけの相手には関わらない方がいい。苛立ちから来て
しまった事は後悔してもしょうがないが、これ以上相手にする事は理不尽の上
積みでしかない。
「次は殺すわ。」
一瞥してそれだけ言うとその場から歩き始める。
「アラミスカの娘子は生きておったようじゃのぅ。」
立ち去り始めたリュティの背中に投げられたグベルオルの言葉に、勢いよく振
り返ったリュティの顔は緋色の双眸が吊り上がり、刺すような視線と憤怒に染
まっていた。その顔を見て老人は楽しそうな表情に戻る。
「まぁ、少し話しに付き合うてもいいじゃろ。」
立ち去ろうとしていたリュティは、身体を反転させるとグベルオルに歩み寄る。
「いいえ、今すぐ殺すわ。」
リュティの右手が霞み、伸びた爪がグベルオルを通り抜ける。揺らめいたグベ
ルオルの身体はその場から消えた。
「儂は話しがしたいだけなんじゃがのぅ。」
頭上から聞こえる声にリュティが見上げると、グベルオルは屋根の上でリュテ
ィに側面を見せ胡座をかいて座っており、上空に目を向けて顎髭を撫でていた。
「それなら手間の掛かる事は最初からしないで欲しいわ。」
リュティは言いながら屋根の上に飛び乗り、グベルオルの背後から爪を突き下
ろす。グベルオルの無造作に伸びた白髪が爪に絡み付き受け止めた。
「まぁ、わりと満足したしのぅ。この辺にしとかんか?」
グベルオルは振り向いてリュティを見上げると、苦笑する。
「此処で殺りおうてもなぁ、どうなるか分かっておるじゃろ。」
続けて言ったグベルオルの態度にリュティは更に眼光を鋭くさせ、爪に巻き付
いたグベルオルの髪を切り裂いた。切り裂かれた白髪が宙に舞い、屋根に模様
を造るように落ちると風に飛ばされる。
「安い挑発に乗ってしまったわ。但し、次は本当に無いわよ。」
既に地上で顎髭を撫でて笑んでいるグベルオルをリュティは見下ろし、苦渋の
表情を向けて言った。グベルオルの挑発など最初から無視しておけば良かった
と。
「ミサラナには宜しく言っといてくれ。」
「自分で言いに行けばいいでしょう。私はあなたのお守りじゃないのよ。」
リュティはそう言うと屋根から降り、グベルオルの横を通り過ぎる。
「儂がやらんでも何れ起きる事じゃ、その為の警鐘よ。護るには厳しい時代に
なってきたのぅ。」
笑みは変わらないが瞳には憂いを浮かべてグベルオルは、横を通るリュティに
言った。
「既に私たちの手は離れているのよ。人の欲が知識を伴っていない時点でね。」
グベルオルを通り過ぎたリュティは一瞬足を止め、鋭い眼差しを前方に向けた
ままグベルオルを見る事無くその言葉に同調した。リュティは言い終わると再
び歩き出しその場を後にする。
「であれば何故、アラミスカの娘に関わるのか・・・」
グベルオルはリュティが去った方に視線を向け、静かに漏らした。寂寥を伴っ
た呟きは林間の中に響く事もなく消え去った。
「聞いているの?アーリゲル卿。」
セーミラルの不満に対し、アーリゲルは億劫そうに半眼を向ける。
「聞いとるがよ。推進派の拡充についての方針じゃろうよ。」
「そ、そうよ。ただアーリゲル卿はその件に関して意欲を感じられないわ。」
聞いていた事に一瞬セーミラルは戸惑ったが、アーリゲルが推進派の動きに同
調していない事に言及する。
「セーミラル卿、やり方はそれぞれに任せてあるのだ。成果を急くものでもな
い。」
「分かっておりますが。」
マールリザンシュに窘められ、セーミラルはそう言ったがアーリゲルに向ける
目は何処か剣を残していた。
「ゾーミルガ卿の働きもあり、カーダリア・ヴァールハイアの死後、穏健派か
ら推進派に同調する者も増えて来ている。」
マールリザンシュはゾーミルガに目を向けて言うと、同席者に見渡す。
「あれの入手は頓挫したが、結果としては我々の向かう方向に進んではいる。」
「悠長な事よ。」
マールリザンシュの言葉に、アーリゲルは半眼を向けて吐き捨てた。
「いい加減にしなさいよアーリゲル卿。何の成果も無くいちいち話しの腰を折
らないで。」
「ふんっ。」
睨んで言うセーミラルから目を反らし、アーリゲルは鼻を鳴らした。
「仕方がない、現に私の計画が失敗して予定通りに進まなかったのは事実。進
んではいるが、微々たるもので時間が掛かるのも明らかなのだから。」
マールリザンシュはセーミラルを見てそう言うと、苦笑した。それでもアーリ
ゲルの言い様は無いと不満を顔から消すことは無かった。
「先ずは推進派の地盤を確固たるものにしてから事を進めるという前提は変わ
っていない。」
「何か新しい手があるという事でしょうか?」
マールリザンシュの言葉に、ゾーミルガが疑惑混じりに問う。頓挫した計画に
代わるものがあるのかと。
「何、推進派の拡大と平行してペンスシャフル国のあれを諦めたわけでは無い
という事だ。」
マールリザンシュの言葉に一同がざわつく、グーダルザを除いて。ざわめいた
のは以前、捜索していた者が還らなくなった事で一時は諦めていた筈だからだ。
「明日、バノッバネフ皇国の宰相であるギネクロア・ウリョドフと密会する事
になってな、この件について協調するための密約を前提に。」
先程より大きなざわつきが会議室を埋める。
「それを相談も無しに進めたのかよ!」
アーリゲルが噛みつく様に、マールリザンシュを睨んで声を荒げた。
「取り次げるか分からなかった故、決まるまで黙っていた。だから会談前にこ
うして、意見を聞こうと話しているのだ。」
「明日会談で意見を聞くも無いだろうがよ。」
「それに関しては私も急すぎると、アーリゲル卿と同意見です。」
アーリゲルの発言に、不服ではあるがセーミラルも疑惑の念をマールリザンシ
ュに向けた。
「もっともな意見だが、先方の指定日が急だったため時間が無くなった事はす
まないと思っている。ただ、これも一つの手だと認識してもらい時間は無いが
意見を聞きたいのだ。」
そこでアーリゲルが卓上を掌で叩きつける。
「それ以前の問題よ。グーダルザには話して他には話さずに進めたのは、どう
いう事かを聞いてるんだよ。他の者を蔑ろにするんなら、こんな場など設けず
に勝手に進めりゃよかろうがよ。」
マールリザンシュの提案にアーリゲルは憤りをぶつける。普段であればその態
度を咎めるセーミラルも、同意見なのか黙ってマールリザンシュを見据えてい
るだけだった。
「グーダルザには幾度かバノッバネフ皇国との調整をしたことがあった為、今
回調整役を頼んだに過ぎない。ただ、調整が取れるまで黙っていたのは私の独
断だ、申し訳ない。」
マールリザンシュは事情を言うと頭を下げる。
