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「もしかして迷い人ですか?」
低すぎず高すぎない澄んだ声が耳に心地よい。
一目見た瞬間、レオンハルトは彼女が自分のつがいだとわかった。
白金の髪と菫色の瞳。きめ細かな真っ白な肌は、獣人にはないものだ。細くしなやかな身体には幼さが垣間見える。おそらく十代半ばだろう。
「そうだ。サンガルシアの王都に帰りたいのだが」
少女の問いかけにブリュンヒルデが答えた。
「そうでしたの。サンガルシア?」
「わからないのか?」
コテリと首を傾げた少女に、ブリュンヒルデがわずかに瞳を見開いた。この一帯は王都に近く、確実に帝国領内のはずだ。それなのに、サンガルシア帝国を知らない者がいるのだろうか。
「私、初めてなんです。外の人にお会いするのは」
少女はブリュンヒルデを見上げた。
「貴女は獣人なのですね?」
「ああ。見ての通り、狼獣人だ」
ブリュンヒルデが頭部にある灰色の耳を動かした。
「素敵!」
少女は頬を上気させた。
女騎士であるブリュンヒルデはレオンハルトと大差ない長身に大ぶりの剣を佩いている。しかし少女に怖がる様子はない。
「君は獣人ではないのか……?」
「私の両親は妖精とヒトです」
「この国にそんな民族がいるとは初耳だ」
「霧を超えてくる人はほとんどいないから」
「君たちの国は霧で守られているのか……?」
「ええ。迷い人に出会うなんて、一生に一度の貴重な機会なの。お外のお話を聞かせてください」
少女は夢見る笑顔でブリュンヒルデに強請った。
「聞かせるも何も……私たちはサンガルシア帝国の者だ。狩りに来た帰りに霧にまかれ、道を見失った。今夜のうちには帰りつきたいのだが」
「もう少し霧が薄くならないと無理だと思います。でも心配なさらないで。こんなに濃いのは黄昏時だけだから」
少女はブリュンヒルデとともに草の絨毯に腰を下ろしとりとめのない会話を始めた。
「私たちの国は常に霧に取り込まれていて、外の人と出会うことはめったにないのです」
「国……国の名は?」
「ネーベル王国です」
聞いたことのない国名だ。
「ヒト族の国なのか?」
「民の大半はヒトですが、王族だけは妖精の血が混じっています」
「君は王族なんだね?」
「はい。国王陛下の姪にあたります」
「高貴な血が流れていることは、一目見て分かった。今いくつ?」
「もうすぐ15歳になりますの。成人したら、一度でいいから外の世界に行ってみたいのですが、許してもらえなくて。外の話を聞かせてくださいませんか」
好奇心旺盛な質なのだろう。菫色の大きな瞳が綺羅綺羅して実に愛くるしい。レオンハルトは食い入るように少女を見つめた。
「私たちはサンガルシア帝国の者だ。獅子獣人の皇帝が治める大国だよ」
「獣人は種族関係なく一つの国で暮らしているのですか」
「今はね。このあたり一帯の獣人の国はほとんどが帝国に吸収されたから」
少女は驚くほど世情に疎かった。いったいどういう生活をしたら、ここまで世間知らずになれるのか。
しかし、レオンハルトには少女の無垢さもまた魅力でしかなかった。獣人の女たちは力のある雄を求め、奔放にふるまう。皇帝になってから、子種を欲しがる女たちに終始付きまとわれ、そういう女たちにレオンハルトは辟易していた。
この少女はブリュンヒルデを気に入ったらしく、レオンハルトに見向きもせずにブリュンヒルデとばかり会話している。
そんな少女が新鮮で好ましいと思う一方で、一抹の不安を覚えた。ヒトと妖精の混血である彼女には、つがいを感じ取る能力がないのだろうか。おそらくそうなのだろう。
「君たちの国は豊かなのか?」
「たぶん。食べ物に困ったりはしていないし、争いもなく平和です」
少女が身に纏うドレスはシルクで、精緻なレースで装飾されている。裾を飾る刺繍も大変手が込んでいて、獣人の国では見られない代物だ。
「そろそろ霧が薄くなります。誰かに案内をさせましょう」
