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波乱の年明け
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王城では、ルクレツィアにとって初めての新年祝賀行事が行われている。
王族が揃い3日間におよぶ謁見と晩餐会が行われ、祝賀行事の最後に王城の大ホールで舞踏会が開かれる。この舞踏会は去年成人した貴族が初めて参加する公式デビューの場でもある。ルクレツィアもデビュタントの一人だ。
ルクレツィアはラファエロに手を取られてホールに向かった。
身に纏う白いシルクのドレスには、胸を中心にたくさんの宝石が縫い込まれている。ルクレツィアには華美すぎるような気がするが、ラファエロは美しいと、良く似合っていると満足そうに笑いかけてくれた。
髪は高く結い上げられ、白い百合で飾られている。なんだか急に大人になったみたいだ。
ホールでは国王夫妻が新成人の挨拶を受けていた。
全員の挨拶が終わると、ボックスに構えていた楽団がワルツを演奏し始めた。
「ルクレツィア」
「はい」
新成人の中で最も高い地位にあるルクレツィアが最初にダンスフロアに立つ。
ラファエロのリードで1曲踊り終わると、デビュタントたちがそれぞれパートナーとともにフロアで踊り始めた。
「ルクレツィア。とても美しかったわ。行事が多くて疲れなかった? よく頑張ったわね」
国王夫妻の元に行くと王妃からねぎらいの言葉をかけられた。
「ありがとう存じます。何もかも初めてのことで夢のようでした」
給仕からワインの入ったグラスを手渡され、王族専用席からフロアを眺めながら喉を潤す。
「今年の新成人は12人か」
国王の口調は重い。
「王族も貴族も減る一方だな」
現在生存している王族は、国王夫妻、王太子ウリエル、ラファエロとルクレツィア、それから先代国王の弟夫妻と息子夫妻、孫たち。総勢11人だ。
外戚としては3大公爵家に王族の血をひく者がいるものの、直系王族は減少の一途をたどり、史上最少人数になってしまった。
「陛下、これからですわ。祝福の子のことが分かり、嫁を娶る可能性が広がったのですもの。きっとウリエルにも良い娘が見つかるでしょう」
「そうなってほしいものだ」
「ルクレツィアを迎えて久しぶりに王族が増えましたしね」
「うむ。ルクレツィアの懐妊が待ち遠しいな」
ルクレツィアは目を伏せた。
しばらくは新婚生活を楽しみたいといって、ラファエロはルクレツィアが身籠らないようにしている。しかし、国王夫妻の言うように王族の減少が顕著な今、そんな理由で子作りをしないことが許されるのだろうか。
「ルクレツィア。貴女はもともと体が丈夫ではないから、公式行事に関して無理をする必要はありませんよ。まずは御子を授かることを優先して」
なんと答えたらいいかわからず助けを求めるように見上げると、ラファエロは低い声で国王夫妻に告げた。
「俺はルクレツィアを身籠らせるつもりはありません」
「どういう意味だ」
国王が眉を顰める。
「言ったとおりの意味です。ルクレツィアに子を産ませるつもりはないと」
「何を言っている?」
「ルクレツィアの母親は出産で命を落としている。そんな危険を冒させるわけにはいきません」
「ルクレツィアは王子妃だ。子を産む義務がある」
国王の声に怒りの響きが加わるが、ラファエロは動じる様子もなく言い切った。
「俺にとってはルクレツィアがすべてだ。見たこともない、会ったこともない子どものためにルクレツィアの命を危険にさらすつもりはない」
身籠らせるつもりはないといわれていた。でもそれは新婚生活を楽しみたいからだと。今だけだと思っていたのに――。まさかこの先、一生御子を授けて貰えないなんて――…。
母ジュリエッタはルクレツィアを産んだ時に命を落とした。
父は、兄姉は、どう思っていたのだろう。
顔も見たことのないルクレツィアのために、愛する妻を失った父は――…。
会ったこともないルクレツィアのために、大切な母を失った兄と姉は――…。
公爵家の家族は一度もルクレツィアを責めたことはなかったから今まで考えたことがなかったけれど、自分が生まれたことでどれほど家族を傷つけたのだろう。
様々な思いが溢れてきて、大粒の涙が頬を伝い落ちた。
「ルクレツィア!?」
ラファエロに焦ったように名を呼ばれ、ルクレツィアは俯いた。
「……」
何か言わねばならないのかもしれないけれど、声が出ない。
この先一生ラファエロの御子を授けて貰えないショックと、突如のしかかってきた家族に対する罪悪感で気持ちが乱れ、何をどう言えばいいのかわからなかった。
「ルクレツィアは納得していないようね。あなたの独りよがりな愛情のせいで、当のルクレツィアを悲しませていることに気づいている?」
王妃の冷たい声を最後に、王族席はしんと静まり返った。
とめどなく溢れ出る涙を隠すように両手で顔を覆う。このまま消えてしまいたい――…。
そのとき、ルクレツィアの警護として控えていたオクタヴィアが進み出た。
「恐れながら、王子妃殿下はご気分が優れないご様子。離宮で休ませて差し上げたいのですが、許可いただけますか」
「許す」
国王の言葉を受け、オクタヴィアがルクレツィアの手を取った。
「ルクレツィア!」
ラファエロが立ちあがるが、国王に呼び止められた。
「おまえはここにいなさい。話は終わっていない」
