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紅湖に浮かぶ月2 -鳴動-
2章 動乱への足掛
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1.「人間の本質とは狂気が正気である」
グラスから水を飲んだリンハイアの顔は、いつもと違い微笑を携えてはいない。
それを見るアリータの顔は、一抹の不安をちらつかせている。だが、リンハイ
アの顔はすぐにいつもの微笑に戻りアリータへ向けられる。
「不安にさせてしまったようだね、すまない。」
「いえ。」
アリータは軽く、頭を横に振ると質問する。
「ロググリス領の件ですか?」
アリータの質問に、リンハイアは軽く頷く。
「領主ヤングレフカ・マタラの動向に関しては、以前と変わっていません。領
内の定期報告会は通常通り行われていますし、それ以外の行動について不審な
ところも見られません。」
アリータは一息つくと続ける。リンハイアはそれに変化なく耳を傾けている。
「来訪者も不審な人物は見かけておりませんし、外遊も今までと変わりありま
せん。来訪者や外遊先の人物を逐一調べているわけではありませんが。」
「確かに、それを行っている暇なんか無いからね。」
リンハイアは、アリータの最後部分を肯定する。そこまで報告したアリータは
怪訝な顔をした。リンハイアの命令で、ロググリス領の領主ヤングレフカを半
年程まえから監視しているが、普通の領主にしか思えなかった。
調査する理由は聞いていないが、リンハイアが命令したからにはグラドリア国
に何かしらの影響があるのだろうとアリータは思っている。そうでなくとも、
この執政統括の命令であれば、死地にすら飛び込むことも厭わないと思ってい
た。
「また戦争、ですか?」
アリータが恐る恐る聞く。
「それは無い。」
アリータの疑問にリンハイアはきっぱりと否定で返す。
「ロググリス領は東隣に位置するメフェーラス国と仲が良くない。国境での小
競り合いも絶えない仲だから、戦争を起こそうと思っても後方の憂いが断てな
い。故に戦争は出来ないのだよ。それに周りは我がグラドリア国と和平同盟を
結んでいるため尚更だ。」
リンハイアの説明に納得と、疑惑が交互に浮かぶアリータ。情勢は理解出来た
が、では何故ヤングレフカの監視を行っているのかと。
「アリータの疑問も分かるのだが、動きの無い現状ではこれ以上の事は未だ説
明出来ない。まぁ、これに関しては時間が経てば自然と明らかになる。」
「余計な詮索をしてしまい、申し訳ありません。」
そう言うとアリータは頭を下げる。秘書としては気になってしまうところなの
だが、リンハイアが見ている世界がまったくわからない。それがどうしても顔
に出てしまうのだから、余計な手間を取らせてしまう。もっと、冷静に業務を
遂行出来ればそんな手間もかけなくて済むのに、と思いながら。
「いや、アリータが気に病む事じゃない。」
その思いすら見透かされているような気がしたが、その言葉に安堵の思いから
再び頭を下げる。
「それから、モッカルイア領に行っているユリファラからも定期連絡が来てお
りますが。」
リンハイアは一瞬考える素振りをしたが、すぐに表情を微苦笑に変える。
「あまり期待はしていないが、聞こう。」
「はい。監視しているモフェック・ドゥンサですが、特に目立った動きは無い
ようですが、ここ最近は訪れる商人の数が多少増えたようです。ただ、目だっ
た数ではないようです。」
リンハイアは既に戻っている微笑のまま頷いて聞いている。
「それと・・・。」
「どうした?」
急に言葉に詰まったアリータに対し、視線だけを怪訝にして向ける。
「近々、外海からの貿易船が来航予定で、新作の服が入る予定なのでた・・・」
そこまで読むと、アリータは報告書を破る。舌うちやユリファラに対して上げ
たかった罵声は堪えた。
「申し訳ありません、お耳汚しでした。」
「いや、気にしなくていい。」
リンハイアは苦笑しながら、右手を軽く振った。
「いつもながら、執務諜員としての自覚が欠けているとしか思えません。」
アリータにとって、ユリファラ・トトゥアの存在は気に入らなかった。主に対
しての態度は不遜。面と向かって話せばろくに敬語も使わない。主に出張が多
いが報告は適当な上に、仕事を放って観光していることが多すぎる。
が、リンハイアはそれを気にすることも無く彼女を執務諜員としいる。執政統
括直属の執務諜員になっているのだから、能力が高いところだけは認めざるを
得ないが、それだけでリンハイアに仕えるには不足過ぎると、アリータは常日
頃から不満を抱えていた。
「まぁ、彼女なりのユーモアだろう。」
リンハイア自身は気にしていないようなので、アリータにとって歯痒くはあっ
た。
「しかし、漁有会の三頭であるモフェック・ドゥンサに何かあるのでしょうか
?」
ユリファラのことはどうでもいいので、アリータは報告にあったモフェックへ
と話を切り替えた。
「モッカルイア領の運営は主に、漁有会の三頭と領主であるゲハート・ンシン
が決定権を持っている。我が国も和平同盟を結んでからは、友好な関係を維持
しつつ、流通も順調となっている。」
アリータの問いに、リンハイアがグラドリア国とモッカルイア領の関係性を説
明するがそれは概ねの人が既知の話しである。
「特に現代、領主がゲハート・ンシンになってからは、その関係も更に良好に
なったと言える。」
「モフェック・ドゥンサが領主の座を狙っている?」
アリータはふと疑問に思ったことを声にしていた。リンハイアはそれを微笑ま
しいと思いながら見ていたが。
「さて、どうかな。」
いつものことながら、アリータの疑問は解消されなかった。解消される時は、
解決された時の方が多い。だが、それに驚かされる瞬間が嫌いではかった。
ただ、リンハイアの役に立つためには、少しでもその疑問を解いて行かねばと
思慮思考しなければならないとも思っていた。
そもそも執務諜員が調べているのであれば、何かしらの影響が自国にあると考
えて間違いないだろう。それがどういったものなのかは不明だが。
「筋としては、悪くない。まぁ、そのうち見えてくるよ。」
アリータの思考顔を見ながら、リンハイアが言う。
「あ、すいません。」
「考える事は、大切なことだ。」
「はい。」
リンハイアの言葉に、アリータは素直に頷いた。
「近いうちに、会談の場を設けなければならないかな。」
アリータが頷いた後、リンハイアの顔に浮かべられた微笑は薄くなり、その言
葉には多少の緊張が含まれていた気がした。話しの流れからすれば、モッカル
イア領主との会談であろうとアリータは予想したが、リンハイアの微かな緊張
を感じては、その会談に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「えぇ、ここに来てそんな黒一色って・・・。」
ダークグレーの半袖シャツに、黒の七分袖で薄手のジャケット。黒のショート
パンツにチャコールグレーのタイツを持っている私に、ヒリルが怪訝な顔を向
けて言ってくる。
「仕事用にね。」
嘘ではないけど、ヒリルが知らない方の仕事用。というか今夜用。余計な荷物
に余計な出費になった。
死ね。
あ、経費請求出来ないかな。しかしザイランが高査官に伝手があるとは思えな
い。依頼した本人はさっさと本院に戻ったし。私が本院の特殊係訪ねるのも不
自然と来れば、請求出来るところが思いつかない。
やっぱ死ね、ネルカ。
黒い怨念をグラドリア国に向けた私は手に持った衣類を持って会計に向かう。
朝から電車移動で、ルッテアウラの隣町であるポーレルに来た私たちは、巨大
ショッピングセンターのポーレルポートに来ていた。捻りの無い施設名だけど、
本当に大きい施設である。飲食店やカフェだけでも大小合わせて五十店舗程、
テナントショップは三百店舗くらいある。とてもではないが一日で見て回れそ
うにない大きさだ。
「だとしても、もう少し明るめにしようよ。仕事用なら今じゃなくてもいいじ
ゃん。」
私はいま必要なのよ。と、思っても言えない。
「ここって、外海からの商品も沢山あるでしょう。このお店もそうみたいだし。
それにやっぱり仕事の時は黒の方が落ち着くのよね。」
不満げに言ってくるヒリルに、違和感が無いようにそれっぽく取り繕う。そも
そもどんな服を買おうと、お金払うの私なんだからいいじゃない。
「ヒリルは服よりも、仕事探さないとね。」
私は多少の皮肉を込めて言ってみる。
「そんなの旅行が終わってからだよ。というか、旅行中に思い出させないでよ
。」
そう言って頬を少し膨らませるヒリル。おもしろい。
頬を膨らませながらも、テナントショップで服を物色しているヒリルを見なが
ら、自分の買い物はそれなりの物が手に入った事に安堵していた。本当はパン
ツスタイルのスーツみたいな方が、見た目的に格好良く見える気がするのだけ
ど、六華式拳闘術を使うので膝の部分に摩擦が出来てしまう。だから私はいつ
もショートパンツを好んで履いている。
それは上着も同様で、七分袖のジャケットを肘まで捲れば動かしやすいから。
ジャケットじゃなくても、というのは私の好みの問題なので。
問題はいつも着ている服に比べれば耐久性に乏しいところ。少し厚手の合皮製
だから多少の耐衝性があるし、激しく動いても劣化しにくい。それに比べて、
文句のつもりは無いが、買った服は当たり前だが心許ない。
「また考え事?」
声に気付いて視線を向ければ、お店のロゴが入った袋を持ったヒリルが居た。
どうやらこの店で何かを買ったらしい。袋の大きさからすれば衣類だと思うの
だけど。
「そろそろ何か食べたいなと思っているのだけど、この後新鮮な魚介と麦酒を
味わう事を考えると、控えめがいいかなぁとか。」
実際に考えていた事とは別の事を言う。ただぼーっとしてたと言うよりも誤魔
化しは効くだろう。
「ミリアの本命はそっちだもんねぇ。」
「まぁね。」
半眼を向けてくるヒリルに私は当然という態度を取る。だってそれが楽しみで
来ているのだから。
「どっかで軽くお茶でもする?結構歩き回ったから私も疲れた。」
ヒリルは言いながら周囲を見渡す。
「そうね。」
私も見回してみるが、見える範囲にあるカフェは店外に並んでいる人が見える
ため混んでいるのだろう。
「少し探してみようか。」
「そだね。」
私の提案にヒリルが頷いたので、私たちは施設案内を頼りにお店のある場所へ
行っては落胆した。それが五回目の時、何処行っても同じ状態だなと思い、探
すのが面倒くさくなったのと気力が無くなったので、テイクアウトのジュース
バーで飲み物を買って近くの椅子で休む事となった。なんか余計に疲れた気が
した。
「暑い・・・」
海面が陽射しを乱反射して、容赦なく私を照り付ける。当然、海面が反射して
いるのだから上空からも容赦ない陽射しが一直線に降ってくる。時間は一四時
頃、風も殆ど無い所為で暑さに拍車をかけている。
「気持ち悪い・・・」
茹だる暑さの中、魚に吐瀉物という撒き餌を私は我慢していた。風は殆ど無い
とは言え、波が無いわけではない。ゆったりと揺れる船の上は、私の三半規管
を弄る。まさか船酔いするとは。絶対大丈夫、船の揺れごときで酔う筈ないと
思っていたのに。
いや、きっと船釣りが私に向いてないのよ、きっと。私は遠くに見える島と、
今の私にとって忌々しい青空から海面に視線を落とす。この、海面を貫通して
海中に潜っている糸を見てしまう。
うっ。
撒き餌が。
私は視線を空に戻す。はぁ。
「釣れないし・・・」
酔うだけ酔って一匹も釣れていない。楽しくない。きっとこの状態が船酔いを
加速させているんだ。
「ミリア大丈夫?」
そんな私に横から、ヒリルが声を掛けてくる。心配してくれているようだが、
既に三匹の得物を釣り上げているヒリルは、船酔いはしていない。ずるい。
しかも釣ったうちの一匹は真鯛だ。うらやましい。
釣りを始めて小一時間、私の釣竿は一度も引かれていない。何故隣の餌にばか
り食いつくのか。船の上では気を紛らわすことも出来ない。唯一それが出来そ
うな釣りにはなんの変化もないから、紛らわす事すら出来ない。
「一応、ね。」
気力なく返事をする。
「水、飲む?」
「ありがとう、貰うわ。」
ヒリルが差し出してくる水を受け取り、喉に流し込む。船内にある氷の入った
断熱性の箱に納められていたため、冷たさが心地いい。周りに人が居ないので
あれば、紅月で酔い止め撃つのだけど、流石に小銃鞄から出したら騒ぎになる
よね。
そんな時、ヒリルの竿にまた反応。いいな。というか、このままでは私が陸に
戻った時、船酔いしか得られない状況に。何が悲しくてくそ暑い中、船酔いに
なるためだけの時間を過ごさねばならないのか。海上だから船上から脱落も出
来ないし。
横で二匹目の真鯛を釣り上げてはしゃいでる奴いるし。
そうだ、何処か遠い所へ旅に出よう。
既に旅の途中だが、現実から逃避するように遠くに見える島をぼーっと眺める。
「ミリア、竿!」
ヒリルの声で苦痛の現実に戻された。
竿?自分の竿を見ると先端がゆっくりと撓っている。これは、ついに私にもあ
たりが来たか。私は竿を持ちあげると、逸る気持ちを抑えて、釣り糸が切れな
いようにゆっくりと上げていく。かなりの重さがあって、竿の撓りもかなりの
ものだった。
これは、大物!?
心の中で期待が膨らむ。あまりの竿の撓りに、船を出してくれている漁師のお
っちゃんが棒付きの網を持って私の隣に来た。
「その撓りじゃぁ、水中から揚げられねぇ。俺が掬ってやるよ。」
漁師のおっちゃんが、釣り糸付近の海面に網を伸ばす。海面の下に黒い揺らめ
きが見えた。視界の端にはにやける漁師のおっちゃん。うざい。
もう海面間近だから私にもわかる。
私は竿を持つ手から完全に力が抜けた。
「だははっ。大物だな。ぶはははははっ!」
爆笑する漁師のちゃんが網を掲げて、その中に入っている海藻を私に見せつけ
る。
・・・このおやじ。
暫くご飯食べられないようにしてやろうか。
内心の殺意をぐっと堪えた私に残ったのは、船酔いと落胆だけだった。
その後、少しの時間の後に船釣りの終了が告げられ、私は陸に戻ってきた。
陸に上がると、この後獲れた魚を調理して食べさせてくれる調理場に向かって
歩き出す。不機嫌な顔で。
そして右手には海藻。
早歩きで向かう私に小走りで付いてくるヒリル。抱えている箱を重たそうに。
「待ってよミリア。」
「なに?」
大人げないと分かっているし、ヒリルが悪いわけじゃないけど、自分の境遇に
どうしても態度に苛立ちが出てしまう。
我儘だ。
「私一人じゃ食べきれないから、一緒に食べようよ。」
確かに小さい魚ではない、四匹は普通に一人で食べきれる量じゃないだろうが、
意地になっている私は丁度調理場についたので、そこに居た料理人だろう人に
右手を差し出す。
「海藻サラダと海藻スープ。」
「やってねーよ。」
私の憮然とした態度に、その料理人であろうおっちゃんは不機嫌に返してきた。
「じゃぁ麦酒頂戴。」
私は海藻をその辺に捨てるとおっちゃんに言った。
「散らかすなよ。一缶五百な。」
注意はするが、商売が優先された。
「とりあえず二缶頂戴。」
屋外調理場のすぐ後ろに売店のような小屋があり、そこへ向かおうとしたおっ
ちゃんに紙幣を一枚渡しながら言う。
「あいよ。」
冷蔵庫から取ってきた麦酒の缶を、そう言っておっちゃんは私に渡した。受け
取る同時に開栓して喉に流し込む。冷えた麦酒が身体にとても心地よかった。
暑い船上から帰ってきた身体を冷やすように。
「あの、これ塩焼きにしてもらえますか?」
その横で、ヒリルがおっちゃんに魚の入った箱を渡しながら確認している。
麦酒の冷たさは、私の大人げない感情も冷やしていった。
みっともない。
「ごめんね、ヒリル。」
私はヒリルを見て、小さく呟いた。ヒリルはそんなことは気にしてないとばか
りに笑顔を向けて言ってくる。
「一緒に食べようよ。」
「うん、ありがと。」
ヒリルの優しさに、矮小な自分態度が酷く卑しいものに思えた。それも自業自
得だから、これ以上表に出さないように気を付けないと。嫌な思いするのはヒ
リルだし、私もそれを望んでいるわけではないのだから。
「お、真鯛二匹もあるじゃねーか。片方刺身はどうだ?」
箱の中身を確認していたおっちゃんが聞いてくる。
「サシミ?」
「あの生の奴?」
ヒリルと私が同時に聞き返す。私は聞いたことはあったけど、ヒリルは初耳の
ようだった。
「え!?生で食べるの?」
ヒリルが驚いた顔で聞いてくる。
「刺身でお願い。」
ヒリルの言葉に頷きながら、私はおっちゃんに言ってしまったって思う。
「なしなし。」
「なんでい?」
慌てて否定した私に、既に包丁を持って捌こうとしていたおっちゃんが不機嫌
に聞いてくる。うっかり調理法をお願いしたが、私のじゃなかった。
「なんでもない、サシミ、食べてみたいからお願い。」
それに気付いたのか、ヒリルがそう言っておっちゃんに作業を促す。周りから
は魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきていた。周りにはいくつかの調理場があ
り、それぞれおっちゃんやおばちゃんが居て、船に居た客たちが料理をお願い
したのだろう。その場で、調理されていく魚を見学している。
「折角だし、サシミというのを食べてみたいじゃん。」
笑顔で言ってくるヒリルに、申し訳ない気持ちになる。なんか私、今日は駄目
だな。運が無いうえに人にあたるなんて、情けない。
「ありがと。」
少しぎこちない気がしたが、笑顔で返した。それは、自分が情けないからなの
か、ヒリルの優しにあてられたからなのか、分からないけど、少し泣きたさが
あったから。
横では鱗が取られ、腸抜きされた真鯛が炭の乗った網の上でいい匂いを漂わせ
てきた。もう一匹は三枚におろされ、更に薄切りにされていく。その手際の良
さにヒリルの目は釘付けだったが、私も当然目を奪われる。
魚を捌くおっちゃんの熟練した技が、少し微妙な空気を紛らわせているようだ
った。
「お待ち。」
おっちゃんからヒリルに皿が渡される。そこには透き通るような白身の切り身
が綺麗に並べられていた。
「これ、自家製の塩だ。これを付けて食べるといい。それと檸檬な、少し絞れ
ば味が引き締まってまた別の旨さだぞ。」
おっちゃんが笑顔で言ってくる。塩とは、シンプルな。私は早速切り身の一枚
に塩を振り、口に運ぶ。
なに!
