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第3章
謎の男と疑惑の商会
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ほとんど選択肢のない状況で選んだ店だったが、メニューの種類が豊富で、清潔感のある明るい店内は雰囲気も良い。
ロブスター、オイスターに白身魚など、念願の海鮮料理と店オススメの小皿料理などを注文し、キアラの気分は上々だ。
そう、たとえ、同じ丸テーブルに謎の人物が座っていたとしても。
しかも、若干一名の機嫌がものすごく悪いせいで空気が最悪だとしても。
「えーっと…では、料理を待つ間に、自己紹介、でもしますか?」
キアラは優しい口調を意識して左隣に話しかける。
男は、先ほどから何か言いたげにジャンヌを見ては、口を開けては閉じる、開けては閉じると繰り返し、結局はジャンヌの無言の圧に負けて目をそらすという行動を続けている。
その様子に、キアラはいい加減、同情心が湧いてきた。
イグニス州特有の浅黒い肌に、リスのように大きな茶色の瞳。
大柄な人間が多いこの州の中では少し小柄な体型のせいもあってか、どこか小動物を思わせる。
「あ、そうですよね。すみません、食事までご一緒させてもらって…。私は、グレゴリオです。グレゴリオ・ダンジュ。」
グレゴリオが名乗ると、ジャンヌが片眉をわずかに上げる。
「ダンジュ子爵とは、ご縁戚か何かですか?」
グレゴリオは僅かに目を見開いたが、家格のことは気にしていないのか、すんなりと認める。
「父です。こんな感じですけど、ダンジュ家の長男なんですよ、私。」
父親の知り合いとでも思ったのだろうか。
緊張を解いて笑うグレゴリオに、ジャンヌは肩透かしを喰らった様な顔をする。
追われていたせいで全体的にくたびれてはいるが、どうりで質の良い服を着ているはずだ。
「……子爵家の御令息ともあろう方が、何か悪い遊びでもなさったんですか?」
「ちょっと、ジャンヌ…!」
「いやぁ、悪い遊びというか、遊び相手が悪だったと言うか。平たく言うと、カモられそうだったのです。」
ジャンヌの嫌味が気になったのはむしろキアラだけのようで、言われた本人には全く響いていない。
いやぁ参りました、と言いながら少しゴワついた頭をかく様子は、多分全然参ってない。
「かもられた、ってどういう意味?」
ウィリアムが純粋に疑問に思ったようで質問する。
「えーっとね、人に騙されて、お金を取られちゃうってことだよ。」
「ふーん。じゃあ、お金とられなくて良かったね。」
「いや、お金は取られたよ。」
「でもさっき、カモられそうだったって言ってたよ?」
「うん、足りなくてね。あやうく……あはは、いやぁ、本当に助かりました。」
「「…」」
キアラは、おそらく自分も目の前のジャンヌと同じ表情をしているだろうなと思った。
何だろう、この毒気を抜かれる感じは。
「あ、なので、よく考えたら所持金がないんでした、私…」
一応、ズボンのポケット内布を出して中を探るグレゴリオ。
「コインの一枚もないな…あの、ここの代金は後からお返しする形でも良いですか?あ、後でって、どこに行ったらいいですかね?」
「「…」」
キアラに弟はいないが、もし「不肖の弟」を謙遜なしで言うと、こんな感じだろうか。
放っておけないタイプというか、放っておくと全身怪我して帰ってきそうというか。
とりあえず、悪い人ではなさそうだ。
「私はキアラです。この子が弟のウィリアムで、そちらが侍従のジャンヌです。このお店でのお会計なら、お気になさらないでください。」
「いえいえ、私からお願いしたのにそれでは…とはいえ、代わりに差し出すものもないのですが…」
夏用生地のシャツにズボン―ポケットに何もないことは明白―という軽装のグレゴリオ。
身体にコインを貼り付けてでもいない限り、確かに所持品は皆無だ。
「お嬢様が気にしなくて良いと仰っているのです。お気になさらず。」
「では、お言葉に甘えて…」
ジャンヌはどこか呆れたように力を抜くと、備え付けの取り皿をグレゴリオにも回した。
彼も、グレゴリオの大らかさ…いや、惚けぶりは演技でないと判断したらしい。
「こんな文無しですので、子爵家の人間ということは忘れてもらって、気軽に接していただいて構いません。といっても、皆さんもしっかりとした家の方のようですが。」