「内容に異論は無いが、それならこの場で言えばいいだろうがよ。それをこそ
こそとやるならもう勝手にやっておれよ。」
アーリゲルは吐き捨てると、席を立って会議室の扉に向かう。
「ちょっとアーリゲル卿、まだ会議は終わって無いわよ!」
アーリゲルの態度をセーミラルが咎める。
「話す気が無いなら居る意味は無いだろうがよ。」
アーリゲルは言い捨てると、乱暴に扉を開けて出ていった。ただ、アーリゲル
の言う事ももっとともだと思う部分があったので、セーミラルは強く止めよう
とは思えなかった。
「勝手が過ぎるのよ。」
乱暴に閉じられた扉を見据え、セーミラルは溢すとマールリザンシュに視線を
戻す。
「アーリゲル卿はこの場に相応しくないんじゃないですか?不満ばかり言って
いるようにしか思えません。」
とは言え、普段の行動から考えればアーリゲルの態度に対して、セーミラルは
思っていた不満をマールリザンシュに言った。そのセーミラルに対しマールリ
ザンシュは苦笑する。
「アーリゲル卿は口はわるいが、誰もが浮かべる疑問を言っているだけに過ぎ
ない。それは会議に於いて重要な事だ。」
マールリザンシュは一旦言葉を途切ると、真面目な表情をして続ける。
「それに、アーリゲル卿に付く推進派も多いのが現状だ。私は推進派の分裂と
いう事態は望んでいない。」
「確かに仰る通りですが。」
マールリザンシュの言い分に、セーミラルの言葉が尻すぼみになる。分かって
はいるが感情的には納得がいっていない表情をして。マールリザンシュの言う
通り確かにアーリゲルに付く推進派は多い、それにフォーベルン家自体がもと
もと力を持っている為、余計にその態度が気に入らないところがセーミラルに
は以前からあった。
「アーリゲル卿には後で謝罪をしておくが、ゾーミルガ卿とセーミラル卿は今
回の件、どう思われるか。」
居なくなった者の話しをしても進まない為、マールリザンシュは話しを進める
為に他の二人に確認する。グーダルザについてはバノッバネフ皇国との調整を
切り出した時点で同意をもらっている為、確認するまでもなく省いた。
「私は構いません。」
「同じく。」
セーミラルの同意に、ゾーミルガも頷きながら同意する。それを確認してグー
ダルザも、マールリザンシュを見て頷く。
「では後は、アーリゲル卿に話して明日に臨むとしよう。」
マールリザンシュは一同の態度に頷くとそう言い、会議を解散とした。
別室の休憩室で茶を啜りながらアーリゲルは不機嫌な顔していた。それは自分
の計画に水を差したマールリザンシュの行動に対してだった。ただ今更動き出
そうとも、既に実行している自分の計画の方が間違いなく早いだろうと思って
いた。密約とはいえ国家間の協定では時間が掛かり過ぎるのは目に見えている
からだ。
腑抜けでマールリザンシュに追従する三人ではろくに意見も言えないから、ア
ーリゲルは代わりに言ってやっていると思っている。ついでに自分が行ってい
る事に勘づかれないためでもあったが。もしユーアマリウの事が知れれば、い
くら自分でも地位剥奪の上収監されるか、オーレンフィネアからの追放は目に
見えて明らかだと。
「早いとこ進めるかよ。」
そう思えば早いところ事を進めなければと思い、アーリゲルは独り言を呟いて
立ち上がる。丁度そこで休憩室の入り口からマールリザンシュが入って来た。
間の悪さにアーリゲルは内心で舌打ちをして、茶を飲まずにさっさと帰れば良
かったと後悔する。
「何を早く進めるのかな。」
(ちっ、聞いてやがったかよ。)
アーリゲルはマールリザンシュの言葉に、再び内心で舌打ちをする。
「コーメウンの貴族だよ。カーダリアが死んでから推進派に傾きつつあるがよ。
早いとこ取り込んで次に行きてぇとこよ。」
アーリゲルはこういう時の為に用意していた逃げ道を使った。実際にコーメウ
ンを推進派に取り込むように動いているため、確認されたところで問題はない。
ただ、幾つもの手を用意出来るわけでも無いので、不用意な独り言から失った
手にまたも内心で舌打ちをした。
「確かに、彼は穏健派でも中立寄りだった。穏健派という名目は変わらないか
ら、推進派になったとなれば推進派拡充の動きに対して効果も大きい。穏健派
へのね。」
マールリザンシュはアーリゲルの話しに頷いて言った。
「それはそれとしてアーリゲル卿。」
もういいだろうと思い、休憩室を出ようとしたアーリゲルをマールリザンシュ
が呼び止める。アーリゲルは早くここを離れたかったため、幾度目か分からな
い内心での舌打ちをした。
「まだ何か用かよ。」
アーリゲルは足を止め、マールリザンシュを睨むように見据える。
「先程の話しだが事後になってすまない、何分私も手探りな状態なのでね、あ
る程度決まってから話そうと思っていたのだ。決して会議の席を蔑にしたわけ
ではない。」
マールリザンシュはそう言って軽く頭を下げ、それを見たアーリゲルは呆れを
顔に浮かべる。
「わざわざそれを言いに来たのかよ。」
「一致という条件は変えたつもりはないのでね。」
マールリザンシュは頷いて言った。それに対するアーリゲルは呆れの表情を変
えずに出口の方に顔を向ける。
「温すぎよ。が、別に反対しとるわけじゃないから好きにすればいいがよ。」
「ありがとう。」
礼を言うマールリザンシュを見ることなく、アーリゲルはそう言った後既にそ
の場を後にするべく歩き出していた。
薄暗い地下の中で、階段に座り目を閉じている壮年の男性がいる。長髪を全て
後ろに流し、眉間に寄った皺と険しい表情は、閉じた瞼の奥にある眼光が鋭い
であろうことを想像させる。
脇に置かれた大剣は座るのには長すぎて、背中に背負えないためだった。階段
の下に広がる空間の床は黒く染まり、壁にも同じ色が飛び散った様に模様を描
いている。重力に逆らえない余分な液体は、床に向かって幾重もの黒い線を描
いていた。
微かに血臭が漂う空間は、悪臭が強い為に血臭が薄く感じるだけであり、実際
のところは強烈な悪臭と血臭に埋め尽くされていた。それを形成しているのは
空間の隅に積まれた三十か四十程の肉塊だった。
新しいものはまだ血をゆっくりと流し、古いものは地下の高湿度と、変わる事
の無い気温のせいで腐敗を始めている。肉塊になった時に垂れ流される糞便と、
腐敗を始めた血肉と臓器が空間を埋め尽くす悪臭の原因となっていた。
男性は目を開くと鋭い眼光を空間、その広間の入り口の一つに向ける。脇に置
いてある布製の袋から携帯食糧を取り出すと、口に放り込み咀嚼しながら重い
腰を上げた。
「雑兵がいくら来ようと無駄なこと。」
