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紅湖に浮かぶ月2 -鳴動-
終幕 更なる野望
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--二ヶ月後--
メフェーラス国とロググリス領の戦争は、戦争と呼べるものではなく一方的な
虐殺により、一ヶ月も経たずに終戦した。メフェーラス国王の宣言をもって。
実質、メフェーラス国軍がロググリス領に入った時点、というよりはロググリ
ス領主が死んだ時点で一方的な戦争になるのは誰の目に見ても明らかだったの
だが。これによりロググリス領はメフェーラス国の直轄地となった。
この戦争による死者数は十万を超え、その半分以上が民間人だった。進軍した
メフェーラス国の兵士が、途中にある町村を略奪しながら進んだ結果がこれで
ある。一方的な蹂躙にロググリス領の兵士も尻込みし、襲われた町村を助ける
事も出来ずに傍観したのだ。
金品食料の強奪は当たり前、女であれば幼児まで強姦の対象であり、足りなけ
れば少年すらも好色の対象にされる。最終的には町村ごと皆殺しにして焼き討
ちするが、女は連れて行かれる事もあった。それでも、使い捨ての様に途中で
無残な肉塊を捨てられる結果となる。
終戦の宣言後も状況は変わらず、ロググリス領はメフェーラス国に未だに蹂躙
され、無法地帯の地獄となっていた。領内の町村で起きる惨劇に歯止めを効か
す存在が無い為である。便宜上、メフェーラス国王はそれを赦しはしていない
が、見て見ぬ振りをする放置状態となっている。
周辺諸国ではその行動を報道を通じて非難の対象としているが、隣国である三
国同盟ですら飛び火を懸念して静観しているのが、サールニアス自治連国の現
状である。
ラコンヌ大国にとっては対岸の火事であるため、国境の警戒を強めたままで関
わる素振りすらない。正義を唱え山脈を越えてまで国力を疲弊するような真似
をしないのは当然と言える。
モッカルイア領、ナベンスク領、アンテリッサ国の三国同盟が動かないのも、
ロググリス領がその状態では住むのも酷な状態になり、やがてメフェーラス国
にもその皺寄せが波及すると踏んでの事だった。衰退したメフェーラス国が、
他国との同盟関係にある三国同盟を、相手には出来ないだろうという打算の元
に。
「ふふん、どう?」
私はお店に戻ると、バッグから紙を取り出して店番をしていたリュティに見せ
つける。
「あら、凄いわね。」
リュティはいつもと変わらない微笑みで応える。もう少し感動とかしてくれて
もいいのに。
「そもそも必要なものだったのでしょう?」
リュティは私の不満を見透かしたように言ってくる。そうよ、その通りよ。在
って当たり前のものですよ。悪かったわね、今まで無許可で。
「じゃあ、お祝いしないといけないわね。」
「えっ?」
そんな事を言われると思わなかった私は、驚いて間抜けな声を出す。
「折角だから、お友達でも呼んだらどうかしら。あれから会っていないのでし
ょう?」
そうか、そう言えばモッカルイアから帰って依頼、ヒリルとは会っていない。
たまに文書通信はするが。それに無事仕事も見つけたらしく、慣れるのが大変
と言っていたので、あまり時間が無いのかもしれない。忙がしい可能性も十分
にあり得る、何故なら暇な企業が求人など出すわけが無いのだから。
「そうね、都合聞いてみるわ。」
自分のお祝いに自分で人を集めるってのは、腑に落ちない気もするわね。しか
し考えてみれば、私が声を掛けれるのってヒリルとユリファラくらいしかいな
かったわ。
「どうして私は雇ってくれなかったのに、その人はいいの?」
ヒリルがそう言ってリュティに視線を向ける。
一応私のお祝いという名目の宴は、お店の向かいにあるカフェ・マリノで始ま
った。何処で開催するかについては、久々にお店が見たいというヒリルが、ロ
ンカット商業地区まで来ると言った事でこの場所になっている。
飲むのも特に拘りがあるわけではないので、目の前になったわけだが、自己紹
介もそこそこに、開始早々にヒリルがリュティに対しての不満を投げてくる。