キアラたちの身分については言及していないが(というか、ウィリアムが第二王子なんて言えるわけもない)、グレゴリオは身分や階級などを気にしない質のようだ。
こういう若者が増えていると、最近の新聞で読んだ気がする。
かくいうキアラもそういうタイプの人間だ。
「通りすがりでランチをともにするだけです。私たちにも気軽に接していただいて構いませんよ。」
「お嬢様も、坊っちゃんも、非常にお優しいですからね。」
「では、お言葉に甘えて…」
そうやって程よく空気が緩んだタイミングで料理が運ばれてきたので、キアラは胸を撫で下ろした。
==================================
自己紹介もそこそこに、しばらくは食事に集中することにした。
せっかくの料理が冷めては勿体ない。
身がプリプリのロブスターが入ったトマトソースパスタに、レモンが添えられた生牡蠣。
スズキのアクアパッツァに、ハーブと塩で味付けされたホクホクのじゃがいも。
どの料理も素材の味が活きていて、キアラはこの店を選んだ自分に感謝した。
最初は遠慮していたグレゴリオも、ジャンヌが強引に皿に取り分けると、あとは美味しそうにモリモリ食べ始めた。
実は本当にお腹が減っていたのだという。
「グレゴリオって、なんかドイルに似てるなぁ。」
「ドイル?親戚の人かな?」
「いいえ、庭師が飼っている犬です。」
「すっごく可愛いいんだよ!」
「そうですね。少し間抜けなところが、からかい甲斐抜群で。」
「犬ですかぁ。なぜか、よく言われるんですよね。犬種はなんです?私も犬好きなんですよ。」
という会話が行われるごとに、グレゴリオへの警戒心は削がれていった。
そうして、デザートとコーヒーで一息つく頃には、キアラの警戒心は紙よりも薄くなっていた。
「それで、ご事情は分かったのですが、なぜ私に助けを求めたんです?他にも人はいたと思うのですが。」
デザートのティラミスを口に運んでいると、ジャンヌがふと思い出したように尋ねる。
「ああ、それは…」
チラリとジャンヌに目をやった後、キアラ、ウィリアムの順に顔色をうかがう。
何か確認するような視線を受けて、どうすべきかと戸惑っていると、グレゴリオが詫びるように笑う。
「いえ…友人に、似ていたもので。」
「ジャンヌにですか?私が言うのもなんですが、お知り合いの方はきっと美人なのでしょうね。」
「ああ、顔立ちなんかは似てないのですが…雰囲気と言いますか…。とはいえ、今日はありがとうございました。おかげで本当に助かりました。」
てっきりジャンヌが美人だから声を掛けたのだと思っていたのだが、違ったようだ。
思い返せば、グレゴリオはずっとジャンヌを気にしてはいたが、見惚れたり、アピールしたりということはなかった。
「いえいえ、結果的に何事もなくて良かったです。こうして美味しい食事がとれましたし。」
「そういえば、皆さんこの後はどちらに?この辺でしたら、よければご案内しますよ。」
「え、そんな…」
「見たところ、観光か何かでいらっしゃったのかと思ったんですが、違いますか?」
「い、いえ、はい、観光です!」
「でしたら、物では返せないので、この身体で返しますよ!」
「グレゴリオ様、言い方が誤解を生みますし、ご自分の身体はもっと大事になさってください。」
「こう見えても、体力には自信があるので大丈夫です!」
「いや、だから!」
ジャンヌがだんだん素になってきている。
グレゴリオの辞書に、嫌味や含み、裏の意味などの言葉はないのだ。
つまり、文字通り善意で案内を申し出ているのだから、どうしたものかとキアラは悩む。
「ねーねー、グレゴリオはアントニオ商会って知ってる?」
カンノーリという、クリーム入のパイ菓子に夢中になっていたはずのウィリアムが、唐突かつ大胆な質問をする。
「みなさん、アントニオ商会に用があるんですか?」
グレゴリオは眉をひそめると、ジャンヌを見る。
その顔は、心底心配しているような、正気を疑っているような、複雑な表情だ。
「ええ。別の店で見た品の細工がとても見事だったので、職人を紹介してもらえないかと尋ねたところ、アントニオ紹介なら伝手があるかもしれないと言われたのです。であれば、観光がてら立ち寄ってみてはどうかと、私がお二人に提案したのです。」
「ああ、そういう…」
グレゴリオはあからさまなくらいに安堵の息をはく。
「観光に来られている方を怖がらせたくはないのですが、アントニオ商会はよくない噂もあるところなので。」
「よくない噂、ですか?
