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第4章
会合
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いつもジャンヌがつけている柑橘系の香りを鼻先に感じ、キアラはようやく手放しかけていた理性を取り戻した。
そうすると、今度は自分がしている行為の恥ずかしさにいたたまれなくなり、なかなかジャンヌから離れられない。
離れたところで、どんな顔をして良いかも分からないし、ここまでの説明をどうしようかも迷う。
ただ、この体勢もそろそろ限界だわ…!
人前で号泣したことも十分恥ずかしいが、未婚の女性が、婚約者はおろか恋人でさえない男性に道端で抱きつくなど、痴女と謗られても仕方がないような行為だ。
やましい気持ちなどなかったとは言え、ジャンヌからしてみれば気持ちが悪かったかもしれない。
身体に触れている骨格が、感触が、形が、女性である自分とは異なるのを意識すればするほど、キアラの思考がドロドロと溶け出す。
とうとう羞恥もここに極まれりと思った時、耳元でジャンヌが吹き出した。
その反応に驚いたキアラは、咄嗟にその顔を見上げる。
「いやごめん…もう大丈夫、みたいだね?」
想像よりも間近にあった顔は「君の考えなどお見通しです」と言わんばかりの苦笑を浮かべており、キアラの顔が再び熱くなる。
「は…はい…ご迷惑を…って、え?」
一瞬力が緩んだのを幸いと身体を離そうとしたのだが、ジャンヌの腕は結局キアラの背中に戻ってしまった。
むしろ、離れようとして二人の間に差し込んだキアラの手も胸に抱え込まれている分、ホールド感は増している。
「……あの…?」
戸惑いながらもう一度顔を上げれば、そのご尊顔には満面の笑みが浮かぶ。
女装の時は女神だと思っていたが、改めてみれば今は完全な男性だ。
「で、キアラは何でこんなところにいるの?」
「ひぃっ!」
引きつれたような悲鳴が喉奥から漏れる。
普通の令嬢がみれば腰を抜かしそうなキラキラしい笑顔かもしれないが、今のキアラには分かってしまう。
これは、めちゃくちゃ怒っていらっしゃる!!!
「何、その変装?誰の入れ知恵?とっても可愛いけど、返答次第では考えがあるけど。」
「えっと、これは…クロード様が…」
「へぇー、ふぅーん、その話、あとで詳しく聞かないとだね…」
「いえ!クロード様は全く悪くないのです!むしろ、私がお付き合いいただいたようなもので…!」
「へぇー、そんなに庇うんだ……?何?ちょっと目を離した隙に距離が縮まってるわけ?」
なぜだろう。一瞬周囲の温度が氷点下かと思うくらいに下がった気がしたのは。
「距離?いえ、クロード様はただ協力してくださっただけで…」
「だいたいさ、キアラにこんな可愛い格好をさせるなんてズルくない?俺だってもっとキアラにあんな服とか、こんな格好とか…」
「可愛い…?いえ、それより、何のお話ですっけ…?」
「ああ、ごめん…思わず願望が止まらなくて…じゃなくて、この時間にこんなところを出歩くって、その危険性分かってる?ここはね、女だけじゃなく、男だって独り歩きは危ないんだよ?」
それはあなたもでは?と言いかけた視界に倒れた男が入り込む。
少なくとも、男を一発でのすほどの力はあるわけだから、ぐうの音も出ない。
「それは…はい……身をもって…」
男はまだ目が覚める気配もなく、うつ伏せのまま端に倒れている。
ジャンヌが傍にいるおかげで、もう怖いとは思わないが、あの時感じた恐怖そのものは簡単には忘れられないだろう。
「…ありがとうございました…助けてくれて…」
呟くようにそう言うと、後ろに回った手に力が入る。
片手はキアラの頭を抱え込み、長い指が愛おしげに髪の間に入り込む。
ジャンヌの顔がキアラの肩口に埋まり、くすぐったさと羞恥を感じたのは一瞬。