ヒリルは「お祝い?行く!」とか陽気に言っていたが、私を祝いに来たんじゃ
ないのかこいつは。
「呪紋式の知識が豊富だからよ。」
麦酒を飲みながら答える。肴は生ハムとチーズ、美味しい。リュティはクラブ
ハウスサンドを食べているが、ヒリルは葡萄酒を飲みながら私と同じ肴を口に
している。
「それを言われちゃうと私には勝ち目ないじゃん。」
そう言ってヒリルは頬を膨らませる。そもそも張り合わなくていいから。
「あら、アクセサリーの販売なら問題無いのではなくて?」
こいつは余計な事を。煽るな。私はリュティに半眼を向ける。
「危険な事にも変わりはないわ。」
「それなら、このお姉さんだって変わんないじゃん。」
ヒリルの口撃はまだ止まない。いい加減この話から離れてくれないかな。もう
終わってる事なのだから。
「リュティは殺しても死なないからいいのよ。」
私はリュティに半眼を向けたまま言う。未だにその正体が不明な事に対して含
みを持たせながら。
「酷いわ。私だって死ぬのよ。」
「そうなの?」
多少悲しみを浮かべながら言ったリュティの発言に私は驚く。てっきり何処を
破壊されても、呪紋式で再生するもんだと勝手に思い込んでいた。ちょっと衝
撃的な事実を知ってしまった気分。
「そうよ。それじゃ化け物じゃない、本当酷いわ。」
いや、腕が呪紋式で再生するとか、私にとって十分脅威なのだけど。
「いや、大差ないんじゃないか。」
「ミリアひどーい。」
お前も乗るな。
「何これ、私を苛める会?」
私が不満げに言うと、二人は声を出して笑った。と言ってもリュティは吐息を
漏らす程度だったが、目は愉快そうにしていた。こいつら。
「リュティさんは何処でミリアと知り合ったの?」
ヒリルの問いで私を苛める会は終わったようだ。いや、もともと趣旨が違うの
だけど。そう言えば、モッカルイアではヒリルとリュティは会っていないのよ
ね。ユリファラの前には出て来てたけど。恐らくそれはリュティの気遣いだっ
たのではないかと思う。ユリファラは執務諜員だから。リンハイアとリュティ
が繋がっている可能性はある、そう考えれば不思議ではない。
「リュティでいいわよ。けれど、どうして知り合ったと思ったのかしら?」
リュティはヒリルの問いに問いで返す。
「ミリアが求人なんか出すとは思えないから。」
うっさい。
「ミリアの仕事は?お店じゃない方の。」
逆にリュティが質問を始める。
「詳しくは知らない。ただ、命に関わるってことくらいしか。」
「そう。その命が関わる方の仕事上知り合ったのよ。」
「やっぱりそうかぁ。」
ヒリルの返事は何処か寂しさが在った。それは自分がその事情を教えて貰えな
いという思いからなのだろうか。と、考えるのは私の傲慢かも知れないが。
リュティも言う気が無いのは事態を察しているからだろう。事情を察してしま
えば、司法裁院の高査官が動く可能性は十分にある。ネルカは末端の構成員ま
でいちいち確認などしていられないと言っていたが、敢えて危険に晒す必要は
ない。
「ところで、ミリアが取った資格ってよく分からないんだけど。呪紋式の記述
だっけ?」
小銃さえ一般的に普及していない現在に於いて、一般人であるヒリルにとって
馴染みが無いのも当然と言える。
「そう。呪紋式を薬莢に記述するの。その記述を行うためには国が認定する資
格が必要なのよ。」
「そうなんだ。ミリアってそんな事が出来たんだね。」
「仕事上必要だったのよ。」
確かにその通りなのだが。司法裁院の仕事で必要なのもあるのだが、お店の維
持費も馬鹿になら無い。アクセサリーの売り上げだけでは土地が維持できない
し、当然生活にも困る。司法裁院の仕事は不定期だから他にも収入源を確保す
る必要があった。
「アクセサリーショップの傍らで、薬莢の受注もしようかと思ってね。」
ただ、こちらも不定期な事には変わりないのだけど。
「いろいろ考えてるんだね。」
「そりゃ考えるわよ、折角出せたお店だから、維持したいもの。」
一時はお店の継続も終わったと思って絶望しかけたが、リュティのおかげもあ
り無事続けられる。
「いいなぁ、自分がやりたいこと出来て。」
「ヒリルは無いの?」
