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床入れの翌日、マリカは発熱した。そのため、婚儀の祝賀行事はレオンハルト一人で行うことになった。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないせいで……」
「おまえは何も悪くない」
マリカが熱にうるんだ瞳でレオンハルトを見上げた。
健気な姿にレオンハルトは胸を締め付けられた。
少女のような薄い体でレオンハルトを受け入れるのはどれほどつらかったことか。
それなのに、恨み言のひとつもなく謝罪を口にするマリカ。
記憶がないのをいいことにマリカを騙して純潔を奪った男を信じ切っている。
たとえマリカの記憶が戻ったとしても、レオンハルトはマリカを手放すことなどできない。
せめてもの罪滅ぼしに、誠心誠意マリカを愛し守っていこう。
決して記憶が戻らぬようマリカを囲い込み、溺れるほどの愛情を注いでいこう。
レオンハルトは改めてそう思うのだった。
「可愛いマリカ。ゆっくり休め。おまえは俺の命よりも大切な存在だ」
祝賀の謁見にマリカが欠席したことで、臣下たちはそれ見たことかという態度を隠さなかった。
「恐れながら、陛下。妃殿下のためにも妾妃をお持ちください。陛下のご寵愛を一人で受け止めるのは妃殿下には酷と存じます」
「貴様は何をしに来た? 俺の妃を愚弄する気か」
「滅相もありません。私は妃殿下のためを思って申し上げた次第です」
「下がれ。不快だ」
すごすごと下がっていくものの、自分の身内を後宮に入れようと必死なのだろう。
後宮を復活すべきだ、妾妃を迎えろ、獅子獣人の嫡子を。そんな口上ばかりで、レオンハルトとマリカの婚儀を祝う者はいない。
「ジーク。俺はこの国の王であることにうんざりしてきたぞ」
「隠居して田舎暮らしでもするか?」
それもいいかもしれない。マリカとジークフリードとブリュンヒルデの3人がいれば、レオンハルトには十分だ。
なおも続く祝賀とは名ばかりの謁見にレオンハルトは憮然とした様子で臨むのだった。
夕刻、熱が下がり汗を流したくなったマリカは、カフカの許可を得て居室に併設された浴室に向かった。付き添いとしてブリュンヒルデも一緒に入ってくれる。
体を流してもらい湯船につかりながら、マリカはかねてから気になっていたことを尋ねた。
「ヒルデもつがいが見つかったら、私みたいにいろいろなお世話をしてもらうことになるの?」
「まさか。私の年で出会ってもそんなことをする男はいない」
「年齢の問題なの? それなら私も成人したから、レオンハルト様はやめてくれるかしら」
「マリカはやめてほしいのか?」
「だって恥ずかしいもの」
マリカは頬を染めた。
レオンハルトはいまだにマリカの食事から何からいろいろな世話を焼きたがる。
恥ずかしいからやめてほしいと何度も訴えたけれど、つがいの習性だから諦めろと言われてここまで来た。
「年の差があって、相手が未成人だった場合、そういうことをしたがる男は多いらしい。マリカの場合、幼く見えるし庇護欲をそそるからな」
「庇護欲?」
「持って生まれたマリカの特性だと思う。つがいではない私でも君のことを守ってやらねばならないと思ってしまう」
「きっとヒルデはいいお母さまになるわ。早くつがいが見つかるといいのに」
「どうだろうな。私はもうすぐ30だ。この年になるとつがいを諦め手近な相手と結婚する者が多くなる」
「そうなの?」
狼獣人はみなつがいと結ばれるのだとマリカは思い込んでいた。
「それに、たとえつがいが見つかったとしても、すでに他の女と結婚しているかもしれない。他種族ならつがいという認識すら持たない可能性もある」
「種族なんて関係ないわ。だって私はレオンハルト様しか考えられないもの」
マリカは思わず反論した。人を愛するのに種族なんて関係ない。それはマリカ自身が身をもって知っている。
「食事や排せつの世話をされて恥ずかしい思いをしても、レオンがいいのかい?」
ブリュンヒルデは揶揄うような目つきでマリカの頬をちょんとつついた。
「……レオンハルト様がいいの。あんな恥ずかしい姿、他の人には見せたくない。見ていいのはレオンハルト様だけよ」
「いい子だ」
ブリュンヒルデの大きな手で頭をポンポンと優しくなでられて、マリカは幸せな気持ちになる。
「本当のお姉さまみたい。私、ヒルデのことが大好きよ」
「私も君のことが大好きだよ。いつまでもそのままでいてくれ」
黒い綺麗な瞳がマリカを見下ろす。
その瞳に浮かぶ不思議な色にマリカは見惚れた。