ぷりっとした食感は火を通したら感じることが出来ない食感だ。臭みも無いそ
の切り身からほんのり脂の甘みが口の中に広がる。生の魚がこんなに旨いもの
だとは思わなかった。
「サシミってこんなに美味しいんだ!」
ヒリルも感嘆の表情だ。
「はは、うめぇだろ。」
おっちゃんも満面の笑みだ。やばい、これは酒が進む。
「いいの?」
私がヒリルに開いてない方の麦酒を差し出すと、そう聞いてきた。私は無言で
頷く。
「ありがと。」
ヒリルが笑顔で受け取ると開栓して缶を向けて来るので、私は自分の缶をぶつ
けた。
「おっちゃん、麦酒二缶追加ね。」
「あいよ。」
私が紙幣を一枚差し出しながら言うと、おっちゃんは愛想よく受け取って、奥
の小屋に麦酒を取りに行った。
ヒリルのお蔭で、迷惑は掛けたが予定通り楽しめたので結果的には満足出来た。
その後に出てきた塩焼きも絶品だった。あんなにふっくらしふわふわの食感は
なかなか無い。他の魚を使ったあら汁、いつぞやとんかつを食べた時と同じで、
ミソを使ったスープも美味しかった。
長く重厚なテーブルには、煌びやかな織物が掛けられている。その両端には二
つの椅子、両脇にそれぞれ五つの椅子が並べられた大きなテーブル。方端には
豪勢な料理が並び、恰幅のいい中年男性が葡萄酒の入ったグラスを揺らしてい
る。
フープランドの胸元を着崩したその中年男性は葡萄酒を一口飲みテーブルにグ
ラスを置く。腰に巻いてある帯の上にたっぷりと乗った腹がその動作で揺れた。
「何か見つかったか?」
テーブルに並んだ夕食を口に運び、咀嚼が終わると中年男性は、額から頭頂部
にかけて髪が無くなった頭を視線に合わせて動かす。
「いえ、今まで通り何も出てきません。大抵の人間は、叩けば埃が出て来るも
のですが、彼の場合手掛かりすら見つかっていない現状です。」
多少離れて佇んで居た背広姿の男性が、中年男性の質問に答える。
「まったく、役立たず共め。」
中年男性は忌々しげに言葉を吐き捨てると、葡萄酒を飲んだ。
「何かあれを失脚される手掛かりが欲しい所だが、人員を増やすのはどうだ?」
中年男性は、男性に質問はするが視線は動かさず、料理を口に運ぶ方に専念す
る。
「調査には時間がかかります故。引き続き調査は行いますが、これ以上の人員
増は逆に警戒される恐れがあります。」
「それもそうだな。」
男性の言葉に、中年男性は頷きながら、葡萄酒を口に運ぶ。
「ここ最近では、訪れる商人の数が増えています。微々たるものですがそれを
知らないとも思えません。警戒の材料を与えかねないので、現状のまま探る方
がいいかと思います。」
中年男性は右手で顎を撫でながら考えるように瞼を閉じる。考えながら足をも
うとして右足を上げたが、腹の脂肪が邪魔をして左膝の上には足首を乗せるの
が限度だった。
「時間はかかるが、それしかないか。」
瞼を開いた後、中年男性は言う。乗せた右足は辛くなったのか、既に組むのを
止めて下ろしていた。その行動や姿は男性の瞳には滑稽に映っていたが、表情
や態度にはおくびにも出さない。
「はい、今は慎重に動くのが堅実かと。」
「うむ。」
男性の言葉に、中年男性が頷いてグラスの葡萄酒を飲み干す。
「それとモフェック様が依頼しておられた例の物ですが、やっと手に入ったと
のことで明日には彼の商人がこちらを訪ねると言っておりました。」
「おお、やっとか!」
中年男性、モフェックはそれまで料理と葡萄酒にしか向けていなかった顔を目
に歓喜を浮かべながら男性へ向ける。最初に向けられて以降、本日二度目だが、
その禿頭の下にある眼を見開いて向けられた顔に男性は嫌悪感を抱いていた。
気持ち悪いからこっちを見るな、と。
当然、いつも通りそんな思いは、先程と同様に表情や態度にはおくびにも出さ
ない。
「しかし、今回の購入はかなりの出費となります。ドゥンサ家の金庫にもかな
りの打撃となりました。」
モフェックは渋い顔をする。
「如何程、だったか。」
モフェックはその能力に、歓喜に目を見開き飛びついたが、自分の家の金庫事
情には考えが及ばなかったらしい。ドゥンサ家の主として如何なものかと男性
は思わされる。男性もその場に居合わせ気付いてはいたが、特に意見をするつ
もりは無かった。
能無しの貴族が没落したところで、新しい仕事を探せばいいだけだし、どちら
かと言えばその方が清々するかもしれない。だが、金払いはいいので利用して
いるに過ぎなかった。
「中型呪紋式連銃の本体が二億、記述済み薬莢が一発五百万。六連式の銃に合
わせて十二発となります。合計二億六千万となります。」
モフェックの顔が青ざめていく。額にうっすら汗が浮かび始めていた。それで
も破格だろうと男性は思っていた。一発、領主の館なら半壊、城壁にも穴を穿
つような砲弾の呪紋式を六連発で発動できるのだ。その威力は計り知れない。
火薬で放物線を描いて射出する砲撃とは違い、ある程度の距離を水平に飛翔す
る。しかも砲台の運搬をする必要もないのだから、運搬やそれを行う人手を考
えればそう思って当然だろうと。
「そんな金額、聞いて、おらぬ。」
「以前、商人が来た時に一緒に金額も説明しておりました。」
「そう、そうだった。しかし、高額な支払と引き換えるだけの価値はある。持
っているだけでも圧力をかけられるほどにな。」
開き直ったように口元は歪み、下卑た笑みをモフェックは浮かべた。それを維
持できなければ意味はないが、と内心だけに男性は留める。
「これで武器の方は概ね揃うことになります。」
「武力は最後の手段だ、行使した後の後始末や立て直しを考えればな。今は時
間が掛かってもあれの不祥事を探す方が優先だ。」
冷静さは失っていないようだが、その少ない思考力を全体に向ければもっと上
手く生きれるだろうにと、男性は思った。
「わかっております、引き続き調査の方を進めます。」
「うむ。明日の商談時には立ち会ってくれ。」
「承知いたしました。」
男性は一礼すると、扉から部屋を出る。扉を閉める際には蔑視を一瞬モフェッ
クに投げつけて。
「現資金の半分は無くなるが、くく。」
一人になった部屋でモフェックは、グラスに半分ほど残っている葡萄酒を一気
に飲み干す。新しいボトルを開栓し、空になったグラスに並々と注ぎ不敵な笑
みを浮かべる。
「だが、これで誰にも逆らわせないぞ、くっく。」
テーブルに乗ったローストビーフを手掴みで乱暴に取ると、食い千切る。ソー
スで汚れた口の回り舌で舐めまわした後、指に着いたソースも舐める。
「儂が支配者となる未来が見えてきたわ、ふ、ふはははっ。」
愉快さと不敵さを浮かべて笑うと、注いだ葡萄酒を再び一気に飲み干す。空に
なったグラスに、モフェックは葡萄酒をまた注ぐ。不敵な笑みを浮かべながら。
その屋敷は住宅区の小高い丘陵の中腹にあった。
ホテルから徒歩で一時間程、今の私にとっては軽く走って十五分程。住宅区を
港とは反対側に進むと、緩やかな上り坂となり丘陵に続いている。上に行くほ
ど民家の数は減っていく。
敷地面積が広く、大きな家が目立ってくるこの丘陵は裕福な領民が住んでいる
タラッツ区と呼ばれていた。一軒一軒敷地を含め広いのが民家が減っていく理
由だ。治安に関しては不明だが、街路を照らす街灯の数は少ない。少ないと言
うより、それぞれの家の前にしかない。その家の入口が夜でも判り易いように
設置されているように見える。決して、街路利用者のために在るような感じは
しない。
敷地内は、私有地のためか明るさは区々だ。門から邸宅までの道を照らしてい
るところもあれば、敷地内に灯りすら照らしていない邸宅もある。まあ、暗い
家もあるのだから反対に、主張し過ぎている家もある。ご丁寧に邸宅までライ
トアップしているところは、何を主張したいのだろうか。
そんな金持ちが住んでいるタラッツ区で、私はハドニクス・ブランダの屋敷の
前に居た。特に警備も何もない。灯りも門前の街路灯と、奥にある屋敷の玄関
口にある程度で、それ以外は暗闇に包まれている。灯りの届かない場所では、
肌が露出している部分はあるものの、昼間買った服のお蔭で目立たなくなって
いる。
ホテルに軽く食事を済ませて帰って来た途端、大分疲れたようでヒリルはさっ
さと部屋に戻って行った。ゆっくりしたいしたいと言って。私も部屋に戻って
少しゆっくりした後、昼間買ったばかりの服に着替えて出てきた。フロントの
前を通ると目に付くし、誰かに見られるのも困るから部屋の窓から出てきた。
それに、人を殺した後平然とフロントから鍵を受け取れそうな気にはなれなか
ったから。
時間は二十二時を廻ったところだ。
市街地にある領事館と、このタラッツ区にある屋敷をハドニクスはいつも往復
している。領事館に泊まる事もあるようだが、基本的には仕事が終わればここ
へ戻ってくる。
ハドニクスは定期的に使用人達に暇を出して、独りで食事をするようなのだが、
司法裁院からの情報ではそれが今夜だと示されていた。
(蒐集したものを眺めながら食事しているのかしら。)
私は胸の内に沸いた疑問に苦い表情となる。
想像したくない光景だ。
狙うなら食事をして油断している時。油断しない人もいるでしょうけど、大抵
の人間は食事に意識を集中する筈だ。後は気付かれないよう背後から息の根を
止めればいい。相手の死を確認するまで、油断せずに。
私は門の横に建つ壁を飛び越えて敷地内に侵入する。玄関口にしか灯りが無い
ため建物に近づくのは用意だった。敷地内に番犬でもいるかもと思ったが、人
の気配同様感じられない。無防備。
(私は楽だからいいけど。)
正面玄関を避け、屋敷の外周を探る。裏口なのか別の出入り口なのか不明だが
正面玄関の扉よりも小さい扉が割とすぐ見つかった。私は音を立てないように
その扉の取っ手、レバーハンドル型の取っ手を掴んで下げてみる。
(ま、そりゃそうよね。)
当然、鍵が掛かっていた。
私は紅月を取り出すと、取っ手付近に銃口を向けて引き金を引く。鍵が掛かっ
ていることを想定して装填していた開錠用の呪紋式が発動。排莢を掴んでショ
ートパンツの後ろポケットに仕舞う。取っ手付近に展開された呪紋式は、白い
光を放ち現われ直ぐに消える。
(一瞬でも浮かぶ白光、なんとかならないかな。目立つ。)
内心で愚痴りながら取っ手に手を掛けて下ろす。今度は抵抗なく下がった取っ
手を引いて屋敷内へ侵入。
鍵開けといて欲しい。
身も蓋も無い事を考えながら、通路を進む。食事と言えば食堂だろうと思うが、
屋敷内の見取り図が判らないため虱潰ししかない。
一階にハドニクスは見当たらなかった。食堂や台所はあったが、使われた形跡
は無かった。ん?ということは食事中ではないのか?どこの糞情報だ、二十二
時から食事と書いてあったのは。
内心で司法裁院に悪態を突きながら二階に上がる。
(食事より、寝ててくれた方が助かるな。)
楽観的な方へ思考をシフト。
しかし、蒐集物らしき物も一階には無かった。内容からして人目に付くような
場所に置いているわけないわよね、当然。あるとすれば地下室とか隠し部屋だ
ろうか。在るかわからないけど。
二階へ上がって通路に出ると、その通路は建物の大きさから考えると意外に短
かった。通路を遮るように大き目の扉が立ち塞がっている。私は扉の近くまで
行き、中に意識を向ける。
(居た。)
中から感じる人の気配。情報が正しければハドニクス本人だろう。目の前の扉
の奥が寝室でなければ、食事はここでしているのだろうか。どっちにしろ入る
しかない。侵入者に虚を衝かれているところを一瞬で片付ける。
私はそう考え、縦に固定型の取っ手に手を伸ばす。
「一緒に食べたいのか?招待した覚えはないんだが。」
中から聞こえた声に驚愕した。
気配消している。音も立てていない。私の知らない警備設備でも備わっていた
のだろうか?それとも単純に、気配を消していても察知できるのだろうか。
考えてもしょうがないので、扉を引いて中に入る事にした。
「勝手に来ただ・・・。」
扉を開けて中に入りながら放った言葉は、最後まで繋げる事が出来なかった。
直後、本日何度も味わった感覚が身体を襲う。夕飯が逆流してくる感覚を必死
で堪えながら、ハドニクスからは目を離さない。
ハドニクスは確かに食事をしていた。右手にナイフ、左手にフォークを持って。
口の回りには食べた物の液体がべっとりと付き、顎からはその液体が滴ってい
る。テーブルの上に在る食材は、事切れている女性の肢体だった。手に持って
いるナイフとフォークだと思い込んだのは、よく見ればメスと鉗子だった。
私が入って来たことを気にすることも無く、メスで切り取った人体の何かを、
鉗子で掴んで口に入れ、くちゃくちゃと音を立てながら咀嚼している。
切り裂かれた腹部からはゆっくりと血が流れているため、死んでからそんなに
経っていないのだろう。テーブルの上に今も赤黒い色を広げている。部屋の灯
りは蝋燭を利用していたが、その灯りが尚更狂気を演出しているようだった。
果たしてここは、現世なのだろうかと錯覚させるほどに。
部屋の外周は全て棚になっており、大きな水槽から小さい小瓶と多種多様の容
器が所狭しと並んでいた。それがハドニクスの蒐集物だと直ぐに気付かされる。
小さな小瓶には、視神経を揺蕩せる眼球が、黒、赤、青、茶色と多様な色彩を
放っている。中くらいの小瓶には大きさが様々な脳が。おそらく小さいのは子
供の物だろう。他にも、指、腕、頭部、心臓、胃、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、
腸、陰茎、副睾丸、子宮等人体のあらゆる部分が溶液に浸かっている。それも
一つ二つどころではない。一番大きい二つの水槽には、女性が一体ずつ入って
いる。
私の視線がその水槽に向いた時、ハドニクスは口を開いた。
「私の妻と娘だ、綺麗だろう。」
・・・
その狂気に、私は何も思い浮かべられない。思考が止まる。
硬直している私にハドニクスは恍惚とした視線を向けて、悦に入った笑みを口
元に浮かべる。
「君も私に食べられに来たのかね?」
「・・・っぇ、ごはっ・・・」
堪えきれなくなった逆流は、汚らしい音を撒き散らしながら床にぶちまけられ
る。
なんだこれは?