「どんな噂なのです?お二人に何かあってはいけませんので、ぜひ伺いたいですね。」
「しかし、ウィリアム君もいる前では…」
「じゃあ、ボクは耳をこうして、聞こえないようにしておくね!」
いつの間にかカンノーリを完食していたウィリアムが、手のひらで耳を抑える。
ただ、そんな優しい塞ぎ方では絶対全部丸聞こえですよね?、とキアラは隣で思った。
「では…、アントニオ商会は輸入雑貨やアンティークなどを扱う店や娯楽場を経営していますが、利益の多くは貸金業から得ているのです。」
「へぇ、それは、なるほど。」
コーヒーを飲むジャンヌの唇が、さも面白そうに弧を描く。
一体何が面白いのか。
「ジャンヌさんは鋭いですね。そうです、貸金業というか、高利貸し業ですね。」
「高い利息で融資を行っている、ということですか?」
「融資なんて、そんな品の良いものではありませんよ…!犯罪スレスレのやり方で、人に借金を背負わせてるんです。」
吐き捨てるような強い言い方に、キアラとジャンヌは軽く目を見張る。
「あ、すみません…知り合いが大変な目にあったので、つい感情的に…」
「まあ…」
「回収のために、荒っぽい連中を囲っているので、何かあっても泣き寝入りするしかありません。返せればまだマシな方で、お金が返せない人間からは、家や土地など何でも容赦なく奪っていくそうです。『金のためなら人でも売る店』と裏では言われています。真偽のほどは分かりませんが、私はありえる話だと思います。」
「人でも…」
怖気が立つとはまさにこのことだ。
人を売ったり、買ったりする人間がいるかもしれないなどとは、食べたものが上がってきそうな話だ。
「そんな場所に、身なりのいいあなた方が行くなんて、放ってはおけません。」
「お店も、そんなに危険なんですか?」
「いえいえ!店だけなら、確かに品揃えも豊富ですし、掘り出し物なんかもあって楽しめると思いますよ。職人のことも、店員に尋ねるくらいなら大丈夫だと思います。」
どうも、グレゴリオは商会のことをよく知っているようだ。
さすが、カモにされかけただけはあるということか。
「では、グレゴリオさんにご案内いただきましょうか、お嬢様。」
「グレゴリオも一緒にお店探検だね!」
やっぱり全部聞いていましたよね?全然塞いでませんでしたよね?と横目でウィリアムを見ながらも、キアラはグレゴリオによろしくと挨拶をする。
ジャンヌが良いのなら、キアラに異存はない。
それに、ちょっと危険な場所ならば、大勢の方が心強い。
「お詳しいみたいですし、何かおかしいと思った際には教えていただけると助かります。」
「任せてください!まあ、私も何度も騙されかけているので、おかしいと思ったときには手遅れという可能性もありますけど。あはは」
「……」
前言撤回。
心強いどころか、癖のあるメンバーが増えただけではないかと不安が掻き立てられる。
ジャンヌは表情をなくしてグレゴリオを見ながら、お会計のために店員を呼んだ。
ロブスター、オイスターに白身魚など、念願の海鮮料理と店オススメの小皿料理などを注文し、キアラの気分は上々だ。
そう、たとえ、同じ丸テーブルに謎の人物が座っていたとしても。
しかも、若干一名の機嫌がものすごく悪いせいで空気が最悪だとしても。
「えーっと…では、料理を待つ間に、自己紹介、でもしますか?」
キアラは優しい口調を意識して左隣に話しかける。
男は、先ほどから何か言いたげにジャンヌを見ては、口を開けては閉じる、開けては閉じると繰り返し、結局はジャンヌの無言の圧に負けて目をそらすという行動を続けている。
その様子に、キアラはいい加減、同情心が湧いてきた。
イグニス州特有の浅黒い肌に、リスのように大きな茶色の瞳。
大柄な人間が多いこの州の中では少し小柄な体型のせいもあってか、どこか小動物を思わせる。
