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0章
9夜 アリス イン フード
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ガタゴトと揺れる音で、キースは目を覚ました。
室内は狭く、薄暗く、寒い。挙句、窓もないのである。
外は太陽が登っているのか、星々が歌っているのか分からない。
鉄格子の扉を見て、キースの喉はヒュッと鳴った。
郵便受けのような小さい戸があるが、これは食事を支給する為の物だろう。
胴体も縄でぐるぐるに拘束されている自身の身体を見て、キースは溜息しか出なかった。
米俵のように地べたにうつ伏せで寝かされて、逆らう気力すら起きない。
殴られ続けたキースの顔面は、パンパンに腫れている。滴る鼻血は止まったようだが、むせ返るような鉄の味が口の中で暴れている。
腕や脚の切り傷や刺し傷の後を見て、気を失う前のことを思い出して来た。
あの後。キースとルータスは、敗北した。
二人と対峙した集団は、皆して白いローブを着ていたのを覚えている。
個々の戦闘能力が非常に高く、素人から見ても「選ばれし精鋭部隊」であることが分かった。
白いローブの背中は環十字架のマークがあり、このマークは世界保安団の象徴だ。
世界という輪の、秩序や平和を守る。と言う意味が、込めてられているらしい。
そんな世界保安団の白ローブ集団の人数は自分達と対峙した人数だけで、十数名。伏兵は何人居たのか、分からない。
白ローブの集団は、ルータスの言葉通りの残虐な人間だった。
あんな奴らを相手に敗北が見えた戦いなのに、ルータスは最後までキースを守ってくれた。
(ルータスさん、大丈夫かな。酷いこと、されてないと良いけど……)
状況から察するに、この乗り物は世界保安団の所有物だろう。
自分は何処まで、連れて行かれてしまうのだろう?
コンコン。扉がノックされた。
*
「は……い」
傷の痛みに耐えながら、絞り出すような声でキースは返事した。
「失礼しますね」
姿を現したのは黒いローブを着た、自分より拳一つ分ほど背が低い人間だった。
身体付きは華奢な方で、ローブから覗く脚は生まれたての子鹿のよう。
細い首には太く重たそうな、金属性のチョーカーが巻かれている。赤い宝石が、チョーカーの真ん中できらりと光った。
声は生まれたての子犬みたいな、無垢で愛らしいものだ。
(女の人……?)
黒いローブの人間は手にスープ皿の乗った、トレーを持っている。
スープ皿からは湯気が立っており、キースには馴染みがない醤油出汁の良い香りがする。
「えっと。うどん……大和皇国のヌードルを、お持ちしました。食べられそうですか?」
「え。あ、はい。ヌードル、好きです」
キースの腹の虫も、大きな声で返事をした。
その音を聞き、ローブの女性はクスリ。と、小さく笑う。
作り立てのヌードルを、食べられるなんていつぶりだろうか?
キースはミッズガルズの人間達と食事を摂ることを、許可されていない。
その為、残飯を毎日食べているのだ。
料理はいつも冷え切っているし、食い齧った後のステーキの脂身とかばかりだ。
ソフィが気を利かせてビーフシチューを運んでくれたりすることもあるが、ミッズガルズの目を盗んでの行動だ。
犯行がバレない程の量しか、運んで貰えない。
以前ソフィの犯行がバレてしまい、彼女は三日三晩地下牢に閉じ込められた。
それ以来キースは、新しい食事を運ばなくていい。そう彼女に伝えてはいるが、キースの好きなご馳走が出たら、ソフィは持って来るのだ。
スープ皿には底が見えるくらい透明なスープの海を、うどんが泳いでいる。うどんの上には、橙色の四角いフライのようなものが置いてあった。
「えっと、このオレンジ色のは?」
「油揚げです。あっ! 王国の方は、分からないですよね。なんて言ったら良いんでしょう……薄切りの豆腐を油で揚げたものですね。口、開けられます?」
キースは言われた通り、口を開けた。黒いローブの女性はフォークにうどんを絡ませ、そのままキースの口にフォークを突っ込んだ。
「ブヘッ! あつっ! いたっ!」
「ああっ! 申し訳ありません! 刺してしまったみたいで……」
「さては、貴方、ドジっ子ですね……」
「私の名前は、ドジっ子ではないですよ?」
おまけに、天然の属性まで持っているらしい。
キースは、益々分からなくなって来た。
こんな可憐で害がない女性が、あんな残酷な人間の群れの中に居る。
余りに違和感が、多い。
「うどん、おいしいですか?」
「はい。伸びてますけど……おいしいです。ありがとうございます」
「良いお水を、使ってますからね。麺の素材や繊維が、活性化されているんです」
「はい?」
「このうどんの出汁を作るのに神力水と言う、神域の湧水を使っていまして! 万病にも効きますし、身体の細胞の活性化や血行の促進にもなるんです! 更には人間の脳にまで栄養が行き届きますので」
矢継ぎ早に水の説明を、嬉々とする黒ローブの女性。
キースは、半笑いしか浮かべられなかった。
(すごい! なに一つとして、内容が入って来ない! 悪い人ではないんだけど、怖い!!)
