薄氷が割れる

しまっコ

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「困った子ね、まったく・・・」

そう言うと、夏樹は手提げバックを開いてハンカチを雪子の前に差し出した。

「あっ、クマさんだ!」

「ふふっ、可愛いでしょ?」

雪子は、受け取ったハンカチで涙を拭きながら、チラチラと夏樹の顔を見ていた。

「な~に・・・?」

「別に・・・なんでもないよ」

「そういえばさ、あんた、あたしを憎んでたんじゃなかったの?」

「うん、憎んでたよ。それに恨んでたし・・・」

「あら?はっきり言うのね」

「それだけじゃないよ。思いっきり!大っ嫌いだったもん!」

「あはは、そこまで言う?」

「だって、本当の事だし」

なぜなのかは分からないが、夏樹は照れながらマスクの紐に手をかけた。

「ちょっと、ふーちゃん?」

「な~に・・・?」

「そこまで言わせておいて、どうしてって訊かないの?」

「ふふっ、答えは、あたしの目の前にいるじゃない?」

そう言うと夏樹はマスクを外して見せた。
というより、マスクをしたままではコーヒーが飲めないと言った方が正解だろう。

「うわっ・・・うそ?」

「ん?嘘って、何が?」

「だって・・・」

「もしかして、あたしって綺麗?」

「あはは・・・。もう~、ふーちゃんったら」

泣いたカラスがもう笑ったがそのまま適応している雪子を見ながらではコーヒーが飲めないので、窓の外に視線を移しながら夏樹はコーヒーを口にした。

あらあら・・・鬼の形相なんかしちゃったら、せっかくの美人が台無しなんじゃないかしら?
とはいえ、ここからは元妻の顔までは見えないけど、
と~っても怖い雰囲気がビシ!ビシ!と、ここまで伝わってきてるわよ。
京子、あたしを恨む事で今を生きる事は出来てもね、それじゃ、いつまでも明日が見えないのよ。

京子、理解した?
さっきね、わざとなのよ!
わざと、あんたに見せつけてあげたのよ!
あんた、それに気がついていなんでしょ?
あんたがいつまでもウジウジとあたしの事を恨む毎日を送ってるから見せつけてあげたの。

あんたが自分は悪くないと思う事はあんたの勝手だけど。
でもね、そんなあんたのままじゃ、いつか子供たちにも出て行かれちゃうわよ?

とはいっても、京子?
あんたにとって雪子の存在は、ある意味において地獄かもね?
それよりも、昔の旦那が女性になっていたって事の方がショックだったかしら?

「ふーちゃん、何、考えてるの?」

「ん・・・?どうして?」

「だって、さっきからずっと窓の外を見てるし」

「ずいぶん雪が降るわね~って思ってね」

「でも、ふーちゃんって綺麗なんだ!」

「あい・・・?」

「それだったらマスクなんかしなくも大丈夫だよ」

「だから昼間マスクをしていないと、寝る時に咳が止まらなくなるって言ってるでしょ?」

「なんか、もったいないね」

「すっかり揉まれる事を忘れちゃってるあんたの可愛い胸の方がもったいないわよ」

「ふーちゃん、揉みたいの?」

「ほら、ウエイトレスさんが聞いてるわよ」

「へへへ・・・」

変わらないわね、そんなとこも。雪子は、今も、あの頃のまま・・・。
そして、あの日から、雪子の時間は止まっていたのね・・・やっぱり・・・。
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