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イリステア大陸編(エピローグ)

最終話 心の旅立ち

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ケイは空を見上げていた。見上げるというよりは、身体じたいが上を向いているのだが。過去の傷跡の中で、仰向けになっているから。
(アリィがぼやくわけだな・・・。)
ふとケイはそんなことを思った。そんなケイに傍に居たクレアが声を掛ける。
「ごめん、父さん。」
「いい、気にするなって。」
ケイは体制も視線も動かさずにただそう言った。優しい声で。


-少し前-
「こんなところに居たのか・・・。」
林の中、木にもたれかかって座りこんでいるクレアを見つけ、ケイは声をかけた。クレアはゆっくりと顔を上げ、ケイの方を見る。目の周りは赤くなっていて、今も涙が溢れている。
「叩いたりして悪かった。」
ケイは申し訳なさそうに謝る。クレアは首を横に振ると、また俯いた。いくら十三年も前のこととはいえ、母親がここで死んだのは事実であり、その原因を作った村人を恨んでもそれは自然なこと。まだ子供であるクレアが、感情的になっても当然で、それに気遣ってやれなかった自分は親として、不味かったなとケイは思った。

「ねえ父さん・・・。」
そんなことを思っていると、クレアが話しかけてきた。俯いてるせいか、泣いてるせいか、いつも元気な声とは別にか細かった。
「なんだ?」
ケイはクレアに近づき、腰を落とすと静かな声で聞いた。クレアは顔を上げ、ケイの方を向くと、その顔はさっきまでとは違い、目には強い意志を感じるようだった。
「これから私と闘って・・・。」
予想もしなかったその言葉に、ケイは驚いた。
「手加減しなくていいから。これじゃいけないってのはわかってる。私がただ感情のままに振舞ったってなんの解決にもならないことも。でも、少しくらいは私の気持ちも察して欲しかった。今の自分の気持ちに、整理をつけるためにも。それと、あのお爺さんには後で謝るからさ。」
「俺は構わないけどな。」
(もっとも、手加減しないわけにはいかないけどな。)
心の中でケイはそう付け加えた。
「しかしなんで、闘うんだ?」
そんなことよりも、なぜそこに行き着いたのかの方が、ケイには疑問だった。
「ん~、何故かな。そんな生活に慣れてるせいか、思いっきり動いて、気分もスッキリさせたいとか思うのよね。変かな?」
クレアがちょっと照れた感じに笑う。
「いや、いいんじゃねぇか。」

「それじゃ、さっきの何も無いところで、母さんが終わった場所。私の始まりの場所にしたいから。」
「わかった。」
二人は立ち上がると、ファユリーの終焉の場所へ向かった。
-----



(手加減はするつもりでいたんだがな・・・。それでもこの様か。)
ケイは苦笑した。自分が衰えたのか?とも思ったが、歳はとったがそれ程でもないだろう。おそらくアリィもそうだ。そのアリィがぼやくほどだから、予想は出来たはずなのに、油断した自分が愚かか、とも思った。実際のところ、本気でも勝てないかもしれないとケイは思った。

「手加減なしなくていいって、言ったじゃない。」
クレアはケイを見下ろして、多少不服そうな顔をする。
「別に手加減なんかしてないさ。」
ケイはどっちともつかないような笑みをしながら言った。実際、どこからが本気か本気じゃないかは自分でもよくわからなかった。というのは、相手が自分の娘だからである。気持ちは本気だったかもしれない。でも、殺す気で闘ったわけでもない。そんな微妙なところである。
「まあいいわ。」
クレアは疑わしそうな顔で呟いた。
「気分すっきりしたし。そして、私が進むべきところも定まったし。」
「そうか。」
クレアの言葉に、ケイは何も聞かなかった。

「うん、やっぱりここが始まりなんだわ、私にとってはね。さしずめ、母さんの続きかな。」
クレアは、どことなく寂しさの漂うような笑顔をする。
(ま、そうくると思っていたけど。)
ケイにとっては、そうなるであろう結果だった。自分にとっても、ここは新たな出発点だと思っていたから。

あの日、この場所で終わってしまったわけではない。共に逝ってしまったあの二人は、きっと終わりを望んではいないと思うから。むしろ、これが始まりなのではないかと。現に、各地での闘争は絶えることは無く、今まで激化してきたのだから。きっとそれに対する問いかけでもあったのかも
しれない。そう思うと、やはりここは出発点なのだと思わざるをえないと。

(随分と遅れた出発になるけどな。)
「なに考え込んでるの?」
黙って空を見上げていたケイに、クレアが怪訝な顔で聞いてくる。
「いや、ここは俺にとっても出発点だなと、思っていたところだ。」
ケイは起きながらクレアに答える。
「やっぱそうよね。母さんが辿れなかった道、私達が歩いて行こう。」
「ああ。」
クレアとケイは頷くと、もう一度その傷跡を目に焼き付けると、その場を後に村の方へ向かった。



