19 / 36
19
しおりを挟む
春を迎え、マリカの出産が迫ってきた。
妊娠初期こそつわりで体が弱ってしまったが、その後の経過は順調で、今やマリカのおなかは大きく張り出している。
愛する夫の子を身籠り、女としての幸せを実感する。
だが、おなかの子どものことだけは心配だった。
マリカはヒト族だ。生まれてきた子が獣人でなかったら、その子はどうなるのだろう。獣人の国の皇子・皇女が獣人でなかったら、どういう扱いを受けるのか。
レオンハルトは可愛がってくれるはずだ。そこは信じている。しかし、後継者を求める貴族たちがマリカの子をどう扱うか、不安でならない。
春の花が咲き乱れる王宮の庭で物思いに耽っているとブリュンヒルデが心配そうにのぞき込んできた。
「体調は大丈夫か」
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
「何かあるなら言ってくれ」
人の機微に敏い人なのだ。
マリカはブリュンヒルデを見上げた。
「ヒルデは私の生まれた国を知っている?」
「いや……ヒト族は少数民族だ。10年前の大戦でヒト族の国はほとんど姿を消してしまった」
「そうよね」
以前にも歴史の講義を受けたとき、そういう話をしてくれた。
「ヒト族の国のことを思い出したのか」
両肩を掴まれ真剣な口調で問われる。
「いいえ。思い出せないの。思い出せればいいのに……」
「……無理して思い出さずともいい。君のことは私たちが守る」
「ヒルデは優しいのね」
マリカは小さな吐息をついた。
「もしもこの子が獣人じゃなくてヒト族の特徴を持っていたら、どうなるのかと思って……」
「どうなるとは? 君とレオンの子だ。皇子・皇女として大切に育てるに決まっている」
「でも……将来、この子がヒト族の元に行きたいと望むなら、行かせてあげたいと思うの」
「マリカ……。ここでの暮らしがつらい?」
「いいえ、私はレオンハルト様に保護して貰えて本当に幸せ。でも、ヒト族が獣人の国の皇族として受け入れて貰えるのかしら」
「君は皇帝の唯一無二の妃だ。君の産んだ子は皇帝の嫡出子で、紛れもない皇族になる。私たちが守り支える。何も心配はいらない」
「……ありがとう」
マリカは曖昧な笑みを浮かべた。
マリカの懸念は杞憂に終わった。
花々が咲き乱れる季節に生まれた皇子は紛れもない獅子獣人の姿をしていた。
頭頂部に丸みのある黒い耳があり、お尻には尻尾もある。黒い瞳に褐色の肌。一見してレオンハルトの特徴を受け継いでいた。
皇太子を産んだことで、城の者たちの態度が変わった。
以前は慇懃無礼でヒト族であるマリカへの蔑みを隠さなかった者たちが、今は皇妃として丁重に対応している気がする。
純血の獅子獣人たちを除けば、宮殿に仕える多くの者たちがマリカを敬うようになっていった。
妊娠初期こそつわりで体が弱ってしまったが、その後の経過は順調で、今やマリカのおなかは大きく張り出している。
愛する夫の子を身籠り、女としての幸せを実感する。
だが、おなかの子どものことだけは心配だった。
マリカはヒト族だ。生まれてきた子が獣人でなかったら、その子はどうなるのだろう。獣人の国の皇子・皇女が獣人でなかったら、どういう扱いを受けるのか。
レオンハルトは可愛がってくれるはずだ。そこは信じている。しかし、後継者を求める貴族たちがマリカの子をどう扱うか、不安でならない。
春の花が咲き乱れる王宮の庭で物思いに耽っているとブリュンヒルデが心配そうにのぞき込んできた。
「体調は大丈夫か」
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
「何かあるなら言ってくれ」
人の機微に敏い人なのだ。
マリカはブリュンヒルデを見上げた。
「ヒルデは私の生まれた国を知っている?」
「いや……ヒト族は少数民族だ。10年前の大戦でヒト族の国はほとんど姿を消してしまった」
「そうよね」
以前にも歴史の講義を受けたとき、そういう話をしてくれた。
「ヒト族の国のことを思い出したのか」
両肩を掴まれ真剣な口調で問われる。
「いいえ。思い出せないの。思い出せればいいのに……」
「……無理して思い出さずともいい。君のことは私たちが守る」
「ヒルデは優しいのね」
マリカは小さな吐息をついた。
「もしもこの子が獣人じゃなくてヒト族の特徴を持っていたら、どうなるのかと思って……」
「どうなるとは? 君とレオンの子だ。皇子・皇女として大切に育てるに決まっている」
「でも……将来、この子がヒト族の元に行きたいと望むなら、行かせてあげたいと思うの」
「マリカ……。ここでの暮らしがつらい?」
「いいえ、私はレオンハルト様に保護して貰えて本当に幸せ。でも、ヒト族が獣人の国の皇族として受け入れて貰えるのかしら」
「君は皇帝の唯一無二の妃だ。君の産んだ子は皇帝の嫡出子で、紛れもない皇族になる。私たちが守り支える。何も心配はいらない」
「……ありがとう」
マリカは曖昧な笑みを浮かべた。
マリカの懸念は杞憂に終わった。
花々が咲き乱れる季節に生まれた皇子は紛れもない獅子獣人の姿をしていた。
頭頂部に丸みのある黒い耳があり、お尻には尻尾もある。黒い瞳に褐色の肌。一見してレオンハルトの特徴を受け継いでいた。
皇太子を産んだことで、城の者たちの態度が変わった。
以前は慇懃無礼でヒト族であるマリカへの蔑みを隠さなかった者たちが、今は皇妃として丁重に対応している気がする。
純血の獅子獣人たちを除けば、宮殿に仕える多くの者たちがマリカを敬うようになっていった。
0
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる