13 / 17
億万長者への道02《総売上:??円》
枕営業
しおりを挟む
「なんとなんとお!VIP席、アンジュ君の素敵な素敵な王子様から--
アルマンド全種類、まとめて4本!頂きましたあー!!!」
続いて、「よいしょおー!」とホストたちの大きな声が響く。
囲まれた中心。鎮座するのは、俺と金髪ヤクザ--京極亜蓮だ。
小さく縮こまる俺と、なんでもないような顔で肩を抱いてくる京極サン。これ普通、肩組むの俺の方じゃない?俺、ホスト側だよね……?という疑問は禁じ得ない。
ちらりと見やった横顔は、厳つい格好や雰囲気からは想像もつかないほど、繊細で美しかった。
置いてきぼりで続くシャンパンコールのさなか。現実逃避するように、この数十分で起きた出来事を思い返す。
あれから。
軽やかな足取りでVIP席から出た俺がまず行ったのは、如月への報告。
嬉しさのあまり、大して親しくもないのに「指名貰った!あと、アルマンドも!」と興奮気味に伝えてしまったのだが。如月は僅かに驚いたのち、すごいねと頭を撫でてくれた。……ちょっと嬉しかった。
ただ如月が言うに、それだけでは情報が不十分らしい。(実はアルマンドには何色かあり、それぞれ値段も違うんだと)
高いシャンパンだし、そこはちゃんとしなきゃ!と急いで確認に戻ったところ、入った色は--なんと、全色。
「全部もってくればいいだろう」そう腕を組む京極に、流石の如月も「本当に全色ですか?」と聞き返していた。
そりゃあ俺も、最初は手放しに喜んださ。
アルマンド全色となればゴールド、グリーン、ブルー、ピンク、全部で四本だって言うから。沢山シャンパン貰えて嬉しい!という、軽い感覚だったのだ、俺は。
しかし蓋を開けてみれば、アルマンド全色を入れた場合、小計は300万。ホストクラブはプラスでTAX料がかかる(うちの場合は40%らしい)から、実際支払う金額は凡そ450万。
--450万。
金額を聞いた時、流石の俺も震えた。あまりの大金に実感が湧かなかったし、それを払える京極の財力にも驚いた。
それに……ここまでの金額を使われると、他の問題も出てくるわけで。
ホストと客との関係で言えば、どうしても対等にもっていくのは難しい。お金を″使う側″と、″使われる側″だから。しかし、なるべく対等に見えるよう、ホスト側は努力する必要がある。使ってもらった分に見合うような対価を与え、この関係が「WinWinである」と錯覚させる。
それが関係を続けていくコツだ、と如月は言っていた。
……正直な話、そんな技量、ぽっと出の俺にあるはずもない。450万の対価なんて分からないし、己の命を持っても返しきれないのでは?と思うのだ。
相手は女の子じゃない。ヤクザの、しかも男。
嫌な音をたて始めた心臓に、そっと手を置く。
初対面の同性にポーンと450万も使うなんて。なにか裏があると考えてしまうのも、無理ないだろう。
俺の不安など露知らず、シャンパンコールは終盤へと差し掛かる。
もやがかった意識の中。先程、如月から手短に教えてもらった「あること」を思い出し、はっと顔を上げた。
--シャンパンコールって、最後にお互いコメントしなきゃいけないんだっけ……?
やばい、なにも考えてない。
どうにか捻り出そうと頭を悩ませるも、遅かった。次の瞬間には、「それでは一言頂きましょう!3・2・1」とキャストの持つマイクが京極へ手渡されてしまったのだ。
「………」
「………お、王子!一言お願いしまあす!」
無言の京極に、キャストが控えめに進言する。
しかし、京極は答えない。目の前のキャストから視線を逸らし、その後、何故か俺の顔をじいと見やった。
「あの……」
「………」
「えっと……一言貰えると嬉しい、かもお……」
そう言って、やけに圧のある赤目を見つめ返す。
先程までの騒がしさはどこへ?と尋ねたくなるほど、周囲は静まり返っていた。本来盛り上がるはずのシャンパンコールで、こうも気まずい空気が流れるとは。
……こっちは必死になに言うか考えてるのに。京極サンは無言なくせして、なんでこんな余裕そうなの!
