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1章
24夜 国際魔術師連盟達
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ルータスの朝は早い。
太陽が昇ると同時に目覚め、シャワーを済ませる。
朝食は寮の共用スペースである台所で、軽食を作る。
台所横に小食堂が併設されており、作った食事をすぐ食べることが出来るのだ。
朝早い時間だが丁度夜勤明けの治療部隊の者や防衛部隊の者などで、三十席あるうちの席の半分ほどが埋まっている。
今日はワンプレート皿にベーコンエッグにレタスとトマトとトーストを乗せ、トーストにはストロベリージャムとホイップクリームを塗りたくった。
フェキュイル新聞を読みながら、ルータスはアイスココアにレタスを浸す。
本日の一面記事は、全部隊統括者が交通事故に遭ったことであった。
ルータスは一面記事を、読み返す。
事故が起きた時間は、昨日の夕方六時頃。
フェキュイルで一番交通量が多い国道で、事故に遭ったとのこと。
犯人は刑期を終えて出所した前科者で、呪文のように
「俺がやりました」と「ごめんなさい」を、繰り返しているとのこと。
「死」はいつだって、不平等に襲って来る。
今朝普通に会話した人間が、帰って来なかった。
魔獣退治部隊に居ると、珍しくない話だ。
魔獣退治中に死んだ者、魔獣のウイルスにより病で死んだ者、不慮の事故で死んだ者。
数えるのを諦めてしまったくらい、死者は居る。
それでもルータスは、慣れることが出来なかった。
「どうしたの。虚無」
虚無が、兎姿のままでテーブルによじ登った。
虚無の姿を見るなり、周りの人間は黄色い声をあげて餌付けしていく。
虚無は首を横に振り、餌付けを拒んだ。
「アンタ、モテるね……」
「私は、末っ子だから」
「ああそう……」
「新聞読みたいから、読み終わったら貸して」
「りょーかい」
十分程してから、キースが起きて来た。
彼の身支度が終われば、二人と一羽で朝のランニングをするのだ。
ルータスの朝のルーティンに、すっかりキースと虚無が溶け込んでいる。
*
ランニングコースは、要塞教会の敷地内だけではない。
要塞教会に続く大通りを抜けて、そのまま東区画の方へと向かう。
東区画は魔獣退治部隊支援隊の巡回地域でもあり、朝のうちから住民の様子を見ておきたいのだ。
途中でいつきも合流して、みんなで縦一列でランニングするのだ。
東区画に差し掛かったところで、キースは異様な光景に目を丸くした。
東区画に入る道路全てが、通行止めにされているのだ。どんな細い通路すらもバリケードテープが貼られていて、猫すらも通さない。と言う、執念を感じる。
皆して、周囲を見渡す。
次々と住民達が、バリケードの外へと追いやられている。
みんな寝巻きやTシャツに短パンなどのラフな格好をしており、いかにも今起こされました。と言う風貌をしている。
住民を連行しているのは、純白のジャケットに身を包んだ魔力保持者達だ。
軍服に近いデザインの制服で、キースは顔を引き攣らせた。
みんなジャケットの下に、当たり前のように銃を仕込んでいるのだ。
いつきとルータスは、露骨に嫌そうな顔をした。
まるで苦虫を百匹ほど、噛み潰したような顔である。
「あの人達、なんなんですか?」
「国際魔術師連盟。通称LMN。魔術師達の社会安全保障と、戦争防止と、希少魔力民族の保護が主な仕事かな。あくまで魔術師間のみの組織だよ」
キースの質問に指を鳴らしながら、答えるルータス。
まるで魔獣のような殺気に、キースの喉はカラカラに干上がってしまった。
今すぐにでも、殴りかかりそうな勢いだ。
「鈴星隊長! あいつらに、一言言ってやってくれよ!」
LMNの人間に、追いやられている若い男が声を上げた。
