侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

文字の大きさ
上 下
27 / 38
第3章

王都

しおりを挟む
暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかな昼すぎの王都。
演習を終えて執務室に戻ったクロードは、腰元の剣を立てかけ、重たい隊服のジャケットを脱ぐと溜息をついた。

早朝からの演習など、考えたやつを絞め殺してやりたい。

王国近衛騎士団第一部隊隊長などという大げさな肩書をぶら下げているが、要は国を守る傭兵部隊の管理職だ。
男ばかりのむさ苦しい訓練に、次から次へと起こる隊内外での問題解決、休憩のたびに増える決裁待ちの書類。
ただでさえ忙しい日々の中、今は特に厄介事を背負い込んでいるときであり、ろくに寝てもいない。
そんな中で早朝から戦時演習だと?
日も明けないうちから野暮ったい顔を突き合わせて戦争ごっこをしたいなどと提案した奴は、よほど暇に違いない。

父親の時代に終結したのを最後に大きな戦は起こっておらず、騎士団の名はもはや形骸化しつつある。
クロード率いる第一部隊も、かつては特攻を任された精鋭部隊だったそうだが、現在の主な職務は諜報任務なのだから、剛腕で謳われた口うるさい祖父が生きていたら、さぞかし嘆いたことだろう。
だが、疲れることは極力したくない性分のクロードにはありがたい時代でもあった。
伯爵位継承権のない次男であるクロードは、父親のもつ子爵位をもらうか、金持ちの妻をもらうかして、のんびりとした老後を送るのが夢なのだ。

さて、平穏な老後のためにも仕事するか。

首の骨をコキリと鳴らし、机上に重ねられた書類のうち、比較的薄いものを一つとる。
ところが、見計らったようなそのタイミングでドアがノックされる。

「入れ。」

「…お茶…もってきた。」

自分と同じ隊服に身を包んだ長身の男が、無表情のまま足音も立てずに入ってくる。
普段は大人しいくせに、実践となると怪物級に強いギャップが、異性より同性にうけている幼なじみ。
そんな男が盆にティーセットと焼き菓子を載せた絵面は、控えめに言っても冗談めいて見えるが、本人は至って真面目だ。
クロードの許可も待たずテーブルに用意する様など、メイドも真っ青な手際の良さ。

「最近お前が、よくできた女房に見えてきたぜ。」

「……嫌だ。」

「安心しろ、俺も嫌だ。」

クロードと同じく近衛騎士団に所属し、同じく哀れな管理職の男。
切れ長の黒い目に、6フィート超の長身という見た目に加え、生来の無口な質が周囲に近寄りがたい印象を与えているようだが、クロードに言わせれば、アイザックの方がよほど優しさと温かみのある人間だ。
自分や、に比べれば。

持っていた書類を投げやりに机に放ると、クロードはテーブル前のソファに移動する。
長い脚を組み、ゆるくウェーブのかかった髪をけだるげに掻き上げる仕草は、いかにも女性受けしそうな色気を放つ。
口さえ開かなければ。

「それで?クソ忙しいお前が、あの馬鹿みてーな演習を終えた俺を、ただ労いにきてくれたわけじゃねーんだろ?」

「…これ…」

そう言ってアイザックが胸元から取り出したのは、一通の白い封筒だった。
既に封は切ってあるので、中身を確認しろということらしい。
嫌な予感しかしないが、紙を開いて短い文面に目を走らせる。

「はぁ…、あいつは俺たちを暇人だとでも思ってんのかね?」

「ここからだと…半日…」

「今が、あー、12時前だから、着くのは夜中だぞ。」

皿にある焼き菓子を乱暴につかんで口に放り込む。
イライラには糖分だ、糖分。

「…ごめん…僕は抜けられない…」

「あ?あー、そっちは明日からの御守りの準備か。」

「うん…副長が死んでる…」

「…お前のとこの副長、器用貧乏だもんな。」

この度、海外での遊学期間を終えて帰国する第一王子は、近日中に立太子の儀にて正式な王太子に即位となる。
5年もの間国を空けていた次代の王のため、ここ王都では大小様々な行事が予定されており、その護衛のために第二・三部隊は駆り出される。
スケジュールの確認に、緊急事態に備えたシミュレーション、各所との会議や調整などが、日常業務に純増の形で付加されている。
長の負担も半端ではない。

「仕方ねぇな…。俺が行ってやる。」

「ごめん…」

「気にすんな。」

と言って茶を口にしながらも、そのアメジストの目は自然と決裁待ちの行列をつくる書類へと向かう。
気づいたアイザックが、叱られた子犬みたいになるものだから、クロードの良心がガリガリと削られる。
隊内でこの男に羨望の眼差しを向けている奴らは、一体こいつの何を見てるんだ。

「…いいって。わざわざこんな手紙寄越すってことは、なんかヤベーことがあるんだろ。」

「多分ね…無茶苦茶だけど…馬鹿じゃない。」

「だな。だからって、ムカつくのは変わんねーけど。」

クロードは最後に一つ菓子を口に放ると、脱いだばかりの上着をひっつかみ、アイザックを残したまま急いで部屋をあとにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

殺意に落ちて

豆狸
恋愛
「……でしたら、殺してしまえば良いのではないですか?」

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...