呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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王妃のお茶会2

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しばらくして王妃が席を立った。
「そろそろ戻らなくてはいけない時間なの。貴女方は庭園を存分に楽しんでいってね」
あっという間に感じたけれど、半刻以上過ぎている。
「王妃殿下、本日は本当に素敵な時間をありがとうございました」
「私の人生最上のお茶会でした」
令嬢たちが席を立ち、別れの挨拶を口にする。
「ルクレツィアには迎えが来ているようね。貴女が体調を崩したらラファエロに叱られてしまうわ」
言われてみれば、四阿の外にアンナと執事のジョバンニが控えていた。
「皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルクレツィア様」
4人の令嬢と挨拶を交わし、ルクレツィアも外に向かう。
「せっかくだから庭園を散策させていただきましょう」
「クリスタルパレスの庭園に入れていただけるなんて、最初で最後かもしれないものね」
楽し気な少女たちの声を背後に聞きながら、ルクレツィアは四阿を後にした。
「お嬢様、お疲れではありませんか」
アンナが日傘をさしかけながら、ルクレツィアを出迎えた。
「とても楽しかったわ」
少し緊張したけれど、同年代の令嬢とお話しできて嬉しかった。
「ようございました」
蒼玉宮に戻る道すがら、今日会った令嬢たちの話をしているとき、ルクレツィアは右のイヤリングがないことに気づいた。
「私が探してまいります。ルクレツィア様はアンナとお戻りください」
「いいえ、わたくしが戻ります。殿下からいただいた大切なものなの」
ジョバンニの申し出を断って、ルクレツィアは踵を返した。
急ぎ足で王妃の庭園に戻る途中、先ほどの令嬢たちの声が聞こえてきた。
「まさか、ルクレツィア様に魔力がないっておっしゃるの?」
「だって先日の勅命のことを鑑みたら、他に考えようがないですわ」
「忌子を保護するようにという勅命ね。忌子が多属性・高魔力者のつがいだなんて正気なのかしら」
蔓薔薇のアーチの中にいるおかげで、ルクレツィアが聞いているとは気づいていないのだろう。
「多属性・高魔力の貴族がつがいを持てるなら良いのではないですか?」
カタリナの声だ。ユリウスの妹だけあってカタリナは考え方が革新的なのかもしれない。
「でも、呪われた忌子にかしずくなんて、私は嫌」
宰相家の令嬢であるアリアナの不満そうな声が聞こえてくる。
「お嬢様」
心配そうにこちらを覗き込むアンナに、ルクレツィアは微笑みかけた。
「わたくしは大丈夫」
魔力を持たない貴族を保護するという勅命が下ればこうなるとわかっていたはず。ルクレツィアは覚悟してあの話を進めてもらったのだ。
予想されたことが現実になってしまったのはつらいけれど、後悔はない。
「四阿に戻りましょう」
「はい」
ルクレツィアは振り返ることなく四阿に向かった。


お茶会の後、無事イヤリングをみつけて蒼玉宮に戻った時、ルクレツィアは自分がとても疲労していることに気づいた。全身が怠くて下腹部に鈍痛を感じる。
ソファーで横になろうと身じろぎしたとき、下着が濡れる嫌な感覚がして、気持ち悪さに拍車がかかった。重い体に鞭打ち洗面に行くと、下着が真っ赤に染まっていた。
出血――…。
病弱ではあっても、下血なんて初めてだ。怖い。とんでもない病気に罹ってしまったのか。こんな時、傍にいてほしいオクタヴィアは、ラファエロに代わって5日前から国境の魔道障壁に行っている。
「お嬢様、いかがなされましたか」
ドアの外からアンナに声をかけられ、ルクレツィアはのろのろとドアに歩み寄った。洗面で呆然としていたせいで、心配をかけてしまったのだろう。
「お嬢様? お顔が真っ青です」
アンナに支えられソファーに向かう。腰を掛けて隣に座ったアンナを見上げた。
「アンナ。わたくし、病気になってしまったみたい」
「どうされたのですか」
「下着に……」
思わず言い淀んでしまう。
「下着に、血が……」
やっとのことでそう言った瞬間、アンナは目を見開き立ちあがった。
「お嬢様、おめでとうございます!」
弾んだ声でそう言われ、ルクレツィアは呆然とアンナを見上げた。下着に血が付くような病気になってしまったのに、何がめでたいのだろう。
「初潮といって、お嬢様のお身体が大人の女性になった証拠でございますよ。お辛いでしょうから、今日はベッドでお過ごしください。まずはお着替えをいたしましょうね」
それからアンナはてきぱきとルクレツィアを着替えさせベッドに入れてから、初潮に関する説明をしてくれた。いわく、女性が子どもを産むために必要な身体の変化らしい。
「初潮が来ないことを気に病まれるといけないと公爵様は心配されて、お嬢様にご説明していなかったのです」
確かに十代前半に来るべきものがなければ、大人の女性になれない自分に落ち込んでいたかもしれない。
「これで安心して閨教育が受けられますね。本当におめでとうございます」
閨教育――物語でほんのりと語られることはあるが、夫婦の寝室で何が行われるのか詳しく書き込まれた書物は見たことがない。
きっとひとつベッドで寝ていっぱいキスをするのだろう。それから――…? 教育というくらいだから、もっと難しいマナー的なものがあるのかもしれない。

まもなく医師の診察を受け、腹痛のお薬を飲んでから微睡んでいると、ラファエロがルクレツィアの寝室まで様子を見に来てくれた。
「ラファエロ様……?」
左手を誰かが握っているのを感じて寝ぼけ眼を向けると、優しい色を湛えた漆黒の瞳と目が合った。
「ルクレツィア、身体は大丈夫か?」
「はい」
下腹の痛みは幾分軽減した。
「少しでもつらいところがあるなら言え」
「お薬で楽になりました」
「ルクレツィア」
響きのいいバリトンがこの上なく優しい音を奏でた。ただ名を呼ぶだけの声に深い愛情を感じる。
「ラファエロ様」
自分がラファエロのつがいであることをルクレツィアは初めて理解した。
「お慕いしております、ラファエロ様」
今まですべてが現実離れしていて口にできなかった言葉を、ようやく声に出すことができた。
切れ長の瞳が見開かれ、ラファエロがくしゃりと破顔する。
「ルクレツィア、愛している」
額にキスを受け、そこから不思議な熱がルクレツィアの全身に広がっていった。

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