「あ、そうですよね。すみません、食事までご一緒させてもらって…。私は、グレゴリオです。グレゴリオ・ダンジュ。」
グレゴリオが名乗ると、ジャンヌが片眉をわずかに上げる。
「ダンジュ子爵とは、ご縁戚か何かですか?」
グレゴリオは僅かに目を見開いたが、家格のことは気にしていないのか、すんなりと認める。
「父です。こんな感じですけど、ダンジュ家の長男なんですよ、私。」
父親の知り合いとでも思ったのだろうか。
緊張を解いて笑うグレゴリオに、ジャンヌは肩透かしを喰らった様な顔をする。
追われていたせいで全体的にくたびれてはいるが、どうりで質の良い服を着ているはずだ。
「……子爵家の御令息ともあろう方が、何か悪い遊びでもなさったんですか?」
「ちょっと、ジャンヌ…!」
「いやぁ、悪い遊びというか、遊び相手が悪だったと言うか。平たく言うと、カモられそうだったのです。」
ジャンヌの嫌味が気になったのはむしろキアラだけのようで、言われた本人には全く響いていない。
いやぁ参りました、と言いながら少しゴワついた頭をかく様子は、多分全然参ってない。
「かもられた、ってどういう意味?」
ウィリアムが純粋に疑問に思ったようで質問する。
「えーっとね、人に騙されて、お金を取られちゃうってことだよ。」
「ふーん。じゃあ、お金とられなくて良かったね。」
「いや、お金は取られたよ。」
「でもさっき、カモられそうだったって言ってたよ?」
「うん、足りなくてね。あやうく……あはは、いやぁ、本当に助かりました。」
「「…」」
キアラは、おそらく自分も目の前のジャンヌと同じ表情をしているだろうなと思った。
何だろう、この毒気を抜かれる感じは。
「あ、なので、よく考えたら所持金がないんでした、私…」
一応、ズボンのポケット内布を出して中を探るグレゴリオ。
「コインの一枚もないな…あの、ここの代金は後からお返しする形でも良いですか?あ、後でって、どこに行ったらいいですかね?」
「「…」」
キアラに弟はいないが、もし「不肖の弟」を謙遜なしで言うと、こんな感じだろうか。
放っておけないタイプというか、放っておくと全身怪我して帰ってきそうというか。
とりあえず、悪い人ではなさそうだ。
「私はキアラです。この子が弟のウィリアムで、そちらが侍従のジャンヌです。このお店でのお会計なら、お気になさらないでください。」
「いえいえ、私からお願いしたのにそれでは…とはいえ、代わりに差し出すものもないのですが…」
夏用生地のシャツにズボン―ポケットに何もないことは明白―という軽装のグレゴリオ。
身体にコインを貼り付けてでもいない限り、確かに所持品は皆無だ。
「お嬢様が気にしなくて良いと仰っているのです。お気になさらず。」
「では、お言葉に甘えて…」
ジャンヌはどこか呆れたように力を抜くと、備え付けの取り皿をグレゴリオにも回した。
彼も、グレゴリオの大らかさ…いや、惚けぶりは演技でないと判断したらしい。
「こんな文無しですので、子爵家の人間ということは忘れてもらって、気軽に接していただいて構いません。といっても、皆さんもしっかりとした家の方のようですが。」
キアラたちの身分については言及していないが(というか、ウィリアムが第二王子なんて言えるわけもない)、グレゴリオは身分や階級などを気にしない質のようだ。
こういう若者が増えていると、最近の新聞で読んだ気がする。
かくいうキアラもそういうタイプの人間だ。
「通りすがりでランチをともにするだけです。私たちにも気軽に接していただいて構いませんよ。」
「お嬢様も、坊っちゃんも、非常にお優しいですからね。」
「では、お言葉に甘えて…」
そうやって程よく空気が緩んだタイミングで料理が運ばれてきたので、キアラは胸を撫で下ろした。
==================================