言葉ではそれしか言わなかったが、私は我が儘を押し通してやっているだけと
は言えない。どれだけの数の血の上に今があるのか。ただの人殺しがやりたい
事をやっているだけの状況に、羨望は本当に抱けるのかとは、問う事など出来
はしない。
「考えた事ないんだよね。将来結婚するのかな、出来たらいいなっていう漠然
とした思いくらいかな。」
結婚、その言葉は何処か遠い別の世界の響きに聞こえた。私には無縁なのだか
ら。恋愛すらよく分からない。そんな物は存在しない生活をしてきたのだから。
「そう、結婚ね。応援するわよ。」
ただ、人の幸せは純粋に応援したい。特に知り合いなら尚更よね。人殺しが人
の幸せを応援するのかと思われそうだが、応援するのは別にいいじゃない。嫌
だと言われない限り。
「ありがと。で、そういうミリアはどうなのよ。」
うわ、振るな。
「私にその気はないわ。やりたい事もあるし。」
やりたい事があるのは事実だが、その言葉で本筋からは話しを逸らした。それ
に対してヒリルが怪訝な顔をする。
「お店出したじゃない?他にもあるんだ。」
そう、お店を出したら満足すると思っていた。でも、満足出来なかった。満足
出来ないというよりは、別の思いの方が強いのだけど。
「何れ、本店をグラドリア国の首都、王都アーランマルバに出す予定なのよ。」
「そうなの!?」
私の言葉にヒリルは驚きを露にする。
王都アーランマルバはグラドリア王城の城下町であり、グラドリア国の首都で
あり、王都と呼ばれる。人口はアイキナ市の倍を超える約一千万、そんなとこ
ろにお店を出せたら、きっと成功者なのではないかと思える。
「ええ。私にもいろいろ展望はあるのよ。」
「其処のお店はどうするのかしら?」
リュティは、通りの向かいにある私の店を目線で示して疑問を言った。
「アイキナ支店として残すわ。」
今までの顧客は伝手として残しておきたい。当然、アクセサリーがメインなの
は変わりないのだけど。薬莢の受注は本店をメインとして運営したいわね。
「人手もいるわね。」
リュティの言葉にヒリルが手を上げる。
「その時は私を雇ってよ。」
まあ、その時があればねと思うが、気が早過ぎじゃない?まだ、夢物語の段階
だというのに。
「何時出せるか分からないし、そもそも出せるかどうかも分からないのよ。」
「本店が出来たら私も首都へお引越しね、楽しみだわ。」
聞けよ。勝手に盛り上がるな。笑顔で盛り上がる二人を私は半眼で見る。
お店を出すとして、場所もお金もそうだけどなにより人員確保が難しい。呪紋
式の記述が追い付かなければ店を出せない。現在に於いて記述士の数が少ない
為、その確保が一番の課題になりそう。リュティは薬莢の受付が出来るから本
店には・・・。
待て待て私。出来るかどうかも分からない事を何真面目に考え出してるんだ。
でも、そんな事を考えるのも楽しくはあるのだけど。
「出すとき教えてね。」
「期待はしない方がいいわ。私だってあくまで出せたらいいな程度だもの。」
期待されても困る。期待は重責と名を変えて圧し掛かる場合も多々にあるもの
だから。ま、私には効かないけど。
「大丈夫よ。その時はってだけだから。それに私が結婚する方が早い気がする
。」
ほう、言ってくれる。
「相手も居ないのに?」
「うるさいなぁ、これからよこれから。」
私の突っ込みにそう言って笑顔になるヒリルは、先程言ったように漠然とした
将来の事だからかも知れない。それとも単に話の流れだったのだろうか。
「そう言えば、ユリファラは呼ばなかったの?」
思い出した様に質問してくるヒリル。聞かれてないから言ってなかったが、最
初に聞かないか、それ。
「グラドリア国に居ないんだってさ、今。」
「そうなんだ、残念。」
一緒にいた時間は短かった筈なのに、居て当然のような流れで言うヒリル。あ
の状況がそう思わせたのだろうか。ユリファラはリンハイアの仕事で現在は法
皇都オーレンフィネアにいるらしい。別に友達ってわけじゃないけど、出来た
アンクレットも渡したかったので声を掛けたら、今の仕事終わったら取りに行
くと言っていた。
麦酒は毎日飲んでいるけれど、歓談しながらお酒をの飲むのは久しぶりだった。