低すぎず高すぎない澄んだ声が耳に心地よい。
一目見た瞬間、レオンハルトは彼女が自分のつがいだとわかった。
白金の髪と菫色の瞳。きめ細かな真っ白な肌は、獣人にはないものだ。細くしなやかな身体には幼さが垣間見える。おそらく十代半ばだろう。
「そうだ。サンガルシアの王都に帰りたいのだが」
少女の問いかけにブリュンヒルデが答えた。
「そうでしたの。サンガルシア?」
「わからないのか?」
コテリと首を傾げた少女に、ブリュンヒルデがわずかに瞳を見開いた。この一帯は王都に近く、確実に帝国領内のはずだ。それなのに、サンガルシア帝国を知らない者がいるのだろうか。
「私、初めてなんです。外の人にお会いするのは」
少女はブリュンヒルデを見上げた。
「貴女は獣人なのですね?」
「ああ。見ての通り、狼獣人だ」
ブリュンヒルデが頭部にある灰色の耳を動かした。
「素敵!」
少女は頬を上気させた。
女騎士であるブリュンヒルデはレオンハルトと大差ない長身に大ぶりの剣を佩いている。しかし少女に怖がる様子はない。
「君は獣人ではないのか……?」
「私の両親は妖精とヒトです」
「この国にそんな民族がいるとは初耳だ」
「霧を超えてくる人はほとんどいないから」
「君たちの国は霧で守られているのか……?」
「ええ。迷い人に出会うなんて、一生に一度の貴重な機会なの。お外のお話を聞かせてください」
少女は夢見る笑顔でブリュンヒルデに強請った。
「聞かせるも何も……私たちはサンガルシア帝国の者だ。狩りに来た帰りに霧にまかれ、道を見失った。今夜のうちには帰りつきたいのだが」
「もう少し霧が薄くならないと無理だと思います。でも心配なさらないで。こんなに濃いのは黄昏時だけだから」
少女はブリュンヒルデとともに草の絨毯に腰を下ろしとりとめのない会話を始めた。
「私たちの国は常に霧に取り込まれていて、外の人と出会うことはめったにないのです」
「国……国の名は?」
「ネーベル王国です」
聞いたことのない国名だ。
「ヒト族の国なのか?」
「民の大半はヒトですが、王族だけは妖精の血が混じっています」
「君は王族なんだね?」
「はい。国王陛下の姪にあたります」
「高貴な血が流れていることは、一目見て分かった。今いくつ?」
「もうすぐ15歳になりますの。成人したら、一度でいいから外の世界に行ってみたいのですが、許してもらえなくて。外の話を聞かせてくださいませんか」
好奇心旺盛な質なのだろう。菫色の大きな瞳が綺羅綺羅して実に愛くるしい。レオンハルトは食い入るように少女を見つめた。
「私たちはサンガルシア帝国の者だ。獅子獣人の皇帝が治める大国だよ」
「獣人は種族関係なく一つの国で暮らしているのですか」
「今はね。このあたり一帯の獣人の国はほとんどが帝国に吸収されたから」
少女は驚くほど世情に疎かった。いったいどういう生活をしたら、ここまで世間知らずになれるのか。
しかし、レオンハルトには少女の無垢さもまた魅力でしかなかった。獣人の女たちは力のある雄を求め、奔放にふるまう。皇帝になってから、子種を欲しがる女たちに終始付きまとわれ、そういう女たちにレオンハルトは辟易していた。
この少女はブリュンヒルデを気に入ったらしく、レオンハルトに見向きもせずにブリュンヒルデとばかり会話している。
そんな少女が新鮮で好ましいと思う一方で、一抹の不安を覚えた。ヒトと妖精の混血である彼女には、つがいを感じ取る能力がないのだろうか。おそらくそうなのだろう。
「君たちの国は豊かなのか?」
「たぶん。食べ物に困ったりはしていないし、争いもなく平和です」
少女が身に纏うドレスはシルクで、精緻なレースで装飾されている。裾を飾る刺繍も大変手が込んでいて、獣人の国では見られない代物だ。
「そろそろ霧が薄くなります。誰かに案内をさせましょう」
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