まるで肺を絞ったように震える長い溜息がすぐそばに漏れるのを聞いて、そんな思考は吹き飛んだ。
「…キアラに何もなくて……本当に良かった…」
「ジャンヌ…」
心の底からの安堵を感じさせる言葉だった。
それを言葉だけでなくジャンヌの全身から感じ取り、不謹慎だと思いつつも胸の奥がじんわりと温かくなるのを止められない。
どうして彼は、付き合いの短い私を、こんなに大切に扱ってくれるのだろう…。
その疑問を深く考える余裕もなく、ジャンヌは唐突にキアラを解放した。
彼の耳が少し赤くなっているように見えたのは、恐らく気のせいだろう。
「…で、クロードの馬鹿とはどういう話になってるの?」
「あ、えーっと…」
キアラは、ジャンヌにこれまでの流れをできるだけ順序立てて説明した。
クロードが娼館にいることは何と言って良いかわからなかったので、飲み屋とだけ説明しておいたが、顔を赤くしてしどろもどろになるキアラの様子から察するところがあったらしい。
「話は分かった。じゃあキアラ、少し行ったところで馬車を拾おう。君はオテルに帰るんだ。」
「え?!」
その言い方ではまるで、「キアラだけ帰る」ようではないか。
そう思ってジャンヌをハタと見据えると、彼はその視線に怯むことなく見返す。
「そう、もちろん君だけ帰るんだ。俺は残って、アルファーノ・ブルーノの様子を探ってこないとだし、グレゴ―」
「嫌です。だったら私も残ります。」
「キアラ!」
「嫌です!私の話をきいていましたか?!あなたを追って、ここまで来たんです…いえ、途中で予定が狂ったところはありましたけど…。でも、こうして合流できたわけですから、私も一緒に――」
「ダメだ。君は帰るんだ。」
「何でですか?私が帰るなら、あなたも―」
「俺は残る。だが、君は残っても足手まといだ。」
一瞬、頭をガツンと殴られたのかと思った。それくらいの衝撃だった。
「なんですって…」
「足手まといなんだよ。君が今できる最善の行動は、オテルに帰ってウィルと共に朝までゆっくり眠ることだ。」
「……」
先程までの優しく、いっそ甘いくらいの雰囲気はどこへいったのか。
同じ見た目なだけで、もしかして違う人物なのではないかと疑うほどの冷たい眼前の男は、一体誰なのか。
「…本気で言ってるんですか。」
「勿論だ。この場で、ただの貴族令嬢である君にできることは何もない。」
先程感じた恐怖は忘れていない。
裏道で感じた心細さも、娼館で感じた不安も、ここまでの道で感じた後悔も忘れてない。
だが、この時キアラが感じたのは、怒りだった。
彼にこんなことを言わせてしまう、額の奥が熱くなるほどの、自分の無力さへの怒り。
「……嫌です。帰りません。」
「キアラ!君の我儘に付き合っていられるほど―」
その言葉を聞いた瞬間、キアラの中で何かが切れ、気付けば人差し指をジャンヌに突きつけていた。
『人指し指』とはよく言ったものだ。
「ええ、我儘ですとも!あなたは私を心配して言っているんでしょうけど、それだって要は我儘ですよね?良いですか、もう一度言うので、よく聞いてください。私も、あなたを、心配したからここにいるんです!」
ジャンヌはそんなキアラの迫力に気圧されたように、身を後ろに引く。
キアラはそれすらも逃すまいと迫る。
「だいたい、あなたのその距離感は何なんです?あなたがいつだって馴れ馴れしいから、うっかり私もあなたを相棒だと思ってしまっているじゃありませんか!既に巻き込んでおいて、私も一緒に動きたいと思わせておいて、今更一人で動こうなどと、よくもそんなことが言えましたね?言っておきますが、私はもう、ベアトリス様のため、国のため、あなたと一緒に頑張ろうって思ってるんですからねっ!」
こんなに声を荒らげたことはない、という程に声を上げたキアラは、気付けばまるで走った後のように肩で息をしていた。