よく日焼けした身体に、金髪の角刈りの頭に、目はギョロリと開いていて、眉毛は太い。
腕と脚の皮膚を全て覆い尽くすように、彫られた刺青。
どんな人種から見ても、ややこしい人間だと分かる。
いつきは世界保安団の団員証を、すぐ近くに居るLMNの人間に、見せた。
「すみませんね。こういう者なんだけど、一体朝から何の騒ぎで?」
LMNの人間はいつきを気怠げに一瞥するも、部下に指示を与え始めた。
アッシュグレーと、黒のツートンカラーの髪。髪は段差のついたウルフカットだが、癖毛なのか横に広がりを見せている。
特徴的なのは、髪色だけではない。
大和皇国の絵巻物に出て来る鬼のような、角が彼の頭から生えている。
ピンクスピネルのような、妖しい光を放つ双眸。
曲線を描くそれは理性的な大人のような眼差しにもなり、濁りを知らぬ稚児のようにも輝くのだ。
身体つきは無駄な肉がなく、バレリーナのよう。
華奢と言うよりは、痩せ細っている。
年齢は、十代半ばくらいだろう。
軍服のような制服の至るところに、フリルやリボンがあしらわれている。
決して華美ではなく、上品なアレンジをしている。
(この人……凄い魔力だ)
魔力開花を受けてから、他者の魔力に敏感になった。
自分より魔力が強いか、弱いか。
この者は、前者だ。
「舐められてるね、隊長。しばこうか?」
ルータスは素振りを始め、虚無は虚無で杖を磨き始めている。
「やめなさい。聞こえてないだけかもしれないぞ」
「思いっきり、目合ってましたよ……」
LMNの少年は、にこりと至福の笑顔をキースに向けた。
「ごめんね。ご主人様に、程度の低い人間と話すと歯茎が腐る。って、言われてるんだ」
調子の良い、澄み切った明るい声。声音は成人した男性のもので、アンバランスさが不気味に思えてしまう。
この少年の場合は、相手を挑発するために言っているのではない。
主人から言われた言葉を心から「正しい」と思っているから、他者にも言ったのだろう。
その言葉の意味を「悪い」と認識させる必要があるので、厄介なタイプだとキースは思う。
ルータスが拳を大きく振りかざすも、いつきが全力で止めに入る。
「落ち着け、グランデスタ。プライドなんか、とっくに捨ててるよ。兄ちゃん。靴の裏舐めるから、事情教えてくれない?」
「隊長。お願いだから、プライド持って」
ツートンカラーの髪の少年は、困ったように眉尻を下げた。
「口利いたら、ご主人様に叱られるから……あっちへ行って」
「既に口利いてんだろ。歯茎腐る前に、事情話せよ」
ルータスが、少年の胸元にあるリボンを掴む。
どう見ても金持ちのお坊ちゃんに、カツアゲするチンピラの図である。
「グランデスタ、やめなさい」
ごつん。がつん。
鈍い音が、二回鳴った。
一つは、いつきがルータスの頭に拳骨を喰らわせた音。もう一つも見知らぬ女性が、少年に拳骨を喰らわせた音だ。
頭の高い位置で結んだ一つ結びの淡いブルーグリーン髪の毛が、彼女の動きに合わせて揺れる。
彼女の豊麗に成熟した身体は、女性の影をも光に変えている。
少年と同じ制服を着ているので、LMNの人間だろう。
年齢は、二十代前半に見える。
「あんた、また騒ぎ起こしてるの!?」
ピアノのような可憐な女の声が、辺り一帯に響き渡った。
「だ、だって。歯茎腐るって言ってるのに、この人達が話しかけて来るから」
「俺は、話しかけてないです。巻き込まないで下さい。主に、ルータス先輩です」
いつきが「確かに」と、小さく首肯した。
LMNの少年は、下瞼を指で伸ばし舌も垂らして挑発して来る。
女性はまた少年に拳骨を喰らわせて、深く頭を下げた。
「うちの部下がとんだ無礼を働き、申し訳ありませんでした。私は、リゼステリア スノーベル準二等魔導師です。国際魔術師の所属は、魔術師犯罪捜査一課です。こっちは导鸰。まだ所属が決まってない、見習いです」