男性がぼそりと呟くと、それが合図の様に見据えていた入り口から三人の男が
現れた。獲物を携え現れた男たちは、顔を顰め吐き気を堪えて決死の色を顔に
浮かべていた。これから死ぬのを悟っているように。
広間に入った男たちは、階段の上に立つ巨躯を見てたじろぐ。その巨躯の男性
は置いてある剣を手に取ることなく、階段を悠然と降り始めた。
「あれが、剣聖オングレイコッカ・・・」
男たちの一人が恐怖とともに吐き出す。
「疲れている様には見えないな・・・」
別の一人が蒼白な顔で漏らした。
「どちらにしろ、我らの進退には死しかない。」
最後の一人が悲愴な顔で言うと、腰に提げた剣を抜剣して降りてくるオングレ
イコッカに向かって歩を進める。残り二人もそれに倣い抜剣して続いた。
一人目が上段から斬りかかると、オングレイコッカは左拳で剣の腹を殴りへし
折り、右手で男の頭部を鷲掴みにして捻って首の骨を折る。頭部を掴んだまま
一旦後ろに振りかぶると、後ろから向かって来ている男に投げつける。後ろの
男が構えていたた剣に、投げられた男が激突と同時に胴を貫かれ、一緒になっ
て吹き飛び背後の壁に激突。
それを目にした男は恐怖に身体が硬直し、抜剣したままの状態で立ち尽くす。
男の恐怖に揺らいだ瞳に映るオングレイコッカが、霞んだ直後視界が暗闇に包
まれる。オングレイコッカの拳で頭部を破砕された結果であり、男には二度と
光が戻る事は無くなった。オングレイコッカは壁に叩き付けられ、苦痛に顔を
歪める男に近づくと頭部を掴んで首の骨を折る。男は一瞬の出来事に言葉どこ
ろか、何かを思う事なく鈍い骨の折れる音だけを残し沈黙した。
肉塊が増えた山を気にも止めずオングレイコッカは、階段の上に戻ると元の位
置、剣の置いてある場所に腰を下ろして瞼も下ろす。
一度目の侵入者を撃退した後、半日も経たずに次の侵入があった。三度目の侵
入時には相手の意図を察して、携帯食糧を持って扉へと続く階段に居座ること
を決めた。いちいち館に戻るのも面倒なため、睡眠と食事をその場で済ませる
ために。積まれた肉塊のせいで悪臭が充満し、酷い環境ではあるが戻る事を繰
り返すよりはいくらかましであると。
公務の方はウーランファに数日留守にすると任せてある。数日毎に食糧の補充
と、風呂や着替えと戻る必要はあるが、気分転換に丁度いいくらいに考えてい
た。戦場に比べればましであろうと思うが、何よりメーアクライズの様な事が
起きれば国家として崩壊する。それを思えばこの環境に不平を言える状況では
ないと。
背後にある大呪紋式の効果はオングレイコッカにも分からない。代々剣聖に受
け継がれて来たその秘密は、存在のみであり効果も不明で、発動した事がある
かも不明だからだ。ただ、メーアクライズの惨状を考慮すれば決して手を出し
たいと思える物ではない事だけは確かだった。
戦争の大半は利害と思想が絡んでいる。長年荒野に変えてまで利用する価値は
無いと、オングレイコッカは考える。脅迫としてなら使える可能性はあるが、
脅迫でも持ち出した時点で人間は使うものだとも思っている。であれば尚更世
に出すべきではないと。
思想の中でも迎合しない種族は滅ぼそうという人種も少なからず存在する。そ
の者が齎すのは他の破滅であり其処に利害は存在しない。自国の利益の為に他
国を制圧する戦争もあるだろうが、滅びを齎す者が力を手にすれば迎合しない
種族を容赦なくメーアクライズと同じ目に合わせるだろう。
行使した者は自分すら破滅するとオングレイコッカは思っている。そうなれば
破滅は加速するだけに過ぎない。だからこそ自分は今此処に居て、扉の奥に存
在するものは人が手にすべきではないと。
「急遽呼び戻してすまないエリミアイン。」
執政統括の部屋の応接用ソファーにリンハイアは座り、向かいに座る男性エリ
ミアインに言った。
「急用とあらば何時でも馳せ参じます。」
短髪の黒髪に黒目、精悍な顔つきをした二十代半ばの青年がリンハイアの言葉
に応じ頭を下げる。百九十程の長身で、どちらかと言えば細身であるが引き締
まった身体が目を引く。
「北方連国の方は変わりないか?」
リンハイアはアリータが煎れた紅茶を飲みながら確認する。アリータはリンハ
イアの使いで、紅茶を煎れると出掛けて部屋には居ない。
「はい。今のところカリメウニアとザンブオン両国とも動きはありません。」
出された紅茶に手を付ける事なく、エリミアインは背筋を伸ばした状態を変え
ずに答える。
「まあそう畏まらずにアリータの煎れた紅茶でも飲んで。飲まないとアリータ
が悲しむよ。」
目の前の堅物を崩してみようとリンハイアはアリータを理由にしてみた。実際
のところ悲しむかどうか定かではなかったが、堅物を動かすには十分な理由だ
った。
「は、お言葉に甘えて頂きます。」
エリミアインは一礼すると、紅茶のカップを手に取り一気に飲み干した。リン
ハイアはそれを見て、焚き付けた事を若干後悔する。
「美味しい茶ですね。それでリンハイア様、私を呼び戻した理由はなんでしょ
う?」
言いながらカップを戻したエリミアインを見て、一気飲みをして美味しいも何
もないだろうとリンハイアは思った。それこそアリータが見ていたら、折角の
お茶を味わいもせず飲んだ事に悲しんだかも知れない。と思ったが、そこには
触れず本題に入る事にした。
「オーレンフィネアの動きが危険だ。現地にはクノス・ノーバンを置いてはい
るが、実働する駒が欲しい。」
真面目な顔で駒が欲しいと言うリンハイアに、エリミアインは緊張から顔を強
張らせる。あまり見せない態度を目の当たりしたために。
「推進派でしょうか?」
エリミアインの問いにリンハイアは頷く。
「流石に情勢は把握しているようだね。だが、推進派ではあるが独断で動いて
いる者がいる。まだ特定は出来ていないが。」
「つまりその人物の特定と排除、という事ですか。」
特定出来ていない事に表情を曇らせるリンハイアをエリミアインが察して、自
分が呼び戻されてまでオーレンフィネアでやるべき事を確認する。が、リンハ
イアは即答せず一瞬考える素振りをする。
「排除、そうだね。舞台から降りてもらう必要がある。推進派の地位を失った
からと言って、止まるような人物ではないだろう。」
リンハイアは逡巡した甘さを切り捨てて言った。推進派は既に肩書きでしかな
く、己の道を突き進んでいるその人物は排除しなければ危険となるだろうと考
えて。
「それで、どこまで分かっているのですか?」
やるべき事が分かると、エリミアインは次に情報を確認する。