顔の血管が切れているのか、鼻から頬にかけて痺れている。
言ったことに後悔はないが、ジャンヌの顔を見る勇気はなく、その視線を地面に彷徨わせる。
すると、全く予期しない方向から笑い声と拍手が上がり、二人揃って驚きに振り仰ぐ。
「いやいやいや、お前らを見つけた時にはビビったのと同時にブチ切れそうだったけど、いやぁ、いいーもん見たわ。」
「クロード様!」
「クロード!」
よほど可笑しかったのか、アメジストの瞳が若干潤んでいる。
一体どこから見ていたのだろうか、と考えたころで、キアラの顔は赤と青に染まるという器用なことをやってのける。
それに気付いたクロードが、余計な一言を付け加える。
「大丈夫、大丈夫。さっき気付いたところだぜ?」
だいぶ前からいらっしゃったのね…。
そしてクロードがジャンヌに向かって顎をクイっと動かすと、ジャンヌは何かに気付いたようにキアラに手を差し出した。
そういえば座ったままだったと、その手を借りて立ち上がったものの、気まずさからまだ顔は上げられない。
二人の間の微妙な雰囲気を見かねたように、クロードがジャンヌの肩に手をかける。
「今回はお前の負けだな。こんな薄ぎたねー通りで痴話喧嘩もいいけどよ、とりあえず3人での解決策、話し合わねー?」
「!」
クロードの意味するところが分かり、キアラは弾かれたように顔を上げた。
ジャンヌはクロードの顔を一瞥したが、こめかみを押さえて諦めたように息を吐くと、ゆっくりとキアラに視線を移した。
その瞳に、もう拒絶の感情がないのを見てとり、キアラは喉に詰まった塊がぽろりと取れるような心地がした。
「…まずは互いの情報共有からだね。それから、キアラが一番安全な形での調査方法を考えよう。」
「…はい!」
「クロード、お前には後で話があるから。」
「いや待て、俺もお前に話があるからな?」
嘘くさい笑みを浮かべ合う男二人には、これまた別の不穏な空気が渦巻き始めたが、キアラはその場に残れた喜びから、それさえも楽しく感じていた。
そうすると、今度は自分がしている行為の恥ずかしさにいたたまれなくなり、なかなかジャンヌから離れられない。
離れたところで、どんな顔をして良いかも分からないし、ここまでの説明をどうしようかも迷う。
ただ、この体勢もそろそろ限界だわ…!
人前で号泣したことも十分恥ずかしいが、未婚の女性が、婚約者はおろか恋人でさえない男性に道端で抱きつくなど、痴女と謗られても仕方がないような行為だ。
やましい気持ちなどなかったとは言え、ジャンヌからしてみれば気持ちが悪かったかもしれない。
身体に触れている骨格が、感触が、形が、女性である自分とは異なるのを意識すればするほど、キアラの思考がドロドロと溶け出す。
とうとう羞恥もここに極まれりと思った時、耳元でジャンヌが吹き出した。
その反応に驚いたキアラは、咄嗟にその顔を見上げる。
「いやごめん…もう大丈夫、みたいだね?」
想像よりも間近にあった顔は「君の考えなどお見通しです」と言わんばかりの苦笑を浮かべており、キアラの顔が再び熱くなる。
「は…はい…ご迷惑を…って、え?」
一瞬力が緩んだのを幸いと身体を離そうとしたのだが、ジャンヌの腕は結局キアラの背中に戻ってしまった。
むしろ、離れようとして二人の間に差し込んだキアラの手も胸に抱え込まれている分、ホールド感は増している。
「……あの…?」
戸惑いながらもう一度顔を上げれば、そのご尊顔には満面の笑みが浮かぶ。
女装の時は女神だと思っていたが、改めてみれば今は完全な男性だ。
「で、キアラは何でこんなところにいるの?」
「ひぃっ!」
引きつれたような悲鳴が喉奥から漏れる。
普通の令嬢がみれば腰を抜かしそうなキラキラしい笑顔かもしれないが、今のキアラには分かってしまう。
これは、めちゃくちゃ怒っていらっしゃる!!!
