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億万長者への道02《総売上:??円》

秘密の予行練習

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「教えてくれるっ、て……」
「ん?そのままの意味」

 「予行練習だよ、予行練習」と如月は続ける。

「実際に、僕をあのヤクザだと思ってやってみればいい」
「そ、それはつまり……俺と如月サンが、体の関係を……?」
「っふふ、大丈夫。最後まではしないさ……あくまで″練習″だし」

 長い親指が、俺の唇を優しく右になぞる。
 ……擽ったい。
 逃げるように、唇を噛みしめる。如月は少し笑って、「血が出ちゃう」と、窘めるように頭を撫でた。

 ソファーの上。背後は肘掛と壁、左側は背もたれ、右側は机。そして、目の前には如月。
 視線をさ迷わせるも、やはり逃げ場はないのだ。俺は自身の膝を、如月との間に抱え込み、きゅうと丸く縮こまった。
 
「うぅ………やっ」
「こら。嫌がっちゃだめだよ」

 そう言って、こちらへ身を乗り出す如月。「とん」と背後の壁に手をつく音が聞こえた。大きな影が、俺を包み込む。
 --この状況。京極サンのときと、一緒だ。
 息を飲む俺に、如月は諭すように語りかける。

「男同士のやり方、分からないんでしょう?」
「そう、だけど……」
「相手は経験豊富なヤクザだ」
「…………っ」
「ねえ。なんの知識もないアンジュ君が、返せると思う?--450万円分の″対価″」

 「返せる」とは、口が裂けても言えなかった。俺は無言で、首を左右にふる。

 正直な話。如月の提案が百パーセント善意からきたものか、と言われると、分からない。
 だって--この人は多分、俺のことが嫌いだ。
 恐らく、初めて会った瞬間から。
 Noiseでの立ち振る舞いを見て悟ったが、如月は基本、他人に対して興味がない。(上っ面はいいけど)どんな感情も宿さない。
 そんな彼が、俺に接するときのみ、微量な悪意を覗かせるのだ。
 
「だよね。返せるはずがない」

 俺を見下ろし、にこりと笑う目の前の男。

「アンジュ君は知らないと思うけど、枕営業って、本来かなりデリケートな話題なんだ。……加えて男同士なんて、例がない」
「…………」
「僕くらいだよ。こうまで親身に教えられるの」

「……如月サンは、やったことあるの?……その、男相手に……」

 悩んだ末、恐る恐る発した問い。
 如月は意表をつかれたような顔で驚き、その後、「いや」と否定した。

「流石にないなあ」
「………」
「……ああ、でも安心して?女性相手ならある程度の数はこなしてきたし、男性同士の行為も知識はある」
 
 ……信用はできない、が。
 俺は考えつつ、上目に如月を見やる。
 話を聞けば聞くほど、ぶっつけ本番で京極相手に″枕営業″は、些か無謀すぎる気がしたのだ。
 如月の言う通り、デリケートな話題みたいだし。それを知った今、他のホストに指南を仰ぐ勇気はない。
 ならば、きっと、目の前の男に頼るのが最善なんだろう。
  
「怖いこと、しない?」
「……ああ、しない。約束するよ、アンジュ君」

 黒咲会長に免じて、ね。
 そう言って差し出された手を、俺は確かに、握り返したのだった。



 
◆ ◆ ◆

 --如月宅・寝室。



「あの……シャワー、ありがとう」
「……ああ」

 「おかえり」そう微笑むと同時に、手に持っていた本をパタンと閉じる如月。
 ヘアセットのない、前髪を下ろしたスウェット姿。
 先にシャワーを済ませた如月は、ベッド脇の椅子に座り、俺を待っていた。

 ……いつの間にか家に連れられて、なんか、シャワーまで借りちゃったけど。 

「えっと……どう、すれば」

 寝室の扉の前。立ち尽くした俺は、迷いつつ、静かに部屋を見回す。
 如月の家は、とにかく無機質だ。物も必要最低限しか置かれていないし、「モデルルームです」と言われたら、そうかと納得する位には、生活感がなかった。
 モノトーンで統一された、殺風景な空間。真ん中に置かれたキングサイズのベッドだけが、やけに浮いて見えた。
 
「帰ってきたことだし……始めようか」

 椅子から立ち上がり、こちらへ歩みを進める如月。
 早くない!?なんて言える空気感ではなかった。
 扉側から見て正面。ベッドの後方部に軽く腰掛けた如月は「ここかな」そう頷き、俺を手で呼び寄せるのだ。

 目を逸らし、ごくりと唾を飲む。
 男同士とか、俺、知識すらないし。そもそも、ほんとにできるのかな。
 ″寝室″かつ″二人きり″という、人生で経験したことの無いシチュエーションが、余計に不安を助長させた。