「ユーアマリウ・ヴァールハイアを拉致しているため、何処か特定の場所に出
入りしているだろう。クノスには動向を報告してもらっているが、この件は伝
えていない。中央に出入りしている推進派の誰かだが、中央の推進派について
はクノスに確認してもらえばいい。」
エリミアインはリンハイアが言った事に、眉間に皺を寄せ苦い顔をする。
「カーダリア卿の件は本当に残念でした。」
ヴァールハイアの名前を聞いて、エリミアインは悔やみを口にするとリンハイ
アを見据える。
「まさか個人的な動機、ではないでしょうね。」
リンハイアに限ってそれは無い、とエリミアインは分かっているがその口から
はっきり聞いておきたくて確認する。
「情勢に関わる事案だ。その人物はペンスシャフル国にも手を出している。」
リンハイアはエリミアインの確認に頷いて言った。
「なんと、ペンスシャフルにまで。」
それにはエリミアインも驚きを隠せなかった。法王国オーレンフィネアとペン
スシャフル国の間では、表だった諍いは無い。一体何が起きているのかと懸念
が沸いてくる。
「それと、推進派の中でもマールリザンシュ卿は除外していい。彼は強硬に出
るような真似はしない。」
「分かりました。」
エリミアインが応えたところで、執政統括の部屋の扉が開かれ誰かが入って来
る。在室確認もせず入れる人物など限られると思い、エリミアインは振り向き
ながら立ち上がると腰を直角に折り曲げ頭を下げた。
「畏まらんでいい。」
入って来た人物がエリミアインの態度に、快活に言った。
「ハイリ老、わざわざお越し頂いてありがとうございます。」
リンハイアも立ち上がり一礼するとそう言った。
「なに、気にするな。」
ハイリは笑顔で片手を上げて言いながら、リンハイアの隣まで来るとソファー
に腰を下ろした。その手にはかなり長い曲刀が握られている。ハイリが座った
事でリンハイアも倣って座る。
「まあ座って楽にしろ。」
ハイリに言われエリミアインは座るには座ったが、緊張から背筋は曲げられな
い。軍と政治の頂点に立つ二人を前に楽にしろと言われても無理な話しだった。
執務諜員であるエリミアインにとって、リンハイアはまだ馴染みがあるが軍事
顧問であるハイリはほぼ面識が無い。
「実は戻って来たついでに渡しておきたい物があってね、ハイリ老もエリミア
インならば託してもいいと了承をもらっている。」
リンハイアの言っている内容が何の事か分からず、エリミアインは緊張したま
ま目に疑問を浮かべた。
「お主の勇は聞いておる、十五にしてオーカユウブ流剣術の皆伝まで修めたら
しいではないか。」
「私など末席にすぎません。其処が始まりと心得、未だ精進している最中に御
座います。」
ハイリの言葉に頭を下げ、エリミアインは言った。
「謙遜なぞ面白くもなんともないぞ。」
笑って言うハイリに、言われてもどうしようもないエリミアインは困惑だけを
浮かべる。
「まだハイリ老の様に不敵にはなれませんよ、あまり苛めないでやってくださ
い。」
リンハイアの言葉に、ハイリはやや不機嫌な顔をして見せる。
「儂は褒めておるし、今後も期待して言ったのだがな。」
「本人はそう捉えていませんよ。」
リンハイアが苦笑して言う中、エリミアインは慌てて姿勢を正す。
「この若輩に余るお言葉、感謝致します。」
エリミアインは恐縮して言うとハイリに頭を下げた。
「まあよい、それより此れを渡しに来ただけだ。」
ハイリはそう言うと、手に持っていた長刀をエリミアインに差し出した。怪訝
な表情で長刀を見ていたエリミアインだが、見る間に驚愕の表情へと変化して
いく。
「流石にわかるか、お主なら相応しかろう。」
ハイリは口の端を吊り上げてにやりと笑う。
「く、雲斬などという銘刀、私の手には余ります。」
エリミアインはその銘刀を前に萎縮して、言葉に詰まる。
「何処ぞの滅剣が持っていて持ち腐れだから持ってきたが、儂は扱えぬしこの
国で相応しい奴もお主以外にはおらん。」
「私もそう思ってね、ハイリ老にお願いしたんだ。精進するのだろう?」
ハイリの言葉に、畳み掛けるようにリンハイアが被せる。二人に言われ完全に
萎縮してしまったエリミアインだが、震える手を伸ばすとハイリから雲斬を受
け取った。エリミアインは柄に手を掛けると、その表情は歓喜へと変わってい
く。
「なんという素晴らしき銘刀か、吸い込まれる様に手が馴染む。本当に預かっ
てもよろしいのでしょうか?」
「構わぬ。むしろ、既にお主の物だ。」
ハイリの不適な笑みに、エリミアインは感極まり深々と頭を下げる。
「有り難く頂戴致します。」
「うむ、精進せい。」
「はい。」
そのやり取りを見ていたリンハイアが苦笑する。
「まるで師弟のようだね。」
「あ、申し訳ありません。私が仕えるのはリンハイア様のみです。」
リンハイアの言葉にエリミアインは慌てて取り繕う。
「別にそういう意味で言ったのではないから、気にしなくていいよ。」
その態度を見て、リンハイアは何時もの微笑で言った。
「しかし、執政統括の配下は粒揃いよな。どうだ、一人くらい儂によこさんか
?」
「本人が了承すれば構いませんよ。」
不敵な笑みをリンハイアに向けて言うハイリに、何時もの微笑で応じるとハイ
リは不満顔になる。
「面白くない小僧だ。」
ハイリはそう言うとソファーから立ち上がる。
「儂は用済みなんでな、戻るわ。」
それだけ言うと扉に向かう。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございました。」
リンハイアは軽く背中に声を掛けただけだが、エリミアインはソファーから立
ち上がり深々と頭を下げる。ハイリはそれに対し片手を上げただけで部屋を出
ていった。
「さて、早速で申し訳ないがオーレンフィネアの件は明日から頼む。」
「分かりました。」
「時間は少ないが、今日はゆっくりするといい。」
「はっ。」
エリミアインは立ったまま、ハイリに下げた頭を今度はリンハイアに下げ、部
屋を後にした。一人になったリンハイアは、机の上に在る水差しからグラスに
水を注ぐと、窓際に移動してアーランマルバの街を見下ろした。
「助けたいと思うのも事実。人の身としては。」
公然とは口に出来ないが、独り言くらい漏らしてもいいだろうと思い、リンハ
イアはグラスの水に口を付けた。
2.「勘違いも甚だしい、人は他人の都合で生きているわけでない。」
「ミキちゃんおかわりお願い。」
「はーい。」
カフェ・マリノで麦酒のおかわりお願いする、近くを通りかかったのでお金を
渡して。まだ夜にはなっていなため、仲良くなった店員におかわりをお願いし
たわけだ。彼女は十九時までの勤務で、後一時間程で上がりだ。本当は会計ま
で行って買わないといけないのだけれど、良くないと思いつつもつい。
「お店も開けずにこんな時間から飲んでていいんですか?」
おかわりを持って来たミキちゃんが、お釣りと一緒に麦酒を置きながら言って
きた。
「今日は定休日。」
「はいはい。」
と笑いながらあしらって去っていく。
結局お店を開ける気分にはなれなくて、家で呆としていたのだが飽きたので、
マリノに来て飲んでいる。郵便受けを確認したら見たくもない封筒が入ってい
たので床に叩き付けた。開店の意欲を削いだ一因でもある。昨日の今日で中身
なんか見たくはない。けれどそのうち見て、嫌々ながら行くんだろうなと思う
と、その堂々巡りにまた嫌気が差す。抜け出せないその螺旋に。
(いや、私は本気で抜け出そうなんてしていないのよね、きっと。)
現状に甘えている自分、現状を諦めている自分、現状の変化を望んでいる自分、
現状から結局抜け出せない自分、どれも私でどれも嫌気ばかりだ。麦酒を飲み
ながら巡る思考にうんざりする。
(今日はこれを飲んだら、帰って寝ようかな。)
何時もの生ハムを口内に放り込み、咀嚼しながらそんな事を考える。こんな時
間に寝るとか、何時以来だろうと考えて、内心で苦笑する。まあいいかと思う
と、残りの麦酒を空けて片付けると家に帰り寝る事にした。
翌朝、麦酒の缶を持ちテーブルに突っ伏した状態で目が覚める。
(結局帰って飲んだんだっけ。)
呆っとする頭で昨夜の事を思い出す。
「あら、おはよう。」
そんな私に声を掛けてくるリュティ。戻って来ていたんだと思いつつ、その声
は聞き覚えのある懐かしい声のように感じた。
「そっちの仕事は終わったの?」
「ええ。突然空ける事になって悪いと思っているわ。」
私の問いにリュティは申し訳なさそうに答えた。かなり気にしていたのだろう、
言葉通りの表情をしている。飛び入りの仕事に行かざるをえなかったのを、後
悔しているのだろう。
「気にしてないわよ。休暇を取ったと思えばいいじゃない。」
寝起きでまだ意識ははっきりしていないけれど、弱々しいが多分笑顔で言えた
筈。実際言葉通りなのだが、休みを取ったくらいの感覚なので気にはしていな
い。
「それなら良かったわ。ただ、遣いは無愛想で申し訳ないわ。」
何時もの微笑でリュティはそう言った。言われてみれば来たわね、確かに無愛
想だったけどあれは融通もきかなさそう。
「確かに、用件だけで直ぐに帰って行ったわ。」
「融通もきかないのよ。」
リュティは苦笑して言ったが、やはり見透かされているようで落ち着かない。
「とりあえず朝ご飯の準備をするわ。」
リュティはそう言うと台所と向き合う。もともと準備をしていたようで、続き
を再開をしたようだ。
「私、シャワー浴びてくる。」
「分かったわ。」
とこちらを向いて言ったリュティの顔が曇る。少しの間、私を見ると悲しげな
目をした。
「酷い顔、しているわ。」
「いろいろと、疲れているのよ。」
私は苦笑して言うと、浴室に向かった。心配そうにしているリュティの視線を
背中に受けながら。実際、疲れているんだろうなとシャワーに打たれながら思
う。毎度の事ながらシャワーを浴びると落ち着くが、心は洗われない。
シャワーを浴びて戻ると、テーブルの上には料理が並んでいる。それを見て、
リュティが居ないと私は家でろくな食事をしないなと自嘲した。大概麦酒を飲
んで潰れているだけなんだと。席に着くと卵スープを口にする。食道を通り胃
に広がる熱は、何処かほっとする。
「家で麦酒しか飲んでないのでしょう。」
向かいに座るリュティが言ってくるが、その通りなので反論は出来ない。
「面倒なのよね。外で食べるのは苦にならないのだけど。」
自分で用意するのがねぇ。外で食べるのは美味しいし楽だから、食べたいもの
をついつい頼んでしまう。だけどお金を払うのだから自分が飲み食いしたいも
のを頼むのは当然よね。
「確かに外での飲食は美味しいし楽でしょうけど、少しは節約しないとお店の
展開も進まないのではなくて。」
「心にもゆとりは必要なのよ。」
リュティの言っている事ももっともだけど、心が疲れたら意味がない。私はそ
こまで自分を追い詰めたくない。言い訳や逃げだと言われようと、弱い自分を
擁護して心に隙間を作らないと辛いのよ。
「折り合いの付けどころは、難しいわね。」
リュティはそう言って少し寂しそうな顔をする。普段から気にしている私の事
を思っての事なのだろう。司法裁院の仕事終わりの私を見ると、概ね似たよう
な顔になっている。
「何時までも続けられるわけじゃないし、その時私はどうするのかな。」
司法裁院の仕事は、肉体的に何時までも出来るものじゃない。私は自分と向き
合えるのだろうかと、先に不安を覚える。血に染まった人殺しの手で、安穏と
お店を続けるだけの気持ちを持てるのだろうか。
「ま、どれだけ先の事か分からないし、今考えて不安になってもしょうがない
か。」
私は気持ちを切り替えると、リュティが用意した朝食を食べる事に専念する。
「私も出来る限りの事はするわ。」
リュティは何時もの微笑で言ってくれるが、そこまでして私に関わる理由は分
からない。いや、私が拒否しているのだが、それを受け入れる日が来るとは今
の私には思えない。受け入れる時が来たとして、私が私でいられるかも分から
ない。ただ、何処まで往っても私は私でしかないのは変わらない事象だけど。
「今日はお店を開けないと、頑張ろ。」
「そんな事だろうと思ったわ。」
何気なく言った私の言葉に、リュティが呆れた顔を向けてくる。
「昨日は定休日よ。」
私は真剣な眼差しでリュティを見据えて言い返す。
「心の休息も必要よね。」
先程の話しで察したのだろう、リュティはそう言うとふっと息を漏らすように
微笑んだ。お店が夢で持ったからと言って、それに縛られたら本末転倒よ。と、
言い訳しておかないと自分が持たないわ。
「あ、そう言えば見たくもない封書が来ていたのを思い出したわ。」
「無理しない方がいいんじゃない?」
終わったばかりでまた来ている司法裁院からの依頼を、リュティが心配して受
けなくてもいいんじゃないかと含んで言った気がする。
「まあ内容次第では断るわ。取り敢えず開店前に目だけ通しておくわ。」
「そう。」
リュティはそれだけ言うと立ち上がり、空いた食器を片付け始める。
「ご馳走さま。」
私はそう言うと、昨日床に叩き付けた封筒を拾って開封する。何時も通り何の