「何、その変装?誰の入れ知恵?とっても可愛いけど、返答次第では考えがあるけど。」
「えっと、これは…クロード様が…」
「へぇー、ふぅーん、その話、あとで詳しく聞かないとだね…」
「いえ!クロード様は全く悪くないのです!むしろ、私がお付き合いいただいたようなもので…!」
「へぇー、そんなに庇うんだ……?何?ちょっと目を離した隙に距離が縮まってるわけ?」
なぜだろう。一瞬周囲の温度が氷点下かと思うくらいに下がった気がしたのは。
「距離?いえ、クロード様はただ協力してくださっただけで…」
「だいたいさ、キアラにこんな可愛い格好をさせるなんてズルくない?俺だってもっとキアラにあんな服とか、こんな格好とか…」
「可愛い…?いえ、それより、何のお話ですっけ…?」
「ああ、ごめん…思わず願望が止まらなくて…じゃなくて、この時間にこんなところを出歩くって、その危険性分かってる?ここはね、女だけじゃなく、男だって独り歩きは危ないんだよ?」
それはあなたもでは?と言いかけた視界に倒れた男が入り込む。
少なくとも、男を一発でのすほどの力はあるわけだから、ぐうの音も出ない。
「それは…はい……身をもって…」
男はまだ目が覚める気配もなく、うつ伏せのまま端に倒れている。
ジャンヌが傍にいるおかげで、もう怖いとは思わないが、あの時感じた恐怖そのものは簡単には忘れられないだろう。
「…ありがとうございました…助けてくれて…」
呟くようにそう言うと、後ろに回った手に力が入る。
片手はキアラの頭を抱え込み、長い指が愛おしげに髪の間に入り込む。
ジャンヌの顔がキアラの肩口に埋まり、くすぐったさと羞恥を感じたのは一瞬。
まるで肺を絞ったように震える長い溜息がすぐそばに漏れるのを聞いて、そんな思考は吹き飛んだ。
「…キアラに何もなくて……本当に良かった…」
「ジャンヌ…」
心の底からの安堵を感じさせる言葉だった。
それを言葉だけでなくジャンヌの全身から感じ取り、不謹慎だと思いつつも胸の奥がじんわりと温かくなるのを止められない。
どうして彼は、付き合いの短い私を、こんなに大切に扱ってくれるのだろう…。
その疑問を深く考える余裕もなく、ジャンヌは唐突にキアラを解放した。
彼の耳が少し赤くなっているように見えたのは、恐らく気のせいだろう。
「…で、クロードの馬鹿とはどういう話になってるの?」
「あ、えーっと…」
キアラは、ジャンヌにこれまでの流れをできるだけ順序立てて説明した。
クロードが娼館にいることは何と言って良いかわからなかったので、飲み屋とだけ説明しておいたが、顔を赤くしてしどろもどろになるキアラの様子から察するところがあったらしい。
「話は分かった。じゃあキアラ、少し行ったところで馬車を拾おう。君はオテルに帰るんだ。」
「え?!」
その言い方ではまるで、「キアラだけ帰る」ようではないか。
そう思ってジャンヌをハタと見据えると、彼はその視線に怯むことなく見返す。
「そう、もちろん君だけ帰るんだ。俺は残って、アルファーノ・ブルーノの様子を探ってこないとだし、グレゴ―」
「嫌です。だったら私も残ります。」
「キアラ!」
「嫌です!私の話をきいていましたか?!あなたを追って、ここまで来たんです…いえ、途中で予定が狂ったところはありましたけど…。でも、こうして合流できたわけですから、私も一緒に――」
「ダメだ。君は帰るんだ。」
「何でですか?私が帰るなら、あなたも―」
「俺は残る。だが、君は残っても足手まといだ。」
一瞬、頭をガツンと殴られたのかと思った。それくらいの衝撃だった。
「なんですって…」
「足手まといなんだよ。君が今できる最善の行動は、オテルに帰ってウィルと共に朝までゆっくり眠ることだ。」
「……」
先程までの優しく、いっそ甘いくらいの雰囲気はどこへいったのか。