ルクレツィアは国王夫妻に淑女の礼を取り、オクタヴィアとともに王城のホールを後にした。
王族が揃い3日間におよぶ謁見と晩餐会が行われ、祝賀行事の最後に王城の大ホールで舞踏会が開かれる。この舞踏会は去年成人した貴族が初めて参加する公式デビューの場でもある。ルクレツィアもデビュタントの一人だ。
ルクレツィアはラファエロに手を取られてホールに向かった。
身に纏う白いシルクのドレスには、胸を中心にたくさんの宝石が縫い込まれている。ルクレツィアには華美すぎるような気がするが、ラファエロは美しいと、良く似合っていると満足そうに笑いかけてくれた。
髪は高く結い上げられ、白い百合で飾られている。なんだか急に大人になったみたいだ。
ホールでは国王夫妻が新成人の挨拶を受けていた。
全員の挨拶が終わると、ボックスに構えていた楽団がワルツを演奏し始めた。
「ルクレツィア」
「はい」
新成人の中で最も高い地位にあるルクレツィアが最初にダンスフロアに立つ。
ラファエロのリードで1曲踊り終わると、デビュタントたちがそれぞれパートナーとともにフロアで踊り始めた。
「ルクレツィア。とても美しかったわ。行事が多くて疲れなかった? よく頑張ったわね」
国王夫妻の元に行くと王妃からねぎらいの言葉をかけられた。
「ありがとう存じます。何もかも初めてのことで夢のようでした」
給仕からワインの入ったグラスを手渡され、王族専用席からフロアを眺めながら喉を潤す。
「今年の新成人は12人か」
国王の口調は重い。
「王族も貴族も減る一方だな」
現在生存している王族は、国王夫妻、王太子ウリエル、ラファエロとルクレツィア、それから先代国王の弟夫妻と息子夫妻、孫たち。総勢11人だ。
外戚としては3大公爵家に王族の血をひく者がいるものの、直系王族は減少の一途をたどり、史上最少人数になってしまった。
「陛下、これからですわ。祝福の子のことが分かり、嫁を娶る可能性が広がったのですもの。きっとウリエルにも良い娘が見つかるでしょう」
「そうなってほしいものだ」
「ルクレツィアを迎えて久しぶりに王族が増えましたしね」
「うむ。ルクレツィアの懐妊が待ち遠しいな」
ルクレツィアは目を伏せた。
しばらくは新婚生活を楽しみたいといって、ラファエロはルクレツィアが身籠らないようにしている。しかし、国王夫妻の言うように王族の減少が顕著な今、そんな理由で子作りをしないことが許されるのだろうか。
「ルクレツィア。貴女はもともと体が丈夫ではないから、公式行事に関して無理をする必要はありませんよ。まずは御子を授かることを優先して」
なんと答えたらいいかわからず助けを求めるように見上げると、ラファエロは低い声で国王夫妻に告げた。
「俺はルクレツィアを身籠らせるつもりはありません」
「どういう意味だ」
国王が眉を顰める。
「言ったとおりの意味です。ルクレツィアに子を産ませるつもりはないと」
「何を言っている?」
「ルクレツィアの母親は出産で命を落としている。そんな危険を冒させるわけにはいきません」
「ルクレツィアは王子妃だ。子を産む義務がある」
国王の声に怒りの響きが加わるが、ラファエロは動じる様子もなく言い切った。
「俺にとってはルクレツィアがすべてだ。見たこともない、会ったこともない子どものためにルクレツィアの命を危険にさらすつもりはない」
身籠らせるつもりはないといわれていた。でもそれは新婚生活を楽しみたいからだと。今だけだと思っていたのに――。まさかこの先、一生御子を授けて貰えないなんて――…。
母ジュリエッタはルクレツィアを産んだ時に命を落とした。
父は、兄姉は、どう思っていたのだろう。
顔も見たことのないルクレツィアのために、愛する妻を失った父は――…。
会ったこともないルクレツィアのために、大切な母を失った兄と姉は――…。
公爵家の家族は一度もルクレツィアを責めたことはなかったから今まで考えたことがなかったけれど、自分が生まれたことでどれほど家族を傷つけたのだろう。
様々な思いが溢れてきて、大粒の涙が頬を伝い落ちた。
「ルクレツィア!?」
ラファエロに焦ったように名を呼ばれ、ルクレツィアは俯いた。
「……」
何か言わねばならないのかもしれないけれど、声が出ない。
この先一生ラファエロの御子を授けて貰えないショックと、突如のしかかってきた家族に対する罪悪感で気持ちが乱れ、何をどう言えばいいのかわからなかった。
「ルクレツィアは納得していないようね。あなたの独りよがりな愛情のせいで、当のルクレツィアを悲しませていることに気づいている?」
王妃の冷たい声を最後に、王族席はしんと静まり返った。
とめどなく溢れ出る涙を隠すように両手で顔を覆う。このまま消えてしまいたい――…。
そのとき、ルクレツィアの警護として控えていたオクタヴィアが進み出た。
「恐れながら、王子妃殿下はご気分が優れないご様子。離宮で休ませて差し上げたいのですが、許可いただけますか」
「許す」
国王の言葉を受け、オクタヴィアがルクレツィアの手を取った。
「ルクレツィア!」
ラファエロが立ちあがるが、国王に呼び止められた。
「おまえはここにいなさい。話は終わっていない」
ルクレツィアは国王夫妻に淑女の礼を取り、オクタヴィアとともに王城のホールを後にした。
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