彗星の降る夜に

れく

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一章

親友の家

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ノックをしても反応がなかった。彼はともかく、彼の両親も不在なのだろうか。不審に思いながら、扉に手をかけると力をかけなくてもすんなり開いてしまい少年は困惑気味に首を傾げる。

「嫌な予感がする」

ふと響いたその声は、少年のものではなかった。カバンから顔を覗かせたそれが、囁くように少年を見上げている。

「出てこないでって言った」
「……入らない方がいい、人を呼べ」
「何言ってんの?」

それはのそのそカバンから這い出ると当然だと言わんばかりに少年の肩を陣取った。この家近辺に人影はない、ひとまず見られることはないだろうと、特に咎めることはしない。

「学校はペット禁止なんだからな」
「この俺をペット扱いとはいい度胸だ」

いつもの調子で軽口を言い合いながら少年が扉を開き、家の中へと一歩踏み出したその時、全身に悪寒が走った。
身体中にぞわりとまとわりつくような緊張感が、嫌な汗を流させる。部屋からただようひんやりとした空気に混じって、何かが。

「人を呼べ、と俺は忠告したからな」

息を飲み、足を踏み入れる。それの言う通りに人を呼ばなかった理由はわからない。最初は自分だけで、理解したいと思ったからかもしれない。



少年が最初に抱いたのは罪悪感だった。その次に脳内を掠める恐怖に、少年は思わずその場で尻餅をついた。自分には力がない、友の顔も真っ直ぐ見れない程度の人間のくせに「自分が間違った選択をした」のだと遅れて理解が出来てしまう。まるで、自分に変える余地があったかのように。

「取り乱すな。冷静になれ」

それの声に、ふと我に帰って息を吸う。漂う血の香りに咽せそうになるが、それでも深呼吸を繰り返した。そこには、一生目に焼き付いて離れないであろう具現化された悪夢が、視界一杯に広がっていた。べったり赤色で彩られた壁紙、引き裂かれた絨毯、無惨に破壊された家具に、そして……。

「じっくり見ない方がいい」

それに言われるまま、少年は目を逸らして頷いた。部屋が暗くてよかった。少年はリビングの先にある階段に目を向ける。

「ニアを探さなきゃ」

少年は友の名前を呼びながら、ゆっくりリビングを通り過ぎていく。無意味に息を潜めて、散らばる人だった破片に目を向けず、それを人だとも認識しないように歩き始めた。階段を駆け上り、よく遊びに来た扉の前で立ち止まった。
ドアノブに手をかけて、もう一度深呼吸した。友の顔を思い出し、脳裏を過ぎる最悪な光景を振り払いながら。

「きっと、きっと無事だ」

根拠なんてない言葉をまるでまじないのように繰り返し、少年は扉を叩いた。当然、応答はない。息を飲む、覚悟を決めなければいけない。冷たい扉に手を触れ、勇気を振り絞る。まるで少年を迎え入れたかのように抵抗無く開いた扉の先には、誰も居なかった。ただ無人なだけの、いつもの光景が広がっている。最悪の結果を免れたことに安堵して、急に緊張の糸が切れてしまう。
その場に座り込み、しばらく立つことができなかった。
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