この狂気は。狂気?その言葉すら陳腐になるようなこいつの存在は。
一体なんだ。
身体の中から何かが湧き上がるような感じがした。黒い渦の奔流が。
私の思考を掻き乱す。
「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」
私は口角から胃液と吐瀉物の残骸を垂れ流しながら叫び、雪華を引き抜くと込
められていた薬莢を取り出し、別の薬莢を込めてハドニクスに銃口を向けよう
とした直後、右腕の上腕に奔る痛みでその動作が中断する。
ハドニクスの右手が前に突き出されていた。腕を見るとメスが突き刺さってい
る。
「直ぐに殺しはしない。食べるには鮮度が重要なのだよ。」
そう言った直後、ハドニクスの身体が霞んだ。一瞬で私との間合いを詰めたハ
ドニクスは低い姿勢から右手で私の顎に向かって掌底を打ち込んで来た。私は
その肩口に右前蹴りを放って止めようとする。蹴りを察したハドニクスは、右
手を掌底から私の足を掴む事に切り替えた。
私はその手をすり抜けるように右足を垂直に振り上げて踵落としに切り替える。
ハドニクスは私の右方向に回転回避。既に床を打ち付けていた私はその右足を
軸に左足を掬い上げるようにハドニクスに向かって蹴り上げる。
蹴りと同時に放たれた<六華式拳闘術・華巖閃>による真空の刃は、ハドニクス
が前方に転がって避ける。ハドニクスを捉えられなかった真空の刃は、壁に陳
列されていた瓶の複数と、水槽一つを切り裂いて中身を撒き散らす。
その前に体制を立て直していたハドニクスは、私の右側面から体当たりをして
来ていた。私は前に踏み込んで体当たりを避ける。が、ハドニクスは背後で透
かされつつも右腕を伸ばし、私のジャケットを掴み体当たりの勢いのまま私を
投げ飛ばす。
「よくも私のコレクションを!」
その咆哮と共に投げられた私は壁に激突した。衝撃で陳列していた瓶が砕け、
中身の溶液と人体の何かが硝子片とともに私を汚していく。背中を強打したこ
とで一瞬息が詰まり、私は苦痛に顔を歪める。
その間に、私の前には既にハドニクスが距離を詰めていて右拳を繰り出してい
た。私は左手で、右腕に刺さったままのメスを抜きながら左半身を引いて、顔
面に突き出されてきた拳を躱して、その回転の勢いでハドニクスの左頬に右肘
を叩き込む。ハドニクスは後ろに上半身を反らせて肘を回避、私は直ぐ様追う
ように左手を突き出す。
「うがぁぁぁっ!」
叫びながらハドニクスは後転して距離を取り立ち上がる、その左目からメスを
生やして。メスを突き刺した私は、後転したハドニクスを追いかけ起き上がっ
た時には右前蹴りを放っていた。腹部にもろに入った蹴りは、ハドニクスを吹
き飛ばしもう一つの水槽に激突させる。
けたたましい音を立てて粉砕された水槽は、大量の硝子片と溶液、浸かってい
た人体を床に放り出す。私は吹っ飛んだハドニクスを一足飛びで追いかけて、
<六華式拳闘術・朔破閃>を激突した直後のハドニクス目掛け、右手を振り下
ろす。ハドニクスは痛みを感じていないかのように跳ね起き、私の左側に回避
行動を取った。が、逃げ遅れた左腕、肘からが先が肉片となって飛び散る。床
に放り出された女性の頭部も同時に内容物を飛び散らせながら潰れた。
直後、私の顔に暖かい液体が飛んでくる。ハドニクスが左に避けたのを追って
繰り出した左手の<六華式拳闘術・華流閃>が、ハドニクスの首を半分ほどま
で切り裂いていた。
「・・・・・」
ハドニクスは何か言おうと唇を動かすが、喉を切り裂かれているため、口から
洩れるのは言葉ではなくどす黒い血だけだった。
唇を動かし、何かを言ったハドニクスはその後、水槽から出て頭の潰れた女性
へ視線を向けると、その方向へ身体が傾いて倒れる。倒れたあと、ゆっくりと
右手を女性の手に近づけようとしていたが、その前に事切れて動かなくなった。
私は死を確認すると、戻していた雪華を抜きながら入って来た扉へと向かい、
辿り着くと振り向く。銃口をハドニクスに向ける。
身体を駆け巡る黒い奔流は未だに消えない。
「魂ごと滅べばいい。」
言うと同時に引き金を引く。
私の前に、自分の背丈と同じくらいの呪紋式が白い光となって浮かび上がる。
直後から吹き上がる熱気と共に火球が生成された。私はそれを確認すると、一
目散に部屋から離れる。生成された火球が、ハドニクスに直撃したのだろう、
轟音と共に爆風と熱波が一気に押し寄せる。巻き込まれた私は吹き飛ばされ、
二階廊下の突き当たりにある窓から、砕けた硝子と共に敷地内に放り出された。
「ぅ・・・くっ・・・」
受け身もろくに取れずに地面に叩きつけられた私は、呻き声を上げる。身体の
痛みからではないそれは、嘆きだったかもしれない。身体の痛みに耐えながら
蹲る体勢になったところで逆流してきた胃液を、嗚咽と共に吐き出す。
少し落ち着いた私は呼吸が荒い中、ハドニクスの屋敷を見上げる。リンハイア
に記述させられた呪紋式は、小銃とはいえ大きな屋敷の窓のあちこちから炎を
吹き出して、二階部分を炎上させていた。念のために持っていたが、使うこと
になるとは思っていなかった。
使ってでも消し去りたかった。
何を?
目の前の狂気を?弱い私を?わからない。
私は頭を振り、ハドニクスに叩きつけられた背中の痛みに顔を歪めながら立ち
上がる。直ぐに屋敷の回りは人だかりになるだろう。それを肯定するようにも
う何人かは屋敷の門の前に集まっているのが確認出来た。
私は暗澹たる思いのまま、痛む身体とともに屋敷を後にした。痛んでいたのは
身体だけではない気がしたが、今は何かを考えたくはなかった。
2.「憫然、蔑むからこそ人は精神の安寧を保つ」
翌朝、グラドリア領事の事件は瞬く間に駆け巡った。それはモッカルイア領だ
けではなく、本国はもちろん周辺国にも大なり小なりの報道として。現時点で
領事の安否は不明となっていたが、屋敷は一階の一部を残してほぼ全焼。その
ためハドニクスの食人や人体蒐集に関しては明るみに出ていない。
この出来事は屋敷の中で爆発、炎上が起きた事から事件やテロの可能性を示唆
する報道が多数となっていた。モッカルイア領の報道には朝から領主であるゲ
ハート・ンシンが顔を見せ遺憾を表明し、原因の究明を訴え、事件やテロであ
れば断固として許容できないと声高に伝えた。
「これは好機だな。」
高級そうな執務机の前に置かれたソファーに身を委ねながら、五十程の男性が
鋭い眼光をする。短髪で切り揃えられた黒髪には白いものすら混じっておらず、
褐色の肌には生気が満ちている。そのため、実際の年齢よりも若く見られるこ
とが多かった。無駄な肉も無く、服の上からでも鍛えられた肉体が目に付くと
ころが、若く見えることに拍車をかけている。
「と、いいますと?」
その男性の向かい、やはりソファーに座った白髪の老人で、鼻の下にも白い髭
が立派に整えられている。やや華奢な雰囲気の老人は、好々爺のような表情で
その言葉に問い返す。
「今朝の報道を見たであろう。」
男性は、ソファーの間にあるテーブルに用意された珈琲を口に含んだ後、ソー
サーにカップを戻してから口を開いた。
「グラドリア領事の件ですかな?」
男性の言葉に、老人は再び問いで返す。男性は問いに頷くと言葉を続ける。
「領事が事件に巻き込まれたのであれば、そこに何かしらの理由が存在すると
考えられる。火の無いところに煙は立たないのだからな。」
老人は顎に手を当てて、納得したように聞いている。
「ルッテアウラの警察局には、我が配下の人間が職員として働いているからな、
情報が判れば随時連絡が入る。」
「そうですな。」
男性の言葉に、老人は相槌を入れる。
「領事に不祥事等が明るみになれば、それを理由にグラドリア国を糾弾でき、
当然それを是としていた現領主であるゲハート・ンシンに責任を追及し、弾劾
へと持って行くことも可能となるだろう。」
老人はそこで深く頷く。
「そうなれば、ヤングレフカ様も表立って動くことも可能となりますな。」
「うむ。」
男性、ヤングレフカはその言葉に頷き同意した。
「キャヘス殿には、中継役となっているモフェックとの連絡をお願いしたい。」
ヤングレフカの言葉にキャヘスと呼ばれた老人は、モフェックの名前が出たと
ころで渋い顔をする。その表情には若干、嫌悪も混じっているようでもあった。
「彼の御仁は、我慢が足りないところが傷ですな。」
キャヘスは嫌悪を口からも吐くように言葉に乗せた。ヤングレフカもその言に
は渋い顔をする。
「それでもモフェックは、モッカルイアの三頭にまでなっている。三頭の一角
が我々の身内なのだから連携はし易いだろう。モッカルイアの動向も探りやす
い上に、武器や私兵も囲いやすい。」
「儂もその点は評価しておるよ。」
キャヘスはそう言うが、顔から嫌悪は消えていない。
「能力も性格によっては御し難いということじゃ。」
珈琲を一口飲んだヤングレフカは、キャヘスの言葉に腕を組んで唸った。それ
はキャヘスの言う事が、不安要素として存在するのは間違いないからだった。
モフェックは思考に柔軟性はあるのだが、子供のように不安定なところが見受
けられる。興味のあることに対しては影響を顧みなかったり、些細なことで癇
癪を起こしたりと扱いずらいのは間違いない。配下の者が上手く手綱を握って
いるからこそ今の地位にあるのだろうと、ヤングレフカは思っていた。
ただ、扱いずらいと言っても三頭にまでなっている事実は事実なので、利用し
ない手は無いと考えるのは当たり前だろうとも。
「キャヘス殿の言はもっともだが。」
腕を組んだまま、唸り声のように言葉を吐き出す。その様は、キャヘスの言う
事を肯定しているようだった。
「しかし・・・」
「わかっておるよ。三頭は三頭だ。一角でも流言に乗せてしまえば、均衡は危
うくなるだろうよ。であれば、使わない手はないからの。」
言葉を続けようとしたヤングレフカの言葉を遮って、キャヘスは言った。キャ
ヘスの言葉に、ヤングレフカは表情を緩める。
「ご理解痛み入る。苦労を掛けてしまうが。」
「なに、ただの連絡係故、老体でも問題ないからの。」
キャヘスはそう言うと、微笑を浮かべて見せる。ただ、表情は変わっても、モ
フェックに対する嫌悪感は消えていなかったが。
「老体とは、穏剣と呼ばれるキャヘス殿にしては謙遜を。」
「昔の話しじゃ、歳には勝てんよ。」
ヤングレフカの言葉に、キャヘスは軽く右手を振り、苦笑してみせる。
「では、情報が入り次第また来るわ。」
キャヘスは言いながらソファーから立ち上がり、部屋の扉へと向かう。
「お願い致す。」
その背中にヤングレフカも席を立ち、軽く頭を垂れる。キャヘスが部屋を出た
のを確認すると、背後の執務机に移動した。
「さて、どう転ぶか・・・」
椅子に座ったヤングレフカの呟きは、誰も居ない部屋に落ちて行った。
顔、首、腕に足と、皮膚を露出していた部分の裂傷が、白い皮膚を汚い色で飾
るように鏤められている。おまけに、棚に叩きつけられた背中が酷く痛む。
「くそ。」
私は口からその一言だけ零した。それは、シャワーで痛む傷に対しての罵倒で
もなく、買った当日に全滅してしまった服に対する呻きでもない。当てつけら
れた狂気にか、それを滅ぼしたいと感情の奔流に流された自分に辟易してかな
のだけど、はっきり分からない。
細かい擦り傷や、自分の呪紋式で受けた軽い炎症は、治癒促進の呪紋式で殆ど
治っているが、窓ガラスを突き破った時、棚に叩きつけれた時割れた瓶が刺さ
った刺傷裂傷は直ぐには消えてくれない。
地面に落下した時の打撲の痛みも。骨折や深い傷が無いのは幸いだけど。
「痛みは呪紋式で抑えられるけど、傷がなぁ。」
この暑いのにスカートは履けないし、長袖の服を着なければいけない事に落胆
を覚える。足や腕の裂傷はそれで隠せるとして、顔や首はどうしようもないな
ぁ。
「今日、どうしようかな。」
モッカルイア領の北東に位置するナベンスク領。モッカルイア領から高原を越
えた先にあるその領は、大きな湖が領の中心に位置する湖国と呼ばれる。その
所以は、首都であるイニャスが湖上に存在するからだ。湖の北側、水深が低い
方にその都は建設されている。
水源は当然ながら豊富だが、淡水魚や貝類も豊富でモッカルイアとは別の意味
で魚介類が楽しめる。西に行けば高原、東に行けば山間部と放牧や農業も行っ
ているため、食材も豊富だ。湖上の街は、その美しい景色を眺めながら、いろ
んな食を楽しめるため、やはり人気の観光地となっている。
今日はモッカルイア領でも、ナベンスク領の境界付近にある、ロンガデル高原
へ行く予定になっている。濃厚なチーズと、高原野菜と高原で放牧された羊の
焼き料理が堪能出来るらしい。その高原野菜と羊肉を、用意された炭火を使っ
て自分で焼いて食べるのが人気らしい。
やはり麦酒ね。
モッカルイア領は一週間くらい滞在する旅行者も多いため、海産物に飽きた人
にとっては口直しとして人気がある。もちろん、モッカルイア側もそれをわか
った上で行っているのだろう。なぜなら、ガイドと共に高原野菜を取る体験も
出来るから。
海産国と呼ばれる観光地に来てそっちも楽しめるのは、これも魅力の一つだろ
うと思う。
ただべつに、私は海産物に飽きてないけど。
いや、毎日でもいいのよ。
独りだったら行ってない可能性はあるけれど、これも旅行の醍醐味と思って楽
しもうと思っていたのだけど。
まぁ、行こうか、折角だから。
傷だらけだけど。
「どうしたのそれ!?」
シャワーを浴びて準備した私は、恒例のごとくモーニングビュッフェをヒリル
と食べるために、ホテルの一階にあるロビーで待ち合わせていた。そこで私を
見たヒリルの第一声がそれ。
「あ、おはよう。」
私は軽く目を反らして挨拶する。
「え、うん、おはよ。で?」
挨拶は返して来たが、それで誤魔化せると思ってるの?というように追及は緩
まなかった。
「夕べ、涼みに外を散歩していたら、転んで植え込みに突っ込んだのよ。恥ず
かしいからあまり聞かないで。」
私はヒリルの目を見ながら、少し恥ずかしそうに言ってみる。予想外にもヒリ
ルの反応は冷めていた。
「さ、ご飯食べに行こ。」
ヒリルは特に何も言うでもなく、私に背を向けて歩き始める。私は続いて歩こ
うとした時に、ヒリルが振り向いた。
「嘘はいらないよ。旅行に来てるんだから、楽しむ方優先したら?」
何処か寂しげな瞳を私に向けながらそう言った。私の考えが甘かったか。以前
に内容は言ってないが、命に関わる仕事をしていると言ったことを覚えていた
のだろう。本業の内容を聞かないのも、言えない事を汲み取っていると思えば、
その態度も不思議ではない。
「そう、だね。」
そんなヒリルに少し驚いて、若干言葉に詰まる。驚いてと言っても、馬鹿にし
ているとかではなく、人の事ちゃんと見てるんだなと純粋に感心した。そして
私が今ここに居る現実を改めて突き付けられた。
私、休暇で羽伸ばしに来てるんだった。
阿呆か。私。
「まったく、休暇取ったんじゃなかったの?」
先を行くヒリルが、今度は振り向かずに言ってくる。その声には呆れが混じっ
ている感じがした。いや、実際呆れているのだろう。
「休暇なのは間違いないんだけど、別ルートから無理やり圧力が・・・。」
私は溜息混じりに返した。その内ではどうやってネルカに仕返ししてやろうか
という考えと共に。そこでヒリルが立ち止り振り返ると、その顔に意地の悪い
笑みを口元に浮かべて私を見る。
「下っ端は大変ねぇ。」
な。
私が呆気に取られたのは無視して、ヒリルはさっさと食堂の中に入って行く。
「無職に言われたくないわよ。」
私はそれを追いかけながら、言い返した。
「無職だから旅行堪能できるもん。」
料理を取りながら勝ち誇った顔で言ってきやがった。おのれ。
そんなことを言いながら料理を取っていったが、それはヒリルの気遣いだった