黒いローブの女性は頭部を覆っているローブを、下げてみせた。
姿を現したのは、桜色の髪をした愛らしい女性であった。
背中にかかる程の長い髪からは、甘い花の蜜のようないい香りがする。
昔に読んだ童話に出てくる、花の国に棲まう妖精の挿絵にそっくりだ。
大きな胡桃色の瞳は好奇心に満ちていて、キースの胸はどくんと高鳴った。
ミッズガルズに棲まうお姫様は、触れたら凍傷になりそうな悍ましさがある。
この妖精はどんな人間の心の氷さえ、溶かしてしまいそうだ。
「神力水を、飲んだ方とは兄弟同然です」
「どっちかと言うと、飲まされたんですけど」
「私、神音 爽乃です。よろしくお願いしますね」
アオト。その苗字を聞いたキースは、身動きが取れないにも関わらず、ひっくり返りそうになった。
神音家と言えば、大和皇国トップの魔術師の家である。
古くより神託を聞く巫女が居て、栄えて来た血筋。
皇国は天皇を現人神として讃えており、そんな天皇の側近のような魔術師の家だ。
ゼノ クロノス王国で言うミッズガルズのようなものなので、自分のような平民が口を聞くことなどあってはならないのである。
「申し訳ありませんでした! とんだ無礼を働きました」
縛られたままの身体で、キースは必死に頭を垂れた。
対する爽乃は、首を傾げている。
「もしかして、家柄を気にしてますか?」
「当たり前ですよ……! 俺みたいな平民……いや貧民が、話していい立ち場のお方じゃありません」
今度はケラケラと笑い出す、爽乃。
(可愛いな! この人、顔だけで生きていけるぞ!)
彼女ならば何回ドタキャンをされても許せるし、真夜中に呼びつけられても急いで駆け付ける自信がある。
「世界保安団兵は、世界の為の公僕です。階級も、家柄も関係ありませんよ? みんな、ただの人間です」
「いや、そうは、言っても」
爽乃が子鹿のような脚を、天に掲げた。
暗い室内で撮って靴底に仕込まれた、隠しナイフが煌々と光った。
「あ、あの、そのナイフ」
「まさか私が女の神音 爽乃として、話していたとお思いで? 世界保安団兵として、話をしていますが?」
「あの訳分かんない水は」
「そちらは、私の信仰です」
「プライベートじゃないですか! 貴方、ボケですね!?」
爽乃の顔が、ボッと茹で蛸のように赤くなった。
「失礼な! まだ認知症では、ありません! 話を戻しましょう。高速魔力艦のイカロスは、フェキュイル市国に向かっています。正確にはフェキュイル市国にある、我々の総本山ーー要塞教会ですね。そこで貴方は、ほぼほぼ死刑確定の異端裁判にかけられます。生き延びる方法は、二つ」
爽乃がピンと、人差し指と中指を立てた。
キースは、ごくりと唾を飲む。
「イカロスの乗組員を皆殺しにして、逃亡する。こちらは余りオススメ出来ません。一生我々に、追われることになりますから」
皆殺し。人間にとって最大の禁忌である殺人行為を、歩くくらいの軽さで言った。
キースの身体から体温が、奪われていく。
(この人は白ローブの人間達と、同じ物の考え方をしてる……! 殺すと言う選択肢が、常にある側の人間だ!)
キースの脳内警報が、鳴り続けている。
逃げなければ! 逃げなければ!
(殺される!)