変哲も無い危険人物特別措置依頼の文字が目に入る。私は用紙を取り出すと、
内容を確認する。
名前はオグメナタ・ゴスキュイ、四十歳男。見た目は普通のおっさんだが一体
何をやらかしたのか。期日は五日後と阿呆裁院にしてはまともな日程だった。
(普段からこれくらいの余裕を持ってくれないかな、まったく。)
内心で呆れを吐きつつ続きを確認する。
セラーエクバ損害保険の幹部。
(ああ、五葉会か・・・)
関わりたくない思いから気分が沈む。この間のネヴェライオ貿易総社の件を思
い出し、まだ引き摺っているんだなと思わされて。
オグメナタは慈善事業で孤児院を運営。施設の管理者として自身の部下を常に
置いて、給仕等の人員は外部から雇用している。
(ん?ここまではむしろ好い人だが、ここから地獄行きなのよね。)
先が分かっているからそう思うと、読む前からうんざりしてきた。
孤児院を運営する為の収益は、孤児院を利用する客から主に得ている。
(孤児院を利用する客って時点で既におかしいわ。)
孤児院には客室が幾つか用意してあり、その区域の管理はオグメナタの部下が
直接行っており、外部雇用の人員は立ち入りを許されていない。利用者は様々
だが、殆どが企業の幹部や病院の上部職、公人の要職や議員といった所謂金持
ちが多い。
孤児院は現在、少年が十人に少女が三人。入れ替わりが多いが、引き取り手が
現れたとしか外部雇用の人員は説明を受けていない。収益が多いため、食事や
衣類は他の孤児院に比べて遥かに贅沢だそうで、それが理由の一因として引き
取り手が多いのだとか。実際のところは使い物にならなくなった子供は臓器販
売のために処分されている。
客として訪れる好事家は当然、主に少年を性玩具として求めて訪れる。
(吐き気がしてきた・・・)
黒い感情が、吐き気とともに込み上げてくる。客も含めて皆殺しにしてやりた
い気分を圧し殺す。表向きは他よりもお金の掛かっている孤児院でしかなく、
訪れる客は視察と寄付が目的となっているらしい。実際に引き取っていった要
職もいるが、それは人身売買とされている。ただどれも証拠がなく、客専用区
域も至って普通の寝室と応接間が幾つかあるだけで、警察局でも手が出せない
らしい。むしろ利用して情報の秘匿に絡んでいる局員もいると書いてある。
孤児院ごと潰してやりた気分になるが、ハドニクスの件があり歯止めとなる。
あれで苦い経験をしていなければ、やりかねない自分の危険性の認知度は低か
っただろう。
結局、何処まで行っても犯罪の内容は、殺人に性犯罪、人身や臓器売買といっ
たところに収束してくる。それが大半で、窃盗や強盗、詐欺といった類いの依
頼は少ない。
これは人間が造り出した社会の中で、倫理に関するところなのだろう。殺害や
性犯罪が、法律上刑罰が大きい事からも見てとれる。という私も十分感化され
ているのは間違いない。受け入れられないし、気持ち悪いし、そんな奴らは滅
びればいいと思っている。
自分も同じ穴の狢だというのに、その思いに自嘲すら出来ず嫌気が差す。
「開店の時間よ。」
リュティの言葉で闇の渦から引き戻される。時計を確認すると短い針は十時を
指していた。
「ほんとだ。」
私は依頼書を封筒に戻して椅子から立ち上がる。
「今回は止めたら?辛そうな顔をしているわよ。」
「やるわ。今の私にはやるしかないもの。」
リュティの気遣いに、私は弱々しい笑みで言うと開店のために店内へと向かっ
た。
ランチを終え、お客さんの来ない店内で何処を見るでもなく、視線を彷徨わせ
る。カウンターに付いた肘の先にある掌に顔を預けて。
「その態度じゃお客さんも寄り付かないわよ。」
商品を入れている棚の、硝子を拭きながらリュティが言ってくるが大きなお世
話だ。お客さんは午前中に一人入って来ただけで、何も買わず見るだけ見ると
去っていった。今日の売り上げは今のところ零なのだけど、やる気が出ないの
で薬莢の記述もアクセサリー造りもしていない。暇な時こそやるべきなのは分
かっているけれど、どうにもやる気になれない。
時間が十五時に差し掛かろうとした時、お店の扉が開いた。やっとお客さんが
来たと思い、いらっしゃいませと声を掛けようと入り口に視線を向けた直後、
私は硬直した。望んでもいない、顔を見たくもない来訪者が微笑を浮かべてこ
ちらに近付いて来る。
「どうも。」
「私はあんたの顔は見たくなかったんだけど。」
挨拶をしてくるリンハイアに、姿勢は変えずに目付きだけを鋭くして私は言っ
た。リンハイアに同行している女性二人、メイの方は相変わらず私の態度が気
に入らないらしく睨んでくる。アリータの方は慣れたものなのか、何時もの態
度を崩してはいない。
「少し・・・」
「いやよ。」
リンハイアが口を開いたところで、私はきっぱりと拒否する。
「まだ何も言ってませんが。」
微笑を崩さずにリンハイアはそう言った。白々しい。
「執政統括がわざわざ出向いて来るなんて、ろくでもない事を押し付けに来た
以外に考えられないわ。」
私の態度にメイが前に出ようとするが、リンハイアは片手を少しだけ動かして
制止する。
「ええその通りです。故に、出来れば店内でないところで話したいのですが。」
リンハイアはしれっと開き直って言いやがった。
「聞くなんて言ってないでしょ。」
「ヴァールハイア家の行く末は最後まで見届けてくれると思っていたのですが、
残念です。」
リンハイアが微かに寂寥を浮かべて言った。
「どういう事?」
うっかり聞き返してしまった事に、私は苦い顔をする。あの馬鹿夫妻の件はも
う終わったんだ、オーレンフィネアまで行って私なりに終わらせたつもりだっ
た。だけど、その名前を出されて無反応で終わらせられる程、私の中で時間は
経過していない。たった二日の付き合いだけど、一ヶ月で風化するような軽い
出会いなんかじゃなかった。だからこそ私は、オーレンフィネアまで出向いた
のだろう。
「リュティ、お店お願い。」
事の行く末など全く気にする様子もなく、硝子を拭いているリュティに私は声
をかけた。リュティは頷いたたけで何を言うでもなく、カウンターの方に向か
ってくる。
「こっちよ。ただ、応接間なんて気の効いたものは無いわよ。」
リュティが引き受けた事を確認すると、私はリンハイア一行を住居区域へと連
れ移動する。ヴァールハイアの名前を出され、上手く釣られてしまったのが悔
しいところではある。
居間に着くと食卓の椅子にリンハイアは躊躇なく座りやがった。普通、家主が
促した後に座らないか?取り敢えず私も座るが、メイが台所を勝手に使いお茶
の準備を始めるのが目に入る。おい。