のか、私は少し気が楽になった気がした。まったく、今日は一本取られた気分
になった。
「お昼の肉、楽しみだねぇ。」
料理をよそって、席に着くなりヒリルが言う。そのトレーに乗った皿には、ハ
ムステーキを五枚も乗せながら。いや、ハムだから加工品であり、肉ではない
のだけど。毎朝思うが、ヒリルの食欲は旺盛だ。よくそれだけ入るなとも思う。
「毎朝良く食べるわね。」
「朝しっかり食べないとね、一日を元気に始めるためには。」
と、笑顔で行ってくる。口の中にはハムステーキを詰め込みながら。それを見
た私は苦笑しながら、自分も一枚取ったハムステーキにフォークを刺し、ナイ
フで食べやすい大きさに切る。
「いや・・・。」
私は思わず吃驚したようにナイフを床に放り投げていた。手から滑るように、
私の足元に甲高い音を立てながらナイフは落ちた。
落ちたのはナイフ。
血の付いたメスではない。
ハドニクスの光景が、脳裏に過ぎっただけ。
私は震える手を見ながら、自分にそう言い聞かせる。直後に襲ってくる強烈な
吐き気を堪えながら。
「ミリア、どうしたの?大丈夫?」
心配顔のヒリルと、周囲から金属を落とした音を響かせる私に、何やってるん
だと言わんばかりの棘のある視線が私に向けられる。
「ん、大丈夫。」
「具合悪いなら、今日やめとく?」
気を使わせるのに、罪悪感を感じる。体調が悪いわけでもない。単に、自分が
弱いだけなのだから。その申し出に、誘惑されそうになるのも弱さの一旦なの
だろう。
「ううん、肉と麦酒を堪能するわ。」
私は微笑を浮かべてみたが、上手く出来たかわからない。でもヒリルには、背
を向けては駄目だと思っている。こんな私でも、向き合ってくれているのだか
ら。
「それならいいけど、無理はダメだよ。」
「うん、ありがと。」
私はヒリルにそう言うと、席を立つ。
「新しいナイフ、取ってくる。」
「うん。」
落としたナイフを拾い、使用済みの食器置き場に返した。
結局私は、ナイフを使う気にはならず、フォークだけで食べた。ええ、フォー
クで刺して丸齧りですが、いい乙女が。
私がナイフを使わない理由については、ヒリルは聞いて来なかった。ベイオス
の事件があった時に言った本業については、察しているのか聞いては来ない。
関われば命の危険に晒されるのがわかってか、私に気を使ってかは分からない。
どちらにしろ、それを汲み取ってくれる彼女の態度には感謝している。それは、
ここに来て尚更感じた。昨夜の件があって、今の状況がその思いを齎していた。
人殺しには、過ぎた友達だ。
そんなことを言ってしまえば、ヒリルは怒るだろう。いや、人殺しって時点で
その関係は壊れてしまうかもしれない。ヒリルの気遣いは本当に感謝している
のだけど、私の後ろめたさを加速させてもいる。それでも、この関係を壊した
くないと思っている私は、やっぱり卑しい人間だ。
朝食を食べ終わった私たちは、一度部屋に戻ってから再度ロビーに集合した。
が、朝はいつも通り部屋に陽射しが射し込んでいた筈なのに、今は曇天の空に
なり全て遮られていた。むしろ、雨も降りだしている。
部屋に戻った時、なんか暗いなくらいには思っていたが、そこまで気にしてい
なかった。
「あぁ、これは駄目ね。」
空を見上げる私の横で、小型端末を確認しながらヒリルが呟いた。
「どうしたの?」
私はヒリルに顔を向け聞いた。
「今日予約していた、高原の運営側からの通信で、悪天候の為中止しますだっ
てさ。」
「しょうがないわね。」
私は残念そうに呟く。
「青空の下、麦酒を飲みながら肉を焼いて食べることが出来ないなんて。」
かなり楽しみだったので、続けてそう言った。その思いは本心からだったのだ
けど、どこかでほっとしている部分もある。身体が、精神が、休息を求めてい
るからなのだろうか。羽を伸ばしに来たのに伸ばせてないじゃん、と軽口を言
えない程に私は疲弊しているのは確かだった。
「好きそうだもんね。」
ヒリルが苦笑いする。
ええ、そりゃ好きですが。
「で、今日どうしよっか?」
部屋で休みたい気もしたが、独りでいると悶々といらぬ事を考えて、負の螺旋
に囚われそうで嫌な気がした。疲れていて休みたいけど、気持ちは逆にそれを
拒否するように。
「近所で行ってない店回ったり、お茶したりは?」
「じゃ、そうしよ。」
私の提案に、ヒリルは笑顔で応じてくれた。申し訳ないと思いつつほっとしな
がら、今は甘えようと思った。
雨の所為もあってか、ランチやお茶したとは言え歩き疲れた私とヒリルは、夕
方には解散した。部屋に戻った私は、麦酒を一缶空けた時には意識が保てなく、
そのままソファーで眠ってしまった。
煩いな。
ソファーで落ちていた私を起こしたのは、扉をノックする音だった。時計を確
認すると二十時を廻ったところだ。二時間程眠っていたみたい。
「誰よ、こんな時間に。」
ぼやきながら扉に向かって、施錠を解除して開ける。外に立っていた人物を認
識すると同時に眠気が一気に飛んだ。
「なんの用?」
私はその人物、ネルカを睨みつけて言う。
「報告を聞こうと思いまして。」
そんな私の態度を歯牙にもかけず、淡々と言ってくる。
「結果ならわかってるでしょ。報道にもなってたし。」
ネルカの顔を見ていると気分が悪く、いや、胸糞悪いから今は相手にしたくな
いのだけど。
「本人からの報告は義務だと思いますが。それと話したい事もありますし。」
「手短にね。」
私はしょうがなく部屋へ招き入れる。ネルカが部屋に入るのを確認して私は扉
を閉めて施錠する。それをネルカはこちらを向いて確認していた。私は部屋の
奥に向かい、ネルカを通り過ぎる時に、皺の無いシャツの胸ぐらを掴んで壁に
叩きつける。
「くっ・・・なんの、つもりですか。」
壁に叩きつけられた事で低く苦鳴を漏らすと、疑問の表情をしながら私に問い
かけてくる。シャツを強く握り壁に押し上げるように押し付けているので、そ
の声は若干苦しそうだ。
知ったことではない。
「人手不足とか言っている割に、情報が適当過ぎなんじゃない?」
「なんの、事ですか。」
苦い表情となっているネルカだが、その口調は変わらなかった。私はシャツを
握る手に更に力を込める。
「ハドニクスが強いなんて書いてなかったじゃない。人手不足を気にするなら
担当の安全を少しでも確保出来るように詳細な情報は載せておいて欲しいわね。
それに、蒐集どころか食べていたわよ。それも書いてなかった。知っていれば
現地で戸惑う事もなかったのに。危険で胸糞悪い仕事させて、担当が辞めない
とでも思ってるわけ!?」
声は大きくせず、それでも不満を叩きつけるように私は言った。ネルカは私が
シャツを掴んでいる手を、軽くたたく。一気にまくしたてた私は、少し気が晴
れたのか、ネルカのシャツを離していた。
「そんな人材は求めていない、だから人手不足なんですよ。それを理解してい
ると思いましたが。」
ネルカの口調は変わらなかったが、視線には冷酷さが浮かんでいた。私はそれ
を受けて睨み返す。
「その場所に確実に居る、その情報を元に依頼しているんです。そこにどんな
事情があろうと、どんな出来事が起きようと、臨機応変に対応出来完遂する人
材が必要なんですよ。情報が違っている?情報が不足している?こんな事が起
きると思っていなかった?こんな仕事は求めてない?気分が悪い?そんな不満
なんて求めてはいない。我々の情報に対して、確実な結果。それだけが求めら
れる。あなたは勘違いしているようだから、この際はっきり言わせてもらいま
す。」
ネルカは畳み掛けるように私に言葉を浴びせた、静かな口調で。私は、確かに
勘違いしていた。おそらく末端でこの仕事している人たちは、私と同じような
ものなのだろう。情報に不満や、実際の仕事の不満を抱えている。だが、司法
裁院が求めているのは確実に業務を遂行する能力だけなんだ。
「正直、がっかりしました。上層部があなたに接触すると言う事は、それなり
の覚悟、能力を備えていると踏まえ、ついでにと今回の依頼をお願いしました。
それがこんな腑抜けとは、何故上層部があなたを選んだのかまったく理解不能
ですね。」
私は、返す言葉が思いつかなかった。この仕事をする以上、求められている結
果は決まっている。仕事がどんな結果だろうと司法裁院の名前が出ることは無
い。私が死のうと死ぬまいと、それはこの仕事をしている人間、誰にでも言え
る事だ。考えが甘い、覚悟が足りない、ネルカの言葉はそんな私を蔑むように
叩きつけられた。
「で、確実に終わらせたんですよね?まだ報告は聞いていませんが。」
ネルカの冷酷な瞳は変わらなかった。その瞳は私に向けられることもなく、私
が掴んで多少乱れたシャツを整え、背広の襟を軽く引いて身なりを直していた。
ネルカの瞳はおそらく、私を見る目はもう変わらないだろうと思わせた。失望
などではなく、単に蔑むようなその目は。使えない人材に興味はないと。
「それは、間違いなく。」
私は搾るように声を出した。その行為も、その認識の甘さもみっともなさ過ぎ
る。
「結構。」
それだけ言うと、ネルカは部屋の入口に向かって行った。そして扉を開ける直
前でこちらを振り返る。
「それと、今回の結果に関して欲を言えば、暗殺で済ませて欲しかったのです
が。屋敷ごとは派手にやらかし過ぎです。」
それに関しては何も言えない。ただ、私の感情が暴走した結果だから。私だっ
て屋敷を吹き飛ばそうなんて思ってなかった。って、こういう思いが今指摘さ
れている原因なのよね。
「まぁ、いいです。立場の理解も出来ていないようですが、私に対する暴力は
今回は不問としましょう。私からあなたに今後依頼することは、もうありませ
んから。」
黙っている私に、ネルカはそれを最後の言葉に部屋を出て行った。
私はその場に呆然と佇んだ。自分自身が、あまりにも惨めだった。その現実を
叩きつけられて。そして、膝から力が抜けると床に座り込んでしまった。崩れ
た身体に合わせて落ちるように、目から零れた雫は服と絨毯に染みを作ってい
った。
「以外にも早かったぞ。」
扉をノックもせずにその老人、キャヘスはヤングレフカの執務室に入りながら
そう言った。執務机で書類にサインをしていたヤングレフカは、部屋に入って
来たキャヘスへ鋭い視線を向ける。
「ほう。」
ヤングレフカは興味を含んだ声を発しながら、サインしていた万年筆を筆立て
に挿す。
「モフェックは少し興奮気味だったが、何に興奮しているのか聞きたくもない
ので聞いておらん。」
キャヘスはそう言いながら、ソファーへ移動して座る。ヤングレフカは机から
動こうとはせず、話の続きを促す。
「グラドリア領事の自宅である屋敷はほぼ全焼だったがな、地下室は無事だっ
たようだ。」
キャヘスの声は愉快さを感じさせるように、若干弾んでいた。それは表情にも
現れ、口の端を皮肉な笑みを浮かべるように吊り上げている。
「それで、その様子からすれば朗報なのだろう?」
ヤングレフカの問いかけも自然と軽くなったように感じられた。キャヘスはそ
の問いに頷くと、報告を続ける。
「ハドニクスは人体蒐集家だったようでな、地下室からは五百点程の品が見つ
かったそうだ。」
「はっ。大層な趣味なことだ。」
ヤングレフカは顔に、明らかな嫌悪感を浮かべる。それを気にせずにキャヘス
は続ける。
「どうやら二階にもあったらしいが、爆発で原型を留めていない。焼け落ちた
跡に硝子の破片やそれらしい痕跡が残っていたことからそう判断されていると
言っておったの。」
「結果は良いが、内容が胸糞悪い事この上ないな。」
小さな村の人口程の蒐集物を集めていたハドニクスに対し、ヤングレフカは胸
の奥底から込み上げる嫌悪感に苛立ちを覚えた。
「ハドニクスの件に関しては、間違いなくモッカルイア領の領民も犠牲となっ
ておるだろうな。」
ヤングレフカは苛立ちを隠しもせず声に乗せた。
「鑑定は難しかろうが、建前としては十分よなぁ。」
その言葉を、頷きながらキャヘスは肯定する。
「この事実はグラドリア国を糾弾するに申し分ない。犯罪者を領事として送り
込んでいたのだからな。」
表情から嫌悪は消えていなかったが、それよりもこちらの事実の方が大事だと、
ヤングレフカの口調は表していた。
「当然、それを認可していたゲハート・ンシンも同罪じゃな。」
キャヘスが継いだ言葉に、ヤングレフカは頷いて言葉を続ける。
「これは予想以上の結果と言えるな。こうも我等に都合が良く事が運ぶとは思
ってもみなかったが、事が事だけに立ち回りによっては世論も動かすことが可
能だろう。」
「確かに、良い足掛かりとなるじゃろ。世論が付いて来ればナベンスク領、ア
ンテリッサ国への波及も足が速まるじゃろう。やれやれ、この老体にも鞭打た
ねばなるまいて。」
キャヘスの言葉に、ヤングレフカは頷いた後表情を引き締める。
「それについては何れ考慮するとして、まずはモッカルイア領だ。ゲハート・
ンシンの弾劾と訴追を進め、次の領主をオーメラに導く必要がある。」
「そうじゃな、早速明朝より動くとしよう。」
キャヘスはそう言うと、ソファーから立ち上がり部屋の扉へと向かう。
「宜しく頼む。」
ヤングレフカは、その背中に言葉を投げかけた。キャヘスは片手を軽く上げる
ことで応え、そのまま部屋を出ていく。扉が閉まった後、ヤングレフカはカッ
プに入っているまだ殆ど口をつけていなかった珈琲を口に含む。書類整理で淹
れたのを忘れ、今の会話中も意識には戻らなかった珈琲。そのすっかり冷めき
っていた珈琲に顔を顰めながら。
グラスから水を飲んだリンハイアの顔は、いつもと違い微笑を携えてはいない。
それを見るアリータの顔は、一抹の不安をちらつかせている。だが、リンハイ
アの顔はすぐにいつもの微笑に戻りアリータへ向けられる。
「不安にさせてしまったようだね、すまない。」
「いえ。」
アリータは軽く、頭を横に振ると質問する。
「ロググリス領の件ですか?」
アリータの質問に、リンハイアは軽く頷く。
「領主ヤングレフカ・マタラの動向に関しては、以前と変わっていません。領
内の定期報告会は通常通り行われていますし、それ以外の行動について不審な
ところも見られません。」
アリータは一息つくと続ける。リンハイアはそれに変化なく耳を傾けている。
「来訪者も不審な人物は見かけておりませんし、外遊も今までと変わりありま
せん。来訪者や外遊先の人物を逐一調べているわけではありませんが。」
「確かに、それを行っている暇なんか無いからね。」
リンハイアは、アリータの最後部分を肯定する。そこまで報告したアリータは
怪訝な顔をした。リンハイアの命令で、ロググリス領の領主ヤングレフカを半
年程まえから監視しているが、普通の領主にしか思えなかった。
調査する理由は聞いていないが、リンハイアが命令したからにはグラドリア国
に何かしらの影響があるのだろうとアリータは思っている。そうでなくとも、
この執政統括の命令であれば、死地にすら飛び込むことも厭わないと思ってい
た。
「また戦争、ですか?」
アリータが恐る恐る聞く。
「それは無い。」
アリータの疑問にリンハイアはきっぱりと否定で返す。
「ロググリス領は東隣に位置するメフェーラス国と仲が良くない。国境での小
競り合いも絶えない仲だから、戦争を起こそうと思っても後方の憂いが断てな
い。故に戦争は出来ないのだよ。それに周りは我がグラドリア国と和平同盟を
結んでいるため尚更だ。」
リンハイアの説明に納得と、疑惑が交互に浮かぶアリータ。情勢は理解出来た
が、では何故ヤングレフカの監視を行っているのかと。
「アリータの疑問も分かるのだが、動きの無い現状ではこれ以上の事は未だ説
明出来ない。まぁ、これに関しては時間が経てば自然と明らかになる。」
「余計な詮索をしてしまい、申し訳ありません。」
そう言うとアリータは頭を下げる。秘書としては気になってしまうところなの