内心むっとしつつ、ぎこちない笑みを見せたそのときだ。
「へえ」
彫刻のように整った顔が、ずいと目前に近づく。あと数センチで唇がくっついてしまいそうなほど、近い距離だ。
「っちょっと……」
離れようと間に差し出した両手は、いとも容易く捉えられた。
京極は肩から腕を外すと、片手で両手首を掴んだまま、覆い被さるように俺をソファーの背もたれへと倒す。
「--いいな、その顔」
「……へ?」
「生意気。……ッハハ、俺にそんな態度とってくるやつ、中々いないよなあ。うん」
先程までの仏頂面とは打って変わって、ひとり声を上げて笑う京極。
……様子がおかしい。
得体の知れない恐ろしさに、身体中を悪寒が走った。
「ひ……っ」
肩を震わす俺に構わず、京極は続ける。
「……お前、いくらで買えるの?」
「何言って……」
「いくらで俺のものになる?」
冗談だろう、そう思いたかった。
しかし、目の前の男は到底、冗談を言っているようには見えない。
それに--この男、ヤクザだ。
逃れようのない事実に、胸が重くなる。
ヤクザについて、別に詳しくないけど。人を買うとか、殺すとか……そういうことも、簡単にできてしまうんじゃないかって。そう考えたら尚更、震えが止まらなかった。
「っな、ならないよお!俺は、俺のだもん……っ」
「へえ?……まあ、″今は″それでもいいけど 」
おどけたように肩を竦める。目線は、変わらず俺に向いたまま。
暫くして。「そういえば」と背後を振り返った京極は、机の上のアルマンドを見やり、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺はお前に今日、450万使ったよな」
「そう、だけど」
「囲うのは待ってやってもいい……が。お前には、450万円分の対価を支払う義務がある」
「そうだろう?」と首を傾ける京極。
……断定するように言われてしまえば、「そうだ」と肯定する他ない。
黙って首を縦に振る。目の前の男は満足気に頷き、俺の頬を撫でた。
「お前には、なにができるんだ?」
「……わ、わからない」
「そう……何も思いつかない、と」
「っごめんなさい」
「教えてやろうか」
「………?」
「450万の対価になり得るような……お前にできる、唯一のこと」
そう言って、骨ばった指を俺の胸から腹へと滑らせる。
臍の上でくるりと一周させた後、「ここだよ」とでも言いたげに、とんとん、と指を突き立てた。
「体で払えばいい」
「……体、で?」
「ああ。……お前はホストだろう?」
ずいと顔を寄せた京極は、俺の耳に唇をあて、囁いた。
「なら、できるよな--枕営業」
------
【用語解説】
シャンパンコール
→ ホストクラブでの定番パフォーマンス。一定金額以上のシャンパンの注文が入ったテーブルに店の従業員が集まり、その場を盛り上げるために行う。
TAX料金
→消費税のこと。お会計の合計にプラスでかかる。お店によってバラバラだが、ホストクラブでは平均30%程度のTAX料がかかる。
枕営業
→ ホストの営業方法の1つ。ホストが客と体の関係を結ぶことで来店・指名・売上につなげる方法。
アルマンド全種類、まとめて4本!頂きましたあー!!!」
続いて、「よいしょおー!」とホストたちの大きな声が響く。
囲まれた中心。鎮座するのは、俺と金髪ヤクザ--京極亜蓮だ。
小さく縮こまる俺と、なんでもないような顔で肩を抱いてくる京極サン。これ普通、肩組むの俺の方じゃない?俺、ホスト側だよね……?という疑問は禁じ得ない。
ちらりと見やった横顔は、厳つい格好や雰囲気からは想像もつかないほど、繊細で美しかった。
置いてきぼりで続くシャンパンコールのさなか。現実逃避するように、この数十分で起きた出来事を思い返す。
あれから。
軽やかな足取りでVIP席から出た俺がまず行ったのは、如月への報告。
嬉しさのあまり、大して親しくもないのに「指名貰った!あと、アルマンドも!」と興奮気味に伝えてしまったのだが。如月は僅かに驚いたのち、すごいねと頭を撫でてくれた。……ちょっと嬉しかった。
ただ如月が言うに、それだけでは情報が不十分らしい。(実はアルマンドには何色かあり、それぞれ値段も違うんだと)
高いシャンパンだし、そこはちゃんとしなきゃ!と急いで確認に戻ったところ、入った色は--なんと、全色。
「全部もってくればいいだろう」そう腕を組む京極に、流石の如月も「本当に全色ですか?」と聞き返していた。
そりゃあ俺も、最初は手放しに喜んださ。
アルマンド全色となればゴールド、グリーン、ブルー、ピンク、全部で四本だって言うから。沢山シャンパン貰えて嬉しい!という、軽い感覚だったのだ、俺は。
しかし蓋を開けてみれば、アルマンド全色を入れた場合、小計は300万。ホストクラブはプラスでTAX料がかかる(うちの場合は40%らしい)から、実際支払う金額は凡そ450万。
--450万。
金額を聞いた時、流石の俺も震えた。あまりの大金に実感が湧かなかったし、それを払える京極の財力にも驚いた。
それに……ここまでの金額を使われると、他の問題も出てくるわけで。
ホストと客との関係で言えば、どうしても対等にもっていくのは難しい。お金を″使う側″と、″使われる側″だから。しかし、なるべく対等に見えるよう、ホスト側は努力する必要がある。使ってもらった分に見合うような対価を与え、この関係が「WinWinである」と錯覚させる。
それが関係を続けていくコツだ、と如月は言っていた。
……正直な話、そんな技量、ぽっと出の俺にあるはずもない。450万の対価なんて分からないし、己の命を持っても返しきれないのでは?と思うのだ。
相手は女の子じゃない。ヤクザの、しかも男。
嫌な音をたて始めた心臓に、そっと手を置く。
初対面の同性にポーンと450万も使うなんて。なにか裏があると考えてしまうのも、無理ないだろう。
俺の不安など露知らず、シャンパンコールは終盤へと差し掛かる。
もやがかった意識の中。先程、如月から手短に教えてもらった「あること」を思い出し、はっと顔を上げた。
--シャンパンコールって、最後にお互いコメントしなきゃいけないんだっけ……?