「台所、お借りします。」
いや、使い始める前に聞くだろ。さも自分の家のように使い始めてから聞くか
?こいつら国を運営する前に一般常識から学び直して来いよ、馬鹿か。まあリ
ンハイアの配下は命令で動いているだけだから、運営に関しては違うかもしれ
ないが非常識なのは揃って同じだ。
「カーダリア卿のご息女についてはご存知ですか?」
座ったリンハイアが開口一番、聞いてきたのは夫妻の娘についてだった。あの
馬鹿夫妻は、アールメリダの復讐という道を選んで本懐を遂げた。生存してい
るのは私がオーレンフィネアで会っただけの、ユーアマリウの筈。他にいるな
らもう私の知るところではない。
「アールメリダを知ったのは殺された後だけど、ユーアマリウは墓前で一度会
っただけよ。それだけで、よくは知らないわ。」
リンハイアは私の言葉に頷くと続ける。
「ヴァールハイア家最後の生き残り、そのユーアマリウ嬢が何者かによって拐
われた。」
なんて事、ヴァールハイアって不幸の家名なんじゃないかと思わされる。いや、
夫妻は別として娘二人にとってだが、現代までよく続いてきたなと思わされる。
「見つけて助けろって言うんじゃないでしょうね?」
他国の事件にまで巻き込まれたくはない。モッカルイア領での件で嫌っていう
程懲りたわ。
「いえ、違います。薬莢への記述をお願いしたくて来たのです。」
じゃあ何でユーアマリウの話しをしたんだ、嫌がらせか。それはさておき、私
はリンハイアを睨め付ける。
「二度とやらないって言ったでしょ。戦争の道具なんてもうごめんだわ。」
私の怒気を込めた視線も言葉も、リンハイアは微笑で受け流しながら背広の上
着の内側から一枚の紙片を取り出す。折り畳まれたその紙片を広げると、私の
前に差し出して来る。
「何?本気で殺されたいの?」
人の話しを聞かないリンハイアに、怒りを押さえられず声音を低くして殺気を
籠める。台所でお茶の準備をしていた二人が勢いよく振り返り身構えるが、知
ったことじゃない。殺されようと二度と戦争の道具になんかされないわ。
「戦争ではありません。貴女なら見れば解ると思いますが、これは国を守る為
にどうしても必要なのです。」
護衛二人を制してリンハイアは言った。その顔から微笑は消え、いつになく真
面目な面持ちで私を見据えていた。
「だったらカマルハーに記述させればいいでしょう。」
私は気を鎮めながら、紙片に描かれた呪紋式を眺めつつ言った。どうせ何か理
由を付けつつ、カマルハーを留守にして私の所に来たのだろうが。
「彼には無理だと言われました。」
「だったら尚更、私には無理でしょうが。」
何を言っているんだこいつは。国内でも指数本に収まる程の呪紋式技術士が無
理なことを、私が出来ると思っているのか。何処かに行かせたなんて予想以上
にろくでもない話しだった。
「記述した事が無い上に、時間も大幅に掛かり精緻に欠けると。今回は時間が
無い為、貴女ならとカマルハーとも意見が一致してね。」
何でそこで私になるんだ、阿呆か。と思いながら机上の呪紋式を眺めていたが、
確かにこの前の様な呪紋式ではない。おそらく防御結界か何かだろうが、どち
らにしろ戦争の道具であることには変わらない。
「どうぞ。」
そこでアリータが私の前に紅茶を置く。自前で持って来たであろうダージリン
の爽やかな香りは、何処か気分を落ち着けてくれた。ついでにアンパリス・ラ
・メーベのシュークリームも置かれた。
ウェレスの件でアーランマルバに行った時依頼なので久しぶりだが餌に釣られ
る程、今の私は気分が穏やかではない。
「ありがとう。」
アリータにお礼を言っている間に、リンハイアはメイから受け取った紅茶に口
を付け、シュークリームも既に食べ始めていた。本当に自分の家だとでも思っ
ているんじゃないだろうか。死ね。
「大体、有数の記述士が無理と言った上で、私が候補に浮上する事自体おかし
いわ。それに結界だとしても戦争の道具になることは変わらない。だから私に
受ける理由は無いわ。」
かなり大掛かりな呪紋式な気がするそれを眺め、私は拒否する。小銃の薬莢に
なんか納まらないであろうその呪紋式は、この前の大型呪紋式銃で使うのだろ
うかくらいは想像するが。
「自分を過小評価し過ぎかと思います。カマルハーに出来なくとも貴女なら可
能だと、私も思っています。」
「それこそ過大評価でしょうよ。」
私も紅茶を飲んで、シュークリームを一口囓ってから言った。うん、やっぱり
美味しい。
「突如襲い来る不条理に備えるのも為政者の務め。成すことが可能ならば当然、
利用出来るものは利用します。」
おお、はっきり私を利用すると言うのは潔いがそれはリンハイアが歩む道だか
ら、私の知った事ではないので好きにすればいい。私は成せないから巻き込ま
ないで欲しいわね。
「その姿勢はいいけど、無理なものは無理よ。」
「アリータ、薬莢を。」
「やらないって言ってるでしょ!」
私を無視して話しを進めるリンハイアに苛つき、テーブルを掌で打ち声を大き
くした。衝撃でティーカップとソーサーが騒がしい音を立てる。メイは相変わ
らず睨んでくるが、アリータは淡々と荷物から長方形の箱を取り出してテーブ
ルの上に置いた。厚手の書類が入りそうな箱の蓋をリンハイアが開けると、先
端の尖った金属が見える。リンハイアは一つ金属を摘まんで取り出すと、私の
前に置いた。
「なに、これ・・・」
薬莢部分が十五センチメートル程で、先端の尖った金属が五センチメートル程。
直径は四センチメートル程もある見たことも無い薬莢だった。
「機密なんですが、大型遠距離呪紋式銃用の薬莢です。」
「・・・」
私は声も出ずに口を半開きにして固まる。遠距離の呪紋式銃ですって!?技術
の進化に対しての驚きと、それが可能にする恐怖に気分が悪くなってくる。そ
れをさらっと言いやがったリンハイアに、嫌悪の視線を投げつけた。
「数年前から開発していたんですよ、発見されたこの呪紋式を可能にする防衛
技術を。」
だったら記述もその時からやらせとけよ。
「必要になるのはもう少し先の事かと思っていました。以前、貴女がグラドリ
ア城に来たときに話した事を憶えていますか?」
私の内心を察しているように話しを続けるリンハイアが言った内容に、私には
現実感が無かったあの壮大な話しを思い出す。同時に苦い経験でもあったので
余計に気分が悪い。
「それが何?」
苛立ちから態度も悪くなってくる。
「私の予想よりも早く、時代は進んでいるようです。運用試験を行ってから、
実運用に漕ぎ着けようと考えていたのですが、難しい状況になりました。」