爽乃は笑顔を崩さず、眉も動かさず、ナイフをキースの喉元の一寸先に突き立てた。
「二つ目。世界保安団の魔獣退治部隊兵になって、貴方のお母様が盗んだ魔装武器の主人になる」
「……え」
「なろうと思ってなれるものでは、ありませんけどね。魔装武器ーー特にゼロ世代のものは、古典魔術の叡智の結晶ですから。魔核と同調しなければ、発動出来ませんし」
「専門用語が多すぎて、理解出来ません」
爽乃は、またにこりと微笑んだ。
「貴方が生きていることに、私は賭けたいんですよ」
「どういう意味ですか?」
爽乃は、微笑みを崩さない。
「魔獣をも倒す部隊の小隊長と、統括者の補佐が貴方を殺してないんですよ? レンソイン ウェイノンの魔装武器窃盗の大罪人を、生かしてくれてるんですよ? 御恩は返すべきだと、思いませんか?」
キースの喉は、乾き切っている。一種の旱魃状態だ。
死に物狂いで唾液を垂らし、口を開く。
「あの……帝国って、脅迫罪って存在しないんですか?」
「うふふ。そんな野蛮な真似してないですよ? 提案です」
どうやら同じ言語を有していても、言葉が通じない人種らしい。
諦めの境地に、キースは入っている。
「上は、俺を始末したがってるんですよね? なんでうどんを食べさせたり、選択肢を提案してくれるんですか」
爽乃の顔から、仮面のような微笑みが消えた。
顔はサッと青くなっている。赤くなったり、青くなったり忙しい人間だ。
「そうですね。私の正義に反する行動を、白ローブさん達がとったからでしょうか」
「正義?」
「私は、道具です。貴方をただ監視だけ、していれば良い。そう命令されていますから。私達の武術は血が滲む努力の末に、会得したものです。人を殺める武術は、相応の責任を負うべきです。そんな代物を、受け身がやっと取れる素人の一般市民に向けたことが赦せないんです」
彼女が言っていることは、至極まともな道理である。
武術に触れる者が、常に頭に置いとくべき考えの基盤だ。
キースの冷え切った胸に、明かりがぼうっと燈った。
「あとは、まぁ。どうせ死ぬなら空腹で死ぬより、満腹の方が未練が残らないかな。と」
「その一言要らないです! 俺の感動を、返して下さい!」
室内は狭く、薄暗く、寒い。挙句、窓もないのである。
外は太陽が登っているのか、星々が歌っているのか分からない。
鉄格子の扉を見て、キースの喉はヒュッと鳴った。
郵便受けのような小さい戸があるが、これは食事を支給する為の物だろう。
胴体も縄でぐるぐるに拘束されている自身の身体を見て、キースは溜息しか出なかった。
米俵のように地べたにうつ伏せで寝かされて、逆らう気力すら起きない。
殴られ続けたキースの顔面は、パンパンに腫れている。滴る鼻血は止まったようだが、むせ返るような鉄の味が口の中で暴れている。
腕や脚の切り傷や刺し傷の後を見て、気を失う前のことを思い出して来た。
あの後。キースとルータスは、敗北した。
二人と対峙した集団は、皆して白いローブを着ていたのを覚えている。
個々の戦闘能力が非常に高く、素人から見ても「選ばれし精鋭部隊」であることが分かった。
白いローブの背中は環十字架のマークがあり、このマークは世界保安団の象徴だ。
世界という輪の、秩序や平和を守る。と言う意味が、込めてられているらしい。
そんな世界保安団の白ローブ集団の人数は自分達と対峙した人数だけで、十数名。伏兵は何人居たのか、分からない。
白ローブの集団は、ルータスの言葉通りの残虐な人間だった。
あんな奴らを相手に敗北が見えた戦いなのに、ルータスは最後までキースを守ってくれた。
(ルータスさん、大丈夫かな。酷いこと、されてないと良いけど……)
状況から察するに、この乗り物は世界保安団の所有物だろう。
自分は何処まで、連れて行かれてしまうのだろう?
コンコン。扉がノックされた。
*
「は……い」
傷の痛みに耐えながら、絞り出すような声でキースは返事した。
「失礼しますね」
姿を現したのは黒いローブを着た、自分より拳一つ分ほど背が低い人間だった。
身体付きは華奢な方で、ローブから覗く脚は生まれたての子鹿のよう。
細い首には太く重たそうな、金属性のチョーカーが巻かれている。赤い宝石が、チョーカーの真ん中できらりと光った。
声は生まれたての子犬みたいな、無垢で愛らしいものだ。
(女の人……?)
