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第3章
王都
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暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかな昼すぎの王都。
演習を終えて執務室に戻ったクロードは、腰元の剣を立てかけ、重たい隊服のジャケットを脱ぐと溜息をついた。
早朝からの演習など、考えたやつを絞め殺してやりたい。
王国近衛騎士団第一部隊隊長などという大げさな肩書をぶら下げているが、要は国を守る傭兵部隊の管理職だ。
男ばかりのむさ苦しい訓練に、次から次へと起こる隊内外での問題解決、休憩のたびに増える決裁待ちの書類。
ただでさえ忙しい日々の中、今は特に厄介事を背負い込んでいるときであり、ろくに寝てもいない。
そんな中で早朝から戦時演習だと?
日も明けないうちから野暮ったい顔を突き合わせて戦争ごっこをしたいなどと提案した奴は、よほど暇に違いない。
父親の時代に終結したのを最後に大きな戦は起こっておらず、騎士団の名はもはや形骸化しつつある。
クロード率いる第一部隊も、かつては特攻を任された精鋭部隊だったそうだが、現在の主な職務は諜報任務なのだから、剛腕で謳われた口うるさい祖父が生きていたら、さぞかし嘆いたことだろう。
だが、疲れることは極力したくない性分のクロードにはありがたい時代でもあった。
伯爵位継承権のない次男であるクロードは、父親のもつ子爵位をもらうか、金持ちの妻をもらうかして、のんびりとした老後を送るのが夢なのだ。
さて、平穏な老後のためにも仕事するか。
首の骨をコキリと鳴らし、机上に重ねられた書類のうち、比較的薄いものを一つとる。
ところが、見計らったようなそのタイミングでドアがノックされる。
「入れ。」
「…お茶…もってきた。」
自分と同じ隊服に身を包んだ長身の男が、無表情のまま足音も立てずに入ってくる。
普段は大人しいくせに、実践となると怪物級に強いギャップが、異性より同性にうけている幼なじみ。
そんな男が盆にティーセットと焼き菓子を載せた絵面は、控えめに言っても冗談めいて見えるが、本人は至って真面目だ。
クロードの許可も待たずテーブルに用意する様など、メイドも真っ青な手際の良さ。
「最近お前が、よくできた女房に見えてきたぜ。」
「……嫌だ。」
「安心しろ、俺も嫌だ。」
クロードと同じく近衛騎士団に所属し、同じく哀れな管理職の男。
切れ長の黒い目に、6フィート超の長身という見た目に加え、生来の無口な質が周囲に近寄りがたい印象を与えているようだが、クロードに言わせれば、アイザックの方がよほど優しさと温かみのある人間だ。
自分や、あいつに比べれば。
持っていた書類を投げやりに机に放ると、クロードはテーブル前のソファに移動する。
長い脚を組み、ゆるくウェーブのかかった髪をけだるげに掻き上げる仕草は、いかにも女性受けしそうな色気を放つ。
口さえ開かなければ。
「それで?クソ忙しいお前が、あの馬鹿みてーな演習を終えた俺を、ただ労いにきてくれたわけじゃねーんだろ?」
「…これ…」
そう言ってアイザックが胸元から取り出したのは、一通の白い封筒だった。
既に封は切ってあるので、中身を確認しろということらしい。
嫌な予感しかしないが、紙を開いて短い文面に目を走らせる。
「はぁ…、あいつは俺たちを暇人だとでも思ってんのかね?」
「ここからだと…半日…」
「今が、あー、12時前だから、着くのは夜中だぞ。」
皿にある焼き菓子を乱暴につかんで口に放り込む。
イライラには糖分だ、糖分。
「…ごめん…僕は抜けられない…」
「あ?あー、そっちは明日からの御守りの準備か。」
「うん…副長が死んでる…」
「…お前のとこの副長、器用貧乏だもんな。」
この度、海外での遊学期間を終えて帰国する第一王子は、近日中に立太子の儀にて正式な王太子に即位となる。
5年もの間国を空けていた次代の王のため、ここ王都では大小様々な行事が予定されており、その護衛のために第二・三部隊は駆り出される。
スケジュールの確認に、緊急事態に備えたシミュレーション、各所との会議や調整などが、日常業務に純増の形で付加されている。
長の負担も半端ではない。
「仕方ねぇな…。俺が行ってやる。」
「ごめん…」
「気にすんな。」
と言って茶を口にしながらも、そのアメジストの目は自然と決裁待ちの行列をつくる書類へと向かう。
気づいたアイザックが、叱られた子犬みたいになるものだから、クロードの良心がガリガリと削られる。
隊内でこの男に羨望の眼差しを向けている奴らは、一体こいつの何を見てるんだ。
「…いいって。わざわざこんな手紙寄越すってことは、なんかヤベーことがあるんだろ。」
「多分ね…無茶苦茶だけど…馬鹿じゃない。」
「だな。だからって、ムカつくのは変わんねーけど。」
クロードは最後に一つ菓子を口に放ると、脱いだばかりの上着をひっつかみ、アイザックを残したまま急いで部屋をあとにした。
演習を終えて執務室に戻ったクロードは、腰元の剣を立てかけ、重たい隊服のジャケットを脱ぐと溜息をついた。
早朝からの演習など、考えたやつを絞め殺してやりたい。
王国近衛騎士団第一部隊隊長などという大げさな肩書をぶら下げているが、要は国を守る傭兵部隊の管理職だ。
男ばかりのむさ苦しい訓練に、次から次へと起こる隊内外での問題解決、休憩のたびに増える決裁待ちの書類。
ただでさえ忙しい日々の中、今は特に厄介事を背負い込んでいるときであり、ろくに寝てもいない。
そんな中で早朝から戦時演習だと?
