薄氷が割れる

しまっコ

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霧が薄くなり、3人は何とか王城に帰り着いた。レオンハルトの腕の中にはぐったりしたマリカが抱かれていた。 

それから7日間、マリカは高熱に魘されつづけた。 
ヒト族は獣人と違って繊細だと聞く。
マリカはこのまま死んでしまうかもしれない。
熱で上気した頬。荒い息遣い。
もともと華奢な少女が、今はすっかり弱って、儚いまでに痩せてしまっている。 
「代わろう、レオン。マリカのことは私に任せて君は休んだ方がいい」 
「駄目だ。マリカの傍にいる」 
「君が参ってしまう」 
ブリュンヒルデの声は労わりと慈愛に満ちていた。 
レオンハルトはせっかく出会えたつがいを失いかけている。たとえ命を取り留めても、許嫁を殺した男をマリカが愛することはないだろう。 
どうしてこんなことになってしまったのか。 
マリカを失ったら、いったいどうやって生きていけばいいのか。 
胸が押しつぶされるようだ。 

「あっ」 
物思いに沈んでいたレオンハルトは、ブリュンヒルデの声で意識を引き戻された。 
マリカの瞼が持ち上がり、菫色の瞳がぼんやりとこちらを見上げていた。 
「マリカ」 
レオンハルトはマリカの手を握った。 
どのように罵られても憎まれても構わない。マリカが生きている。今はそれだけで十分だ。マリカが許してくれるまで誠心誠意愛を伝え続けるしかない。
レオンハルトの頬を涙が伝った。 
「マリカ。よく目覚めてくれた。おまえを失ったら、俺は――…」 
声を詰まらせるレオンハルトを、マリカはぼんやりと見上げている。
7日間も熱に浮かされていたせいで、この状況を理解できないのかもしれない。 
「身体はつらくないか。喉は乾いていないか」 
「お水、ほしいです」 
聞き取るのがやっとのかすれ声でマリカが答えた。 
水差しからグラスに水を注ぎ、上体を抱き起こして飲ませてやると、マリカは小さく喉を鳴らしながらグラス一杯の水を飲みほした。 
「他に欲しいものはないか? つらいところはないか?」 
「私……私は……」 
マリカがぎゅっと目を瞑った。 
「何も思い出せない……私、どうして……」 
マリカの呟きを聞き、レオンハルトはハッとした。 
自分を恐れもしない、怒りも見せないことに違和感があったが、もしかしたらマリカは記憶を失っているのではあるまいか。 
「マリカ、俺が誰かわかるか?」 
顔を近づけ強引にマリカと目を合わせる。 
菫色の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。 
「何もわからないの。私はマリカというの?」 
レオンハルトの心臓が早鐘をうった。 
これは神がレオンハルトに与えたチャンスに違いない。つがいを伴侶にするための、最初で最後のチャンス――。 
「マリカ。おまえはマリカ。俺はレオンハルト。おまえの許嫁だ」 
優しく言い聞かせると、マリカは縋るようにレオンハルトを見上げた。 
「許嫁?」
 「ああ。おまえは俺のつがいだ。おまえが成人したら婚儀をあげることになっている」 
「でも、私何も覚えていなくて……貴方のことも……ごめんなさい」 
マリカの瞳から涙が零れ落ちた。レオンハルトは頬を濡らす涙をそっとぬぐい、マリカを寝台にねかせた。 
「大丈夫だ。何も心配しなくていい。おまえを愛している。おまえが生きていてくれるだけで十分だ」 
掛布をかけてやり、額に冷たいタオルを乗せる。侍医を呼ぶために立ちあがったところで、マリカの小さな手がレオンハルトの手を掴んだ。 
「レオンハルト様……」 
レオンハルトの胸は幸福で満たされた。つがいが自分を頼り、縋るように自分の名を呼んでいる。 
「マリカ。愛している。ずっとそばにいるから、何も心配するな。俺がおまえを守る」 
「はい、レオンハルト様」 
ほっとしたように微笑を浮かべたマリカの唇に触れるだけのキスを落とした。マリカは嬉しそうに頬を赤く染めた。
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