14 / 48
王妃のお茶会2
しおりを挟む
しばらくして王妃が席を立った。
「そろそろ戻らなくてはいけない時間なの。貴女方は庭園を存分に楽しんでいってね」
あっという間に感じたけれど、半刻以上過ぎている。
「王妃殿下、本日は本当に素敵な時間をありがとうございました」
「私の人生最上のお茶会でした」
令嬢たちが席を立ち、別れの挨拶を口にする。
「ルクレツィアには迎えが来ているようね。貴女が体調を崩したらラファエロに叱られてしまうわ」
言われてみれば、四阿の外にアンナと執事のジョバンニが控えていた。
「皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルクレツィア様」
4人の令嬢と挨拶を交わし、ルクレツィアも外に向かう。
「せっかくだから庭園を散策させていただきましょう」
「クリスタルパレスの庭園に入れていただけるなんて、最初で最後かもしれないものね」
楽し気な少女たちの声を背後に聞きながら、ルクレツィアは四阿を後にした。
「お嬢様、お疲れではありませんか」
アンナが日傘をさしかけながら、ルクレツィアを出迎えた。
「とても楽しかったわ」
少し緊張したけれど、同年代の令嬢とお話しできて嬉しかった。
「ようございました」
蒼玉宮に戻る道すがら、今日会った令嬢たちの話をしているとき、ルクレツィアは右のイヤリングがないことに気づいた。
「私が探してまいります。ルクレツィア様はアンナとお戻りください」
「いいえ、わたくしが戻ります。殿下からいただいた大切なものなの」
ジョバンニの申し出を断って、ルクレツィアは踵を返した。
急ぎ足で王妃の庭園に戻る途中、先ほどの令嬢たちの声が聞こえてきた。
「まさか、ルクレツィア様に魔力がないっておっしゃるの?」
「だって先日の勅命のことを鑑みたら、他に考えようがないですわ」
「忌子を保護するようにという勅命ね。忌子が多属性・高魔力者のつがいだなんて正気なのかしら」
蔓薔薇のアーチの中にいるおかげで、ルクレツィアが聞いているとは気づいていないのだろう。
「多属性・高魔力の貴族がつがいを持てるなら良いのではないですか?」
カタリナの声だ。ユリウスの妹だけあってカタリナは考え方が革新的なのかもしれない。
「でも、呪われた忌子にかしずくなんて、私は嫌」
宰相家の令嬢であるアリアナの不満そうな声が聞こえてくる。
「お嬢様」
心配そうにこちらを覗き込むアンナに、ルクレツィアは微笑みかけた。
「わたくしは大丈夫」
魔力を持たない貴族を保護するという勅命が下ればこうなるとわかっていたはず。ルクレツィアは覚悟してあの話を進めてもらったのだ。
予想されたことが現実になってしまったのはつらいけれど、後悔はない。
「四阿に戻りましょう」
「はい」
ルクレツィアは振り返ることなく四阿に向かった。
お茶会の後、無事イヤリングをみつけて蒼玉宮に戻った時、ルクレツィアは自分がとても疲労していることに気づいた。全身が怠くて下腹部に鈍痛を感じる。
ソファーで横になろうと身じろぎしたとき、下着が濡れる嫌な感覚がして、気持ち悪さに拍車がかかった。重い体に鞭打ち洗面に行くと、下着が真っ赤に染まっていた。
出血――…。
病弱ではあっても、下血なんて初めてだ。怖い。とんでもない病気に罹ってしまったのか。こんな時、傍にいてほしいオクタヴィアは、ラファエロに代わって5日前から国境の魔道障壁に行っている。
「お嬢様、いかがなされましたか」
ドアの外からアンナに声をかけられ、ルクレツィアはのろのろとドアに歩み寄った。洗面で呆然としていたせいで、心配をかけてしまったのだろう。
「お嬢様? お顔が真っ青です」
アンナに支えられソファーに向かう。腰を掛けて隣に座ったアンナを見上げた。
「アンナ。わたくし、病気になってしまったみたい」
「どうされたのですか」
「下着に……」
思わず言い淀んでしまう。
「下着に、血が……」
やっとのことでそう言った瞬間、アンナは目を見開き立ちあがった。
「お嬢様、おめでとうございます!」
弾んだ声でそう言われ、ルクレツィアは呆然とアンナを見上げた。下着に血が付くような病気になってしまったのに、何がめでたいのだろう。
「初潮といって、お嬢様のお身体が大人の女性になった証拠でございますよ。お辛いでしょうから、今日はベッドでお過ごしください。まずはお着替えをいたしましょうね」
それからアンナはてきぱきとルクレツィアを着替えさせベッドに入れてから、初潮に関する説明をしてくれた。いわく、女性が子どもを産むために必要な身体の変化らしい。
「初潮が来ないことを気に病まれるといけないと公爵様は心配されて、お嬢様にご説明していなかったのです」
確かに十代前半に来るべきものがなければ、大人の女性になれない自分に落ち込んでいたかもしれない。
「これで安心して閨教育が受けられますね。本当におめでとうございます」
閨教育――物語でほんのりと語られることはあるが、夫婦の寝室で何が行われるのか詳しく書き込まれた書物は見たことがない。
きっとひとつベッドで寝ていっぱいキスをするのだろう。それから――…? 教育というくらいだから、もっと難しいマナー的なものがあるのかもしれない。