 --……やるしか、ないけど。

 胸に手を当て、なんとか自分を落ち着かせる。こんな段階からビビっていたら、京極の相手なんてできっこないと、分かっていた。

「よ、よろしくお願いし……マス」

 背に腹は変えられない。覚悟を決めた俺は、ゆっくりと如月の元へ進む。
 指示通り、隣へ腰掛けたそのときだ。

「違うよ。君の座る場所は、ここじゃない」

 ゾッとするような、低い声だった。
 次の瞬間。如月は俺の二の腕を鷲掴み、ベッド下へと引きずり下ろしたのだ。
 
「っい………たぁ!」 

 腰をうちつけ、あまりの痛みに呻く。なにが起きたか理解できない……否、理解したくない。
 しかし、絶えず痛む腰がこれは現実だと訴えかけてくる。

「駄目じゃないか。枕営業は″奉仕″なんだから」
「っなに、奉仕……?」

 戸惑う俺に、如月は無言で、自身が床に着いた足の間を指さす。
 ……そこに座れってこと?
 困惑と、恐怖と、後悔。突き刺さるような視線が、ただ痛かった。

「やだよお、そんなの……」
「我儘言わない。……はあ、そんなんじゃいつまで経っても始められないよ」
「っだ、だって……いくらなんでも、床はおかしいじゃん!」

 慌てて抗議する。いくら対価を返すためとはいえ、あんまりじゃないか。
 しかし、精一杯反論したところで、如月の主張は変わらない。不機嫌そうに「早く」と急かしてくるのだ。

 怖いことしないって、言ったのに。
 その他にも、色々物申したいことはあるが……きっと、俺が動かない限り状況は変わらないのだろう。

「ううう……」

 まあ一応、教えてもらう立場だし。如月サン、なんか怖いし。
 葛藤した末、不服に思いながらも膝をつき、彼の太ももへ手を添える。
 大人しく従った俺を、如月は「いい子」と撫でた。

「アンジュ君、これは指導だ。僕が厳しくするのも、全部君のため……分かるだろう?」

 先程と一転し、その口調は優しい。
 異様な空気だ。情緒不安定な男が、場を支配している。

「俺の、ため……」

 これまでの扱いを顧みれば、とてもそうは思えない。
 本当に?と言外に含ませる。
 それが、気に触ったのだろう。如月は頭に置いたままの手で、くしゃりと俺の髪を掴んだ。

「いっ……!」
「……納得できない、って顔だ」
「や、やめて……っ」

 激しく抵抗しようが、如月は動じなかった。
 少しの間悩む素振りを見せたあと、ひとり納得した様子で、頷く。

「今まで、優しくしすぎたかな。……黒咲会長も君にだけは甘いし、ね」

 そう言って、無理やり俺の頭を引き寄せる如月。痛いよ!と、わけも分からず見上げた先、爛々と光る金目。
 戸惑う俺の口元へ、もう片方の手が添えられた。

「口を開けて」

 感触を確かめるように、唇を辿る指。「へ?」と間抜けな声をあげた次の瞬間。

 それは、俺の口内へとねじ込まれたのだ。

「っあ!?……ん、んむ」
「指を添えられたら、自分から開かなきゃ」

 これから覚えようね、と如月が続ける。
 口の中。咥えさせられた二本の指が、生き物みたいに動き回る。
 時々喉奥に差し込まれては、嗚咽する寸前で、甘やかすように舌をなぞられるのだ。
 
「っかひゅ、ぅ、ぅぐ……っ」
「ふふ、苦しかった?………ごめんね、アンジュ君」

 ぐちゅり。動くたび鳴る音が恥ずかしかった。背中にぞくぞくと、体感したことの無い痺れが走る。

「大丈夫。君がどんなに生意気で、わからず屋の馬鹿でも、僕がこうして、教えてあげるから」
「ふ、っぅ、ぅ……」
「躾けてあげる。ちゃんと、従順になれるように。……ふふっ、よかったね?枕営業も学べて、一石二鳥じゃないか」
「っや、やぁ……」

 なんとか逃れようと、歯に力を込めたときだ。

「--ねえ。今、噛もうとしたでしょ」

 頭を押さえつけていた手が、真正面から、俺の首を捕らえた。

「っん゛、ぐぅ!?」
「……まったく、感謝して欲しいくらいなのに」

 如月が苛立った様子で言う。
 反応を楽しむように、脅すように、徐々に強まる力。  

 抑えられた脈から、自分の鼓動を感じた。

「っひ、ぁ……!……う゛、ぅぅ」
「君の細い首なんて、簡単に締められる。……これ以上力を込めたら、どうなるかな」

 息がしにくい。深く、息を吸うべきなのに。口の中の指が邪魔で、上手くできない。焦れば焦るほど、呼吸が浅くなって、苦しかった。
 --生殺与奪の権を握られている。
 そう、嫌でも実感してしまった。抵抗の意志などもう無い。
 縋るように、首に伸びた手を掴む。

 如月はそんな俺を見下ろし、うっそりと笑うのだ。
 ……ああ、これが、この人の本性なんだ。
 ぼやける意識の中。あまりに迂闊な数刻前の自分を、ただ恨んだ。
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