「知らないわよそんなこと。それで私を巻き込まないでよ。」
リンハイアの予想とか私には関係ない。そんな事で私を巻き込む理由にはなら
ないし、何よりこれ以上リンハイアの都合に関わりたくない。大体、国家の問
題なのかリンハイアの都合なのか知らないけど、そんな問題を一個人に持って
くる事自体おかし過ぎるのよ。
「私が甘かったのは分かっています。ただ、この国を護るための予防策に協力
して頂けませんか。」
「嫌だって言ってるでしょう。」
しつこい。やるなら勝手にやっていればいい。
「これはユーアマリウ嬢が拐われた事とも大いに関係しているのです。」
「もう関係無いってば。」
尚も食い下がってくるリンハイアに、呆れと苛立ちを現にして突き放すように
私は言った。国の行く末も、ヴァールハイア家の事も、私には関係の無い話し
だ。どうしてそうまでして私が嫌がる事をやらせようとするのかと、恨みがま
しい目を向けると、リンハイアは視線を薬莢に落とし何やら考えているようだ
った。
「私も此処で諦める事はしたくないんですよ。」
薬莢から私に移したリンハイアの視線は、目つきは普通だが鋭く意を決したよ
うだった。普段は見ない真剣な目付きを私も見返す。
「そっちの都合なんかどうでもいいの、私はやらない。」
お互いに譲らない私とリンハイアは、部屋の中に緊迫した空間を造りだす。ア
リータは澄ましているが、メイはその緊張感からか身構えそうだった。私の家
なんだけどな、何これ。自分の寛ぎ空間なのに何で私がこんな思いしなければ
ならないかな。勝手に押し掛けて来て、勝手な事を言うだけ言って、私になん
の恨みがあってこんな思いさせられるのよ。
それでもリンハイアの瞳は揺らぐ事なく私を見据えて、口を開いた。
「メーアクライズの二の舞を見たいですか?」
リンハイアの口から出た言葉は、一瞬にして私の理性を吹き飛ばした。椅子を
蹴倒しリンハイアに掴み掛かろうとするが、アリータが右手で私の左腕を掴み
左手に持った短刀を首に押し付けてくる。メイは逆に私の右腕を掴んで、右脇
腹に銃口を押し付けていた。
「今何を言ったぁっ!」
押さえ付けられながらも私は叫び、リンハイアに掴み掛かろうと前に進もうと
する。アリータの短刀が首に食い込み、溢れて滴り始めた血が白のシャツを赤
く染めていく。
「ミリアさん落ち着いて、死にますよ。」
行動とは裏腹に、アリータが困惑と心配が混ざった表情を向けて言って来るが、
私には届いていなかった。
「それだけの脅威が迫っているんです。だからこそ貴女にお願いをしに来たん
です。」
まったく揺らがない瞳で、押し付ける信念は先を憂う為政者として曲がること
はない。穏やかに言ってはいるが、引き下がるつもりはリンハイアも無いよう
だった。それでも今の私はそれすら届かない。
「今すぐその口を塞いでやるっ!」
前に出ようとするが、身体が進まない。本当はテーブルを粉砕してでも足を蹴
り上げればよかったのかも知れない。でも私はそこまでの考えすら出来ず、た
だ目の前の脅威に噛みつきたかっただけなのかもしれない。
逆に自分が怖かったのかもしれないし、死ぬことが怖くてそれ以上身体を進め
られなかったのかも知れない。逆に受け入れたくない現実から逃れるように、
短刀に首を委ねたかったのかも知れない。
「未然に防ぐ事、被害を抑える事、その手段を持っていながら何故逃げるので
すか。何故手を差し伸べないのですか。」
真っ直ぐ突き刺さるリンハイアの眼差しは、拒絶している自分すらも貫いてい
るようだった。記憶の奥底に閉じ込めて、見ることも触れることも無い。けれ
ど決して消えることの無いその記憶に触れてしまえば、私はどうなるのだろう
か。触れて鮮明に呼び起こされてしまったらと思うと、閉じ込めて見ない振り
をしてきた。それは私の防衛本能なのかもしれないが、目の前の為政者はそん
なものお構い無しに突き刺して来る。
踏み込んでくる。
「殺してやる・・・」
沸き上がる黒い感情から身体の力が抜け、暗さが滲み出たような瞳でリンハイ
アを睨み付け私は静かに言った。私の変化にアリータとメイが戸惑いの表情を
見せるが、今の私には映っていなかった。それでも変わらず見据えてくる目の
前の双眸を睨み返すだけで。
「私を殺せば大陸の崩壊は加速する、それは分かっている筈です。自ら選択
出来る状況にありながら、アラミスカの・・・」
「そこまでにしておきなさい。」
リンハイアの言葉に一瞬前に出た私の首に、更に短刀が食い込んだところで静
かだが、有無を言わせないような意思を秘めた声が空間を制止させる。ただ、
首から滴る生暖かい感触と、うねる感情だけが感じられるようだった。
「それ以上は私が相手になるわよ。」
突然割り込んだリュティの態度は、その場に居た三人を凍りつかせた。当人と
リンハイアを除いて。今まで感じた事の無い威圧に、普段一緒に居る私ですら
固まる。リンハイアはその威圧すら感じていないようにリュティへと視線を向
け見据える。暫く膠着状態が続いたように感じたが、部屋を占める空気の所為
なのだろう。やがてリンハイアは椅子からゆっくりと立ち上がる。
「今日のところは退散します。この場に居る誰も欠きたくないのでね。」
アリータとメイが驚いてリンハイアを振り返る。引き下がらないとでも思って
いたのか、それとも一人の女性の一喝に引いた事にか分からないが。私は激し
く巡った感情の所為で硬直し、思考も巡らす事が出来ず動けないまま立ち尽く
していた。
「薬莢と呪紋式は置いていきます。出来たら連絡をください。」
悠然と店舗の方へ向かいながら、リンハイアはその言葉を置き去りにして去っ
ていった。リンハイアが去った後、立ち尽くす私の横にリュティが来ると、紅
月と薬莢二つをテーブルの上に置く。その薬莢は止血と痛み止めだった。
「往き急がないで。アーランマルバにもモッカルイアにもお店、出すのでしょ
う。」
リュティは何時もの微笑でそう言うと、そっと私の肩に手を添えた。何時もの
微笑と思ったのは雰囲気からで、実際のところは歪んでよく見えなかった。
「ぅ・・・ぅぁぁああああっ・・・」
そこで涙と声が一気に溢れ、私はその場に膝から崩れ落ちて泣き続けた。何が
理由で泣いているのか分からない。何も考えられない。何を思っているのかも
分からない。分からないけれど、ただ涙と嗚咽だけが出続けた。
何も分からない。
ただ、泣き続けた。
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