まもなく医師の診察を受け、腹痛のお薬を飲んでから微睡んでいると、ラファエロがルクレツィアの寝室まで様子を見に来てくれた。
「ラファエロ様……?」
左手を誰かが握っているのを感じて寝ぼけ眼を向けると、優しい色を湛えた漆黒の瞳と目が合った。
「ルクレツィア、身体は大丈夫か?」
「はい」
下腹の痛みは幾分軽減した。
「少しでもつらいところがあるなら言え」
「お薬で楽になりました」
「ルクレツィア」
響きのいいバリトンがこの上なく優しい音を奏でた。ただ名を呼ぶだけの声に深い愛情を感じる。
「ラファエロ様」
自分がラファエロのつがいであることをルクレツィアは初めて理解した。
「お慕いしております、ラファエロ様」
今まですべてが現実離れしていて口にできなかった言葉を、ようやく声に出すことができた。
切れ長の瞳が見開かれ、ラファエロがくしゃりと破顔する。
「ルクレツィア、愛している」
額にキスを受け、そこから不思議な熱がルクレツィアの全身に広がっていった。
「そろそろ戻らなくてはいけない時間なの。貴女方は庭園を存分に楽しんでいってね」
あっという間に感じたけれど、半刻以上過ぎている。
「王妃殿下、本日は本当に素敵な時間をありがとうございました」
「私の人生最上のお茶会でした」
令嬢たちが席を立ち、別れの挨拶を口にする。
「ルクレツィアには迎えが来ているようね。貴女が体調を崩したらラファエロに叱られてしまうわ」
言われてみれば、四阿の外にアンナと執事のジョバンニが控えていた。
「皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルクレツィア様」
4人の令嬢と挨拶を交わし、ルクレツィアも外に向かう。
「せっかくだから庭園を散策させていただきましょう」
「クリスタルパレスの庭園に入れていただけるなんて、最初で最後かもしれないものね」
楽し気な少女たちの声を背後に聞きながら、ルクレツィアは四阿を後にした。
「お嬢様、お疲れではありませんか」
アンナが日傘をさしかけながら、ルクレツィアを出迎えた。
「とても楽しかったわ」
少し緊張したけれど、同年代の令嬢とお話しできて嬉しかった。
「ようございました」
蒼玉宮に戻る道すがら、今日会った令嬢たちの話をしているとき、ルクレツィアは右のイヤリングがないことに気づいた。
「私が探してまいります。ルクレツィア様はアンナとお戻りください」
「いいえ、わたくしが戻ります。殿下からいただいた大切なものなの」
ジョバンニの申し出を断って、ルクレツィアは踵を返した。
急ぎ足で王妃の庭園に戻る途中、先ほどの令嬢たちの声が聞こえてきた。
「まさか、ルクレツィア様に魔力がないっておっしゃるの?」
「だって先日の勅命のことを鑑みたら、他に考えようがないですわ」
「忌子を保護するようにという勅命ね。忌子が多属性・高魔力者のつがいだなんて正気なのかしら」
蔓薔薇のアーチの中にいるおかげで、ルクレツィアが聞いているとは気づいていないのだろう。
「多属性・高魔力の貴族がつがいを持てるなら良いのではないですか?」
カタリナの声だ。ユリウスの妹だけあってカタリナは考え方が革新的なのかもしれない。
「でも、呪われた忌子にかしずくなんて、私は嫌」
宰相家の令嬢であるアリアナの不満そうな声が聞こえてくる。
「お嬢様」
心配そうにこちらを覗き込むアンナに、ルクレツィアは微笑みかけた。
「わたくしは大丈夫」
魔力を持たない貴族を保護するという勅命が下ればこうなるとわかっていたはず。ルクレツィアは覚悟してあの話を進めてもらったのだ。
予想されたことが現実になってしまったのはつらいけれど、後悔はない。
「四阿に戻りましょう」
「はい」
ルクレツィアは振り返ることなく四阿に向かった。
お茶会の後、無事イヤリングをみつけて蒼玉宮に戻った時、ルクレツィアは自分がとても疲労していることに気づいた。全身が怠くて下腹部に鈍痛を感じる。
ソファーで横になろうと身じろぎしたとき、下着が濡れる嫌な感覚がして、気持ち悪さに拍車がかかった。重い体に鞭打ち洗面に行くと、下着が真っ赤に染まっていた。
出血――…。
病弱ではあっても、下血なんて初めてだ。怖い。とんでもない病気に罹ってしまったのか。こんな時、傍にいてほしいオクタヴィアは、ラファエロに代わって5日前から国境の魔道障壁に行っている。
「お嬢様、いかがなされましたか」
ドアの外からアンナに声をかけられ、ルクレツィアはのろのろとドアに歩み寄った。洗面で呆然としていたせいで、心配をかけてしまったのだろう。
「お嬢様? お顔が真っ青です」
アンナに支えられソファーに向かう。腰を掛けて隣に座ったアンナを見上げた。
「アンナ。わたくし、病気になってしまったみたい」
「どうされたのですか」
「下着に……」
思わず言い淀んでしまう。
「下着に、血が……」
やっとのことでそう言った瞬間、アンナは目を見開き立ちあがった。
「お嬢様、おめでとうございます!」
弾んだ声でそう言われ、ルクレツィアは呆然とアンナを見上げた。下着に血が付くような病気になってしまったのに、何がめでたいのだろう。
「初潮といって、お嬢様のお身体が大人の女性になった証拠でございますよ。お辛いでしょうから、今日はベッドでお過ごしください。まずはお着替えをいたしましょうね」