だが、リンハイアが見ている世界がまったくわからない。それがどうしても顔
に出てしまうのだから、余計な手間を取らせてしまう。もっと、冷静に業務を
遂行出来ればそんな手間もかけなくて済むのに、と思いながら。
「いや、アリータが気に病む事じゃない。」
その思いすら見透かされているような気がしたが、その言葉に安堵の思いから
再び頭を下げる。
「それから、モッカルイア領に行っているユリファラからも定期連絡が来てお
りますが。」
リンハイアは一瞬考える素振りをしたが、すぐに表情を微苦笑に変える。
「あまり期待はしていないが、聞こう。」
「はい。監視しているモフェック・ドゥンサですが、特に目立った動きは無い
ようですが、ここ最近は訪れる商人の数が多少増えたようです。ただ、目だっ
た数ではないようです。」
リンハイアは既に戻っている微笑のまま頷いて聞いている。
「それと・・・。」
「どうした?」
急に言葉に詰まったアリータに対し、視線だけを怪訝にして向ける。
「近々、外海からの貿易船が来航予定で、新作の服が入る予定なのでた・・・」
そこまで読むと、アリータは報告書を破る。舌うちやユリファラに対して上げ
たかった罵声は堪えた。
「申し訳ありません、お耳汚しでした。」
「いや、気にしなくていい。」
リンハイアは苦笑しながら、右手を軽く振った。
「いつもながら、執務諜員としての自覚が欠けているとしか思えません。」
アリータにとって、ユリファラ・トトゥアの存在は気に入らなかった。主に対
しての態度は不遜。面と向かって話せばろくに敬語も使わない。主に出張が多
いが報告は適当な上に、仕事を放って観光していることが多すぎる。
が、リンハイアはそれを気にすることも無く彼女を執務諜員としいる。執政統
括直属の執務諜員になっているのだから、能力が高いところだけは認めざるを
得ないが、それだけでリンハイアに仕えるには不足過ぎると、アリータは常日
頃から不満を抱えていた。
「まぁ、彼女なりのユーモアだろう。」
リンハイア自身は気にしていないようなので、アリータにとって歯痒くはあっ
た。
「しかし、漁有会の三頭であるモフェック・ドゥンサに何かあるのでしょうか
?」
ユリファラのことはどうでもいいので、アリータは報告にあったモフェックへ
と話を切り替えた。
「モッカルイア領の運営は主に、漁有会の三頭と領主であるゲハート・ンシン
が決定権を持っている。我が国も和平同盟を結んでからは、友好な関係を維持
しつつ、流通も順調となっている。」
アリータの問いに、リンハイアがグラドリア国とモッカルイア領の関係性を説
明するがそれは概ねの人が既知の話しである。
「特に現代、領主がゲハート・ンシンになってからは、その関係も更に良好に
なったと言える。」
「モフェック・ドゥンサが領主の座を狙っている?」
アリータはふと疑問に思ったことを声にしていた。リンハイアはそれを微笑ま
しいと思いながら見ていたが。
「さて、どうかな。」
いつものことながら、アリータの疑問は解消されなかった。解消される時は、
解決された時の方が多い。だが、それに驚かされる瞬間が嫌いではかった。
ただ、リンハイアの役に立つためには、少しでもその疑問を解いて行かねばと
思慮思考しなければならないとも思っていた。
そもそも執務諜員が調べているのであれば、何かしらの影響が自国にあると考
えて間違いないだろう。それがどういったものなのかは不明だが。
「筋としては、悪くない。まぁ、そのうち見えてくるよ。」
アリータの思考顔を見ながら、リンハイアが言う。
「あ、すいません。」
「考える事は、大切なことだ。」
「はい。」
リンハイアの言葉に、アリータは素直に頷いた。
「近いうちに、会談の場を設けなければならないかな。」
アリータが頷いた後、リンハイアの顔に浮かべられた微笑は薄くなり、その言
葉には多少の緊張が含まれていた気がした。話しの流れからすれば、モッカル
イア領主との会談であろうとアリータは予想したが、リンハイアの微かな緊張
を感じては、その会談に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「えぇ、ここに来てそんな黒一色って・・・。」
ダークグレーの半袖シャツに、黒の七分袖で薄手のジャケット。黒のショート
パンツにチャコールグレーのタイツを持っている私に、ヒリルが怪訝な顔を向
けて言ってくる。
「仕事用にね。」
嘘ではないけど、ヒリルが知らない方の仕事用。というか今夜用。余計な荷物
に余計な出費になった。
死ね。
あ、経費請求出来ないかな。しかしザイランが高査官に伝手があるとは思えな
い。依頼した本人はさっさと本院に戻ったし。私が本院の特殊係訪ねるのも不
自然と来れば、請求出来るところが思いつかない。
やっぱ死ね、ネルカ。
黒い怨念をグラドリア国に向けた私は手に持った衣類を持って会計に向かう。
朝から電車移動で、ルッテアウラの隣町であるポーレルに来た私たちは、巨大
ショッピングセンターのポーレルポートに来ていた。捻りの無い施設名だけど、
本当に大きい施設である。飲食店やカフェだけでも大小合わせて五十店舗程、
テナントショップは三百店舗くらいある。とてもではないが一日で見て回れそ
うにない大きさだ。
「だとしても、もう少し明るめにしようよ。仕事用なら今じゃなくてもいいじ
ゃん。」
私はいま必要なのよ。と、思っても言えない。
「ここって、外海からの商品も沢山あるでしょう。このお店もそうみたいだし。
それにやっぱり仕事の時は黒の方が落ち着くのよね。」
不満げに言ってくるヒリルに、違和感が無いようにそれっぽく取り繕う。そも
そもどんな服を買おうと、お金払うの私なんだからいいじゃない。
「ヒリルは服よりも、仕事探さないとね。」
私は多少の皮肉を込めて言ってみる。
「そんなの旅行が終わってからだよ。というか、旅行中に思い出させないでよ
。」
そう言って頬を少し膨らませるヒリル。おもしろい。
頬を膨らませながらも、テナントショップで服を物色しているヒリルを見なが
ら、自分の買い物はそれなりの物が手に入った事に安堵していた。本当はパン
ツスタイルのスーツみたいな方が、見た目的に格好良く見える気がするのだけ
ど、六華式拳闘術を使うので膝の部分に摩擦が出来てしまう。だから私はいつ
もショートパンツを好んで履いている。
それは上着も同様で、七分袖のジャケットを肘まで捲れば動かしやすいから。
ジャケットじゃなくても、というのは私の好みの問題なので。
問題はいつも着ている服に比べれば耐久性に乏しいところ。少し厚手の合皮製
だから多少の耐衝性があるし、激しく動いても劣化しにくい。それに比べて、
文句のつもりは無いが、買った服は当たり前だが心許ない。
「また考え事?」
声に気付いて視線を向ければ、お店のロゴが入った袋を持ったヒリルが居た。
どうやらこの店で何かを買ったらしい。袋の大きさからすれば衣類だと思うの
だけど。
「そろそろ何か食べたいなと思っているのだけど、この後新鮮な魚介と麦酒を
味わう事を考えると、控えめがいいかなぁとか。」
実際に考えていた事とは別の事を言う。ただぼーっとしてたと言うよりも誤魔
化しは効くだろう。
「ミリアの本命はそっちだもんねぇ。」
「まぁね。」
半眼を向けてくるヒリルに私は当然という態度を取る。だってそれが楽しみで
来ているのだから。
「どっかで軽くお茶でもする?結構歩き回ったから私も疲れた。」
ヒリルは言いながら周囲を見渡す。
「そうね。」
私も見回してみるが、見える範囲にあるカフェは店外に並んでいる人が見える
ため混んでいるのだろう。
「少し探してみようか。」
「そだね。」
私の提案にヒリルが頷いたので、私たちは施設案内を頼りにお店のある場所へ
行っては落胆した。それが五回目の時、何処行っても同じ状態だなと思い、探
すのが面倒くさくなったのと気力が無くなったので、テイクアウトのジュース
バーで飲み物を買って近くの椅子で休む事となった。なんか余計に疲れた気が
した。
「暑い・・・」
海面が陽射しを乱反射して、容赦なく私を照り付ける。当然、海面が反射して
いるのだから上空からも容赦ない陽射しが一直線に降ってくる。時間は一四時
頃、風も殆ど無い所為で暑さに拍車をかけている。
「気持ち悪い・・・」
茹だる暑さの中、魚に吐瀉物という撒き餌を私は我慢していた。風は殆ど無い
とは言え、波が無いわけではない。ゆったりと揺れる船の上は、私の三半規管
を弄る。まさか船酔いするとは。絶対大丈夫、船の揺れごときで酔う筈ないと
思っていたのに。
いや、きっと船釣りが私に向いてないのよ、きっと。私は遠くに見える島と、
今の私にとって忌々しい青空から海面に視線を落とす。この、海面を貫通して
海中に潜っている糸を見てしまう。
うっ。
撒き餌が。
私は視線を空に戻す。はぁ。
「釣れないし・・・」
酔うだけ酔って一匹も釣れていない。楽しくない。きっとこの状態が船酔いを
加速させているんだ。
「ミリア大丈夫?」
そんな私に横から、ヒリルが声を掛けてくる。心配してくれているようだが、
既に三匹の得物を釣り上げているヒリルは、船酔いはしていない。ずるい。
しかも釣ったうちの一匹は真鯛だ。うらやましい。
釣りを始めて小一時間、私の釣竿は一度も引かれていない。何故隣の餌にばか
り食いつくのか。船の上では気を紛らわすことも出来ない。唯一それが出来そ
うな釣りにはなんの変化もないから、紛らわす事すら出来ない。
「一応、ね。」
気力なく返事をする。
「水、飲む?」
「ありがとう、貰うわ。」
ヒリルが差し出してくる水を受け取り、喉に流し込む。船内にある氷の入った
断熱性の箱に納められていたため、冷たさが心地いい。周りに人が居ないので
あれば、紅月で酔い止め撃つのだけど、流石に小銃鞄から出したら騒ぎになる
よね。
そんな時、ヒリルの竿にまた反応。いいな。というか、このままでは私が陸に
戻った時、船酔いしか得られない状況に。何が悲しくてくそ暑い中、船酔いに
なるためだけの時間を過ごさねばならないのか。海上だから船上から脱落も出
来ないし。
横で二匹目の真鯛を釣り上げてはしゃいでる奴いるし。
そうだ、何処か遠い所へ旅に出よう。
既に旅の途中だが、現実から逃避するように遠くに見える島をぼーっと眺める。
「ミリア、竿!」
ヒリルの声で苦痛の現実に戻された。
竿?自分の竿を見ると先端がゆっくりと撓っている。これは、ついに私にもあ
たりが来たか。私は竿を持ちあげると、逸る気持ちを抑えて、釣り糸が切れな
いようにゆっくりと上げていく。かなりの重さがあって、竿の撓りもかなりの
ものだった。
これは、大物!?
心の中で期待が膨らむ。あまりの竿の撓りに、船を出してくれている漁師のお
っちゃんが棒付きの網を持って私の隣に来た。
「その撓りじゃぁ、水中から揚げられねぇ。俺が掬ってやるよ。」
漁師のおっちゃんが、釣り糸付近の海面に網を伸ばす。海面の下に黒い揺らめ
きが見えた。視界の端にはにやける漁師のおっちゃん。うざい。
もう海面間近だから私にもわかる。
私は竿を持つ手から完全に力が抜けた。
「だははっ。大物だな。ぶはははははっ!」
爆笑する漁師のちゃんが網を掲げて、その中に入っている海藻を私に見せつけ
る。
・・・このおやじ。
暫くご飯食べられないようにしてやろうか。
内心の殺意をぐっと堪えた私に残ったのは、船酔いと落胆だけだった。
その後、少しの時間の後に船釣りの終了が告げられ、私は陸に戻ってきた。
陸に上がると、この後獲れた魚を調理して食べさせてくれる調理場に向かって
歩き出す。不機嫌な顔で。
そして右手には海藻。
早歩きで向かう私に小走りで付いてくるヒリル。抱えている箱を重たそうに。
「待ってよミリア。」
「なに?」
大人げないと分かっているし、ヒリルが悪いわけじゃないけど、自分の境遇に
どうしても態度に苛立ちが出てしまう。
我儘だ。
「私一人じゃ食べきれないから、一緒に食べようよ。」
確かに小さい魚ではない、四匹は普通に一人で食べきれる量じゃないだろうが、
意地になっている私は丁度調理場についたので、そこに居た料理人だろう人に
右手を差し出す。
「海藻サラダと海藻スープ。」
「やってねーよ。」
私の憮然とした態度に、その料理人であろうおっちゃんは不機嫌に返してきた。
「じゃぁ麦酒頂戴。」
私は海藻をその辺に捨てるとおっちゃんに言った。
「散らかすなよ。一缶五百な。」
注意はするが、商売が優先された。
「とりあえず二缶頂戴。」
屋外調理場のすぐ後ろに売店のような小屋があり、そこへ向かおうとしたおっ
ちゃんに紙幣を一枚渡しながら言う。
「あいよ。」
冷蔵庫から取ってきた麦酒の缶を、そう言っておっちゃんは私に渡した。受け
取る同時に開栓して喉に流し込む。冷えた麦酒が身体にとても心地よかった。
暑い船上から帰ってきた身体を冷やすように。
「あの、これ塩焼きにしてもらえますか?」
その横で、ヒリルがおっちゃんに魚の入った箱を渡しながら確認している。
麦酒の冷たさは、私の大人げない感情も冷やしていった。
みっともない。
「ごめんね、ヒリル。」
私はヒリルを見て、小さく呟いた。ヒリルはそんなことは気にしてないとばか
りに笑顔を向けて言ってくる。
「一緒に食べようよ。」
「うん、ありがと。」
ヒリルの優しさに、矮小な自分態度が酷く卑しいものに思えた。それも自業自
得だから、これ以上表に出さないように気を付けないと。嫌な思いするのはヒ
リルだし、私もそれを望んでいるわけではないのだから。
「お、真鯛二匹もあるじゃねーか。片方刺身はどうだ?」
箱の中身を確認していたおっちゃんが聞いてくる。
「サシミ?」
「あの生の奴?」
ヒリルと私が同時に聞き返す。私は聞いたことはあったけど、ヒリルは初耳の
ようだった。
「え!?生で食べるの?」
ヒリルが驚いた顔で聞いてくる。
「刺身でお願い。」
ヒリルの言葉に頷きながら、私はおっちゃんに言ってしまったって思う。
「なしなし。」
「なんでい?」
慌てて否定した私に、既に包丁を持って捌こうとしていたおっちゃんが不機嫌
に聞いてくる。うっかり調理法をお願いしたが、私のじゃなかった。
「なんでもない、サシミ、食べてみたいからお願い。」
それに気付いたのか、ヒリルがそう言っておっちゃんに作業を促す。周りから
は魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきていた。周りにはいくつかの調理場があ
り、それぞれおっちゃんやおばちゃんが居て、船に居た客たちが料理をお願い
したのだろう。その場で、調理されていく魚を見学している。
「折角だし、サシミというのを食べてみたいじゃん。」
笑顔で言ってくるヒリルに、申し訳ない気持ちになる。なんか私、今日は駄目
だな。運が無いうえに人にあたるなんて、情けない。
「ありがと。」
少しぎこちない気がしたが、笑顔で返した。それは、自分が情けないからなの
か、ヒリルの優しにあてられたからなのか、分からないけど、少し泣きたさが
あったから。
横では鱗が取られ、腸抜きされた真鯛が炭の乗った網の上でいい匂いを漂わせ
てきた。もう一匹は三枚におろされ、更に薄切りにされていく。その手際の良
さにヒリルの目は釘付けだったが、私も当然目を奪われる。
魚を捌くおっちゃんの熟練した技が、少し微妙な空気を紛らわせているようだ
った。
「お待ち。」
おっちゃんからヒリルに皿が渡される。そこには透き通るような白身の切り身
が綺麗に並べられていた。
「これ、自家製の塩だ。これを付けて食べるといい。それと檸檬な、少し絞れ
ば味が引き締まってまた別の旨さだぞ。」
おっちゃんが笑顔で言ってくる。塩とは、シンプルな。私は早速切り身の一枚
に塩を振り、口に運ぶ。
なに!
