薄氷が割れる

しまっコ

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翌朝、マリカが意識を取り戻したことがわかり、ブリュンヒルデとカフカは歓喜した。 
しかし夕べレオンハルトがマリカを抱いたことがわかると、二人はレオンハルトに絶対零度の視線を浴びせた。 
「信じられない。どうしてそんな堪え性がないんだ」 
「陛下は妃殿下を殺してしまうおつもりですか」 
ブリュンヒルデの声にはまだ出来の悪い弟を諭すような響きがあったが、カフカは本気で怒っていた。 
それというのも、高熱で弱り切った体にレオンハルトを受け入れたことで、マリカの身体はさらに衰弱していた。 
寝返りひとつうてないマリカの世話を誰がするかで、レオンハルトとブリュンヒルデが言い争いになったが、信用を失ったレオンハルトに勝ち目はなかった。 

寝室を追い出され、仕方なく執務に向かう。 
「マリカはもういいのか」 
ジークフリードはいつも通り黙々とレオンハルトの代行をしていた。 
「夕べ目覚めた」 
「記憶は?」 
「思い出していた」 
「それで、マリカは?」 
「一緒に地獄に落ちてくれると」 
「そうか。それでこそつがいだ」 
レオンハルトの答えに満足したのか、ジークフリードはめったに見せない笑みを見せた。 
マリカをこの国に連れ帰った時から、ジークフリードは全面的にレオンハルトの味方をし続けた。
つがいの意味を知っているブリュンヒルデさえマリカを無理矢理妃にするのは哀れだと異論を唱えていた時期があったが、ジークフリードだけはつがいに対する執着を理解し、レオンハルトを支え続けてくれた。 
「大切にしてやれ」 
「ああ」 
この乳兄弟にはいくら感謝してもしきれない。
レオンハルトは、よく整理された執務机に着き、数日分の仕事を片付けにかかった。


マリカの体調は悪化の一途をたどった。
意識のなかった間は吸い飲みで与えられた水分を吸収できていたが、今は飲んだ分だけ吐いてしまう。 
自分の身体から命が零れ落ちていくことをマリカは実感していた。
きっともう自分は長くない。
これは、ローレンスを裏切りレオンハルトを愛してしまったマリカに与えられた罰なのだろう。 
幼いライルのことが気掛かりだが、ライルにはレオンハルトがついている。
ブリュンヒルデとジークフリード、サーシャとランディもライルを守り支えてくれるはずだ。 

ブリュンヒルデが額を冷やす布を交換してくれた。 
この国に来てからずっとブリュンヒルデはマリカの傍にいてくれた。
時折、彼女が見せていた不思議な表情の意味が今ならマリカにもわかる。 
レオンハルトの一方的な都合で家族から引き離され、記憶を失ったままレオンハルトを愛しているマリカのことを、優しいブリュンヒルデは憐れんでいたのだろう。 
「ヒルデ。優しくしてくれてありがとう」 
掠れた声で伝えるとヒルデが灰色の瞳を大きく見開いた。 
「マリカ。すまない。私はレオンを止めるべきだった。異国の地に攫われて、君が苦しむことが分かっていたはずなのに、君の記憶がないのをいいことに……」
「ちがうの。これは私の罪なの。レオンハルト様を愛してしまった私の」 
だから罪の代償を支払うのはマリカ一人で十分だ。大切な人を苦しめたくない。 
「この2年間、私は本当に幸せだった。レオンハルト様に愛されて、ヒルデたちに大切にして貰って。だから、悲しまないで」 
私が死んでも、悲しまないでいいの。
マリカの瞳を見て言外の気持ちを読み取ったブリュンヒルデの切れ長の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 
ブリュンヒルデの涙を止めてあげたい。そう思うものの、かすれた声を絞り出したためマリカの体力は限界だった。 
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