魔導師。その単語に、いつきは仰々しく頭を下げた。
それもそのはず。魔導師は大気中の魔力を扱う能力があり、許可されている存在だからだ。
魔術師は自身の魔力を扱い免許が不要に対して、魔導師は大気中の魔力まで操り鬼門と名高い免許が必要なのである。
魔導師を生業としている者は、大気中の魔力の濃度の調整や測量が仕事だと思っていた。
「魔導師なのに、警察みたいな真似してるの?」
虚無の疑問に、リゼステリアは苦笑した。
「LMNには、腐るほど魔導師は居るんです。特別な才能がないと、魔導師らしい仕事は与えられない。私には、才能が無かっただけの話です」
「準二等止まりだもんね」
「五月蝿いわね!」
横でいつきが「充分エリートだろ……」と、薄い笑みを浮かべている。
「それで住民を追い出して、何しようとしていたの?」
ルータスの質問に、リゼステリアは罰が悪そうに目を伏せた。
「昨晩の通り魔事件で魔術痕が消されたことは、ご存知ですか?」
「ああうん。昨日も、話題になったよ。完全犯罪みたいだな。って」
リゼステリアが、小さく頷く。
「はい。魔術痕を消せる魔術師を野放しにしたら、犯罪者の楽園になります。ですから、何が何でも捕まえないといけない。って、今回の捜査任務が加わったんです」
「具体的に、どう調べるんです?」
いつきの尤もな質問に、リゼステリアは短く息を吐いた。
「東区画の魔力を解析して、魔力全てを虱潰しに調べるそうです。家庭用マシンや、使い魔、東区画に住んでる魔術師の魔力パターンも……全て」
とんでもなく、骨が折れる作業ではないか。
キース達みんなが、リゼステリアに同情の目を向けた。
「ですから、少しでも現場を荒らさないで欲しいんです。住民を追い出してるのも、検出作業中にセンサーに反応しないようにする為なので」
ルータスが目に見えて、イライラしている。
「そんな大掛かりな捜査なら、せめて昨日のうちに住民に連絡下ろさないといけないでしょう」
いつきの言葉に、リゼステリアと导鸰は、不意に脇腹を突かれたかのように顔を見合わせた。
「え、何? 反論あるなら、聞くけど?」
ルータスが、拳を握りながら言う。虚無は、ギロチンを召喚して刃の研磨を始めた。
「何故我々が、人間に遠慮しないといけないんですか?」
导鸰の言葉に、みんなが首を傾げる。
君達も、同じ人間ですよね。
遠慮とかそう言う話じゃなくて、連絡をしないと困る。って、話をしてるんだ。
言葉が通じない人種か。殴るしかないな。
生かしては、おけない。始末するか……。
四者四様思うことはあるが口には出さず、相手の言葉を待った。
「人間なんて、魔術師を産む為の道具でしょう? 我々の方が神に近いんだから、人間なんてどう使おうが自由ですよね」
何を言われたか、意味を即座に理解出来なかった。
とんでもなく危ない思想の持ち主であることだけは、理解出来る。
リゼステリアは慌てて导鸰の首根っこを掴み、言葉の訂正を求めた。
しかし、彼が応じることは無かった。
「そんな訳で、下等民族に割く時間はないんです。出て行って下さい」
导鸰が、バリケードテープを街灯と街灯を結ぶようにぐるぐる巻きに貼った。
「始末書なら書くから、しばいて良い?」
「ルータスは、お子様だね。こう言うのは、相手が一番困る方法でやり返すんだよ」
虚無が満面の笑顔で、バリケードテープの隙間から数多の道具を投げ入れた。
霧を放つボールに、七色に光る兎型の置物、優しいメロディーを奏でる音楽プレイヤー、対象をどこまでも追いかける蝶々、小型爆弾まであるではないか。
それら全てが魔力を用いた道具なので、LMNが設置したセンサーがものすごい頻度で警報音を響かせている。
LMMの人間達も、悲鳴を上げている。
「虚無ちゃん……それくらいで」
「何故? 私が魔力に還るまで、道具は止まらないよ」
何かの本で、読んだことがある。
悪魔には、悪魔をぶつけるべし。