ぷりっとした食感は火を通したら感じることが出来ない食感だ。臭みも無いそ
の切り身からほんのり脂の甘みが口の中に広がる。生の魚がこんなに旨いもの
だとは思わなかった。
「サシミってこんなに美味しいんだ!」
ヒリルも感嘆の表情だ。
「はは、うめぇだろ。」
おっちゃんも満面の笑みだ。やばい、これは酒が進む。
「いいの?」
私がヒリルに開いてない方の麦酒を差し出すと、そう聞いてきた。私は無言で
頷く。
「ありがと。」
ヒリルが笑顔で受け取ると開栓して缶を向けて来るので、私は自分の缶をぶつ
けた。
「おっちゃん、麦酒二缶追加ね。」
「あいよ。」
私が紙幣を一枚差し出しながら言うと、おっちゃんは愛想よく受け取って、奥
の小屋に麦酒を取りに行った。
ヒリルのお蔭で、迷惑は掛けたが予定通り楽しめたので結果的には満足出来た。
その後に出てきた塩焼きも絶品だった。あんなにふっくらしふわふわの食感は
なかなか無い。他の魚を使ったあら汁、いつぞやとんかつを食べた時と同じで、
ミソを使ったスープも美味しかった。
長く重厚なテーブルには、煌びやかな織物が掛けられている。その両端には二
つの椅子、両脇にそれぞれ五つの椅子が並べられた大きなテーブル。方端には
豪勢な料理が並び、恰幅のいい中年男性が葡萄酒の入ったグラスを揺らしてい
る。
フープランドの胸元を着崩したその中年男性は葡萄酒を一口飲みテーブルにグ
ラスを置く。腰に巻いてある帯の上にたっぷりと乗った腹がその動作で揺れた。
「何か見つかったか?」
テーブルに並んだ夕食を口に運び、咀嚼が終わると中年男性は、額から頭頂部
にかけて髪が無くなった頭を視線に合わせて動かす。
「いえ、今まで通り何も出てきません。大抵の人間は、叩けば埃が出て来るも
のですが、彼の場合手掛かりすら見つかっていない現状です。」
多少離れて佇んで居た背広姿の男性が、中年男性の質問に答える。
「まったく、役立たず共め。」
中年男性は忌々しげに言葉を吐き捨てると、葡萄酒を飲んだ。
「何かあれを失脚される手掛かりが欲しい所だが、人員を増やすのはどうだ?」
中年男性は、男性に質問はするが視線は動かさず、料理を口に運ぶ方に専念す
る。
「調査には時間がかかります故。引き続き調査は行いますが、これ以上の人員
増は逆に警戒される恐れがあります。」
「それもそうだな。」
男性の言葉に、中年男性は頷きながら、葡萄酒を口に運ぶ。
「ここ最近では、訪れる商人の数が増えています。微々たるものですがそれを
知らないとも思えません。警戒の材料を与えかねないので、現状のまま探る方
がいいかと思います。」
中年男性は右手で顎を撫でながら考えるように瞼を閉じる。考えながら足をも
うとして右足を上げたが、腹の脂肪が邪魔をして左膝の上には足首を乗せるの
が限度だった。
「時間はかかるが、それしかないか。」
瞼を開いた後、中年男性は言う。乗せた右足は辛くなったのか、既に組むのを
止めて下ろしていた。その行動や姿は男性の瞳には滑稽に映っていたが、表情
や態度にはおくびにも出さない。
「はい、今は慎重に動くのが堅実かと。」
「うむ。」
男性の言葉に、中年男性が頷いてグラスの葡萄酒を飲み干す。
「それとモフェック様が依頼しておられた例の物ですが、やっと手に入ったと
のことで明日には彼の商人がこちらを訪ねると言っておりました。」
「おお、やっとか!」
中年男性、モフェックはそれまで料理と葡萄酒にしか向けていなかった顔を目
に歓喜を浮かべながら男性へ向ける。最初に向けられて以降、本日二度目だが、
その禿頭の下にある眼を見開いて向けられた顔に男性は嫌悪感を抱いていた。
気持ち悪いからこっちを見るな、と。
当然、いつも通りそんな思いは、先程と同様に表情や態度にはおくびにも出さ
ない。
「しかし、今回の購入はかなりの出費となります。ドゥンサ家の金庫にもかな
りの打撃となりました。」
モフェックは渋い顔をする。
「如何程、だったか。」
モフェックはその能力に、歓喜に目を見開き飛びついたが、自分の家の金庫事
情には考えが及ばなかったらしい。ドゥンサ家の主として如何なものかと男性
は思わされる。男性もその場に居合わせ気付いてはいたが、特に意見をするつ
もりは無かった。
能無しの貴族が没落したところで、新しい仕事を探せばいいだけだし、どちら
かと言えばその方が清々するかもしれない。だが、金払いはいいので利用して
いるに過ぎなかった。
「中型呪紋式連銃の本体が二億、記述済み薬莢が一発五百万。六連式の銃に合
わせて十二発となります。合計二億六千万となります。」
モフェックの顔が青ざめていく。額にうっすら汗が浮かび始めていた。それで
も破格だろうと男性は思っていた。一発、領主の館なら半壊、城壁にも穴を穿
つような砲弾の呪紋式を六連発で発動できるのだ。その威力は計り知れない。
火薬で放物線を描いて射出する砲撃とは違い、ある程度の距離を水平に飛翔す
る。しかも砲台の運搬をする必要もないのだから、運搬やそれを行う人手を考
えればそう思って当然だろうと。
「そんな金額、聞いて、おらぬ。」
「以前、商人が来た時に一緒に金額も説明しておりました。」
「そう、そうだった。しかし、高額な支払と引き換えるだけの価値はある。持
っているだけでも圧力をかけられるほどにな。」
開き直ったように口元は歪み、下卑た笑みをモフェックは浮かべた。それを維
持できなければ意味はないが、と内心だけに男性は留める。
「これで武器の方は概ね揃うことになります。」
「武力は最後の手段だ、行使した後の後始末や立て直しを考えればな。今は時
間が掛かってもあれの不祥事を探す方が優先だ。」
冷静さは失っていないようだが、その少ない思考力を全体に向ければもっと上
手く生きれるだろうにと、男性は思った。
「わかっております、引き続き調査の方を進めます。」
「うむ。明日の商談時には立ち会ってくれ。」
「承知いたしました。」
男性は一礼すると、扉から部屋を出る。扉を閉める際には蔑視を一瞬モフェッ
クに投げつけて。
「現資金の半分は無くなるが、くく。」
一人になった部屋でモフェックは、グラスに半分ほど残っている葡萄酒を一気
に飲み干す。新しいボトルを開栓し、空になったグラスに並々と注ぎ不敵な笑
みを浮かべる。
「だが、これで誰にも逆らわせないぞ、くっく。」
テーブルに乗ったローストビーフを手掴みで乱暴に取ると、食い千切る。ソー
スで汚れた口の回り舌で舐めまわした後、指に着いたソースも舐める。
「儂が支配者となる未来が見えてきたわ、ふ、ふはははっ。」
愉快さと不敵さを浮かべて笑うと、注いだ葡萄酒を再び一気に飲み干す。空に
なったグラスに、モフェックは葡萄酒をまた注ぐ。不敵な笑みを浮かべながら。
その屋敷は住宅区の小高い丘陵の中腹にあった。
ホテルから徒歩で一時間程、今の私にとっては軽く走って十五分程。住宅区を
港とは反対側に進むと、緩やかな上り坂となり丘陵に続いている。上に行くほ
ど民家の数は減っていく。
敷地面積が広く、大きな家が目立ってくるこの丘陵は裕福な領民が住んでいる
タラッツ区と呼ばれていた。一軒一軒敷地を含め広いのが民家が減っていく理
由だ。治安に関しては不明だが、街路を照らす街灯の数は少ない。少ないと言
うより、それぞれの家の前にしかない。その家の入口が夜でも判り易いように
設置されているように見える。決して、街路利用者のために在るような感じは
しない。
敷地内は、私有地のためか明るさは区々だ。門から邸宅までの道を照らしてい
るところもあれば、敷地内に灯りすら照らしていない邸宅もある。まあ、暗い
家もあるのだから反対に、主張し過ぎている家もある。ご丁寧に邸宅までライ
トアップしているところは、何を主張したいのだろうか。
そんな金持ちが住んでいるタラッツ区で、私はハドニクス・ブランダの屋敷の
前に居た。特に警備も何もない。灯りも門前の街路灯と、奥にある屋敷の玄関
口にある程度で、それ以外は暗闇に包まれている。灯りの届かない場所では、
肌が露出している部分はあるものの、昼間買った服のお蔭で目立たなくなって
いる。
ホテルに軽く食事を済ませて帰って来た途端、大分疲れたようでヒリルはさっ
さと部屋に戻って行った。ゆっくりしたいしたいと言って。私も部屋に戻って
少しゆっくりした後、昼間買ったばかりの服に着替えて出てきた。フロントの
前を通ると目に付くし、誰かに見られるのも困るから部屋の窓から出てきた。
それに、人を殺した後平然とフロントから鍵を受け取れそうな気にはなれなか
ったから。
時間は二十二時を廻ったところだ。
市街地にある領事館と、このタラッツ区にある屋敷をハドニクスはいつも往復
している。領事館に泊まる事もあるようだが、基本的には仕事が終わればここ
へ戻ってくる。
ハドニクスは定期的に使用人達に暇を出して、独りで食事をするようなのだが、
司法裁院からの情報ではそれが今夜だと示されていた。
(蒐集したものを眺めながら食事しているのかしら。)
私は胸の内に沸いた疑問に苦い表情となる。
想像したくない光景だ。
狙うなら食事をして油断している時。油断しない人もいるでしょうけど、大抵
の人間は食事に意識を集中する筈だ。後は気付かれないよう背後から息の根を
止めればいい。相手の死を確認するまで、油断せずに。
私は門の横に建つ壁を飛び越えて敷地内に侵入する。玄関口にしか灯りが無い
ため建物に近づくのは用意だった。敷地内に番犬でもいるかもと思ったが、人
の気配同様感じられない。無防備。
(私は楽だからいいけど。)
正面玄関を避け、屋敷の外周を探る。裏口なのか別の出入り口なのか不明だが
正面玄関の扉よりも小さい扉が割とすぐ見つかった。私は音を立てないように
その扉の取っ手、レバーハンドル型の取っ手を掴んで下げてみる。
(ま、そりゃそうよね。)
当然、鍵が掛かっていた。
私は紅月を取り出すと、取っ手付近に銃口を向けて引き金を引く。鍵が掛かっ
ていることを想定して装填していた開錠用の呪紋式が発動。排莢を掴んでショ
ートパンツの後ろポケットに仕舞う。取っ手付近に展開された呪紋式は、白い
光を放ち現われ直ぐに消える。
(一瞬でも浮かぶ白光、なんとかならないかな。目立つ。)
内心で愚痴りながら取っ手に手を掛けて下ろす。今度は抵抗なく下がった取っ
手を引いて屋敷内へ侵入。
鍵開けといて欲しい。
身も蓋も無い事を考えながら、通路を進む。食事と言えば食堂だろうと思うが、
屋敷内の見取り図が判らないため虱潰ししかない。
一階にハドニクスは見当たらなかった。食堂や台所はあったが、使われた形跡
は無かった。ん?ということは食事中ではないのか?どこの糞情報だ、二十二
時から食事と書いてあったのは。
内心で司法裁院に悪態を突きながら二階に上がる。
(食事より、寝ててくれた方が助かるな。)
楽観的な方へ思考をシフト。
しかし、蒐集物らしき物も一階には無かった。内容からして人目に付くような
場所に置いているわけないわよね、当然。あるとすれば地下室とか隠し部屋だ
ろうか。在るかわからないけど。
二階へ上がって通路に出ると、その通路は建物の大きさから考えると意外に短
かった。通路を遮るように大き目の扉が立ち塞がっている。私は扉の近くまで
行き、中に意識を向ける。
(居た。)
中から感じる人の気配。情報が正しければハドニクス本人だろう。目の前の扉
の奥が寝室でなければ、食事はここでしているのだろうか。どっちにしろ入る
しかない。侵入者に虚を衝かれているところを一瞬で片付ける。
私はそう考え、縦に固定型の取っ手に手を伸ばす。
「一緒に食べたいのか?招待した覚えはないんだが。」
中から聞こえた声に驚愕した。
気配消している。音も立てていない。私の知らない警備設備でも備わっていた
のだろうか?それとも単純に、気配を消していても察知できるのだろうか。
考えてもしょうがないので、扉を引いて中に入る事にした。
「勝手に来ただ・・・。」
扉を開けて中に入りながら放った言葉は、最後まで繋げる事が出来なかった。
直後、本日何度も味わった感覚が身体を襲う。夕飯が逆流してくる感覚を必死
で堪えながら、ハドニクスからは目を離さない。
ハドニクスは確かに食事をしていた。右手にナイフ、左手にフォークを持って。
口の回りには食べた物の液体がべっとりと付き、顎からはその液体が滴ってい
る。テーブルの上に在る食材は、事切れている女性の肢体だった。手に持って
いるナイフとフォークだと思い込んだのは、よく見ればメスと鉗子だった。
私が入って来たことを気にすることも無く、メスで切り取った人体の何かを、
鉗子で掴んで口に入れ、くちゃくちゃと音を立てながら咀嚼している。
切り裂かれた腹部からはゆっくりと血が流れているため、死んでからそんなに
経っていないのだろう。テーブルの上に今も赤黒い色を広げている。部屋の灯
りは蝋燭を利用していたが、その灯りが尚更狂気を演出しているようだった。
果たしてここは、現世なのだろうかと錯覚させるほどに。
部屋の外周は全て棚になっており、大きな水槽から小さい小瓶と多種多様の容
器が所狭しと並んでいた。それがハドニクスの蒐集物だと直ぐに気付かされる。
小さな小瓶には、視神経を揺蕩せる眼球が、黒、赤、青、茶色と多様な色彩を
放っている。中くらいの小瓶には大きさが様々な脳が。おそらく小さいのは子
供の物だろう。他にも、指、腕、頭部、心臓、胃、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、
腸、陰茎、副睾丸、子宮等人体のあらゆる部分が溶液に浸かっている。それも
一つ二つどころではない。一番大きい二つの水槽には、女性が一体ずつ入って
いる。
私の視線がその水槽に向いた時、ハドニクスは口を開いた。
「私の妻と娘だ、綺麗だろう。」
・・・
その狂気に、私は何も思い浮かべられない。思考が止まる。
硬直している私にハドニクスは恍惚とした視線を向けて、悦に入った笑みを口
元に浮かべる。
「君も私に食べられに来たのかね?」
「・・・っぇ、ごはっ・・・」
堪えきれなくなった逆流は、汚らしい音を撒き散らしながら床にぶちまけられ
る。
なんだこれは?