日も明けないうちから野暮ったい顔を突き合わせて戦争ごっこをしたいなどと提案した奴は、よほど暇に違いない。
父親の時代に終結したのを最後に大きな戦は起こっておらず、騎士団の名はもはや形骸化しつつある。
クロード率いる第一部隊も、かつては特攻を任された精鋭部隊だったそうだが、現在の主な職務は諜報任務なのだから、剛腕で謳われた口うるさい祖父が生きていたら、さぞかし嘆いたことだろう。
だが、疲れることは極力したくない性分のクロードにはありがたい時代でもあった。
伯爵位継承権のない次男であるクロードは、父親のもつ子爵位をもらうか、金持ちの妻をもらうかして、のんびりとした老後を送るのが夢なのだ。
さて、平穏な老後のためにも仕事するか。
首の骨をコキリと鳴らし、机上に重ねられた書類のうち、比較的薄いものを一つとる。
ところが、見計らったようなそのタイミングでドアがノックされる。
「入れ。」
「…お茶…もってきた。」
自分と同じ隊服に身を包んだ長身の男が、無表情のまま足音も立てずに入ってくる。
普段は大人しいくせに、実践となると怪物級に強いギャップが、異性より同性にうけている幼なじみ。
そんな男が盆にティーセットと焼き菓子を載せた絵面は、控えめに言っても冗談めいて見えるが、本人は至って真面目だ。
クロードの許可も待たずテーブルに用意する様など、メイドも真っ青な手際の良さ。
「最近お前が、よくできた女房に見えてきたぜ。」
「……嫌だ。」
「安心しろ、俺も嫌だ。」
クロードと同じく近衛騎士団に所属し、同じく哀れな管理職の男。
切れ長の黒い目に、6フィート超の長身という見た目に加え、生来の無口な質が周囲に近寄りがたい印象を与えているようだが、クロードに言わせれば、アイザックの方がよほど優しさと温かみのある人間だ。
自分や、あいつに比べれば。
持っていた書類を投げやりに机に放ると、クロードはテーブル前のソファに移動する。
長い脚を組み、ゆるくウェーブのかかった髪をけだるげに掻き上げる仕草は、いかにも女性受けしそうな色気を放つ。
口さえ開かなければ。
「それで?クソ忙しいお前が、あの馬鹿みてーな演習を終えた俺を、ただ労いにきてくれたわけじゃねーんだろ?」
「…これ…」
そう言ってアイザックが胸元から取り出したのは、一通の白い封筒だった。
既に封は切ってあるので、中身を確認しろということらしい。
嫌な予感しかしないが、紙を開いて短い文面に目を走らせる。
「はぁ…、あいつは俺たちを暇人だとでも思ってんのかね?」
「ここからだと…半日…」
「今が、あー、12時前だから、着くのは夜中だぞ。」
皿にある焼き菓子を乱暴につかんで口に放り込む。
イライラには糖分だ、糖分。
「…ごめん…僕は抜けられない…」
「あ?あー、そっちは明日からの御守りの準備か。」
「うん…副長が死んでる…」
「…お前のとこの副長、器用貧乏だもんな。」
この度、海外での遊学期間を終えて帰国する第一王子は、近日中に立太子の儀にて正式な王太子に即位となる。
5年もの間国を空けていた次代の王のため、ここ王都では大小様々な行事が予定されており、その護衛のために第二・三部隊は駆り出される。
スケジュールの確認に、緊急事態に備えたシミュレーション、各所との会議や調整などが、日常業務に純増の形で付加されている。
長の負担も半端ではない。
「仕方ねぇな…。俺が行ってやる。」
「ごめん…」
「気にすんな。」
と言って茶を口にしながらも、そのアメジストの目は自然と決裁待ちの行列をつくる書類へと向かう。
気づいたアイザックが、叱られた子犬みたいになるものだから、クロードの良心がガリガリと削られる。
隊内でこの男に羨望の眼差しを向けている奴らは、一体こいつの何を見てるんだ。
「…いいって。わざわざこんな手紙寄越すってことは、なんかヤベーことがあるんだろ。」
「多分ね…無茶苦茶だけど…馬鹿じゃない。」
「だな。だからって、ムカつくのは変わんねーけど。」
クロードは最後に一つ菓子を口に放ると、脱いだばかりの上着をひっつかみ、アイザックを残したまま急いで部屋をあとにした。
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