黒いローブの人間は手にスープ皿の乗った、トレーを持っている。
スープ皿からは湯気が立っており、キースには馴染みがない醤油出汁の良い香りがする。
「えっと。うどん……大和皇国のヌードルを、お持ちしました。食べられそうですか?」
「え。あ、はい。ヌードル、好きです」
キースの腹の虫も、大きな声で返事をした。
その音を聞き、ローブの女性はクスリ。と、小さく笑う。
作り立てのヌードルを、食べられるなんていつぶりだろうか?
キースはミッズガルズの人間達と食事を摂ることを、許可されていない。
その為、残飯を毎日食べているのだ。
料理はいつも冷え切っているし、食い齧った後のステーキの脂身とかばかりだ。
ソフィが気を利かせてビーフシチューを運んでくれたりすることもあるが、ミッズガルズの目を盗んでの行動だ。
犯行がバレない程の量しか、運んで貰えない。
以前ソフィの犯行がバレてしまい、彼女は三日三晩地下牢に閉じ込められた。
それ以来キースは、新しい食事を運ばなくていい。そう彼女に伝えてはいるが、キースの好きなご馳走が出たら、ソフィは持って来るのだ。
スープ皿には底が見えるくらい透明なスープの海を、うどんが泳いでいる。うどんの上には、橙色の四角いフライのようなものが置いてあった。
「えっと、このオレンジ色のは?」
「油揚げです。あっ! 王国の方は、分からないですよね。なんて言ったら良いんでしょう……薄切りの豆腐を油で揚げたものですね。口、開けられます?」
キースは言われた通り、口を開けた。黒いローブの女性はフォークにうどんを絡ませ、そのままキースの口にフォークを突っ込んだ。
「ブヘッ! あつっ! いたっ!」
「ああっ! 申し訳ありません! 刺してしまったみたいで……」
「さては、貴方、ドジっ子ですね……」
「私の名前は、ドジっ子ではないですよ?」
おまけに、天然の属性まで持っているらしい。
キースは、益々分からなくなって来た。
こんな可憐で害がない女性が、あんな残酷な人間の群れの中に居る。
余りに違和感が、多い。
「うどん、おいしいですか?」
「はい。伸びてますけど……おいしいです。ありがとうございます」
「良いお水を、使ってますからね。麺の素材や繊維が、活性化されているんです」
「はい?」
「このうどんの出汁を作るのに神力水と言う、神域の湧水を使っていまして! 万病にも効きますし、身体の細胞の活性化や血行の促進にもなるんです! 更には人間の脳にまで栄養が行き届きますので」
矢継ぎ早に水の説明を、嬉々とする黒ローブの女性。
キースは、半笑いしか浮かべられなかった。
(すごい! なに一つとして、内容が入って来ない! 悪い人ではないんだけど、怖い!!)
黒いローブの女性は頭部を覆っているローブを、下げてみせた。
姿を現したのは、桜色の髪をした愛らしい女性であった。
背中にかかる程の長い髪からは、甘い花の蜜のようないい香りがする。
昔に読んだ童話に出てくる、花の国に棲まう妖精の挿絵にそっくりだ。
大きな胡桃色の瞳は好奇心に満ちていて、キースの胸はどくんと高鳴った。
ミッズガルズに棲まうお姫様は、触れたら凍傷になりそうな悍ましさがある。
この妖精はどんな人間の心の氷さえ、溶かしてしまいそうだ。
「神力水を、飲んだ方とは兄弟同然です」
「どっちかと言うと、飲まされたんですけど」
「私、神音 爽乃です。よろしくお願いしますね」
アオト。その苗字を聞いたキースは、身動きが取れないにも関わらず、ひっくり返りそうになった。
神音家と言えば、大和皇国トップの魔術師の家である。
古くより神託を聞く巫女が居て、栄えて来た血筋。
皇国は天皇を現人神として讃えており、そんな天皇の側近のような魔術師の家だ。
ゼノ クロノス王国で言うミッズガルズのようなものなので、自分のような平民が口を聞くことなどあってはならないのである。
「申し訳ありませんでした! とんだ無礼を働きました」
縛られたままの身体で、キースは必死に頭を垂れた。
対する爽乃は、首を傾げている。
「もしかして、家柄を気にしてますか?」
「当たり前ですよ……! 俺みたいな平民……いや貧民が、話していい立ち場のお方じゃありません」
今度はケラケラと笑い出す、爽乃。
(可愛いな! この人、顔だけで生きていけるぞ!)