同じ見た目なだけで、もしかして違う人物なのではないかと疑うほどの冷たい眼前の男は、一体誰なのか。
「…本気で言ってるんですか。」
「勿論だ。この場で、ただの貴族令嬢である君にできることは何もない。」
先程感じた恐怖は忘れていない。
裏道で感じた心細さも、娼館で感じた不安も、ここまでの道で感じた後悔も忘れてない。
だが、この時キアラが感じたのは、怒りだった。
彼にこんなことを言わせてしまう、額の奥が熱くなるほどの、自分の無力さへの怒り。
「……嫌です。帰りません。」
「キアラ!君の我儘に付き合っていられるほど―」
その言葉を聞いた瞬間、キアラの中で何かが切れ、気付けば人差し指をジャンヌに突きつけていた。
『人指し指』とはよく言ったものだ。
「ええ、我儘ですとも!あなたは私を心配して言っているんでしょうけど、それだって要は我儘ですよね?良いですか、もう一度言うので、よく聞いてください。私も、あなたを、心配したからここにいるんです!」
ジャンヌはそんなキアラの迫力に気圧されたように、身を後ろに引く。
キアラはそれすらも逃すまいと迫る。
「だいたい、あなたのその距離感は何なんです?あなたがいつだって馴れ馴れしいから、うっかり私もあなたを相棒だと思ってしまっているじゃありませんか!既に巻き込んでおいて、私も一緒に動きたいと思わせておいて、今更一人で動こうなどと、よくもそんなことが言えましたね?言っておきますが、私はもう、ベアトリス様のため、国のため、あなたと一緒に頑張ろうって思ってるんですからねっ!」
こんなに声を荒らげたことはない、という程に声を上げたキアラは、気付けばまるで走った後のように肩で息をしていた。
顔の血管が切れているのか、鼻から頬にかけて痺れている。
言ったことに後悔はないが、ジャンヌの顔を見る勇気はなく、その視線を地面に彷徨わせる。
すると、全く予期しない方向から笑い声と拍手が上がり、二人揃って驚きに振り仰ぐ。
「いやいやいや、お前らを見つけた時にはビビったのと同時にブチ切れそうだったけど、いやぁ、いいーもん見たわ。」
「クロード様!」
「クロード!」
よほど可笑しかったのか、アメジストの瞳が若干潤んでいる。
一体どこから見ていたのだろうか、と考えたころで、キアラの顔は赤と青に染まるという器用なことをやってのける。
それに気付いたクロードが、余計な一言を付け加える。
「大丈夫、大丈夫。さっき気付いたところだぜ?」
だいぶ前からいらっしゃったのね…。
そしてクロードがジャンヌに向かって顎をクイっと動かすと、ジャンヌは何かに気付いたようにキアラに手を差し出した。
そういえば座ったままだったと、その手を借りて立ち上がったものの、気まずさからまだ顔は上げられない。
二人の間の微妙な雰囲気を見かねたように、クロードがジャンヌの肩に手をかける。
「今回はお前の負けだな。こんな薄ぎたねー通りで痴話喧嘩もいいけどよ、とりあえず3人での解決策、話し合わねー?」
「!」
クロードの意味するところが分かり、キアラは弾かれたように顔を上げた。
ジャンヌはクロードの顔を一瞥したが、こめかみを押さえて諦めたように息を吐くと、ゆっくりとキアラに視線を移した。
その瞳に、もう拒絶の感情がないのを見てとり、キアラは喉に詰まった塊がぽろりと取れるような心地がした。
「…まずは互いの情報共有からだね。それから、キアラが一番安全な形での調査方法を考えよう。」
「…はい!」
「クロード、お前には後で話があるから。」
「いや待て、俺もお前に話があるからな?」
嘘くさい笑みを浮かべ合う男二人には、これまた別の不穏な空気が渦巻き始めたが、キアラはその場に残れた喜びから、それさえも楽しく感じていた。
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