それが憐みの色であることを知らずに。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないせいで……」
「おまえは何も悪くない」
マリカが熱にうるんだ瞳でレオンハルトを見上げた。
健気な姿にレオンハルトは胸を締め付けられた。
少女のような薄い体でレオンハルトを受け入れるのはどれほどつらかったことか。
それなのに、恨み言のひとつもなく謝罪を口にするマリカ。
記憶がないのをいいことにマリカを騙して純潔を奪った男を信じ切っている。
たとえマリカの記憶が戻ったとしても、レオンハルトはマリカを手放すことなどできない。
せめてもの罪滅ぼしに、誠心誠意マリカを愛し守っていこう。
決して記憶が戻らぬようマリカを囲い込み、溺れるほどの愛情を注いでいこう。
レオンハルトは改めてそう思うのだった。
「可愛いマリカ。ゆっくり休め。おまえは俺の命よりも大切な存在だ」
祝賀の謁見にマリカが欠席したことで、臣下たちはそれ見たことかという態度を隠さなかった。
「恐れながら、陛下。妃殿下のためにも妾妃をお持ちください。陛下のご寵愛を一人で受け止めるのは妃殿下には酷と存じます」
「貴様は何をしに来た? 俺の妃を愚弄する気か」
「滅相もありません。私は妃殿下のためを思って申し上げた次第です」
「下がれ。不快だ」
すごすごと下がっていくものの、自分の身内を後宮に入れようと必死なのだろう。
後宮を復活すべきだ、妾妃を迎えろ、獅子獣人の嫡子を。そんな口上ばかりで、レオンハルトとマリカの婚儀を祝う者はいない。
「ジーク。俺はこの国の王であることにうんざりしてきたぞ」
「隠居して田舎暮らしでもするか?」
それもいいかもしれない。マリカとジークフリードとブリュンヒルデの3人がいれば、レオンハルトには十分だ。
なおも続く祝賀とは名ばかりの謁見にレオンハルトは憮然とした様子で臨むのだった。
夕刻、熱が下がり汗を流したくなったマリカは、カフカの許可を得て居室に併設された浴室に向かった。付き添いとしてブリュンヒルデも一緒に入ってくれる。
体を流してもらい湯船につかりながら、マリカはかねてから気になっていたことを尋ねた。
「ヒルデもつがいが見つかったら、私みたいにいろいろなお世話をしてもらうことになるの?」
「まさか。私の年で出会ってもそんなことをする男はいない」
「年齢の問題なの? それなら私も成人したから、レオンハルト様はやめてくれるかしら」
「マリカはやめてほしいのか?」
「だって恥ずかしいもの」
マリカは頬を染めた。
レオンハルトはいまだにマリカの食事から何からいろいろな世話を焼きたがる。
恥ずかしいからやめてほしいと何度も訴えたけれど、つがいの習性だから諦めろと言われてここまで来た。
「年の差があって、相手が未成人だった場合、そういうことをしたがる男は多いらしい。マリカの場合、幼く見えるし庇護欲をそそるからな」
「庇護欲?」
「持って生まれたマリカの特性だと思う。つがいではない私でも君のことを守ってやらねばならないと思ってしまう」
「きっとヒルデはいいお母さまになるわ。早くつがいが見つかるといいのに」
「どうだろうな。私はもうすぐ30だ。この年になるとつがいを諦め手近な相手と結婚する者が多くなる」
「そうなの?」
狼獣人はみなつがいと結ばれるのだとマリカは思い込んでいた。
「それに、たとえつがいが見つかったとしても、すでに他の女と結婚しているかもしれない。他種族ならつがいという認識すら持たない可能性もある」
「種族なんて関係ないわ。だって私はレオンハルト様しか考えられないもの」
マリカは思わず反論した。人を愛するのに種族なんて関係ない。それはマリカ自身が身をもって知っている。
「食事や排せつの世話をされて恥ずかしい思いをしても、レオンがいいのかい?」
ブリュンヒルデは揶揄うような目つきでマリカの頬をちょんとつついた。
「……レオンハルト様がいいの。あんな恥ずかしい姿、他の人には見せたくない。見ていいのはレオンハルト様だけよ」
「いい子だ」
ブリュンヒルデの大きな手で頭をポンポンと優しくなでられて、マリカは幸せな気持ちになる。
「本当のお姉さまみたい。私、ヒルデのことが大好きよ」
「私も君のことが大好きだよ。いつまでもそのままでいてくれ」
黒い綺麗な瞳がマリカを見下ろす。
その瞳に浮かぶ不思議な色にマリカは見惚れた。
それが憐みの色であることを知らずに。
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