この狂気は。狂気?その言葉すら陳腐になるようなこいつの存在は。
一体なんだ。
身体の中から何かが湧き上がるような感じがした。黒い渦の奔流が。
私の思考を掻き乱す。
「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」
私は口角から胃液と吐瀉物の残骸を垂れ流しながら叫び、雪華を引き抜くと込
められていた薬莢を取り出し、別の薬莢を込めてハドニクスに銃口を向けよう
とした直後、右腕の上腕に奔る痛みでその動作が中断する。
ハドニクスの右手が前に突き出されていた。腕を見るとメスが突き刺さってい
る。
「直ぐに殺しはしない。食べるには鮮度が重要なのだよ。」
そう言った直後、ハドニクスの身体が霞んだ。一瞬で私との間合いを詰めたハ
ドニクスは低い姿勢から右手で私の顎に向かって掌底を打ち込んで来た。私は
その肩口に右前蹴りを放って止めようとする。蹴りを察したハドニクスは、右
手を掌底から私の足を掴む事に切り替えた。
私はその手をすり抜けるように右足を垂直に振り上げて踵落としに切り替える。
ハドニクスは私の右方向に回転回避。既に床を打ち付けていた私はその右足を
軸に左足を掬い上げるようにハドニクスに向かって蹴り上げる。
蹴りと同時に放たれた<六華式拳闘術・華巖閃>による真空の刃は、ハドニクス
が前方に転がって避ける。ハドニクスを捉えられなかった真空の刃は、壁に陳
列されていた瓶の複数と、水槽一つを切り裂いて中身を撒き散らす。
その前に体制を立て直していたハドニクスは、私の右側面から体当たりをして
来ていた。私は前に踏み込んで体当たりを避ける。が、ハドニクスは背後で透
かされつつも右腕を伸ばし、私のジャケットを掴み体当たりの勢いのまま私を
投げ飛ばす。
「よくも私のコレクションを!」
その咆哮と共に投げられた私は壁に激突した。衝撃で陳列していた瓶が砕け、
中身の溶液と人体の何かが硝子片とともに私を汚していく。背中を強打したこ
とで一瞬息が詰まり、私は苦痛に顔を歪める。
その間に、私の前には既にハドニクスが距離を詰めていて右拳を繰り出してい
た。私は左手で、右腕に刺さったままのメスを抜きながら左半身を引いて、顔
面に突き出されてきた拳を躱して、その回転の勢いでハドニクスの左頬に右肘
を叩き込む。ハドニクスは後ろに上半身を反らせて肘を回避、私は直ぐ様追う
ように左手を突き出す。
「うがぁぁぁっ!」
叫びながらハドニクスは後転して距離を取り立ち上がる、その左目からメスを
生やして。メスを突き刺した私は、後転したハドニクスを追いかけ起き上がっ
た時には右前蹴りを放っていた。腹部にもろに入った蹴りは、ハドニクスを吹
き飛ばしもう一つの水槽に激突させる。
けたたましい音を立てて粉砕された水槽は、大量の硝子片と溶液、浸かってい
た人体を床に放り出す。私は吹っ飛んだハドニクスを一足飛びで追いかけて、
<六華式拳闘術・朔破閃>を激突した直後のハドニクス目掛け、右手を振り下
ろす。ハドニクスは痛みを感じていないかのように跳ね起き、私の左側に回避
行動を取った。が、逃げ遅れた左腕、肘からが先が肉片となって飛び散る。床
に放り出された女性の頭部も同時に内容物を飛び散らせながら潰れた。
直後、私の顔に暖かい液体が飛んでくる。ハドニクスが左に避けたのを追って
繰り出した左手の<六華式拳闘術・華流閃>が、ハドニクスの首を半分ほどま
で切り裂いていた。
「・・・・・」
ハドニクスは何か言おうと唇を動かすが、喉を切り裂かれているため、口から
洩れるのは言葉ではなくどす黒い血だけだった。
唇を動かし、何かを言ったハドニクスはその後、水槽から出て頭の潰れた女性
へ視線を向けると、その方向へ身体が傾いて倒れる。倒れたあと、ゆっくりと
右手を女性の手に近づけようとしていたが、その前に事切れて動かなくなった。
私は死を確認すると、戻していた雪華を抜きながら入って来た扉へと向かい、
辿り着くと振り向く。銃口をハドニクスに向ける。
身体を駆け巡る黒い奔流は未だに消えない。
「魂ごと滅べばいい。」
言うと同時に引き金を引く。
私の前に、自分の背丈と同じくらいの呪紋式が白い光となって浮かび上がる。
直後から吹き上がる熱気と共に火球が生成された。私はそれを確認すると、一
目散に部屋から離れる。生成された火球が、ハドニクスに直撃したのだろう、
轟音と共に爆風と熱波が一気に押し寄せる。巻き込まれた私は吹き飛ばされ、
二階廊下の突き当たりにある窓から、砕けた硝子と共に敷地内に放り出された。
「ぅ・・・くっ・・・」
受け身もろくに取れずに地面に叩きつけられた私は、呻き声を上げる。身体の
痛みからではないそれは、嘆きだったかもしれない。身体の痛みに耐えながら
蹲る体勢になったところで逆流してきた胃液を、嗚咽と共に吐き出す。
少し落ち着いた私は呼吸が荒い中、ハドニクスの屋敷を見上げる。リンハイア
に記述させられた呪紋式は、小銃とはいえ大きな屋敷の窓のあちこちから炎を
吹き出して、二階部分を炎上させていた。念のために持っていたが、使うこと
になるとは思っていなかった。
使ってでも消し去りたかった。
何を?
目の前の狂気を?弱い私を?わからない。
私は頭を振り、ハドニクスに叩きつけられた背中の痛みに顔を歪めながら立ち
上がる。直ぐに屋敷の回りは人だかりになるだろう。それを肯定するようにも
う何人かは屋敷の門の前に集まっているのが確認出来た。
私は暗澹たる思いのまま、痛む身体とともに屋敷を後にした。痛んでいたのは
身体だけではない気がしたが、今は何かを考えたくはなかった。
2.「憫然、蔑むからこそ人は精神の安寧を保つ」
翌朝、グラドリア領事の事件は瞬く間に駆け巡った。それはモッカルイア領だ
けではなく、本国はもちろん周辺国にも大なり小なりの報道として。現時点で
領事の安否は不明となっていたが、屋敷は一階の一部を残してほぼ全焼。その
ためハドニクスの食人や人体蒐集に関しては明るみに出ていない。
この出来事は屋敷の中で爆発、炎上が起きた事から事件やテロの可能性を示唆
する報道が多数となっていた。モッカルイア領の報道には朝から領主であるゲ
ハート・ンシンが顔を見せ遺憾を表明し、原因の究明を訴え、事件やテロであ
れば断固として許容できないと声高に伝えた。
「これは好機だな。」
高級そうな執務机の前に置かれたソファーに身を委ねながら、五十程の男性が
鋭い眼光をする。短髪で切り揃えられた黒髪には白いものすら混じっておらず、
褐色の肌には生気が満ちている。そのため、実際の年齢よりも若く見られるこ
とが多かった。無駄な肉も無く、服の上からでも鍛えられた肉体が目に付くと
ころが、若く見えることに拍車をかけている。
「と、いいますと?」
その男性の向かい、やはりソファーに座った白髪の老人で、鼻の下にも白い髭
が立派に整えられている。やや華奢な雰囲気の老人は、好々爺のような表情で
その言葉に問い返す。
「今朝の報道を見たであろう。」
男性は、ソファーの間にあるテーブルに用意された珈琲を口に含んだ後、ソー
サーにカップを戻してから口を開いた。
「グラドリア領事の件ですかな?」
男性の言葉に、老人は再び問いで返す。男性は問いに頷くと言葉を続ける。
「領事が事件に巻き込まれたのであれば、そこに何かしらの理由が存在すると
考えられる。火の無いところに煙は立たないのだからな。」
老人は顎に手を当てて、納得したように聞いている。
「ルッテアウラの警察局には、我が配下の人間が職員として働いているからな、
情報が判れば随時連絡が入る。」
「そうですな。」
男性の言葉に、老人は相槌を入れる。
「領事に不祥事等が明るみになれば、それを理由にグラドリア国を糾弾でき、
当然それを是としていた現領主であるゲハート・ンシンに責任を追及し、弾劾
へと持って行くことも可能となるだろう。」
老人はそこで深く頷く。
「そうなれば、ヤングレフカ様も表立って動くことも可能となりますな。」
「うむ。」
男性、ヤングレフカはその言葉に頷き同意した。
「キャヘス殿には、中継役となっているモフェックとの連絡をお願いしたい。」
ヤングレフカの言葉にキャヘスと呼ばれた老人は、モフェックの名前が出たと
ころで渋い顔をする。その表情には若干、嫌悪も混じっているようでもあった。
「彼の御仁は、我慢が足りないところが傷ですな。」
キャヘスは嫌悪を口からも吐くように言葉に乗せた。ヤングレフカもその言に
は渋い顔をする。
「それでもモフェックは、モッカルイアの三頭にまでなっている。三頭の一角
が我々の身内なのだから連携はし易いだろう。モッカルイアの動向も探りやす
い上に、武器や私兵も囲いやすい。」
「儂もその点は評価しておるよ。」
キャヘスはそう言うが、顔から嫌悪は消えていない。
「能力も性格によっては御し難いということじゃ。」
珈琲を一口飲んだヤングレフカは、キャヘスの言葉に腕を組んで唸った。それ
はキャヘスの言う事が、不安要素として存在するのは間違いないからだった。
モフェックは思考に柔軟性はあるのだが、子供のように不安定なところが見受
けられる。興味のあることに対しては影響を顧みなかったり、些細なことで癇
癪を起こしたりと扱いずらいのは間違いない。配下の者が上手く手綱を握って
いるからこそ今の地位にあるのだろうと、ヤングレフカは思っていた。
ただ、扱いずらいと言っても三頭にまでなっている事実は事実なので、利用し
ない手は無いと考えるのは当たり前だろうとも。
「キャヘス殿の言はもっともだが。」
腕を組んだまま、唸り声のように言葉を吐き出す。その様は、キャヘスの言う
事を肯定しているようだった。
「しかし・・・」
「わかっておるよ。三頭は三頭だ。一角でも流言に乗せてしまえば、均衡は危
うくなるだろうよ。であれば、使わない手はないからの。」
言葉を続けようとしたヤングレフカの言葉を遮って、キャヘスは言った。キャ
ヘスの言葉に、ヤングレフカは表情を緩める。
「ご理解痛み入る。苦労を掛けてしまうが。」
「なに、ただの連絡係故、老体でも問題ないからの。」
キャヘスはそう言うと、微笑を浮かべて見せる。ただ、表情は変わっても、モ
フェックに対する嫌悪感は消えていなかったが。
「老体とは、穏剣と呼ばれるキャヘス殿にしては謙遜を。」
「昔の話しじゃ、歳には勝てんよ。」
ヤングレフカの言葉に、キャヘスは軽く右手を振り、苦笑してみせる。
「では、情報が入り次第また来るわ。」
キャヘスは言いながらソファーから立ち上がり、部屋の扉へと向かう。
「お願い致す。」
その背中にヤングレフカも席を立ち、軽く頭を垂れる。キャヘスが部屋を出た
のを確認すると、背後の執務机に移動した。
「さて、どう転ぶか・・・」
椅子に座ったヤングレフカの呟きは、誰も居ない部屋に落ちて行った。
顔、首、腕に足と、皮膚を露出していた部分の裂傷が、白い皮膚を汚い色で飾
るように鏤められている。おまけに、棚に叩きつけられた背中が酷く痛む。
「くそ。」
私は口からその一言だけ零した。それは、シャワーで痛む傷に対しての罵倒で
もなく、買った当日に全滅してしまった服に対する呻きでもない。当てつけら
れた狂気にか、それを滅ぼしたいと感情の奔流に流された自分に辟易してかな
のだけど、はっきり分からない。
細かい擦り傷や、自分の呪紋式で受けた軽い炎症は、治癒促進の呪紋式で殆ど
治っているが、窓ガラスを突き破った時、棚に叩きつけれた時割れた瓶が刺さ
った刺傷裂傷は直ぐには消えてくれない。
地面に落下した時の打撲の痛みも。骨折や深い傷が無いのは幸いだけど。
「痛みは呪紋式で抑えられるけど、傷がなぁ。」
この暑いのにスカートは履けないし、長袖の服を着なければいけない事に落胆
を覚える。足や腕の裂傷はそれで隠せるとして、顔や首はどうしようもないな
ぁ。
「今日、どうしようかな。」
モッカルイア領の北東に位置するナベンスク領。モッカルイア領から高原を越
えた先にあるその領は、大きな湖が領の中心に位置する湖国と呼ばれる。その
所以は、首都であるイニャスが湖上に存在するからだ。湖の北側、水深が低い
方にその都は建設されている。
水源は当然ながら豊富だが、淡水魚や貝類も豊富でモッカルイアとは別の意味
で魚介類が楽しめる。西に行けば高原、東に行けば山間部と放牧や農業も行っ
ているため、食材も豊富だ。湖上の街は、その美しい景色を眺めながら、いろ
んな食を楽しめるため、やはり人気の観光地となっている。
今日はモッカルイア領でも、ナベンスク領の境界付近にある、ロンガデル高原
へ行く予定になっている。濃厚なチーズと、高原野菜と高原で放牧された羊の
焼き料理が堪能出来るらしい。その高原野菜と羊肉を、用意された炭火を使っ
て自分で焼いて食べるのが人気らしい。
やはり麦酒ね。
モッカルイア領は一週間くらい滞在する旅行者も多いため、海産物に飽きた人
にとっては口直しとして人気がある。もちろん、モッカルイア側もそれをわか
った上で行っているのだろう。なぜなら、ガイドと共に高原野菜を取る体験も
出来るから。
海産国と呼ばれる観光地に来てそっちも楽しめるのは、これも魅力の一つだろ
うと思う。
ただべつに、私は海産物に飽きてないけど。
いや、毎日でもいいのよ。
独りだったら行ってない可能性はあるけれど、これも旅行の醍醐味と思って楽
しもうと思っていたのだけど。
まぁ、行こうか、折角だから。
傷だらけだけど。
「どうしたのそれ!?」
シャワーを浴びて準備した私は、恒例のごとくモーニングビュッフェをヒリル
と食べるために、ホテルの一階にあるロビーで待ち合わせていた。そこで私を
見たヒリルの第一声がそれ。
「あ、おはよう。」
私は軽く目を反らして挨拶する。
「え、うん、おはよ。で?」
挨拶は返して来たが、それで誤魔化せると思ってるの?というように追及は緩
まなかった。
「夕べ、涼みに外を散歩していたら、転んで植え込みに突っ込んだのよ。恥ず
かしいからあまり聞かないで。」
私はヒリルの目を見ながら、少し恥ずかしそうに言ってみる。予想外にもヒリ
ルの反応は冷めていた。
「さ、ご飯食べに行こ。」
ヒリルは特に何も言うでもなく、私に背を向けて歩き始める。私は続いて歩こ
うとした時に、ヒリルが振り向いた。
「嘘はいらないよ。旅行に来てるんだから、楽しむ方優先したら?」
何処か寂しげな瞳を私に向けながらそう言った。私の考えが甘かったか。以前
に内容は言ってないが、命に関わる仕事をしていると言ったことを覚えていた
のだろう。本業の内容を聞かないのも、言えない事を汲み取っていると思えば、
その態度も不思議ではない。
「そう、だね。」
そんなヒリルに少し驚いて、若干言葉に詰まる。驚いてと言っても、馬鹿にし