今この瞬間、その意味がキースは分かった。
太陽が昇ると同時に目覚め、シャワーを済ませる。
朝食は寮の共用スペースである台所で、軽食を作る。
台所横に小食堂が併設されており、作った食事をすぐ食べることが出来るのだ。
朝早い時間だが丁度夜勤明けの治療部隊の者や防衛部隊の者などで、三十席あるうちの席の半分ほどが埋まっている。
今日はワンプレート皿にベーコンエッグにレタスとトマトとトーストを乗せ、トーストにはストロベリージャムとホイップクリームを塗りたくった。
フェキュイル新聞を読みながら、ルータスはアイスココアにレタスを浸す。
本日の一面記事は、全部隊統括者が交通事故に遭ったことであった。
ルータスは一面記事を、読み返す。
事故が起きた時間は、昨日の夕方六時頃。
フェキュイルで一番交通量が多い国道で、事故に遭ったとのこと。
犯人は刑期を終えて出所した前科者で、呪文のように
「俺がやりました」と「ごめんなさい」を、繰り返しているとのこと。
「死」はいつだって、不平等に襲って来る。
今朝普通に会話した人間が、帰って来なかった。
魔獣退治部隊に居ると、珍しくない話だ。
魔獣退治中に死んだ者、魔獣のウイルスにより病で死んだ者、不慮の事故で死んだ者。
数えるのを諦めてしまったくらい、死者は居る。
それでもルータスは、慣れることが出来なかった。
「どうしたの。虚無」
虚無が、兎姿のままでテーブルによじ登った。
虚無の姿を見るなり、周りの人間は黄色い声をあげて餌付けしていく。
虚無は首を横に振り、餌付けを拒んだ。
「アンタ、モテるね……」
「私は、末っ子だから」
「ああそう……」
「新聞読みたいから、読み終わったら貸して」
「りょーかい」
十分程してから、キースが起きて来た。
彼の身支度が終われば、二人と一羽で朝のランニングをするのだ。
ルータスの朝のルーティンに、すっかりキースと虚無が溶け込んでいる。
*
ランニングコースは、要塞教会の敷地内だけではない。
要塞教会に続く大通りを抜けて、そのまま東区画の方へと向かう。
東区画は魔獣退治部隊支援隊の巡回地域でもあり、朝のうちから住民の様子を見ておきたいのだ。
途中でいつきも合流して、みんなで縦一列でランニングするのだ。
東区画に差し掛かったところで、キースは異様な光景に目を丸くした。
東区画に入る道路全てが、通行止めにされているのだ。どんな細い通路すらもバリケードテープが貼られていて、猫すらも通さない。と言う、執念を感じる。
皆して、周囲を見渡す。
次々と住民達が、バリケードの外へと追いやられている。
みんな寝巻きやTシャツに短パンなどのラフな格好をしており、いかにも今起こされました。と言う風貌をしている。
住民を連行しているのは、純白のジャケットに身を包んだ魔力保持者達だ。
軍服に近いデザインの制服で、キースは顔を引き攣らせた。
みんなジャケットの下に、当たり前のように銃を仕込んでいるのだ。
いつきとルータスは、露骨に嫌そうな顔をした。
まるで苦虫を百匹ほど、噛み潰したような顔である。
「あの人達、なんなんですか?」
「国際魔術師連盟。通称LMN。魔術師達の社会安全保障と、戦争防止と、希少魔力民族の保護が主な仕事かな。あくまで魔術師間のみの組織だよ」
キースの質問に指を鳴らしながら、答えるルータス。
まるで魔獣のような殺気に、キースの喉はカラカラに干上がってしまった。
今すぐにでも、殴りかかりそうな勢いだ。
「鈴星隊長! あいつらに、一言言ってやってくれよ!」
LMNの人間に、追いやられている若い男が声を上げた。
よく日焼けした身体に、金髪の角刈りの頭に、目はギョロリと開いていて、眉毛は太い。
腕と脚の皮膚を全て覆い尽くすように、彫られた刺青。
どんな人種から見ても、ややこしい人間だと分かる。
いつきは世界保安団の団員証を、すぐ近くに居るLMNの人間に、見せた。