彼女ならば何回ドタキャンをされても許せるし、真夜中に呼びつけられても急いで駆け付ける自信がある。
「世界保安団兵は、世界の為の公僕です。階級も、家柄も関係ありませんよ? みんな、ただの人間です」
「いや、そうは、言っても」
爽乃が子鹿のような脚を、天に掲げた。
暗い室内で撮って靴底に仕込まれた、隠しナイフが煌々と光った。
「あ、あの、そのナイフ」
「まさか私が女の神音 爽乃として、話していたとお思いで? 世界保安団兵として、話をしていますが?」
「あの訳分かんない水は」
「そちらは、私の信仰です」
「プライベートじゃないですか! 貴方、ボケですね!?」
爽乃の顔が、ボッと茹で蛸のように赤くなった。
「失礼な! まだ認知症では、ありません! 話を戻しましょう。高速魔力艦のイカロスは、フェキュイル市国に向かっています。正確にはフェキュイル市国にある、我々の総本山ーー要塞教会ですね。そこで貴方は、ほぼほぼ死刑確定の異端裁判にかけられます。生き延びる方法は、二つ」
爽乃がピンと、人差し指と中指を立てた。
キースは、ごくりと唾を飲む。
「イカロスの乗組員を皆殺しにして、逃亡する。こちらは余りオススメ出来ません。一生我々に、追われることになりますから」
皆殺し。人間にとって最大の禁忌である殺人行為を、歩くくらいの軽さで言った。
キースの身体から体温が、奪われていく。
(この人は白ローブの人間達と、同じ物の考え方をしてる……! 殺すと言う選択肢が、常にある側の人間だ!)
キースの脳内警報が、鳴り続けている。
逃げなければ! 逃げなければ!
(殺される!)
爽乃は笑顔を崩さず、眉も動かさず、ナイフをキースの喉元の一寸先に突き立てた。
「二つ目。世界保安団の魔獣退治部隊兵になって、貴方のお母様が盗んだ魔装武器の主人になる」
「……え」
「なろうと思ってなれるものでは、ありませんけどね。魔装武器ーー特にゼロ世代のものは、古典魔術の叡智の結晶ですから。魔核と同調しなければ、発動出来ませんし」
「専門用語が多すぎて、理解出来ません」
爽乃は、またにこりと微笑んだ。
「貴方が生きていることに、私は賭けたいんですよ」
「どういう意味ですか?」
爽乃は、微笑みを崩さない。
「魔獣をも倒す部隊の小隊長と、統括者の補佐が貴方を殺してないんですよ? レンソイン ウェイノンの魔装武器窃盗の大罪人を、生かしてくれてるんですよ? 御恩は返すべきだと、思いませんか?」
キースの喉は、乾き切っている。一種の旱魃状態だ。
死に物狂いで唾液を垂らし、口を開く。
「あの……帝国って、脅迫罪って存在しないんですか?」
「うふふ。そんな野蛮な真似してないですよ? 提案です」
どうやら同じ言語を有していても、言葉が通じない人種らしい。
諦めの境地に、キースは入っている。
「上は、俺を始末したがってるんですよね? なんでうどんを食べさせたり、選択肢を提案してくれるんですか」
爽乃の顔から、仮面のような微笑みが消えた。
顔はサッと青くなっている。赤くなったり、青くなったり忙しい人間だ。
「そうですね。私の正義に反する行動を、白ローブさん達がとったからでしょうか」
「正義?」
「私は、道具です。貴方をただ監視だけ、していれば良い。そう命令されていますから。私達の武術は血が滲む努力の末に、会得したものです。人を殺める武術は、相応の責任を負うべきです。そんな代物を、受け身がやっと取れる素人の一般市民に向けたことが赦せないんです」
彼女が言っていることは、至極まともな道理である。
武術に触れる者が、常に頭に置いとくべき考えの基盤だ。
キースの冷え切った胸に、明かりがぼうっと燈った。
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