ただ、やはり思い出してしまうのはモッカルイアで起きた事件だ。それを考え
ると、やり場のない気持ちが込み上げる。その感情は表に出さないように、久
々に会ったヒリルとの時間を過ごした。
「私はそろそろ帰るね、遅くなったし。」
夜も二十三時が近づいた頃、そう言ってヒリルが立ち上がる。
「今日は来てくれてありがと。」
「なんか在ったらまた呼んでね。王都上陸とか。」
気が早いっての。
「あら、何年先の話しかしら。」
リュティが変わらない微笑で茶化す。黙れ。私の野望に水を挿すな。
「じゃぁまたね、そのうち。」
ヒリルは手を振って帰っていった。
「本気?」
「何が?」
二人になるとリュティが真面目な顔で聞いてくる。
「お店。」
「ええ。望まない奴も居るだろうけど、これは自分を護る闘いでもあるのよ。」
本心は言えないが、リュティは察してしまう気がする。まあいいけれど。リュ
ティが何を望んでいたとしても、それが私の意思と合致しない場合、迎合する
事はない。
「楽しみにしておくわ。」
少し寂しそうな微笑を浮かべてリュティは言った。
実は王都アーランマルバにお店を出すのは、無理っていう程ではない気がして
いる。金銭的な面に関してではあるが。リンハイアからは一千万振り込まれて
いた。ユリファラの手伝いとしては不振な程多い金額なのだけど、この際利用
出来るものは利用する。
司法裁院からも百五十万、ハドニクスの依頼料が振り込まれていた。いつもの
依頼より報酬は多いが、割りに合わない気がする。まあ贅沢は言ってられない
か。
このまま依頼と薬莢の記述が順調なら、何れはお店を出す事も可能よね。問題
は多々あるけど、現実味が出て来てから改めて考慮する事にしよう。
そう思って視線を空に向けると満月が、店灯りにも負けずに煌々としていた。
モッカルイアでも多くの犠牲を出した私は、また多くの死の上に自分の道を歩
いて行く。死で創られた道程を、私は何処まで歩いて行けるのだろうか。また
黒き螺旋に引き摺られないだろうか。暗く不安しかない道だけど、私は前に歩
いて行こうと、今は思った。
少し潤んだ私の紅い瞳には、変わらずに佇む満月が揺蕩っていた。
メフェーラス国とロググリス領の戦争は、戦争と呼べるものではなく一方的な
虐殺により、一ヶ月も経たずに終戦した。メフェーラス国王の宣言をもって。
実質、メフェーラス国軍がロググリス領に入った時点、というよりはロググリ
ス領主が死んだ時点で一方的な戦争になるのは誰の目に見ても明らかだったの
だが。これによりロググリス領はメフェーラス国の直轄地となった。
この戦争による死者数は十万を超え、その半分以上が民間人だった。進軍した
メフェーラス国の兵士が、途中にある町村を略奪しながら進んだ結果がこれで
ある。一方的な蹂躙にロググリス領の兵士も尻込みし、襲われた町村を助ける
事も出来ずに傍観したのだ。
金品食料の強奪は当たり前、女であれば幼児まで強姦の対象であり、足りなけ
れば少年すらも好色の対象にされる。最終的には町村ごと皆殺しにして焼き討
ちするが、女は連れて行かれる事もあった。それでも、使い捨ての様に途中で
無残な肉塊を捨てられる結果となる。
終戦の宣言後も状況は変わらず、ロググリス領はメフェーラス国に未だに蹂躙
され、無法地帯の地獄となっていた。領内の町村で起きる惨劇に歯止めを効か
す存在が無い為である。便宜上、メフェーラス国王はそれを赦しはしていない
が、見て見ぬ振りをする放置状態となっている。
周辺諸国ではその行動を報道を通じて非難の対象としているが、隣国である三
国同盟ですら飛び火を懸念して静観しているのが、サールニアス自治連国の現
状である。
ラコンヌ大国にとっては対岸の火事であるため、国境の警戒を強めたままで関
わる素振りすらない。正義を唱え山脈を越えてまで国力を疲弊するような真似
をしないのは当然と言える。
モッカルイア領、ナベンスク領、アンテリッサ国の三国同盟が動かないのも、
ロググリス領がその状態では住むのも酷な状態になり、やがてメフェーラス国
にもその皺寄せが波及すると踏んでの事だった。衰退したメフェーラス国が、
他国との同盟関係にある三国同盟を、相手には出来ないだろうという打算の元
に。
「ふふん、どう?」
私はお店に戻ると、バッグから紙を取り出して店番をしていたリュティに見せ
つける。
「あら、凄いわね。」
リュティはいつもと変わらない微笑みで応える。もう少し感動とかしてくれて
もいいのに。
「そもそも必要なものだったのでしょう?」
リュティは私の不満を見透かしたように言ってくる。そうよ、その通りよ。在
って当たり前のものですよ。悪かったわね、今まで無許可で。
「じゃあ、お祝いしないといけないわね。」
「えっ?」
そんな事を言われると思わなかった私は、驚いて間抜けな声を出す。
「折角だから、お友達でも呼んだらどうかしら。あれから会っていないのでし
ょう?」
そうか、そう言えばモッカルイアから帰って依頼、ヒリルとは会っていない。
たまに文書通信はするが。それに無事仕事も見つけたらしく、慣れるのが大変
と言っていたので、あまり時間が無いのかもしれない。忙がしい可能性も十分
にあり得る、何故なら暇な企業が求人など出すわけが無いのだから。
「そうね、都合聞いてみるわ。」
自分のお祝いに自分で人を集めるってのは、腑に落ちない気もするわね。しか
し考えてみれば、私が声を掛けれるのってヒリルとユリファラくらいしかいな
かったわ。
「どうして私は雇ってくれなかったのに、その人はいいの?」
ヒリルがそう言ってリュティに視線を向ける。
一応私のお祝いという名目の宴は、お店の向かいにあるカフェ・マリノで始ま
った。何処で開催するかについては、久々にお店が見たいというヒリルが、ロ
ンカット商業地区まで来ると言った事でこの場所になっている。
飲むのも特に拘りがあるわけではないので、目の前になったわけだが、自己紹
介もそこそこに、開始早々にヒリルがリュティに対しての不満を投げてくる。
ヒリルは「お祝い?行く!」とか陽気に言っていたが、私を祝いに来たんじゃ
ないのかこいつは。
「呪紋式の知識が豊富だからよ。」
麦酒を飲みながら答える。肴は生ハムとチーズ、美味しい。リュティはクラブ
ハウスサンドを食べているが、ヒリルは葡萄酒を飲みながら私と同じ肴を口に
している。
「それを言われちゃうと私には勝ち目ないじゃん。」
そう言ってヒリルは頬を膨らませる。そもそも張り合わなくていいから。
「あら、アクセサリーの販売なら問題無いのではなくて?」
こいつは余計な事を。煽るな。私はリュティに半眼を向ける。
「危険な事にも変わりはないわ。」
「それなら、このお姉さんだって変わんないじゃん。」
ヒリルの口撃はまだ止まない。いい加減この話から離れてくれないかな。もう
終わってる事なのだから。
「リュティは殺しても死なないからいいのよ。」
私はリュティに半眼を向けたまま言う。未だにその正体が不明な事に対して含
みを持たせながら。
「酷いわ。私だって死ぬのよ。」
「そうなの?」
多少悲しみを浮かべながら言ったリュティの発言に私は驚く。てっきり何処を
破壊されても、呪紋式で再生するもんだと勝手に思い込んでいた。ちょっと衝
撃的な事実を知ってしまった気分。
「そうよ。それじゃ化け物じゃない、本当酷いわ。」
いや、腕が呪紋式で再生するとか、私にとって十分脅威なのだけど。
「いや、大差ないんじゃないか。」
「ミリアひどーい。」
お前も乗るな。
「何これ、私を苛める会?」
私が不満げに言うと、二人は声を出して笑った。と言ってもリュティは吐息を
漏らす程度だったが、目は愉快そうにしていた。こいつら。
「リュティさんは何処でミリアと知り合ったの?」
ヒリルの問いで私を苛める会は終わったようだ。いや、もともと趣旨が違うの
だけど。そう言えば、モッカルイアではヒリルとリュティは会っていないのよ
ね。ユリファラの前には出て来てたけど。恐らくそれはリュティの気遣いだっ
たのではないかと思う。ユリファラは執務諜員だから。リンハイアとリュティ
が繋がっている可能性はある、そう考えれば不思議ではない。
「リュティでいいわよ。けれど、どうして知り合ったと思ったのかしら?」
リュティはヒリルの問いに問いで返す。
「ミリアが求人なんか出すとは思えないから。」