「すみませんね。こういう者なんだけど、一体朝から何の騒ぎで?」
LMNの人間はいつきを気怠げに一瞥するも、部下に指示を与え始めた。
アッシュグレーと、黒のツートンカラーの髪。髪は段差のついたウルフカットだが、癖毛なのか横に広がりを見せている。
特徴的なのは、髪色だけではない。
大和皇国の絵巻物に出て来る鬼のような、角が彼の頭から生えている。
ピンクスピネルのような、妖しい光を放つ双眸。
曲線を描くそれは理性的な大人のような眼差しにもなり、濁りを知らぬ稚児のようにも輝くのだ。
身体つきは無駄な肉がなく、バレリーナのよう。
華奢と言うよりは、痩せ細っている。
年齢は、十代半ばくらいだろう。
軍服のような制服の至るところに、フリルやリボンがあしらわれている。
決して華美ではなく、上品なアレンジをしている。
(この人……凄い魔力だ)
魔力開花を受けてから、他者の魔力に敏感になった。
自分より魔力が強いか、弱いか。
この者は、前者だ。
「舐められてるね、隊長。しばこうか?」
ルータスは素振りを始め、虚無は虚無で杖を磨き始めている。
「やめなさい。聞こえてないだけかもしれないぞ」
「思いっきり、目合ってましたよ……」
LMNの少年は、にこりと至福の笑顔をキースに向けた。
「ごめんね。ご主人様に、程度の低い人間と話すと歯茎が腐る。って、言われてるんだ」
調子の良い、澄み切った明るい声。声音は成人した男性のもので、アンバランスさが不気味に思えてしまう。
この少年の場合は、相手を挑発するために言っているのではない。
主人から言われた言葉を心から「正しい」と思っているから、他者にも言ったのだろう。
その言葉の意味を「悪い」と認識させる必要があるので、厄介なタイプだとキースは思う。
ルータスが拳を大きく振りかざすも、いつきが全力で止めに入る。
「落ち着け、グランデスタ。プライドなんか、とっくに捨ててるよ。兄ちゃん。靴の裏舐めるから、事情教えてくれない?」
「隊長。お願いだから、プライド持って」
ツートンカラーの髪の少年は、困ったように眉尻を下げた。
「口利いたら、ご主人様に叱られるから……あっちへ行って」
「既に口利いてんだろ。歯茎腐る前に、事情話せよ」
ルータスが、少年の胸元にあるリボンを掴む。
どう見ても金持ちのお坊ちゃんに、カツアゲするチンピラの図である。
「グランデスタ、やめなさい」
ごつん。がつん。
鈍い音が、二回鳴った。
一つは、いつきがルータスの頭に拳骨を喰らわせた音。もう一つも見知らぬ女性が、少年に拳骨を喰らわせた音だ。
頭の高い位置で結んだ一つ結びの淡いブルーグリーン髪の毛が、彼女の動きに合わせて揺れる。
彼女の豊麗に成熟した身体は、女性の影をも光に変えている。
少年と同じ制服を着ているので、LMNの人間だろう。
年齢は、二十代前半に見える。
「あんた、また騒ぎ起こしてるの!?」
ピアノのような可憐な女の声が、辺り一帯に響き渡った。
「だ、だって。歯茎腐るって言ってるのに、この人達が話しかけて来るから」
「俺は、話しかけてないです。巻き込まないで下さい。主に、ルータス先輩です」
いつきが「確かに」と、小さく首肯した。
LMNの少年は、下瞼を指で伸ばし舌も垂らして挑発して来る。
女性はまた少年に拳骨を喰らわせて、深く頭を下げた。
「うちの部下がとんだ無礼を働き、申し訳ありませんでした。私は、リゼステリア スノーベル準二等魔導師です。国際魔術師の所属は、魔術師犯罪捜査一課です。こっちは导鸰。まだ所属が決まってない、見習いです」
魔導師。その単語に、いつきは仰々しく頭を下げた。
それもそのはず。魔導師は大気中の魔力を扱う能力があり、許可されている存在だからだ。
魔術師は自身の魔力を扱い免許が不要に対して、魔導師は大気中の魔力まで操り鬼門と名高い免許が必要なのである。
