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「ごめんなさい。ローリー兄様。許していただけるとは思っていませんが、それでも謝らせてください。私はレオンハルト様を愛しているのです」
「マリカ……」
ローレンスの顔に、理解しがたいという表情が浮かぶ。
「マリカ。あなた、幸せなのね?」
マグノリアに問われ、マリカは涙を拭いて顔をあげた。
「とても幸せです」
エアリオがため息をついた。
「どうにもわからん。おまえはローレンスを慕っていると思っていたのだが」
「お慕いしておりました。実の兄のように」
マリカのこの言葉をローレンスは理解してくれたらしい。
「わかった。君は今の婚姻関係を続けたいということなんだな?」
「はい」
「だが、君を失えば、王族に流れる妖精の血は薄くなる一方だ。それは理解できるね?」
「はい」
子どもに言い含めるように言われ、マリカは悄然とした。
ローレンスの言う通り、ネーベル王室はマリカの血を求めている。
いくらマリカがレオンハルトを愛していると言ったところで、簡単に納得してもらえる話ではないのだ。
「一つ提案がある」
「提案?」
レオンハルトが身構えた。
「君の子どもをネーベル王族に嫁がせること。娘が生まれなかったときには息子を養子として迎えたい」
「ライルは皇太子だ。他国にやることはできない」
間髪入れずレオンハルトが断ると、ネーベル側の3人はみな驚愕の表情を浮かべた。
「私は知らない間におばあさまになっていたの?」
「はい、お母さま。1歳半になる息子がおります」
「次は絶対に会わせてちょうだい」
母娘の会話の横で、ローレンスは王になる者として交渉を続けた。
「そちらの勝手な都合でマリカを奪われたのだから、譲歩はできない。マリカを手放すか、子どもの婚姻に応じるか、どちらかだ」
「……」
「レオンハルト様、私はその条件でいいと思います」
「その条件とは、婚姻や養子のことか」
マリカは頷いた。
それから両親とローレンスに問いかける。
「私は罪深い身ですが、子どもには何の咎もないこと。可愛がっていただけますか」
「もちろんだ。ネーベル王族にとって大切な子どもを粗略に扱うことはあり得ない」
「私がおまえの子を可愛がらないわけがなかろう」
ローレンスとエアリオが同意した。
「では調印を」
ローレンスはこうなることがわかっていたのかもしれない。
マリカの子どもをネーベルの王族に嫁がせること、娘が生まれなければ息子を養子縁組させること、複数の子に恵まれた場合はヒト族の外見を有する子を優先させること、13歳の誕生日に輿入 れさせること、を記した文書を取り出し調印を行った。
「それから、定期的にマリカを家族に会わせてやってほしい。叔母上はマリカを失って失意のどん底にいた。もうあんな思いをさせないでくれ」
ローレンスの言葉には以前と変わらぬ兄のような気遣いが感じられた。
レオンハルトはマグノリアに向かって頷いた。
「私が定期的に様子を見に行く。その際、マグノリアを連れて行こう。万が一、マリカが不幸だと判断した場合は、先の調印にとらわれず、私はマリカを連れて帰るからな」
エアリオはまだ不機嫌そうだ。捨て台詞を吐いて立ちあがり、天幕を出て行った。
「大丈夫よ。今のあなたならそんなことにはならないわ」
「お母さま」
「立って。あなたを抱かせてちょうだい」
マグノリアは立ちあがったマリカをすっぽりと抱き込んだ。
「こんなに小さな体で赤子を産むなんて……どんなに大変だったでしょう。あなたが無事でよかった」
頭一つ分近く長身のマグノリアから見たら、マリカはまだ子どものような体形に見えるのだろう。
「お母さま。レオンハルト様とみんなが援けてくれて、可愛い息子に恵まれて、私は幸せです」
「そう。あなたが幸せなら私はそれでいいの。次は孫と遊ばせてちょうだいね」
「はい」
頬にキスを交わしてから、マグノリアはレオンハルトに言葉をかけた。
「妖精はヒトよりも体が成熟するのが遅いの。マリカは17歳だけれど、身体は13、14歳のヒトと変わりないから……無理をさせないでやってほしいの」
レオンハルトの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「大切にする。二度と無理はさせない」
レオンハルトに頷きかけた後、マグノリアが天幕を出て行った。
最後に残ったローレンスは何とも言い難い表情でマリカを見下ろした。
「本当にこれでいいんだね?」
「はい。お兄様、ごめんなさい。ありがとう」
マリカが深々と淑女の礼をした。
