呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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虜囚2

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教会の一室で本棚の奥に隠し通路が見つかったのと、孤児院出身の少年が連れてこられたのはほぼ同時だった。
端正な顔をした、思いのほか小綺麗な少年だ。
「この者がこれを」
少年を連れてきた騎士が指輪を差し出す。ルクレツィアの紋章の刻まれた指輪だ。
「これをどこで手に入れた」
誘拐犯が取引のために寄こした使いだろうか。ラファエロの声に怒りが滲む。
「オクタヴィア様が、」
「オクタヴィア?」
「お、王子殿下を連れて来いって」
「何だと?」
「ルクレツィア様のいる屋敷に」
要領よく簡潔に話せないのか。ラファエロは少年の肩を掴みガクガク揺さぶりたい衝動にかられた。
ルクレツィアは無事なのか。この少年は誘拐犯の使いではないのか。オクタヴィアに命じられてここにいるとしたら、彼らは今どういう状況にあるのか。
ラファエロの苛立ちや威圧が伝わったのか、少年はじりじりと後ずさった。
「はいはい、ラファエロ様、そんな恐ろしいオーラを出すのはやめましょうね。この少年から情報を引き出さねばならないのに」
横からユリウスが口を出してこなかったら、ラファエロは少年を締め上げていただろう。
「君はオクタヴィア様の使いなんですね?」
少年は助かったとばかりにユリウスの陰に隠れた。
「うん」
「お二人はご無事ですか?」
「うん」
「現場に案内するように言ったんですか?」
「そう」
「君はどうしてここに来られたんですか」
「窓から逃げ出した」
「なるほど」
大体の事情が分かり、ラファエロは即指示を飛ばした。
「二手に分かれて行動する。第一部隊はこの通路を進み、行き先を突き止めろ。残りは俺とともに来い」
「御意」
魔法騎士団の精鋭は迅速に動き出した。
「おまえ、名は何という?」
「マリオ」
少年は怯えた様子で名乗った。
「おまえがルクレツィアに仇なす者でないのなら取って食いはしない。その屋敷に案内しろ」
少年の二の腕を掴み、大股で歩き始める。
騎士の一人の馬に少年を同乗させ、一行は騎馬で件の屋敷に向かった。



「ルクレツィア、大丈夫だ。私が君を守る」
二人残された部屋で、オクタヴィアがルクレツィアの肩を抱く。ルクレツィアが怯えていると思い、安心させようとしているのだろう。確かに怖いけれど、それ以上に自分を責める気持ちの方が強い。
ルクレツィアが孤児院に通わなければこんなことにはならなかった。自分だけならまだしも、大切な姉や関係ない子どもたちを巻き添えにして――…。
「ごめんなさい」
「それは何に対する謝罪?」
「こんなことにお姉さまを巻き込んでしまって」
「巻き込まれてなんかいない。これは護衛騎士である私の失態だよ」
「そんな、違います」
パッと顔をあげると、オクタヴィアは慈愛に満ちた瞳でルクレツィアを見下ろしていた。
「子どもごと司祭を打ち抜けば、こんなことにはならなかった。だが私は一瞬だが躊躇した。君に嫌われたくなくて」
「お姉さまを嫌いになるわけがありません」
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう。涙がこみあげてきて視界がゆがんだ。
「ずっとお姉さまに謝りたかったのです。お姉さまはわたくしの護衛などすべき方ではありません。わたくしのせいでお姉さまにご苦労ばかりかけて」
「私が好きでやっていることだ。苦労などと思ったことは一度もない」
「でも……!」
ルクレツィアは俯いた。
「お母さまが亡くなったのだって……」
「馬鹿なことを。母上が亡くなったのは君のせいじゃない」
「でも、見たこともない、会ったこともない赤子のためにたった一人の母親を失ったのですよ。その時お姉さまはまだ5歳の幼子だったのに」
ルクレツィアの瞳から涙が零れ落ちた。魔力云々の問題ではない。ルクレツィアは忌子と呼ばれても仕方のない存在だ。
「まさかラファエロ殿下のあの時の言葉をそんな風に解釈して、君は自分を責めていたのか?」
ハッと思い出したようにオクタヴィアが問いかける。
「ごめんなさい」
オクタヴィアの顔を見ることができない。ルクレツィアの頬を伝って涙がぽたぽた床に落下した。
オクタヴィアがルクレツィアの両肩を掴んで顔を覗き込む。
「ルクレツィア、顔をあげて」
力なく首を振ると、右手で顎を掬われる。
「よく聞いて。母上は亡くなる前に私に言った。妹を愛してあげてと。一度も母に抱いてもらうことすらない憐れな子だと。母の分まで愛してやってほしいと」
だから姉は自分を守ってくれていたのか――…。ルクレツィアは胸を締め付けられた。
「お姉さまはもっとご自分を大切になさって。こんなわたくしのために、お姉さまが犠牲になる必要などありません」
「犠牲だと思ったことは一度もないよ。君に初めて会った日から、小さな手でこの指をぎゅっと握られた瞬間から、私はずっと君を愛してきた。今ここにいるのも私自身の意思だ。たとえ君でも、それを否定されたくない」
「ごめ、なさぃ」
涙が溢れてうまく声が出ない。
「ルクレツィア、君を愛している。君の幸せを誰よりも願っている。それを忘れないで」
抱き寄せられオクタヴィアの肩口に顔を埋めたまま、涙が止まるのをしばし待つ。ルクレツィアがすべきはめそめそ泣くことではない。オクタヴィアの愛情に値する人間になることだ。
王子妃として勤めを果たし、魔法の使い分けもできるようになって、今日のような有事の際には守られるだけではなく守る側にならなければいけない。そのためにもまずはここを脱出しなければ――…。
「ルクレツィア、誰か来る」
耳元でオクタヴィアが囁いた。ドアが開きアラン司祭が現れる。部屋の中を見回して、目を見張った。
「あの子どもは? 貴女方の拘束を解いて逃げたのか!」
物腰の柔らかな紳士然とした様子はなくなり、アランは顔をゆがめて舌打ちをした。
「仲間の子どもを見捨てて逃げるとは、人としての道理も何もあったもんじゃない」
吐き捨てられた言葉に、ルクレツィアは言いようのない怒りを感じた。
「人としての道理がないのは貴方でしょう。罪のない子どもを人質に取り人を脅すような神になど、わたくしは絶対に従いません」
「おや、ずいぶん威勢のいい聖女様ですね。しかし心配はいりません。貴女はすぐにサディール神の御心に従うようになるでしょう。神は未信者への救済方法をお示しです」
この司祭はいつから狂っていたのだろう。どうしてそれに気付けなかったのだろう。
「さあ、出発しましょう。リンダとフィリポの二人が待っていますよ」
アランは再び穏やかに微笑んだ。彼らが人質にしているのはリンダとフィリポという兄妹だった。きっとルクレツィアに懐いていることから人質に選ばれたのだろう。
「行こう、ルクレツィア」
「騎士様は物分かりがよろしい」
人質を盾に気を大きくしているのか、アランは平気で背中を晒し歩き始めた。
「まずは子どもたちを確保しよう」
耳元でオクタヴィア囁く。ルクレツィアは小さく頷き、司祭の後を追った。
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