魔導師を生業としている者は、大気中の魔力の濃度の調整や測量が仕事だと思っていた。
「魔導師なのに、警察みたいな真似してるの?」
虚無の疑問に、リゼステリアは苦笑した。
「LMNには、腐るほど魔導師は居るんです。特別な才能がないと、魔導師らしい仕事は与えられない。私には、才能が無かっただけの話です」
「準二等止まりだもんね」
「五月蝿いわね!」
横でいつきが「充分エリートだろ……」と、薄い笑みを浮かべている。
「それで住民を追い出して、何しようとしていたの?」
ルータスの質問に、リゼステリアは罰が悪そうに目を伏せた。
「昨晩の通り魔事件で魔術痕が消されたことは、ご存知ですか?」
「ああうん。昨日も、話題になったよ。完全犯罪みたいだな。って」
リゼステリアが、小さく頷く。
「はい。魔術痕を消せる魔術師を野放しにしたら、犯罪者の楽園になります。ですから、何が何でも捕まえないといけない。って、今回の捜査任務が加わったんです」
「具体的に、どう調べるんです?」
いつきの尤もな質問に、リゼステリアは短く息を吐いた。
「東区画の魔力を解析して、魔力全てを虱潰しに調べるそうです。家庭用マシンや、使い魔、東区画に住んでる魔術師の魔力パターンも……全て」
とんでもなく、骨が折れる作業ではないか。
キース達みんなが、リゼステリアに同情の目を向けた。
「ですから、少しでも現場を荒らさないで欲しいんです。住民を追い出してるのも、検出作業中にセンサーに反応しないようにする為なので」
ルータスが目に見えて、イライラしている。
「そんな大掛かりな捜査なら、せめて昨日のうちに住民に連絡下ろさないといけないでしょう」
いつきの言葉に、リゼステリアと导鸰は、不意に脇腹を突かれたかのように顔を見合わせた。
「え、何? 反論あるなら、聞くけど?」
ルータスが、拳を握りながら言う。虚無は、ギロチンを召喚して刃の研磨を始めた。
「何故我々が、人間に遠慮しないといけないんですか?」
导鸰の言葉に、みんなが首を傾げる。
君達も、同じ人間ですよね。
遠慮とかそう言う話じゃなくて、連絡をしないと困る。って、話をしてるんだ。
言葉が通じない人種か。殴るしかないな。
生かしては、おけない。始末するか……。
四者四様思うことはあるが口には出さず、相手の言葉を待った。
「人間なんて、魔術師を産む為の道具でしょう? 我々の方が神に近いんだから、人間なんてどう使おうが自由ですよね」
何を言われたか、意味を即座に理解出来なかった。
とんでもなく危ない思想の持ち主であることだけは、理解出来る。
リゼステリアは慌てて导鸰の首根っこを掴み、言葉の訂正を求めた。
しかし、彼が応じることは無かった。
「そんな訳で、下等民族に割く時間はないんです。出て行って下さい」
导鸰が、バリケードテープを街灯と街灯を結ぶようにぐるぐる巻きに貼った。
「始末書なら書くから、しばいて良い?」
「ルータスは、お子様だね。こう言うのは、相手が一番困る方法でやり返すんだよ」
虚無が満面の笑顔で、バリケードテープの隙間から数多の道具を投げ入れた。
霧を放つボールに、七色に光る兎型の置物、優しいメロディーを奏でる音楽プレイヤー、対象をどこまでも追いかける蝶々、小型爆弾まであるではないか。
それら全てが魔力を用いた道具なので、LMNが設置したセンサーがものすごい頻度で警報音を響かせている。
LMMの人間達も、悲鳴を上げている。
「虚無ちゃん……それくらいで」
「何故? 私が魔力に還るまで、道具は止まらないよ」
何かの本で、読んだことがある。
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今この瞬間、その意味がキースは分かった。
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