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春を迎え、マリカの出産が迫ってきた。
妊娠初期こそつわりで体が弱ってしまったが、その後の経過は順調で、今やマリカのおなかは大きく張り出している。
愛する夫の子を身籠り、女としての幸せを実感する。
だが、おなかの子どものことだけは心配だった。
マリカはヒト族だ。生まれてきた子が獣人でなかったら、その子はどうなるのだろう。獣人の国の皇子・皇女が獣人でなかったら、どういう扱いを受けるのか。
レオンハルトは可愛がってくれるはずだ。そこは信じている。しかし、後継者を求める貴族たちがマリカの子をどう扱うか、不安でならない。
春の花が咲き乱れる王宮の庭で物思いに耽っているとブリュンヒルデが心配そうにのぞき込んできた。
「体調は大丈夫か」
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
「何かあるなら言ってくれ」
人の機微に敏い人なのだ。
マリカはブリュンヒルデを見上げた。
「ヒルデは私の生まれた国を知っている?」
「いや……ヒト族は少数民族だ。10年前の大戦でヒト族の国はほとんど姿を消してしまった」
「そうよね」
以前にも歴史の講義を受けたとき、そういう話をしてくれた。
「ヒト族の国のことを思い出したのか」
両肩を掴まれ真剣な口調で問われる。
「いいえ。思い出せないの。思い出せればいいのに……」
「……無理して思い出さずともいい。君のことは私たちが守る」
「ヒルデは優しいのね」
マリカは小さな吐息をついた。
「もしもこの子が獣人じゃなくてヒト族の特徴を持っていたら、どうなるのかと思って……」
「どうなるとは? 君とレオンの子だ。皇子・皇女として大切に育てるに決まっている」
「でも……将来、この子がヒト族の元に行きたいと望むなら、行かせてあげたいと思うの」
「マリカ……。ここでの暮らしがつらい?」
「いいえ、私はレオンハルト様に保護して貰えて本当に幸せ。でも、ヒト族が獣人の国の皇族として受け入れて貰えるのかしら」
「君は皇帝の唯一無二の妃だ。君の産んだ子は皇帝の嫡出子で、紛れもない皇族になる。私たちが守り支える。何も心配はいらない」
「……ありがとう」
マリカは曖昧な笑みを浮かべた。
マリカの懸念は杞憂に終わった。
花々が咲き乱れる季節に生まれた皇子は紛れもない獅子獣人の姿をしていた。
頭頂部に丸みのある黒い耳があり、お尻には尻尾もある。黒い瞳に褐色の肌。一見してレオンハルトの特徴を受け継いでいた。
皇太子を産んだことで、城の者たちの態度が変わった。
以前は慇懃無礼でヒト族であるマリカへの蔑みを隠さなかった者たちが、今は皇妃として丁重に対応している気がする。
純血の獅子獣人たちを除けば、宮殿に仕える多くの者たちがマリカを敬うようになっていった。
妊娠初期こそつわりで体が弱ってしまったが、その後の経過は順調で、今やマリカのおなかは大きく張り出している。
愛する夫の子を身籠り、女としての幸せを実感する。
だが、おなかの子どものことだけは心配だった。
マリカはヒト族だ。生まれてきた子が獣人でなかったら、その子はどうなるのだろう。獣人の国の皇子・皇女が獣人でなかったら、どういう扱いを受けるのか。
レオンハルトは可愛がってくれるはずだ。そこは信じている。しかし、後継者を求める貴族たちがマリカの子をどう扱うか、不安でならない。
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「体調は大丈夫か」
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
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人の機微に敏い人なのだ。
マリカはブリュンヒルデを見上げた。
「ヒルデは私の生まれた国を知っている?」
「いや……ヒト族は少数民族だ。10年前の大戦でヒト族の国はほとんど姿を消してしまった」
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以前にも歴史の講義を受けたとき、そういう話をしてくれた。
「ヒト族の国のことを思い出したのか」
両肩を掴まれ真剣な口調で問われる。
「いいえ。思い出せないの。思い出せればいいのに……」
「……無理して思い出さずともいい。君のことは私たちが守る」
「ヒルデは優しいのね」
マリカは小さな吐息をついた。
「もしもこの子が獣人じゃなくてヒト族の特徴を持っていたら、どうなるのかと思って……」
「どうなるとは? 君とレオンの子だ。皇子・皇女として大切に育てるに決まっている」
「でも……将来、この子がヒト族の元に行きたいと望むなら、行かせてあげたいと思うの」
「マリカ……。ここでの暮らしがつらい?」
「いいえ、私はレオンハルト様に保護して貰えて本当に幸せ。でも、ヒト族が獣人の国の皇族として受け入れて貰えるのかしら」
「君は皇帝の唯一無二の妃だ。君の産んだ子は皇帝の嫡出子で、紛れもない皇族になる。私たちが守り支える。何も心配はいらない」
「……ありがとう」
マリカは曖昧な笑みを浮かべた。
マリカの懸念は杞憂に終わった。
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頭頂部に丸みのある黒い耳があり、お尻には尻尾もある。黒い瞳に褐色の肌。一見してレオンハルトの特徴を受け継いでいた。
皇太子を産んだことで、城の者たちの態度が変わった。
以前は慇懃無礼でヒト族であるマリカへの蔑みを隠さなかった者たちが、今は皇妃として丁重に対応している気がする。
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