うっさい。
「ミリアの仕事は?お店じゃない方の。」
逆にリュティが質問を始める。
「詳しくは知らない。ただ、命に関わるってことくらいしか。」
「そう。その命が関わる方の仕事上知り合ったのよ。」
「やっぱりそうかぁ。」
ヒリルの返事は何処か寂しさが在った。それは自分がその事情を教えて貰えな
いという思いからなのだろうか。と、考えるのは私の傲慢かも知れないが。
リュティも言う気が無いのは事態を察しているからだろう。事情を察してしま
えば、司法裁院の高査官が動く可能性は十分にある。ネルカは末端の構成員ま
でいちいち確認などしていられないと言っていたが、敢えて危険に晒す必要は
ない。
「ところで、ミリアが取った資格ってよく分からないんだけど。呪紋式の記述
だっけ?」
小銃さえ一般的に普及していない現在に於いて、一般人であるヒリルにとって
馴染みが無いのも当然と言える。
「そう。呪紋式を薬莢に記述するの。その記述を行うためには国が認定する資
格が必要なのよ。」
「そうなんだ。ミリアってそんな事が出来たんだね。」
「仕事上必要だったのよ。」
確かにその通りなのだが。司法裁院の仕事で必要なのもあるのだが、お店の維
持費も馬鹿になら無い。アクセサリーの売り上げだけでは土地が維持できない
し、当然生活にも困る。司法裁院の仕事は不定期だから他にも収入源を確保す
る必要があった。
「アクセサリーショップの傍らで、薬莢の受注もしようかと思ってね。」
ただ、こちらも不定期な事には変わりないのだけど。
「いろいろ考えてるんだね。」
「そりゃ考えるわよ、折角出せたお店だから、維持したいもの。」
一時はお店の継続も終わったと思って絶望しかけたが、リュティのおかげもあ
り無事続けられる。
「いいなぁ、自分がやりたいこと出来て。」
「ヒリルは無いの?」
言葉ではそれしか言わなかったが、私は我が儘を押し通してやっているだけと
は言えない。どれだけの数の血の上に今があるのか。ただの人殺しがやりたい
事をやっているだけの状況に、羨望は本当に抱けるのかとは、問う事など出来
はしない。
「考えた事ないんだよね。将来結婚するのかな、出来たらいいなっていう漠然
とした思いくらいかな。」
結婚、その言葉は何処か遠い別の世界の響きに聞こえた。私には無縁なのだか
ら。恋愛すらよく分からない。そんな物は存在しない生活をしてきたのだから。
「そう、結婚ね。応援するわよ。」
ただ、人の幸せは純粋に応援したい。特に知り合いなら尚更よね。人殺しが人
の幸せを応援するのかと思われそうだが、応援するのは別にいいじゃない。嫌
だと言われない限り。
「ありがと。で、そういうミリアはどうなのよ。」
うわ、振るな。
「私にその気はないわ。やりたい事もあるし。」
やりたい事があるのは事実だが、その言葉で本筋からは話しを逸らした。それ
に対してヒリルが怪訝な顔をする。
「お店出したじゃない?他にもあるんだ。」
そう、お店を出したら満足すると思っていた。でも、満足出来なかった。満足
出来ないというよりは、別の思いの方が強いのだけど。
「何れ、本店をグラドリア国の首都、王都アーランマルバに出す予定なのよ。」
「そうなの!?」
私の言葉にヒリルは驚きを露にする。
王都アーランマルバはグラドリア王城の城下町であり、グラドリア国の首都で
あり、王都と呼ばれる。人口はアイキナ市の倍を超える約一千万、そんなとこ
ろにお店を出せたら、きっと成功者なのではないかと思える。
「ええ。私にもいろいろ展望はあるのよ。」
「其処のお店はどうするのかしら?」
リュティは、通りの向かいにある私の店を目線で示して疑問を言った。
「アイキナ支店として残すわ。」
今までの顧客は伝手として残しておきたい。当然、アクセサリーがメインなの
は変わりないのだけど。薬莢の受注は本店をメインとして運営したいわね。
「人手もいるわね。」
リュティの言葉にヒリルが手を上げる。
「その時は私を雇ってよ。」
まあ、その時があればねと思うが、気が早過ぎじゃない?まだ、夢物語の段階
だというのに。
「何時出せるか分からないし、そもそも出せるかどうかも分からないのよ。」