自己紹介もそこそこに、しばらくは食事に集中することにした。
せっかくの料理が冷めては勿体ない。
身がプリプリのロブスターが入ったトマトソースパスタに、レモンが添えられた生牡蠣。
スズキのアクアパッツァに、ハーブと塩で味付けされたホクホクのじゃがいも。
どの料理も素材の味が活きていて、キアラはこの店を選んだ自分に感謝した。
最初は遠慮していたグレゴリオも、ジャンヌが強引に皿に取り分けると、あとは美味しそうにモリモリ食べ始めた。
実は本当にお腹が減っていたのだという。
「グレゴリオって、なんかドイルに似てるなぁ。」
「ドイル?親戚の人かな?」
「いいえ、庭師が飼っている犬です。」
「すっごく可愛いいんだよ!」
「そうですね。少し間抜けなところが、からかい甲斐抜群で。」
「犬ですかぁ。なぜか、よく言われるんですよね。犬種はなんです?私も犬好きなんですよ。」
という会話が行われるごとに、グレゴリオへの警戒心は削がれていった。
そうして、デザートとコーヒーで一息つく頃には、キアラの警戒心は紙よりも薄くなっていた。
「それで、ご事情は分かったのですが、なぜ私に助けを求めたんです?他にも人はいたと思うのですが。」
デザートのティラミスを口に運んでいると、ジャンヌがふと思い出したように尋ねる。
「ああ、それは…」
チラリとジャンヌに目をやった後、キアラ、ウィリアムの順に顔色をうかがう。
何か確認するような視線を受けて、どうすべきかと戸惑っていると、グレゴリオが詫びるように笑う。
「いえ…友人に、似ていたもので。」
「ジャンヌにですか?私が言うのもなんですが、お知り合いの方はきっと美人なのでしょうね。」
「ああ、顔立ちなんかは似てないのですが…雰囲気と言いますか…。とはいえ、今日はありがとうございました。おかげで本当に助かりました。」
てっきりジャンヌが美人だから声を掛けたのだと思っていたのだが、違ったようだ。
思い返せば、グレゴリオはずっとジャンヌを気にしてはいたが、見惚れたり、アピールしたりということはなかった。
「いえいえ、結果的に何事もなくて良かったです。こうして美味しい食事がとれましたし。」
「そういえば、皆さんこの後はどちらに?この辺でしたら、よければご案内しますよ。」
「え、そんな…」
「見たところ、観光か何かでいらっしゃったのかと思ったんですが、違いますか?」
「い、いえ、はい、観光です!」
「でしたら、物では返せないので、この身体で返しますよ!」
「グレゴリオ様、言い方が誤解を生みますし、ご自分の身体はもっと大事になさってください。」
「こう見えても、体力には自信があるので大丈夫です!」
「いや、だから!」
ジャンヌがだんだん素になってきている。
グレゴリオの辞書に、嫌味や含み、裏の意味などの言葉はないのだ。
つまり、文字通り善意で案内を申し出ているのだから、どうしたものかとキアラは悩む。
「ねーねー、グレゴリオはアントニオ商会って知ってる?」
カンノーリという、クリーム入のパイ菓子に夢中になっていたはずのウィリアムが、唐突かつ大胆な質問をする。
「みなさん、アントニオ商会に用があるんですか?」
グレゴリオは眉をひそめると、ジャンヌを見る。
その顔は、心底心配しているような、正気を疑っているような、複雑な表情だ。
「ええ。別の店で見た品の細工がとても見事だったので、職人を紹介してもらえないかと尋ねたところ、アントニオ紹介なら伝手があるかもしれないと言われたのです。であれば、観光がてら立ち寄ってみてはどうかと、私がお二人に提案したのです。」
「ああ、そういう…」
グレゴリオはあからさまなくらいに安堵の息をはく。
「観光に来られている方を怖がらせたくはないのですが、アントニオ商会はよくない噂もあるところなので。」
「よくない噂、ですか?