やばい、なにも考えてない。
どうにか捻り出そうと頭を悩ませるも、遅かった。次の瞬間には、「それでは一言頂きましょう!3・2・1」とキャストの持つマイクが京極へ手渡されてしまったのだ。
「………」
「………お、王子!一言お願いしまあす!」
無言の京極に、キャストが控えめに進言する。
しかし、京極は答えない。目の前のキャストから視線を逸らし、その後、何故か俺の顔をじいと見やった。
「あの……」
「………」
「えっと……一言貰えると嬉しい、かもお……」
そう言って、やけに圧のある赤目を見つめ返す。
先程までの騒がしさはどこへ?と尋ねたくなるほど、周囲は静まり返っていた。本来盛り上がるはずのシャンパンコールで、こうも気まずい空気が流れるとは。
……こっちは必死になに言うか考えてるのに。京極サンは無言なくせして、なんでこんな余裕そうなの!
内心むっとしつつ、ぎこちない笑みを見せたそのときだ。
「へえ」
彫刻のように整った顔が、ずいと目前に近づく。あと数センチで唇がくっついてしまいそうなほど、近い距離だ。
「っちょっと……」
離れようと間に差し出した両手は、いとも容易く捉えられた。
京極は肩から腕を外すと、片手で両手首を掴んだまま、覆い被さるように俺をソファーの背もたれへと倒す。
「--いいな、その顔」
「……へ?」
「生意気。……ッハハ、俺にそんな態度とってくるやつ、中々いないよなあ。うん」
先程までの仏頂面とは打って変わって、ひとり声を上げて笑う京極。
……様子がおかしい。
得体の知れない恐ろしさに、身体中を悪寒が走った。
「ひ……っ」
肩を震わす俺に構わず、京極は続ける。
「……お前、いくらで買えるの?」
「何言って……」
「いくらで俺のものになる?」
冗談だろう、そう思いたかった。
しかし、目の前の男は到底、冗談を言っているようには見えない。
それに--この男、ヤクザだ。
逃れようのない事実に、胸が重くなる。
ヤクザについて、別に詳しくないけど。人を買うとか、殺すとか……そういうことも、簡単にできてしまうんじゃないかって。そう考えたら尚更、震えが止まらなかった。
「っな、ならないよお!俺は、俺のだもん……っ」
「へえ?……まあ、″今は″それでもいいけど 」
おどけたように肩を竦める。目線は、変わらず俺に向いたまま。
暫くして。「そういえば」と背後を振り返った京極は、机の上のアルマンドを見やり、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺はお前に今日、450万使ったよな」
「そう、だけど」
「囲うのは待ってやってもいい……が。お前には、450万円分の対価を支払う義務がある」
「そうだろう?」と首を傾ける京極。
……断定するように言われてしまえば、「そうだ」と肯定する他ない。
黙って首を縦に振る。目の前の男は満足気に頷き、俺の頬を撫でた。
「お前には、なにができるんだ?」
「……わ、わからない」
「そう……何も思いつかない、と」
「っごめんなさい」
「教えてやろうか」
「………?」
「450万の対価になり得るような……お前にできる、唯一のこと」
そう言って、骨ばった指を俺の胸から腹へと滑らせる。
臍の上でくるりと一周させた後、「ここだよ」とでも言いたげに、とんとん、と指を突き立てた。
「体で払えばいい」
「……体、で?」
「ああ。……お前はホストだろう?」
ずいと顔を寄せた京極は、俺の耳に唇をあて、囁いた。
「なら、できるよな--枕営業」
------
【用語解説】
シャンパンコール
→ ホストクラブでの定番パフォーマンス。一定金額以上のシャンパンの注文が入ったテーブルに店の従業員が集まり、その場を盛り上げるために行う。
TAX料金
→消費税のこと。お会計の合計にプラスでかかる。お店によってバラバラだが、ホストクラブでは平均30%程度のTAX料がかかる。
枕営業
→ ホストの営業方法の1つ。ホストが客と体の関係を結ぶことで来店・指名・売上につなげる方法。
21
お気に入りに追加
656
あなたにおすすめの小説


嫌われ者の僕
みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈学園イチの嫌われ者が総愛される話。嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。
※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。改行多めで読みにくいかもです。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。



ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる