呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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孤児院訪問

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祝賀行事が終わり、蒼玉宮に平素と変わらぬ日常が戻ってきた。
国王夫妻からはたびたび子どもの問題について苦言を呈されているが、ラファエロは突っぱね続けている。他者に何を言われたところで、簡単に考えを変えるラファエロではない。
ただ、ルクレツィアのことだけは気懸りだ。
舞踏会の翌朝、身体を重ねてから、ルクレツィアはいつも通りに振舞っている。子どもの問題が話題になることもない。
しかし、あれ以来、どことなくルクレツィアが沈んで見え、ベッドで睦み合うときも心ここにあらずと感じることがある。以前はなかった心の距離を感じるのだ。

夕食後、居室のソファーでルクレツィアを膝に抱き寛いでいるとユリウスが現れた。
「魔力漏れ防止の新作です」
意気揚々と差し出されたのは全周性に十数個の魔石のはめ込まれたブレスレットだった。
「これをつけていると、余分な魔力がこの魔石に吸い取られる仕様なんです。試してみてください」
腕に嵌めてみる。ラファエロに対していつもは一定距離を保っているユリウスが、ラファエロの肩に手を伸ばす。
「おぉ、ほとんど漏れてないですよ。なかなかの傑作じゃないですか。これでルクレツィア様の孤児院訪問も実現できるのでは?」
ルクレツィアがぱっと顔を上げ、ラファエロを窺い見た。
これまで何度か孤児院慰問をしたいといわれてきたが、ラファエロは許可を与えなかった。
安全上の問題およびルクレツィアの魔力漏れが理由である。
実際のところは、ラファエロがルクレツィアを不特定多数の衆目に晒したくなかっただけなのだが。
しかし、期待に輝く潤んだ瞳で見上げられ、ラファエロは思い直した。
「わかった。近衛騎士団と警護について相談しよう」
ルクレツィアが元気になってくれるのならば、孤児院慰問くらいは許容範囲だ。あらかじめ教会の安全を入念に確認し、しっかり人数を割いて護衛をつければ問題ないだろう。
「ありがとうございます」
こんな明るい声を聴いたのは年始以来な気がする。笑顔を浮かべたルクレツィアを抱きしめ、ラファエロはその唇を軽く啄ばんだ。 


「王子妃殿下、おはようございます」
「おはようございます」
「殿下にはたびたび足をお運びいただき、我々一同、心より感謝しております」
「好きでしていることです。どうかいつも通りになさって。わたくしが来ることで、皆様にご負担をかけたくありません」
アラン司祭と挨拶を交わしてから、ルクレツィアは教会の裏手に向かう。
ラファエロの許可が下りて、孤児院を訪れるようになってひと月が経過した。
王都最大の孤児院であるここには、成人前の子ども40人前後が生活している。
いつものように厨房にパンやチーズ、肉や果物などの差し入れを届けさせ、子どもたちとともに2刻を過ごす。
初めは戸惑うことも多かったが、今はルクレツィアにできるささやかなお手伝いをしている。
今日も絵本の読み聞かせをして、読み書きを教えて過ごした。
「ルクレツィアさまの髪、綺麗」
「馬鹿、勝手に触るな」
少女が伸ばした手を、大きい男の子が叩き落とした。
「大丈夫よ。リンダの髪はとても綺麗な色ね」
ルクレツィアはリンダの赤みがかった金髪を撫でた。
青銀の髪は高貴な色といわれているが、ルクレツィア自身はリンダのような温かみのある色の方が好ましく感じる。
「ルクレツィア様、大好き」
身分のことなど理解していない幼子に純粋な好意を向けられるのは嬉しい。ルクレツィアはにっこり微笑んだ。
「ありがとう。わたくしもリンダのこと、大好きよ」

「ルクレツィア、そろそろ時間だよ」
「まぁ、もう? ここで過ごす時間はあっという間に終わってしまうわ」
オクタヴィアに促され、ルクレツィアは席を立った。
「みんな元気でね。ごきげんよう」
「ルクレツィア様、ありがとうございました」
「ルクレツィア様、また来てね」
「ええ、必ず」
オクタヴィアにエスコートされ、教会の中庭を通り礼拝堂に戻ってくる。
礼拝堂は王都の市民がちらほら見受けられる程度で、静寂に包まれていた。
王侯貴族の魔力の強さが国を支えているためか、ローナ王国では王族への崇拝が強く、その分教会の存在感が薄い。そうした事情で、孤児院の経営は常に厳しいのだと司祭が言っていた。

「ルクレツィア様」
呼び声に振り返ると孤児院の少年のひとりが追いかけてきた。マリオという少年だ。目線はルクレツィアよりも高く、孤児院の中で最も大きい子である。髪は濃褐色で、こうして近くで見るとわずかに緑がかった鳶色の瞳が印象的だ。市井では珍しいほど端正な顔立ちをしている。いつも掃除や畑仕事をしていて、ルクレツィアに直接話しかけてくるのはこれが初めてだった。
近づいてきた少年とルクレツィアの間に、さっとオクタヴィアが立ちふさがる。
「お姉さま、大丈夫です」
オクタヴィアが少年を見据えたまま横に退き、ルクレツィアと少年が向かい合う。どこからともなく数人の護衛騎士が現れ、ルクレツィア達を取り囲んだ。
「あんたに頼みたいことがあって」
「頼みごと、ですか」
「俺、もうすぐここを出るんだ。それで、就職の推薦状を貰えないかと思ってさ」
ルクレツィアは頷いた。
「どこか書き物のできる場所に行きましょう」
「マジで書いてくれんの?」
「ええ。いつも真面目に働いているのを知っているもの」
ルクレツィアが微笑みかけると、マリオは居心地が悪そうに下を向いた。
「ルクレツィア様、お帰りですか」
そこへアラン司祭が現れた。年は若いが責任者としてこの教会を任されていて、いつもルクレツィア一行の対応をしてくれる。
「書き物をしたいのですが、場所をお借りできますか」
「もちろんです」
アラン司祭に案内された応接室でマリオの推薦状を書き、指輪を外してルクレツィアの紋章を押す。
「ありがと」
推薦状を手渡すとマリオは言葉少なに礼を述べ、部屋を出て行った。
「時間通りに戻らないと殿下が心配する」
オクタヴィアに促され席を立つと、今度はアラン司祭に呼び止められた。
「妃殿下、お許しいただけるなら……」
「ええ、大丈夫です」
ほっとした様子で司祭が魔石の入った箱を差し出した。
手を翳し握りこぶし大の石に魔力を注ぐ。数舜で石は6色の光を放ち始めた。
魔道具を動かすための魔力も、教会にとっては貴重な寄付になるのだそうだ。
本来魔力を持たないルクレツィアだが、今では魔力漏れの心配をしなければならないほど魔力が有り余っている。これもすべてラファエロのおかげだ。
「この魔石で今日も厨房で賄いが作れるのです。妃殿下には感謝しかありません」
「また参ります。ごきげんよう」
ルクレツィア自身には何の力もなく、大したことはできない。それでも少しでも誰かの役に立てることが嬉しかった。

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