「お爺さん、さっきはごめんなさい。」
クレアは、傷跡のところにいた老人を探し出して、酷いことを言ったと詫びていた。どうやらこの老人は、この村の村長らしい。話を聞いたところによると、あの事件のあと前の村長は心労で倒れ、そのまま時間と共に衰退し生を終えたと。
「いや、気にすることでもない。わしも取り乱してすまなかった。生きてることでさえありがたいのに、お主らを責めたことこそすまなかった。」
老人は深くゆっくりと頭を下げた。

「別に俺らはもう気にはしてないさ。」
そうは言うものの、その言葉にはどこか冷たさがあった。
「あんたらがどうしようが、どう生きていこうが、どうこう言う権利もないしな。」
つまり、知ったことではないと含んでいたのだが、それが老人に悟られたかは定かではない。

「そういうこと言うなぁ!」
ガスッ・・・
「いでっ!・・・」
クレアがケイの足を蹴り飛ばす。突然のことに油断していたケイは、思わず間抜けな悲鳴を上げた。
「なに・・・。」
「黙って聞きなさい!」
ケイは「何すんだ。」と言おうとしたが、クレアの言葉に打ち消された。しかも指差し付きで。
「どいつもこいつも、っとにもう・・・。」
クレアはそう呟くと、ケイに向けていた指を老人に向ける。
「いい爺さん、あんたたちは前向いてかなきゃダメなのよ。傷跡?んなもんあったっていいじゃない。これから何をするかで変わるわけでしょ?それを閉ざしているのは自分自身じゃない。」
クレアは突きつけた指を戻すと、腕を組んだ。
「罪を背負うってのはそういうことでしょ?それをいつまでもうだうだ言って、だから村の雰囲気も暗いのよ。」
それを聞いたケイは、お前も酷いこと言ってるよと思わないでもなかった。

「確かに、お前さんの言うとおりだな。」
老人は笑みを零す。
「まあいいわ、後は気の持ちようだし、あんまりあれこれ言っても結局は本人の問題だしね。」
クレアも笑ってみせる。
「お前さんのような娘に教えられるとはな。もっとも、そんなことすら考えられないようだから現状があるのだろうが。わしが生きてるうちは、これから変えて行こうと思うよ。」
その言葉にクレアはゆっくりと頷いた。
(これなら、きっと母さんも満足してくれるよね。)
そんな思いを胸に秘めつつ。

「ところでさ、傷跡にあった屋敷に住んでいた精魔たちは何処に向かったか知らない?」
クレアは思い出したように、話を変える。もっとも、クレアにとってこれからの目的は既に決まっていたのだが。それは、今聞いたように彼らの行方を知ることである。クレアは彼らに、言いたいことが出来たから。
「わからぬ、ただ北へ向かったらしいことしか・・・。」
老人はすまなそうに言う。
「ああ、気にしなくていいわ。それだけ聞ければ十分だし。ってことでケイ、北に向かおうね。」
クレアはケイの方を見てニッコリと微笑む。
「・・・まあ、そうくると思ってたけどな。」
それにたいし、ケイも微笑み返す。

「ってことで爺さん、いろいろ迷惑かけたな。俺らはもう行くよ。」
ケイはクレアの方を見る。クレアもその言葉に頷いた。
「待ってくれ、今日はもう遅いから、せめて今夜は家でゆっくりしていってはもらえないだろうか?」
既に出発するき満々だった二人を、老人は引き留めた。クレアはニッと笑うと、
「そうねぇ、美味しいものが出るなら考えてもいいわよ。」
と言ってみせた。その反応を見て、ケイは頭を抱える。
(おかしい・・・。どう考えてもあいつに行動パターンが似ている・・・なんでだ?)
そんな疑問を抱かずにはいられなかった。
「わかっておる、うちの女房に腕を振るわせるさ。」
「交渉成立ね。」
クレアは喜んでいたが、ケイとしてはなにが交渉なんだ?と突っ込みたかった。



「んじゃぁ世話になったな爺さん。」
ケイは老人に向かって言った。翌朝、日が昇り始めたころにはもう、村の出入り口にクレアとケイは立っていた。それを見送る老人と。
「もう来て欲しくないとは思ってない。気が向いたら寄るといい。」
「ありがとう。料理美味しかったって言っといてね。じゃ、元気で。」
クレアとケイは、その言葉が終わると背を向け歩き始めた。

歩き始めたのは村から出発という意味だけではなく、ここからが始まりという
意も含めて。



「何処に向かう?北ってなんかある?」
クレアはケイに聞いた。
「ああ、一週間も行けば、イスフィルってそれなりに大きな町がある。情報も集めやすいんじゃないか?」
ケイは少し考える素振りをしてから、そう答えた。十三年以上来ていない土地、思い出すのに時間がかかってもおかしくは無かったのだが、すぐに出てきた。
「そう。じゃ、とりあえずはイスフィル目的ね。」
「だな。」



精魔との争いをなんとかしようと歩き出すクレアを見て、当時暇つぶしから付いて行くことにしたメイとの旅立ちを、ケイは思い出していた。懐かしいような、既視感のような複雑な気分で。
「ほらケイ、さっさと行くよ。」
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