「どんな噂なのです?お二人に何かあってはいけませんので、ぜひ伺いたいですね。」
「しかし、ウィリアム君もいる前では…」
「じゃあ、ボクは耳をこうして、聞こえないようにしておくね!」
いつの間にかカンノーリを完食していたウィリアムが、手のひらで耳を抑える。
ただ、そんな優しい塞ぎ方では絶対全部丸聞こえですよね?、とキアラは隣で思った。
「では…、アントニオ商会は輸入雑貨やアンティークなどを扱う店や娯楽場を経営していますが、利益の多くは貸金業から得ているのです。」
「へぇ、それは、なるほど。」
コーヒーを飲むジャンヌの唇が、さも面白そうに弧を描く。
一体何が面白いのか。
「ジャンヌさんは鋭いですね。そうです、貸金業というか、高利貸し業ですね。」
「高い利息で融資を行っている、ということですか?」
「融資なんて、そんな品の良いものではありませんよ…!犯罪スレスレのやり方で、人に借金を背負わせてるんです。」
吐き捨てるような強い言い方に、キアラとジャンヌは軽く目を見張る。
「あ、すみません…知り合いが大変な目にあったので、つい感情的に…」
「まあ…」
「回収のために、荒っぽい連中を囲っているので、何かあっても泣き寝入りするしかありません。返せればまだマシな方で、お金が返せない人間からは、家や土地など何でも容赦なく奪っていくそうです。『金のためなら人でも売る店』と裏では言われています。真偽のほどは分かりませんが、私はありえる話だと思います。」
「人でも…」
怖気が立つとはまさにこのことだ。
人を売ったり、買ったりする人間がいるかもしれないなどとは、食べたものが上がってきそうな話だ。
「そんな場所に、身なりのいいあなた方が行くなんて、放ってはおけません。」
「お店も、そんなに危険なんですか?」
「いえいえ!店だけなら、確かに品揃えも豊富ですし、掘り出し物なんかもあって楽しめると思いますよ。職人のことも、店員に尋ねるくらいなら大丈夫だと思います。」
どうも、グレゴリオは商会のことをよく知っているようだ。
さすが、カモにされかけただけはあるということか。
「では、グレゴリオさんにご案内いただきましょうか、お嬢様。」
「グレゴリオも一緒にお店探検だね!」
やっぱり全部聞いていましたよね?全然塞いでませんでしたよね?と横目でウィリアムを見ながらも、キアラはグレゴリオによろしくと挨拶をする。
ジャンヌが良いのなら、キアラに異存はない。
それに、ちょっと危険な場所ならば、大勢の方が心強い。
「お詳しいみたいですし、何かおかしいと思った際には教えていただけると助かります。」
「任せてください!まあ、私も何度も騙されかけているので、おかしいと思ったときには手遅れという可能性もありますけど。あはは」
「……」
前言撤回。
心強いどころか、癖のあるメンバーが増えただけではないかと不安が掻き立てられる。
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