「本店が出来たら私も首都へお引越しね、楽しみだわ。」
聞けよ。勝手に盛り上がるな。笑顔で盛り上がる二人を私は半眼で見る。
お店を出すとして、場所もお金もそうだけどなにより人員確保が難しい。呪紋
式の記述が追い付かなければ店を出せない。現在に於いて記述士の数が少ない
為、その確保が一番の課題になりそう。リュティは薬莢の受付が出来るから本
店には・・・。
待て待て私。出来るかどうかも分からない事を何真面目に考え出してるんだ。
でも、そんな事を考えるのも楽しくはあるのだけど。
「出すとき教えてね。」
「期待はしない方がいいわ。私だってあくまで出せたらいいな程度だもの。」
期待されても困る。期待は重責と名を変えて圧し掛かる場合も多々にあるもの
だから。ま、私には効かないけど。
「大丈夫よ。その時はってだけだから。それに私が結婚する方が早い気がする
。」
ほう、言ってくれる。
「相手も居ないのに?」
「うるさいなぁ、これからよこれから。」
私の突っ込みにそう言って笑顔になるヒリルは、先程言ったように漠然とした
将来の事だからかも知れない。それとも単に話の流れだったのだろうか。
「そう言えば、ユリファラは呼ばなかったの?」
思い出した様に質問してくるヒリル。聞かれてないから言ってなかったが、最
初に聞かないか、それ。
「グラドリア国に居ないんだってさ、今。」
「そうなんだ、残念。」
一緒にいた時間は短かった筈なのに、居て当然のような流れで言うヒリル。あ
の状況がそう思わせたのだろうか。ユリファラはリンハイアの仕事で現在は法
皇都オーレンフィネアにいるらしい。別に友達ってわけじゃないけど、出来た
アンクレットも渡したかったので声を掛けたら、今の仕事終わったら取りに行
くと言っていた。
麦酒は毎日飲んでいるけれど、歓談しながらお酒をの飲むのは久しぶりだった。
ただ、やはり思い出してしまうのはモッカルイアで起きた事件だ。それを考え
ると、やり場のない気持ちが込み上げる。その感情は表に出さないように、久
々に会ったヒリルとの時間を過ごした。
「私はそろそろ帰るね、遅くなったし。」
夜も二十三時が近づいた頃、そう言ってヒリルが立ち上がる。
「今日は来てくれてありがと。」
「なんか在ったらまた呼んでね。王都上陸とか。」
気が早いっての。
「あら、何年先の話しかしら。」
リュティが変わらない微笑で茶化す。黙れ。私の野望に水を挿すな。
「じゃぁまたね、そのうち。」
ヒリルは手を振って帰っていった。
「本気?」
「何が?」
二人になるとリュティが真面目な顔で聞いてくる。
「お店。」
「ええ。望まない奴も居るだろうけど、これは自分を護る闘いでもあるのよ。」
本心は言えないが、リュティは察してしまう気がする。まあいいけれど。リュ
ティが何を望んでいたとしても、それが私の意思と合致しない場合、迎合する
事はない。
「楽しみにしておくわ。」
少し寂しそうな微笑を浮かべてリュティは言った。
実は王都アーランマルバにお店を出すのは、無理っていう程ではない気がして
いる。金銭的な面に関してではあるが。リンハイアからは一千万振り込まれて
いた。ユリファラの手伝いとしては不振な程多い金額なのだけど、この際利用
出来るものは利用する。
司法裁院からも百五十万、ハドニクスの依頼料が振り込まれていた。いつもの
依頼より報酬は多いが、割りに合わない気がする。まあ贅沢は言ってられない
か。
このまま依頼と薬莢の記述が順調なら、何れはお店を出す事も可能よね。問題
は多々あるけど、現実味が出て来てから改めて考慮する事にしよう。
そう思って視線を空に向けると満月が、店灯りにも負けずに煌々としていた。
モッカルイアでも多くの犠牲を出した私は、また多くの死の上に自分の道を歩
いて行く。死で創られた道程を、私は何処まで歩いて行けるのだろうか。また
黒き螺旋に引き摺られないだろうか。暗く不安しかない道だけど、私は前に歩
いて行こうと、今は思った。
少し潤んだ私の紅い瞳には、変わらずに佇む満月が揺蕩っていた。
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