「どうか、お元気で」
「君も」
ローレンスは振り返ることなく出て行った。
「マリカ……」
ローレンスの顔に、理解しがたいという表情が浮かぶ。
「マリカ。あなた、幸せなのね?」
マグノリアに問われ、マリカは涙を拭いて顔をあげた。
「とても幸せです」
エアリオがため息をついた。
「どうにもわからん。おまえはローレンスを慕っていると思っていたのだが」
「お慕いしておりました。実の兄のように」
マリカのこの言葉をローレンスは理解してくれたらしい。
「わかった。君は今の婚姻関係を続けたいということなんだな?」
「はい」
「だが、君を失えば、王族に流れる妖精の血は薄くなる一方だ。それは理解できるね?」
「はい」
子どもに言い含めるように言われ、マリカは悄然とした。
ローレンスの言う通り、ネーベル王室はマリカの血を求めている。
いくらマリカがレオンハルトを愛していると言ったところで、簡単に納得してもらえる話ではないのだ。
「一つ提案がある」
「提案?」
レオンハルトが身構えた。
「君の子どもをネーベル王族に嫁がせること。娘が生まれなかったときには息子を養子として迎えたい」
「ライルは皇太子だ。他国にやることはできない」
間髪入れずレオンハルトが断ると、ネーベル側の3人はみな驚愕の表情を浮かべた。
「私は知らない間におばあさまになっていたの?」
「はい、お母さま。1歳半になる息子がおります」
「次は絶対に会わせてちょうだい」
母娘の会話の横で、ローレンスは王になる者として交渉を続けた。
「そちらの勝手な都合でマリカを奪われたのだから、譲歩はできない。マリカを手放すか、子どもの婚姻に応じるか、どちらかだ」
「……」
「レオンハルト様、私はその条件でいいと思います」
「その条件とは、婚姻や養子のことか」
マリカは頷いた。
それから両親とローレンスに問いかける。
「私は罪深い身ですが、子どもには何の咎もないこと。可愛がっていただけますか」
「もちろんだ。ネーベル王族にとって大切な子どもを粗略に扱うことはあり得ない」
「私がおまえの子を可愛がらないわけがなかろう」
ローレンスとエアリオが同意した。
「では調印を」
ローレンスはこうなることがわかっていたのかもしれない。
マリカの子どもをネーベルの王族に嫁がせること、娘が生まれなければ息子を養子縁組させること、複数の子に恵まれた場合はヒト族の外見を有する子を優先させること、13歳の誕生日に輿入 れさせること、を記した文書を取り出し調印を行った。
「それから、定期的にマリカを家族に会わせてやってほしい。叔母上はマリカを失って失意のどん底にいた。もうあんな思いをさせないでくれ」
ローレンスの言葉には以前と変わらぬ兄のような気遣いが感じられた。
レオンハルトはマグノリアに向かって頷いた。
「私が定期的に様子を見に行く。その際、マグノリアを連れて行こう。万が一、マリカが不幸だと判断した場合は、先の調印にとらわれず、私はマリカを連れて帰るからな」
エアリオはまだ不機嫌そうだ。捨て台詞を吐いて立ちあがり、天幕を出て行った。
「大丈夫よ。今のあなたならそんなことにはならないわ」
「お母さま」
「立って。あなたを抱かせてちょうだい」
マグノリアは立ちあがったマリカをすっぽりと抱き込んだ。
「こんなに小さな体で赤子を産むなんて……どんなに大変だったでしょう。あなたが無事でよかった」
頭一つ分近く長身のマグノリアから見たら、マリカはまだ子どものような体形に見えるのだろう。
「お母さま。レオンハルト様とみんなが援けてくれて、可愛い息子に恵まれて、私は幸せです」
「そう。あなたが幸せなら私はそれでいいの。次は孫と遊ばせてちょうだいね」
「はい」
頬にキスを交わしてから、マグノリアはレオンハルトに言葉をかけた。
「妖精はヒトよりも体が成熟するのが遅いの。マリカは17歳だけれど、身体は13、14歳のヒトと変わりないから……無理をさせないでやってほしいの」
レオンハルトの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「大切にする。二度と無理はさせない」
レオンハルトに頷きかけた後、マグノリアが天幕を出て行った。
最後に残ったローレンスは何とも言い難い表情でマリカを見下ろした。
「本当にこれでいいんだね?」
「はい。お兄様、ごめんなさい。ありがとう」
マリカが深々と淑女の礼をした。
「どうか、お元気で」
「君も」
ローレンスは振り返ることなく出て行った。
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