薄氷が割れる

しまっコ

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翌日の昼前にアロンダルの丘に着くと、すでに先遣隊が天幕を張り面会の準備を整えていた。 
マリカとレオンハルトが到着した直後、森から1台の馬車が現れた。
数騎の護衛しかついていないが、エアリオ一人いればサンガルシアの獣人たちは一瞬で全滅させられてしまうだろう。 
レオンハルトの腕に抱かれたまま待っていると、馬車からエアリオに続き、マリカの母マグノリアとローレンスが下りてきた。 
「お母さま…… !」 
マリカの頬を涙が濡らした。
2年半ぶりに会う母は面やつれして顔色も悪い。 
「マリカ、本当にあなたなのね」 
マグノリアがマリカに駆け寄ってくる。
思わず伸ばした手を母の両手が包み込んだ。 
「マリカ。私の可愛いマリカ。よく生きていてくれました」 
「心配をおかけしてごめんなさい、お母さま」 
「いいの。あなたが生きていてくれるだけで、私は嬉しい。こうして会えたのだから、もういいの。あなたには連絡する手段もなかったのですもの」 
「お母さま……」 
他に言葉が出てこなくて、マリカは黙って涙を零し続けた。 
「それで、貴方がマリカの旦那様なの?」 
「申し遅れてすまない。俺はサンガルシアの皇帝レオンハルトだ。つがいであるマリカを攫う形で妻にしたことを、母御殿にお詫び申し上げる」 
「キサマがまず謝るべきはここにいるローレンスだ」 
エアリオの言葉が秋の丘に響いた。 
マリカはのろのろと顔をあげた。 
「ローリー兄様……」 
湖と同じ色の碧眼がマリカを捕らえた。
どんなになじられても仕方がない。マリカはローレンスを裏切ってレオンハルトを愛してしまった――…。 
「天幕を用意しました。積もる話は中で」 
ジークフリードに促され、レオンハルトとマリカ、エアリオとマグノリア、そしてローレンスが天幕の席に着いた。 
「まずは俺がこれまでのことを話そう」 
レオンハルトが重たい口を開いた。 
「獣人の中には運命的に決まった伴侶を持つ者がいて、それをつがいと呼んでいる。マリカに出会った瞬間、俺のつがいだとわかった。3か月後に嫁ぐことが決まっていると聞き、連れ去らずにいられなかった。その際、ローレンス殿に重傷を負わせたことを詫びたい」 
レオンハルトが頭を下げた。 
「マリカ、君はこの男の元にとどまりたいと言ったそうだが」 
ローレンスはレオンハルトを置き去りにして、マリカに問いかけた。 
「マリカには何の罪もない。貴殿が倒れた直後、高熱を出し7日間寝込んだ後、すべての記憶を失っていた。俺はマリカの記憶がないのをいいことに、彼女を妻にした」 
「君が望んでその男の妻になったわけではないんだな」 
ローレンスは痛ましいものを見る目でマリカを見つめた。 
レオンハルトは自分一人が悪者になるつもりなのだろう。しかし、マリカはそんなこと望んでいない。 
「違います」 
「何が違うんだい?」 
「確かに婚姻当時は記憶を失っていました。けれど、3か月前、高熱を出して記憶が戻りました。その上で、私がサンガルシアに残ることを望んだのです」 
「君がその男に穢されたことを責めたりはしない。君にはどうにもならない状況だったのだから」
 ローレンスの言葉は刃となってマリカの心を切りつけた。 
穢されたなんて思ったことはない。レオンハルトは本当に優しくて、マリカは触れてもらうのが嬉しくて仕方がなかった。
殿方に愛されるのがあんなに幸せなことだと教えてくれたのはレオンハルトだ。
レオンハルトの望みなら、どんなに恥ずかしいことでも応えたいとマリカ自身が強く願っているのに。 
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