呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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公爵家の忌子

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この国のインフラは、その地を治める王侯貴族の魔力によって支えられている。千年を超える安定した王政が続いてきたのはひとえに魔力の賜物で、魔力こそがローナ王国を支える礎なのである。
高位の貴族が魔力を持っていないなど、あってはならないことだ。魔力を持たない貴族の子は忌子と呼ばれ、呪われた存在と言われている。彼らは生後すぐに秘密裏に処理される。すなわち、平民街の孤児院に入れられるか、存在を亡きものにされるのだ。

ルクレツィアは生まれた時から魔力を持っていない。しかし、その容姿から、孤児院に入れることはできなかった。青銀の髪もヴィクトリアブルーの瞳も、王家に連なるものとしか思えない貴色なのだから。
加えて妻の忘れ形見であるルクレツィアを、公爵は手放すことができなかった。上の二人の子は明るい茶髪で顔立ちも公爵似であるのに対し、ルクレツィアは色も顔のつくりも亡き妻ジュリエッタに生き写しだった。
公爵は屋敷の限られたエリアで、家族と一部の使用人の手によってルクレツィアを育てた。
魔力がないせいかルクレツィアは病弱で、実年齢よりもかなり幼く見える。そんなルクレツィアが哀れで愛おしくて、公爵家の者はルクレツィアに深い愛情を注いだ。 


今年十六歳になったルクレツィアは、成人の祝いに望みを問われ王立劇場で歌劇が見たいと答えた。
魔道蓄音機で歌劇を聴くのがルクレツィアは大好きだ。一度でいいから本物の歌劇を見てみたい。しっかり頭までフードを被っていれば大丈夫だと、姉オクタヴィアも言ってくれた。高貴な人のお忍びでありがちなスタイルなのだとか。
十六歳の春、体調の良い日を選んで、ルクレツィアは初めて屋敷の外に出た。騎士スタイルのオクタヴィアにエスコートされ、憧れの王立劇場で歌劇を見る。それは夢のような体験だった。荘厳な建物もそこにいる人々も歌劇を演じる役者達もその歌声も、何もかも夢のように美しくて、ルクレツィアの心をときめかせた。
歌劇『建国王カルロス』を堪能したあとは、貴族たちの社交の時間となる。
むろんルクレツィアには縁のない世界だが、すぐに屋敷に連れ帰らず、オクタヴィアは劇場内のテラスに連れて行ってくれるという。この劇場のテラスは広大な面積を誇り、国随一の庭師が手掛けた空中庭園になっている。
初めての外出に初めての劇場。ルクレツィアの気持ちはいつになく高揚していた。浮ついていたといってもいい。自動昇降階段に乗り背後を振り返った瞬間その高さに驚き、バランスを崩してしまった。足を踏み外して体が宙に浮く。オクタヴィアの差し伸べる手に向かって必死に手を伸ばしたが、ルクレツィアは階段から落下した。
ぎゅっと目を瞑り衝撃に備える。しかし落ちた先にいた誰かが受け止めてくれた。予想よりも軽い衝撃にほっとしながら目を開くと、逞しい大人の男性に抱き留められていた。
衣服越しにも高い体温が伝わってきて、恐怖に竦んだルクレツィアの体に再び血液が循環し始める。不思議なことに、見知らぬ他人の体温がひどく心地良かった。
ルクレツィアの手足は常に冷えきっているが、この男性に触れた部分から体が温まっていく。まるで生命力が流れ込んでくるような感覚だ。
「ルクレツィア……!」
焦燥に満ちたオクタヴィアの声がして、ルクレツィアはハッとした。外套のフードがめくれて、髪が露わになっている。絶対、脱いではいけないと言われていたのに――。
「殿下、お怪我はありませんでしたか」
「大事ない」
「従妹殿、この者は?」
「……私の身内です。危ないところをありがとうございました。大丈夫かい?」
オクタヴィアの問いかけに頷く。
姉の様子から、自分を抱き留めてくれた人が高貴な方であることを察した。しかし、この状況で自分が直接口をきいていいのかルクレツィアにはわからない。そんなルクレツィアの耳を、響きの良いバリトンがくすぐった。
「ルクレツィア」
まるで愛しい者の名みたいに呟かれ、ルクレツィアは思わず顔を上げた。兄と同じ年頃と思われる二十代半ばくらいの男性が自分を見下ろしていた。漆黒の髪と瞳、塑像のように整った男性的な美しい顔。ルクレツィアは声も出せずただ見惚れた。
それから貴賓室らしきところに連れていかれ話を聞くうちに、自分がとんでもない事態を引き起こしたことを知った。
第二王子ラファエロ・デ・ローナ――ルクレツィアを助けてくれた人は王族の中でも有名な人だった。建国王カルロス以来の全属性魔力を持つという第二王子。
その王子殿下はルクレツィアを己のつがいだと主張した。同席した王妃殿下まで二人を婚約させると言い出し、ルクレツィアは恐怖に身を強張らせた。
ルクレツィアは忌子だ。
公爵家に降嫁した直系王族から魔力のない娘が生まれるなんてあってはならないことだと家庭教師は言っていた。王子妃になどなれるわけもないのに。
「どうか、お許しください。わたくしには無理です……恐れ多くて……」
必死に絞り出した声は、震え掠れていた。
「そのお話は父となさってください。今日のところは退出をお許しいただきたい」
姉の言葉で貴賓室からは解放されたが、いったいこれからどうなるのだろう。父は王子の求婚を断ることができるだろうか。ルクレツィアが忌子であることを隠し通せるだろうか。
こんな自分を愛情深く育ててくれた家族は、ルクレツィアの全世界を構成している大切な人たちだ。その家族を、劇場に行きたいという自分の我儘のせいで窮地に陥れてしまった。ルクレツィアは何をどうすればいいのかわからず途方に暮れるのだった。


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