呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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解決の糸口

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ルクレツィアの午睡の時間に、ラファエロはオクタヴィアを執務室に呼び出した。
「千二百年ぶりの全属性のつがいが子どもをつくらないなんてありえませんよ!」
「うるさい。オクタヴィアも来たことだし、情報を共有するぞ」
新年祝賀でラファエロが子を持たないという意思を明らかにしてからずっと、ユリウスはありえない、ありえないと騒ぎ立てていた。建国王カルロス以来の全属性のつがいの子が魔力的にどのような状態で生まれてくるのか、知りたい一心なのだ。
千二百年ぶりの貴重な機会を逃すわけにはいかないと、その熱心さは国王夫妻を上回るほどで、ラファエロを閉口させた。
ここ数週間、ラファエロを翻意させるべく秘文書室に通って、いろいろ調べ物をしていたらしい。
オクタヴィアにルクレツィア生誕当時の公爵家の状況を調べるよう依頼したのもユリウスである。
そして、今日その結果を3人で話し合うことになっていた。
「僕はルクレツィア様が生まれた当時のこの国の状況を調べました。創世1208年、我が国は隣国ドレインツと3年戦争の真っただ中で、北の国境線での戦闘が激化しているときでした。これが何を意味するか分かりますか!?」
全員が席に着いた途端、ユリウスが話し始めた。
「治癒魔法士が前線に動員され、王都の医療は非常に手薄になっていたんです」
質問しておきながら、本人が勝手に答えをまくしたてる。よほど話したくて仕方がなかったのだろう。
「戦前、王都にいた治癒魔法士は42人。そのうちの37名が戦場に派遣され、残った5名が王都での勤務を担っていました。たった5名ですよ」
そもそも光属性の者が少なく、治癒魔法士は非常に希少な職種だ。そのほとんどが魔法騎士団に所属し、王城勤務と派遣が行われている。
「5名では王城の昼夜勤務をまわすだけで精一杯。派遣業務は手薄になっていたんです」
「だが、ルクレツィアの母親は王妹だ。王妹の出産に治癒魔法士を派遣できなかったのか?」
降嫁したとはいえ、ジュリエッタは直系王族である。国を支える高魔力保持者の一人を簡単に見殺しにしたとは思えない。
「それなんですよ。本来派遣されるべき治癒魔法士が出産に立ち会えなかった原因は、早産ではないかと思っています」
ユリウスに視線を向けられ、オクタヴィアが口を開いた。
「君の推測通りだ。ルクレツィアは2か月余り早産だった」
「やはりそうでしたか」
ユリウスが満足そうに頷く。
「だが、治癒魔法士は立ち会っていたよ」
「そうなのですか?」
「ああ。私はまだ5歳だったが、治癒魔法士がルクレツィアの蘇生をしていたのを覚えている」
「ルクレツィアの蘇生だと?」
愛しいつがいの名にラファエロが反応する。
「出生直後、ルクレツィアは息をしていませんでした。母上は子宮からの出血が止まりませんでしたが、派遣された治癒魔法士はルクレツィアの蘇生に力を使い果たし、母上の治癒が行えなかったそうです」
褐色の瞳に痛ましい色が浮かぶ。
よくその状況で、ルクレツィアを恨まなかったものだ。本人には何の責任もないことだが、ルクレツィアのせいで母を失ったと考えなかったのだろうか。
しかし、ラファエロはそれを口には出さなかった。オクタヴィアが妹を溺愛する姉だからこそ、今の関係が成り立っている。それに水を差す必要はない。
「これでおわかりでしょう。ルクレツィア様にお子を産ませるのに、何の問題もないということが」
「当時に比べれば治癒魔法士の数はましかもしれない。だが貴族の人口が減り、光属性の者はさらに僅少となったはずだ。今王都には何人いる?」
オクタヴィアが納得しかねる様子で反論した。
「32人です。でもそこじゃありません。だってここに最強の全属性魔力保持者がいるんですから」
「……!」
「愛しいつがいの治癒を他人任せにするんですか?」
満面の笑みを向けられ、ラファエロは言葉を失った。
ルクレツィアの身体を他人に委ねるなどあり得ない。そんな当たり前のことをなぜ失念していたのか。
「我が家にも光属性がいれば状況は違っていたのかもしれないな」
オクタヴィアが悔しそうに呟く。
「さあ、何の障害もないことが分かったでしょう。さっさとルクレツィア様を孕ませて、僕にお子さまを見せてください」
 ユリウスは満面の笑みを浮かべた。


「ルクレツィア、おまえが望むなら子をもうけようと思う」
予想もしなかったことを言われ、ルクレツィアは呆然とラファエロを見上げた。どうして今になってラファエロは心変わりしたのだろうか。
もう自分が御子を授かることはないと諦めていた。その代わりというのもおかしいが、今は孤児院に通うことが何もよりも楽しみになっている。
与えられるばかりの人生を送ってきたルクレツィアは、初めて人の役に立つことができて孤児院で過ごす時間をかけがえのないものと感じていた。
「どうして……」
「ジュリエッタ叔母上が亡くなった当時のことを調査した」
「お母さまの……」
「ドレインツとの3年戦争最中で、王都には治癒魔法師が不足していた。その上早産という不測の事態が重なり、叔母上は命を落とした。だが、今は状況が違う。俺がついていればおまえを死なせることはない。おまえが望むなら俺の子を産ませることができる」
抱き寄せられキスで唇をふさがれる。
大きな舌で口の中を舐めまわされ頭がふわふわし始めるが、まだ話は終わっていない。
「ラファエロ様」
唇が離れたところで、ルクレツィアはなんとか声を絞り出した。
「少しだけ、待っていただけますか」
「待つ?」
「懐妊したら孤児院には行けなくなります。その間、信頼できる方に孤児院のことをお願いしたいのです」
「あてはあるのか」
「いいえ……」
「ならば王城の総務部にどうにかさせよう」
「王城の?」
「孤児たちに職を与え、自立の支援をするように計画を立てさせる」
思いがけないことを言われ、ルクレツィアは目から鱗が落ちる思いだった。職を与え自立を支援することこそ、あの子たちの将来に最も大切なことだ。それに比べたら、ルクレツィアのしてきたことは単なる気休めに過ぎなかった。
「ありがとう存じます。どうかよろしくお願い致します」
ルクレツィアは頼もしいつがいに尊敬のまなざしを向けた。


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