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「そろそろ霧が薄くなります。誰かに案内をさせましょう」
唐突に立ちあがって背を向けた少女に、レオンハルトは叫んだ。
「待て」
振り向いた少女に吸い寄せられるようにレオンハルトは歩を進めた。距離を詰め少女の手を取る。
「名を、教えてくれ」
なぜそんなことを問われるのかというように、マリカは小首をかしげた。
「マリカ」
「マリカ、マリカか」
レオンハルトはかみしめるように口ずさんだ。それがレオンハルトのつがいの名だ。
「マリカ、おまえを妻として貰い受けたい」
唐突な申し出にマリカは大きな瞳を見開き、後ずさろうとした。しかし、レオンハルトに腕を拘束され逃げることができない。
「外の人とは結婚できません」
「外? 少数民族であっても、帝国の人民であることに変わりはあるまい」
近辺の小国はすべて帝国の支配下にある。属国の王女であれば、問題なく妃に迎えられるはずだ。
「放して」
菫色の瞳に恐怖の色が浮かんだ。
「おまえは俺のつがいだ。生涯、大切にする」
「私はローリー兄様と結婚するの」
「ローリー?」
「三月後に従兄のローリー兄様に嫁ぐことが決まっているの。だから、貴方と結婚はできません」
己のつがいが他の男に嫁ぐ――そんなことを許せるはずがない。
目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを感じて、レオンハルトは乱暴にマリカを抱き寄せた。
レオンハルトの肩にも届かない小さな体で、マリカは必死に暴れた。
「いやっ、放して」
しかし、数多の戦場を駆け無数の敵を屠ってきた軍人であるレオンハルトには、華奢な少女の抵抗などないにも等しい。
レオンハルトはマリカの後頭部を押さえつけ、強引に唇を奪った。逃げ惑う舌を絡めとり、つがいの唾液を味わう。さっぱりとした甘い香りが口いっぱいに広がった。
「……っ」
酔ったようにマリカの唇を蹂躙していたレオンハルトは、舌の痛みと血の味で現実に引き戻された。マリカに舌をかまれたのだ。
「いやっ! 誰か、誰か助けて」
「マリカ。おまえは俺のつがいだ。獣人の中には運命的に結ばれることが決まっている男女がいる。それをつがいというんだ」
「でも、私は違うわ」
「いいや、おまえだ。おまえこそが、俺の探し求めていたつがいだ」
二人が言い争っていると、どこからともなく数人の男が走ってきた。
「マリカ!」
マリカの名を呼んだのは美しい男だった。濡れ羽色の黒髪に湖のように青い瞳。塑像のように整った顔立ちはお伽話に出てくる王子のようだ。
「マリカを離せ」
レオンハルトは本能的に理解した。こいつが自分からつがいを奪おうとしている憎むべき男だ。
レオンハルトの予想はあたった。
「ローリー兄様」
マリカが助けを求めるようにその名を呼んだのだ。その声に滲む信頼と愛情に、胸を焼かれるような痛みを感じる。
俺のつがい――他の男になど絶対にくれてやるものか。
気が付けば十数人のヒト族に囲まれ戦闘になったが、獣人の王であるレオンハルトとその腹心が非力なヒトに後れを取るわけがない。
マリカを左腕に抱いたまま、レオンハルトは敵を退けていった。
しかし、ローリーという男は何度薙ぎ払っても食らいついてくる。ローリーの繰り出した剣先があわやマリカに当たりそうになり、レオンハルトはカッとした。つがいを傷つけられそうになって冷静でいられる男などいない。剣を大きく振りかぶり、敵に振り下ろす。
ローリーの左の首から血しぶきがあがった。
「いやぁぁぁぁぁあ」
マリカの絶叫が湖にこだました。
唐突に立ちあがって背を向けた少女に、レオンハルトは叫んだ。
「待て」
振り向いた少女に吸い寄せられるようにレオンハルトは歩を進めた。距離を詰め少女の手を取る。
「名を、教えてくれ」
なぜそんなことを問われるのかというように、マリカは小首をかしげた。
「マリカ」
「マリカ、マリカか」
レオンハルトはかみしめるように口ずさんだ。それがレオンハルトのつがいの名だ。
「マリカ、おまえを妻として貰い受けたい」
唐突な申し出にマリカは大きな瞳を見開き、後ずさろうとした。しかし、レオンハルトに腕を拘束され逃げることができない。
「外の人とは結婚できません」
「外? 少数民族であっても、帝国の人民であることに変わりはあるまい」
近辺の小国はすべて帝国の支配下にある。属国の王女であれば、問題なく妃に迎えられるはずだ。
「放して」
菫色の瞳に恐怖の色が浮かんだ。
「おまえは俺のつがいだ。生涯、大切にする」
「私はローリー兄様と結婚するの」
「ローリー?」
「三月後に従兄のローリー兄様に嫁ぐことが決まっているの。だから、貴方と結婚はできません」
己のつがいが他の男に嫁ぐ――そんなことを許せるはずがない。
目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを感じて、レオンハルトは乱暴にマリカを抱き寄せた。
レオンハルトの肩にも届かない小さな体で、マリカは必死に暴れた。
「いやっ、放して」
しかし、数多の戦場を駆け無数の敵を屠ってきた軍人であるレオンハルトには、華奢な少女の抵抗などないにも等しい。
レオンハルトはマリカの後頭部を押さえつけ、強引に唇を奪った。逃げ惑う舌を絡めとり、つがいの唾液を味わう。さっぱりとした甘い香りが口いっぱいに広がった。
「……っ」
酔ったようにマリカの唇を蹂躙していたレオンハルトは、舌の痛みと血の味で現実に引き戻された。マリカに舌をかまれたのだ。
「いやっ! 誰か、誰か助けて」
「マリカ。おまえは俺のつがいだ。獣人の中には運命的に結ばれることが決まっている男女がいる。それをつがいというんだ」
「でも、私は違うわ」
「いいや、おまえだ。おまえこそが、俺の探し求めていたつがいだ」
二人が言い争っていると、どこからともなく数人の男が走ってきた。
「マリカ!」
マリカの名を呼んだのは美しい男だった。濡れ羽色の黒髪に湖のように青い瞳。塑像のように整った顔立ちはお伽話に出てくる王子のようだ。
「マリカを離せ」
レオンハルトは本能的に理解した。こいつが自分からつがいを奪おうとしている憎むべき男だ。
レオンハルトの予想はあたった。
「ローリー兄様」
マリカが助けを求めるようにその名を呼んだのだ。その声に滲む信頼と愛情に、胸を焼かれるような痛みを感じる。
俺のつがい――他の男になど絶対にくれてやるものか。
気が付けば十数人のヒト族に囲まれ戦闘になったが、獣人の王であるレオンハルトとその腹心が非力なヒトに後れを取るわけがない。
マリカを左腕に抱いたまま、レオンハルトは敵を退けていった。
しかし、ローリーという男は何度薙ぎ払っても食らいついてくる。ローリーの繰り出した剣先があわやマリカに当たりそうになり、レオンハルトはカッとした。つがいを傷つけられそうになって冷静でいられる男などいない。剣を大きく振りかぶり、敵に振り下ろす。
ローリーの左の首から血しぶきがあがった。
「いやぁぁぁぁぁあ」
マリカの絶叫が湖にこだました。
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