ているとかではなく、人の事ちゃんと見てるんだなと純粋に感心した。そして
私が今ここに居る現実を改めて突き付けられた。
私、休暇で羽伸ばしに来てるんだった。
阿呆か。私。
「まったく、休暇取ったんじゃなかったの?」
先を行くヒリルが、今度は振り向かずに言ってくる。その声には呆れが混じっ
ている感じがした。いや、実際呆れているのだろう。
「休暇なのは間違いないんだけど、別ルートから無理やり圧力が・・・。」
私は溜息混じりに返した。その内ではどうやってネルカに仕返ししてやろうか
という考えと共に。そこでヒリルが立ち止り振り返ると、その顔に意地の悪い
笑みを口元に浮かべて私を見る。
「下っ端は大変ねぇ。」
な。
私が呆気に取られたのは無視して、ヒリルはさっさと食堂の中に入って行く。
「無職に言われたくないわよ。」
私はそれを追いかけながら、言い返した。
「無職だから旅行堪能できるもん。」
料理を取りながら勝ち誇った顔で言ってきやがった。おのれ。
そんなことを言いながら料理を取っていったが、それはヒリルの気遣いだった
のか、私は少し気が楽になった気がした。まったく、今日は一本取られた気分
になった。
「お昼の肉、楽しみだねぇ。」
料理をよそって、席に着くなりヒリルが言う。そのトレーに乗った皿には、ハ
ムステーキを五枚も乗せながら。いや、ハムだから加工品であり、肉ではない
のだけど。毎朝思うが、ヒリルの食欲は旺盛だ。よくそれだけ入るなとも思う。
「毎朝良く食べるわね。」
「朝しっかり食べないとね、一日を元気に始めるためには。」
と、笑顔で行ってくる。口の中にはハムステーキを詰め込みながら。それを見
た私は苦笑しながら、自分も一枚取ったハムステーキにフォークを刺し、ナイ
フで食べやすい大きさに切る。
「いや・・・。」
私は思わず吃驚したようにナイフを床に放り投げていた。手から滑るように、
私の足元に甲高い音を立てながらナイフは落ちた。
落ちたのはナイフ。
血の付いたメスではない。
ハドニクスの光景が、脳裏に過ぎっただけ。
私は震える手を見ながら、自分にそう言い聞かせる。直後に襲ってくる強烈な
吐き気を堪えながら。
「ミリア、どうしたの?大丈夫?」
心配顔のヒリルと、周囲から金属を落とした音を響かせる私に、何やってるん
だと言わんばかりの棘のある視線が私に向けられる。
「ん、大丈夫。」
「具合悪いなら、今日やめとく?」
気を使わせるのに、罪悪感を感じる。体調が悪いわけでもない。単に、自分が
弱いだけなのだから。その申し出に、誘惑されそうになるのも弱さの一旦なの
だろう。
「ううん、肉と麦酒を堪能するわ。」
私は微笑を浮かべてみたが、上手く出来たかわからない。でもヒリルには、背
を向けては駄目だと思っている。こんな私でも、向き合ってくれているのだか
ら。
「それならいいけど、無理はダメだよ。」
「うん、ありがと。」
私はヒリルにそう言うと、席を立つ。
「新しいナイフ、取ってくる。」
「うん。」
落としたナイフを拾い、使用済みの食器置き場に返した。
結局私は、ナイフを使う気にはならず、フォークだけで食べた。ええ、フォー
クで刺して丸齧りですが、いい乙女が。
私がナイフを使わない理由については、ヒリルは聞いて来なかった。ベイオス
の事件があった時に言った本業については、察しているのか聞いては来ない。
関われば命の危険に晒されるのがわかってか、私に気を使ってかは分からない。
どちらにしろ、それを汲み取ってくれる彼女の態度には感謝している。それは、
ここに来て尚更感じた。昨夜の件があって、今の状況がその思いを齎していた。
人殺しには、過ぎた友達だ。
そんなことを言ってしまえば、ヒリルは怒るだろう。いや、人殺しって時点で
その関係は壊れてしまうかもしれない。ヒリルの気遣いは本当に感謝している
のだけど、私の後ろめたさを加速させてもいる。それでも、この関係を壊した
くないと思っている私は、やっぱり卑しい人間だ。
朝食を食べ終わった私たちは、一度部屋に戻ってから再度ロビーに集合した。
が、朝はいつも通り部屋に陽射しが射し込んでいた筈なのに、今は曇天の空に
なり全て遮られていた。むしろ、雨も降りだしている。
部屋に戻った時、なんか暗いなくらいには思っていたが、そこまで気にしてい
なかった。
「あぁ、これは駄目ね。」
空を見上げる私の横で、小型端末を確認しながらヒリルが呟いた。
「どうしたの?」
私はヒリルに顔を向け聞いた。
「今日予約していた、高原の運営側からの通信で、悪天候の為中止しますだっ
てさ。」
「しょうがないわね。」
私は残念そうに呟く。
「青空の下、麦酒を飲みながら肉を焼いて食べることが出来ないなんて。」
かなり楽しみだったので、続けてそう言った。その思いは本心からだったのだ
けど、どこかでほっとしている部分もある。身体が、精神が、休息を求めてい
るからなのだろうか。羽を伸ばしに来たのに伸ばせてないじゃん、と軽口を言
えない程に私は疲弊しているのは確かだった。
「好きそうだもんね。」
ヒリルが苦笑いする。
ええ、そりゃ好きですが。
「で、今日どうしよっか?」
部屋で休みたい気もしたが、独りでいると悶々といらぬ事を考えて、負の螺旋
に囚われそうで嫌な気がした。疲れていて休みたいけど、気持ちは逆にそれを
拒否するように。
「近所で行ってない店回ったり、お茶したりは?」
「じゃ、そうしよ。」
私の提案に、ヒリルは笑顔で応じてくれた。申し訳ないと思いつつほっとしな
がら、今は甘えようと思った。
雨の所為もあってか、ランチやお茶したとは言え歩き疲れた私とヒリルは、夕
方には解散した。部屋に戻った私は、麦酒を一缶空けた時には意識が保てなく、
そのままソファーで眠ってしまった。
煩いな。
ソファーで落ちていた私を起こしたのは、扉をノックする音だった。時計を確
認すると二十時を廻ったところだ。二時間程眠っていたみたい。
「誰よ、こんな時間に。」
ぼやきながら扉に向かって、施錠を解除して開ける。外に立っていた人物を認
識すると同時に眠気が一気に飛んだ。
「なんの用?」
私はその人物、ネルカを睨みつけて言う。
「報告を聞こうと思いまして。」
そんな私の態度を歯牙にもかけず、淡々と言ってくる。
「結果ならわかってるでしょ。報道にもなってたし。」
ネルカの顔を見ていると気分が悪く、いや、胸糞悪いから今は相手にしたくな
いのだけど。
「本人からの報告は義務だと思いますが。それと話したい事もありますし。」
「手短にね。」
私はしょうがなく部屋へ招き入れる。ネルカが部屋に入るのを確認して私は扉
を閉めて施錠する。それをネルカはこちらを向いて確認していた。私は部屋の
奥に向かい、ネルカを通り過ぎる時に、皺の無いシャツの胸ぐらを掴んで壁に
叩きつける。
「くっ・・・なんの、つもりですか。」
壁に叩きつけられた事で低く苦鳴を漏らすと、疑問の表情をしながら私に問い
かけてくる。シャツを強く握り壁に押し上げるように押し付けているので、そ
の声は若干苦しそうだ。
知ったことではない。
「人手不足とか言っている割に、情報が適当過ぎなんじゃない?」
「なんの、事ですか。」
苦い表情となっているネルカだが、その口調は変わらなかった。私はシャツを
握る手に更に力を込める。
「ハドニクスが強いなんて書いてなかったじゃない。人手不足を気にするなら
担当の安全を少しでも確保出来るように詳細な情報は載せておいて欲しいわね。
それに、蒐集どころか食べていたわよ。それも書いてなかった。知っていれば
現地で戸惑う事もなかったのに。危険で胸糞悪い仕事させて、担当が辞めない
とでも思ってるわけ!?」
声は大きくせず、それでも不満を叩きつけるように私は言った。ネルカは私が
シャツを掴んでいる手を、軽くたたく。一気にまくしたてた私は、少し気が晴
れたのか、ネルカのシャツを離していた。
「そんな人材は求めていない、だから人手不足なんですよ。それを理解してい
ると思いましたが。」
ネルカの口調は変わらなかったが、視線には冷酷さが浮かんでいた。私はそれ
を受けて睨み返す。
「その場所に確実に居る、その情報を元に依頼しているんです。そこにどんな
事情があろうと、どんな出来事が起きようと、臨機応変に対応出来完遂する人
材が必要なんですよ。情報が違っている?情報が不足している?こんな事が起
きると思っていなかった?こんな仕事は求めてない?気分が悪い?そんな不満
なんて求めてはいない。我々の情報に対して、確実な結果。それだけが求めら
れる。あなたは勘違いしているようだから、この際はっきり言わせてもらいま
す。」
ネルカは畳み掛けるように私に言葉を浴びせた、静かな口調で。私は、確かに
勘違いしていた。おそらく末端でこの仕事している人たちは、私と同じような
ものなのだろう。情報に不満や、実際の仕事の不満を抱えている。だが、司法
裁院が求めているのは確実に業務を遂行する能力だけなんだ。
「正直、がっかりしました。上層部があなたに接触すると言う事は、それなり
の覚悟、能力を備えていると踏まえ、ついでにと今回の依頼をお願いしました。
それがこんな腑抜けとは、何故上層部があなたを選んだのかまったく理解不能
ですね。」
私は、返す言葉が思いつかなかった。この仕事をする以上、求められている結
果は決まっている。仕事がどんな結果だろうと司法裁院の名前が出ることは無
い。私が死のうと死ぬまいと、それはこの仕事をしている人間、誰にでも言え
る事だ。考えが甘い、覚悟が足りない、ネルカの言葉はそんな私を蔑むように
叩きつけられた。
「で、確実に終わらせたんですよね?まだ報告は聞いていませんが。」
ネルカの冷酷な瞳は変わらなかった。その瞳は私に向けられることもなく、私
が掴んで多少乱れたシャツを整え、背広の襟を軽く引いて身なりを直していた。
ネルカの瞳はおそらく、私を見る目はもう変わらないだろうと思わせた。失望
などではなく、単に蔑むようなその目は。使えない人材に興味はないと。
「それは、間違いなく。」
私は搾るように声を出した。その行為も、その認識の甘さもみっともなさ過ぎ
る。
「結構。」
それだけ言うと、ネルカは部屋の入口に向かって行った。そして扉を開ける直
前でこちらを振り返る。
「それと、今回の結果に関して欲を言えば、暗殺で済ませて欲しかったのです
が。屋敷ごとは派手にやらかし過ぎです。」
それに関しては何も言えない。ただ、私の感情が暴走した結果だから。私だっ
て屋敷を吹き飛ばそうなんて思ってなかった。って、こういう思いが今指摘さ
れている原因なのよね。
「まぁ、いいです。立場の理解も出来ていないようですが、私に対する暴力は
今回は不問としましょう。私からあなたに今後依頼することは、もうありませ
んから。」
黙っている私に、ネルカはそれを最後の言葉に部屋を出て行った。
私はその場に呆然と佇んだ。自分自身が、あまりにも惨めだった。その現実を
叩きつけられて。そして、膝から力が抜けると床に座り込んでしまった。崩れ
た身体に合わせて落ちるように、目から零れた雫は服と絨毯に染みを作ってい
った。
「以外にも早かったぞ。」
扉をノックもせずにその老人、キャヘスはヤングレフカの執務室に入りながら
そう言った。執務机で書類にサインをしていたヤングレフカは、部屋に入って
来たキャヘスへ鋭い視線を向ける。
「ほう。」
ヤングレフカは興味を含んだ声を発しながら、サインしていた万年筆を筆立て
に挿す。
「モフェックは少し興奮気味だったが、何に興奮しているのか聞きたくもない
ので聞いておらん。」
キャヘスはそう言いながら、ソファーへ移動して座る。ヤングレフカは机から
動こうとはせず、話の続きを促す。
「グラドリア領事の自宅である屋敷はほぼ全焼だったがな、地下室は無事だっ
たようだ。」
キャヘスの声は愉快さを感じさせるように、若干弾んでいた。それは表情にも
現れ、口の端を皮肉な笑みを浮かべるように吊り上げている。
「それで、その様子からすれば朗報なのだろう?」
ヤングレフカの問いかけも自然と軽くなったように感じられた。キャヘスはそ
の問いに頷くと、報告を続ける。
「ハドニクスは人体蒐集家だったようでな、地下室からは五百点程の品が見つ
かったそうだ。」
「はっ。大層な趣味なことだ。」
ヤングレフカは顔に、明らかな嫌悪感を浮かべる。それを気にせずにキャヘス
は続ける。
「どうやら二階にもあったらしいが、爆発で原型を留めていない。焼け落ちた
跡に硝子の破片やそれらしい痕跡が残っていたことからそう判断されていると
言っておったの。」
「結果は良いが、内容が胸糞悪い事この上ないな。」
小さな村の人口程の蒐集物を集めていたハドニクスに対し、ヤングレフカは胸
の奥底から込み上げる嫌悪感に苛立ちを覚えた。
「ハドニクスの件に関しては、間違いなくモッカルイア領の領民も犠牲となっ
ておるだろうな。」
ヤングレフカは苛立ちを隠しもせず声に乗せた。
「鑑定は難しかろうが、建前としては十分よなぁ。」
その言葉を、頷きながらキャヘスは肯定する。
「この事実はグラドリア国を糾弾するに申し分ない。犯罪者を領事として送り
込んでいたのだからな。」
表情から嫌悪は消えていなかったが、それよりもこちらの事実の方が大事だと、
ヤングレフカの口調は表していた。
「当然、それを認可していたゲハート・ンシンも同罪じゃな。」
キャヘスが継いだ言葉に、ヤングレフカは頷いて言葉を続ける。
「これは予想以上の結果と言えるな。こうも我等に都合が良く事が運ぶとは思
ってもみなかったが、事が事だけに立ち回りによっては世論も動かすことが可
能だろう。」
「確かに、良い足掛かりとなるじゃろ。世論が付いて来ればナベンスク領、ア
ンテリッサ国への波及も足が速まるじゃろう。やれやれ、この老体にも鞭打た
ねばなるまいて。」
キャヘスの言葉に、ヤングレフカは頷いた後表情を引き締める。
「それについては何れ考慮するとして、まずはモッカルイア領だ。ゲハート・
ンシンの弾劾と訴追を進め、次の領主をオーメラに導く必要がある。」
「そうじゃな、早速明朝より動くとしよう。」
キャヘスはそう言うと、ソファーから立ち上がり部屋の扉へと向かう。
「宜しく頼む。」
ヤングレフカは、その背中に言葉を投げかけた。キャヘスは片手を軽く上げる
ことで応え、そのまま部屋を出ていく。扉が閉まった後、ヤングレフカはカッ
プに入っているまだ殆ど口をつけていなかった珈琲を口に含む。書類整理で淹
れたのを忘れ、今の会話中も意識には戻らなかった珈琲。そのすっかり冷めき
っていた珈琲に顔を顰めながら。
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