それからアンナはてきぱきとルクレツィアを着替えさせベッドに入れてから、初潮に関する説明をしてくれた。いわく、女性が子どもを産むために必要な身体の変化らしい。
「初潮が来ないことを気に病まれるといけないと公爵様は心配されて、お嬢様にご説明していなかったのです」
確かに十代前半に来るべきものがなければ、大人の女性になれない自分に落ち込んでいたかもしれない。
「これで安心して閨教育が受けられますね。本当におめでとうございます」
閨教育――物語でほんのりと語られることはあるが、夫婦の寝室で何が行われるのか詳しく書き込まれた書物は見たことがない。
きっとひとつベッドで寝ていっぱいキスをするのだろう。それから――…? 教育というくらいだから、もっと難しいマナー的なものがあるのかもしれない。
まもなく医師の診察を受け、腹痛のお薬を飲んでから微睡んでいると、ラファエロがルクレツィアの寝室まで様子を見に来てくれた。
「ラファエロ様……?」
左手を誰かが握っているのを感じて寝ぼけ眼を向けると、優しい色を湛えた漆黒の瞳と目が合った。
「ルクレツィア、身体は大丈夫か?」
「はい」
下腹の痛みは幾分軽減した。
「少しでもつらいところがあるなら言え」
「お薬で楽になりました」
「ルクレツィア」
響きのいいバリトンがこの上なく優しい音を奏でた。ただ名を呼ぶだけの声に深い愛情を感じる。
「ラファエロ様」
自分がラファエロのつがいであることをルクレツィアは初めて理解した。
「お慕いしております、ラファエロ様」
今まですべてが現実離れしていて口にできなかった言葉を、ようやく声に出すことができた。
切れ長の瞳が見開かれ、ラファエロがくしゃりと破顔する。
「ルクレツィア、愛している」
額にキスを受け、そこから不思議な熱がルクレツィアの全身に広がっていった。
0
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
【完結済み】湖のほとりの小屋で、女は昼夜問わない休暇中。<R-18>
BBやっこ
恋愛
『[R18] オレ達と番の女は、巣篭もりで愛欲に溺れる。』
の女視点で短く、短いお話。
休暇に湖のほとり
貴族の屋敷から離れたボート小屋<といっても平民から見ると1軒屋>
3人が、いや2人と1匹が休暇中。
1人休めていない模様を描く。エロ展開。
【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった
ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。
あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。
細かいことは気にしないでください!
他サイトにも掲載しています。
注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。
入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。
国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる
一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。
そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。
それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
姉の夫の愛人になったら、溺愛監禁されました。
月夜野繭
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、憧れの騎士エルネストから求婚される。しかし、年長者から嫁がなければならないという古いしきたりのため、花嫁に選ばれたのは姉のミレーナだった。
病弱な姉が結婚や出産に耐えられるとは思えない。姉のことが大好きだったリリアーナは、自分の想いを押し殺して、後継ぎを生むために姉の身代わりとしてエルネストの愛人になるが……。
【R-18】初恋相手の義兄を忘れるために他の人と結婚しようとしたら、なぜか襲われてしまいました
桜百合
恋愛
アルメリア侯爵令嬢アリアは、跡継ぎのいない侯爵家に養子としてやってきた義兄のアンソニーに恋心を抱いていた。その想いを伝えたもののさりげなく断られ、彼への想いは叶わぬものとなってしまう。それから二年の月日が流れ、アリアは偶然アンソニーの結婚が決まったという話を耳にした。それを機にようやく自分も別の男性の元へ嫁ぐ決心をするのだが、なぜか怒った様子のアンソニーに迫られてしまう。
※ゆるふわ設定大目に見ていただけると助かります。いつもと違う作風が書いてみたくなり、書いた作品です。ヒーローヤンデレ気味。少し無理やり描写がありますのでご注意ください。メリバのようにも見えますが、本人たちは幸せなので一応ハピエンです。
※ムーンライトノベルズ様にも掲載しております。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる